先日、大学教授のつてで、
イラン大使館・大使公邸を
訪れてきました。

イフタールとよばれる
断食明けの食事会に参加するためです。

その食事会は
大使公邸で行われたのですが、
その前に、つまり日没までの時間
大使館で、
大使、ウラマー(学者)、留学生ら
のお話をうかがいました。

イランはイスラム教(シーア派)の
国なのですが、
アラブでなくペルシアの国であること、
日本のように四季があり、
米や茶も栽培されていること、
ラマダン(断食)は、
健康に配慮しながら行われていること、
そして、テロ行為は
イスラム教の教えに反すること
といったことが強調されていました。

また、イランの成人年齢は
女性が9歳、男性が15歳で、
この年齢から本格的な断食を
始めるそうです。
また、婚姻可能な年齢でもあり、
幼児婚もあるようです。

サウジアラビアをはじめとする
中東湾岸諸国がカタールと断交した
というニュースが最近ありましたが、
イランはこのサウジアラビアと
宗派の対立上の事件を機に
一年半ほど前から断交しています。

ですから、ムスリムなら一度は
巡礼しなければならないとされる
メッカ(マッカ)に行きづらくなり、
むっちゃ困っているそうです。

また、最近の日本は、
ハラール食や礼拝場所という点で
ムスリムにとってフレンドリー
になったとも言っていました。

イラン料理はスイーツ含め
美味しかったのですが、
ムスリムの食事ですから
アルコールはありませんでした。

お酒好きの方には
物足りないかもです。

イラン大使館4イラン大使館1

イラン大使館3

イラン大使館2




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2017.06.27(Tue):わたしの信条

豊田議員の暴言・暴行問題
中川議員の二重婚問題
大西議員の数々の発言問題
宮崎元議員のゲス不倫問題
武藤元議員の未公開株・買春問題
“自民党の魔の二回生”といわれ、
大西議員を除くと
みんな公募で選ばれた者たちだ。
(中川議員は事実上の世襲)

それにしても、
公募で候補者を選定する側に
人を見る眼がなさすぎる。

当の本人たちも、
議員としての資質もないのに
当選できたのは
“自民党”という看板のおかげである。
なのに、自分の力で当選したと
勘違いをしていたのであろう。

議会は、数が力である。
そして政党には党議拘束がある。
だから、党の方針を決められる
党の要人以外のその他の議員は、
数合わせのための
政党の“駒”ともいえる。

著名人なら候補者になれるのも
そのためだ。

しかし、
たとえ“駒”だとしても、
誰でもいいというわけではない。

29連勝という記録をうちたてた
藤井四段にしても、
割れた駒、汚れた駒を使ったら
勝てまい。

東京都民にとっては、
まもなく都議選である。

投票先を選ぶ際には、
公約を参考にしたいところだが、
あまり当てにならない。

人の本性も見えづらい。

しかし、
公募で候補者を選定する者よりは
確かな眼をもって、
“駒”を選びたい。


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2017.06.24(Sat):両親の思い出

小林麻央さんが亡くなる前に
海老蔵さんに言ったことばである。

このニュースで、
やはりガンで他界した
私の母が残した最後のことばを
思い出さざるを得なかった。

十六年前の5月某日、
当時の職場の机上の電話が
いつものようになった。

『猪野さんですか。』

「はい。猪野です。」

当時母が入院していた
自宅近くの病院からだった。

『今晩、病院に来ますか。』

「はい、面会時間ぎりぎりに
 なるかとは思いますが…」

『今朝まで何ともなかったのですが、
 急に容態が変わりまして、
 今、肺の専門医に
 診てもらっているのですが…』

「危ないということですか!」

『はい。』

妙に落ち着いた口調に
腹立たしくなる余裕もなく、
すぐに職場を飛び出し
病院にかけつけた。

職場から病院まで一時間弱。

間に合わなかった。

病室には医師と
すすり泣く数人の看護師と
そして、
母の手を握ったままの
車いすに乗った父がいた。

「よかった」

なぜか、そう思った。

このとき、
父も同じ病院に入院していて、
母の容態が急変したとき、
看護師さんが
別の病室にいた父を車いすで
母の側まで連れてきてくれたのだった。

その父も
六年以上前に亡くなったのだが、
生前父がこのときのことを
私に語ってくれたことがあった。

このとき、
母と父はお互いの心の中で
最後の会話を交わしたと。

「私が死んでも悲しまないでね」

「ああ、わかった、わかった」

そして、
母の眼から最後の涙が流れた。

外の廊下から
隣の病室の女の子のはしゃぐ声が
きこえた。


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2017.06.21(Wed):憲法・法律問題

小池都知事と安倍総理の会見である。

まず、前者。
そもそも移転問題が生じたのは、
あるべき盛土がなされておらず、
基準を超える有害物質も
検出されたからだったはず。

だから、そもそも
移転問題の解決に時間がかかるのは、
専門家の意見を聴きつつ、
都民・消費者らが安心できるような
汚染対策を考え、また、
それが無理なら移転以外の道をさぐる、
こうした理由があったからではないか。

昨日のような、
財源・費用の点はもちろん
消費者の安心・安全を忘れたかのような
具体性を欠いたアイデアを出すだけだったら、
こんなに月日をかける必要はなかったはず。

また、
このどっち付かずのアイデア自体も
“素人考えだ”といった批判もあり、
豊洲にも観光客をよべるような
施策を講ずるべきであるという
江東区議会の意向を無視したもの
といってもよかろう。

とにかく、昨日の小池知事の会見は
都民ファーストではなく
選挙ファーストに思えて仕方ない。


次に、安倍首相の会見について。

『何か指摘があればその都度、
 真摯に説明責任を果たしていく。』

このように明言したはず。
しかし、加計問題について
新たな文書が出てきたにもかかわらず、
前文科次官らを証人喚問するなどして
疑いをはらそうとするなど、
真摯に説明責任を果たす姿勢が
まるで見られない。

国会閉会後の異例の総理の会見は、
都議選を目の前にして、
内閣支持率が急落したため、つまり、
選挙対策のため行われたと
思われても仕方がない。

そもそも会期末
“テロ等準備罪”法案について
更なる審議時間を設けるためにも、
与野党間で十日ほど会期を延長する
合意がなされていたところ、
加計問題で新たな文書が見つかったので、
与党は慌てて委員会採決を省略するという
震災特例法の類の法案を扱うような
緊急手段にでて、
加計問題については、
数時間のみの審議で野党のガス抜きをし
幕引きを図ったともいわれている。

このとき政府与党は、
内閣支持率が下がっても
安保法制後に下がった支持率が
すぐに回復したように、
今回も国民はすぐに忘れるだとうと
高をくくっていたらしいが、
今回は森友・加計両学園問題もあって
事情が異なるようだ。

この加計問題については、
仮に首相や副官房長官らの指示が
あったとしても、
『政治主導の行政で何か悪い!』
『憲法72条を見ろ!』
といった声がある。

たしかに、憲法72条には
『内閣総理大臣は…
 行政各部を指揮監督する。』
とある。

だが、一方で憲法65条は、
『行政権は、内閣に属する。』
と規定しており
『行政権は、内閣総理大臣に属する。』
とは規定していない。

すなわち、巷でいわれているように
議院内閣制の日本の総理大臣は、
厳格な三権分立をとる
米国の大統領のように
強い行政権をもっていないのである。

したがって、内閣法6条は、
憲法72条と同65条を受け
『内閣総理大臣は、
 閣議にかけて決定した方針に基いて、
 行政各部を指揮監督する。』
と規定している。

だから、加計問題も、
閣議決定に基づいて
内閣が指示したものであったら、
問題はなかったのかもしれない。

問題なのは、
安倍総理なり副官房長官なりが
お友だちのため個人的に指示した
と思われていることである。


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先日、大学の授業の一環で、
東京の渋谷にあるモスクを訪れた。

礼拝所まで入ったのは初めてだ。

オスマン朝のモスクを再現したものらしいが
何度か訪れたことのあった
キリスト教会と比べると
あまりにも質素であることに驚いた。

神と人間を仲介するキリスト教会は
信者にその威厳を示す必要があるからか、
内外とも荘厳な印象が強い。

ひるがえって、
各々の信者が直接アッラーと向かう
イスラム教では、個々の信者が
お祈りさえできればよいからか、
偶像崇拝禁止と相まって、
少なくとも訪れた礼拝所では
一種の合理性を感じた。

その合理性は、
質素であることだけでなく、
後付けの感はあるが、
異性に気を取られず
お祈りに専念できるように
礼拝所が女性用と男性用とに
分けられていること、
そして、
各々の信者が平等の立場で
お祈りができるよう、
じゅうたんに横一線の模様が
施されていることにも
表れていたようにも思えた。

そして、
この“平等”に大きな矛盾を感じた。
すなわち、
イスラム教を国教としながら、
アラブ諸国、特に湾岸諸国では、
石油マネーの恩恵にあずかる
裕福なアラブ人と
貧国に苦しむ外国人労働者との間に
歴然とした格差がある。

たしかに、
礼拝所における横一線の模様は
信者どうしのアッラーの前における
平等を示すとはいえ、
信仰の理想と現実とのギャップを
このモスクを訪れたことで感じた。
(写真は許諾を得て載せています)

モスク2
モスク1


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2017.06.15(Thu):憲法・法律問題

『テロ等準備罪』(“共謀罪”)が
自民、公明、日本維新の会などの
賛成多数により、可決・成立した。

これはテロ防止に不可欠か。

生命・身体・財産などを侵害したら
罰せられる、これが刑法の原則。

だから、刑法に未遂処罰規定がない限り
いくら“危ない”ことをしても
実際に侵害しなければ罰せられない。

それでも、重大な犯罪については、
“危ない”ことをしなくても、
さらに前の予備段階で罰せられる。

ただ、これはもう例外中の例外だから、
殺人や強盗などに限定されている。

“共謀罪”は、
さらにその前段階の
準備行為段階での刑罰を可能とする。

政府は、国会答弁で、
現行の予備罪では、
相当の危険性が認められない限り
罰せられないから
“共謀罪”が必要である旨述べている。

しかし、先に述べたとおり、
予備罪は例外中の例外なのだから
これは当然である。

だから、その前の準備段階なら
相当の危険性がなくとも
罰せられるということにはならない。
むしろ、逆である。

さらに最高裁判例によれば、
予備罪の共犯も罰せられる。
これは、
殺人を計画している従兄から
執ように頼まれた者が
毒物を入手・手交した事件である。

だから、現行法でも十分のはず。

さらに“共謀罪”は、
曖昧な規定で刑罰は科されない
という罪刑法定主義にも
反するおそれがある。

これに反する規定だと、
人びとが委縮してしまい、
自由な行動が制約されてしまうから
憲法31条で保障されている。

弁護士会はじめ、多くの人びとが
言論の自由が制約される旨の懸念を
表明している。
このように既に委縮効果が出ている。

さらに、準備行為での刑罰は
例外中の例外中の例外なのだから、
その対象はかなり限定されるはずだ。
なのに、対象は277の法律にも及ぶ。

そのくせ、政治資金規正法など
政治家関連の法律は対象外である。

もし“共謀罪”が
テロ防止に必要不可欠なら、
一つ一つの法律について、
その必要性を国会で説明すべきだ。
それが説明責任を果たすことであり、
民主主義である。

民主主義は多数決ではない。
審議・討論を重ねながら
多数案に少数意見を取り込むことが
民主主義である。
単なる多数決なら国会は要らない。

なのに、政府・与党らは、
“共謀罪”を『特に緊急を要する』
(国会法56条の3第2項)ものとして
参院での委員会採決を省略して、
いきなり参院本会議にかけた。

これでは、
衆院の専横を抑える役割を
期待されている参院の存在意義は、
もともとないとは言われているが、
ますますなくなってしまうし、
国会内の権力分立をはかった
憲法の趣旨もないがしろだ。

“共謀罪”の成立で見えたのは、
政府・与党らが
憲法や刑法といった法、そして
民主主義のイロハも知らない
ということだ。


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2017.06.03(Sat):わたしの信条
今からおよそ400年前、
ガリレイが望遠鏡を発明した際、
誰も望遠鏡を覗こうとしなかったらしい。

『私は、全天の星の数を1,027個とした
 アリストテレスの絶対無誤謬を信じてきた。
 望遠鏡をのぞかなければ、
 その無誤謬を信じる力が残される。』

今からおよそ50年前、
日本の新幹線の話を聞いた中国の鉄道関係者は

『時速200キロを超えることは不可能だ。
 アメリカの従属国の日本の技術者に
 そんなことができるはずがない。
 万が一可能にしても、
 アメリカが自国にまさる列車を
 被支配国で運行することを許すはずがない。』

という理屈で信じようとしなかったらしい。


そして、現在。
①森友学園問題、
②加計学園疑惑、
③ジャーナリストの準強姦疑惑、
④取手市のいじめ問題、
いずれも一方当事者は、
本名と顔を公然にさらけ出し、
相当の覚悟をもって主張している。

しかし、他方当事者らは、
①については、
証人喚問証言に対するFB上での反論、
②については、
公の場での個人への人格攻撃、
③については、
『不起訴処分になってすぐに
 不服申立てをしなかったのは変』
という中学生でも論破できる理屈での
FB上での反論、
④については、
亡くなった生徒の日記に
『いじめられたくない』と
明記してあったにもかかわらず、
『いじめによる重大事態に不該当』
との結論、

といった具合である。

もちろん、現時点で
真実は分からない。

しかし、私たちは
望遠鏡をのぞきたいし、
新幹線も実際に見てみたい。

だから、
一方当事者が相当の覚悟をもって
主張している以上、
他方当事者にも、
もっと誠実な態度で応じてもらいたい。

それとも、
400年前の人たちや50年前の中国人と
変わらないのであろうか。

yjimage[9]新幹線


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2017.05.24(Wed):両親の思い出

先日は母の十六回目の命日。
墓前に手を合わせていると、
母が亡くなった日のことではなく、
その数日前のことがうかんだ。

隣の病室に入院していた女の子が、
私の母に向かって愛嬌をふりまく。
それに母は笑顔で応えていた。

眼を開くと、
墓地近くのコートで
テニスに興じる大学生の声が聞こえた。

そして、その数日後、
私は東大本郷キャンパスに向かっていた。

三年前に通っていた
予備校時代の同級生の女の子二人が
五月祭(学園祭)で
各々踊りを披露するからだ。

途上の小路の信号が赤になった。
見知らぬ親子が
信号が変わるのを待っていた。
私も待つことにした。

『あのね、この前、ネコがね、
赤信号なのに渡っていたんだよ』

十六年前、
病室にいたあの女の子と
同じくらいの年齢だろうか。

キャンパスに着くと、まず、
外国の民族舞踊を踊る
元同級生の女の子の姿を観た。

そして、その数時間後、
フラメンコを踊る
やはり元同級生の女の子の姿を観た。

その日は、五月にもかかわらず
夏を思わせる暑さだった。

それでもみんな一生懸命に舞う。
この日のために稽古を積み重ね、
その成果を思い存分発揮するために。

このように華麗な舞を魅せるには、
技術はもちろんのこと、
相当の体力も要るはずである。

三年前に初めて会った彼女たちには
高校を卒業したばかりだったからか
まだ、あどけなさがあった。

しかし今や、
二人とも二十代の立派な女性。
実際、予備校時代には見せなかった
妖艶な姿にドキッとする瞬間もあった。

でも、
十六年前の彼女たちも、
誰かに愛嬌をふりまき、
そして、
赤信号を渡るネコのことを
不思議に思う女の子だったのであろうか。

五月祭2五月祭1
>

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前回、
私が今学生として通っている東大で
日本史に関する講義をとっている旨
申し上げました。

なぜ、この講義をとったのかと申しますと
二十年以上前に購入した文庫本を
ふと、引っ張り出して読み返したとき、
東大資料編纂所についての記載に
目がとまったからです。

よく、歴史の教科書に書かれていることは
事実とは限らないといわれることがあります。
特に、昔の物語などは
勝者によって書き換えられていることが多い
からだともいわれています。

しかし、そんな中でも、
日記や手紙に書かれていることは、
うわさ話も混在しているとはいえ、
比較的信憑性が高いとされています。

そこで、東大資料編纂所では
こうした手紙(古文書)を中心に
他の資料と照らしあわせながら解読し、
真偽を確認していく作業をしているのです。

まさに、
信ぴょう性の高い原文を解読することで
真の歴史を探求しているのです。

ですから、学生にも、
教科書や書籍の記載を
参考にはしてもうのみにはせず、
古文書などに直接当たることで
真の歴史を自主的に確立していく
そんな姿勢が求められています。

例えば、ある教授によると、
かの有名な『太閤検地』も、
学部学生の論文によって
明らかになったそうです。

しかし、現実的には
入学したばかりの十代の学生に
いきなり古文書を解読しろ
というのは無理な話です。

そこで、私がとった講義では、
すでに解読され冊子となって
きれいに印刷された古文書について
教授の解説も交えながら
自分たちで解読していくのです。

ですから、中には
本気で研究者を目指して学生もいるので、
私は、念のため
教養を身に着ける目的で講義を受けたい旨
教授に伝えたところ、
この教授も大学外のカルチャーセンターで
私のような年代の大人向けに
教えていらっしゃるということで
受講を快諾していただきました。

さて、教科書などではなく、
古文書といった原資料を読み解くことで
真の歴史を追究していくという姿勢は、
東大入試(日本史)でも求められています。

すなわち、東大の入試(日本史)では
些末な知識や用語が問われることはなく、
見やすく加工された資料を提示され、
そこから何を読み解くことができるかが
問われているのです。

ですから、そうした力さえあれば、
細かな知識はなくとも、
合格点に達することができますし、
逆に、思考停止に陥って
覚えた知識をそのまま吐き出しても
高得点は狙えないように問題ができています。

私も、実際に受験した際、
一番勉強時間が少なく
模試でも偏差値40台(平均以下)
をたたき出した日本史で、
他の科目と比べ最も高い得点率を
得ることができました。

こうした歴史に限らず、私たちは
常識や通説とされていることや
自分が与する組織・集団のいうことを
無意識に受け入れ、
思考停止に陥ることがよくあります。

しかし、今一度立ち止まって
常識や通説といわれていることや
自分が属する組織・集団の主張について
自分自身で思考をめぐらすことも
必要なのかもしれません。

ただ、独りよがりに
徒に“思考”しても意味がありません。
様々な考えや知識を修得した上で、
当然に正しいと思いこんでいることにつき、
必ずしも否定するのではなく、
改めて考察してみる必要もあることを
東京大学は入試や講義を通じて
学生に伝えようとしているようです。


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今回は久しぶりに、
私が今学生として通っている
東大の様子について述べたいと思います。

今年度の新入生ついて
一言で申し上げますと、
意識が高いということがいえそうです。

以前述べたとおり、
私は自主留年をして今も二年生なので、
自分が興味のある教養科目を
何コマかとっています。

そして、そのうち何と、
5コマの教室で立ち見が出たのです。
しかも、数人レベルの話ではありません。

私のような昭和生まれの方は
昔の映画館を思い出してみてください。
人気のある映画では、
物語が終盤に近づくにつれ、
次の回を座って観ようと待ち構えている
お客さんが座席の周りを取り囲むように
大勢立っているあの光景です。

あんな感じです。

もちろん今までも、
大学の事務方の見込み違いで、
教室が狭かったということもありましたが、
私のこの二年間の学生生活で
立ち見が出た教室はたった3コマでした。
(ただ、特に一年生の時は
 語学など必須授業もありましたが。)

講義は基本半年単位ので、
今学期の立ち見率は従来の6~7倍です。
(5×2×2年=20,  20/3=6.66…)

こうした場合、教室は
より広い別の教室に変更となるのですが、
変更後の教室でも、ほぼ満席状態です。
というか、一か月経った今でも
立ち見の学生が依然数人います。

これには、
私が興味をもって選んだ講義が
他の学生にとっても興味のあるものだったり、
たまたま楽に単位が取れるとされる講義だった、
といった理由はあるのでしょう。

それにしても、大学の講義を
立ちながら聴講することになろうとは
夢にも思いませんでした。
少なくとも私が若いころに比べると
全体的に学生はまじめになっているようです。

さて、私が
どんな講義をとっているかと申しますと、
昔も今も中東では常に問題が起きていることから、
中東やイスラム関係の科目をとっています。
特に前者については、
オマーン政府(スルタン)の寄付によって
実現可能となっている貴重な講義です。

また、国内では最近、
道徳教育が問題となっているところ、
パン屋には郷土愛はないと認定するような
そんな国や政府が押し付ける考えではなく
様々な先人の知恵を学ぶべきだろうと思い、
東洋や西洋の思想史をとっています。

特に前者については原文から読むべく
漢文の授業もとっています。

さらに、日本史に関する講義もとっています。
次回は、この講義について
東大の入試傾向とあわせて
紹介してみたいと思います。


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2017.05.10(Wed):復興・原発問題
福島原発事故の被災地を訪れたお話しも
今回が最後です。
さて、私もこの訪問に参加できるよう
尽力してくださった区議ご自身は、
所要のため、二日目の早朝、
東京に戻られました。

その際、私はその方から
放射線量を測定する装置をお借りし、
富岡町や大熊町を訪れた際も
ずっと測定していました。

意外だったのは、
これら居住制限地域だったところは
原発事故が起きる前の放射線量と
ほとんど変わらなかったということです。
放射性廃棄物の保管場所前でも
若干上がった程度です。
ただ、林の中を通ったときは
10倍近くに上がり、
福島第二原発が見える海辺に出たときは
15倍近く跳ね上がったのも事実です。

おそらく、
居住制限が解除された地域は、
他の地域よりも放射線量が依然高いと
報道されているのも、
このように高く測定される地域もあるから
かもしれません。

それにしても、
居住制限解除地域と
未だ解除されていない地域とが
道一つ隔てたところに並んでいるというのも
おかしなことというか、
人為の限界というものを感じました。

そして、最後に驚くべき事実を。

私は、東京への帰途についても
放射線量の測定を続けました。

福島から離れるにつれ、
値は徐々に下がったかに思われました。

しかし、
東京の自分の部屋に到着したときです。
放射線量が、富岡町での測定値の
1.3~1.5倍の値を示していました。
放射性廃棄物の保管場所前の値と
さほど変わりなかったのです。

もちろん測定器によって
示す値も異なってくるそうなのですが、
同じ機器で測っていたわけですから、
相対的は高低値ということでは
間違いないでしょう。


私たちは、何らかの問題について
意見を形成するとき、
内容をそのまま鵜呑みにしないまでも、
書籍や報道、ネットなどからの情報に
頼ることがほとんどです。

すべての問題について
自らが体験し調査することは不可能です。

ただ、
実際に現地に訪れて見聞したほうが
より正確な情報に基づいて
意見をもつことができますし、
そうした意見のほうが
迫力はあるんだろうと思います。

私も、原発問題については今一つ
確個たる意見をもてませんでした。

これが、今回、
無理をお願いしてまでも
原発事故の被災地を訪れる会に
飛び入り参加させていただいた理由です。
そして、
その意義は大いにありました。

福島3福島4



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2017.05.07(Sun):復興・原発問題
二日にわたる
福島原発事故の被災地訪問。
最後にうかがったところは、
食物など様々な物から人の体まで
放射能を測定する施設でした。

そこで、驚いたのは、
もちろん医師なども勤めているのですが、
常駐職員がふつうのお母さんたち
ということでした。

つまり、この施設は
“子どもには汚染された食べ物を
絶対に食べさせない“
という想いから設立されたのです。

だから、職員の方たちも
当初から専門知識があったわけではなく、
いろいろと勉強されたそうです。

私たちが訪問した際も、職員の方が
いろいろ説明してくださったのですが、
次のような言葉が一番印象に残りました。
それは

『原発事故がなければ、
 ふつうのお母さんが
 ここまですることはなかった。』

という言葉です。

以前にも申し上げましたが、
原発事故の責任は、
原発を推進してきた政府や東電にあります。

しかし、推進した政治家や役人らの
歳費や給与はカットされることもなく、
ふつうに昇進・昇格もし、
退職金もふつうに支払われています。

推進したものが甚大な被害を出しても
その責任はまったくとらなくてもよく、
その上、収入や地位も確約されている
何て、お気楽な職業なんでしょう。

先日述べた生活困窮避難者支援にしても、
食物などの放射能測定にしても、
本来は、
原発を推進した政治家や役人ら自らが行い
資金面にしても、まずは
この人たちの収入から賄われるべきでしょう。

しかし、代わりに
こうしたことを市民が行っている
というのが現状です。
今ご紹介した放射能測定施設も
おもに寄附金で運営されています。

地球温暖化、有限な天然資源、
開発途上にある自然エネルギー、
そして経済的問題などから
原発を一切否定することには
正直、躊躇もおぼえます。

しかし、諸外国と異なり、
わが国は、国土が狭いため、
居住地の近くに原発を立地するしかなく、
しかも、地震の多いところです。

明らかに原発には不向きな土地です。

それでも原発を稼働させようというのであれば、
事前に責任の所在を明らかにしておくべきです。

すなわち、
今回のような事故が起きた場合、
原発を推進した政治家や役人らが
歳費や給与、退縮金から費用を出し、
自らも被災者支援を行う。
多くの人の生命・身体、財産に
関わることですから
これくらいの覚悟があって然るべきです。

そして、
原発を利用する電力会社を選択し、
原発による電力を利用した者にも、
費用負担を負わせるようにする、
こうしたことを事前に明確にしておく
ことも必要でしょう。

さて、次回最後は、
私が実際に現地で測った
放射線量のお話しをしたいと思います。

福島6福島7福島5
福島8



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2017.05.05(Fri):復興・原発問題
先日、福島県のいわき市で
原発事故による避難者への支援について、
市民の方や県庁の方々から
お話しをうかがった翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

居住制限を解除されたとはいえ、
放射線量が十分に下がっていないといわれ、
放射性廃棄物が目前で山積みになっている
ことなどから
帰還をためらっていらっしゃる避難者の方が
ほとんどのようでして、
いまだ町に生活感が戻っているようには
見受けられませんでした。

ただ、この四月に再開したばかりの
小学校の校庭では
体育の時間だったらしく、
数名の児童が元気に駆け回っていました。
私たちを案内してくださった
現地の“語り部”さんによると、
数学年まとめての授業とのことです。

耐久期限が切れそうなシートに覆われた
放射性廃棄物が山積みになっている場所も
何か所か寄りました。

入口にある看板によると
保管期限がこの前の三月末になっていたので、
“語り部”さんに
「保管期限切れているみたいですけど…」
とうかがうと
『あ、また延長でしょう。』
と当然のことのようにおっしゃっていました。

また、この“語り部”さんによると、
六年前の震災直後、役所からは、
原発の放射能漏れの可能性があるので、
西の川内村に避難するよう
指示があったそうです。

しかし、それ以上の情報は提供されず、
例えば、一号機建屋の爆発があった日、
前日からの指示に従い
川内村などに避難するため
素の姿のままで車を運転する町民らが
防護服を着ながら誘導する警察官らの姿に
驚いた、といったこともあったそうです。

大熊町の山のふもとの地域にいたっては、
当初の避難指示さえ届いておらず、
周囲の町民らの大移動の様子に驚き、
自分たちで計画をたてて避難したそうです。

また、避難所に落ち着いた後も、
全国から多くの支援物資が届きながら、
全員分にゆきわたる量に達しない限り、
支援物資が避難者に支給されることはなく
せっかくの救援物資がむだになった
ということもあったそうです。

これは、役所のほうで
全員分に達しない場合の配布基準について
マニュアルがなかったからだそうです。
(同様のお話は熊本でもうかがいました)

その後、仮設住宅ができると、
そこに住めた方と
自分で民間アパートを探して
住まざるを得なかった方との間で
ちょっとした対立もあったそうです。

例えば、金銭面については
民間アパートでも補助はあったので
大きな問題はなかったそうなのですが、
家電製品など支援物資のほうについては、
仮設住宅の方にしか
支給されなかったそうでして、よって
仮設に入れなかった方たちからは
『自分らは自費で買いそろえたのに…』
といった不満がでたそうです。

また、芸能人やスポーツ選手らの慰問でも
仮設住宅のほうにはあっても
アパートに移った方には
その機会さえ知らされず、後日、
有名人に会えていい思い出になったと
仮設住宅の方の話を聞いて、
嫉妬や不公平感が噴出した
ということもあったそうです。

さて、最後に、
食物など様々な物から人の体まで
放射線を測定する施設を訪問しました。

そこで、私は、
今回の訪問で一番衝撃的というか、
原発事故の問題の本質をついた
職員の方の一言をきくことになりました。

そのお話しは、後日。


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2017.05.03(Wed):復興・原発問題
先日、福島県のいわき市で、
原発事故による避難者への支援について、
市民の方や県庁の方々から
お話しをうかがいました。

要は、福島県庁のいう“避難者支援”は
富岡町を始めとする居住制限解除地域に
多くの方に早く戻ってもらうという意味でした。

他方、市民側が問題視しているのは、
放射線量が十分に下がっていなとされ、
しかも、放射性廃棄物が目前に積まれている
そんな地域には戻りたくないという
避難者も大勢いらっしゃるということでした。

さらに問題なのは、
支援策を知らず生活に困窮している避難者も
全国にたくさんいらっしゃり、
行政側も努力はしているものの
プライバシーの問題などから
そうした実態を把握しきれておらず、
避難先の自治体によっては職員が
支援策について十分な知識をもっていない
ということでした。

そして、より根本的な問題は、
本来、原発政策を推進してきた政府や東電が
とるべき責任や負担を、
自治体や市民団体の方々がおっているという
事実です。

例えば、役所が把握しきれていない
生活困窮避難者の方々の把握や支援を
市民の方がしている、といったことです。

この他の例は、
翌日に訪問した富岡町や大熊町で
うかがったお話しから後日紹介します。

さて、今村前復興大臣が激高した
例の先月の記者会見ですが、
前大臣を追及したフリーの記者さんは、
原発を推進した政府が、本来、
事故責任を負わなければならないのに、
各自治体に投げたり、
生活に困窮している多くの避難者の実態も
把握していないなど、
こうした責任感のない
政府・前大臣を追及していたのです。

このフリーの記者さんは
実態をよくご存知なだけに
当事者意識のない政府・前大臣の姿勢が
許せなかったのでしょう。

各自治体に任せている点は、
現地の事情をよく知る自治体に
任せたほうがいいからであり、
この点は前大臣のいうとおりだと思います。

だた、問題は、
原発を推進してきたことの責任を
とらなければならないという意識が
政府にはまるでないということです。

例えば、
生活に困窮している避難者の方々が
依然多くいらっしゃるのに、
その原因が、推進してきた原発が
事故を起こしたことによるものである
ということに気がついておらず、
したがって、
そうした実態を知ろうともせず、
よって、
こうした方々のために何らかの対策を
講じようという姿勢・意識も全くない
ということです。

だから、フリーの記者さんの問題意識が
今村前大臣にはまるで伝わらず、
それで前大臣が激高するに至ったのでしょう。

本来の責任は
事故を起こした原発を推進してきた
政府や東電にあるのに、
それを避難者のほうに責任があるような
前大臣の言い方にも
記者さんも我慢ならなったのでしょう。

避難者の方に責任転嫁している例は、
居住制限は解除されたものの、
放射線量が十分に下がっていないとされ、
放射性廃棄物が目前で山積みになっている
ことなどに不安をおぼえ、
戻りたくても戻れない避難者を
“『自主』避難者”と
線引きしていることにも現れています。

さて、いわき市で
こうしたお話しをいろいろうかがった翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

このお話しは、後日。


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2017.04.30(Sun):復興・原発問題

先日、
私が最も尊敬する区議さんにお願いし、
福島原発事故の被災地を訪れる会に
飛び入り参加させていただきました。

具体的には、
吉野新復興大臣の出身地でもある
いわき市で一泊し、そこで
市民の方や県庁職員の方にお話しをうかがい、
翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

この会は、東北から九州まで、
全国の地方自治体の現職・元職の40名の
議員さんや市長さんで構成されています。

だから、
議員でもない私は非会員ということで、
飛び入り参加ということになりました。

現在、この会は、
全国に散らばっている避難者の方々の中には、
補助支援策を知らない方も多く、
さらに、各地方自治体によっては職員の
補助支援策についての知識がまちまちであったり
避難生活の実態を把握しきれていない現状に鑑み、
集まった全国の議員さんらが情報交換をすることで、
避難者の方々が全員一律に十分な補助を
受けられるようにすることも目指しているようです。

ところで、今回、議員でもないのに
この会に参加した方がもう一人いらっしゃいました。

それは、なんと驚くなかれ、
最近、辞任した今村前復興大臣と
先日の記者会見で
『撤回しなさい』「撤回しません」
などとやりあった、
あのフリーの記者さんです。

しかも、一泊した施設の部屋割りで
この方と一夜を共にすることになりました。

さて、この問題の記者会見ですが、
この方や市民の方のお話しをうかがった上で
改めて見返してみますと、
この記者の方の真意と今村前大臣の意識とが
かみ合っていないことから
お互いヒートアップしたことが
手に取るように分かりました。

このお話しのつづきは、後日。



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先日、あるビストロで
皿洗いや給仕のバイトをしました。

若いころ、パン屋で
ドーナツなどを揚げたり
レジ打ちはしたことはありましたが、
料理屋の厨房に入ったバイトは
初めてでした。

厨房内はこんなにも慌しいものなのかと
初めて知りました。

皿洗いは自炊した際にはしますが、
大量の皿洗いは初めてでした。
つい、普段どおり洗ったら、
完全にきれいになっていないと
やり直しをすることに…

しかし、お客さんは待ってくれません。
次から次へとお皿はやってきます。
スピーディーにかつきれいに洗う必要があります。

それでいて、料理も運ばなければなりません。
皿洗いばかりしているわけにもいかないのです。

シェフのほうはというと、
お客さんの食事の進み具合を気にしながら
料理をします。

マダムは私といっしょに
料理を運びますが、加えて
飲み物の注文もとって提供します。

私にはとてもそんな余裕はなく、
そこまでできませんでした。
もう緊張の連続でした。

私も何度か
フランス料理を堪能したことはありましたが、
まさか厨房内がこんなにも慌しく、
そして、シェフが気配りをしながら
料理をしていることは知りませんでした。

こうした厨房の動きがあって初めて
お客さんは落ち着いて食事をできるのだと
実感することができました。

こうした機会を提供してくれた
このビストロには感謝の限りです。

ここのシェフは、
料理・前菜を運ぶ前に
前菜からデザートまですべて
一通りお客さんに説明します。

よく、料理を運ぶごとに
そのつど説明をすることがありますが、
お客さんの会話を邪魔することになり、
衛生的にもよくないとされています。

しかし、このビストロでは
この点をよく承知されているようでした。

また、賄いにも感動させられました。
お客さんに提供されるものと
同じものをいただくことができたのです。
もちろん、量は
お客さんに提供されるものよりは
少ないのですが…

また、時給もきっちり
15分刻みでいただくことができました。

よく、塾のバイトなどでは、
決められた時間を
一時間以上オーバーしても
そこはサービス残業となってしまう
というブラックな話を聞きますが、
この点、このビストロはホワイトです。

そのビストロとは、
東京江東区の森下にある
『アンカシェット』さんです。

みなさんも、是非一度、お試しあれ。



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2017.03.31(Fri):両親の思い出

私の両親が眠るお墓は、
母方の祖父母のお墓と同じ墓地にある。

祖父母のお墓参りをして二十年近く、
お隣のお墓の家の方とお会いしたのは、
一度だけである。

二~三年前だったような気もするし、
十年くらい前だったような気もする。

ただ、はっきりと覚えているのは、
お墓に眠るおじいちゃんの奥さまが
車いすに乗って、
お子さんといっしょに
お参りしていた姿である。

先日、お墓参りにいった際、
まず、祖父母のお墓のほうをそうじした。
ふと、お隣のお墓をみると、
側面にまっ白な戒名が彫ってあるのに
気がついた。

あの車いすに乗った
おばあちゃんの戒名らしい。

死没年月を見ると、
おじいちゃんが亡くなって二十年近く、
おばあちゃんは、ようやく
おじいちゃんのもとにいったようだ。

私の父は
母が亡くなってから十年後に
また母といっしょになった。

人生の伴侶が亡くなったあと、
残された者は
どのような想いで過ごすのだろうか。

命のはかなさと
夫婦の間だけの世界。

前者は実感できたが、
後者はどうしても分からない。


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2017.03.24(Fri):ボランティア活動

以前申し上げたことはありますが、
私はボランティアで
中学生の勉強会に参加させてもらっています。

そろそろ三年目に突入し、
当初中学一年生だった子らは、
中学三年生になろうとしています。

ここで私は、
子どもの成長というものを目の当たりにし
多少戸惑いをおぼえています。

身長が急激に伸びたり、
身体つきが大人っぽくなるといった
外見的特徴もそうなのですが、
素直でかわいらしかった子が
いつの間にか反抗的になったりして
困惑しています。

反対に、勉強せずに
大きな声でおしゃべりばかりしていた子が
受験が近づくにつれやる気モードになり、
見事、高校に合格した後は、
礼儀正しくお礼をいってくれると
感動的にうれしくなります。

私は独身で、
よって子育ての経験もないので、
困惑も、うれしさも新鮮です。

そして、
この勉強会という活動を通じて、
親御さんや学校の先生がたのご苦労の
いったんだけでも体験できているのは
本当に貴重でありがたいことであると
改めて感じているところです。


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2017.03.13(Mon):わたしの信条
三月に入ると
来年卒業予定の学生にとっては、
就活が本格化する時期だ。
先日、仕事について
旧友と話をしていたとき、
はっとさせられた一言があった。

それは、
わくわく感があるから働ける
という一言だった。

わが身を振り返ってみると、
国家公務員として働いているとき、
わくわく感をもって
仕事のできた職場は限られていた。

現場や国際機関など
自己裁量の余地のある職場もあったが、
ほとんどの職場では、
自分の意見・考えは押し殺された。
まさに組織の歯車。

少なくとも私はそう感じていた。

もちろん、
世の中のみんながみんな、
本来自分のやりたい仕事に
つけているわけではない。

比較的安定した収入が期待される組織の中で
自分を抑えながら働いている人、
たまたまついた仕事の中で
働きがいを見い出そうと頑張っている人、
家族を養うために働いている人、
リスクを伴いながら
フリーランスもしくは経営者として働く人、
様々なのであろう。

自分はというと、
悔いのない人生にしたい
と考えたとき、
養うべき家族がいない境遇にあるからこそ
リスクを伴っても
自分のしたいことをすることにした。

この年齢になって
大学で勉強しているのもそうなのだが、
今、自分がどこの政党にも属さず
政治活動をしているのも、
思う存分自己表現のできる場、
自己実現のできる場、
そして、
わくわく感をもって活動できる場を
求めていたからかもしれない。

が、
覚悟も必要だ。


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2017.03.03(Fri):経済・税金問題

プレミアムフライデーから一週間。
その目的は消費を増やし、
働き方を変えることにあるとされてます。

ただ“そんな暇はない”という声がほとんどで、
そもそも消費が伸びないのは、
将来や老後に不安があるからでもあり、
日本人の働き方についても、
長時間労働を美徳とする意識は
なかなか変えられそうにもありません。

このように、
プレミアムフライデーの効果については
多少疑問はあるものの、
景気回復つまり国内総生産(GDP)を増やす
という点で方向性は間違っていないと思います。

ところで、なぜ、
“消費”が伸びれば
国内“総生産”も増えるのでしょうか?

GDPとは、あえて一言でいうと
日本中の商売の“もうけ”を
ぜ~んぶ足し合わせた額をいいます。
これが“総生産”の意味です。

ただ、日本中の“もうけ”を
正確に把握し足し合わせるのは困難!

そこで“もうけ”は
報酬や利子・配当といった形に変えて
めぐりめぐって個人や法人により、
最終的にはすべて消費されるものと
統計上みなされることになっているのです。
(なお、法人の消費は“投資”のことです)
消費(投資)なら統計をとることは可能です。

よって、消費・投資が伸びれば
GDP(国内総生産)という統計値も
伸びるというわけです。

しかし、日本の人口は減っているので、
GDPは減るのが自然です。

それでもGDPを増やそうというのであれば、
人口の減少率以上に、
一人当たりの“消費”を増やし、
一人当たりの“生産”性をあげるしかありません。
しかし、日本の労働生産性は
世界的に低いとされています。

そこで、働き方を変えることで
労働生産性の向上を図る必要もある
ということなのでしょう。

ところで、先ほど、
日本中の“もうけ”を足し合わせることは
現実的でない旨申し上げましたが、
ざっくりとこれに近い数値は出せます。

それが、消費税の税収額です。
消費税は個人が消費する物やサービスの
すべての流通過程で生じた“もうけ”
に課税されます。
(法人の消費は消費税の計算上控除されます)
だから、
消費税の税収額を税率で割り戻せば
GDPのうち
個人消費が占める値に近い数値は出せます。

ただ、非課税事業者も存在するので、
GDPの個人消費値よりは
どうしても小さくなってしまいます。
さらに、以下のような理由にもよります。

“もうけ”をもう少し正確にいうと
価値が付加されることをいいます。
よって、ヨーロッパなどでは
消費税を“付加価値税”といいます。
ただ、日本は税金のネーミングの際
“もうけ”“付加価値”のほうではなく
それが最終的に“消費”されるほうに
着目したということなのでしょう。

だから
“もうけ”が形を変えたにすぎない
給与や利子・配当、そして
所有者が変わるだけで
労力で価値が付加されることのない
土地やお金の取引などには
付加価値税や消費税はかかりません。
(ただ、仲介行為については
 手数を省けるという価値を
 生み出していますので課税されます)

つまり、GDPの対象とならないのは
消費税もかからないのです。

ただ、消費税がかからないものには
もう一つ別のタイプがありまして、
学校教育や福祉事業、介護サービスなど
価値が付加されるサービスでも、
社会政策的配慮から
非課税となるものもあります。

このようにGDPの対象にはなっても
社会政策的配慮から
非課税となるものもあるので、
消費税の税収額を税率で割り戻しても
GDPのうち個人消費の占める値よりは
どうしても小さくなるのです。

【計算例(H27年度:単位10億円)】
17,426(消費税収)÷6.28%(税率)
=277,484(国税部分のみから推計)
実際の民間消費支出額;299,854


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2017.02.25(Sat):両親の思い出

私は東京の下町にある
団地で暮らしている。

十六年前に亡くなった母は、
お茶を飲みながら、
よく外を見つめていた。

ただ、見つめる先には
向いの団地があるだけで、
他に何か変わったものが
見えているわけでなかった。

なぜ、
向かいの団地を見つめているのか
母にきいたことはなかった。

さて、先日、
『君の名は。』が劇場公開中
というテレビCMが流れていた。

半年も経つのに、
いまだ公開されているということは
よほどおもしろいのだろうと思い、
まんまとCMにのせられ、
今さらながら観に行ってみた。

私が小学生のときに観た
『小さな恋のメロディ』が思い出された。

メロディとダニエルの
ただ、二人でいたい、
という純粋な感情、
三葉と瀧の
ただ、会いたい
という一途な想い、
恋愛の原点をみた思いがした。

映画を観終えると、
私は、錦糸公園のベンチで、
パンをほおばりながら
缶コーヒーを飲んでいた。

かつて、刑事裁判の起訴状で
違法薬物売買の場所として
たびたび読み上げられたこの公園も、
半年前は、ポケモンGOでにぎわい、
今は、子どもがはしゃいだり、
女子高生がマネキンチャレンジをしたりと
非常にのどかであった。

そんなふうに思いながら、
ふと見上げると、
スカイツリーがそびえていた。

その瞬間、はっとした。

母は、
向かいの団地ではなく、
亡くなって数年後
その後ろに見えることになる
スカイツリーを見ていたのかもしれないと。



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2017.02.17(Fri):経済・税金問題
確定申告の時期となりましたが、
確定申告は無縁!という方でも、
公社債をおもちになり、かつ
株式運用に失敗されたという方は、
今年は申告したほうがいいかもしれません。

というのも、税金の仕組みが
これから述べるように変わったため、
申告をすることで
税金が戻ってくるようになったからです。

例えば、昨年の公社債の利子が100だった場合、
税金分の20(=100×20%)が自動的に差し引かれ
(正確には復興特別所得税分もう少し高い)
残りの80を利子として受け取るという形は
これまでと変わりません。
(いわゆる“源泉徴収”というやつ。)

しかし、この四年間、
株式運用に失敗していた場合、
税金が戻ってくるようになりました。
例えば60の損を出していた場合、
今年の申告から、税金を計算する上で、
先のように公社債の利子が100だった場合、
この100から株式運用による60の損を
差し引くことができるようになったのです。

今までは、
この差し引きができなかったのです。
(金融所得課税一体化に向けた改正)

つまり、先ほどの場合、
税金の計算上、
公社債の利子は100から40(=100-60)に減り、
したがって、税金は、
先ほどの20(=100×20%)から
8(=40×20%)に減るのです。
よって、申告をすることで
12(=20-8)の税金が戻ってくるのです。

ただ、公社債の売買と株式の売買を
同じ証券会社にお願いしている場合は
(特定口座を開設している場合は)
その証券会社が私たちに代って
12の税金をとり戻してくれるので、
確定申告の必要はありません。

しかし、公社債の売買と株式の売買を
異なる金融機関にお願いしている場合は、
確定申告をしないと
公社債の利子にかかる税金として
これまでどおりの20が
自動的に差し引かれたままで、
税金が減った分の12(=20-8)は
戻ってきません。

また、
同じ証券会社にお願いしている場合でも、
株式の運用で損が出たのが昨年なら、
その証券会社が税金をとり戻してくれますが、
二~四年前に損が出ていた場合は、
証券会社はそこまで計算してくれません。
よって、自分で確定申告をしないと、
減った分の税金12は戻ってきません。

また、株式の運用で損が出たのが
五年以上前だったり、
二~四年前の損でも、その損失額を
昨年、税務署に申告していなかった場合は、
税金は戻ってきません。

なお、株式運用の失敗により
公社債の利子100を超える損が出ていても、
元々の税金は20なので、
それ以上戻ってくるということはありません。

以上、かなり細かいお話しでしたが、
当てはまる方もいらっしゃるかもと思い、
老婆心ながら。


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先日、近所の病院で
人間ドッグを受けてきました。

病院内には
人生の先輩方がたくさんおられたのですが、
検査着を着て院内を移動していた私は、
まわりの方々と比べると若いこともあり、
目立っていたようです。

検査の翌日、街を歩いていると、
次々に、
ご近所の方々が私を見るなり、
ビックリして
『入院したんじゃなかったの?』
『お見舞いに行こうと思ってたのよ。』
と声をかけてくださいました。

どうやら、ご近所のお一人が
検査着を着て院内を歩いている私を見て、
入院したものと勘違いされ、
それがウワサとなって広まったようです。

それにしても、たった一日で
ウワサというのは結構広まるんだなと
実感するとともに、
ご近所のみなさんがこれだけ
私のことを心配してくださった優しさに
改めて感激した次第です。


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2017.02.09(Thu):外交・安保問題

みなさんは
『進撃の巨人』という漫画を
ご存知でしょうか?

この漫画の『巨人』とは
プロ野球チームの“巨人”でななく、
人間がそのまま巨大化したような
人食い怪物みたいな生き物です。

物語は、
人類が巨人の脅威から逃れるため、
高くて強固な壁で囲んだ町に
居住していたところ、突然、
巨人の中でも特に大型のやつに壁を破壊され、
その他大勢の巨人が壁の中になだれ込み、
そこから巨人と人類との戦いが始まる
というものです。

さて、話は突然変わりますが、
先日、米国のマティス国防長官が
安倍首相と会談した際、
そして、一昨日、
同国のティラーソン国務長官が
岸田外相と電話会談した際、
両長官とも、
沖縄の尖閣諸島について、
対日防衛義務を定めた日米安保条約5条の
適用範囲であるとの認識を表明しました。

そして、それは大きなニュースとなり、
特に国防長官が安倍首相と会談した際は、
ニュース速報まで流れました。

それだけ、
日本政府のみならず、
報道機関はじめ多くの国民が
関心をもっている問題だ
ということなのでしょう。

ここで、
先ほどの『進撃の巨人』という漫画ですが、
人類は、大型巨人に壁を破壊されるまで、
壁によって巨人から守られている
という現実を忘れ、
平和に暮らしているというところから
物語は始まります。

今の日本はこの状況に似ている、
と個人的には感じています。

日本には自衛隊があります。

それにもかかわらず、
米国政府から
尖閣諸島が日米安保の適用範囲である旨
表明してもらう必要が
どうしてもあるようです。

そして『進撃の巨人』の人類にも、
巨人と戦う“兵団”があります。
しかし、その“兵団”は
巨人との戦いでは常に劣勢に立たされます。
やはり、
人類が長い間平和に暮らせた最大の要因は
強固で高い壁だったのです。

日本は中国、ロシア、北朝鮮などの脅威に
常にさらされており、実際、
年間九百回ほど
空自のスクランブル発進があります。

中国船による尖閣諸島沖の領海侵入も
未だに頻繁に起きています。

日米安保という“壁”がなければ
こうした中国らの挑発行為は
今の比ではなくなるでしょう。

トランプ大統領に対する
安倍首相・日本政府の一連の態様が
メキシコ、オーストラリア、そして
ヨーロッパ各国首脳らの毅然とした態度と
若干、様相を異にするのは、
日米安保という強固な壁を維持するため、
と理解すれば
分かりやすくなるかもしれません。


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2017.02.03(Fri):政治活動
○時○分
今朝もおじいさんが
自転車に乗ってやって来た。

しばらくすると、
娘さんがお孫さんといっしょに
駅から出て来た。

そして、娘さんは、
迎えに来たおじいちゃんの
自転車の“後部座席”にお孫さんを乗せ、
三人が消えていった。

この光景は変わらない。
お孫さんの登場の仕方以外は。

はじめの頃は、娘さんが
眠っているお孫さんを抱えたまま
駅の階段を降りて来た。

そのうち、
お孫さんがよちよち歩きするようになり、
目を覚まして登場するようになった。

はじめは手すりにつかみながら
一歩一歩確実に階段を降りていたのが、
そのうち手すりにつかまらないで
スタスタと階段を降りられるようになっていた。

当初は私に興味を示さなかったお孫さんも、
通勤・通学する方々に挨拶している姿が珍しいのか、
私のところにいったん寄ってから、
おじいちゃんのところに行くようになった。

しかも、最初は、
私に近寄ってくるだけだったのが、
そのうち挨拶をしてくれるようになった。

そして、先日、私が
通勤客のお一人であるご婦人と
おしゃべりをしていると、
そのお孫さんがいつものように登場したのだが、
何と、
私とそのご婦人とのおしゃべりに気を使って、
立ち止まっているではないか!

ご婦人もそのお孫さんに気がつき、
駅の中に入っていった。

そして、それを見届けたお孫さんが、
今度はいつものように、
私に近づき挨拶をしてくれた。

お孫さんの成長はつづく。



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2017.01.28(Sat):憲法・法律問題

一昨日、韓国の裁判所により、
2012年に韓国人窃盗団が
対馬の寺から盗んだ仏像について、
元の所有権を主張する韓国の寺に
引き渡すよう命じる判決が下された。

ただ、裁判所は、
韓国の寺がある地域に
倭寇が5回侵入したとの記録がある、
像内にあった記録物に
高麗時代を示す年号などが記されている、
これらだけを理由に
以上のような判決をしたらしい。
倭寇が強奪した証拠もないのにである。

仮に仏像の元の所有権が
韓国の寺にあったとしても、
自力救済禁止の原則や
時効の概念というものを知らないのだろうか。

あまりにお粗末な判決である。

これ以外にも、過去には、
日本の賠償問題についても、
日韓基本条約を無視した判決を出している。

司法だけではない。
法令の効力は施行前に遡及してはならない
という法の常識を無視した立法もしている。
日本の憲法でも韓国の憲法でも
遡及処罰の禁止や法の不遡及が明記されている。

それにもかかわらず、
韓国は、日本に併合されていた時代に
親日派が得た土地や利益を没収する
という法律を十年以上前に制定し、
祖父母や親から受け継がれた土地などを
遡及して没収した。

こうした事後法は他にもいくつかある。

韓国の司法、立法、行政は世論に左右される
という話を聞いたことがある。
もはや法治国家とはいえない。

一昨年末の慰安婦問題の合意についても、
十億円を受け取りながら、
慰安婦像の撤去については、
日本政府と韓国の市民団体とで
直接話合ってくれといいだす始末で、
もう滅茶苦茶である。

米国のトランプ大統領の発言が
いろいろ物議を醸しているが、
法令に抵触するようなことはしていない。

韓国は、トランプ大統領以上に
まともにつき合ってはならない相手なのか?


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2017.01.26(Thu):外交・安保問題

日本の自動車貿易は不公平だ、
といった旨のトランプ大統領発言が
大きな問題となっている。

実際は、
アメ車に関税はかかっておらず、
逆に米国が日本車に2.5%の関税をかけている。
関税以外でも、
アメ車を不公平に扱っているわけではないらしい。

日本政府は、
事実誤認である旨
トランプ大統領に理解を求めたい
とコメント。

しかし、個人的には
この答え方には違和感をおぼえる。

私なら、
大統領たる者が事実確認もせず
思いつきで発言すべきではない、
日本でもドイツ車は売れている、
アメ車が売れないのは
企業努力が足りないからだ、
逆に、
米国が日本車に対する関税を撤廃せよ、
と要求する。

日本政府の米国に対する態度は、
沖縄住民など国民に対するそれとは逆に
一貫して低姿勢である。

1980年代の日米構造協議の際も、
日本政府が何を主張しても、
それでは米国議会を納得させることはできない、
と米国政府にいわれ、
終始押されっぱなしだったらしい。
なぜ、日本政府が
米国議会の気をつかわなければならいのか。

日本政府だけでなく
各国の業界のトランプ大統領に対する態度も
然りである。
彼がツイッターでつぶやくたびに、
いちいち彼に気をつかった声明を出す。

彼が大統領たる立場をわきまえた
良識ある人間であれば、
以上のような反応も理解できる。
大統領の面目を保たせるような
落としどころを見つけることも必要となろう。

しかし、彼は、
大国の大統領でありながら、
事実確認もせず、
思いつきで発言するような人間である。

それにもかかわらず、
日本政府や各国の業界が、
これだけ彼に気をつかうのは、
彼が米国の大統領だからなのであろう。

それだけ、
米国大統領はスゴイのである。


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今朝の参議院本会議で、
民進党の蓮舫議員が代表質問の中で
アベノミクスが
大幅な金融緩和や財政出動を主体としているのに対し
ヒトへの投資を主張していた。

その文脈のなかで、
昨年末に電通の新入社員が
自殺したことをあげながら、
過労死を防ぐ必要性も訴えていた。

ところで、現在は知らないが、
かつては霞が関で働く官僚で、
自殺する者が少なくなかった。
約二十年前、話たことはなかったが、
私の後輩に当たる者も庁舎内で自殺した。

しかし、こうした自殺者が出ても、
大きく報道されることはなかった。
当時は庁舎の窓には網も張られていたが、
それは飛び降り防止のためだという
まことしやかなうわさもあった。

こうした自殺の原因は不明だが、
過労を苦にしたものだと推測される。
霞が関は不夜城と揶揄されることもあり、
残業時間が月に200時間というのも
珍しくなかった(もちろんフルに手当は出ない)。

その原因の一つが国会質問の待機である。
事前に議員から質問を通告してもらい、
官僚が答弁案を作成するのだが、
問題はその通告が来るタイミングである。

私が経験した中でもっとも遅かったのは、
質問される日当日の午前1~2時だったと
記憶している。
当日の明け方に
国会待機が解除されることもあった。

特に野党議員の通告が遅い。
もし、過労防止の必要性をいうなら、
隗より始めよで、
質問通告を早くすべきである。

東京の区議会の中には、
質問通告を前日の一定時刻に締め切っている
ところもあると聞いたことがある。

たしかに、
国政の場合は区政と異なりその範囲が広く、
国際情勢も含め、
直前まで何が起きるか分からないということはある。
しかし、議員にも当事者意識があれば、
つまり官僚をヒト扱いすれば、
事態は改善されるはずである。

上司の部下に対する態度も然りである。
過労の問題は労働時間だけの問題ではない。
働きがいが感じられれば、
時間を忘れて没頭することもできる。
しかし、
上司の都合だけで部下が職場にいるのであれば、
モノ扱いされる部下のほうはたまったものではない。

組織で動く以上、
不可避な面もあるのかもしれないが、
過労の問題は、
部下をパソコン扱いすることにもあると思う。



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2017.01.19(Thu):ボランティア活動

私が駅前で
通勤・通学するみなさんに
朝の挨拶をする際、
心がけているのは、
笑顔を絶やさないことである。

発する言葉の調子は、
表情によって左右される
という話を聞いたことがあるからだ。

ところが、
もともと表情が豊かなほうではない
私の“笑顔”は、
どうやらうまくつくれていないようである。

私は、週に一回、
ボランティアで中学生と勉強をしている。

ある晩、
その勉強会にやって来た生徒二人が、
開口一番、
相変わらずの敬称付きのタメ口で
私にこう言い放った。

『猪野さん、朝から
 何いやらしいこと考えてんだよ!』

「えっ?」

『今朝、
 俺らが猪野さんの前通ったの
 気がつかなかった?
 朝からにやけてるんだもん。』



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2017.01.14(Sat):政治活動
私がある駅前で
通勤・通学するみなさんに
朝の挨拶をしていると、
いつからか、
4~5歳の女の子が
『あっ、いた!』
といって、私を指さすようになった。

私はそんな女の子にきまって手をふり、
女の子はお母さんに手をひかれながらも
私のほうを見ていてくれる。
そしてしばらくすると、きまって
お母さんに笑顔で何かを語っていた。

女の子と私の間の無言の交流のうちに
その親子は数メートル進んでしまうので、
何を語っているのか私には聞こえない。

そんなある朝、いつもと違って、
親子が私のほうに近寄ってきた。
初めてである。

『おはようございます。
 娘がいつも猪野さんにお会いできるのを
 楽しみにしているんです。
 この娘、猪野さんのファンなんですよ。
 いっしょにいるところの写真を
 撮ってもいいですか?』
といってお母さんはスマホを取り出した。

ずっと独身の私は、
子どものだっこの仕方が
よく分からなかったので、
とりあえず女の子と身長を合わせるため、
しゃがんだ。

すると、
女の子がピースサインをしたので
私もつられてピースサインをした。

『○○ちゃん、マスクとって。』

写真を撮り終えると、
お母さんは
『いつも出かけるとき、
 きょうは、おにいちゃんいるかな?
 って、きいてくるんですよ。』
といってくれた。

もちろん
“おにいちゃん”というのは
社交辞令なのだが、
どう返したらいいかとまどった私は
『おにいちゃんじゃないよ。
 おじちゃんだよ。
 しかも、かなりの…』
と女の子に返した。

そして、
お母さんがお礼をいってくれると
私は女の子に手を振った。

女の子はお母さんに手をひかれながらも
私のほうを見ていてくれる。
そしてしばらくすると、いつものように
お母さんに笑顔で何かを語っていた。


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およそ一か月前にも申しましたが、
私は今、東京大学2年生の学生です。
この春、法学部に進学することが
決まっていたのですが、
自主的に留年することにしました。

東京大学では、
1~2年生全員が教養学部に属し、
かの有名な赤門のある本郷キャンパス
ではなく、
渋谷近くの駒場キャンパスで学びます。

そして、2年生の夏までの
教養科目の試験の平均点で
進学先の学部が決まり、
3年生になると本郷キャンパスで
専門科目を学ぶことになります。

私が自主的に留年して
駒場で引き続き勉強することにしたのは、
教養科目のラインナップが
非常に充実しているからです。
また、この二年間、実際に
教養科目の授業を受けてみて、
どれも素晴らしいものだったからです。

そもそも、五十過ぎの私が
大学に入り直した主たる目的は
卒業ではなく勉強することでした。

授業がつまらなかったら、
さっさと卒業しようとも
思っていたのですが、
というか、そうならないように
東京大学に入学したのですが、
私の期待どおりでした。

大学の外では受けることができない
知的好奇心をそそる教養科目が
目の前に数え切れないほどある。

この機会を活かさない手はありません。

本来の若い学生の場合は、
早めに卒業したほうが望ましいのでしょうが、
私にとって卒業はあまり意味がありません。

あっ、
こんな偉そうなことを言っていますが、
試験の点数は決してよくありません。
やはり、若い脳には勝てませんから…


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2017.01.01(Sun):両親の思い出

昨年の大みそか、
要は昨日のことなのだが、
団地に住んでいる私は、
出かけるため、
いつものようにエレベーターに乗った。

すると、
大きなマスクをしたご婦人がお一人
奥に立っていた。

『猪野さん!Kです。』

「あっ、ご無さたしてます。」

五年前に亡くなった父は、
十年以上、
寝たきりに近い状態だったのだが、
そのときにずっとお世話になっていた
ヘルパーさんだった。

この五年間、Kさんとは、
2、3回お会いしたことはあったのだが、
以前お会いしてから一年以上経っていた。

「大みそかもお仕事ですか?」

と自分で口にしたとたん、
心の中でハッと思ったことを
そのまま返された。

『こういうお仕事は、
 年末年始もないですからね。』

就業者数の約3割が
年末年始も働いている
との記事を見たおぼえがある。

警察や消防、報道関係、
交通機関や観光施設、サービス業が
すぐに思い浮かぶのだが、
介護といった福祉、医療関係も、
たしかに年末年始は関係ない。

特にお一人で暮らしている方々を
お世話をしなければならない場合や
介護、医療施設の現場などは。

一年、一月、一日、
ここまでは、
原始人はおろか他の動植物も
なんとなくは
体感しているはずである。

地球の公転と自転、月の公転が
生み出すものだからである。

しかし、時間、分、秒は
人間が造り出したものである。
そして、一年の区切りも。

年が明け、新年を迎える特別な感慨、
それは、他の動植物では
けっして味わうことのできない
人間の特権。

大みそかの昨日、
人間の作ったエレベーターの中で
ふと、そんなことを思った。

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2016.12.27(Tue):他政党のやり口
一か月ほど前、
東京都江東区内の5~6カ所で
日本I新の会のM山陣営により
私のポスターがはがされ、
代わりに
I新の会のポスターが貼られていた
という事件を紹介しました。

その後、警察が
M山事務所に連絡をしてくれて、
そこのスタッフが警察に出頭し、
すべてではないにしても、
ゴミとなった私のポスターを返還した、
ということで事件は終わりました。

これは器物損壊罪に当たり、
民事的にも不法行為となりますが、
多忙な警察に迷惑はかけたくありませんし、
簡裁に訴えてまで
損害賠償請求するつもりもありません。

ただ、その後も、私が
偶然、M山氏の知り合いのお宅に
ポスターを貼らせてもらったところ、
それを見つけたM山氏自身が
その知り合いに
私のポスターをはがさせる
ということもあったのですが、
ま~このくらいは、
公M党もいつもしていることであり、
大目に見ています。

が、一難去ってまた二難、
I新の会だけではなかったのです。

下の写真をご覧ください。
自M党の秋M氏のポスターが
私のポスターの下部を隠すように
上から貼られているのです。

私は、これを発見するやいなや、
秋M氏の事務所にすぐ
私のポスターに重ならないようにするよう
連絡しましたが、
二ヶ月以上経った今も、
ご覧のとおりです。

ちなみに、
秋M氏のポスターで隠されたのは、
私のポスターのうち
『25年の行政と介護経験を政治に活かす』
という重要なメッセージ部分です。

が、自M党だけではなかったのです。
共S党もです。

次の写真をご覧ください。
私のポスターを丁寧にはがして捨て、
そして、代わりに
共S党のポスターを貼っていったのです。

日本I新の会と違って、
抜け目ないのは、
窃盗罪にも器物損壊罪にもならないよう、
私のポスターをきれいにたたんで、
その場に捨て去っていたところです。
さすがは、
日本でもっとも歴史のある共S党です。

ただ、犯罪にはならないとしても、
こうした道徳・倫理にもとる行為を
平気でする共S党に、
私のポスターをはがしてまで貼った
共S党ポスターに見られるように
『子育て安心の東京』なんか
任せられるのでしょうか?

もちろん、
こうした行為のほとんどは、
政治家本人の知らないところで
なされているのでしょう。

しかし、
組織として抑えられないのは問題です。
諸政党にも、しっかりとしたガバナンスを
求めたいものです。

いつも申し上げていることですが、
ご紹介したのは氷山の一角です。

こうした行為が繰り返されるので、
表ではきれいごとばかり言っている
諸政党の反道徳的な実態を知っていただき
かつ、けん制する上でも、
不本意な投稿をさせていただいた次第です。

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2016.12.18(Sun):ボランティア活動

これまで、
地震のあった熊本で、夏休みに、
学習支援ボランティアなどをしたお話しを
『私の宝物』という題で
数か月にわたりさせてもらいましたが、
今回が最終回ということで、
その『宝物』を紹介させていただきます。

まず、小学校でいっしょに勉強した
一年生のみんなから、
最終日に、一人一人から、
お手紙と似顔絵をもらいました。

それから、東京に戻り、
みんなにお礼の手紙を書いたところ、
一週間ほど経ってから、
児童全員の大きな寄せ書きが
自宅に届きました。
みんな一生懸命に書いてくれていて、
なかには、
他の子に見られるのが恥ずかしいのか、
いくつかの女の子の寄せ書きには
“ふた”がしてありました。

その内容は、もちろん、
ひみつ、です。

みんなからの
お手紙、似顔絵、そして寄せ書き、
私にとって、
これ以上の“宝物”はありません。

みんな、まだ一年生。
私との数日間の学校生活が
いつまでも、はっきりと
思い出として心に残ることは、
残念ながらないでしょう。

それでも、私は、
みんなのことを
死んでも忘れません。

みんな、本当にありがとう。

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私が東京大学に入学して
二年が経とうとしていますが、
これまで、
講義について語ることがなかったので、
ここで紹介してみたいと思います。

まず、
教授らについて共通していえることは、
単純な知識の伝達を嫌っている
ということです。
それでありながら、
講義中に自然とあふれてくる知識から
当然といえば当然なのですが、
教授らの知識量が測り知れないことが
伝わってきて、
これは、絶対にかなわない
という気分にさせられます。

講義内容も
巷で売っている基本書の類を超えており、
これらの書物や判例を読む上での着眼点を
現在の社会事象と関連づけながら
教示くださるので、
受講してから本を読むと、
行間まで深く読めたような気がします。

紹介される参考文献の量も半端なく、
要は、講義でいわれたことを参考に
学生自らが思考を働かせながら
これらの本を自主的に読むことが
期待されています。
教授らは、ある意味、
学問のおもしろさを伝えてくれています。

同時に、現実の出来事についても、
より適確にみることができるように
なった気になります。

例えば、今の政治家が
どの程度、憲法を理解しているのかが、
憲法改正議論からのみならず、
普段の言動から推し量れたり、
安倍首相とトランプ次期大統領、
どちらの外交姿勢があるべき姿か
考えさせられたり、
また、経済でいうと
電力料金や高速料金などは、
会社に利益が出たら、その一部は、
本来、消費者に還元されるべきことが
経済学的に理解できたりします。

私が若かりし頃は、
教授は自分の研究には熱心だが、
講義のほうは片手間にやっている
と言われることもありました。

しかし、今は、
アンケートを通して
教授も学生に評価されているためか、
講義は、学生より教授のほうが
熱心のようです。

その一端をご紹介しましょう。
それは、先日の憲法の講義です。

その日の憲法は
一時間目にあったのですが、
授業終了時刻になっても
終わる気配がまったくありません。

二時間目は政治学だったのですが、
それが休講だったのを幸いに
当然のように延長です。
しかも、休憩時間なしに。

ここからは、教授と私の戦いです。

そこの大きな教室は、
暖房が効かないためか非常に寒く、
教授もコートを着ながら
立ちっぱなしで講義を続けています。
ちなみに、ご年齢も
五十過ぎの私よりも一世代上です。

一方、
座って聞いている私のほうはというと、
集中を切らさずにノートをとり続けます。
寒かったので
睡魔におそわれることはなかったのですが、
トイレがどうしてもがまんできません。

そして、ついに、
講義の途中、
トイレに行ってしまいました。

東大の授業は105分で、
休憩時間は10分です。
憲法が二時間目から始まる
別の曜日はいつもそうなのですが、
その日も、昼休み時間を
30分ほどくいこみました。

つまり、その日の教授は、
4時間ぶっ通しで
コートを着ながら立ち続けで
講義をしてくださったのです。

まさに、私の完敗でした。


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2016.12.11(Sun):復興・原発問題
一昨日の9日、経産省は、
福島第一原発事故に伴う
賠償、廃炉などの費用の総額が、
これまでの見積額の11兆円から
倍近くの21.5兆円にのぼるとの
試算を公表した。

そして、この費用を
誰が負担するかについても示し、
賠償費用については、
東電と原発をもつ大手電力とが
負担する方式から、
原発をもたない新電力の利用者含め、
全ての利用者から電気料金の上乗せで
負担させる形にするとした。

原発の電力を利用してきた者が
賠償費用を負担するというのは、
もっとものようにも聞こえる。

しかし、従前は
利用者に電力会社を選択する余地はなく、
しかも、今回は、
原発をもたない新電力の利用者にも
負担させるという。

経産省は、
賠償制度が不備な中、
全需要者に公平に負担してもらう
という。

それでは、
賠償制度も整備せず、
原発を推進してきた
政治家や官僚の責任はどうなるのか?

3.11の津波は想定外というが、
自然の力をなめたまま、
原発は絶対に安全だと
堂々といいのけてきた者の責任は
どうなっているのか?

権限だけ行使しておいて、
責任はとらない、
だから政治家や官僚は、
信用されないのである。


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2016.12.03(Sat):ボランティア活動

先月の25日~27日、
東京大学の駒場祭において、
8月に熊本地震の被災地などを訪問して
うかがったお話しを
小学校での学習支援の様子も交え、
写真なども展示しながら
来場者のみなさまに
紹介させていただきました。

被災後の親子の様子、
避難所で見過ごされがちな子どもや女性の視点、
避難所の運営の問題点、
水や食糧など備蓄の大切さ、そして
被災された方々が
全国各地から様々な支援を受けたことへの
感謝の気持ちなど
被災された方々がお伝えしたかったことを、
代わって、少しでも来場された方々に
お伝えすることができたものと思います。

実際、首都圏のあるPTAの役員のかたから、
学校における災害対策を検討する上で
非常に参考になりましたと、
感謝のお言葉もいただきました。

大勢のかたが来場してくださいました
とは正直いえませんが、それでも、
一人では対応しきれないときが
少なくありませんでした。

難しかったのは、
来場者の関心度が区々であったことです。
頭では分かっているつもりでも、
関心度に合わせて説明することの難しさを
痛感した次第です。

また、
自分が五十過ぎの学生であることも
話をややこしくしてしまいました。

来場したスペイン人から
『サーティファイブ?』
と言われたときは
リップサービスと分かってはいても
不覚にもよろこんでしまいました。

この外国のかた含め、みなさん、
せっかく来場してくださったのですから、
『ここに来てよかった』
と思っていただくことだけを心がけ、
説明させていただきました。

こうして駒場祭も終わり、
少しでも使命を果たせたような気がして
ちょっとした充実感を味わうことができたのも、
私たちとお話ししてくださった
熊本のみなさまがたのおかげだと
思っております。

改めて、ありがとうございました。

161203 駒場祭



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2016.11.26(Sat):ボランティア活動
 先日、夏休みを利用して、
熊本で学習支援ボランティアなどを
してきたお話しをしてきましたが、
昨日から、東大の駒場祭で、
そのときの様子を紹介しております。

 場所は、駒場キャンパスの11号館
一階の1105教室です。

 明日27日の午後五時までですので、
お時間のある方は是非!

 フジテレビの『とくダネ!』の取材も
予定されています。

 最寄り駅は井の頭線の駒場東大前駅で、
渋谷寄りの出口です。

 あと、900番講堂という建物近くで、
私のクラスで、昨年に引き続き
オムチーズ焼きそばを販売しておりますので、
そちらもご賞味くださいませ。

161126 駒場祭2
161126 駒場祭
161124 駒場祭

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2016.11.21(Mon):他政党のやり口
今、ある政党の立候補予定者から
ひどい目にあわされている。

その政党とは、おおさかI新の会改め、
日本I新の会である。

ここ数か月、東京都江東区では、
I新の会のM山氏が
区内中にI新の会のポスターを貼り始めた。

そして、ここ一週間は、数か所だが、
既に貼ってあったはずの私のポスターがなくなり、
代わってその場所には
I新の会のM山氏のポスターが
しれっと貼ってあるのである。

もちろん、私のポスターが自然とはがれ、
そのすきにM山陣営が
I新の会のポスターを貼った可能性はある。

しかし、問題の場所は、
砂町銀座で1件、東砂町で2件、
東陽町で1件、大島で1件、
一週間で、私が発見した限りで計5件である。

以上の所に貼ってあった私のポスターは、
ここ半年~一年の間、
まったく問題なかった。
それが、風雨の強い日がまったくなかった
この一週間でいっせいにはがれるわけがない。

しかも、
私のポスターは全面シールタイプなので、
簡単にははがれない。

現に、一か所では、M山陣営のスタッフが
『簡単にはがす方法知ってますよ』
と言いながら私のポスターをはがし、
代わりにI新の会のポスターを貼っていった、
という家主さんの証言も得ている。

家主さんが暗黙に了解していたとはいえ、
これは犯罪である。
ポスターの所有権は私にある。
だから、家主さんとはいえ、
ポスターを勝手に処分できない。
家主さんがはがしたいと思っても、
ポスターは所有者しかはがせない。

もちろん、実際は、
家主さんが自分の意思ではがされても、
私は何もいわない。

しかし、今回は、私の知らないところで、
少なくとも一か所は、
M山陣営のスタッフが勝手にはがし、
そしてI新の会のポスターを貼ったのである。

証言が得られた所については、
すでに警察署に被害届を出した。

本当は他人を非難するようなことは
投稿したくない。

しかし、以前、
KM党のポスターの近くに貼った
私のポスターが何枚もはがされたことを
投稿したら、
その後はピタリとやんだ。

それでもマシだったのは、
そのはがされたあとに、
KM党のポスターが貼られていたことは、
亀戸の一か所を除き、なかったことである。

しかし今回、より悪質なのは、
はがされたあとに
I新の会のM山氏のポスターが
はってあることである。

この一週間で少なくとも5枚
というペースからすると、
今現在も、江東区のどこかで
私のポスターがはがされ、
I新の会のM山氏のポスターが
貼られているかもしれない。

だから、けん制のためにも
緊急に投稿した。

大げさにいうと、
死活問題だからである。


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2016.11.19(Sat):ボランティア活動

 8月の一週間、私たち学生は熊本に滞在したわけだが、東京とは何かが違うと感じていた。それは自然環境とか人の多さとかとは異なる何かであったが、それが何だったのかは、ある学童保育施設でお世話になって初めて気がついた。
 私たちは、熊本の小学校で学習支援をさせていただいたわけだが、放課後は、この学童保育施設で同小学校に通う低学年の子どもたちと遊ばせてもらった。そこで子どもたちは、宿題をしてもいいことになっているのだが、ほとんどの子どもはすぐに遊びはじめる。遊びといっても、ファミコンやスマホゲームといった類のものではなく、将棋やオセロといった盤上のゲームであった。そこで私は子どもたちと対戦をしたわけだが、みんな強かった。約四十年ぶりということもあってか、手を抜いたわけでもないのに、オセロでは小学一年生相手に一回敗けてしまった。将棋にいたっては、終始押されっぱなしで、「もっと攻めたほうがいいよ」と子どもから指摘される始末である。
 室内だけでなく、外で遊ぶ機会もあった。鬼ごっこ、かけっこ、ドッジボール、鉄棒、タイヤを使った跳び箱など、こちらも約四十年ぶりに遊んでみて、五十を過ぎた私には体にえらくこたえた。一方、子どもたちのほうはというと、疲れというものを知らないのか終始動きっぱなしで、笑顔も絶えなかった。
 そう、ここが東京の風景とは違うところであった。たまたまなのかもしれないが、東京では、私が小学生だった1970年代のころのように、外で元気に遊ぶ子供の姿をめったに見かけない。その代わり、大人も含め、スマホゲームなどに興じる姿をよく見かける。しかし、熊本では、人口の違いもあってか、スマホをいじっている人の姿は東京のようには目立たなかった。
 同じゲームでも、スマホゲームなどよりは盤上ゲームのほうが頭を使うであろうし、身体も、室内より外で遊んだほうが鍛えられることはいうまでもないであろう。知力も体力も、この学童保育施設の子どもは自然と向上している、そう感じた。

1611 いくせいクラブ

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2016.11.11(Fri):ボランティア活動

(かなりの長文です。)
 私たち学生は、夏休みを利用して、学習支援ボランティアという形で、ある熊本の小学校で一年生の児童といっしょに学校生活を送った。具体的には、私の場合、「こくご大会」、「さんすう大会」と称するテスト時に、児童が自分一人で解こうとしても分からないところがあったときはヒントを与えたりした。また、このテストが返されたときは、児童はその場で百点満点をとれるように問題を解きなおすのだが、この際も、児童にヒントを与えたり、正解した子には丸付けをしたりした。時には、私自身が教壇に立ち、勉強のコツなどを児童に伝えることもあり、その他、いっしょにプールで泳ぎ、給食をとり、掃除もした。そして、何より私が担任の先生から期待されていたであろうことは、落ち着きのない児童をきちんと席に落ち着かせることであったのではないかと思う。
 私たちの活動の目的は、今般の熊本地震で子どもが受けた心の影響などを調べ、こうした子どもやその親御さんらの様子や声を他の人たちにも知ってもらい、ひいては、今度私たちが災害にあったときに、今回熊本で得た知識・情報を少しでも活かすことができるようにすることである。そのため、当初は、熊本の小学校で学習支援をさせてもらいながら、児童の心の様子などを肌で感じるつもりでいた。ただ、先生らのご指摘にもあったように、今回の熊本地震が、入学・新学年開始日の3~4日後という、児童も学校になじむ前の環境下で起こったこと、そして、特に一年生については、子どもたちの行動が地震の影響によるものなのか、生来的なものなのかを判断することが難しいことから、子どもたちの様子を今回の地震と無理に結びつけようとすることは適切ではないと考えた。そこで、ここでは、あえて地震の影響ということから離れ、今日の学校教育の在り方という視点から、自身が小中学生だったころと大きく異なる点を中心に感じたことを述べてみたい。
 まず特筆すべきは、この小学校でも力を入れているという、いじめ根絶への徹底ぶりであった。今回、見聞きしたことの中で、私が小中学生だった1970年代頃との一番の違いは、先生が常時教室にいたという点である。少なくとも自分の経験の中では、教師は授業と授業の間の休み時間は職員室に戻り、その教師のいない間にいじめはおきていた。とくに中学校の場合は、教科ごとに担当教師が異なるため、どうしても教室に教師がいない時ができてしまう。数年前、学校公開で自身の出身中学校に訪れたときも、やはり授業と授業の間の休み時間に、プロレス技をかけて他の生徒をいじめている生徒がいたのを見かけ、それを止めたおぼえがある。この小学校では、いじめ対策のためだけに先生が常時教室にいるわけではないのであろうが、先生、もしくはその代わりとなる者が常時教室にいることでいじめはある程度抑えられるはずである。もちろん、これだけでいじめを根絶することはできない。今回、私が目を見張ったのは、担任の先生がとった以下のような二つの指導・行動である。まず、私がみんなといっしょに、隣の教室、ここは、体育館が被災して使用禁止となったため、剣道など本来体育館で行われることのために使われているのだが、その教室を児童といっしょにそうじをしていたとき、ある児童と児童が突然けんかを始めたのである。すると、担任の先生は、教室内にあったマットをひっぱり出し、そこで二人にすもうをさせ、一回勝負がついても二人が疲れるまで何度もとらせ、最後は、二人お互いに握手をさせたという話である。もう一つは、一日の授業が終わった反省会のときの話である。「今日、悲しいことがあった人」と司会進行役の児童が他の児童に問いかけると、ある女の子が、少しためらった後、しかし思い切って、ある男の子に握りこぶしでつつかれたことを発表した。すると先生は、事実確認をした後、その男の子に注意し、女の子に謝罪させたのである。私が小中学校生だったころは、このように積極的にいじめを見つけ出し、対処しようとした先生はあまりいなかったように思う。もっと、こうした先生がいたならば、いじめはきっと減っていったであろう。
 驚かされたことは他にもあった。それは、そのそうじのときに見かけた光景である。みんなが、まるでお寺のお坊さんのように、一心不乱にあちこちぞうきんがけをしていたのである。床をふくときは、最初、みんなできちんと並んで一定方向にぞうきんがけをしていたのだが、しばらくすると各自好き勝手な方向にふき始めてしまったのだが、そこは、小学一年生ということでご愛敬といえよう。このそうじの直前、担任の先生は、ぞうきんを四つに折った上で裏表八面をきちんと使ってぞうきんがけをするよう児童に指導していた。そのためか、ぞうきんがけをして八面を使った子どもたちが自慢げに私にぞうきんを見せにきてくれたのだが、その姿がとてもかわいらしかった。そして、私が八面使いきったことをほめてあげると、気をよくした子どもたちはそのぞうきんを洗って、さらに、他の子がすでにぞうきんがけしたところを再びふきはじめたのであるが、その姿も実に微笑ましかった。それにしても、このようにぞうきんがけのできる大人が、私含め、はたしてどのくらいいるのであろうか。私はここまでそうじの仕方を教わったおぼえがない。
 さらに、礼儀やあいさつが徹底していることにも感心させられた。私がこの子たちのように、礼儀やあいさつを教わったのは野球部や陸上部といった学校の運動部、しかも先輩方からであって、教室の中で教師から教わった記憶はない。私が今まで出会った社会人や学生の中でも、この小学生たちのようにきちんと挨拶のできる人はそう多くなかったのではないかと思う。ただ、今回も、授業中にうろうろしだす落ち着きのない子も例外的にはいた。ここが私の出番である。担任の先生はこうした子に注意する一方で、まじめにきいている児童のためにも授業を進行する必要がある。とても一人での対応は難しい。そこで、私がこうした子を追いかけて抑えようとすることになるのだが、これがまた加減が難しい。すなわち、あまり追いかけすぎると、子どものほうがかまってもらえると思い行動がエスカレートしてくるのである。時には無視することで子どものほうから近づいてくることもあるのだが、ただ、担任の先生の一喝でおとなしくなることのほうが多かった。このように、普段、先生が礼儀作法の指導に力を入れている一方で、落ち着かない子への対応にもいかに苦労されているのかを垣間見ることができた。
 そして、最後に、先にも述べたテストの様子にも大変驚かされた。一つは、テスト中、児童が自分で考えてもどうしても分からないときは、先生からヒントをもらってもよいという点である。たしかに、完全に自力で解こうとしても分からないと思ったら、途中で考えるのをあきらめてしまいがちになるが、ヒントをもらうことで自分の頭で考えようという姿勢が再びうまれてくる。また、テスト返却時にも、その場で児童が百点満点をとれるように解き直す時間をとっておられた。これもまた、実際には、自宅で解き直す子はあまりいないであろうと考えると、非常によいアイデアだと思った。児童が、テスト中に分からなくなると、あるいは返却された後に解きなおし終わると、「先生分かりません。」とか「先生できました。」と声をあげならが、われ先にと次々に手をあげる積極性には、ひっぱりだこ状態になった私もとてもうれしくなった。さらに特筆すべきは、返却後の解きなおし時に、できた児童ができない児童に教えはじめたことである。もちろん答えをいきなり教えるのではない。解き方などを教えることで自分の理解も深まるのだが、それよりも、自分さえよければそれでよいという自己中心的な考えをせずに、勉強という点でも助け合いの心をもってのぞんでいる姿には、まだ小学一年生ということからしても、目を見張るものがあった。たしかに自尊心が満たされるという面もあるのかもしれないが、無自覚にせよ、いや無自覚だからこそ、こうした高邁な精神には(といっては大げさなのかもしれないが)見習うべきところがあると感じた。これも、担任の先生の日ごろの指導の賜物なのであろう。私の経験の中では、テスト中にヒントをもらったり、返却されたその場で解き直したりしたということはなく、児童どうしで教え合うということもあまりしなかったように思う。
 ところで、まったくの余談ではあるが、私がこの三日間でもっとも困ったのは、プールの時間、泳げない子の指導を任されたことである。もちろん、私は水泳の指導などしたことがない。それでも、泳げない子どもを見ていると、不思議とだんだんその原因が分かってきて、実際、私の指導で泳げるようになった子が一人だけでもいたことは大きな喜びであった。人生、何ごともやってみなければ分からないものである。
 今回、私たちが熊本を訪れた目的は、先にも紹介したように、熊本地震が子どもの心に与えた影響や親子の様子などを調査し、その結果の周知を図り、ひいては今後の震災復興に活かせるようにすることにあったのだが、本校をはじめ訪問する先々で、自分たちの大学での専攻が教育関係なのかをたびたび問われた。たしかに、今回のように小学校で学習支援ボランティアという形でお世話になったことで、当初の目的からやや離れてしまった感はあるが、教育の在り方というものを深く考えさせられた。そして同時に、先生方が児童に対し、通常の授業の中で、礼儀や挨拶、そうじの仕方、思いやりといった、今の大人たちにも欠けているともいえることを身につけさせようと日々奮闘している実情をうかがい知ることもできた。なるほど、今後、教育関係の道に進もうと考えている若者にとっては、今回の経験が大いに役立ったであろうことには間違いない。ただ、自分自身にとってもこれからの人生の中でこの経験が活かされることはきっとあるであろうし、また、この記事が教育関係に進もうとしている者の目に触れ、少しでも参考になれば幸いである。
 最後に、今回、私たちがおじゃました際にいろいろご配慮くださった、小学校の校長先生、教頭先生、そして、一年生ご担任の先生をはじめとする教職員のみなさまがたには深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
そして、一年生のみんな、ありがとう。

1611 東町小学校給食
熊本小学校 3
1611 東町小学校プール


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2016.11.06(Sun):ボランティア活動
 私が小学生だった1970年代、放課後は友だちみんなで外で遊ぶことが多かった。この時代、両親が共働きである家庭は今ほど多くはなかったが、そうした家庭や母子・父子家庭の子どもは“カギっ子”と呼ばれ、家の鍵を持ちながらみんなと遊んでいた。ただし、保護者や学校の目の届かないところで子どもが放置されるという点では、カギっ子もその他の子どもにも違いはなかった。そして、この“空白”の時間帯に、子どもが犯罪に巻き込まれることが多かったため、特に共働きや母子・父子家庭から、保護者が安心して子どもを預けられる学童保育施設の設置が求められたとされている。
 私たち学生は、8月、熊本県の大津町立大津小学校に隣接する学童保育施設“NPOこどもサポート・みんなのおうち(つくしんぼ・四つ葉学童クラブ)”に訪れ、同法人の理事長と事務局長から様々なお話しをうかがった。
お話しをうかがって感じたことは、今般の熊本地震など震災にみまわれた際、子どもを安心して預けられる場所の必要性が増すのではないかということである。例えば、避難所で子どもが遊んだり、泣いたりすると、周囲の大人から怒鳴られ、その避難所から出ざるを得なかったという親御さんのお話は、今回の熊本訪問の際に何度かうかがった。遊ぶことは子どもの権利ともいえ、また、子どもは騒いだり泣いたりすることでストレスを発散する。しかし、その一方で、周囲の大人によってはそれがストレスになることも事実のようである。そして、今回の“NPOこどもサポート・みんなのおうち”のお話しにもあったように、被災した大人たちは災害復旧作業などに追われ、その後は、すぐにでも仕事に復帰したいという思いでいっぱいのようで、だからこそ、子どもを安心して預けられる学童保育施設の一日も早い再開を強く望まれていたということである。その結果、“つくしんぼ・四つ葉学童クラブ”としては、安全対策の必要性とのはざまで、再開に相当悩み苦労されたようである。
 もう一つ、今回のお話しの中で印象深かった点は、大津町といった地域の枠にとらわれず様々なところとのつながりや信頼関係を普段から構築しておくことの重要性を痛感したということである。これは、図らずも、別に訪れた“熊本こども・女性支援ネット”からも同様のお話しをうかがった。それだけ、被災した側としては、多方面からの支援をいただいたことで大いに助けられ、感謝の気持ちを深くいだいたということなのであろう。それと同時に、今度別のところで震災が起きた場合は、今回被災したことで学んだことを活かしていきたいという強い想いも伝わってきた。たしかに、完璧とはいえないまでも、震災時の教訓は震災があるごとに活かされ、震災対応という点では徐々に改善されてきてはいるようである。今回の私たちの調査結果も、その一助にでもなれば、これ以上よろこばしいことはない。
 最後に、ご多忙のなか、私どものために貴重なお時間をさいてくださった江口理事長、秋岡事務局長、そしてお世話になった学童保育の職員のみなさまがたにも深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

1611 子どもサポート

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2016.11.03(Thu):ボランティア活動

 私たち学生の活動の目的は、今般の熊本地震で子どもが受けたこころの影響などを調べ、こうした子どもやその親御さんらの様子や声を他の人たちにも知ってもらい、ひいては、今度私たちが災害にあったときに、今回熊本で得た知識・情報を少しでも活かすことができるようにすることである。そのため、8月の熊本訪問に当たり、事前にNPOやNGO、そして保育園など各種団体にヒアリングをお願いしてみたのだが、私たちが学生だけの大学非公認団体であることなどから、お会いする約束をいただける団体を見つけることは容易ではなかった。そんななか、今回、いくつかの団体がこころよくヒアリングを受け入れてくださったのだが、このうち、この度お世話になった“熊本こども・女性支援ネット(KCW)”も、そうした団体の一つである。
 KCWとは、清水菜保子さんらが、熊本地震後の5月、震災などの緊急時に見落とされがちな子どもや女性を支援するために立ち上げた非営利活動団体である。また、体感心理学がご専門の山本トースネスみゆき先生は、日ごろ、お子さんをもつ親御さんや保育士さんらを対象にカウンセリングなどをされている。そして、このお二方らが、KCWの活動の一環として、比較的簡単に緊張・ストレスを緩和させる方法を普及するために日々活動(ハグプロジェクトなど)されている。
 こうした団体が私たちの申入れを快諾してくださった動機は、いろいろ考えられるが、私たちの目的に賛同してくださったことの他に、私たちを通して何か世の中に訴えかけたいものがある、ということもあったのではなかろうか。
 今回のKCWへのヒアリングを通して目から鱗が落ちたように感じたことは、被災後の子どもや女性などの声に耳を傾けることがいかに重要であるかということであった。被災直後は、水や食糧、風雨をしのげる場所やトイレ、そしてお風呂や清潔な衣類などの確保が重要であることは、被災経験のない者でも容易に想像がつくし、実際もそうなのであろう。そんななか、子どもの遊び場を確保すること、女性を男性の視線などから守ること、そして被災者のストレスを解消することなどは後回しにされがちで、私などは、正直、その重要性にさえ気がついていなかった。しかし、子どもや女性にとっては切実な要望であり、それでいながら、今回のヒアリングの対象にはなっていない高齢者の方々も含め、周りの成人男性に遠慮してなかなか声を上げられないということがある。実際、私が熊本に訪問する前にヒアリングのため訪問したNPO法人から、以下のような逸話をうかがった。すなわち、このNPO法人のボランティアスタッフが熊本地震直後に現地に入り、ある避難所の男性責任者に子どもの遊び場の提供を申し入れたところ、そんな余裕はないということをいわれたそうである。しかし、強く説得した結果、遊び場を確保することができ、子どもからだけでなく、子どもの世話もしなければならない親御さんからも非常によろこばれ、感謝されたということであった。
こうした子どもや女性の要望、そして被災者のストレス解消の重要性を知ることができたのだが、KCWへのヒアリングを通して他にもう一つ教わったことがあった。それは、既存の枠組みを超えた様々な地域や団体・組織などと関係性を構築しておくことの重要性である。私たちは、普段、自らが所属する団体や地域といった枠組みを基準に行動し生活していることが多い。例えば、学校での勉強や部活動、仕事なんかもそうであろう。しかし、震災復興においては、被災地域を超えた様々な人や団体の支援に大いに助けられたというお話をきいたことで、容易なことではないのかもしれないが、普段から様々な人たちとのつながりを大切にしておくことの重要性を知ることができた。これと同様のことは、別に訪問したところでもうかがった。
 KCWが私たちの申入れを快諾してくださった理由の一つには、以上のようなことを私たちに訴え、そして、さらに他の多くの人たちにも知ってもらいたいという想いもあったからではなかろうか。KCWは普段いろいろな活動をされご多忙にもかかわらず、相当のお時間をさいてご準備くださった上、私たちの質問に一時間半以上にわたって丁寧にお答えくださった。本当に感謝の念にたえない。と同時に、このご恩に報いるためにも、KCWが訴えかけたかったことを私たちも多くの人に周知しなければならないという、使命みたいなものを感じた次第である。
 最後に、繰り返しになりますが、ご多忙のなか、私どものために貴重なお時間をさいてくださった清水KCW共同代表、山本先生、そして文書によってご回答くださったみなさまがたに深く感謝申し上げます。
 本当にありがとうございました。

ゆずり葉

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2016.10.29(Sat):ボランティア活動

こうして、
私を含めた学生数人は、
地震のあった熊本の子どもたちのため
学習支援ボランティアを行うことになった。

この他に、
地震が子どもたちに与えた心理面の影響、
そして、
被災後に見落とされがちな
子どもや女性の立場からの視点や要望について
調査すべく、
ヒアリングを行うことも決めた。

これには、
先日、鳥取でも震度6弱の地震があったばかりだが、
私たちの調査結果をなんらかの形で、
今後の震災に活かせるようにしたい、
こうした目的があった。

そこで、今度は、NPOや保育園など
私たちのヒアリングに応じてくださるところを
探すことになったのだが、
これが思いのほか大変であった。

大変だったというのは、
『被災して数か月しか経っていないのに
 来られても迷惑だ』
といわれたからではなく、
私たちが単なる学生の集まりであって、
大学公認といったきちんとした団体ではないため、
素性がはっきりしていないというか、
私たちの信用性が担保されていないからだった。

ヒアリングをお願いすべく、
いくつもの団体に電話連絡をした。
学生離れした私の声から
大学院生と勘違いされることもしばしばあったが、
私が五十を過ぎたおっさん学生と分かっても、
私が教授ではないことや、
大学公認の団体ではないことなどの理由で、
断わられることが多かった。

それでも、数か所、
NPO団体や保育園などが
私たちの依頼に快諾してくださった。
本当に感謝の念に絶えない。

もちろん、
ヒアリングをお願いしたのは
私だけではなく、十代の学生も
数か所にお願いしてみたのだが、
大人相手に見事、約束をとりつけた。
自分が十代のころを振り返ると、
これには感心させられた。

次回からは、
学習支援ボランティアや
ヒアリングを行っての感想を
述べてみたい。

(つづく)


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こうして、
熊本市の教育委員会事務局を介して
熊本市の小学校で
学習支援ボランティアを
させていただくことになった。

ところで、
この熊本市との連絡だが、
終始、課長さんが応対してくださった。

それは、私が五十過ぎだからではなく、
実年齢に気がつく前から、
私が学生の身分であるにもかかわらず、
課長さんが水害対策などで追われている中
(もちろん、その間は
 私からの連絡は控えていたのだが)
親切丁寧に対応してくださったのだ。

これで思い出したのが
自身の霞が関での勤務経験であった。
この界隈の人たちは、
異常なほどに肩書きにこだわる。
そのくせ、
相手には失礼な対応を平気でする。
例えば、およそ十年前、こんな経験をした。

当時、私は国税庁から東京地裁に
調査官として出向していた。

そして、調査官の私ではなく、
裁判官のほうが、
税務大学校に講師として派遣されいたのだが、
当時は謝礼をもらっていたようだ。
ところが、
他官庁からの講師もあわせ、
国税庁・税務大学校から
謝礼を出すのをやめることにした。

別に、このこと自体は問題ないのだが、
問題は、その連絡方法であった。

当時の私の地裁調査官というのは
課長補佐クラスだったのだが、
国税庁は先ほどの謝礼をやめる話を
係員から私への電話連絡一本で
済ませようとしたのである。

私は信じられなくなり、
せめて本庁の課長クラスの者が地裁に来て、
部長裁判官にきちんと説明するよう、
電話してきた国税庁の係員に注意した。

結局、後日、
税務大学校の課長と
本庁の若手課長補佐が地裁にやって来て、
部長裁判官らに
謝礼をやめることになった経緯などを
説明したのだが、
こんなことをふと、
熊本市の課長さんと電話でお話ししながら、
思い出したのだった。

(つづく)


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2016.10.15(Sat):ボランティア活動

地震のあった熊本の子どもたちのため
学習支援をしたい、
こうした想いで
私を含め学生数人が集まった。

だが、国、県、市、町、あるいは小学校、
どこに連絡していいのか、
まったく見当がつかない。

こうしたときは思い切りが必要で、
中間をとって熊本市教育員会に連絡。

すると、市の教育委員会のほうから、
ちょうど支援要員としての学生を
必要としていた
との返答があった。

時期はお盆を除く夏休みか、
二学期が始まる八月下旬。

地震の影響で補習を要するので、
その支援要員が必要とのことだった。

すでにいくつかの団体が
支援することになっていたが、
まだ、人手が足りず、
地元の熊本の大学生は、
やはり地震の影響で講義が遅れ、
夏休み中も試験があり、
なかなか余裕がないとのことであった。

語弊はあるが、ある意味幸運だった。
子どもたちのために何かしたい、
こういう想いを抱いても、
必要とされなければ意味はない。
必要とされないところに
こちらからお願いしても、
それはもう押し付けになる。
(ただ例外もあり、それは後日紹介)

だから、私は、
すでに人手は足りているとか、
そもそも学習支援を必要としていない
という回答を心配していた。

私のまわりにいる十代の若者が抱いた
子どもたちのために何かしたいという
この気持ちを何とか
かなえてやりたかった。

だから、
必要とされていることが分かり、
ホッとしたのであった。

(つづく)


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2016.10.01(Sat):ボランティア活動
学習支援を中心に
熊本で被災した子どもたちのために
何かしたい。

私が通う大学の下級生からの
こうした呼びかけに、
同じ学生とはいえ、
五十過ぎの私が混じっていいのか悩んだ。

が、何かと
成人がいたほうがよかろうと思い、
参加することに決めたのは、
その翌日だった。

そして、その数日後、初の打ち合せ。
そこで、初めて
みんなの想いが区々であることが分かった。

私は学習支援という点から
中高校生を想定していのだが、
他の学生たちは、
幼児から小学生までを考えていたようだ。

しかも、
子どもたちが被災によって受けた
こころの影響なども調べ、
来る震災に備えるべく
自分たちの周りの人たちにも
その結果を知ってもらいたい、
と考えていた学生がいることもわかった。

こうして、
かなり漠然とではあるが、
ある程度の方向性を決め、
具体的な日程も固めたところで、
旅券・宿泊予約、交渉担当など
役割分担も決めたのだが、
ここは、
おっさんの私があまり口出しせず、
本来の十代の学生中心に
いろいろ経験してもらいたいという
思いもあり、
バックアップにまわろうと考えていた。

が、学習支援にするにしても、
子どものこころの影響を調べるにしても、
訪問先さえ決まっていないなか、
そもそもどこに連絡していいのか、
皆目見当がつかない…

学習支援というだけでも、
文部科学省、熊本県教育委員会、
熊本市教育委員会、益城町教育委員会、
あるいは小学校、
どこに連絡していいのか?

しかも、現場から町、市、県、国と
どこまでの了承が必要になって、
いつになったら回答をいただけるのか?

承諾いただけたとしても、
こちらの都合と日程が合うのか?

また、
地震発生から二ヶ月しか経っておらず、
しかも、昨今は、
水害対策に追われているであろうなか、
連絡して迷惑にならないのか?

かといって、
あまり遅くに連絡しても
夏休みに間に合わない…

課題山積だった。

(つづく)


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2016.09.24(Sat):ボランティア活動
6月に入ったある日、
大学からの下校途中、
学生で混雑した車中で、
脚を踏んばって立っていたとき、
LINEグループに
下級生から一通の投稿があった。

“熊本”という文字が飛び込んできた。

内容は、
夏休みを利用して熊本に行き、
被災した子どもたちのために何かしたい、
例えば、学習支援という形で。
だから、
一緒になって参加してくれる人を募集、
というものだった。

私も、ちょうど
熊本で被災した方たちのために
何かしてあげたいと思いつつも、
大学での勉強を言いわけに、
何もできないまま、
地震発生から一か月以上経っていた。

ボランティアというと
がれき処理や掃除、炊き出しなどが
すぐに思い浮かぶ。
ただ、
スポーツ選手ならチャリティー試合、
アイドルなら歌や踊り、
芸人ならお笑いで被災者を励ます。
といったように、
それぞれの得意分野を活かす方法もある。

大学生だったら学習支援、
というのも自然なことであり、
私はすぐに納得した。

ただ、十代の若者の中に
私のような五十過ぎのおっさんが
一人混じってもいいのか。

私は、返答をためらった。

(つづく)


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閉幕したリオ・パラリンピック。

自分が若かりし頃、
陸上競技をしていたこともあり、
特にトラック種目に注目して
観ていたのだが、そのとき
すぐに気がついたことがあった。

オリンピックで
あれだけメダルを量産した
アフリカ系選手がいない…

アフリカでは障がい者が少ない
というわけではなかろう。
内戦などでむしろ多いのでは…

おそらくは、経済的理由か。
すなわち、
競技用の義手・義足や車いすなどは、
相当の技術やコストがいるはずである。
しかし、
アフリカではその余裕がない。

同じようなことは、
オリンピックでも、
体操や卓球、水泳などでも
いえることではなかろうか。

パラリンピックは先進国有利、
そんな気がした。


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2016.09.15(Thu):ボランティア活動
私のように、ある年代以上の方にとっては、
敬老の日といえば、今日、
9月15日ではなかろうか。
今年で敬老の日制定五十年になるらしい。

各自治体では
高齢者増と財政難を理由に、
敬老祝い金を廃止し、
記念品の贈呈に切り替えるなどしているそうだ。

私の地元の自治会でも、この時期になると、
七十歳以上の方々に菓子折りを配っている。
そして、先日、
その配る役を、数十軒分ではあるが、
おおせつかった。

最初は、正直、
不在宅もあるし、面倒くさいと思ったが、
せっかく配るのなら、
お祝いの気持ちでやってみようと決めた。

そこで、実際訪問してみると、
ちょっと幸せな気分になれた。
というのも、訪れた先々で、
ねぎらいのことばをかけられたからである。

人に親切するとき、
そして、ちょっとずれるようだが、
仕事をするとき、
相手や上司に感謝されることを期待して
するものでなはいとされている。

しかし、そこは人間。
やはり、ねぎらいの一言があるだけでも
やってよかった、
今度も頑張ろう、
という気持ちになれる。

私は、今でこそ学生の身分だが、
それ以前は二十五年近く勤めてきた。
自分としては、そこで、
一生懸命やってきたつもりだったが、
ねぎらいの言葉をいただいた記憶が
あんまりない。

だからこそ、今回よけいに
しかも二回りも三回りも上の諸先輩から
ねぎらいの言葉をいただいたことが
単純にものすごくうれしかった。


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