2017.10.21(Sat):2017 衆院総選挙
(長いです)
みなさん、私はこの度の衆議院選挙に立候補いたしました“いのたかし”“いのたかし”と申します。
さて、みなさん、この総選挙ですが、いったい何の意味があるのでしょうか?
立候補している私にも分かりません。
しかも、この選挙には600億円以上の税金が使われております。
これで、スカイツリー一本立ちます。
スカイツリーの総事業費は約650億円。
この額に相当する税金が、この意味のない、“もりかけ問題”隠しの総選挙に使われているのです。
スカイツリー一本分の税金があれば、どうして子育て支援に使わないのでしょうか?
スカイツリー一本分の税金があれば、どうして高齢者福祉に使わないのでしょうか?
スカイツリー一本分の税金があるのに、こうした福祉に使わず、この意味のない総選挙にためらいもなく使ってしまうその感覚は、われわれ有権者の感覚からあまりにも離れています。
野党にも問題はあります。
民進党という野党第一党が事実上消えてなくなり、代わりに希望の党ができた。
どうしてか?
一言で説明できます。
当選したいから。
民進党という名前では当選できない。希望の党なら当選できそうだ。
今の政治家は、このように、いかにしたら自分たちが当選できるか、こういうことしか考えていません。
そうではなく、われわれ国民のことを考え、国の将来像をきちんと描き、そしてそれに必要な政策は何なのかを真剣に考え議論する、そうした真の政治家がほとんどいない。
だから、政治改革も進まないのです。議員定数削減・歳費削減、昔から言われていますが、(定数の方は数十人減ったものの)なかなか進まないのは、自分たちのことしか考えいない政治家が多いからです。
小池都知事は、当初、こんなことを言ってました。“日本をリセットする”
しかし、そうではありません。
リセットするのは日本ではない。
リセットすべきは、自分たちのことしか考えない今の政治家なのです。
今の政治家をリセット、政治家をリセット、政治家をリセットしたいという想いで立候補いたしました“いのたかし””いのたかし“です。

さて、今から私“いのたかし”が当選した場合、何をしたいのかを説明します。
それは、政治を透明にすること。政治の透明化です。
そんなに大げさな話ではありません。
みなさんは、今の政治家のHPやFB、blogなどをご覧になったことはありますでしょうか?
そこには、どんなことが書かれているのか?
そこには、こんなことが書かれています。
新年会にでました。餅をつきました。神輿をかつぎました。盆踊りを踊りました。忘年会で酒をかっ食らいました。
こんなことが書かれています。
しかし、私たちが知りたいことはそんなことではない。
私たちが知りたいのは、政治家の仕事ぶりです。
でも、分からない。
見せてくれないから。
今の国会議員は年間、数千万円の歳費・給与、手当をもらっています。
しかし、今の国会議員、それだけの仕事をしているでしょうか?
分かりません。見せてくれないから。
例えば、みなさん、今のプロ野球選手やメジャーリーガーは年間数億円もらっています。
それでも、これを批判する人がいるでしょうか?
めったにいません。
どうしてか?
それは、税金ではないから、ということもありますが、プロ野球選手やメジャーリーガーは、数億円の価値のあるプレーを我々に魅せてくれます。だから納得する。
かたや、今の国会議員はどうでしょうか?数千万円の価値のある仕事を我々に見せてくれているでしょうか?いや、見せてくれていません。だからモヤモヤするのです。
政治家は、我々の税金でメシを食っている以上、われわれ納税者に自分たちの仕事ぶりを示すべきです。
それが、政治家として最低限の最低限の仕事です。
しかし、その最低限の仕事すらしていない政治家が多い。
だから、私は、当選させていただいた暁には、みなさんにきちんとお示しします。私がどういった仕事をし、どういった活動をしているのかを。
そして、みなさんに私の仕事をご判断いただきたい。
もし、みなさんが、私の仕事を大したことないないな、意味がないな、と判断された場合は、是非、次の選挙で落としていただきたい。
それだけでございます。
そういう意味で、私“いのたかし”は、政治を透明にしたいと思っております。

さて、もう少し、具体的なお話をさせてください。
まず、消費税です。
消費税率が8%から10%に引き上げられることが決まっています。
どうして消費税税率が引き上げられるのでしょうか?
それは、もうみなさんご承知のとおり、財源が不足しているからです。
財源が不足しているから、消費税率引上げ、仕方ないじゃん。
そう、私もそう思います。
しかし、問題は、問題は、誰が財源不足を招いたのか、誰が税金をムダ使いしてきたのか、そこが明確になっていないことです。
歴代の政府・与党に税金のムダ使いの責任があるのかもしれませんが、本来は、本来は、税金のムダ使いに責任のある者が我々の前に出てきて謝罪をする。
“私たちが税金をムダ使いしてしまいました。どうもすみません。ですからみなさんお願いします。消費税率を引き上げさせてください。”と、
まず、税金のムダ使いを謝罪し、それからわれわれ国民に税率引上げをお願いする。
これが筋の通った政治です。
しかし、実際はどうでしょうか?
頭ごなしに“財源が不足しているんだから消費税率を引きあげるしかない。”
こういう言い方は無責任だと思います。
ですから私“いのたかし”は、筋の通った政治、責任をとれる政治を、国会内でも主張してまいりたいと思います。

もう一つだけお話しをさせてください。
原発問題です。
原発問題というと、再稼働か?原発ゼロか?こうした二者択一的な議論がなされがちですが、私、“いのたかし”は、原発問題、そんな単純な問題ではないと思っています。
やはり、ここでも重要なのは、責任の所在なのです。
福島第一原発事故のような原発事故が起きたときの責任の所在が曖昧なのです。
だから被災者は裁判に訴えざるを得ない。ご自身らには何の責任もないのに、いろいろな負担をしなければならない。
まさに十日ほど前、福島地方裁判所で、国と東電の責任を認める判決が出ましたが、それよりもむしろ、原発事故が起きる前に責任の所在を明らかにしておくべきなのです。
責任はどこにあるのか?
原発を推進してきた政府・与党かもしれない、電力会社かもしれない、稼働にお墨付きを与える原子力規制委員会かもしれない、あるいは、電力を利用している我々消費者にも責任の一端はあるのかもしれない。
(ここでいう“責任”とは、因果関係の中でも条件関係的なもの、または応益負担をいいます。)
ともかくも、原発事故が起きたときの責任の所在を明確にしておくこと。
そうすれば、稼働してもいいでしょう。
しかし、今のように、福島第一原発事故のような原発事故が起きても、誰も責任を取ろうとしない現状下においては、決して原発を稼働させてはならいない。
私はそう思います。
そうして意味で、私“いのたかし”は、責任ある政治、筋の通った政治を、国会内でも主張していきたいと思います。
私は“いのたかし”“いのたかし”
ここ江東区で育って47年、みなさまには日ごろお世話になりまして感謝申し上げます。ありがとうございます。
“いのたかし”“いのたかし”“いのたかし”でございます。
大変お騒がせいたしました。ご清聴ありがとうございました。


スポンサーサイト
Tag:
| TrackBack:0
2017.10.18(Wed):2017 衆院総選挙

選挙期間中の朝、私は、
普段挨拶をしていない駅前で
通勤・通学客に挨拶申し上げている。

そこの駅前は、
近くの小学生の通学路にもなっている。

初日、
6~7才くらいの女の子が
私に挨拶してくれた。

『おはようございます。』

「おはようございます。」

それだけだったが、
なぜか印象に残った。

二日目、
『いのたかしさん、
 おはようございます。』

初めて私の名前を呼んでくれた。

「おはようございます。」

『あのね、手が寒いから
 手袋したいって言ったら、
 ママがまだ早いって。』

「早く手袋できるといいね。」

三日目、
『いのたかしさん、
 おはようございます。』

「おはようございます。」

『今日は、手袋していいって。』

「ほんとう、よかったね。
 あったかそうだね。」

四日目、
『いのたかしさん、
 今日もいたんだ。
 おはようございます。』

「おはようございます。」

『今日はネクタイが緑なんだ。』

やはり女子!
この年齢にしてネクタイの色を
覚えてくれているとは、
驚きである。

『なんで、いつも
 名前をいっているの?』

「選挙だからだよ。」

『せんきょって何?』

「お母さんとお父さんが
 紙に名前を書いて
 箱に入れるだよ。」

『それで、どうなるの?』

「偉い人になれるだよ。」
これは、おかしな答えだが、
こう説明するしかなかった。

『“あべそうり”よりえらい?』
安倍総理を知っている!

「次くらいかな。」
この答えもおかしい。

『頑張ってね。またね。』

選挙が終われば、
この駅前で挨拶をするのは終わり。
だから、
選挙が終わると
この女の子に会えなくなる。

しかし、
彼女はそのことを知らない。

そう思うと、
よけいにさみしい。


Tag:
| TrackBack:0
2017.10.11(Wed):2017 衆院総選挙
こんな間抜けなやつのHPですが、
よろしかったらご覧下さいませ(^-^)
http://www.inoko.biz/
シェア、拡散、大歓迎です(^o^)

20171011124928d6d.jpg


Tag:
| TrackBack:0
2017.10.05(Thu):2017 衆院総選挙

やっと、投稿する時間ができました。

今回、お伝えしたいことは、
今月22日投票日の衆院選挙に
東京15区(江東区)から
立候補するということです。
が、また、また無所属です。

なぜ政党に属さないの?
と、よく聞かれます。

理由は二つありまして、
まず、政党の力に頼らないで
自分の力で勝負したい
という想いがあります。
ただ、政党政治を否定しているわけではなく
これとだ思う政党がなかった
というのも理由になります。

しかし、先月、
若狭さんが塾長を務める輝照塾の
200名の塾生として選抜され、
初回講義にも参加してきました。

“公開された政治”や
“しがらみのない政治”を目指す方向性は
まさしく自分が目指す方向と
合致していたからです。
したがって、希望の党の前身の(?)
日本ファーストから公認される可能性は
かなりありました。

面接も受け、
選挙資金はすぐ準備できるか?
お金や女性問題を抱えていないか?
なども聞かれました。
特に後者の質問には、
そもそも独身で
お付き合いしている女性もいない
と自信をもって(?)答えました。

が、小池知事が前面に出て、
“希望の党”を立ち上げたころから
状況が変わりました。

まず、
民進党と事実上合流する話になったとき、
結局は、議員らの自己保身のための
しがらみによる野合のための政党かと
幻滅してしまったのです。

多種多様な有権者の意見を集約し、
国会の審議に反映させるという
政党本来の役割を無視しているからです。

次に、
地元の民進党の現職が
小池知事が前面に出たころから
希望の党に移る旨表明したことで、
私が弾き出された格好になったのです。

それでもまだ、
北海道や東北、山陰あたりの選挙区でしたら
私も公認はもらえそうでした。
しかし、自分を幼少のころから
育ててくれた江東区から出たい
という気持ちでいっぱいでした。

また、何よりも、
三年近くの間、地元で活動し、
子どもからご高齢の方まで、
多くの方々から
暖かい声援をいただきました。
自分が、もし、
人気(?)政党の公認欲しさに
魂を売って
別の選挙区から出たら
こうした方々を裏切ることになります。

私はすでに五万人近くの
板橋区民の方々を裏切りました。
もう、これ以上裏切りたくありません。

だから今回も無所属です。

選挙は勝たなければ意味がない
よくそう言われます。

しかし、有権者にお示しする選択肢を
一つでも増やすためにも、
また、私のような考え方もあるのかと
有権者の方にも知っていただくためにも
私が選挙に出る意義はあるんだと思います。

さて、その肝心の
私が選挙で訴えかけたいことは、
長くなるので、
公示日までのお楽しみ、
ということで、現時点では
応援よろしくお願いします
とはあえて申しません。

応援するかどうかは、公示日以降、
私の主張含め、各候補者の訴えを
きいて比べてみてから、
みなさんが決めることだと思うからです。

20171005213456b24.jpg201710052135262c2.jpg


Tag:
| TrackBack:0
2017.09.23(Sat):ボランティア活動

先週の土日に、
私の出身高校である城東高校で
文化祭があった。

いつもと違うのは
プレハブ校舎で行われたこと。
城東高校の創立は1978年。
当時は都立校として珍しい
冷暖房完備の校舎も
建て直されることになったからだ。

私はOB会の役員として
年に一回発行している機関紙の
記事の取材のため訪れたのだが、
私が高校生だった1980年代初頭の
文化祭と大きく変わっていた点が
二つあった。

一つめは
コンピューターを使ったゲームの
企画があったこと。
今では当たり前なのかもしれないが、
当時はまだワープロさえなかった。

二つめは
ポップ系のダンス部や
チアダンス部があることである。
こうした部も当時はなかった。
後者については、十数年前
高校野球で甲子園に出場してから
できたのかもしれない。

文化祭当日は雨だったため、
野外で行われる予定だった
これらダンスのお披露目は
プレハブ校舎の“講堂”という所で
行われることになった。

開始20分ほど前、
他の企画ものをしている生徒含め、
続々と大勢の人が集まりだした。

所詮高校の文化祭と侮っていた私は
写真を撮るポジショニングのため
あわてて“講堂”に入った。

そして“仕事”のためと思い、
人をかき分け最前列に位置した。
写真撮影を許可された
ビブスを着用していたためか
比較的抵抗なく行けた。

しばらくすると
次々と女子高生らが入って来て
ついにダンスが始まった。

AKBのようなアイドルグループが
踊るようなダンスだが、
歌っていない分、
というかダンスに特化しているので
より動きの激しいものであった。

ダンスの完成度、種類の豊富さ、衣装、
そして持久力、どれも圧巻である。
日ごろ、かなりの鍛錬を
積んできたことがうかがえる。

そして何よりも男子のみならず
女子からの声援も半ぱない。
本もののアイドルのコンサートさながら
部員個人名の名まえを叫ぶ声もすごい。

私もかぶりつきで写真を撮る。
完全にカメラ小僧である。
いや、スケベじじいである。
でも、ビブス着用だから
文句はいわれない(笑)

文化祭全体としては、
雨天のプレハブ校舎内であることを
感じさせない熱気が感じられたが、
これは、在校生どうしで
文化祭を盛り上げようという気運が
あったからではないか。

これも在校当時の私には
感じることができなかった点である。

201709230918484dc.jpg20170923091923cd4.jpg
201709230920295bb.jpg2017092309210730e.jpg
20170923092147389.jpg



Tag:
| TrackBack:0
2017.09.09(Sat):政治活動

街中の自分のポスターが
色あせてきたので
新しいものに貼りかえるため、
また、
はがされていないのか点検すべく、
先日、自転車をこいでいたところ、
突然、集団下校中の小学生らから
指をさされた。

『あっ、いのたかし だ!!
 いのたかし、いのたかし』

完全、ばかにされているのではあるが
こちらが手をふると、
少年たちも手をふってくれた。

さらに先に進むと、
やはり小学生の女の子が二人
こちらに近づいて来た。

『あっ、いのたかし?』

一人の女の子が私を見ていった。

「そうだよ。」

『えっ、本物?』

「そうだよ。よろしくね。」
といって、
小学生二人に名刺を渡した。

「お母さんに渡してね。」

なぜか、こういうときは、
お父さんに渡してねとは言わない。

『ね~ね~、
 いのたかしって有名人なの?』

もう一人の女の子がきいてきた。

「そうだよ。」

私は、うそをついた。

すると、名刺をもらった女の子らは
『やった~』
と私の名刺を受け取ったことに
あらためて喜んでくれた。

なんか、良心の呵責が…

そして、数時間後、
親子が私には気がつかないまま、
私のすぐそばをとおった。

『…と、いのたかし
 どっちが偉いの?』

と少年がお母さんにきいていた。

比較対象は聞き取れなかった。

「いや、偉くないというか、
 その質問自体がおかしい!」

私は心の中でつぶやいた。

お母さんも
返答に困っているようだった。

なんとなくばつが悪かったので
そのまま通りすぎた。


Tag:
| TrackBack:0

お願いですから、
最後まで読んでください!

先日、マックで食事をしていた際、
尿意をもよおしてきたので
トイレに入ってみたものの、
使用中でした。

15分経っても誰も出でこず、
ドアをノックしても返事がありません。

そこで店長さんにその旨申し出て、
いっしょにトイレ内に入ると
中から“いびき”が…

店長さんが外から鍵を開けると、
案の定、男性が眠っていました。

しかし、店長さんが
声をかけたり体を揺らしても、
男性はいっこうに目覚める気配がなく、
店長さんはついに警備会社に連絡。

しばらくしてやって来た警備会社の人は
ヘルメットを装着して臨戦態勢に。

が、先ほどの店長さんと同様、
声をかけたり体を揺らしても
やはり目覚める気配が全くありません。

警備会社の人も、それ以上
男性の体をさわることができないらしく、
店長さんはついに110番。

すると、
二名のおまわりさんがやって来て、
先ほどの警備会社の人よりも
荒々しい声を投げかけると、
先ほどまでだんまりを決め込んでいた
男性がようやく返事をしたようです。

その男性は酔っているふうでしたが、
結局、二名のおまわりさんと一緒に
店外へ。

と、ここまで読むと
短時間の出来事のように
思われるかもしれませんが、
店長さんが連絡してから
警備員や警察官らが来るまで
相当の時間がありました。

その間、トイレが我慢できなくなった
私ともう一人別の男性客は、
その店長さんの了解をきちんと得て
女子トイレへ。

その別の男性が用を済ました後
いよいよ女子トイレに。

男子トイレと位置が逆だったものの
つくりはほぼ同じで、
大きく異なる点は、
鍵が二重になっていたことでした。

女子トイレで立小便をし、
はねたところはきちんと
トイレットペーパーで拭いて
トイレから出ると、
待ってましたとばかり、
モップ片手に外で待機していた
その女性店長さんは、
トイレの床を拭き始めたのでした。


Tag:
| TrackBack:0
2017.09.04(Mon):政治活動

一週間前の事故現場を
緊張感をもって通りすぎ
駅に到着した。

いつものとおり、
通勤・通学するみなさんに
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
と、挨拶を始めた。

すると、
大きなランドセルをしょった
6~7才の女の子が
『行ってきます』と
礼儀正しくお辞儀をしてくれた。
ここまで丁寧な反応は初めてだ。

しばらくすると、今度は
ご婦人が私に近寄って来て
『朝からこんな頑張らなくてもいいのに。
 でも、気持ちは分かるわよ。』
とおっしゃり、
温かい手で握手をしてくださった。

今朝は風が冷たい。

天気予報では曇りだったはずなのに、
雨が降り出してきた。
傘を持ってこなかった私は、
濡れながら挨拶するしかなかった。

とにかく雨風が冷たく、
つらい。

すると、
若い女性が傘をさし出してくれた。

『これ使ってください』

「でも、」

『私、折りたたみ傘ありますし。』

「後日、お返しします。
 ここに私のメルアドが…」
といって、名刺を差し出した。

『ビニール傘ですから大丈夫ですよ。』

ナンパと間違われたかもしれない。

今度は、傘をさしながら挨拶を始めた。

正直、救われた。

時間も経ち、声もかすれ始めたころ、
近所に住んでいるものと思われる
おばあちゃんが私に近づいてきた。

『これでもなめなさい。』

といって、
一個のあめをさしだしてくださった。

「あっ、ありがとうございます。」

傘をさしながらそそくさと戻られた
おばあちゃんの背中に向かって、
私も傘をさしながら一礼をした。

ビニール傘とあめ

今でも自宅にある。


Tag:
| TrackBack:0

先日、中学時代の同級生と飲み会!
ただ、私はもっぱらウーロン茶である。

私たちは
前の東京オリンピックの年の生まれだ。

そこで、
三年後の東京オリパラ大会時に
我々も何か運動会らしきことをしようと
話し合い。

20m×4の80mリレーや
男女混合ポッキー口移しリレー
といった男子のおバカな提案は
女子によって却下。

結局、
当時のワクワクドキドキ感をもう一度
ということで
フォークダンスをすることに(?)

三年後に向け、これから各自
フォークダンスの自主練です(?)

ちなみに、
前の東京オリンピック直後にも
パラリンピックが
行われていたようですが、
ここでは、あえて
“東京オリンピック”という
通称を用いました。

2017090211071087f.jpg

Tag:
| TrackBack:0
2017.08.30(Wed):政治活動

北朝鮮のミサイルが発射された頃
私は、先日にもお伝えした
不思議な街の駅に向かっていた。

そして、いつもどおり
通勤・通学する方々に挨拶を始めた。

ここでは相変わらず
みなさん愛想よく反応してくださる。

いつの間にか、
小さなキャリーバックをもった
一人のおばあちゃんが
階段の前にたたずんでいた。

気がつくと、私は
キャリーバックに手を伸ばしていた。

「よろしかったら、
お持ちしましょうか。」

『あら、すいませね。』

ヒョイと持ち上げた
そのバックは思いのほか軽かった。

『みなさんに挨拶しなくて
いいんですか。』

「たいして時間はかかりませんから
大丈夫ですよ。」

「どこかへお出かけですか。」

『私はもう八十になるんですけど
息子が旅行に連れていって
くれるんですよ。』

「それは、
おやさしい息子さんですね。」

『ええ。』

そのおばあちゃんは
ものすごくうれしそうな表情をしながら
私にいろいろお話してくださる。

私も、母が亡くなって
一人になった父と生前、
ふたりで温泉旅行に行ったことを
思い出した。

着実に一歩一歩降りる二人の横を
通勤客が黙々と、そして
次々と追い抜いていった。

思いのほか長い階段も終わりかけた頃、
そのおばあちゃんは
先のほうにある自販機を見ながら
こうおっしゃってくださった。

『お礼に
お茶でもごちそうさせてください。』

「いやいや、お気遣いなく。」

『私もお茶を飲みたいので、
是非、お礼をさせてください。』

そういって、
お財布の中から取り出した千円札を
私に渡してくれた。

『これでお好きなものを
選んでください。』

私は、そのお札を自販機に入れ、
少しだけ遠慮して
小さめのペットボトルのお茶を選んだ。

『あら、
もっと大きいのでもよかったのよ。』
 でも、それもおいしそうね。
私もそれにしようかしら。』

私は同じボタンを押した。

そして、お釣りと
私と同じペットボトルのお茶を
おばあちゃんに手渡した。

『本当にありがとうございました。』

「こちらこそお茶
ありがとうございました。
お気をつけて、よいご旅行を。」

そういって
おばあちゃんと別れた。

そのペットボトルのお茶は、
今でも飲めないでいる。


Tag:
| TrackBack:0
2017.08.28(Mon):政治活動

今朝、駅頭挨拶のため、
とある駅に自転車で向かっていました。

車道を走る運送トラックを右手に見ながら
先に見える歩行者用の信号が青だったので
横断歩道を渡ろうとしました。

そして、そのトラックも
その信号を左折しようと
スピードを緩めました。

私とはちょうど横断歩道で
ぶつかるタイミングでしたが、
トラックがそのままスピードを緩め
止まってくれるものと思い、
横断歩道に突入‼

すると、トラックも
スピードを緩めずそのまま左折。

そして、ドーン‼

が、スタントマン張り(?)の受け身で
左肘のかすり傷だけで私は無事。

ただ、後遺症も心配されるので、
相手の連絡先やナンバーは控えています。

一部の事故は、運転手も歩行者も
お互い止まってくれると思いながら、
自分は止まらないことで
起きるのかもしれません。

みなさんも、くれぐれも
事故にはお気をつけ下さいませ。

201708281258295bc.jpg

Tag:
| TrackBack:0

佐川前理財局長・現国税庁長官の
罷免・辞任を求める
一万人を超える署名を
市民団体が財務省・国税庁に提出した
との記事があった。

しかも、現役の税務署職員まで、
業務に支障が出かねないという理由で
署名しているとのこと。

真偽のほどは私には分からないが、
税務職員だった私にしてみれば、
ものすごくうなずける。

森友学園への国有地売却問題について
佐川氏は国会で追及を受けた際
事実確認や記録提出を求められ
『確認することを控えさせていただく』
とか
『短期間で自動的に消去されて
 復元できないようなシステムに
 なってございます』
といった疑念を抱かせるような
不誠実な答弁をしている。

特に後者の答弁については、
実際に中にいた者としては信じがたい。

しかも、佐川氏は
国税庁長官に就任した際
『諸般の事情』というふざけた理由で
記者会見も行っていない。
だから、疑念もさらに深まる。

私は、二十年ほど前
滞納者のところに訪問し
税金を納めてもらうという仕事をしていた。

滞納者が相手なので一筋縄ではいかない。

“右翼”と称する人のところに行って
脅されたこともある。
(詳細は拙著をご参照)
その際、相手が滞納した理由として
繰り返し主張していたのが
税金の無駄遣いである。

もちろんこれは理由にならないのだが、
渦中の佐川氏が国税庁長官では、
現役の徴収職員が滞納者の抵抗にあい
いかに苦労するかが目に見える。

私は、また、
税務調査部門の課長だったこともある。
『マルサの女』のような
強制力のある査察と違い
税務調査はあくまで任意である。

だから、
職員がスムーズに調査できるよう、
調査対象の企業の重役さんと
世間話も交えながらお話をし、
調査に理解してもらうのが
課長としての役目だった。

こうした場面でも、
現役職員が苦労するであろうことも
想像に難くない。

今、役人幹部の人事は
官邸主導で行われているのだが、
佐川氏が国税庁長官になれば、
こうした事態になるであろうことが
分からなかったのであろうか。

今の政治がだらしないのは、
不倫や失言といった
スキャンダルだけでなく、
現場感覚のなさも一因なのであろう。



Tag:
| TrackBack:0
2017.08.23(Wed):政治活動

私は朝、駅頭で
通勤・通学されるみなさんに
ご挨拶申し上げているのですが、
みなさんから
挨拶を返していただいたり、
声をかけていただくことも
あります。

ただ、ここまでたどり着くには
1~2年かかりました。

当初は、当然のごとく
みなさんから無視されます。

また、年月が経っても
みなさんの反応は
駅によって区々です。

苦情や文句をいわれるなど
否定的な反応をされることも
少なくありません。

が、最近、
いったことのない駅で、初めて
みなさんに挨拶申し上げてみました。

すると、どうでしょう、
多くの方々が好意的な反応を
示してくださいました。

原因は分かりません。
自宅から近い駅ではないので、
通勤・通学される方がご近所さん
というわけでもありませんし、
自分の出身の区内の小中高校とも
関係なさそうです。

こうした朝の挨拶は、
自分の名前を知っていただくことに
目的があるのは間違いないのですが、
みなさんになるべく気持ちよく
会社や学校に行っていただきたい
そんなボランティア的な気持ちが
あるのも確かです。
(が、私の挨拶で不愉快な想いを
 される方がいるのも確かです…)

しかし、
この駅で挨拶申し上げると、逆に
私が元気をいただくというか、
気持ちよく
一日を始めることができるのです。

そんなみなさんに今朝も感謝です。


Tag:
| TrackBack:0
2017.08.20(Sun):外交・安保問題

餓死者が絶えない隣で、
日本の国家予算(の3分の1)で
優雅な暮らしをしていた
進駐軍とその家族、
進駐軍のため日本政府が設営した売春宿等々、
日本は西欧列強の植民地化を免れた
とよく言われるけど、
戦後は事実上植民地のような状況だったことを
改めて思い知らされた気がします。
Tag:
| TrackBack:0

この前の投稿で、
塾講師のアルバイトに落ちた
ということ以外に、
さらに決定的に引け目を感じるような
そんな経験をしたというお話をしました。

今回はそのお話です。

先日、
私と同じ地元の小中学校出身の
幼なじみが一人で経営している
居酒屋にいく機会がありました。

私はお酒が飲めないのと、
詳しい場所が分からなかったので、
一度も訪れたことがなかったのですが、
FBのお友達のお誘いを機に
いってみました。

そのお店は
目立たない場所にあるのですが、
開店して二年余りなのに、
すでに常連仲間がたくさんいるのです。

私はそこの料理を食べてみて
その理由がすぐに分かりました。

料理は、
メニューが毎日変わるくらい
バラエティに富んでいて、
それでいて、どれも素材からこだわり
決して手を抜かず、
丁寧に仕上げられた一品・逸品です。

美味しいのはもちろんのこと、
一品一品、創意工夫が施されています。

これはもう、小料理屋です。

それでいて値段はリーズナブル。
ここからも、儲け主義に走らない
料理を愛するこころが
伝わってきます。

もう敬服・感服しかありません。

私の出身中学校は地元の公立校で
世間でいうところの名門校とは
決していえません。

おそらく今だったら、
社会問題になりかねない
そんな出来事も少なくなかった
ちょっとだけヤンチャな学校です(笑)

しかし、今、
私の同級生はみんな
社会で立派に活躍しています。

先ほどの料理人だけでなく
江戸切子の職人もいます。

エステを経営している
女子もいます。

子どもを立派な社会人にまで
育て上げた主婦もいます。

組織の中でも、
重役に出世した者もいます。

(元)公務員でも、
郵便局長になった者もいます。

後輩にも喫茶店を経営し、
誠実なつくりの
コーヒーや食事を提供し、
地元の人から
愛されている者もいます。

みんな、ここまでくるのに、長年
相当の努力をしてきたはずです。
そして、四~五十歳代になって
ようやく実を結んだ、
ということなのでしょう。

自分が公務員として働いている際は
なかなか小中学校の同級生らと
会う機会がなかったので
分からなかったのですが、
最近になってようやく、
みんなの活躍ぶりを知った
という次第です。

ひるがえって
わが身をふり返ってみたとき、
塾講師のアルバイトに落ちてる…。

だから、
自分は“負け組”であることを
自覚せざるを得なかったのです。

あっ、でも同級生たちが
社会で活躍していることは
私にっても物凄く誇らしい、
これだけは間違いないです。

Tag:
| TrackBack:0
2017.08.16(Wed):外交・安保問題

毎年この時期になると
戦争に関する特番が
多く放送されますが、
今年、これらの番組を視て、
一つ気がついたことがあります。

それは、被爆された方々であれ、
元特攻隊隊員の方々を始め
戦争を経験された方々であれ、
自らの体験を語り始めたことです。

こうした方々は、
本当に辛い思いをされ、
だからこそ、
他人はおろか、親戚・親族にさえ
体験談を語ることは
できなかったそうです。

しかし、ここ数年、
こうした方々が自らの経験を
語り始めたということです。

戦争に反対する気持ち、
核兵器に反対する気持ち、
これらは戦争の悲惨さや
被爆の怖ろしさを
実際に体験した方々のほうが
一層強いのだと思います。

しかし、
こうした経験をされた方々も
もう二~三十年も経つと
いなくなるという現実があります。

そうすると、経験者と同様
戦争や被爆のおそろしさを
具体的に知っている人を
後世に残す必要性が
ますます高まってきます。

現在でも世界各地で
戦争や紛争によって多くの方々が
亡くなっています。

北朝鮮と米国との関係も
きな臭くなっています。

金正恩委員長も
トランプ大統領も
そして、
他の世界の為政者たちも
戦争の悲惨さや被爆のおそろしさを
観念的にではなく
具体的に分かっているのでしょうか。

ここに、
戦争を経験された方々や
被爆された方々が
日本の子どもたちにだけでなく
世界の人々に
自らの辛い過去を
勇気をふりしぼって
語り始めた理由があるのだと、
私は思います。


Tag:
| TrackBack:0

親御さんがお子さんのために
塾や予備校に支払う授業料は
はんぱありません。

こうした親御さんの期待に応えるべく
生徒各人の習熟度をきちんと把握し
志望校に合格させるためには
何をどのように勉強させればいいのか
そんなこともきちんと伝える、
これが誠意ある教育だと思うのです。

先日、そんな想いで
ある塾講師に応募したのですが、
見事に落ちてしまいました。

この時点ではまだ
意識していなかったのですが、
最近、とある別の経験もあって
自分は“負け組”ではないかと
感じるようになってきました。

そもそも、五十過ぎで
大学生をしている時点で
負け組じゃん、
と思われている方も
いらっしゃるかもしれませんが、
私はそうは思いません。

数か月前、
キャンパス内を歩いていた際
昨年度お世話になった教授に
ばったりお会いしたときに
『あれ?猪野さん、ここ(駒場)で
 何しているんですか?』
ときかれたので
「もっと教養課程で勉強したくて
 わざと留年したんです。」
とこたえると
『あら、優雅でいいですね。』
といわれたのです。
(東京大学では三年生になって
 専門課程に進むとほとんどが
 駒場から本郷に移るのです。)

そう、
大学で勉強できるというのは
本当に優雅なことなのです。

私は25年近く、職場という
組織での理不尽さに耐え続け、
その後予備校で勉強した結果、
この優雅な状況を手に入れたのです。

だから、
これで引け目を感じることは
まったくなく、むしろ
不毛なストレスを抱え続けるよりは
(そんな職場ばかりでは
 ありませんでしたが…)
充実した生きがいのある人生を
送れていると思っています。

私が引け目を感じるようになった
出来事はもっと他のことです。

そのお話は後日。


Tag:
| TrackBack:0
2017.08.11(Fri):ボランティア活動

突然ですが、
5から見ると、1と2は、
同じようなものなのでしょうか?

今まで二回にわたり、
地元の団地の夏祭りで
裏方としてお手伝いをした
お話をしてきました。

裏方として働くのは
自治会役員の方がほとんどで、
私以外は全員が七十歳以上です。

ただ、地元の中学生や
少年野球チームの小学生らも
いろいろ手伝ってくれました。

そして、中学生らの他にも
引率の若い先生が一人おりました。

自分が中学生の時は、若い先生も
かなりの大人に感じましたが、
今、若い先生をみると
ある意味当然ですが、若者です。

が、中学生らと引率の先生が
いっしょにいるところを見た
八十過ぎのご婦人が一言

『先生も中学生も同じに見えるわ』

中学生らの年齢、先生の年齢、
そしてご婦人の年齢の比率は
大ざっぱに1:2:5。

5から見ると、1と2は、
やはり同じようです。

そして、
野球チームの小学生らを見た
中学生らが一言

『かわいい』

私かれ見れば
中学生も小学生もかわいいものです。

すなわち、10から見ると
3と2は同じようにかわいいのですが
3から見る2もかわいいようです(笑)


Tag:
| TrackBack:0
2017.08.04(Fri):ボランティア活動

みなさんは、足がビール臭くなる、
そんな経験がありますでしょうか。

先日、地元の団地で夏祭りがあり、
裏方としていろいろお手伝いを
させていただいたお話をしました。

今回はゴミ収集のお話です。
団地の数か所に
一般ごみ、缶、ビン、ペットボトル用
それぞれ大きなポリバケツを置き、
一時間おきくらいに回収して
新しい袋に替えるという仕事です。

一日目こそ
大雨で人手は多くはなかったのですが、
二日目は
団地の外からも大勢の方々が来られ、
小さなお子さんもはしゃいだりして
非常に賑やかでした。

が、その分ゴミはすぐにたまります。

ゴミを回収している際、
『ありがとうございます』
と一声かけてくださる方も
数名いらしたのですが、
そんなときは本当に嬉しくなります。

一声って大事だな、と実感しました。

逆に困るのは、
飲みかけのままの缶を
捨てられることです。

これが案外多く、
そのほとんどがアルコールで、
ジュースの飲みかけは
ほとんどありませんでした。

ということは、
子どもではなく、大人のほうが
飲みかけのまま捨てていくのです。

『日本もぜいたくになったものだ』

いっしょに回収している七十代の方が
つぶやいていました。

何が困るかというと、回収の際、
アルコールが大量にこぼれることです。
しかも、自分の足元に…

そうすると、
地面はもちろん、自分の足も、
アルコール、特に
ビール臭くなるのです。

昨年は運動靴でまわっていたのですが、
ビールでびしょ濡れの靴は
使い物にならなくなってしまったので、
今年はサンダルにしました。

回収の際、気をつければいいじゃん、
とお思いになるかもしれませんが、
気をつけたところで
避けられる量ではないのです。

一缶の残量が多くなくとも、
缶の数が半端ないので、
ネットの目からこぼれてくる量も
半端ないというわけです。

だから、
缶を捨てる際は中身は残さず
捨ててもらえると助かります。


Tag:
| TrackBack:0
2017.08.02(Wed):ボランティア活動

高校野球西東京代表の
東海大菅生は、ここ三年連続
西東京予選の決勝に進出しながら
敗け続けていたところ、今年
四年目にして見事優勝し、
ようやく、甲子園出場という
四年越しの夢をかなえた。

今回は、
その11倍の45年越しの夢(?)が
叶った方のお話。

先日、地元の団地で夏祭りがあり、
私は、裏方としていろいろと
お手伝いをさせていただいた。

その日は、大雨に見舞われていた。

一週間ほど前、
お祭りのため寄附をした住民は、
抽選券付のパンフを受け取っていた。

そして、その日、
パンフから切り取った抽選券を
次々と会場の抽選箱に入れていった。

そして、この箱から
自分が入れた抽選券が取り出されると
賞品がもらえるということだった。

私は、
箱から取り出された抽選券の番号と
住民の方が持参したパンフの番号を
チェックしながら
賞品を渡す役だった。

傘をさそうとしたが
片手がふさがってはできまい。
カッパは用意していなかった。

というか。
この湿気ではカッパも着れまい。
ずぶ濡れになったほうがマシだ。

それよりも
周りの七十代の裏方さんたちも
みなさん、ずぶ濡れになりながら
各々の役目を果たしていた。

パンツまでびしょ濡れになったのは
いつぶりだったか思い出せない。

抽選を待つ住民の方はというと
もちろん傘をさしていた。

いくつもの傘が花畑のように見えた
というと陳腐な表現になるが、
大雨にもかかわらず
それだけ大勢の方が参加下さった。

賞品は一等賞から六等賞まで。
中には胡蝶蘭もあった。

なんで
こんな大きな賞品を用意したのか?

果たして、
八十過ぎのご婦人が当選。

当然傘をさしていたので、
いや、傘をさしていなくとも
お一人で運べるはずがなかった。

必然的に
私が胡蝶蘭をこのご婦人宅まで
運ぶことになった。

会場からご自宅まで、
そのご婦人は
既にずぶ濡れになった私を
傘で雨から守ってくれた。

お話をうかがうと、
このご婦人は私と同様、
四十五年以上この団地に住み、
この抽選会も毎年参加してきたが
一回も当たったことがないらしい。

そして、今年やっと当選できた、
ということだった。

私は、
ご婦人宅の玄関口に胡蝶蘭を置き、
そのご婦人から
感謝のお言葉をいただいた。

四十五年越しの夢の届け人になれた
私の身体は、
冷えきっていたはずなのに
なぜか中から
温かくなってきた。


Tag:
| TrackBack:0

先日、私が学生として通っている
大学の試験が終わりました。

今回、最も印象に残ったのは、
次の“社会思想史”の問題です。

『通常マキャベリに帰せられる
 “権謀術数”“悪の教師”というような
 イメージは、どのような点で
 不十分であるかについて論じなさい。』

マキャベリといえば『君主論』の
イメージが強いのではないでしょうか。

すなわち、15~16世紀、
イタリアフがフランスやスペイン・ドイツ
など周辺諸国から圧力を受ける中、
イタリア統一を達成するためには、
手段を選ばず、権謀術数に長け、
民衆からも怖れられる
そんな君主が必要とされるのだと
マキャベリは主張したといわれます。

ただ、実は、同時期に執筆した
『ディスコルシ』という文献の中では
ローマ共和政が理想である旨
説いています。

マキャベリは、
メディチ家が事実上支配する
フィレンツェで、
フランス王がイタリアに侵攻した
15世紀末、同家が追放され
その約二十年後に同家が復活する間
ソデリーニ共和政下で
外交官として活躍していました。

ソデリーニは平民と貴族との間で
優柔不断な態度をとっていた点、
共和政でありながら
マキャベリにとっても
十分な政治体制とはいえず、
これが『君主論』の執筆、そして
同書のメディチ家への献上へと
導いたともいわれています。

ただ、この『君主論』と『ディスコルシ』とを
どのように整合的に説明するのか、
実は、定説はないとされています。

さて、話は一昨年度に戻りますが、
“歴史”の学部試験では

『ローマ帝国のキリスト教の国教化について
高校教科書の記述を正確に記載すれば
どのようになるか。』

といったように、やはり
教科書上常識とされている事柄につき
疑問を投げかけるような問題がありました。

そもそも大学とは、最高裁判例によると
『学術の中心として深く真理を探求し、
 専門の学芸を教授研究することを
 本質とする』場所とされています。

実際、教授らがよく口にされるのは、
教科書の常識に疑問を投げかける
学部レベルの学問は入口にすぎない
ということです。

もし、ある分野に興味を抱いたら、
その真理を探究・研究すべく、
大学院や博士課程に進学することを
勧めています。

さて、学部試験の成績ですが、
東大では以下のように評価されます。
100~80点→優
79~65点→良
64~50点→可
50点未満→不可

これは完全に個人的感想ですが、
授業をいくら真面目に聴いても
“優”をとるのは難しく、
せいぜい、70点台後半です。

ただ、自主的に図書館などで
教授のお薦め本なども含め
然るべき書物を探して読み、
それも答案に反映させることができて
初めて“優”を取れる気がします。

ここからも、学生には、
言われたことだけではなく、
自主的・積極的に学問に取り組む姿勢が
求められているといえそうです。


Tag:
| TrackBack:0
2017.07.26(Wed):政治活動

朝の駅頭挨拶時、
駅前にある地図を眺めている方々を
よく見かけます。

当初、私は、必ず
「どこかお探しですか?」
と声をかけるようにしていたのですが、
実は、反応の仕方には色んなパターンが
あることが分かってきました。

反応は、ざっくりと、
以下のように分けることができます。

まず、私の助けは無用と、
ご自身で探し続けるパターンでして
これが全体の約4割と
一番多いでしょうか。

理由は様々のようです。
スマホもあるのですぐに分かる場合、
私に気を使ってくださる場合、
ご自身のプライドが許さない場合
等々です。

次に、
これが本来想定していた場合でして、
地図を見ても
場所が分からずに困っていたので
私に声をかけられて助かった
とおっしゃってくださるパターンです。
これは全体の約3割
といったところでしょうか。

次は、時間をつぶすために
地図を眺めていただけ
というパターンでして、
これは全体の約2割
といったところです。

そうすると、残り1割は?

その前に、
4割、3割、2割、1割、
これ、何かに似ていませんか?

そう、
日本人の血液型の比率です。
つまり、
A型、О型、B型、AB型です。

そこで、あくまで便宜的に
上述の4割の方々をAタイプ
同じく3割の方々をОタイプ、
2割の方々をBタイプ、
そして残り1割の方々を
ABタイプとします。

では、ABタイプとは?

それは、私が声をかけたこと自体に
怒る、というパターンです。
理由はよく分かりませんが、
Aタイプなのか、Bタイプなのか…
とにかく想定外です。

そこで最近は、
地図を眺めている方々を見かけても、
まず、その方の雰囲気を
みるようにしています。

そうすると、
地図を眺めながら時間をつぶしている
という場合が、何となくですが
分かるようになってきました。

また、
明らかに探しているという場合も、
しばらく様子を見るようにしています。

そうすると多くの場合、
スマホもあってか、
すぐに地図から立ち去って
目的地に向かっていきます。

そして、いつのまにか、
私はОタイプを探すようになり、
よって、私から声をかけることは
めっきり少なくなりました。

逆に、地図を見ずにいきなり
私に道を尋ねてくる方もおります。

ただ、この場合の多くは
東洋系の外国人の方でして、
いきなり私に道を尋ねてくる
日本人の方は多くありません。

私の場合、道を尋ねられて迷惑
ということは全くないのですが、
とにかく、世の中、
いろいろな方がいるものです。

あなたは、どのタイプですか?

あっ、以上のお話は、
人数割合の点を除いては、
血液型とは全く無関係ですので、
念のため。


Tag:
| TrackBack:0

私が若かりし頃、
紫外線対策の必要性が
今ほどさけばれていなかった時代、
私は大学の陸上競技部に所属し、
真夏の炎天下、
毎日走り回っていたのですが、
お肌の手入れは
まったくしていませんでした。

だからでしょうか、
それから十年近く経ち、
オフィス内で働くことが
ほとんどだったのに、
顔、特に側面に、突然、
シミが次々と出始めました。

しばらくほっといたのですが、
五十歳を過ぎ、しかも
紫外線に当たることも多くなったので
ますますシミやシワが増えるのは
マズい、と感じ始めました。

そこで、たまたま近所の方から
エステマシンを紹介されました。

ここで詳細な説明は省きますが、
これは、肌が本来もっている力、
つまり皮膚の生理機能を活かし
肌年齢を若く保つというものでした。

私は、こうした説明に納得し、
数回の無料体験を経て、
このマシンを購入したのですが、
使用して一か月も経たないうちに
肌つや、はりがでてきました。

頭皮もケアをしているので、
髪の毛も、増えはしませんが(笑)
コシが出てきた感じはします。

実際、マシンを使用して
半年経った頃にあった
中学校の同窓会で、
同級生だった女子から、
『猪野君、何かやってるでしょ』
といわれました。
(さすが女子!男子は誰も気づかず)

肝心のシミのほうは、正直、
二年続けても
完全には消えていませんが、
薄くなってきているのは確かです。

また、
購入者どうしのコミュニケーションの
場が用意されているのも嬉しい点です。

年に数回、ランチや
ハロウィン、クリスマス会など
みんなで集まっておしゃべりします。

美容ということで女性が多いのですが、
ほとんどの方が
肌に悩みをもっていたときは
内向的だったのが、
肌が改善されたことによって
何ごとにも前向きになれ、
人生が楽しくなったということです。

たしかにみなさん、
いい表情をされていますね。

サキナ

Tag:
| TrackBack:0
2017.07.17(Mon):ボランティア活動

以前にも何度か
お話ししたことはありますが、
現在、様々な家庭の事情で
塾などに通うことが難しい
中学生と勉強する会に
ボランティアで参加しています。

ここで私は、
子育ての苦労のほんの一端を
疑似体験しています。

つまり、中学一年のときは
出会って間もないということもあり、
総じて素直な子が多いのですが、
これが、二年生、三年生となると
身体が大人っぽくなるのに並行して
言うことをきかなくなってくるのです。

私はずっと独身で、よって
子育ての経験もないものですから、
これには正直戸惑っています。

私なんかは、
みんなと接する時間が限られていますが
実際お子さんを育てなければならない
親御さんがいかに苦労されているか
垣間見ることができた気がします。

さらに、もう一つ気になることが。

それは、学校で
昭和から戦後の時代を学んだり、
公民を学んだりしたあたりから、
少し偏った発言をする子が
でてくることです。

おそらく学校の先生としては
中立的に教えている
おつもりなのでしょうが、
教える内容や発言の際に
無意識にご自身の思うところが
反映されてしまっているのかもしれません。

ただ、こうした発言をする子は、
戦争や政治に関心をもっている
という点では、
非常にいいことだと思っています。

中学生の間は
様々な考え方があることを学び、
そして、いろいろな視点から
ものごとを見て考察した上で
自分なりの意見を構築するというのは、
まだ難しいのかもしれません。

今、この勉強会を“卒業”し、
高校生になった子に
たまに会うことがあります。

中学生のとき
“やんちゃ”だった彼は
今は私に礼儀正しく挨拶してくれます。

この子に限らず、
礼儀作法、思考など様々な面で
子どもは立派に成長するようです。

これも親御さんの
子育ての賜物なのでしょう。

子育ての苦労と成果、
そして醍醐味のいったんを
この勉強会を通じて
のぞけたような気がします。


Tag:
| TrackBack:0
2017.07.13(Thu):ボランティア活動
ここで問題です。
日本で一番偉いのは誰でしょう?
① 天皇
② 総理大臣
③ 国民みんな

建前としての答えは
“国民主権”ということから、
③でしょうか。

でも“偉い”といわれても、
自分の思い通りに
世の中が動くわけでもないし…

そうすると、
日本は立憲君主国で、
元首は天皇であることからすると、
答えは①?

でも、君主国といわれても、
天皇が王様って感じではないし…

実は“偉い”の意味がミソなんです。
“偉い”を“権力”ととらえるか、
“権威”ととらえるかで違ってきます。

“権力”とは、
人が嫌がっても従わせる力です。

例えば、
国会がつくった法律の力で、
消費税を払いたくないと思っても
払わなければなりません。
払わなかったら警察の力で逮捕され、
裁判所の力で有罪となります。
(これも法律の力によります)

次に“権威”ですが、これは
伝統、風習などにより畏敬させる力、
とでもいえるでしょうか。
“権力”との一番の違いは
“強制”という点がないところです。

多くの日本人が
天皇に対し畏敬の念を抱くのは、
(中にはそうでない方々もいますが)
天皇に“権威”があるからでしょう。

また、日本が君主国であっても、
天皇に“権力”はないので、
私たちがイメージしがちがちな王様、
というわけではありません。

かたや、少し前の安倍総理だったら、
消費税率を10%に引き上げる時期を
決められたことなどからすると、
実質的な“権力”は
安倍総理がもっていたかもしれません。
そうすると、②も答えとしては、
あながち間違えとは
いえないかもしれません。

国民が国会議員を選び、
総理大臣は国会議員から選ばれ、
その他の大臣も過半数は議員から
選ばれなければならないことからすると、
結局、議員を選ぶ国民に権力がある
というのが“国民主権”
ということでしょうか。

と、こんな話を
なぜしたかと申しますと、
中学生に“公務員”を
説明する必要があったからです。

すなわち、ある中学校の
放課後教室というところで、
私が25年間勤めてきた“公務員”を
説明する機会があったからです。

“公務員”といっても、
教師や医師のように
民間と変わらない職種もあるのですが、
とりあえず、
“権力”行使に関連するお仕事が
“公務員”の仕事の本質、
という説明をしてきました。

でも、眠そうにしていた生徒もいて
あまり伝わらなかったみたい…

分かりやすい話し方、かつ
興味をもって聞いてもらえるような話し方は
難しいと実感した次第です。


Tag:
| TrackBack:0

今回も前回に続いて
漢文に関するお話です。

さて、みなさんは
『唯々諾々』ということばの
意味と読み方をご存知ですか?

意味は
“何も考えずに言うことをきく”
ということのようでして、
読み方は
“いいだくだく”
だそうです。

私も漢文の授業で教わるまで
知りませんでした。

これを一文字ずつみてみますと、
『唯(い)』は目上の者への返事、
『諾(だく)』は同等以下の者への返事
だそうです。

だから、
仮面ライダーのショッカー戦闘員も、
“ダク”と返事すると、
怪人や死神博士、地獄大使など
大幹部から怒られるので
“イー”と返事するそうです。

信じるか信じないかは
あなた次第です。


Tag:
| TrackBack:0

今、自分が学生として通っている
大学で漢文の授業を受けている旨
申し上げたことがありますが、
教授は、若い学生に対し
『論語』を読むことを勧めています。

『論語』とは、
孔子とそのお弟子さんとの対話を
お弟子さんらがまとめたもので、
道徳的なことが記されている
とされています。

しかし、その教授によると、
十代、二十代の若者が
『論語』を読んでも、
“今のグローバル化・競争社会を
 これで生き残っていけるのか“
“なに、甘っちょろいこと
 いっているんだ!”
と感じるであろうということです。

しかし、四十代、五十代になって
『論語』を読むと、
そのよさが理解できるそうです。

ですから、教授は、今の学生に、
現段階で読んだあと、
もう二~三十年経ってから
もう一度読むことを勧めています。

私の場合、若いときに
『論語』を読んだことがないので、
五十過ぎていきなり読み始めました。

まだ、一部しか読んでいないのですが
たしかに、
社会人になって経験したことに照らし
うなずけるようなことが
少なからず書かれています。

二千年以上経っても
人間って変わらないんだな、
というのが大ざっぱな感想です。

しかし、
自分一人で読んでいても、
なかなか身に付きません。

そこで、先日、上野御徒町で
“Rongo塾”という論語の勉強会に
初めて参加してみました。

そこでは、
単なる知識の伝達ではなく、
孔子が言わんとしたことを
参加者どうしで話す
ということがなされています。

案外、
みなさんの考えのほうが
孔子より深かったりして(?)
おもしろかったです。

それにしても『論語』って、
中国の古典のはずですよね。

中国では、今から五十年ほど前、
つまり文化大革命時、
毛沢東を信奉し暴走化した若者ら
(“紅衛兵”というやつ)が
毛沢東により農村に強制移送され
結果、当時の若者らが
道徳・倫理含め十分な教育を
受けられなかったそうです。
したがって、
当時の若者が指導者層になってから
中国が横柄・横暴化した
ともいわれています。

今の、特に中国の指導者らにこそ
『論語』を読んでほしいものです。

rongo塾

Tag:
| TrackBack:0
2017.07.03(Mon):わたしの信条

都議選の選挙活動中、
控えていた駅頭挨拶を
今朝、久しぶりに行った。

すると、通勤客のお一人から
“おめでとうございます!”
と声をかけられた。

私は『都民ファースト』ができる
二年近く前から
“緑”をイメージカラーに
『政治の透明化』
を地元で訴えかけ続けてきたので、
おそらく、年齢も近いこともあり
『都民ファースト』の当選者と
間違えたのであろう。

それにしても、
当選した『都民ファースト』の人たちが
正直うらやましい。
地元での活動が皆無なのに、
いきなり当選できたのだから…

たしかに、4,000人近くの
“希望の塾”の塾生から選ばれた
55人なのだから、
選ばれるための努力はあったのだろう。
しかし、この選考過程も不透明なので、
コネで選ばれたと思われても仕方あるまい。

小池ブランドの力も相当なものだが、
国会議員とはいえ、多くの自民党議員の
資質のなさに呆れかえった
都民の票の受け皿になったからこそ
これだけ大勝できたのであろう。

これで、
知事と議会の二大権力を握った小池氏。

昨晩、テレビ各局キャスターらも
この点を指摘していたのに対し、
小池氏は
『各当選者は専門性を有しているので
 専門家として知事を指摘してくれるので
 問題ない。
 むしろ、今までが議会のドンと
 なーなーでやって来たのが問題』
と形式論を実質論にすり変えながら
うまくかわしていた。

しかし、実質的な点からいっても、
専門的な点から知事をサポートするのは
本来、都庁の役人であり、または
これまで小池知事が
いくつも作ってきた専門家会合が
指摘する役割を担っているのであって、
議会が知事をチェックするのは
予算や政策といった大きな方向性のはず
なんですれけれど…

それに、石原氏はまだしも、
猪瀬氏や舛添氏がドンと密接な関係にあった
というイメージはなかったんですけど
と独りテレビを前につっこんでいた。

ただ、都民が
小池氏への権力集中を選択した以上、
この利点を活かしてほしい。

すなわち、
これまでの市場移転問題や
オリパラの予算問題のように
“決められない知事”
と周りから揶揄される前に、
スピード感をもってやってほしい。

また、これまでのように、
あわてた感じで、いきなり
結論だけを発表するのではなく、
その過程を関係者や私たち都民に
明らかにしながら結論を出してほしい。

それが、
都民の期待するところであり、
そうしなければ、
今回の落下傘当選者らは、
次回の都議選では、
以前の民主党のように間違いなく
惨敗する。


Tag:
| TrackBack:0
2017.07.01(Sat):わたしの信条

先日、安倍首相が、
獣医学部新設の全国展開を
突如表明したのを受け
日本獣医学会らが反対会見をした。

自民党の改憲案やその時期を
国会という場でなく、
新聞社関連の会合で突如発表した際も
同じ自民党の議員でさえ
驚いた人は少なくなかったようだ。

突如表明して、関係者を困惑させる。
小池都知事もそうだ。

会社などの組織で
働いたことのある方なら
すでにお気づきのことと思うが、
関係者と調整し、同意を得た上で
物事を進めるというプロセスを
とばしているのである。

自分のやりたいことを
関係者を無視して
自分の都合・タイミングで表明し、
しかも、それがある程度許される
こうした環境にある点でも共通している。

安倍首相は三年間民間企業に勤め、
小池都知事も十年以上キャスターを
務めた経験はあるようだが、あまり
調整を図り同意を得ながら事を進める
という仕事をしたことがないのだろう。

特に小池都知事は
“根回し”をしないという。

しかし、
否定的な“根回し”とは、
本来の議論の場が想定されているのに
事前に
一定の結論に誘導すべく裏で画策し、
本来の議論の場をセレモニー化し、
台無しにしてしまうことをいう。

小池都知事の
豊洲・築地の両市場を活かす
という案の場合は、
数ある会合で議論がなされてきたことの
どの部分を、どういった理由で
どの程度考慮して、
上述のような案に至ったのか、まず
市場関係者らに説明し、同意を得ながら
一つの結論に至る、
同時に、こうした過程をすべて
私たち消費者・都民に公にすること、
これこそが、彼女が常日頃いっている
“根回し”を避け、“見える化”する
ことではなかったのか。

たしかに、これでは時間がかかり
決まるものも決まらないかもしれない。

しかし、だからこそ、
豊洲移転問題には
時間が与えられていたのではないか。

また、関係者の意向を無視して
迅速に物事を進めるのも一つの方法で、
実際、小池氏も都知事でありながら、
地域政党の代表として
議会の多数派を掌握し、
知事と議会の二大権力を
自身の手一つに集約させようとしている。

それならば、
自分は独裁的な手法でやりますと
正直に言うべきであろう。

上の市場問題の決着の仕方のみならず
“希望の塾”の収入の使途についても
“都民ファースト”の公認候補選定
についても、
自分に都合の悪いところは
決して透明にしないところがある。

森友・加計問題も同様のことがいえる。

安倍首相にしても、
小池都知事にしても、
“説明責任”という言葉を
安易に口にしてほしくない。

むしろ
“自分は独裁的手法で進めます”
と潔く認めてほしい。


Tag:
| TrackBack:0
2017.06.30(Fri):他政党のやり口
これは私のポスターが
はがされていくペースです。
大げさでも何でもなく、実際、
一年に200枚以上はがされました。

ポスターの周りの数か所に貼った
小さなシールを見れば
人為的にはがされたのか、
自然にはがれたのかは一目瞭然です。
風雨などにより自然にはがれたと
思われるところは数か所程度です。

私のポスターが
貼ってあったはずのところに
新たに貼ってあることが最も多いのは
M進党(?)代議士のポスターで、
十か所近くそうした例がありました。

つい先日も、亀戸というところで、
両面テープでしっかりと貼ったはずの
私のポスターがあったところに、
都議選用のM進党の政党ポスターが
貼ってありました。

次に多いのは、
共S党と自M党のポスターで、
こちらは各々数か所ずつでした。

また、こんな例もありました。
ある食堂の入口に
店主さんの了解を得て
私のポスターを貼ったのですが、
店主さんがビールケースを運んだ際
ひっかけて一部はがれたところ、
たまたま食事に来ていた
自M党の秘書さんが
『私がはりなおしておきますよ』
と店主さんに告げつつ、
私のポスターをはがし、しれっと
自M党代議士のポスターを代わりに
貼ってしまったそうです。

他の場所ですが、
私のポスターの下部を隠すように、
上から自M党代議士のポスターが
貼ってあった写真は昨年の秋に
このブログなどでお見せしましたが
現在は、二枚ともはが(さ)れ、
M進党(?)代議士のポスターが
貼ってあります。

また、ある作業所では、
私のポスターと共S党のポスターが
並んで貼ってあったのですが、
自M党さんのスタッフがやって来て、
『与党のポスターが貼ってないのは
 不公平だ』
といって、二枚ともはがさせたそうです。

こうした証言も得られたので、
自M党代議士の事務所に
苦情を申し入れたのですが、
完全に無視されてしまいました。

公M党のポスターについては、
その近くに、一度は承諾をいただいて
私のポスターも貼らせてもらっても、
数日後、家主さんから、
やはり、すぐにはがしてほしい
といわれることがほとんどです。

公M党のポスターが貼っていない
お宅でも、私のポスターが貼ってあると
S学会の人がたびたび訪問してきて、
私のポスターをいつまで貼ってあるんだと
しつこく言ってくるそうです。

お一人暮らしの家主さんが
身体を悪くして長期入院され、
誰も在宅していないはずの家にも、
私のポスターが貼ってあると、
公M党のポスターがいつのまにか
貼ってあることもあります。

都議選を目の前にして
こうした投稿をする私も
意地悪いのですが、これも因果応報。

組織をもたない無所属の
私のポスターは狙われやすいので
こうでもしないと
けん制できないのです。

また、ポスター代として、
現職の議員や政党と異なり、
自腹でかなりの額を出費しているので
貼り直しのための時間浪費とあわせ
生活にも影響してきます。

どうかみなさん、ご理解ください。

昨年の今ごろの参院選時、
特に公M党と共S党の
当該候補者のポスターの貼り替えの際、
ついでに私のポスターも
はがしてしまうのか、
一度に数十か所も、はがれていました。

だから今回の都議選後も要注意です。

こうして、組織との戦いは、
選挙時だけでなく、日々是あるのです。

(こんなことは日常茶飯事、
 別のポスターがはっていないだけマシです。)

共産党


Tag:
| TrackBack:0

先日、大学教授のつてで、
イラン大使館・大使公邸を
訪れてきました。

イフタールとよばれる
断食明けの食事会に参加するためです。

その食事会は
大使公邸で行われたのですが、
その前に、つまり日没までの時間
大使館で、
大使、ウラマー(学者)、留学生ら
のお話をうかがいました。

イランはイスラム教(シーア派)の
国なのですが、
アラブでなくペルシアの国であること、
日本のように四季があり、
米や茶も栽培されていること、
ラマダン(断食)は、
健康に配慮しながら行われていること、
そして、テロ行為は
イスラム教の教えに反すること
といったことが強調されていました。

また、イランの成人年齢は
女性が9歳、男性が15歳で、
この年齢から本格的な断食を
始めるそうです。
また、婚姻可能な年齢でもあり、
幼児婚もあるようです。

サウジアラビアをはじめとする
中東湾岸諸国がカタールと断交した
というニュースが最近ありましたが、
イランはこのサウジアラビアと
宗派の対立上の事件を機に
一年半ほど前から断交しています。

ですから、ムスリムなら一度は
巡礼しなければならないとされる
メッカ(マッカ)に行きづらくなり、
むっちゃ困っているそうです。

また、最近の日本は、
ハラール食や礼拝場所という点で
ムスリムにとってフレンドリー
になったとも言っていました。

イラン料理はスイーツ含め
美味しかったのですが、
ムスリムの食事ですから
アルコールはありませんでした。

お酒好きの方には
物足りないかもです。

イラン大使館4イラン大使館1

イラン大使館3

イラン大使館2




Tag:
| TrackBack:0
2017.06.27(Tue):わたしの信条

豊田議員の暴言・暴行問題
中川議員の二重婚問題
大西議員の数々の発言問題
宮崎元議員のゲス不倫問題
武藤元議員の未公開株・買春問題
“自民党の魔の二回生”といわれ、
大西議員を除くと
みんな公募で選ばれた者たちだ。
(中川議員は事実上の世襲)

それにしても、
公募で候補者を選定する側に
人を見る眼がなさすぎる。

当の本人たちも、
議員としての資質もないのに
当選できたのは
“自民党”という看板のおかげである。
なのに、自分の力で当選したと
勘違いをしていたのであろう。

議会は、数が力である。
そして政党には党議拘束がある。
だから、党の方針を決められる
党の要人以外のその他の議員は、
数合わせのための
政党の“駒”ともいえる。

著名人なら候補者になれるのも
そのためだ。

しかし、
たとえ“駒”だとしても、
誰でもいいというわけではない。

29連勝という記録をうちたてた
藤井四段にしても、
割れた駒、汚れた駒を使ったら
勝てまい。

東京都民にとっては、
まもなく都議選である。

投票先を選ぶ際には、
公約を参考にしたいところだが、
あまり当てにならない。

人の本性も見えづらい。

しかし、
公募で候補者を選定する者よりは
確かな眼をもって、
“駒”を選びたい。


Tag:
| TrackBack:0
2017.06.24(Sat):両親の思い出

小林麻央さんが亡くなる前に
海老蔵さんに言ったことばである。

このニュースで、
やはりガンで他界した
私の母が残した最後のことばを
思い出さざるを得なかった。

十六年前の5月某日、
当時の職場の机上の電話が
いつものようになった。

『猪野さんですか。』

「はい。猪野です。」

当時母が入院していた
自宅近くの病院からだった。

『今晩、病院に来ますか。』

「はい、面会時間ぎりぎりに
 なるかとは思いますが…」

『今朝まで何ともなかったのですが、
 急に容態が変わりまして、
 今、肺の専門医に
 診てもらっているのですが…』

「危ないということですか!」

『はい。』

妙に落ち着いた口調に
腹立たしくなる余裕もなく、
すぐに職場を飛び出し
病院にかけつけた。

職場から病院まで一時間弱。

間に合わなかった。

病室には医師と
すすり泣く数人の看護師と
そして、
母の手を握ったままの
車いすに乗った父がいた。

「よかった」

なぜか、そう思った。

このとき、
父も同じ病院に入院していて、
母の容態が急変したとき、
看護師さんが
別の病室にいた父を車いすで
母の側まで連れてきてくれたのだった。

その父も
六年以上前に亡くなったのだが、
生前父がこのときのことを
私に語ってくれたことがあった。

このとき、
母と父はお互いの心の中で
最後の会話を交わしたと。

「私が死んでも悲しまないでね」

「ああ、わかった、わかった」

そして、
母の眼から最後の涙が流れた。

外の廊下から
隣の病室の女の子のはしゃぐ声が
きこえた。


Tag:
| TrackBack:0
2017.06.21(Wed):憲法・法律問題

小池都知事と安倍総理の会見である。

まず、前者。
そもそも移転問題が生じたのは、
あるべき盛土がなされておらず、
基準を超える有害物質も
検出されたからだったはず。

だから、そもそも
移転問題の解決に時間がかかるのは、
専門家の意見を聴きつつ、
都民・消費者らが安心できるような
汚染対策を考え、また、
それが無理なら移転以外の道をさぐる、
こうした理由があったからではないか。

昨日のような、
財源・費用の点はもちろん
消費者の安心・安全を忘れたかのような
具体性を欠いたアイデアを出すだけだったら、
こんなに月日をかける必要はなかったはず。

また、
このどっち付かずのアイデア自体も
“素人考えだ”といった批判もあり、
豊洲にも観光客をよべるような
施策を講ずるべきであるという
江東区議会の意向を無視したもの
といってもよかろう。

とにかく、昨日の小池知事の会見は
都民ファーストではなく
選挙ファーストに思えて仕方ない。


次に、安倍首相の会見について。

『何か指摘があればその都度、
 真摯に説明責任を果たしていく。』

このように明言したはず。
しかし、加計問題について
新たな文書が出てきたにもかかわらず、
前文科次官らを証人喚問するなどして
疑いをはらそうとするなど、
真摯に説明責任を果たす姿勢が
まるで見られない。

国会閉会後の異例の総理の会見は、
都議選を目の前にして、
内閣支持率が急落したため、つまり、
選挙対策のため行われたと
思われても仕方がない。

そもそも会期末
“テロ等準備罪”法案について
更なる審議時間を設けるためにも、
与野党間で十日ほど会期を延長する
合意がなされていたところ、
加計問題で新たな文書が見つかったので、
与党は慌てて委員会採決を省略するという
震災特例法の類の法案を扱うような
緊急手段にでて、
加計問題については、
数時間のみの審議で野党のガス抜きをし
幕引きを図ったともいわれている。

このとき政府与党は、
内閣支持率が下がっても
安保法制後に下がった支持率が
すぐに回復したように、
今回も国民はすぐに忘れるだとうと
高をくくっていたらしいが、
今回は森友・加計両学園問題もあって
事情が異なるようだ。

この加計問題については、
仮に首相や副官房長官らの指示が
あったとしても、
『政治主導の行政で何か悪い!』
『憲法72条を見ろ!』
といった声がある。

たしかに、憲法72条には
『内閣総理大臣は…
 行政各部を指揮監督する。』
とある。

だが、一方で憲法65条は、
『行政権は、内閣に属する。』
と規定しており
『行政権は、内閣総理大臣に属する。』
とは規定していない。

すなわち、巷でいわれているように
議院内閣制の日本の総理大臣は、
厳格な三権分立をとる
米国の大統領のように
強い行政権をもっていないのである。

したがって、内閣法6条は、
憲法72条と同65条を受け
『内閣総理大臣は、
 閣議にかけて決定した方針に基いて、
 行政各部を指揮監督する。』
と規定している。

だから、加計問題も、
閣議決定に基づいて
内閣が指示したものであったら、
問題はなかったのかもしれない。

問題なのは、
安倍総理なり副官房長官なりが
お友だちのため個人的に指示した
と思われていることである。


Tag:
| TrackBack:0

先日、大学の授業の一環で、
東京の渋谷にあるモスクを訪れた。

礼拝所まで入ったのは初めてだ。

オスマン朝のモスクを再現したものらしいが
何度か訪れたことのあった
キリスト教会と比べると
あまりにも質素であることに驚いた。

神と人間を仲介するキリスト教会は
信者にその威厳を示す必要があるからか、
内外とも荘厳な印象が強い。

ひるがえって、
各々の信者が直接アッラーと向かう
イスラム教では、個々の信者が
お祈りさえできればよいからか、
偶像崇拝禁止と相まって、
少なくとも訪れた礼拝所では
一種の合理性を感じた。

その合理性は、
質素であることだけでなく、
後付けの感はあるが、
異性に気を取られず
お祈りに専念できるように
礼拝所が女性用と男性用とに
分けられていること、
そして、
各々の信者が平等の立場で
お祈りができるよう、
じゅうたんに横一線の模様が
施されていることにも
表れていたようにも思えた。

そして、
この“平等”に大きな矛盾を感じた。
すなわち、
イスラム教を国教としながら、
アラブ諸国、特に湾岸諸国では、
石油マネーの恩恵にあずかる
裕福なアラブ人と
貧国に苦しむ外国人労働者との間に
歴然とした格差がある。

たしかに、
礼拝所における横一線の模様は
信者どうしのアッラーの前における
平等を示すとはいえ、
信仰の理想と現実とのギャップを
このモスクを訪れたことで感じた。
(写真は許諾を得て載せています)

モスク2
モスク1


Tag:
| TrackBack:0
2017.06.15(Thu):憲法・法律問題

『テロ等準備罪』(“共謀罪”)が
自民、公明、日本維新の会などの
賛成多数により、可決・成立した。

これはテロ防止に不可欠か。

生命・身体・財産などを侵害したら
罰せられる、これが刑法の原則。

だから、刑法に未遂処罰規定がない限り
いくら“危ない”ことをしても
実際に侵害しなければ罰せられない。

それでも、重大な犯罪については、
“危ない”ことをしなくても、
さらに前の予備段階で罰せられる。

ただ、これはもう例外中の例外だから、
殺人や強盗などに限定されている。

“共謀罪”は、
さらにその前段階の
準備行為段階での刑罰を可能とする。

政府は、国会答弁で、
現行の予備罪では、
相当の危険性が認められない限り
罰せられないから
“共謀罪”が必要である旨述べている。

しかし、先に述べたとおり、
予備罪は例外中の例外なのだから
これは当然である。

だから、その前の準備段階なら
相当の危険性がなくとも
罰せられるということにはならない。
むしろ、逆である。

さらに最高裁判例によれば、
予備罪の共犯も罰せられる。
これは、
殺人を計画している従兄から
執ように頼まれた者が
毒物を入手・手交した事件である。

だから、現行法でも十分のはず。

さらに“共謀罪”は、
曖昧な規定で刑罰は科されない
という罪刑法定主義にも
反するおそれがある。

これに反する規定だと、
人びとが委縮してしまい、
自由な行動が制約されてしまうから
憲法31条で保障されている。

弁護士会はじめ、多くの人びとが
言論の自由が制約される旨の懸念を
表明している。
このように既に委縮効果が出ている。

さらに、準備行為での刑罰は
例外中の例外中の例外なのだから、
その対象はかなり限定されるはずだ。
なのに、対象は277の法律にも及ぶ。

そのくせ、政治資金規正法など
政治家関連の法律は対象外である。

もし“共謀罪”が
テロ防止に必要不可欠なら、
一つ一つの法律について、
その必要性を国会で説明すべきだ。
それが説明責任を果たすことであり、
民主主義である。

民主主義は多数決ではない。
審議・討論を重ねながら
多数案に少数意見を取り込むことが
民主主義である。
単なる多数決なら国会は要らない。

なのに、政府・与党らは、
“共謀罪”を『特に緊急を要する』
(国会法56条の3第2項)ものとして
参院での委員会採決を省略して、
いきなり参院本会議にかけた。

これでは、
衆院の専横を抑える役割を
期待されている参院の存在意義は、
もともとないとは言われているが、
ますますなくなってしまうし、
国会内の権力分立をはかった
憲法の趣旨もないがしろだ。

“共謀罪”の成立で見えたのは、
政府・与党らが
憲法や刑法といった法、そして
民主主義のイロハも知らない
ということだ。


Tag:
| TrackBack:0
2017.06.03(Sat):わたしの信条
今からおよそ400年前、
ガリレイが望遠鏡を発明した際、
誰も望遠鏡を覗こうとしなかったらしい。

『私は、全天の星の数を1,027個とした
 アリストテレスの絶対無誤謬を信じてきた。
 望遠鏡をのぞかなければ、
 その無誤謬を信じる力が残される。』

今からおよそ50年前、
日本の新幹線の話を聞いた中国の鉄道関係者は

『時速200キロを超えることは不可能だ。
 アメリカの従属国の日本の技術者に
 そんなことができるはずがない。
 万が一可能にしても、
 アメリカが自国にまさる列車を
 被支配国で運行することを許すはずがない。』

という理屈で信じようとしなかったらしい。


そして、現在。
①森友学園問題、
②加計学園疑惑、
③ジャーナリストの準強姦疑惑、
④取手市のいじめ問題、
いずれも一方当事者は、
本名と顔を公然にさらけ出し、
相当の覚悟をもって主張している。

しかし、他方当事者らは、
①については、
証人喚問証言に対するFB上での反論、
②については、
公の場での個人への人格攻撃、
③については、
『不起訴処分になってすぐに
 不服申立てをしなかったのは変』
という中学生でも論破できる理屈での
FB上での反論、
④については、
亡くなった生徒の日記に
『いじめられたくない』と
明記してあったにもかかわらず、
『いじめによる重大事態に不該当』
との結論、

といった具合である。

もちろん、現時点で
真実は分からない。

しかし、私たちは
望遠鏡をのぞきたいし、
新幹線も実際に見てみたい。

だから、
一方当事者が相当の覚悟をもって
主張している以上、
他方当事者にも、
もっと誠実な態度で応じてもらいたい。

それとも、
400年前の人たちや50年前の中国人と
変わらないのであろうか。

yjimage[9]新幹線


Tag:
| TrackBack:0
2017.05.24(Wed):両親の思い出

先日は母の十六回目の命日。
墓前に手を合わせていると、
母が亡くなった日のことではなく、
その数日前のことがうかんだ。

隣の病室に入院していた女の子が、
私の母に向かって愛嬌をふりまく。
それに母は笑顔で応えていた。

眼を開くと、
墓地近くのコートで
テニスに興じる大学生の声が聞こえた。

そして、その数日後、
私は東大本郷キャンパスに向かっていた。

三年前に通っていた
予備校時代の同級生の女の子二人が
五月祭(学園祭)で
各々踊りを披露するからだ。

途上の小路の信号が赤になった。
見知らぬ親子が
信号が変わるのを待っていた。
私も待つことにした。

『あのね、この前、ネコがね、
赤信号なのに渡っていたんだよ』

十六年前、
病室にいたあの女の子と
同じくらいの年齢だろうか。

キャンパスに着くと、まず、
外国の民族舞踊を踊る
元同級生の女の子の姿を観た。

そして、その数時間後、
フラメンコを踊る
やはり元同級生の女の子の姿を観た。

その日は、五月にもかかわらず
夏を思わせる暑さだった。

それでもみんな一生懸命に舞う。
この日のために稽古を積み重ね、
その成果を思い存分発揮するために。

このように華麗な舞を魅せるには、
技術はもちろんのこと、
相当の体力も要るはずである。

三年前に初めて会った彼女たちには
高校を卒業したばかりだったからか
まだ、あどけなさがあった。

しかし今や、
二人とも二十代の立派な女性。
実際、予備校時代には見せなかった
妖艶な姿にドキッとする瞬間もあった。

でも、
十六年前の彼女たちも、
誰かに愛嬌をふりまき、
そして、
赤信号を渡るネコのことを
不思議に思う女の子だったのであろうか。

五月祭2五月祭1
>

Tag:
| TrackBack:0

前回、
私が今学生として通っている東大で
日本史に関する講義をとっている旨
申し上げました。

なぜ、この講義をとったのかと申しますと
二十年以上前に購入した文庫本を
ふと、引っ張り出して読み返したとき、
東大資料編纂所についての記載に
目がとまったからです。

よく、歴史の教科書に書かれていることは
事実とは限らないといわれることがあります。
特に、昔の物語などは
勝者によって書き換えられていることが多い
からだともいわれています。

しかし、そんな中でも、
日記や手紙に書かれていることは、
うわさ話も混在しているとはいえ、
比較的信憑性が高いとされています。

そこで、東大資料編纂所では
こうした手紙(古文書)を中心に
他の資料と照らしあわせながら解読し、
真偽を確認していく作業をしているのです。

まさに、
信ぴょう性の高い原文を解読することで
真の歴史を探求しているのです。

ですから、学生にも、
教科書や書籍の記載を
参考にはしてもうのみにはせず、
古文書などに直接当たることで
真の歴史を自主的に確立していく
そんな姿勢が求められています。

例えば、ある教授によると、
かの有名な『太閤検地』も、
学部学生の論文によって
明らかになったそうです。

しかし、現実的には
入学したばかりの十代の学生に
いきなり古文書を解読しろ
というのは無理な話です。

そこで、私がとった講義では、
すでに解読され冊子となって
きれいに印刷された古文書について
教授の解説も交えながら
自分たちで解読していくのです。

ですから、中には
本気で研究者を目指して学生もいるので、
私は、念のため
教養を身に着ける目的で講義を受けたい旨
教授に伝えたところ、
この教授も大学外のカルチャーセンターで
私のような年代の大人向けに
教えていらっしゃるということで
受講を快諾していただきました。

さて、教科書などではなく、
古文書といった原資料を読み解くことで
真の歴史を追究していくという姿勢は、
東大入試(日本史)でも求められています。

すなわち、東大の入試(日本史)では
些末な知識や用語が問われることはなく、
見やすく加工された資料を提示され、
そこから何を読み解くことができるかが
問われているのです。

ですから、そうした力さえあれば、
細かな知識はなくとも、
合格点に達することができますし、
逆に、思考停止に陥って
覚えた知識をそのまま吐き出しても
高得点は狙えないように問題ができています。

私も、実際に受験した際、
一番勉強時間が少なく
模試でも偏差値40台(平均以下)
をたたき出した日本史で、
他の科目と比べ最も高い得点率を
得ることができました。

こうした歴史に限らず、私たちは
常識や通説とされていることや
自分が与する組織・集団のいうことを
無意識に受け入れ、
思考停止に陥ることがよくあります。

しかし、今一度立ち止まって
常識や通説といわれていることや
自分が属する組織・集団の主張について
自分自身で思考をめぐらすことも
必要なのかもしれません。

ただ、独りよがりに
徒に“思考”しても意味がありません。
様々な考えや知識を修得した上で、
当然に正しいと思いこんでいることにつき、
必ずしも否定するのではなく、
改めて考察してみる必要もあることを
東京大学は入試や講義を通じて
学生に伝えようとしているようです。


Tag:
| TrackBack:0
今回は久しぶりに、
私が今学生として通っている
東大の様子について述べたいと思います。

今年度の新入生ついて
一言で申し上げますと、
意識が高いということがいえそうです。

以前述べたとおり、
私は自主留年をして今も二年生なので、
自分が興味のある教養科目を
何コマかとっています。

そして、そのうち何と、
5コマの教室で立ち見が出たのです。
しかも、数人レベルの話ではありません。

私のような昭和生まれの方は
昔の映画館を思い出してみてください。
人気のある映画では、
物語が終盤に近づくにつれ、
次の回を座って観ようと待ち構えている
お客さんが座席の周りを取り囲むように
大勢立っているあの光景です。

あんな感じです。

もちろん今までも、
大学の事務方の見込み違いで、
教室が狭かったということもありましたが、
私のこの二年間の学生生活で
立ち見が出た教室はたった3コマでした。
(ただ、特に一年生の時は
 語学など必須授業もありましたが。)

講義は基本半年単位ので、
今学期の立ち見率は従来の6~7倍です。
(5×2×2年=20,  20/3=6.66…)

こうした場合、教室は
より広い別の教室に変更となるのですが、
変更後の教室でも、ほぼ満席状態です。
というか、一か月経った今でも
立ち見の学生が依然数人います。

これには、
私が興味をもって選んだ講義が
他の学生にとっても興味のあるものだったり、
たまたま楽に単位が取れるとされる講義だった、
といった理由はあるのでしょう。

それにしても、大学の講義を
立ちながら聴講することになろうとは
夢にも思いませんでした。
少なくとも私が若いころに比べると
全体的に学生はまじめになっているようです。

さて、私が
どんな講義をとっているかと申しますと、
昔も今も中東では常に問題が起きていることから、
中東やイスラム関係の科目をとっています。
特に前者については、
オマーン政府(スルタン)の寄付によって
実現可能となっている貴重な講義です。

また、国内では最近、
道徳教育が問題となっているところ、
パン屋には郷土愛はないと認定するような
そんな国や政府が押し付ける考えではなく
様々な先人の知恵を学ぶべきだろうと思い、
東洋や西洋の思想史をとっています。

特に前者については原文から読むべく
漢文の授業もとっています。

さらに、日本史に関する講義もとっています。
次回は、この講義について
東大の入試傾向とあわせて
紹介してみたいと思います。


Tag:
| TrackBack:0
2017.05.10(Wed):復興・原発問題
福島原発事故の被災地を訪れたお話しも
今回が最後です。
さて、私もこの訪問に参加できるよう
尽力してくださった区議ご自身は、
所要のため、二日目の早朝、
東京に戻られました。

その際、私はその方から
放射線量を測定する装置をお借りし、
富岡町や大熊町を訪れた際も
ずっと測定していました。

意外だったのは、
これら居住制限地域だったところは
原発事故が起きる前の放射線量と
ほとんど変わらなかったということです。
放射性廃棄物の保管場所前でも
若干上がった程度です。
ただ、林の中を通ったときは
10倍近くに上がり、
福島第二原発が見える海辺に出たときは
15倍近く跳ね上がったのも事実です。

おそらく、
居住制限が解除された地域は、
他の地域よりも放射線量が依然高いと
報道されているのも、
このように高く測定される地域もあるから
かもしれません。

それにしても、
居住制限解除地域と
未だ解除されていない地域とが
道一つ隔てたところに並んでいるというのも
おかしなことというか、
人為の限界というものを感じました。

そして、最後に驚くべき事実を。

私は、東京への帰途についても
放射線量の測定を続けました。

福島から離れるにつれ、
値は徐々に下がったかに思われました。

しかし、
東京の自分の部屋に到着したときです。
放射線量が、富岡町での測定値の
1.3~1.5倍の値を示していました。
放射性廃棄物の保管場所前の値と
さほど変わりなかったのです。

もちろん測定器によって
示す値も異なってくるそうなのですが、
同じ機器で測っていたわけですから、
相対的は高低値ということでは
間違いないでしょう。


私たちは、何らかの問題について
意見を形成するとき、
内容をそのまま鵜呑みにしないまでも、
書籍や報道、ネットなどからの情報に
頼ることがほとんどです。

すべての問題について
自らが体験し調査することは不可能です。

ただ、
実際に現地に訪れて見聞したほうが
より正確な情報に基づいて
意見をもつことができますし、
そうした意見のほうが
迫力はあるんだろうと思います。

私も、原発問題については今一つ
確個たる意見をもてませんでした。

これが、今回、
無理をお願いしてまでも
原発事故の被災地を訪れる会に
飛び入り参加させていただいた理由です。
そして、
その意義は大いにありました。

福島3福島4



Tag:
| TrackBack:0
2017.05.07(Sun):復興・原発問題
二日にわたる
福島原発事故の被災地訪問。
最後にうかがったところは、
食物など様々な物から人の体まで
放射能を測定する施設でした。

そこで、驚いたのは、
もちろん医師なども勤めているのですが、
常駐職員がふつうのお母さんたち
ということでした。

つまり、この施設は
“子どもには汚染された食べ物を
絶対に食べさせない“
という想いから設立されたのです。

だから、職員の方たちも
当初から専門知識があったわけではなく、
いろいろと勉強されたそうです。

私たちが訪問した際も、職員の方が
いろいろ説明してくださったのですが、
次のような言葉が一番印象に残りました。
それは

『原発事故がなければ、
 ふつうのお母さんが
 ここまですることはなかった。』

という言葉です。

以前にも申し上げましたが、
原発事故の責任は、
原発を推進してきた政府や東電にあります。

しかし、推進した政治家や役人らの
歳費や給与はカットされることもなく、
ふつうに昇進・昇格もし、
退職金もふつうに支払われています。

推進したものが甚大な被害を出しても
その責任はまったくとらなくてもよく、
その上、収入や地位も確約されている
何て、お気楽な職業なんでしょう。

先日述べた生活困窮避難者支援にしても、
食物などの放射能測定にしても、
本来は、
原発を推進した政治家や役人ら自らが行い
資金面にしても、まずは
この人たちの収入から賄われるべきでしょう。

しかし、代わりに
こうしたことを市民が行っている
というのが現状です。
今ご紹介した放射能測定施設も
おもに寄附金で運営されています。

地球温暖化、有限な天然資源、
開発途上にある自然エネルギー、
そして経済的問題などから
原発を一切否定することには
正直、躊躇もおぼえます。

しかし、諸外国と異なり、
わが国は、国土が狭いため、
居住地の近くに原発を立地するしかなく、
しかも、地震の多いところです。

明らかに原発には不向きな土地です。

それでも原発を稼働させようというのであれば、
事前に責任の所在を明らかにしておくべきです。

すなわち、
今回のような事故が起きた場合、
原発を推進した政治家や役人らが
歳費や給与、退縮金から費用を出し、
自らも被災者支援を行う。
多くの人の生命・身体、財産に
関わることですから
これくらいの覚悟があって然るべきです。

そして、
原発を利用する電力会社を選択し、
原発による電力を利用した者にも、
費用負担を負わせるようにする、
こうしたことを事前に明確にしておく
ことも必要でしょう。

さて、次回最後は、
私が実際に現地で測った
放射線量のお話しをしたいと思います。

福島6福島7福島5
福島8



Tag:
| TrackBack:0
2017.05.05(Fri):復興・原発問題
先日、福島県のいわき市で
原発事故による避難者への支援について、
市民の方や県庁の方々から
お話しをうかがった翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

居住制限を解除されたとはいえ、
放射線量が十分に下がっていないといわれ、
放射性廃棄物が目前で山積みになっている
ことなどから
帰還をためらっていらっしゃる避難者の方が
ほとんどのようでして、
いまだ町に生活感が戻っているようには
見受けられませんでした。

ただ、この四月に再開したばかりの
小学校の校庭では
体育の時間だったらしく、
数名の児童が元気に駆け回っていました。
私たちを案内してくださった
現地の“語り部”さんによると、
数学年まとめての授業とのことです。

耐久期限が切れそうなシートに覆われた
放射性廃棄物が山積みになっている場所も
何か所か寄りました。

入口にある看板によると
保管期限がこの前の三月末になっていたので、
“語り部”さんに
「保管期限切れているみたいですけど…」
とうかがうと
『あ、また延長でしょう。』
と当然のことのようにおっしゃっていました。

また、この“語り部”さんによると、
六年前の震災直後、役所からは、
原発の放射能漏れの可能性があるので、
西の川内村に避難するよう
指示があったそうです。

しかし、それ以上の情報は提供されず、
例えば、一号機建屋の爆発があった日、
前日からの指示に従い
川内村などに避難するため
素の姿のままで車を運転する町民らが
防護服を着ながら誘導する警察官らの姿に
驚いた、といったこともあったそうです。

大熊町の山のふもとの地域にいたっては、
当初の避難指示さえ届いておらず、
周囲の町民らの大移動の様子に驚き、
自分たちで計画をたてて避難したそうです。

また、避難所に落ち着いた後も、
全国から多くの支援物資が届きながら、
全員分にゆきわたる量に達しない限り、
支援物資が避難者に支給されることはなく
せっかくの救援物資がむだになった
ということもあったそうです。

これは、役所のほうで
全員分に達しない場合の配布基準について
マニュアルがなかったからだそうです。
(同様のお話は熊本でもうかがいました)

その後、仮設住宅ができると、
そこに住めた方と
自分で民間アパートを探して
住まざるを得なかった方との間で
ちょっとした対立もあったそうです。

例えば、金銭面については
民間アパートでも補助はあったので
大きな問題はなかったそうなのですが、
家電製品など支援物資のほうについては、
仮設住宅の方にしか
支給されなかったそうでして、よって
仮設に入れなかった方たちからは
『自分らは自費で買いそろえたのに…』
といった不満がでたそうです。

また、芸能人やスポーツ選手らの慰問でも
仮設住宅のほうにはあっても
アパートに移った方には
その機会さえ知らされず、後日、
有名人に会えていい思い出になったと
仮設住宅の方の話を聞いて、
嫉妬や不公平感が噴出した
ということもあったそうです。

さて、最後に、
食物など様々な物から人の体まで
放射線を測定する施設を訪問しました。

そこで、私は、
今回の訪問で一番衝撃的というか、
原発事故の問題の本質をついた
職員の方の一言をきくことになりました。

そのお話しは、後日。


Tag:
| TrackBack:0
2017.05.03(Wed):復興・原発問題
先日、福島県のいわき市で、
原発事故による避難者への支援について、
市民の方や県庁の方々から
お話しをうかがいました。

要は、福島県庁のいう“避難者支援”は
富岡町を始めとする居住制限解除地域に
多くの方に早く戻ってもらうという意味でした。

他方、市民側が問題視しているのは、
放射線量が十分に下がっていなとされ、
しかも、放射性廃棄物が目前に積まれている
そんな地域には戻りたくないという
避難者も大勢いらっしゃるということでした。

さらに問題なのは、
支援策を知らず生活に困窮している避難者も
全国にたくさんいらっしゃり、
行政側も努力はしているものの
プライバシーの問題などから
そうした実態を把握しきれておらず、
避難先の自治体によっては職員が
支援策について十分な知識をもっていない
ということでした。

そして、より根本的な問題は、
本来、原発政策を推進してきた政府や東電が
とるべき責任や負担を、
自治体や市民団体の方々がおっているという
事実です。

例えば、役所が把握しきれていない
生活困窮避難者の方々の把握や支援を
市民の方がしている、といったことです。

この他の例は、
翌日に訪問した富岡町や大熊町で
うかがったお話しから後日紹介します。

さて、今村前復興大臣が激高した
例の先月の記者会見ですが、
前大臣を追及したフリーの記者さんは、
原発を推進した政府が、本来、
事故責任を負わなければならないのに、
各自治体に投げたり、
生活に困窮している多くの避難者の実態も
把握していないなど、
こうした責任感のない
政府・前大臣を追及していたのです。

このフリーの記者さんは
実態をよくご存知なだけに
当事者意識のない政府・前大臣の姿勢が
許せなかったのでしょう。

各自治体に任せている点は、
現地の事情をよく知る自治体に
任せたほうがいいからであり、
この点は前大臣のいうとおりだと思います。

だた、問題は、
原発を推進してきたことの責任を
とらなければならないという意識が
政府にはまるでないということです。

例えば、
生活に困窮している避難者の方々が
依然多くいらっしゃるのに、
その原因が、推進してきた原発が
事故を起こしたことによるものである
ということに気がついておらず、
したがって、
そうした実態を知ろうともせず、
よって、
こうした方々のために何らかの対策を
講じようという姿勢・意識も全くない
ということです。

だから、フリーの記者さんの問題意識が
今村前大臣にはまるで伝わらず、
それで前大臣が激高するに至ったのでしょう。

本来の責任は
事故を起こした原発を推進してきた
政府や東電にあるのに、
それを避難者のほうに責任があるような
前大臣の言い方にも
記者さんも我慢ならなったのでしょう。

避難者の方に責任転嫁している例は、
居住制限は解除されたものの、
放射線量が十分に下がっていないとされ、
放射性廃棄物が目前で山積みになっている
ことなどに不安をおぼえ、
戻りたくても戻れない避難者を
“『自主』避難者”と
線引きしていることにも現れています。

さて、いわき市で
こうしたお話しをいろいろうかがった翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

このお話しは、後日。


Tag:
| TrackBack:0
2017.04.30(Sun):復興・原発問題

先日、
私が最も尊敬する区議さんにお願いし、
福島原発事故の被災地を訪れる会に
飛び入り参加させていただきました。

具体的には、
吉野新復興大臣の出身地でもある
いわき市で一泊し、そこで
市民の方や県庁職員の方にお話しをうかがい、
翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

この会は、東北から九州まで、
全国の地方自治体の現職・元職の40名の
議員さんや市長さんで構成されています。

だから、
議員でもない私は非会員ということで、
飛び入り参加ということになりました。

現在、この会は、
全国に散らばっている避難者の方々の中には、
補助支援策を知らない方も多く、
さらに、各地方自治体によっては職員の
補助支援策についての知識がまちまちであったり
避難生活の実態を把握しきれていない現状に鑑み、
集まった全国の議員さんらが情報交換をすることで、
避難者の方々が全員一律に十分な補助を
受けられるようにすることも目指しているようです。

ところで、今回、議員でもないのに
この会に参加した方がもう一人いらっしゃいました。

それは、なんと驚くなかれ、
最近、辞任した今村前復興大臣と
先日の記者会見で
『撤回しなさい』「撤回しません」
などとやりあった、
あのフリーの記者さんです。

しかも、一泊した施設の部屋割りで
この方と一夜を共にすることになりました。

さて、この問題の記者会見ですが、
この方や市民の方のお話しをうかがった上で
改めて見返してみますと、
この記者の方の真意と今村前大臣の意識とが
かみ合っていないことから
お互いヒートアップしたことが
手に取るように分かりました。

このお話しのつづきは、後日。



Tag:
| TrackBack:0

先日、あるビストロで
皿洗いや給仕のバイトをしました。

若いころ、パン屋で
ドーナツなどを揚げたり
レジ打ちはしたことはありましたが、
料理屋の厨房に入ったバイトは
初めてでした。

厨房内はこんなにも慌しいものなのかと
初めて知りました。

皿洗いは自炊した際にはしますが、
大量の皿洗いは初めてでした。
つい、普段どおり洗ったら、
完全にきれいになっていないと
やり直しをすることに…

しかし、お客さんは待ってくれません。
次から次へとお皿はやってきます。
スピーディーにかつきれいに洗う必要があります。

それでいて、料理も運ばなければなりません。
皿洗いばかりしているわけにもいかないのです。

シェフのほうはというと、
お客さんの食事の進み具合を気にしながら
料理をします。

マダムは私といっしょに
料理を運びますが、加えて
飲み物の注文もとって提供します。

私にはとてもそんな余裕はなく、
そこまでできませんでした。
もう緊張の連続でした。

私も何度か
フランス料理を堪能したことはありましたが、
まさか厨房内がこんなにも慌しく、
そして、シェフが気配りをしながら
料理をしていることは知りませんでした。

こうした厨房の動きがあって初めて
お客さんは落ち着いて食事をできるのだと
実感することができました。

こうした機会を提供してくれた
このビストロには感謝の限りです。

ここのシェフは、
料理・前菜を運ぶ前に
前菜からデザートまですべて
一通りお客さんに説明します。

よく、料理を運ぶごとに
そのつど説明をすることがありますが、
お客さんの会話を邪魔することになり、
衛生的にもよくないとされています。

しかし、このビストロでは
この点をよく承知されているようでした。

また、賄いにも感動させられました。
お客さんに提供されるものと
同じものをいただくことができたのです。
もちろん、量は
お客さんに提供されるものよりは
少ないのですが…

また、時給もきっちり
15分刻みでいただくことができました。

よく、塾のバイトなどでは、
決められた時間を
一時間以上オーバーしても
そこはサービス残業となってしまう
というブラックな話を聞きますが、
この点、このビストロはホワイトです。

そのビストロとは、
東京江東区の森下にある
『アンカシェット』さんです。

みなさんも、是非一度、お試しあれ。



Tag:
| TrackBack:0
2017.03.31(Fri):両親の思い出

私の両親が眠るお墓は、
母方の祖父母のお墓と同じ墓地にある。

祖父母のお墓参りをして二十年近く、
お隣のお墓の家の方とお会いしたのは、
一度だけである。

二~三年前だったような気もするし、
十年くらい前だったような気もする。

ただ、はっきりと覚えているのは、
お墓に眠るおじいちゃんの奥さまが
車いすに乗って、
お子さんといっしょに
お参りしていた姿である。

先日、お墓参りにいった際、
まず、祖父母のお墓のほうをそうじした。
ふと、お隣のお墓をみると、
側面にまっ白な戒名が彫ってあるのに
気がついた。

あの車いすに乗った
おばあちゃんの戒名らしい。

死没年月を見ると、
おじいちゃんが亡くなって二十年近く、
おばあちゃんは、ようやく
おじいちゃんのもとにいったようだ。

私の父は
母が亡くなってから十年後に
また母といっしょになった。

人生の伴侶が亡くなったあと、
残された者は
どのような想いで過ごすのだろうか。

命のはかなさと
夫婦の間だけの世界。

前者は実感できたが、
後者はどうしても分からない。


Tag:
| TrackBack:0
2017.03.24(Fri):ボランティア活動

以前申し上げたことはありますが、
私はボランティアで
中学生の勉強会に参加させてもらっています。

そろそろ三年目に突入し、
当初中学一年生だった子らは、
中学三年生になろうとしています。

ここで私は、
子どもの成長というものを目の当たりにし
多少戸惑いをおぼえています。

身長が急激に伸びたり、
身体つきが大人っぽくなるといった
外見的特徴もそうなのですが、
素直でかわいらしかった子が
いつの間にか反抗的になったりして
困惑しています。

反対に、勉強せずに
大きな声でおしゃべりばかりしていた子が
受験が近づくにつれやる気モードになり、
見事、高校に合格した後は、
礼儀正しくお礼をいってくれると
感動的にうれしくなります。

私は独身で、
よって子育ての経験もないので、
困惑も、うれしさも新鮮です。

そして、
この勉強会という活動を通じて、
親御さんや学校の先生がたのご苦労の
いったんだけでも体験できているのは
本当に貴重でありがたいことであると
改めて感じているところです。


Tag:
| TrackBack:0
2017.03.13(Mon):わたしの信条
三月に入ると
来年卒業予定の学生にとっては、
就活が本格化する時期だ。
先日、仕事について
旧友と話をしていたとき、
はっとさせられた一言があった。

それは、
わくわく感があるから働ける
という一言だった。

わが身を振り返ってみると、
国家公務員として働いているとき、
わくわく感をもって
仕事のできた職場は限られていた。

現場や国際機関など
自己裁量の余地のある職場もあったが、
ほとんどの職場では、
自分の意見・考えは押し殺された。
まさに組織の歯車。

少なくとも私はそう感じていた。

もちろん、
世の中のみんながみんな、
本来自分のやりたい仕事に
つけているわけではない。

比較的安定した収入が期待される組織の中で
自分を抑えながら働いている人、
たまたまついた仕事の中で
働きがいを見い出そうと頑張っている人、
家族を養うために働いている人、
リスクを伴いながら
フリーランスもしくは経営者として働く人、
様々なのであろう。

自分はというと、
悔いのない人生にしたい
と考えたとき、
養うべき家族がいない境遇にあるからこそ
リスクを伴っても
自分のしたいことをすることにした。

この年齢になって
大学で勉強しているのもそうなのだが、
今、自分がどこの政党にも属さず
政治活動をしているのも、
思う存分自己表現のできる場、
自己実現のできる場、
そして、
わくわく感をもって活動できる場を
求めていたからかもしれない。

が、
覚悟も必要だ。


Tag:
| TrackBack:0
2017.03.03(Fri):経済・税金問題

プレミアムフライデーから一週間。
その目的は消費を増やし、
働き方を変えることにあるとされてます。

ただ“そんな暇はない”という声がほとんどで、
そもそも消費が伸びないのは、
将来や老後に不安があるからでもあり、
日本人の働き方についても、
長時間労働を美徳とする意識は
なかなか変えられそうにもありません。

このように、
プレミアムフライデーの効果については
多少疑問はあるものの、
景気回復つまり国内総生産(GDP)を増やす
という点で方向性は間違っていないと思います。

ところで、なぜ、
“消費”が伸びれば
国内“総生産”も増えるのでしょうか?

GDPとは、あえて一言でいうと
日本中の商売の“もうけ”を
ぜ~んぶ足し合わせた額をいいます。
これが“総生産”の意味です。

ただ、日本中の“もうけ”を
正確に把握し足し合わせるのは困難!

そこで“もうけ”は
報酬や利子・配当といった形に変えて
めぐりめぐって個人や法人により、
最終的にはすべて消費されるものと
統計上みなされることになっているのです。
(なお、法人の消費は“投資”のことです)
消費(投資)なら統計をとることは可能です。

よって、消費・投資が伸びれば
GDP(国内総生産)という統計値も
伸びるというわけです。

しかし、日本の人口は減っているので、
GDPは減るのが自然です。

それでもGDPを増やそうというのであれば、
人口の減少率以上に、
一人当たりの“消費”を増やし、
一人当たりの“生産”性をあげるしかありません。
しかし、日本の労働生産性は
世界的に低いとされています。

そこで、働き方を変えることで
労働生産性の向上を図る必要もある
ということなのでしょう。

ところで、先ほど、
日本中の“もうけ”を足し合わせることは
現実的でない旨申し上げましたが、
ざっくりとこれに近い数値は出せます。

それが、消費税の税収額です。
消費税は個人が消費する物やサービスの
すべての流通過程で生じた“もうけ”
に課税されます。
(法人の消費は消費税の計算上控除されます)
だから、
消費税の税収額を税率で割り戻せば
GDPのうち
個人消費が占める値に近い数値は出せます。

ただ、非課税事業者も存在するので、
GDPの個人消費値よりは
どうしても小さくなってしまいます。
さらに、以下のような理由にもよります。

“もうけ”をもう少し正確にいうと
価値が付加されることをいいます。
よって、ヨーロッパなどでは
消費税を“付加価値税”といいます。
ただ、日本は税金のネーミングの際
“もうけ”“付加価値”のほうではなく
それが最終的に“消費”されるほうに
着目したということなのでしょう。

だから
“もうけ”が形を変えたにすぎない
給与や利子・配当、そして
所有者が変わるだけで
労力で価値が付加されることのない
土地やお金の取引などには
付加価値税や消費税はかかりません。
(ただ、仲介行為については
 手数を省けるという価値を
 生み出していますので課税されます)

つまり、GDPの対象とならないのは
消費税もかからないのです。

ただ、消費税がかからないものには
もう一つ別のタイプがありまして、
学校教育や福祉事業、介護サービスなど
価値が付加されるサービスでも、
社会政策的配慮から
非課税となるものもあります。

このようにGDPの対象にはなっても
社会政策的配慮から
非課税となるものもあるので、
消費税の税収額を税率で割り戻しても
GDPのうち個人消費の占める値よりは
どうしても小さくなるのです。

【計算例(H27年度:単位10億円)】
17,426(消費税収)÷6.28%(税率)
=277,484(国税部分のみから推計)
実際の民間消費支出額;299,854


Tag:
| TrackBack:0