佐川前理財局長・現国税庁長官の
罷免・辞任を求める
一万人を超える署名を
市民団体が財務省・国税庁に提出した
との記事があった。

しかも、現役の税務署職員まで、
業務に支障が出かねないという理由で
署名しているとのこと。

真偽のほどは私には分からないが、
税務職員だった私にしてみれば、
ものすごくうなずける。

森友学園への国有地売却問題について
佐川氏は国会で追及を受けた際
事実確認や記録提出を求められ
『確認することを控えさせていただく』
とか
『短期間で自動的に消去されて
 復元できないようなシステムに
 なってございます』
といった疑念を抱かせるような
不誠実な答弁をしている。

特に後者の答弁については、
実際に中にいた者としては信じがたい。

しかも、佐川氏は
国税庁長官に就任した際
『諸般の事情』というふざけた理由で
記者会見も行っていない。
だから、疑念もさらに深まる。

私は、二十年ほど前
滞納者のところに訪問し
税金を納めてもらうという仕事をしていた。

滞納者が相手なので一筋縄ではいかない。

“右翼”と称する人のところに行って
脅されたこともある。
(詳細は拙著をご参照)
その際、相手が滞納した理由として
繰り返し主張していたのが
税金の無駄遣いである。

もちろんこれは理由にならないのだが、
渦中の佐川氏が国税庁長官では、
現役の徴収職員が滞納者の抵抗にあい
いかに苦労するかが目に見える。

私は、また、
税務調査部門の課長だったこともある。
『マルサの女』のような
強制力のある査察と違い
税務調査はあくまで任意である。

だから、
職員がスムーズに調査できるよう、
調査対象の企業の重役さんと
世間話も交えながらお話をし、
調査に理解してもらうのが
課長としての役目だった。

こうした場面でも、
現役職員が苦労するであろうことも
想像に難くない。

今、役人幹部の人事は
官邸主導で行われているのだが、
佐川氏が国税庁長官になれば、
こうした事態になるであろうことが
分からなかったのであろうか。

今の政治がだらしないのは、
不倫や失言といった
スキャンダルだけでなく、
現場感覚のなさも一因なのであろう。



スポンサーサイト
Tag:
| TrackBack:0

今朝の参議院本会議で、
民進党の蓮舫議員が代表質問の中で
アベノミクスが
大幅な金融緩和や財政出動を主体としているのに対し
ヒトへの投資を主張していた。

その文脈のなかで、
昨年末に電通の新入社員が
自殺したことをあげながら、
過労死を防ぐ必要性も訴えていた。

ところで、現在は知らないが、
かつては霞が関で働く官僚で、
自殺する者が少なくなかった。
約二十年前、話たことはなかったが、
私の後輩に当たる者も庁舎内で自殺した。

しかし、こうした自殺者が出ても、
大きく報道されることはなかった。
当時は庁舎の窓には網も張られていたが、
それは飛び降り防止のためだという
まことしやかなうわさもあった。

こうした自殺の原因は不明だが、
過労を苦にしたものだと推測される。
霞が関は不夜城と揶揄されることもあり、
残業時間が月に200時間というのも
珍しくなかった(もちろんフルに手当は出ない)。

その原因の一つが国会質問の待機である。
事前に議員から質問を通告してもらい、
官僚が答弁案を作成するのだが、
問題はその通告が来るタイミングである。

私が経験した中でもっとも遅かったのは、
質問される日当日の午前1~2時だったと
記憶している。
当日の明け方に
国会待機が解除されることもあった。

特に野党議員の通告が遅い。
もし、過労防止の必要性をいうなら、
隗より始めよで、
質問通告を早くすべきである。

東京の区議会の中には、
質問通告を前日の一定時刻に締め切っている
ところもあると聞いたことがある。

たしかに、
国政の場合は区政と異なりその範囲が広く、
国際情勢も含め、
直前まで何が起きるか分からないということはある。
しかし、議員にも当事者意識があれば、
つまり官僚をヒト扱いすれば、
事態は改善されるはずである。

上司の部下に対する態度も然りである。
過労の問題は労働時間だけの問題ではない。
働きがいが感じられれば、
時間を忘れて没頭することもできる。
しかし、
上司の都合だけで部下が職場にいるのであれば、
モノ扱いされる部下のほうはたまったものではない。

組織で動く以上、
不可避な面もあるのかもしれないが、
過労の問題は、
部下をパソコン扱いすることにもあると思う。



Tag:
| TrackBack:0

こうして、
熊本市の教育委員会事務局を介して
熊本市の小学校で
学習支援ボランティアを
させていただくことになった。

ところで、
この熊本市との連絡だが、
終始、課長さんが応対してくださった。

それは、私が五十過ぎだからではなく、
実年齢に気がつく前から、
私が学生の身分であるにもかかわらず、
課長さんが水害対策などで追われている中
(もちろん、その間は
 私からの連絡は控えていたのだが)
親切丁寧に対応してくださったのだ。

これで思い出したのが
自身の霞が関での勤務経験であった。
この界隈の人たちは、
異常なほどに肩書きにこだわる。
そのくせ、
相手には失礼な対応を平気でする。
例えば、およそ十年前、こんな経験をした。

当時、私は国税庁から東京地裁に
調査官として出向していた。

そして、調査官の私ではなく、
裁判官のほうが、
税務大学校に講師として派遣されいたのだが、
当時は謝礼をもらっていたようだ。
ところが、
他官庁からの講師もあわせ、
国税庁・税務大学校から
謝礼を出すのをやめることにした。

別に、このこと自体は問題ないのだが、
問題は、その連絡方法であった。

当時の私の地裁調査官というのは
課長補佐クラスだったのだが、
国税庁は先ほどの謝礼をやめる話を
係員から私への電話連絡一本で
済ませようとしたのである。

私は信じられなくなり、
せめて本庁の課長クラスの者が地裁に来て、
部長裁判官にきちんと説明するよう、
電話してきた国税庁の係員に注意した。

結局、後日、
税務大学校の課長と
本庁の若手課長補佐が地裁にやって来て、
部長裁判官らに
謝礼をやめることになった経緯などを
説明したのだが、
こんなことをふと、
熊本市の課長さんと電話でお話ししながら、
思い出したのだった。

(つづく)


Tag:
| TrackBack:0

私は、およそ十年前、
衆議院調査局というところに勤めていた。
ここでは、
代議士や秘書さんから調査依頼があったら、
それを調べて答えるということをしていた。

だから、ここでは、
何人かの代議士や秘書さんと
知り合いになることもある。

先日、
その際お世話になった代議士と秘書さんとで
ランチをとる機会があった。

ここで久しぶりに
心地よい会話ができた。

私の限られた経験からすると、
相手と異なる意見をいうと、
その相手は怒った口調で、
自身の意見こそが
唯一無二で正しいとばかりに
上から目線で
一方的にいってこられることが多かった。
会話にならない。
こちらとしては気分が害されるだけで、
話を続ける気もなくなる。

このタイプは官僚に多く、
意外に思われるかもしれないが、
代議士に少ない。
ちなみに、
三年間の裁判所勤務の経験でいうと、
裁判官にこのタイプは皆無といってもいい。

この世の中には
自分とは異なる様々な考えがあることを
きちんと承知している人は、
自分と異なる意見でも
それを尊重してきちんと耳を傾けながら、
相手の気分を害することなく、
理路整然と自分の意見を述べてくれる。
だから、感情的にも説得力があり、
話もしやすくなる。
そうするとお互い視野も広くなる。

先の代議士は野党でありながら、
小選挙区でも自民党候補を破り
トップ当選してきている方である。

むべなるかな、
である。

もちろん官僚にも、
きちんと話をきいてくれる人もいれば、
代議士でも、
一方的に上から目線で
感情的に自分の意見をいってくる人もいるが、
それでもやはり、
選挙という洗礼を受けた人と
そうでない人との差というものを
個人的には感じている。



Tag:
| TrackBack:0
東大に通学して一か月ほど経った今、
驚くのは、今の学生の英語力である。
特に、スピーキングとヒアリング力である。

私の若いころは入試にヒアリングはなく、
英語は読み書きさえできればよかった。
私が英会話を習ったのは、
社会人になって自分で稼ぐようになり、
英会話学校に通ってからである。

しかし、
英会話学校に通ったことがないと思われる子でも
おそらくは初級の上~中級レベルの会話ができる。
ヒアリングも、
私なんか何回聴いても聞こえてこない英語を
きちんと聴き分けられる子もいる。

そして、授業も充実していて、
英語だけで105分の授業が毎週2回あり、
教授は外国人であることが多い。
巷の英会話学校より、
会話をする機会は少ないが、
内容はかなり高度であるように思われる。

英語のレポートについても、
生徒同士が英語で議論をするのだが、
私が十代のころにはとても思いもつかない内容を
みんなきちんと書いてくる。


そして、
ある英語の授業で、こんなことがあった。

4~5人のグループで議論した後、
各々のグループの代表者が
他のグループの生徒に向かって
議論の結果を発表するのだが、
生徒みんなが教授に指名されるのを待っていると、
教授は、

『みんな小学生じゃないんだから、
私が指名するのを待つんじゃない。
自発的に発言しなさい。』

と、おっしゃった。

このとき、
十年以上も前になるが、職場での出来事を思い出した。
それは『全国○○局○○課長会議』
なるものがあったときである。

その会議で、自分が担当するパートだけ
司会進行役を務めていたのだが、
出席されていた方は
今の私よりも年上の方々だったので、
私から指名するようなことはせず、
出席者に自発的な発言を求めたのだが、
誰一人として発言しようとしない。

両隣に座っていた、当時の上司と先輩があわてて、
ほぼ同時に、私に向かって小声で、
『大都市局から順番に指名しなさい。』
と言ってきたので、私から指名した覚えがある。

私は、心の中で
『いい大人が…』
と情けなく感じながらも、順番に指名すると、
みなさん、用意した原稿を読み始めた。

この数年前、
OECD(経済協力開発機構)の会議で
各国の代表がわれ先に競うように発言し、
他国の代表の発言機会などおかまいなしに、
長時間演説みたいなものまで始める者もいて、
司会進行役が発言の整理に苦労をするという
そんな会議を経験した後だっただけに、
その対照的な様子が強く印象に残っていた。

もちろん、建制順に発言するという慣習や
話がしやすいという理由も分からないわけではないが、
見直してみたほうがいい慣習もあるはず。

何も考えずに
慣習さえ守っているのは楽なのであろうが…


Tag:
| TrackBack:0

ここ一か月近く更新していなかったので、
一部の方から生きているのかと
心配していただいてしまいましたが、
元気です。
単なるネタ切れでした。

ただ、解散総選挙の噂があり、
私が出馬するのかどうか、
ということにつきましては、
実際に解散があったら
お知らせしたいと思います。

さて、今回は、
約二十一か月に及ぶ本人訴訟が
ついに決着を見たというお話です。

結論からいうと、
私の言い分は最高裁への上告理由に当たらない、
つまり負けてしまったということです。

もう耳タコという方も
いらっしゃるかもしれませんが、
経緯はこういうことです。

在職中、
面倒を見れる家族が私だけだったので、
父親の介護を理由に
在京勤務の希望を叶えてもらったところ、
父が亡くなり、その後の移動で、
12~13年後輩と同じポスト、
自身が12~13年前に経験したポストに
戻されてしまったのです。

一部の職員からは
私が何かトラブルを起こしたのではないかと
そういった誤解も受けました。

同期より出世が遅れるのはまだしも、
この事実上の降格扱いは、
あまりにひどいのでないかと、
弁護士つけずに自分で裁判に訴えたのが
平成25年の2月でした。

東京地方裁判所は、
問題となった異動は法的な降格に当たらない
という国が主張する理由を繰り返すだけで
私の主張を斥けました。

私は、それを前提として
裁量の逸脱・濫用を主張していたのにです。
つまり、
自分は仕事で相当の実績を残してきたのに、
在京勤務の希望を叶えてやったからといって、
何ら事前説明もなく、
12~13年前のポストに戻すという、
前例のまったくない処遇は
あまりにおかしい
ということを主張してきました。

しかも、裁判所も
私が相当の実績を残してきたことは認めてくれ、
さらに、国は、
在京勤務の希望をきいてやったということと、
問題となった異動は関係ないと主張した以上、
12~13年前のポストに戻す合理的理由が
まったくなくなったにもかかわらずです。


私が釈然としないのは、
こうした私の主張や反論について、
地裁、高裁、最高裁と通じて、
判決でまったく言及されなかったことです。

きちんとした理屈をもって、
自分の主張が斥けられるのなら、
納得はいくのですが…


これから子育てや介護といった
そうした事情を抱える職員が増えるなか、
私のいた職場で、
二度とこのような処遇がなされないようにするためにも、
裁判に訴えたのですが、
私の敗訴が決まったことが
逆に、裏目に出ないか心配です。

つまり、人事当局に
子育てや介護を理由とした希望を出すと、
事前説明もなく、
今までだったら前例のなかった
十年以上前のポストに戻されても、
法的な降格でない以上、
どんなに一生懸命、真面目に働いても、
職員は何も文句が言えなくなってしまったからです。

何か、逆に、
私が変な前例をつくってしまい、しかも、
それにお墨付きを与えてしまったようです。


だから、
「元気です」
という前言は撤回です。



Tag:
| TrackBack:0
その窓口は、
拍子抜けするほど狭かった。


在職中、
父親の介護を理由に
在京勤務を適えてもらった代償に、
父が亡くなった後の異動で
自身が経験した
12~13年前のポストに戻された。

これを不服として、
弁護士に依頼するとお金がかかるので、
自分一人で
東京地方裁判所に訴えたのが一年半前。

そして、敗訴判決を受けたのが半年前。
その後、東京高等裁判所に控訴し、
控訴審でも敗訴判決を受けたのが
数週間前である。

高裁の判決内容は、
『控訴棄却の理由は地裁と同じ』
というなめたものだった。

そして、先日、
最高裁判所に上告すべく、
東京高等裁判所を訪れたのである。

上告状の提出先は最高裁判所ではなく、
今まで裁判をやっていた
東京高等裁判所だからだ。

最高裁判所に上告できる条件は、
意外にハードルが高い。

事実の有無は高裁で決まってしまい、
最高裁では、
その固まった事実を前提に、
法律の解釈だけが問題となるからだ。

今までの裁判で固まった事実は、

⑴ 私が、在職中、A~Eの5段階評価で
 常にB以上の評価受けるなど、
 具体的にも相当の実績を残し、
 休職もしたことはないこと。

⑵ にもかかわらず
 私を12~3年前のポストに戻したことと
 在京勤務が続いたこととは関係なく、
 また、他にも特に理由はないこと。

⑶ 私の他に
 12~3年前のポストに戻した例は、
 国税庁創設以来65年間、
 一度もないこと。

⑷ 問題となった異動は法律上の
 『降格』ではないこと。

である。

私は、問題となった異動が
国家公務員法の
『著しく不利益な処分』に当たるとして
訴えたのに、
被告の国のほうは、一生懸命
『降格』に当たらないことを縷々述べ、
地裁の判決も高裁の判決も
この国の主張をそのまま取り入れたものだった。

「それは判決理由としておかしいんじゃない?
 きちんと『著しく不利益な処分』とは何か、
 解釈してから判断してくれよ…」
というのが上告した理由の一つ。

また、国が、
法律、命令、規則といった法規範ではなく、
ある本に書かれている例示を根拠に主張し、
裁判所もその主張を認めたので、
「おいおい、本とかじゃなくて、
 ちゃんと法規範に則って判断してくれよ…」
といったことも上告の理由だ。

さらに問題は証拠だ。
地裁が判決で『証拠不十分』としたので、
「それなら、当時の人事課長に
 直接いろいろ聞いてやろうじゃないか」
ということで証人申請をした。

なのに、高裁は証人尋問の必要ないと判断し
それでいながら、判決で
『証拠不十分』という地裁の判断を繰り返した。

「これは明らかに論理矛盾!」
ということも理由に付け加えておいた。

これだけ、私がしつこく訴え続ける理由は、
今までもブログで何度も述べてきたが、
次回は、ちょっと違う角度から
述べさせていただきたい。



Tag:
| TrackBack:0
昨日、AKB48の総選挙の生中継、
見てしまいました。

メンバーみんなが努力をしているのは、
涙を流しながら一生懸命に挨拶をしているのを聞いていて
分かるのですが、
そこは十代や二十歳そこそこの子、
正直、私の心にひびいてくるような
上手な表現や言葉はなかなかきけませんでした。

そんな中でも昨年の覇者で今回二位だった
指原莉乃さんの次のような話は印象的でした。

ある日、彼女が本屋によったとき、
たまたまAKB48の写真集を手に取っている
二人の女性どうしの会話を聞いていたそうです。

『ねえねえ、一位ってどの娘』

『この娘よ』

『な~んだ、こんな娘が一位なの?』

この二人の女性は当の本人が
すぐそばにいるのに気づかずに
会話をしていたのですが、
指原莉乃さんがショックを受けたのは
ここではありませんでした。

彼女を本当に傷つけたのは
この会話のつづきでした。

『こんな娘でも一位になれるんだったら、
 私もAKBに入って楽したいな~』


世の中には、
血のにじむような努力している人は
たくさんいます。

それでも報われないことのほうが多いのも
現実です。

私も公務員のころ、
目の前の仕事に
まじめに一生懸命取り組んできました。

その結果は裁判所も認めてくれました。

しかし、それでも
努力が報われるとは限らない世の中、
同期と比べて昇進が遅れてしまうのは
仕方がありません。

私が許せなかったのは、
こうした仕事ぶりをきちんと見ず、
まるで私が不祥事をしでかしたかのような
異動をさせたことです。

この理由を知るべく、
当時の人事課長の証人申請をしたのですが、
裁判所から認められませんでした。

多分、時流に乗って、
同期同列の昇進を崩すべく、
一番説明がつきそうな私を
人身御供にしたのでしょう。

証人申請が認められなかった以上、
こう推測するしかありません。




Tag:
| TrackBack:0
東京高等裁判所に法廷室の入口には、
その日に行われる十件ほどの裁判の
スケジュール表が貼り出されていた。


退職前、父親の介護を理由に
在京勤務の希望を叶えてもらっていたところ、
父親の死亡後、
同期より昇任が後れるのは仕方がないとしても、
自身が12~13年前に経験したポストに
逆戻りさせるような異動は前例がなく
あまりにひどい、ということで
昨年の2月、東京地方裁判に訴えていた。

そして今年1月下旬、
敗訴判決を受けたので控訴していたのだが、
この前の5月下旬、
東京高等裁判所で初の裁判があった。


法廷室前のスケジュール表を見たとたん、
「あっ、これはだめだ」
と思った。

私の裁判は、
その日の裁判の最後から二番目だったのだが、
私の裁判と同時刻に別の裁判が最後に入っていた。
これは、私の裁判が一瞬にして終わる
ことを意味していた。

国は、
私が同期と比べて昇進が遅れたことに対し
不満をいっているにすぎないと主張していたこと、
そして、地方裁判所が判決で
証拠が足りないといっていたことから、
当時の人事課長を証人として申請していたのだが、
これは裁判所に認められないであろうことが
一見して分かった。

と同時に、
高等裁判所では実質的な審理は行われないことも
一瞬にして分かった。

案の定、
実際、裁判が行われると、
裁判所が
私の証人申請を認めないということを述べた後、
私も国も新たな主張がないことを確認すると、
裁判は1分ほどで終わった。
しかも、判決は3週間後に出るという。

地方裁判所では半年かけて審議をして、
裁判が終わってからも判決が出るまで
三ヶ月もかかったことを考えると、
高等裁判所で判決がひっくり返る可能性は
まずないといっていい。

審理を地方裁判所でやり直せ
という判決も考えられないではないが…


私は仕事で一定の実績を上げたことを
客観的な証拠を出して示し、
地方裁判所も、
この点については認めてくれた。

しかも、国は、地方裁判所の裁判で
私の問題となった異動と
在京勤務の希望を叶えてやったこととは
関係ないと主張していた。

そうすると、ますます
12~13年前に経験したポストに逆戻り
という前例のない異動の理由が分からなくなる。

にもかかわらず、
証人申請は認められなかった。

これで、地方裁判所と同様、
国の主張をそのままコピーしたかのような
木で鼻を括るような判決を
高等裁判所も出すようなら、
民事訴訟法312条2項6号で
最高裁判所に上告するか…

それでも却下される可能性は高いが、
このままでは、国税職員が
介護や子育てを理由に
しかも本人への事前説明なしに
12~13年前のポストに逆戻り
なんていう異動が横行してしまう。



Tag:
| TrackBack:0
最近、消費税増税を前にして、
買っておくべき商品は何か、
あわてて買う必要のない商品は何か、
といったことを紹介する内容の番組が多い。

私は、増税前に人間ドックを受けてきた。
私の場合、退職してしまったので、
補助がおりないこともあり、数万円もかかる。
だから、4月以降に受けた場合と比べ
千円以上も違ってくるのである。


そして、人間ドックを受けた後、
東京地裁に寄った。

本人訴訟の一審で敗訴したので、
控訴状を提出したお話しは
1月28日付や2月18日付のブログで紹介したが、
先日は、
控訴した理由を書いた書面を提出するため、
東京地裁を訪れたのである。

控訴状を提出してから50日以内に
控訴した理由も
書面で提出しないといけないのである。

繰り返しになってしまうが、
私が勤務していたとき、
父親の介護の関係で10年に渡り、
在京勤務を適えてもらっていたので、
その必要がなくなったとき、
同期と比べ出世が遅れることは
覚悟していた。

しかし、自身が13年前に経験したポスト
14年後輩と同じポストに就けられたのだが、
それは、事前説明もなく
余りにひどいのではないかということ、
そして、
他の職員が
育児や介護を理由に人事希望を出したときに、
その見返りに、何の事前説明もなく、
私のような目に合わないようにするためにも、
訴訟を起こしたのである。

しかし、国は、裁判の中で、
私の問題となった人事は、
父親の介護の関係で
在京勤務を適えてやったこととは
無関係だと主張した。

しかも、第一審の裁判所は、
私の請求は棄却したものの、
私が一定の実績を上げてきたことだけは
認めてくれた。

そうすると、私が、
13年前に自身が経験したポスト、
14年後輩と同じポストに就けられた
この理由がまったく分からなくなる。

それなのに、第一審の裁判所は、
私の主張・反論にはまったく言及せず、
国の主張をコピペした判決を出した。

だから、控訴した。
ということを書面に書いて出した。

ただ、判決の中で、
ごもっともと思った点が一つだけ。
それは、証拠が不十分だということ。

しかし、証拠は国にしかなく、
私がもっているはずもない。

そこで、一番手っ取り早い方法が
当時の人事課長を証人として
公開の法廷に引っぱり出すこと。

そこで、私は、同時に
いわゆる証人申請もしてきた。

ただ、証人としてよぶかどうかは、
裁判所が決めることなので、
どうなるかは分からない。


私の友人のなかには、
控訴をすることで
かなりの負担になるのではないかと、
心配してくださる方もいる。

しかし、私は、
将棋を指すかのような感覚で、
案外、楽しんでいますので、
ご心配なく。



Tag:
| TrackBack:0
先日、確定申告をするため
税務署を訪れたのだが、
そこで、ちょっとだけイラッとすることがあった。

あまり、元職場のことを悪くいいたくないのだが、
(ただ、税務署の勤務経験はありません。)
外部の人からの視点も大切だと思い、
あえて紹介することとしたい。

私は、確定申告書を提出するためだけの
専用の列に並ぼうとしたのだが、
えらく長い列ができていた。

しばらくすると、
列が長くなっている理由が分かってきた。

混雑しているにもかかわらず、
職員一人で対応していたからだ
というのはすぐに分かった。

ただ、申告書提出用の列のはずなのに、
並んでいた納税者のみなさんは、
記載内容について、
いろいろとその職員に尋ねていたのである。
しかも、
対応していたその職員の方は親切な方みたいで、
そうした質問にも丁寧に対応していたのである。

しかし、なかには、まったく記載せずに
イチから聞こうとした納税者もおり、
さすがに、その場合は、
別の然るべき場所を案内していたが。


こんな状況だと、
誰か他の職員が応援にこい、
と思うのが人情。

しかも、私の神経を逆なでにしたのは、
白髪の職員証をぶら下げた年配の方が、
後ろに手をくみながら、
うろうろしているだけで、
まったく応援しようとしなかったことである。

事情の分かる私でさえ、
その様子を見てイラッとしたくらいだから、
長い行列に並んでいた他の方々は
どう思っていたことか…


ようやく、次が私の番。

と、いうところで、
近くの別室で、特定の納税者の相談にのっていた職員が、
相談が終わったらしく、
その部屋から出てくると、長い行例に気がつき、
あわてて、すぐに
申告書受付の対応をしてくださった。


数年前は、
税務署でアンケートを取らされたことがあったが、
今回のようにイラッとして
アンケートに怒りをぶつけたいときに限って、
アンケートが行われていない。


10年ほど前から、
納税者サービスということがうたわれはじめ、
職員の方々の対応も本当に良くなったのだが、
納税者の視点からすると、
まだまだ、改善の余地はありそうである。


Tag:
| TrackBack:0

先月28日のブログでお話ししたとおり、
本人訴訟の第一審で敗訴したので、
先日、控訴するため、
東京地方裁判所に行った。

控訴なのに、なぜ、
高等裁判所ではなく、地方裁判所なのかは、
後ほど説明させていただきたい。
(ただ、地裁も高裁も同じ建物にある。)


さて、裁判所に行く前に、
東京江東区の東陽町という所にある
運転免許試験所に寄った。
免許の更新のためである。

最近、さらに眼が悪くなったので、
視力検査でひっかかるかと思ったが、
検査の際、カンで返事してみたら、
連ちゃんで当たったらしく、見事クリア。

更新された免許の写真を見て、
がく然。
自分の顔がお年寄りになっていた。


江東区の自宅から同区の東陽町、
そして、裁判所がある日比谷方面に行くのに、
交通の便がえらく悪いので、
自転車で移動した。

自転車で約30分、裁判所に着くと、
すぐに控訴状を提出できた。

およそ一年前、
最初に訴状を提出したときは、
午後だったのだが、一時間以上もかかった。
(昨年3月2日付のブログご参照)

が、午前中はびっくりするくらい
すいている。

職員どうしのおしゃべりを聞いていると、
普段からこんなかんじのようである。


控訴状を提出する際、
職員の方に本人訴訟である旨告げると、
いろいろなことを
えらく親切丁寧に説明してくれた。

私は、東京地裁の刑事部で
調査官という仕事をしていたこともあるので、
控訴は高裁ではなく地裁に提出するということだけは
知っていたのだが、
その理由が、この職員の説明のおかげで
はっきりわかった。


なんかすごい理屈があるわけではなく、
要は、事務作業を効率よくするためである。

地裁で敗訴したとしても、
みんなが控訴するわけではないので、
裁判が終わっても、
提出された訴状や証拠など
関連書類はとりあえず地裁にある。

そして、控訴状が提出されて初めて、
地裁にある関連書類も控訴状といっしょに
高裁に送られるからみたいだ。

たしかに、控訴状を高裁に提出し、
担当となった高裁の部署が、地裁に対して、
書類をよこせ、と命ずる方法も考えられるが、
訴状も含めたすべての書類は
常に一か所にあったほうが効率がいいみたいだ。


裁判所を出て、自宅近くまで戻り、
近所のスーパーでお買い物。

数か月まえ、
レジ袋が有料化されたばかりだったのだが、
最近、売上が落ちたためか、
また、無料に戻っていた。

私は、有料化以降、買った商品を
自転車で運ぶようにしていたのだが、
消費者は厳しいようである。

環境保護が営利主義に負けた、
そう感じた。



Tag:
| TrackBack:0
制度上の違いを述べるわけではない。

おもしろさの違いである。

先日、国会が始まり、本会議で、
安倍首相の所信表明演説と、
各党・会派の代表質問があったが、
つまらなかった。

一部の議員が居眠りを始めるのも、
分からないわけではない。

演説も質問も答弁も、
用意された原稿を
一字一句違わずに読むことに一生懸命だから、
迫力がまるでない。

例え、表面上の語気が強くても。

内容も、
ワイドショーで取り上げられている程度のもので
陳腐。

また、
自分と同じ党や会派の人が
質問や答弁をしているときに、
みんなで一斉に拍手しているのは、
北朝鮮みたいで、
不気味だ。


他方、
昨日も衆議院予算委員会があったが、
こちらの方は、まだおもしろい。

一応、
質問や答弁は前もって用意されているものの、
原稿はあまり見ず、
なるべく自分の言葉で喋ろうとしている。

質問するほうは、
自分の聞きたいことを
独自の調査に基づき質問しているので、
迫力がある。

内容も、
マスコミが忘れ去ったようなものもあり、
多様だ。

答弁する安倍首相も、
感情的になることもある。

特に、予算員会は、
TV中継があるからかもしれないが、
私が7~8年前に
衆議院調査局に勤めていたときに見た
TV中継のない財務金融委員会も
結構、おもしろかった。

一昔前の委員会は、
大臣や国会議員ではなく、
役人が代わりに答弁していて、
しかも用意された原稿を読んでいただけだったので、
くそつまらなかった。

それが、国会活性化の一環として、
なるべく大臣や国会議員が答弁するようになってからは、
委員会質疑の様子が変わったのだと思う。



Tag:
| TrackBack:0
私が、在職中の自身の人事異動のことで、
本人訴訟をしていることは、
このブログで何度もお話ししたが、
その判決が昨日あった。

結論からいうと敗訴である。

実は、敗訴するだろうなということは、
裁判官の言動などから
ある程度予想はできていた。

だからこそ、
私の主張が認められないにしても、
裁判所がどう判断してくれるのかが
楽しみ(?)だった。

が、である。
私の主張・反論に対し何ら判断を示さない、
被告である国の主張をそのままコピペした
そんな判決であった。

思考停止した判決。
あまりにお粗末。

このままでは、
少なくとも、国税の職場では、
子育てや介護を理由として
人事上便宜を図ってもらう代わりに、
その間の働きぶりが、
まったく評価されなくなってしまう。

しかも、事前説明なしに。

これでは、
育児休暇制度や介護休暇制度の意味が
なくなってしまう。


さらに、その働きぶりについては、
被告である国(国税)は、
人事評価とはまったく関係ないと、
裁判所に提出した文書ではっきり示した。

では、いったい、
何を基準に人事を決めているというのだろうか?

明らかに国家公務員法違反である。

裁判所は、私の働きぶりについては、
判決で認めてくれたものの、
人事評価との関係については、
何ら判断を示していない。

私は、判決で、
納得いく説明がなされていれば、
控訴するつもりはなかった。

しかし、
原告の主張をコピペしたような判決である以上、
控訴しないわけにはいかない。

しかも、判決は、
私を異動させた動機については、
証拠が不十分といっている。

たしかに、人の内心については、
外形的事実から合理的に推認するしかない。
だからこそ、私は、
その事実を主張したつもりだったのだが、
裁判所には認めてもらえなかった。

これは、もう、控訴審で、
当時の人事課長に証人として出頭してもらい、
裁判で直接聞くしかない。

判決が証拠不十分といっているのだから、
仕方がない。


何か、楽しみになってきた。



Tag:
| TrackBack:0
この前のブログで、
元職場(退職者用)の名簿に
私の名前がない旨申し上げたが、
本日、ある現職の職員の方から、
単純ミスである旨の連絡があった。

私の名前が載っていなかったことに、
特に深い意味はなかったようで、
このブログを読んでくださった皆さま方には、
大変お騒がせしてしまい、
本当に申し訳ありませんでした。


もっとも、介護の関係で
在京勤務の希望を叶えてもらった代償として、
13年~14年分の事実上の降格は、
余りにもひど過ぎるのではないか、
という訴えは続けることに変わりはない。


女性に対する差別については、
さすがに、女性というそれだけの理由、
つまり、本人が力の及ばない
性別を理由とした差別は、
改善の方向にあるようにも見える。

もっとも、女性の場合、
出産・育児などによって
物理的に職場に貢献する量(年数)が、
男性と比べると少ないため、
登用面で冷遇されるという例はまだ多いようだ。

しかし、物理的な職場への貢献度(年数)、
こうした機械的な理由だけで、
男性と差別してはならない、
そうした人間ならではの視点というか、
理性という点から、
職場における女性の処遇というものが
もっと見直されるべきだと思う。

たしかに、出産・育児というのは、
本人が選択できるという点では、
性別や人種などとは異なる。

しかし、職場での処遇を理由に、
出産や育児を控えるようになったら、
それこそ本末転倒といえる。

それに、
出産だけは男性が代わることはできないものの、
育児や家事は、共働きであれば、
男性も分担すべきだという考えも
広がり始めてはいる。

だからこそ、
育児休暇制度というものができたのであり、
それなのに、育児休暇を取ったら、
その代わり処遇は望めないというのであれば、
それこそ、育児休暇制度の精神にもとる。

しかし、残念ながら、
同期同列はなくしたいものの、
業績では測りがたいため、
代わりの人身御供探しという安易な方法に走り、
そうした人事方針をとっている役所は多い。

しかも、そうした方針を
職員に積極的に公開していないから、
よけいに厄介である。


以上と全く同じことは、介護にもいえる。

特に、介護休暇制度がある今日、
介護を理由に冷遇するようなことは、
たまたま介護を要する境遇にあったか否か、
そういう境遇にあっても、
介護を他に押し付けることができたか否か、
そんな理由で差別するようなもので、
絶対に許されない。

そうした当然のことを
私は、訴えかけたかっただけである。

女性蔑視とされる
女性への差別がなくなる代わりに、
育児・介護を軽視する
育児・介護者への差別が生まれないように。




Tag:
| TrackBack:0
そろそろ年賀状を書こうと思い、
退職した職場の名簿を入手した。

が、なんと、
その名簿には私の名前がなかった。

名簿は、現職版と退職版と二種類あり、
昨年まではもちろん現職版に載っていた。
今年は退職版に載っていると思っていたのだが…

こんなことは、この名簿史上、初めてある。
おそらく。

退職版の名簿といっても、現職版と合わせ、
事務的な取りまとめは現職が行っている。

この事務作業の中で
私の名前が欠落をしていることは、
気がついていたはずである。

なぜなら、
誤字脱字を見つけることを仕事としている彼らが、
名前自体が欠落していることに
気がつかないはずはない。
だから、今までも、
他の方で、名前自体が載らなかった
ということはなかった。

おそらく、気がついていたはずだが、
『まー、いいや。』
と思ったのであろう。


役人は、自分より上だと思った人には、
異常なくらい気を遣う。

在職中、役人の世界は、
やくざの世界かと思ったことがある。

幹部(患部?)が黒塗りの車で会場に乗り付けると、
若い衆が丁寧にお辞儀をして、
さっと走って、エレベーターのボタンを押す。
私も、若いときにやらされた。

そのくせ、自分にとって得にならない人には、
ないがしろにする傾向ある。


私が、元職場の方々にFBの友達申請をした際、
あまりに多くの人から拒否られ、
そのペナルティーとして、しばらく、
自分が友達リクエストできなくなったことは、
6月29日付のブログで述べた。

彼らは、やはり人事ににらまれるのが
嫌だったのであろう。

国(人事)とケンカしている私と
(本人訴訟のことです)
FB上の友達になったくらいで、
人事上不利に扱われたら、たまったもんじゃない
とでも思ったのであろう。

やはり、昔の仲間より、
自分より立場が強いもの(人事)に
なびく気持ち、
あたかも、植民地時代のインドで、
ガンジーにつくより、
イギリスについたインド人のような気持ち、
つまり、自分の身がかわいくなる気持ちは、
自分もそうだから分かる。

逆に、元職場の仲間で、
FB上の友達のままでいてくれている方々には、
本当に感謝の気持ちでいっぱいである。


それにしても、
名簿から自分の名前がなかったのは、
自分の存在自体が
元職場から否定されたようで、
正直、つらい。

それでも、
訴えは取り下げないけどね。



Tag:
| TrackBack:0
先日、NHKで『うつ病』についての番組が
放送されていた。

その番組によると、
うつ病の原因は、以下のとおりらしい。

脳のもっとも古い部分にある偏桃体というのが、
ストレスを感じると活動し、
ストレスホルモンが分泌され緊張状態になる。

ただ、こうしたストレス状態がずっと続くと、
たとえ、そうした環境から抜け出しても
ホルモンの分泌が止まらず、脳が委縮してしまう。

その結果、意欲や行動の低下、
恐怖・不安・悲しみといった感情が生じるらしい。

偏桃体というのは、数億年前、
脊椎動物(魚類)が神経を集中させる器官、
つまり、脳をもったときに、
天敵から身を守るためにできた組織らしい。

そして、チンパンジーといった霊長類が
社会を形成し始めると、孤独を感じるようになり、
原始人の段階になると、
ストレス状態を記憶できてしまうようになった。

さらに、人類が言語をもったときには、
実体験をしなくとも、他人から話を聞くことで、
ストレス状態を疑似体験できるようになってしまった。

このように、魚でも『うつ病』になるのだが、
生物の進化とともに『うつ病』発症のリスクが高まった、
ということらしい。

現代はストレス社会といわれているが、
特に、不公平に扱われていると感じると、
偏桃体が活動し、
ストレスホルモンも分泌されやすくなるらしい。

だから、自己裁量の範囲が広い
医師や弁護士といった専門職、
あるいは、社会的立場の強い人は、
『うつ病』にかかることが比較的少なく、
他方、自己裁量の少ない職種、
あるいは、社会的立場の弱い人は、
『うつ病』にかかりやすいらしい。


そこで、大企業に勤める方やキャリア官僚の方が、
出向先やノンキャリアの部下に対し注意をする際は、
是非、気をつけていただきたい。

同じ採用者どうしの出世争いは実力によるのだろうが、
それ以外の場合は、
仕事で何か成果を収めたから上司の立場にあるのではなく、
単に、採用形態の違いによって、
そうした強い立場にあるにすきないからである。


部下を怒鳴り散らすことで、
自分のストレスは発散できるのかもしれないが、
ただでさえ不公平感を感じている部下の場合、
ますます強いストレスを受け、
『うつ病』になる可能性も高まるからだ。

教師と生徒との間、
政治家と秘書・職員との間も、
似たようなことがいえるのかもしれない。


外国かぶれと言われるかもしれないが、
私が25年近く勤めていた間、
『うつ病』まで意識しなくとも、
部下のことを思って注意できた上司は、
日本の行政の職場には少なく、
OECD(経済協力開発機構)時代の上司が
一番意識されていたと思う。

もしかしたら、彼女ら彼らは、
管理者としての教育を受けてきたのかもしれない。

日本の行政の職場の場合、
自分のストレスがたまったから叱る上司、
部下の行動を逐一把握しなければ自分の気がすまない上司、
そして、部下の主観的・生理的事情まで
自分で判断できると勘違いした上司、
そんな上司のほうが多かったような気がする。

すみません。
また、愚痴を言ってしまいました。



Tag:
| TrackBack:0
先日、本人訴訟のため、
東京地方裁判所に行ってきた。

今までの数か月間、
弁論準備手続きという、
裁判官、原告の私、被告の国とだけで、
争点や証拠などについて話し合う
打ち合せのようなことを
密室の場で行ってきた。

先月、この弁論準備手続きというのが終わった
(9/27付のブログご参照)のだが、
このまま判決というわけにはいかない。

裁判というのは、
審判が公平に行われているか、
誰でもみられるよう、公開が原則である。
憲法82条にも規定されている。

(これに関連して、
 口頭主義や直接主義の要請
 といったオタク的な理由もあるのだが、
 そこは、割愛する。)

だから、弁論準備手続きのまま判決をしてしまうと、
公開の原則に反することになってしまう。

そこで、いったん、
弁論準備手続きでどのような話し合いが行われたのか、
公開の法廷で陳述して明らかにする必要がある。

そのための裁判が、先日、
数か月ぶりに、
公開の法廷で行われたということである。

ただ、弁論準備手続きの結果陳述というのは建前で、
実際は、裁判長の
『弁論準備手続の結果を陳述します』
(といったような言葉だったと思います。
 すみません。正確には覚えていません。)
という一言で終わった。

裁判の内容にもよるが、
効率性や実効性といったことから、
いちいち陳述していられないということである。

実際、その日も、傍聴席には、
国税庁の職員と思われる人が一人だけしかいなかった。


そして、
判決の期日は来年の1月下旬、
ということを言い渡されて、閉廷した。



Tag:
| TrackBack:0
昨日のブログで、
本来、政府与党や衆院の暴走を止める
衆参のねじれが悪者扱いをされるのは、
ねじれ自体に問題があるのではなく、
むしろ、政治家の妥協する能力の欠如にある
ということを述べた。

しかし、妥協する力を身に着けるのは難しい。

気の合った者どうししだけが付き合う環境、
また、力関係がはっきりしている環境では、
妥協する力は、身につきづらいといわれている。
例えば、学生には難しいといわれている。

逆に、
反対意見の持ち主と妥協せざるを得ない状況で
妥協する力は身につくといわれている。
想像するに、夫婦の間では妥協の連続であろうから、
独身の私は、既婚者と比べ、
妥協する力は劣っているのかもしれない。


今の政治や役人の世界では、
比較的力関係がはっきりしているから、
力のある者は、妥協をする必要がない。

だから、
日本の政治家や役人は、国内では威張れるので、
妥協する力がなくても、どうにかやっていける。

しかし、
自分が上位になれない外交となると、
めっきり弱くなってしまう。

衆参のねじれも克服できない。


力関係という点で、自らの経験をいえば、
OECD(経済協力開発機構)や裁判所、
衆議院の調査局など
国際機関、司法、立法の職場では、
職制という理由もあったが、
上の方でも、
比較的自分の意見を聞いてくださった。
だから、働きがいがあった。

逆に、
国税庁や旧大蔵省といった行政の職場では、
上の人に自分の意見を聞いてもらった記憶がない。
とにかく上は、聞く耳をもっていなかった。
途中であきらめて、
自ら意見を言わなくなったというものある。

だから、
働きがいを見出せなくなった。


すみません。
最後のは愚痴です。



Tag:
| TrackBack:0
朝7時前に起きて、テレビをつけると、
東京の天気予報は、
台風が近づいているにもかかわらず、
曇りのち晴れ。

しかし、空を見上げると、
どう素人目に見ても雨が降り出しそう。

案の定、雨が激しく降り出した。

今日は、
本人訴訟の弁論準備手続きの日。
東京地方裁判所に出かけるべく、
身支度をする。

自宅を出る直前の朝9時半ごろのテレビ画面、
左上に、しれっと、
“雨のち晴れ”のマーク。


全身緑色の山の手線に乗りこみ、
車内の扉の上にある画面にあった天気予報、
外ではガンガンに雨が降っているのに、
午前中の天気は、曇りマーク。
早朝に発表された予報のままだったのだろう。


有楽町駅を降りて、
日比谷公園を通る。
公園入口付近の派出所のお巡りさん、
雨の中、半透明のカッパを着て
ゴミ拾い。

こんなこともしてくれているんだ。


裁判所に近づくと
雨は止んでいた。

裁判所に入るときは、
いつも正面入り口からではなく、
裏のほうの駐車場口から入る。

私は、何のバッチもつけてないのに、
いつも守衛さんが私に向かって、
直立不動で敬礼をしてくれる。
私も、ペコリと頭を下げる。

今日は、私にお尻を向けたままだった。
私も、さすがに、お尻に向かって
ペコリと頭は下げなかった。


裁判所の建物の中に入るときは、
金属探知機を通る。
いつもベルトのせいで鳴る。

今日も、鳴った。


そして、いよいよ
弁論準備手続きが始まる。



Tag:
| TrackBack:0
本日のブログも、本人訴訟のつづき。

この本人訴訟、
今人気沸騰中のTBSドラマ
『半沢直樹』に類似する点もある。
かなりこじつけではあるが…

まず、問題となった私の異動先が、
片岡愛之助さんが演じていた
大阪国税局の統括官であったという点である。
ドラマのほうは査察部で、
私のほうは調査部という違いはあるが。
なお、私の同期や数年後輩は、
すでに部長に昇進している。

そして、本人訴訟を起こした動機の一つとして、
あの超有名なセリフも実は関係している。

先日、私は、
国が証拠提出を拒んでいると書いたが、
その理由として、
この問題を人事課だけで内々に処理したい、
きっと、そういうのもあるんだと思うんです。
つまり、国税不服審判所や他部課まで巻き込んで
大ごとにしたくないと…

でも、私がそうはさせません。
先のブログにも書いたように、
民事訴訟法に基づいて、
証拠はきっちり提出してもらいます。


また、私が、国家公務法違反の具体例として
比例原則違反も執拗に主張し、
かつ、介護の実態を知ってもらうべく、
自分の本の該当ページのコピーを証拠として提出したら、
国は、その前提を崩しにかかったつもりなのだろう、
ついに、
私が同期のように昇進しなかったことと、
父の介護の関係で在京勤務を希望していたこととは
関係ないと主張し始めた。

私を事実上降格させた唯一考えられる理由を
自ら否定してくれるとは。
まさに、こちらの思うツボ。


こうした私の証拠提出要請やかけひきが、
まさに
“やられたら、やり返す。倍返しだ!“
です。

本当は、人事課をはじめ今の関係各課には、
既に当時とはメンバーが変わっているので
迷惑をかけたくない。
しかし、組織を相手にしている以上、仕方がない。

それに、当時の人事課はもちろん、
当時のある幹部らにも責任の一端はある。

私も、なにも、いきなり訴えに及んだというのではない。
まずは、人事課から話を聞きたかったのだが、
もちろん相手にしてくれない。
そこで、ある代議士にお願いして、
当時のとある幹部に話を入れていただいた。

そして、当時その幹部は、
他の幹部に
私の話を聞くように伝えておくと
その代議士には返答したらしい。

しかし、その代議士の依頼さへも無視されたのだから、
法的手段に出るしかなかったのである。


最後に、ドラマと大きく異なる点。
それは、上戸彩さんのように、
支えてくれる伴侶がいないこと。

すみません、
最後はちょっと弱音をはきました。



Tag:
| TrackBack:0
本日は、本人訴訟の話のつづきですが、
ちょっと、専門的な話になること
ご了承ください。


私は、退職してしまったので、
国家賠償請求という形で訴えた。
具体的には、国家公務員法違反を主張している。

私は、問題となった異動があったとき、
東京国税不服審判所というところにいた。

税金事件は、裁判所に訴える前に、原則として、
不服審判所に審査してもらうことが必要。

私は、そこで審判官として
税金事件を審査していたのだが、
他の審判官より数多くの事件をこなし、
しかも、半世紀以上も厚生労働省内で
局ごとにまちまちだった登録免許税の解釈を統一させるなど
内容的にも濃い審査をしてきた。

審判官になる前の年も、
国税庁の国際業務課と税務大学校というところで、
国際支援に携わり、
夜の11時すぎまで働いていた。

夜遅くまで働けばいいということでもないが、
こうした私の実績を踏まえて評価してほしかったのだが、
きちんと評価しなかったのは国家公務員法違反だ
ということを主張しているわけである。

それだけではなく、私は、
先ほど述べた私の実績を客観的に示す資料を
証拠として提出するよう、
国に対し、民事訴訟法に基づいて求めていた。

ところが、国は、
国税庁長官には人事裁量権があるのだから、
私の実績を考慮する必要はないと言い張り、
資料の提出を拒んでいる。

しかし、私は、その裁量権の存在を前提に、
裁量の逸脱・濫用を主張しているのだが、
国は、このことを全く理解できていない。

つまり、国は、資料の提出を拒むことで、
“人事裁量は国家公務員法の範囲内でしか行使できないなんてこと、
 知りませ~ん“
そんなことを自ら暴露してしまっているようなものだ。

それに、詳細は割愛するが、
立証責任というのも理解できていないようだ。

もちろん、法務局のほうでは
裁量のことも立証責任のことも
きちんと理解できているのだろうが、
きっと、その後ろにいる
真の当事者が理解できていないのだろう。


証拠提出については、
裁判所も、
スムーズな裁判の進行という点から、
なるべく任意で提出するよう
国に求めてくれた。

国のほうが、
“これは言われたとおり提出しないと
 裁判所から提出命令が下される“
ということを感じ取ってくれるといいんだが…


ところで、このブログタイトルに
『“半沢直樹”もどき』とあるけど、
どういうこと?
と思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、
どう関係するかのお話しは後日。



Tag:
| TrackBack:0
イチロー4千本安打達成のニュースが
全国をかけめぐっていたころ、
私は、東京地方裁判所にいた。

現在、本人訴訟をしていることは、
このブログでも、何回も紹介させていただいた。

もう、読み飽きた、
という方も多いとは思うが、
事情を説明させていただくと、
次のようなことである。

実は、母が亡くなった十年ほど前から、
父の介護を理由に在京勤務を適えてもらっていたのだが、
一昨年末に父も亡くなった後の人事異動で、
自身が13年前に経験したのと同等のポスト、
そして、14年後輩が就いたのと同等のポストに
事実上降格されてしまったのである。

もちろん、在京勤務を適えてもらったことの代償として、
同期より出世が遅れることは覚悟していたが、
14年後輩と並ばせるのは極端にすぎるだろうし、
それに、他の職員から、
私が何かトラブルを起こしたとか、
心身の故障があったとか、
勘違いされるだろうし、実際に勘違いされた、
ということで裁判に訴えたのである。


あと、きれいごとになってしまうが、
私と似たような境遇の職員は、
高齢化、晩婚化・非婚化が進むことで、
きっと、今後も増えるだろうから、
介護や育児を理由に、
人事上、不利に扱ってほしくないし、
少なくとも事前説明があって然るべきである、
そういった思いで訴えたのも事実である。

もちろん、弁護士に依頼する金銭的余裕はないので、
国を相手に、すべて自分一人で立ち向かっている。


そして、本日は、正式の裁判ではなく、
弁論準備手続きという
裁判所と原告である私と、そして被告である国
(実際は法務局の訟務官等で、今日は7人いた)
との間の打ち合せみたいなものに出てきた。
今のところ、正式な裁判は最初の1回だけで、
こうした打ち合せは、本日で2回目である。


打ち合せのため、担当の民事部の前で待機していると、
見たことのある女性が前を通った。
何と、4~5年前、
私が東京地裁刑事部で調査官として勤めていたとき、
お世話になった職員の方だった。

偶然の、そして久しぶりの再会である。
彼女は、私の事件の担当部の隣の部に
異動していたのである。

彼女は、私が衆院選に立候補していたことは
知っていたようだが、
本人訴訟をしていたことは知らなかったようで、
ビックリしていた。

彼女が担当部の職員でなくて本当に良かった。


『猪野さんは、今、
 どうやって暮らしているんですか?』

「今、印税生活を送っているんで、
 是非、私の本、買ってくださいよ。」


そんな話で盛り上がっていると、
その隣の部の担当書記官の方が
打ち合せの時間がきたと知らせにきてくれた。


長くなりそうなので、
つづきは、また後日。

なお、過去の裁判のようすなどに興味をもたれた方は、
私の4月と6月のブログをご参照ください。



Tag:
| TrackBack:0
本日は、今月12日にご紹介した
江東区の行政評価制度
(行政がある政策目標を立て、
 その目標を達成すべく政策を実施し、
 そして、目標どおりにいったか、
 施策者たる行政自身が分析するとともに、
 外部の人のチェックも入り、
 その結果を次の施策に活かしていくという制度)について、
国税庁、もしくは国の場合と異なる点をお示ししたい。

まず、行政の実施状況を評価する
第三者、つまり“外部の人”が異なる。

国の場合は、全員、いわゆる有識者で公募はされない。
世間でも知れた方が多い。
例えば、
私が国税庁で実績評価の仕事に携わっていたときの委員長は、
現日本郵政社長の西室泰三氏であった。

江東区の場合は、
学識・経験者の二名の方と
公募で選ばれた方二名とで構成されている。


そして、もう一つ大きく異なるのが、
行政評価をまとめる専門部署の有無である。
江東区には、評価制度の専門部署はないようである。
だから、評価委員の質問には、
質問の対象となる担当部署の職員の方が直接答える。

一方、国税庁もしくは国の行政機関には専門部署がある。
そして、評価委員会で質問に答えるのは、国税庁長官。
区に当てはめると、区長である。
各担当部署が委員会の舞台に現れることはない。

だから、国税庁時代、私がいた専門部署では、
各担当部署から事前にヒアリングを行って、
想定問答なるものを作る。
そして、国税庁長官にご説明をして、
委員会に臨んでいたのである。

他方、江東区では、
想定問答なるものをつくっていたようには
見受けられなかった。

なぜ、そんなことが分かったのか?
ということも含め、次回は、
もう少し具体的に、
江東区の評価委員会の様子をご紹介したい。



Tag:
| TrackBack:0
行政評価制度
耳慣れない言葉、という方もいらっしゃるかもしれない。

行政がある政策目標を立て、
その目標を達成すべく政策を実施し、
そして、目標どおりにいったか、
目標どおりにいかなかった場合、その原因は何か、
施策者たる行政自身が分析するとともに、
外部の人のチェックも入り、
その結果を次の施策に活かしていくという制度である。

この制度は、欧米諸国で既に実施されていたものを、
わが国も十年ほど前から導入したものである。

私もかつて、
国税庁の実行計画の実施状況を評価する
という仕事に携わっていた。

私の地元、江東区でも、同様のことが行われている。

先ほど、外部の人のチェックが入ると申し上げたが、
その“外部の人”が、5月に公募されていた。

私も、国税庁での経験を活かすべく、
そして、先日のブログで述べた
有権者と政治家との双方向のコミュニケーションがとれた政治、
というのに通じるところがあるので、応募してみた。

が、選からもれてしまった。
その理由は明らかにされなかった。


そして、今月に入り、
その“外部の人のチェック”
正式には『外部評価委員会』が始まった。
延べ、10回程度、区役所で行われるのだが、
江東区(だけではないかもしれないが)では、
その委員会の様子が傍聴できる。

国税庁の場合とどう違うのか、
江東区が、私よりも施策を“チェック”するにふさわしい
と判断した方はどういう方なのか、そして、
一有権者として、地元の江東区の政治を知るべく、
傍聴してみた。

後日、その様子をこのブログで紹介してみたい。



Tag:
| TrackBack:0
本日も、本人訴訟のお話しの続き。

私は、訴状で、
人事裁量の逸脱・濫用を主張していた。

比例原則違反、平等原則違反、
国家公務員法違反、不正の動機
私が他の職員より
客観的に質・量に勝る実績を残してきた
という事実を考慮せず、
父の介護を理由とする在京勤務という
過大に考慮してはならないことを
過大に考慮したこと等…
教科書に書いてある裁量の逸脱・濫用の要素が
すべてうまく説明できる。

それなのに、国税庁は、一生懸命、
人事に裁量権があると反論している。
ここは、私が前提として認めている点なのに…
これは、国会答弁よくある論点ハズシ。
裁判でも通じていると思っているのか…


次に、人事院の反論。
こちは、お粗末。

私は、国家公務員法上、
審査請求をした私に事情を聴いたりしなければいけなかったのに、
いきなり、選挙で敗北した翌日に却下裁決の通知を送りつけたのは、
違法じゃん、という主張をしていた。

これに対し、人事院は、
国家公務員法上、
事情を聴いたりする必要がない場合があるとの規定があり、
本件は、これに該当するという反論。

もちろん、法律の文言だからあいまいなのだが、
人事院は四半世紀前に書かれた本を根拠に
本件が事情を聴取する必要がない場合に該当する
と反論してきた。

しかし、その本にあるのは
あくまで事例を挙げたものにすぎず、
文書化された規範でも何でもない。
しかも、その書籍は、
四半世紀前の事情しか反映していない。

人事院は、
私が審査請求をしてから約140日間、
事情聴取を怠りほったらかしにしておいて、
私が選挙に出たのが分かるやいなや、
あわてて却下裁決したというのが露骨に分かる。

だから、人事院は訴訟を提起されて、
あわてて四半世紀前に書かれた本を引っ張りだしてきた
というのが準備書面を看ただけでも取れる。


それより、ちょっと深刻なのが、
裁判官の反応のほうだ。
私は、裁判所にも勤めていたことがあるので、
(2/4付のブログご参照)
裁判官のお言葉で、だいたい内心が分かる。

どうやら、介護という理由が軽視されている節がある。
裁判長は、
昇任に家庭の事情は一切考慮されない、
いや、むしろ私に対してなされたように、
マイナスに評価されてしかるべき、
という時代に活躍されてきたからか…

今は、育児や介護は、むしろプラスに評価される時代だ
(3/24付のブログご参照)
ということを主張・立証していくしかない。

いずれにしても、国税庁なり、裁判所なり、
私の再反論にどう答えるのかを見ていきたい。

そして、結果がどうであれ、
特に国税当局には、
育児や介護などで不当な人事をすると、
こういう目にあうということを
身をもって知っていただくことで、
今後、他の国税職員に対しては、
育児や介護などを理由に不当な人事を控えてもらえれば、
それだけで、この裁判の意味はある。




Tag:
| TrackBack:0
本日は、
一昨日の本人訴訟のお話しのつづき。

裁判所に行った日の一週間前、
被告たる国から、私の訴状に対する反論が
自宅に届いていた。

ザックリいうと、国税庁側の反論は、
よく言えば、反論の余地を残していてくれて
愛情が感じられた。
悪く言えば、なめらた。

もう少しだけ詳しく国側の反論をいうと、
法的には降格ではないということだけを詳細に述べており、
私のような異動も過去にはあったというものだった。

私は、
法的には降格ではないが、
事実上の降格であるということを
規則や客観的資料を示しつつ再反論しておいた。

他の職員との比較については、
その職員らは、
休職していたかもしれないし、
トラブルを起こしたかもしれないし、
訴訟を提起しなかっただけかもしれないし、
個々の事情が異なるのだから、
他人との比較は、あまり意味がないということを再反論しておいた。

他の職員と比較するにしても、自分の場合、
13年前に経験したポストに戻されたことなどを
問題にしているのだから、
他人の事例と比較するのであれば、
そこに挙げた職員のさらに13年前のポストと比較しなければ
意味がないとも再反論しておいた。

しかも、13年前に経験したポストに戻されたことなどを
私は、訴状で、比例原則に反する
という言いかたをしていたのだが、
国側の反論は、
比例原則は警察活動に適用されるもので、
言っている意味が分からないというものだった。

そこで、私は、
比例原則は、今は、警察活動に限定されず、
懲戒処分といった行政作用にも適用されるということを
文献を引用しつつ再反論しておいた。
そして、本件事例に当てはめた場合を説明しておいた。

また、国側は、
行政処分の違法と、国家賠償の違法とは、
意味が異なるということを
いくつかの最高裁判例を挙げて反論していたが、
これに対し、私は、
それらの判例は、立法の違法が問題となった事件のものであって、
今回のような行政処分あるいは人事案件とは関係ないでしょ
とも再反論しておいた。
まー、この点については、こだわる必要はないと思っている。
違法の意味が異なったとしても、
私の主張の前提が正しい限り、致命的な問題ではないからだ。

そして、私が周りの職員より質・量とも勝る仕事をしてきた
という部分については、
国側は、否認もしくは争うと反論してきた。

この反論については、
私はある程度予測していたので、
民事訴訟法第219条~221条を発動!
これは、裁判所に対し、
相手側に証拠書類の提出を強制させるようお願いできる制度。

つまり、私は、こうした反論を想定して、
自分の仕事ぶりを客観的に示す資料を
事前に具体的に把握しておいたのである。
ただ、この制度も、裁判所がウンと言わなければ意味がない。

さて、その裁判所はどう考えているか。
人事院の反論とあわせて、
これも、ブログで書ける範囲で、後日、ご紹介したい。



Tag:
| TrackBack:0
先日、本人訴訟のことで、
およそ二カ月ぶりに裁判所に行ってきた。

弁論準備手続のためであって、
正式な裁判のためではない。
弁論準備手続きとは、文字通り、
正式な裁判の準備のための打ち合わせのようなもの。
だから、普通の事務室みたいなところで、
裁判官含め、当事者どうしだけの話会いを
非公開で行う。

当事者どうしといっても、私一人に対して、
国側は9人もいたんですけど…

それにしても、弁護士でもない私が
弁論準備手続きを経験できるのは、
ある意味、貴重ではある。

ところで、なぜ、本人訴訟をしたかというと、
2/28付のブログでも述べたが、
父親が亡くなるまでの約10年間、
介護のため在京勤務の希望を叶えてもらった代わりに、
同期と比べ、三~四階級下のポストで、
自分が12年前に経験したポストより事実上下位のポスト、
14年後輩と同等のポストに事実上降格されたからだ。

別に、休職をしたわけではなく、
トラブルを起こしたわけでもない。
むしろ、周りの職員より質・量とも勝る仕事をしてきた。
その仕事内容については、
客観的数値とともに具体的に訴状で示した。

先ほど、“事実上”と繰り返したのは、
法的には降格ではないからで、
だから、問題なのである。
ある程度、同期より昇任が遅れても仕方がないのかもしれないが、
降格の仕方があまりに酷いというのが不満の第一。

しかも、介護というのっぴきならない理由もなく、
単に在京勤務の希望を叶えてもったのなら
昇任が後れるというのは理解できる。

先ほど、自分でも「仕方がない」といってしまったが、
育児や介護といった理由は、人事評価上、
マイナスに考慮すべきではなく、
むしろプラスに評価すべき時代になっている。
(3/24付のブログご参照)

さて、打ち合わせの内容についてだが、
ブログで書ける範囲で、後日、ご紹介したい。


Tag:
| TrackBack:0
職員による飲酒絡みの不祥事が相次いでいた福岡市では、
γ-GTPなどで職員の肝機能を上司が監視することにする、
という新聞記事があった。

同志社大学の教授は、
“上司が職員の健康診断結果を把握し、
 私生活にまで踏み込むのは人権上問題がある。
 そこまでしないと働けないのであれば、
 そもそも公務員の資格があるのか問われる”
と指摘されたらしい。

しかし、教授、国税はこんなもんじゃありませんぜ。

家族構成はもちろんのこと、
配偶者の勤め先や年収、
住宅ローンをはじめとする借金の額・期間、
具体的な借入先、返済額、その他借金の理由、
保有する車の車種や台数、購入年、購入額、
株取引やFX取引などの有無・頻度・額、
HPやブログなどの立上げの有無、
そして、お小遣いの額まで上司から聴取される。

以前は、部下職員の健康診断の結果すべてが
上司にも通知されていた。
だから、私も
女性部下職員の体重まで把握していた時期もあった。

さすがにこれはアカンやろ、と思い、
まず、当の女性職員らから意見をきいた。
が、体重のことで大騒ぎされると、
かえって恥ずかしいといわれてしまった。

そこで、私は、
周りの男性職員に分からないよう、
そっと、担当部署だけにやめていただくよう、進言した。

だからというわけではないが、今は、
健康診断で異常があった場合にだけ、
その異常内容だけが上司に通知されているようだ。

もちろん回答は強制ではないにせよ、
職員のプライバシーへの配慮がなさすぎると思った。

こんな監視をしても、
不祥事を起こす者は、不祥事を起こす。
実際、国税職員による不祥事もなくならない。

一方、国税の職場では、
同和問題などに関連して、
憲法などを引き合いに出して
人権の大切さを伝える研修が行われている。

説得力がなさすぎだ。



Tag:
| TrackBack:0
もう、二十年以上前になるが、
国税庁の酒税課に配属され、
GATT・ウルグアイラウンド交渉における
酒販免許の規制緩和や酒類表示について、
当時の大蔵省・国税庁の立場をまとめるセクションにいた。

当時は、ペーペーだったので、
いろんな部署に資料を取りに行ったり、
届けに行ったりしていた。

ある日、外務省のとある課長補佐に、
ある資料を届けに行った。

私がいくと、
その課長補佐は忙しそうにしていて、
 ”そこにおいといて”
の一言。

何か、冷たい人だなーと思った。

その当時の課長補佐こそ、今の皇太子妃だ。


昨日、皇太子、皇太子妃がオランダから帰国され、
愛子さまが、東宮御所でご両親をお出迎え。

普通のご家族じゃないから、
愛子さまは、
皇太子、皇太子妃がご到着されたら、
きっと一礼でもするんだろうーなー、
と思いながらテレビを見ていた。

が、愛子さまは、特に一礼するでもなく、
普通の親子とまったく変わらない感じだった。


なんか、安心した。


Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
本日は、昨日のブログのつづき。

裁判官を待つ5分間、
静寂が法廷を支配する。

自分が刑事部の調査官として傍聴席で待っていたときには
経験もしたことがない感覚。

同じような空間・時間の中でも、
置かれた立場によって、こんなにも感じ方が違うものなのか…


そして、その静寂を破るかのように、
いよいよ裁判官のお出まし。
三名もの裁判官が登場。

  あの~、たいした事件じゃないんで、
  裁判官お一人で充分なんですけど…

と、勝手に思っていた。


裁判官が入廷するときは、
傍聴者も含め、全員起立して礼をするのだが、
真ん中におられる裁判長にしてみれば、
ルーティンもいいところなのであろう。
ちょこんとだけ頭を下げて、さっさと席にお座りになる。


私は、証拠書類をコピーで提出していたのだが、
裁判長は、被告側の国に対し、
原本を確認する必要があるか尋ねるも、
被告側は不要と答える。

裁判長がこのように尋ねたのは、
私が証拠に小細工をしているといけないからだ。
もちろん、私は、そんなことはしていない。


そして、裁判長は、
被告側が提出した答弁書の記載内容、
私が提出した訴状の内容、
各々間違いがないか確認する。

私は、
訴えの一部を取り下げ(3/23付のブログご参照。)、
その余は訴状記載のとおり、
とだけ発言。


その後、裁判長が、被告側に
反論をいつまで提出できるかを確認。
そしたら、5月末まで待ってくれ、という。

そこで、次回期日は、二ヶ月近く先の6月10日と決まって閉廷。


ただ、今度は正式な弁論期日、つまり裁判ではない。
弁論準備手続きといって、争点と証拠を整理するための、
いわば、非公式ともいうべき手続きで、
正式な裁判の準備のための期日である。

もう少し詳しくいうと、
私と国とが双方認めた事実は、本当の事実となって、
その事実をもとに裁判官が判断をすることになる。

真実発見を目的とする刑事事件とは異なり、
民事事件では、原告と被告双方が認めれば、
ウソの事実でも本当にあったことになってしまう。
もちろん、私は、訴状にウソは書いていないが…


それでは、原告と被告が争う事実についてはどうするか?

そこで、証拠が重要になってくる。
争いのある事実については、
裁判官は、証拠に基づいて判断をすることになる。

だから、弁論準備手続きでは、
争いのない事実と争いのある事実とにきちんと分け、
争いのある事実(これを争点という。)については、
どういった証拠が必要になるのかを決める。

こうした整理が終わったら、
再び法廷で正式な裁判に戻るのである。

だから、弁論準備手続きの場所は法廷ではなく、
ふつうの事務室みたいなところになる。


こんな感じなので、本人訴訟のお話しは、
だいたい二ヶ月後になります。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
昨日、本人訴訟をしてきた。

三年前まで勤めていたところなので、
訴状を提出したときはまったく緊張しなかったが、
さすがに、今回は緊張した。

東京地裁の刑事部で調査官をしていたときは、
傍聴席で何度も脱税事件の公判を見てきたが、
(2/4付のブログご参照。)
今回は、原告として法廷の中に入るのだから、
勝手が違う。

しかも、民事訴訟は初めてだ。


まず、法廷の入り方がわからない。
本を読む限りでは、法廷に入ったら出頭カードに名前などを書く、
とあったが、30分前に法廷の前に到着すると、入れない。

  別の事件やってるじゃん。

さっそく、壁にぶち当たる。
本には、ここでちゃんと出頭カードに記載しておかないと、
欠席扱いにされることもあるから要注意、とあった。

あわてて、上の階の書記官室に駆け込む。
そしたら、親切な書記官の方から、
法廷の隣にある待合室で待機していれば、
開廷10分前に、お声をかけてくださるとのこと。

そういえば、脱税事件でも、
被告側が待合室で待機している光景はよく見かけた。


最初、待合室には、
他の事件の関係者とおぼしき方が1~2名いた程度。

開廷15分前にトイレに行き、待合室に戻ると、
いつの間にか、たくさんの人が待機していた。

そして、10分前、
先ほどの書記官の方に呼ばれ、法廷へ。
自分が勤めていたときには入れなかったバーの中に入る。

そこに、本で読んだ出頭カードがあった。
しかも、わざわざ名前を書く必要はなく、
あらかじめ印刷してあった自分の名前のところに
丸をつければいいだけだった。

そして、原告席に着席。
やはり傍聴席より座り心地がいい。


と、同時に被告団が法廷内に入ってきた。

が、先ほど待合室にいたみんなが入ってきた。
全員で8名。

 みんな、そうだったの?

てっきり、他の事件の関係者とばかり思っていた。
そのうち、5名がバーの中に入り、
残り3名が傍聴席に座る。

5名のうち、前列3名はおそらく
先週自宅に送られてきた、”答弁書”にあった法務局の訟務官。
後列2名は、よく分からない。
ただ、バーの中に入れるのだから、
法務局の若手訟務官かもしれない。

傍聴席にいる3名は、おそらく国税庁と人事院の職員。

なんか、囲まれた感じだ。


それから、およそ5分、裁判官を待つ。

つづきは、後日。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
昨日、国会で党首討論があった。
そこで、石原代表は相変わらずの不規則発言のあと、
TPP問題で、私がまさに3/17付のブログで指摘した問題、
すなわち、
安全基準の規格が貿易の障害だといっている米国のいいなりにならず、
遺伝子組み換え作物などの表示義務は絶対死守すべき、と主張。
まさに、胸のすく思いだった。

そして、安倍首相もそこは譲らないと言明。
とりあえず、安心した。

あと、ちょっと気になったのが、党首討論中のツイート。
匿名で、かつ素顔も見せず、悪態だけつく。
表現の自由は謳歌するが、責任は負わない。
さぞかし、居心地がいいことだろう。


ところで、話はがらりと変わって、
いよいよ、本日は本人訴訟の日。
どういうお話かは、ここで繰り返すと長くなるので、
ご存知でない方は、2/28か3/23付のブログをご覧下さい。
すみません。お手数をおかけします。


通常、訴訟の日の約一週間前に、相手側の反論がくる。

そして、私のところにも、先週12日に、
”特別送達”という形で、自宅宛に国側の反論が郵送されてきた。
”特別送達”というのは、受取りを証明するための郵送方法で、
この切手代が何と1,040円!
敗訴した方の負担だ。

国側の反論といっても、
私が、先週、受け取ったものの内容は、
とりあえず私の請求は認めないということと、
現在、事実関係を調査中というものだった。

それより、驚いたのが、国側の関係者が13人もいたこと。
法務局の訟務官3名、国税庁の人事課5名、人事院の調整課5名
という布陣である。

まさに、1対13の戦い。

これは、決して大げさな表現ではない。

実は、私も、14年ほど前、
国税庁の酒税課というところで課長補佐をしていて、
このときの仕事内容は、3/3付のブログで紹介したものの他に、
お酒の密造や酒販免許違反の刑事事件で、
起訴したほうの国側の担当をしていた。

国側の主張の原案は、法務局の訟務官が作成するのだが、
それに関係省庁の担当者のコメントが加わるのである。

当時、私自信が、国側の主張内容をあれこれ精査していただけでなく、
係長や係員、そして国税局の担当職員までが加わっていた。

だから、今回も、13人のみならず、その部下職員たち、
そして、形式的な当事者である国税庁長官や人事院事務総長らにも
説明がなされているはずであるから、
こうした者たちの知恵も寄せ集められることになるはず。


2/28と3/23付のブログでは、
余裕ぶっこいたようなことも書いたが、
さすがに、不安になってきた。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
今、北朝鮮によって緊張が高まっているが、
こうした状態になる遠因について考えたことがある。

それは、ぐっと身近なところで、
具体的には、公務員だったとき
異動の度に感じていたことである。

国税の職場に入って二十年目、
『20年を振り返って』というお題で寄稿するよう依頼があった際、
そのことについて書いたので、
本日は、そのときの文書を以下にご紹介。

「二十年、スポーツ界ならそろそろ引退、
 職人なら一人前になって間もない、といったところか。
 一口に二十年といっても職種によって意味合いが異なってくる。
 税務の職場は、職人の世界のほうに近いのだろう。

 しかし、私の場合、この二十年間、あまりに異動が多かった。
 しかも、職種が違いすぎる。
 国税庁、東京国税局、札幌国税局、関東信越国税局、
 税務大学校、旧大蔵省、衆議院調査局、東京地方裁判所、
 OECD(経済協力開発機構)、そして東京国税不服審判所、
 それぞれのところで職人に近づこうとしたが、
 2~3年では限界がある。

 また、必ずしも国税の職場にいなかったので、
 二十年といっても正直、特別な感情は湧いてこない。
 国税に忠誠を尽くして二十年、というわけでもなく、
 公務という漠然としたものに従事してきたという程度で、
 二十年という年数に節目が感じられない。

 ただ、目まぐるしい異動で得られたものもある。
 それぞれの職場で求められる能力や行動などが、
 微妙に、所によっては、大きく異なる。

 だから、この二十年間、
 異動の度に多少のストレスを感じてきたが、
 この種のストレスが異文化間の衝突、ひいては
 戦争までつながることもあるのではないかと思うことがある。

 自分が所属している組織、社会、国家での決まりを当然視しがちだが、
 外からの視点や柔軟性といったものも大切にしていきたい。
 
 こう思えただけでも、この二十年は意味があったか。」



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
育児休暇取得、プラス評価に=消費者庁の人事制度改正―森担当相


先月28日付のブログと今月2日付のブログでも
お伝えしたが、
弁護士に依頼せず、本人訴訟を起こした。
お金がもったいないので。

最近、ブログをご覧になったばかりの方は、
何のことやら、
と思われるかもしれない。

要は、公務員だったときの人事異動で、
事実上、降格扱いされたことに対し、
国家賠償請求などをしたということである。

お時間のある方は、是非、
2/28日付のブログをご覧になっていただきたい。

父の介護を理由に、十年間、
在京勤務というわがままを人事にお願いしていたところ、
一昨年末に父が亡くなった。

そして、その後の人事異動のときに、
自分が12年前に経験したポストより事実上下位のポスト、
14年後輩より事実上下位のポストにされたのだが、
それは、わがままなお願いの代償としては、
あまりにも酷すぎるんじゃない?
ということである。

介護を理由に休職をしたことはなく、
トラブルを起こしたわけでもなく、むしろ、
質・量とも周りの職員より勝る仕事をしてきた
(この部分については、客観的資料に基づいて示している)
のに、である。

だから、介護や育児で苦労されている職員を不当に差別してほしくない、
という想いでも、訴えを起こした。

といった状況下、冒頭にあるように、
それより進んだことが政府内でも検討されているというニュースがあった。
少子化対策ということであろうが、本当は、
育児休暇だけではなく、介護休暇もプラス評価してほしい。


そして、先日、東京地方裁判所の書記官の方から連絡がきた。

第一回公判期日が、
4月18日(木)の午前11時から開かれるということである。

私のような素人が、どこまで国という組織と闘えるのか、
不安なところもあるが、ちょっとだけ楽しみではある。


あと、ここからは、若干、専門的なことになるのだが、
この書記官の方から、
訴えの一部を取り下げるよう、示唆もされた。

どういうことかというと、私は、
自分を事実上降格扱いした処分について、
訴える前に、法律にしたがって、
人事院に審査請求をしていた。

が、人事院は、何ら調査とか面接などもせず、却下裁決を下した。
しかも、12月の衆院選投票日の翌日、
落選してへこんでいるときにである。

最後の部分は冗談として、
だから、私は、自分を事実上降格扱いした処分のみならず、
人事院の却下裁決も取り消すよう、
国家賠償請求の他に、請求していた。

が、連絡をくださった書記官の方によると、
上二つは、訴える意味がないという。

つまり、退職したのだから、
今さら、問題となっている人事異動を取り消したところで、
何にもならない、ということであった。

実は、そこは、自分でも、訴える前に承知していたので、
退職をしていても、人格的利益を回復させるために意味がある、
という旨を訴状にも書いておいた。

しかし、きっとそれは、いわゆる自己満足の世界であって、
法的な利益ではないということ、そして、そこは、
国家賠償請求の中でも処理されるということなのであろう。

結局、私は、国家賠償請求以外の二つの請求を取り下げた。
それは、今述べた推測の他に、以下のような理由による。

すなわち、書記官の方からの連絡ではあるが、
それは、事実上、裁判官の方の判断である。

だから、この二つの請求については、
取り下げずに頑張ったところで、
間違いなく、私が訴状に書いた主張は通らない。

  ひょっとしたら、主張が通るかもしれないから、
  一応、取り下げずに、そのままにしておいたら?

私も、そう考えたのだが、取り下げないと、
21,000円もかかるらしい。

つまり、一つの行政処分を取り消すのに、
10,500円かかるというのである。

ほぼ主張が通らないことが分かっているのに、
無駄遣いはできない。

したがって、10万円の国家賠償請求だけをしたことになるので、
訴えにかかる費用は、1,000円ですむ。

この点、3月2日付のブログで、誤解した書き方をしてしまった。

つまり、賠償請求額をいくらにするのかは、裁判官の判断による、
みたいなことを書いてしまったが、
そうした請求額は、あくまで本人が決めることである。

ただ、訴えるのに、いくら費用がかかるのかという点については、
規則にしたがって裁判所が判断するということであった。


国税庁の人事体制も、人事異動で、
昨年の7月に、私を処分したときとはガラリと変わっている。
だから、今の体制にある方には、本当は迷惑をかけたくない。
しかし、結果的には、ただでさえ年度末でくそ忙しいときに
迷惑をかけることになってしまう。

だから、せめてもの気持ちとして、
事前に以下にあるような文書を国税庁のほうに送っておいた。

直接お会いしようともしたが、
忙しいので文書で渡してもらえるとありがたい、
みたいなことを言われた。

言葉の調子から、
私が訴えを起こした事実は、本当に知らないようだった。
この時点で、私の訴状は、
被告たる国にまだ送られていなかったからだ。

それでは、最後に、
私が、事前に国税庁に送っておいた文書を、
ご参考までに。

「平素より、お世話になっております。
さて、私、先日、東京地方裁判所に、平成24年7月10日付の私に対する転任処分等を起因とする国家賠償請求をしてまいりました。
その主な理由につきましては、相当の理由なく事実上降格扱いされたことや、職員の任用については適正な評価が求められているにもかかわらずその評価基準が不透明であることに対する不服、そして、何よりも介護や育児で苦労されている職員を不当に扱ってほしくないという想いです。
決して、現体制の幹部のみなさまを非難申し上げるつもりは毛頭ございません。ただ、結果的に、特にこのお忙しい時期、みなさまにご迷惑をおかけしてしまうことには違いございませんので、本当はみなさまにご迷惑をおかしたくないとう、私のお気持ちを示すため、事前に訴状等の写しをお渡しさせていただきました。
是非、ご高覧下さい。
それでは、失礼申し上げます。」



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
さて、昨日述べた、
脱税取締まりにご協力いただいた警察を表彰するという式典、
その式典では、当時の大蔵大臣のご挨拶というものがあった。

が、実際は、大蔵大臣がこの式典に出席されるわけではなく、
政務次官という、今でいうと政務官に当たり、
当時は大臣の次に偉い方が代理で挨拶をすることになっていた。

ただ、政務次官ご自身がイチからご挨拶をお考えになるわけではなく、
私のほうから、式典の日程と合わせて、こんな感じでご挨拶くださいと、
ご説明にうかがったのである。

そのお相手が、今の谷垣法務大臣だっということである。

その谷垣大臣は京都のご出身なので、
地元のお酒をお持ちしたところ、
非常に喜んでくださった。

ご本人は、このときのことはお忘れになっていることとは思うが、
まさか、その十数年後、形式的にはこの方を被告として
自分が訴訟を起こすことになろうとは、夢にも思わなかった。


そして、当日、会場に谷垣政務次官がご到着。
ご挨拶も無事にすみ、お帰りになる際、
私以外の酒税課の課長補佐に一言、

『京都のお酒っておいしんだよね。』

聞かれた、その課長補佐も一言、

”いや、そんなことはないですよ。”


後日、その課長補佐から、怒られた。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
谷垣大臣が、当時の大蔵省の政務次官だったころ、
ノーパンしゃぶしゃぶなど大蔵パッシングがなければ、
晴れて税務署長になれたはずの年、
私は、国税庁の酒税課というところで、課長補佐を勤めていた。

酒が一滴も飲めないのにである。
まー、飲めないほうが中立的な行政ができるというものである。

それはさておき、具体的に何をしていたかというと、
主に、取締功労賞という年に一度の式典の準備だった。
ちなみに、今はやってないようである。

何それ?

その式典というのは、
国税職員が脱税犯を取り締まる際などに
警察にご協力いただくことがあり、
そのご協力くださった警察署や警察官を
感謝の意を込めて表彰する、というものである。

なんで、酒税課?

それは、戦後、脱税といえば酒の密造によるものが
ほとんどだったので、その名残りである。

密造のケースがほとんどなくなっても、
その式典は酒税課の所管のままだったので、
霞が関にある国税庁の酒税課職員のみならず、
全国の主要都市にある各国税局の酒税課職員も含め、
いまだに酒税課が式典の準備をするのに不満を抱いていた。

と、いうのも、全国の各国税局でも、
中央官庁の国税庁が行っていたのと同じような式典を
それぞれで行っていたからである。

そこで、私は、当時の国税庁次長(長官の次に偉い方)に泣きついて、
式典の所管を酒税課から移すようにお願いしたら、
なんと、総務課に移った。

各国税局の酒税課職員のみなさんは非常に喜んでくれてはいたのだが、
ちょっとさみしかったのは、
誰ひとりからも、お礼を言われなかったこと。

おそらく、酒税課がそうした式典を実施しないのが当然、
という思いが先行していて、
所管が移った経緯を知ろうとしなかったからだと思う。

しかし、役所で所管を移すというのは、大変なことで、
非常に苦労したのだが、誰からも感謝はされなかった。
もちろん、感謝されることを目当てに
他の課に移管することに努めたわけではなかったのだが…

特に、同じ国税庁の酒税課職員の方からも、
後日、職員を一人減らされてしまったので、
感謝というよりも、恨みをかってしまったような気がする。


ところで、谷垣大臣との思い出はどうしたの?

すみません、また後日にさせて下さい。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
本日は、一昨日のブログのつづき。


東京地方裁判所の14階にある民事部に行って、
訴状を正式に提出する前にご相談。

建物は、自分が三年前まで勤めていたところだから、
緊張はまるでない。

私が国税庁の同期と同じように部長に昇任したところで、
給与の額とかは、月に数千円の違いしかなく、
退職金に反映されたところで数万円の違いにすぎない。
慰謝料も含めたところで、10万円程度だろうと思い、
10万円の請求にしていおいた。

ただ、本当の理由は、訴状に貼る印紙代を節約するため。
印紙代の最低額が1,000円で、
それに相当する請求額が10万円だったからである。

繰返し、きれいごとを言うが、
この裁判の真の目的は、お金うんぬんよりも、
介護や育児でご苦労されるであろう職員のため、
人事当局をけん制することにあるからである。


と、思いきや、裁判所の職員から言われてしまった。

『請求額は裁判官が決めます。』

と、いうことで、印紙代は、
後日、裁判官が決めた請求額に基づいて支払うことに。
訴状を提出する段階で、必ずしも印紙を貼る必要がないことは、
ここで初めて知った。

『訴状は、きちんと書けてるようですね。』

とお褒めのことばをいただいた。

三年前までは、仕事で、
刑事事件の訴状はいくつも目にしてきたから、馴染みはあったものの、
実際、ゼロから自分で書いてみるのは大変だった。
行政法や訴状の書き方の本も何冊も読んだし。

この職員の方、非常に親切な方で、
本人訴訟と知って、書類の添付の仕方やホチキスの止め方など、
いろいろ丁寧に教えてくださった。
自分も役所に勤めていたので、想像はしていたが、
こうした細かいところから、決まりがある。


そして、ようやく正式に訴状を提出。
と、思いきや、一時間近く待つ。

  日々、民事訴訟だけでも、こんなに訴えが起こされているのか…

さすがは、東京地方裁判所。

私の場合、行政訴訟で、被告は国になるので、
管轄は東京地方裁判所となる。
そして、被告の代表が谷垣法務大臣。

この谷垣大臣とは、ちょっとした思い出がある。
それは、谷垣大臣が当時の大蔵省の政務次官だったときである。
そのときのお話しをしだすと長くなるので、また、後日に。

さて、自分が訴状を提出する番になって、
職員の方に行政訴訟であることを申し伝える。
すると、職員の方が、一瞬、たじろいたというか、困惑したというか、
そんな反応ぶりだった。

  行政訴訟って、めったにないのか?

そこで、職員の方が二人がかりで、
訴状や添付書類をチェック。

10分ほど経って、

『三つの事件をいっしょに提起されてますが、
 事件名は、”等”を入れて一つにしていいですか?』

とだけ言われた。

私も、2/4付のブログで、
わいせつ系事件は、興味本位で傍聴する不届きな輩が多いので、
窃盗とか傷害とか他の事件といっしょになっている場合は、
”等”ということばで、
わいせつ系のほうの事件名が隠されることがある
と述べたが、この訴状の提出の段階でも、”等”が入ることを知った。

ちなみに、私の場合、行政訴訟だから、
もちろん、わいせつ系事件ではない。

正式には、
転任処分取消請求事件、
却下裁決取消請求事件、そして、
国家賠償請求事件の三つである。

さらに、郵便切手代がかかるので、
6千円の予納が必要だと言われた。

予納は、9階にある出納第二課という別の場所で行うのだが、
受付締切りの午後5時の1分前に滑り込みセーフで、
6千円を納める。

訴状を提出するだけで半日かかった。

だから、14階の入口には、
”午後は混雑しますので、なるべく午前にお越しくださるよう、
 ご協力のほど、よろしくお願いします。”
と、いった看板が置いてあった。


あとは、国、実際は、国税庁や人事院からの反論、
そして、裁判所からの呼び出しを待つのみ。

ちょっとだけ、楽しみである。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
先日、東京地方裁判所に行って、
自分で、行政訴訟を提起してきた。
つまり、弁護士にお願いせず、
自分一人で訴状を書いて、裁判を起こしたということ。

  なんで?

実は、私は、昨年7月の人事異動で、
大阪国税局に異動したのだが、
ポストが、統括国税調査官という役職。

このポスト、分かりやすくいうと、準課長といったところ。
ただ、調査官と名がつくように、本当の課長と違って、
現場に出ることも想定された役職である。

だから、私は、このポスト自体、嫌いではなかった。
というか、むしろお気に入りの仕事だった。

  じゃー、何が不満だったの?

それは、父親の介護を理由に、10年にわたり、
人事課には、在京勤務をお願いしてきたのだが、
一昨年末、父が亡くなったので、
全国どこにでもいきます、といったら、
大阪国税局に異動となった。

大阪という場所は、私の父が生まれた場所であり、
人はみんな明るくて親切で、私のお気に入りの場所でもあり、
本当によかったのだが、
自分が13年前に経験した統括官というポストに逆戻りに、
(このときのお仕事のお話しは、1/14と1/15のブログをご覧下さい。)
そして、自分が12年前に経験した課長というポストから、
事実上、降格扱いにされたことが不満なのである。

しかも、私の14年後輩が、東京国税局で、
私と同じ統括国税調査官というポストに就いているのである。

  お前、何かやらかしんたじゃねー?

そこが、問題なのである。
そう、誤解されるのであり、
実際、精神的におかしくなったと誤解されたこともあった。
これが、訴えた理由の一つめ。

たしかに、在京勤務というわがままをお願いしてきたのだが、
ただ、その間に実際にしてきた仕事は、決して楽なものではなかった。

遅くまで仕事をしていればいいというわけではないが、
延べにすると、二年以上は、23時以降まで仕事をしていたし、
タクシー帰りや徹夜勤務、そして早朝勤務も結構あった。

内容的にも、東京国税不服審判所では、審判官として、
半世紀以上にわたり財務省主税局、国税庁、そして厚生労働省が見過ごしてきた、
厚生労働省の局間で区々であった登録免許税の解釈について、
これを統一させるきっかけとなった議決も行ったりしてきた。

しかも、同じ部のどの審判官よりも多くの議決を行ってきた。

その前は、国税庁の国際支援室長として、
国税庁職員をJICA専門家として
技術協力のためベトナムに長期派遣させるべく、
予算の都合上、この派遣を固く拒んできた外務省とJICAを
説得することに尽力してきた。

これ、本当に、筆舌に尽くし難いほど大変で、時間もかかった。

そのまた前の、東京地方裁判所での仕事内容については、
自身の2/4付のブログをご覧いただきたい。

こうした私の実績を考慮したの?
というのが、訴えた理由の二つめ。

こうして一生懸命に仕事してきたのに、
同期は国税局の部長に昇任し、私は、事実上の降格。
これって、公平じゃないだろ、
というのが訴えた理由の三つめ。
ただ、いやらしいのは、法的には降格ではなく、転任というところ。

  うーん、10年も在京勤務にしてもらったんだから、
  仕方ないんじゃない?

そう、お考えになる方もおおぜいいらっしゃると思う。
それなら、それで、きちんと人事課から説明してもらいたかった。

”在京勤務という希望は叶えてあげるけど、その間の昇進は止まるよ。”
とか。

ただ、本当は、介護や育児を理由とした差別的な人事をしてほしくない、
特に、私の場合、休職とかしたわけではない。
これが、訴えた理由の四つめで、最大の理由である。

きれいごとを言えば、自分のためだけではなく、
育児や介護でご苦労される職員の方がますます増える世の中。
こうした職員の方々のためにも、訴えを起こしたのである。

ただ、お金がかかるので、訴状の書き方とかを自分で勉強して、
弁護士にお願いせず、訴えを起こしたのである。

まー、本人訴訟というのも、やってみたかったし。


私のようなど素人が訴状を提出したときの様子とかのお話しは、
また後日に。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
昨年の夏、大阪国税局に異動になって、いざ大阪へ。


新大阪駅を下りて、エスカレーターに乗ると、
右側が空いている。

  あれ、東京と同じ?

新幹線のホームだけが東京圏だった。

新幹線の改札を抜けると、そこは、しっかり大阪圏。
エスカレーターの左側が空いている。

  よし、よし、大阪だ。

が、私の期待は、早速裏切られる。

  あれ、みんなちゃんと並んでいるじゃん。

みなさん、きちんと整列して電車を待っていた。

  あれ?
  大阪では、並んでいるかいないか分からない列をつくって、
  電車が来たら、みんな、
  われ先にと車内になだれ込むって聞いてたけど…  

街中に出ても違法駐車が見当たらない。

  あれ?
  大阪では、二列、三列駐車は当たり前、
  交差点の真ん中にも駐車の車があるって聞いてたけど…

ヒョウ柄のおばちゃんもいない。

かなり昔の話だが、
大阪と東京の違いを面白おかしく紹介していたTV番組で、
次のような実験をしていた。

大阪と東京の街中で、机の上にティッシュペーパーの箱を山積みにし、
そこに、”ご自由にお持ちください”という張り紙をしておく。

東京では、道通る人がみんな警戒して、
眺めるもののなかなか取りにいかない。
山積みされた箱がなくなるまで30分。

大阪では、なくなるまで数秒。

もちろん、今は、そんな実験はしていない。

肉といったら、牛。
ポークカレーに、肉まん?
ビーフカレーに、豚まんやろ!

海苔といった、味付け海苔。
焼きのり?
味がぜんぜん、せーへんぞ!

私は、大阪勤務にビビッていた。
大阪弁をしゃべらないと、いじめられる。
大阪弁をマネしても、いじめられる。

話し始めたらオチをつけなければならない。

  これじゃ、何もしゃべれないじゃん…


こんな話を職場の仲間に話したら、怒られた。

『大阪を外国と勘違いしないといでください!
 そんなの、外国人が
 日本では、刀をさしたちょんまげ姿の人がまだ歩いていると勘違いしている、
 そんなレベルの偏見ですよ!』

その一方で、私が赴任して数か月が経ったにもかかわらず、
なかなか話にオチをつけられないでいると、
『もう、猶予期間がすぎてますよ。
 そろそろ、話にオチをつけてくれないと。』
と、言い寄られた。


そこで、私は、選挙に出るために退職をするという、
人生をかけたオチをつけた。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
当時の大蔵省主税局調査課での私の仕事は、
一言でいうと、外国の税の仕組みの調査。

日本に新しい税の制度を採り入れようとする場合、
外国での税制はどうなっているのか、ということを調査すること。
だから、同じ主税局内の他課からの調査依頼が基本だったが、
時には、外部の有識者などからの問い合わせもあった。

ある日、電話で、ある大学の教授から、
諸外国の付加価値税の税率を問われた。
(日本の消費税に当たるものなので、
以後、あえて ”消費税”といいます。)

  学者なら、そんなことくらい自分で調べろよな、

と、思いつつも税率を伝える。

すると、その日の夜のニュース番組に、その教授が出演。
あたかも自分が調べたように、立派なフリップで
諸外国の消費税の税率を紹介していた。


他には、政府税制調査会などに提出される資料づくり。
もちろん、ゼロから作成することもあるが、
既に作成したものを最新の情報に更新するだけのことも多かった。
ただ、公表されたら、先ほどの教授ではないが、
いろいろなところで使用されることが多いので、
慎重を期す必要がある。

税制調査会の資料ではなかったが、あるとき、
諸外国の消費税の資料について、
最新のものになっているか、チェックをする必要があった。
そこには、諸外国の標準税率だけではなく、軽減税率も載っていた。

そして、スイスのところに軽減税率が書いてなかったので、
軽減税率が載っていないことを指摘すると、
私の直接の上司ではないところから怒られた。

スイスの消費税率は、今も8%と、一桁で、
軽減税率は、もちろん、それより低いのだが、
標準税率が一桁でも軽減税率が存在する国があるということを
公表してはならないということであった。

つまり、そんなことを公表すると、
日本の消費税率は一桁だから軽減税率を導入しない、
そうした理由付けが説得力をもたなくなるから、
ということであった。

当時もネットが普及し始めてはいたが、
情報化社会の現在、
役所が隠したところでどにもならないためか、
現在は、スイスの消費税にも軽減税率があることは公表されている。


他に、国会答弁の案をつくるということもしていた。

役所の部屋では、
国会の委員会での様子を中継した映像が流れている。
ある日、私が答弁案を作成した部分の質疑が淡々と行われていた。
が、質問と答弁がかみ合っていない場面が。

調査課の部屋が、一瞬、静かにざわつく。
課長が、お前何を書いたんだ、という表情で私のほうを睨みつける。

「質問がとんだので、答弁の読むところが違っちゃったんです。」

『そうか。』

その後、すぐに部屋の様子は元に戻り、
委員会においては、
何ごともなかったかのように質疑の応酬が繰り広げられていた。


国会は、立法府とはいわれているが、
成立する法案の大部分が内閣が提出したものであるから、
実質的には通法府といえる。
法案を通すのか通さないのか、いつ通すのか、ということについて、
与野党の重鎮の先生方が真顔で話会う。

呵呵大笑

立法できないのであれば、せめて、
国会で大所高所の議論を自分のことばでしてもらいたい。
そして、決まったことを政策として実行してもらいたい。

国会で質問すること自体があたかも重要だと勘違いし、
その質問数が多いということを自慢している政治家もいる。
今でこそ、政治家が自らのことばで答弁することも多くなったが、
質問も答弁も書いてあることを棒読みするような出来レースを
国会でやるのであれば、
それこそ税金の無駄使いである。

ちなみに、私は、衆議院調査局に勤めていたとき、
何度か、当時の野党の先生方の質問案のほうを作成したこともある。


と、いろいろ批判めいたことを述べてきたが、
外から無責任に批判ばかりしたくなかったこともあり、
昨年12月の衆院選で立候補したわけだったのだが…




Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
みんな夜遅くまでというか、
朝早くまで一生懸命働いていたというのは間違いない。

そして、昼間は、与党や政府の税制調査会があったり、
議員さんに呼ばれたりするので、
じっくり仕事ができるのは、夜になってから、
ということが多かった、というのも確かである。


ただ、効率的だったか、といわれれば疑問である。

念のために調べて準備をしておくという仕事が多かった。
もちろん、議員さんや税制調査会の委員の先生方から聞かれたら
すぐに答えられるように、ということではあるが、
実際に聞かれるというか、活かされる確率と
準備する時間や労力とからすると、
費用対効果は非常に悪かったと思う。

聞かれて分からなければ、すぐに調べておきますといっておいて、
そこで初めて調べればいいのに、とよく思った。
おそらく、みんな、プライドが許さなかったのだろう。

また、効率的・能率的に仕事をするという概念が
みんなの頭の中には、まったくなかったんだと思う。
と、いうか、効率性とかは公務に不要と信じきっていた。
仕事をしていること自体に満足をしている、という感じもあった。

その結果、毎晩、タクシーチケットが大量に使われていたのだから、
相当の税金の無駄つかいがあったはずである。

一年間のコピー代も、主税局だけで、
家が一軒建っちゃうほどかかった、ときいたことがある。
これは、みんな、責任を一人で負いたくないので、
とりあえず、他のみんなにも情報を共有してもらうためである。
ただ、当時は、ようやくメールが普及し始めた時代だったので、
今は、さすがにそんなにかかってはいないと思う。

こういうところは、会計検査院の指摘はなかった。
もちろん、周りのみんなにも、そんな意識はなさげであった。

だから、公務員も民間に出向して、
効率性や能率性といったものを学ぶ必要がある。
なんといてっても、税金で仕事をしているのだから。

あと、夜に、課長補佐同士がよく話をしていた。
ただ、これは一概に時間の無駄とはいえない。
自分一人で考えていては、いいアイデアは出ず、
独りよがりで終わることもあるからである。

みなさん学歴はあるのに、である。

東大出身者が多い、というばかりではない。
法学部主席、経済学部主席が私と肩を並べて座っていた。
司法試験合格者も珍しくなかった。

いわゆるノンキャリの方でも、
税務大学校における研修で優秀な成績を収め、
金時計をもらったような方ばかりであった。

だから、みなさん、仕事をおぼえるのが無茶苦茶早い。


ただ、思考のベクトルは、
減税はダメ、
これ一点だけだったという点では単純であり、
かつ、つらかった。

仕事内容としては、
政治家、税制調査会の委員、学者などの有識者、
金融機関、マスコミ関係者等々外部の人の減税案を
いかに理屈をつけて一蹴するか、
これが多かった。

これが、自分の考えていることと真逆だった場合、
大げさにいえばアイデンティティの崩壊、
自己実現というのは全くなくなる。

また、どんなに些細なことでも逐一上司に報告し、
了承をもらわなければ何もできなかった。

”組織の歯車”

皮肉にも、制度設計を担当するはずの役所であるここで
唯一実感したことであった。

だから、
夜遅くまで仕事をするという意味で肉体的にもつらかったが、
精神的にもつらかった。

天下国家を語る、というふうでは全然なかった。


みんな人間的にはどうなの?
という場面もあった。

まず、入省してきたばかりの若手官僚。
自分の気に入った仕事しかしようとしない。
自分に気に食わないことがあると、すぐふくれっ面になる。
一言でいうと、子どもなのである。

おそらく、
思う存分勉強できる環境にあったことにありがたみも感じず、
自分の意に沿わないことはなく、育ってきたからであろう。

また、正しいことさえ言えばいい、と思っている者も多く、
相手の感情とか気持ち、そういうことは考えられない。

東大合格者の家庭の平均年収は1,000万円近くで、
全国の平均年収の2倍以上である。
こうした家庭で育った者がふつうの人の感覚を持て、というほうが無理か…

ただ、これが課長補佐クラスになると違ってくる。
主税局は出世コースといわれるだけあって、
人格的にも立派な方が多くなる。

しかし、他の部局では、
非常に感情的で、子どもがそのまま大きくなっちゃった、
という人格的にも疑問がある官僚も中にはいた。


私の母方の祖父が亡くなったのは、大蔵省に勤務していたときだった。
この時、周りの職員から
”ご愁傷さま”
という言葉を一言もかけていただけなかった。

唯一、みんなの休暇を管理していた庶務担当の職員の方から
『猪野さん、忌引きよね?』
と言われただけだった。

と、いうか、おそらく、私が祖父の葬儀参列のため休んだときは、
周りのみんなは、なんで私が休んだのかとか、あるいは、
私が休んだことさえも気にしていなかったと思う。

ただ、この数年後、母が亡くなったとき、
このときお世話になった直属の上司だった方は、お忙しいなか、
葬儀場まで、お線香をあげに来てくださった。


朝の挨拶にしても、みんな疲れいてるせいか、
誰も返事してくれなかった。
大学の陸上部時代、部員同士が挨拶することは当然、
というか、声が小さいと注意されるという社会にいた私にとって、
挨拶をしても何ら返事がないというのは、
かなりのカルチャーショックだった。

私は、二週間続けて挨拶をしても、返事がない場合は、
自分も挨拶するのを止めることにしている。
朝から、あまりに、空しくなるからである。

実は、朝の挨拶をしても返事がないというのは、ここだけではなかった。
国税庁と各国税局の職員の方は、みなさん挨拶をきちんとしてくださった。
おそらく、税務大学校でしっかり教育を受けているからであろう。

が、東京国税不服審判所、東京地方裁判所、衆議院調査局では、
中には返事をしてくれない人もいた。
つまり、個人個人の資質によって返事の有無が決まっていたのである。
だから、私のほうはというと、返事をしてくれる方だけに挨拶をしていた。


逆のパターンもあった。OECDに勤めていたときである。
そこでは、個室が原則だったので、一人一人に声をかけるのは無理。
そこで、私は、当初、当時の課長だけには部屋に行って、
朝の挨拶をしていた。

が、数か月がたったころ、朝の挨拶を忘れてしまったら、
課長のほうから、私の部屋に来て、
挨拶をしてもらってしまったことがあった。
日本の職場ではあり得ないことである。


大蔵省でのお仕事から話がそれてしまったが、
次回は、もう少し具体的な仕事内容を紹介させていただきたい。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
私は、現在の財務省、当時の大蔵省で二年間、
主税局というところで勤めていたことがある。

当時は、住専問題が盛り上がっていた時代で、
毎日のように街宣車がやってきては、
スピーカーの音量マックスで何か怒鳴っていた。
だから、電話をとっても、よく聞こえないという状況だった。

電話といえば、消費税率が3%から5%に引き上げられた日、
苦情の電話が鳴り響く。
税制二課という、消費税担当の課の電話では間に合わなく、
私のいた調査課まで電話が回ってくるような状態だった。

また、ノーパンしゃぶしゃぶなど大蔵パッシングが流行った時期でもあった。
当時は発覚していなかったが、居酒屋タクシーがあったのも、この頃である。
そのためか、私の一つ先輩で若手税務署長というのが終了し、
結局、私は退職するまで、署長はもちろんのこと、税務署勤務さえ経験しなかった。
もちろん、ノーパンしゃぶしゃぶも、居酒屋タクシーも。


当時の大蔵省は、いろいろたたかれたが、
みんな一生懸命働いていたのは確かである。

とにかく、知的体力がすごい。
私は、外国の税制を調査するという仕事をしていたが、
夜中の12時に他の課から調査依頼がきたり、
局長から、翌朝の答弁のための調査を命ぜられる。
しかも、当然という感じで。
夜中の1時台に帰宅できる日はマシという感覚になる。

帰りは、自宅が同じ方面の職員とタクシーで帰宅。
なお、先ほど申し上げたように、
運転手さんからビールやつまみを出されたことは一度もない。

たまに、過労死された方の残業時間が新聞に載ることがあるが、
当時の残業時間のほうが多かったということはよくある。
ちなみに、残業手当は、実労働時間の半分ももらえたかどうか、
というくらいであった。

あるTV番組で、ダウンタウンのお二人が年収のことを聞かれ、
当然正確な数値は口に出さなかったものの、
相当もっらている旨の発言をすると、観客席から、
  え~
と羨望の声が上がる。

そうすると、松本人志さんのほうだったと思う。
『お前ら、こっちは寝ずに働いとるんじゃい!』
と、観客に向かって叫んでいた。

  同じように働いて、むこうは収入が100倍か…

当時は、誰でもできる役人仕事と、
芸能界やプロスポーツ界といった技を披露するという仕事と
その違いをよく理解していなかった。

高収入でも、弁護士なら、TVに出演するだけの余裕があるのだから、
羨ましい。
ただ、現在は、弁護士も増え、厳しい時代にはなっている。


よく、外の友人らからは、午前中は新聞を読んだりのんびりして、
午後から本格的に仕事を始めるんでしょ、といわれたが、
そんなことはない。
確かに、朝は午前9時台出勤と遅目ではあるが、
朝一番からフル稼働である。
昼休みも食事をとるだけで、夕食も出前を机上で食べるという状態だった。

朝ごはんだけは、自宅で母がつくってくれたものをしっかり食べたが、
毎朝寝不足状態で、無表情で機械的に食べていたので、
そんな私の様子を見ていた母がどう思っていたかを考えると、
今さらながら、心が痛くなる。

それまで、一番遅くにお風呂に入っていた母が、
毎晩、風呂掃除をしていたのだが、
私が、深夜というか、早朝に帰宅してからお風呂に入るようになり、
初めて、母から風呂掃除の仕方を教わった。

そして、現在、私は、母から教わったとおり、風呂掃除をしている。


ただ、当時、効率的な仕事をしていたかという、そうとも言いきれない。
つづきは、後日に。




Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
私は、東京地方裁判所刑事8部というところで、三年間、
調査官という仕事をさせていただいたことがある。

ここでいう裁判所調査官の仕事とは、
裁判官や書記官の方に、税務に関する調査を依頼されたら、
それに答えるということである。

答え方は、様々で、その場で口頭ですることもあれば、
数日間かけてレポートにまとめることもある。


行政府での仕事と違って、ある意味、楽であり、
ある意味かなりプレッシャーのかかる仕事であった。

楽という意味は、手続き面である。

行政府の場合、最終的に決まるまで
何人もの上司にチェックを受けなければならない。
しかも、上にいけばいくほど、
説明をするための資料作りやスケジュール調整に時間がかかる。

まさに、車田正美先生原作の格闘漫画
”リングにかけろ”や ”聖闘士星矢”さながら、
本丸の敵と闘う前に、
次々と現れる敵を順番に倒していかなければならないように。


一方、裁判所の場合、裁判官は各々独立した存在なので、
調査依頼をされた裁判官に直接お答えすればよいのである。

ただ、これがプレッシャーとなる原因でもある。
全責任は自分が負うことになるからである。
これが行政府だと、責任が分散され、その所在はあいまいとなる。


なお、刑事8部とは、脱税事件のすべてを扱う部であるが、
もちろん窃盗や傷害といった他の刑事事件も扱っている。


さて、私は、すべての脱税事件の公判を傍聴していた。
公判時のやりとりについて、後に裁判官や書記官の方から
質問をされることがあるからである。

裁判所職員ではあったが、バーの中には入れなかった。
つまり、傍聴席にしか座れなかった。
そこで、傍聴時に体験したおもしろ話をいくつか紹介。

私は、当初、裁判の手続きを勉強しようと、
他の事件も傍聴するようにしていた。

ある日、傍聴した事件。
それは、強盗致傷事件で、
被告人の精神状態が正常かどうかが争点となっていた。

裁判長は、まず、目の前にいる人物が被告人本人かを確認する。
そして、その確認のための手段の一つとして、
本籍地を確認する。

裁判長が問う。
『本籍地は?』

被告人が答える。
『海王星です。』

裁判長が真顔で切り返す。
『えっ、福島県じゃないの?』

傍聴席には、確かに、
まったく聞こえることのない笑いが起きた。

それは、序章にすぎなかった。

今度は、弁護士が、やはり真顔で被告人に質問する。
『あなたは、犯行時、悪魔に操られたといっていますが、
 その悪魔は今どこにいますか?』

被告人が答える。
『200万光年彼方のアンドロメダ星雲です。』

  この被告人、
  おそらく冥王星が準惑星に降格したことも知っている。
  天体には詳しそうだな。

弁護士は続けた。
『その悪魔とあなたとでは、どちらが偉いのですか?』

被告人は懲りずに答える。
『力はむこうのほうが上ですが、地位は私のほうが上です。』


私が、脱税事件以外の事件を傍聴したのは、この事件を含め
二件のみであった。
もう一つの事件は、女性が男性にストーカー行為をしという事件。
男性が女性に、ではない。
公判では、いつホテルに行ったとか、行かなかったとか、
いつやったとか、やらなかったとか、赤裸々に語られる。

この公判は、”人気”があったので、満席になった時点で退室したが、
あとで検察官の方からツッこまれてしまった。

『調査官、なんでいたんですか?』

検察官のほうも、
刑事8部担当といったように決まっていたので、
私の面もわれていたのである。

それから、私は、脱税事件以外の傍聴を止めた。


脱税事件は、”人気”がない。
そんな”人気”のない脱税事件でも、
傍聴席が埋まっていたことが二回あった。

まず、一つめだが、
裁判官が法廷に入るやいなや、おもむろに口を開いた。

『傍聴席のみなさんに申し上げます。』

  えっ?

裁判官が傍聴席に直接話しかけるのは滅多にないことである。

『次の事件を傍聴される方は、すぐに退室して下さい。』

次の事件がわいせつ系の事件だったのである。
わいせつ系事件は、”人気”がある。
ストーカー事件でさえ、あれだけ赤裸々に語られたのだから、
ましてや、わいせつ系は…

だから、私と、被告人の関係者の方以外、
”傍聴者”は全員、そそくさと退出した。
つまり、彼らは、場所とりのため、
聞く気もない脱税事件を傍聴しようとしていたのである。

脱税事件の公判が終わって、外に出ると、
廊下には、男だらけの長蛇の列。

『も、もう終わった?』

と、その列の先頭にいた、常連の男性が
待ちわびたかのように、そして、どもりながら、
私に問いかけてきた。


被害者女性からすると、本当に忍びがたいところであろう。

こうした不届きな ”傍聴者”は、
その日に公判がある事件名を確認してから傍聴にやって来る。

だから、本日の公判事件の欄には、
強盗など他の罪にも問われている事件の場合、
わいせつ系の事件名は、”等”と表示することで、
なるべく分からないようにすることもあるらしい。


脱税事件にもかかわらず、
”人気”のあった事件をもう一つ。

公判が行われる部屋の扉を開けると、
大きな法廷であったにもかかわらず、
傍聴席がほぼ満員だった。
わいせつ系の事件かと思って、いったん外に出て、
事件名を確かめたくらいだ。

もう一度法廷に入ってよく見ると、
一角だけ開いていた。
ラッキー、とそそくさと座った瞬間、

  今日は、なんか、お化粧が濃いめの、
  綺麗な女性が多いなー。

と、のん気に思ったのもつかの間、私の耳奥から、

  チャララーン、チャララーン

というヤクザ映画定番のあの音色が聞こえてきた。

周りには強面の方々が私を取り囲むようにして
お座りになっている。

カタギの方たちは、私にいる場所とは反対側。
今さら、カタギ席には移動できなかった…

そして、被告人が入廷すると、
みなさん一斉に起立してご挨拶。
普通は、裁判官が入廷するときに起立して礼をする。

この事件は、地方税の軽油引取税の事件で、
不正軽油がらみなので、暴力団が関与していることが多い。

石原慎太郎代表が都知事になってから、
不正軽油取締り強化の一環で、
脱税の取締りも強化するようになり、
それから、起訴されるケースが多くなったらしい。


と、おもしろおかしく書きましたが、
実際の調査官の仕事は地味なものです。
ただ、裁判官の判断を左右しかねない重責ある仕事で、
かつ、自身にとっても勉強になる、
私の二十年以上の役人生活で、
もっともやりがいのある仕事の一つでした。



Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
私は、国税に勤務していたときは、
東京のみならず、札幌、大宮、大阪、そしてパリと
いろいろな地に赴任したが、
札幌は、人が親切で、人懐っこかったという思い出がある。

私は独身であるが、料理はせず、いつも外食だった。
ある月曜日、宿舎近くの中華料理屋に初めて入った。
そこで、チャーハン大盛りをいただいた。

そして、三日後の木曜日、その中華料理屋に行った。
私が席に着くやいなや、こう聞かれた。

『また、チャーハン大盛りにします?』

私自身、何を注文していたのか、忘れていた。

なぜ、十年以上も経って、曜日まで覚えているのかというと、
このとき、お店の方が、この前、私が何曜日に来店したのか、
ちゃんと、覚えてくださっていたからである。

おそらく、商売上ということもあるのであろうが、
それにしても、初めて来た客の顔を三日経っても覚えていてくれて、
さらに、私が注文したもの、しかも大盛りということまで
覚えていてくれた。

そのように言われたとき、たしかに、
チャーハン大盛りを注文したことが思い出されたので、
いい加減なことをおっしゃっていたわけでもない。

  こんなにうれしいことはない。

別に私が変わった風貌をしていたというわけではない。
そのお店の方は年配の女性の方だったから、
私に恋心を抱いていたというわけでもない。

程度の差はあれ、このお店だけではなかった。
私が利用させていただいた札幌のお店の方々の多くは、
私の顔を覚えていてくださっていた。

その中華料理屋は、出前もしていたのだが、
一人前からでも、出前をしてくれた。
最初は、スプーンがついてなかったので、
その点を電話で指摘すると、
お客さんが返してくれないことが多いので、
スプーンは出前にはつけないようにした、という。

しかし、私なら信用できると、
以後、スプーンをつけてくださった。
もちろん、私も、スプーンをくすねるようなことはしなかった。

一人前から出前してくれたところは、
この中華料理屋だけではなかった。

東京では、こうした柔軟な対応をしてもらうのはなかなか難しいが、
特に雪の深い夜に、出前をしてくれるのは本当に助かった。


雪といえば、歩くのに難儀した。

寒さは、札幌市内だとどんなに寒くても
-10℃程度だったので、何とか耐えられた。
そうはいっても、
寝るときにどうしても布団から出てしまう顔が
冷たくてしょうがなかった思い出はある。

ただ、雪上歩行だけは最後までうまくできなかった。
何度ころんだことか。

しかし、地元の子どもたちは平気で走り回る。

  信じられん…

普通のドライバーの運転テクも半端じゃない。
スピードとブレーキをかけてからの滑走距離とが
きちんと頭に入っていて、
車を滑らせながらも、ピタリと横断歩道の手前で止める。

ある冬の晩、タクシーに乗った。
しばらくすると、突然、
スリップしてタクシーのお尻が大きく振れた。
その瞬間、私は、死ぬ、と思った。

が、運転手さんは、まったく慌てることなく、
今まで見たこともない見事なハンドルさばきで、
何事もなかったように、車体を元に戻す。


夏に赴任したばかりのとき、
歩行者がみんな譲り合って歩くのを見て、
驚いた。
東京都心だったら、肩と肩がぶつかるのは日常茶飯である。

冬になって分かったのだが、
雪の獣道は一人分の幅なので、
たしかに譲り合わなければ通れない。


私はお酒を飲めないので、お酒の席があると、
いつも割り勘負けしてしまう。
つまり、他の人が飲むお酒の一部を
毎回おごっていることになる。

このことに気がついてくれたのも、
札幌国税局でいっしょに働いた仲間たちだけである。


じゃがいも、ラーメン、アイスクリーム、魚、肉、野菜等々
食べ物は何でもおいしい。
ホッケも、東京で食べていたのは何だったんだ、
と思ってしまうくらい大きい。
なんたって、皿からはみ出ている。

  人は親切、食べ物はおいしい、
  札幌最高!北海道最高!

ただ、よそ者というか、お客さん扱いされている面はある
というのは、北海道の方々自身もおっしゃっていた。


もちろん、良い面ばかりではない。

まず、問題は春である。
雪に隠れていた吸い殻がわんさか出てくる。
とにかく汚い。
喫煙者が、冬の間、吸い殻を雪の上に捨てまくるのだ。
一瞬にして火は消える、そして、
吸い殻自体も上から雪がすぐに降り積もって、
見えなくなるからである。

また、ラーメン屋にしても、
おいしいことはおいしいが、
麺もスープも同じような味がするお店が多い。
これは、大手の麺製造業者などが限られていることによるらしい。


そして、最後に、非常にセンシティブな問題ではあるが、
同和問題を十分理解されている方が少ないということである。

以下の話も聞いた話なので、真偽のほどは定かではない。

ある日、ある男性が、北海道のとある税務署にやって来て、
若い税務署員に、自分は同和出身者である旨告げると、
その署員は
『グリム童話がどうかしましたか?』
と真顔で答えたという。
そして、その男性は、その税務署の幹部に
きちんと教育をしておけ、
と言い残したということである。

いかにも嘘っぽい話である一方、
然もありなんという話でもある。

少なくともいえることは、東日本では、
この問題について知らない人が多いということである。
私自身も、国税の職場に入るまで、問題の存在さえ知らなかった。

ただ、何度職場研修に参加しても、
講師の弁護士らは、人権とは何ぞや、という講釈をたれるだけで、
核心部分には決して触れない。
だから、私の知識も生半可なままで、
変に差別意識だけをうえこまれてしまったような気がする。

何も知らなければ、差別も生まれようがない。
でも、知らないことも問題…

すみません、よく分かりません。


  
Tag:
| TrackBack:0
おもろい話やで | 日記
私は、一年間だけだが、札幌国税局で、
税金を払ってくれない滞納者から、
税金を回収するという仕事をしていた。

今回は、そこで経験したお話しをしたい。

税金を払ってくれないない人は
簡単には払ってくれない。

だから、職員が税金を使って滞納者の所にうかがい、
払ってもらうよう催促する。

ある日、右翼と称するお方の所にうかがうことになった。
憂うつになった。

ただ、ベテラン職員の方と二人で行ったので、
ちょっとだけ安心だった。

右翼と称する方のお宅に到着。
幸い、事務所ではなかった。

私は、当時、
法律を守らないような滞納者相手に礼儀は不要
と、勝手に思っていた。

だから、いっしょにいたベテラン職員の方が
きちんとご挨拶しているかたわら、
私は無言でおじゃまする。

いきなり、怒鳴られた。

  挨拶くらいしろ!

私は、変な反抗心があって、無言でいた。

  右翼なら、税金払ってくれよな…

その後も、相手の攻撃は続く。

『住専とやらで、税金の無駄使いしやがって!』

「税金を払わないあなたがいうことじゃない。」

こんなことを言うのは、火に油を注ぐようなもの。
その瞬間の私は冷静でなかった。

相手の言うことは、正論から脅しに変わっていく。

『お前、俺が何者が知っていっているんだろうな!』
『血気盛んな若い者が黙ってないぞ!』
『お前の住んでいるところなんか、分かってるぞ!』
『お前にも家族がいるだろ!』

私は、思った。

  住んでいるところは、宿舎の最上階で一番奥の部屋だから、
  トラックで突っ込むこともないだろうし、
  猫の死骸とか、糞尿をばらまくにしても一苦労。
  実際にそうされても、私の財産じゃないし…(すみません)
  
  俺が独身とかっていうことまで知っているのかな?
  両親は、東京の病院で二人そろって入院中だから
  まず大丈夫だろう…

だから、私は、法律は守ってくれ、といったようなことを
繰り返し言っていたような気がする。

すると、お前は何様のつもりだと、怒鳴られる。
大人げない私は、

  私がいっているのではない、
  法律がいっているだけだ、

みたいなことを言っていたと思う。

ベテラン職員の方が私もなだめる。


帰り際、その右翼と称する方は、
笑顔で私にこう聞いてきた。

『お前、いくつだ。』

私も笑顔で答えた。

「三十代ですけど。」

  なんだ、俺のこと全然調べがついてないじゃん。


後日、数千万円が納められていた。



Tag:
| TrackBack:0