2016.05.20(Fri):介護・福祉問題

私が住んでいる
東京都江東区の北部は
高齢化が進んでいる。
自分のポスター掲示をお願いする際、
家主さんがご高齢であることが多い。
ご高齢の方は総じて親切で、
年下の私にも礼儀正しく接してくださる。

もう一つの特徴は、少数ではあるが、
身の上話をされることである。
特に、ご主人やお子さん、ご兄姉など
身内の方を亡くされた方が多い。
短くても10分ほど、
時には30分以上お話しすることもある。

生前にご苦労された話、
身内の方が亡くなられたときの様子など
見ず知らずの私に、
そこまであけっぴろげに話されても
大丈夫なのか、
と思ってしまうほどである。

私が感じたのは、
投資や訪問販売などで
ご高齢の方が詐欺に引っかかりやすい
その理由である。

マスコミでも報じられているように、
詐欺師らは、
こうしたご高齢の方々の心のすき間を
ねらって近づき、
話をきいてあげて親密になったところで、
投資話などをもちだす。

私も自分のポスターを貼らせてほしい、
そんな下心があって接しているので
本当に偉そうなことはいえないのだが、
やはり、普段から
ご家族の方やご近所の方々が、
ご高齢の方のお話しをうかがうことが
振り込め詐欺なども含めた詐欺被害を
防止する上で大切なことだと実感できた。
(今、急性喉頭炎を患っている
 カンニング竹山出演の
 そうしたCMもあった。)

と同時に、
警察や金融機関、マスコミなどが
いくら注意喚起しても
詐欺被害が減らない理由も
分かったような気がした。

が、
自分自身をふり返ってみると、
先に母を亡くした父の話を、生前、
十分に話をきいてあげたかというと、
そうではなかった。

私が仕事などから帰宅すると、
ベッドにいることが多かった父は
待っていましたとばかりに
私に話かけてきたものだが、
疲労困ぱいのところに
話かけられても、
きちんと話を聞いてあげることは
できなかった。

私と同じような経験をされている方も
少なくないのではないか。
私は、そうした方々のお気持ちも
察することができてしまう。

だから、
ここにこそ、
高齢者の詐欺被害が減らない
本当の理由があると、
私は思う。



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2016.03.27(Sun):介護・福祉問題

こんな衝撃的なネットの書きこみを機に
待機児童の緊急対策が決まりそうだ。

国会での野党の質問に対する
“匿名の投稿にいちいちコメントできない”
という旨の首相答弁や自民党議員の野次が
きっかけとなったといってもいいのだが、
こうした突発的な出来事がない限り、
個人の訴えが直接、政府・与党を動かすことは
めったにないのではないか。

待機児童の緊急対策がうたれる一方、
待機児童数の十数倍もいるとされている
特養ホームなどの待機老人対策が
緊急にうたれないのも、その証左である。

他方、法人の要望は、
こうした突発的な出来事がなくとも、
与党・自民党によって
常に考慮されているように思われる。

原発を廃止しようとしないのもそうだが、
(労組を支持母体とする民進党も同じ)
個人と法人への考慮が対照的であることの
もっとも分かりやすい例は、
消費税増税と法人税減税であろう。

消費税増税の理由として
よく財源不足があげられるが、
それなのに、なぜ、
法人税のほうは減税していいのか?

それは、法人税減税によって
企業の国際競争力が高まり、
ひいては経済全体の成長につながるから
税収も増える、
おそらく、こうした建前なのであろう。

しかし、
日本より法人税が高い米国の企業に
国際競争力はないのであろうか。
また、日本の法人税率は昭和62年から
下がり続けているが、
それにちょうど反比例するかのように、
日本の経済成長のほうは頭打ちだ。

こうした実効性や説得力のない理由で
法人税を減税し続けるのは、やはり、
巨額な企業献金を受けているからだ、
とつい考えてしまう。

もちろん個人献金もあるが、
まさか、
献金してくれた個人個人を念頭に
政策をうつことはないであろうし、
額も億単位の業界団体とは違うのであろう。

また、企業献金も、
政治活動を支えている面もあるので、
一概に、悪だ、ともいいきれない。

それでも、私が引っかかるのは、
金が政治を動かす面をぬぐえないのは
民主主義という点から健全とはいえない
と考えるからで、実際、
フランスやカナダのように
企業献金を原則禁止している国もある。

ところで、待機児童問題に戻ると、
先ほどあげた介護の分野では、
特養ホーム、在宅介護、ショートステイなど
高齢者本人やその家族の事情によって
きめ細かくなっているのを考えると、
ベビーシッターなど保育園以外の選択しを
利用しやすくするのも一考ではないか。

あと、子育て世代以外の反対などで
実現困難かもしれないが、
介護保険制度のように、
育児保険制度のようなものをつくり
薄く広く育児のための財源を集める
こんな方法もあるのかもしれない。



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2015.06.07(Sun):介護・福祉問題

先日、民間の有識者などで作る“日本創成会議”が
“東京を中心とした地域では今後10年で急激に高齢化が進み
医療・介護施設の不足が深刻化する“として、
“高齢者の地方への移住を支援するなどの対応が必要である”
との提言をまとめた。

しかし、私の亡くなった父は、私が
「都内の特養ホームはいっぱいなので、
北関東の特養ホームに入らないか」
ときいたところ、
『長年暮らしてきた都内を離れたくないし、
そんな体力や気力もない』
といっていた。

この提言、
介護などの経験がなく実態を知らない有識者が
机上で機械的に考えて出されたものではないか、
という印象を受けた。


また、別の先日のニュースであるが、
安全保障関連法案について、
衆議院憲法審査会で参考人質疑が行われたところ、
与党推薦も含めた3人の学識経験者全員が
違憲であるとの認識を示した。

これに対し、
法学士ではあるが修士でもない菅官房長官が、
政府の見解としながらも、
憲法学者の大家らの指摘を否定していたのには、
参考人質疑の意義も含め、
ものすごく違和感をおぼえた。



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2014.08.12(Tue):介護・福祉問題
昨晩、NHKで
家庭内別居の番組を視た。

妻は365日24時間、
子育てや家事で大変なのに
夫は手伝ってくれない。

夫は夫で、
仕事でヘトヘトなんだから、
家にいるときくらい
のんびりさせてほしい。

そんな、
お互いの立場を理解できずに、
でも、子どもがいるから離婚もできず、
家庭内別居となる
というケースが多いようだ。

その一つの例として、
妻が愚痴の一つでも聞いて欲しくて、
仕事帰りの夫に、
子育てのことなど相談をもちかけると、
夫は、疲れているところに、
妻のストレス発散の対象にはなりたくない
とばかりに、
正論をはいてその場をやり過ごす、
という場面が紹介されていた。

実は、
独身の私にも似たような経験がある。

身体の自由がきかないということは、
相当ストレスがたまるようだ。

だから、私が仕事から帰って来て、
玄関に足を踏み入れた途端、
亡くなった父は
待っていましたとばかりに
毎日のように愚痴をこぼしていた。

これが、正直、きつかった。
仕事でストレスを抱え、
精神的に困憊しているところに、
さらに
父のストレスをまともに浴びる。

私は、ここでイライラすると、
父もさらにストレスを抱えるといけないと思い、
黙って聞いていたが、
しんどかった。

それでも、父は、
私がイライラしているのは、
なんとなく分かってはいたみたいだが、
それでも毎晩続いた。

これが
一緒に暮らすことと
そうでないこととの
大きな違いである。

だから、こんな番組やると、
独身希望者が増えるんじゃないか
と心配していたが、
十代の視聴者からの
『私は絶対結婚しません』
というFAXが紹介されていた。

もちろん、
お互いがお互いの立場を理解し、
円満に暮らしておられる夫婦も多いはずだから、
そんな夫婦も紹介しないと
ますます少子化が進むんじゃないかと
勝手に気がめいってきてしまったので、
途中でチャンネルを変えてしまった。



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2014.07.12(Sat):介護・福祉問題
先月下旬、
霞が関の複数の省庁の女性キャリア有志11人が、
子育てをしながらでも働き続けられるよう
改革の提言をまとめ、
内閣人事局長に手渡した、
とのニュースがあった。

待機児童の問題のように、
子育てと仕事との両立という問題は、
世間でもクローズアップされ、
一昔より前よりは、
職場でも理解が深まってきているのではないか。

『イクメン』という言葉も生まれ、
男性による育児ももてはやされている。

それは、
子育ての大変さを実際に体験した方々多いことと
関係していると思う。

一方、介護老人福祉施設の入所待機問題は、
待機児童問題ほどは注目されていない。

『イクメン』に相当する言葉もない。

それは、介護を要する両親らと
いっしょに暮らしたことのある人が
比較的少ないことと関係しているように思う。

特に、働き盛りの勤労世代に限れば、
年齢的にご両親が健在な場合が多いので、
なおさらだ。

また、
ご両親の健康状況を心配しなければならない
上の年齢層でも、
長男でない限り、
介護の大変さを実感できる場合は
少ないような気がする。

実際、私が勤務していた
東京国税不服審判所というところでは、
50代の職員の方が比較的多かったのだが、
私の周りには、たまたま
長男である方が一人もおらず、
お話しを聞いていると、
ご両親の世話は長男に任せている(た)
という場合がほとんであった。

だから、
私の境遇に本当に理解を示してくれる方は
お一人としていなかった。

しかし、それは決して
非難されるべきことではないと思う。
自身で経験されない限り、
分からないのは仕方のないことだからだ。

私だって、子育ての苦労を
本当に理解しているかというとうそになる。


だからこそ、
私はしつこく訴訟を続けているのである。

霞が関の複数の省庁のキャリア有志が、
介護をしながらでも働き続けられるよう
改革の提言をまとめることはまずないであろう。

なぜなら、子育ての場合と比べ、
経験者が極端に少ないからだ。

私が訴訟を提起したことで、
本当に理解されなくとも、
子育ての場合と同様、
人事上配慮しなければならない時代なんだということを
分かってもらうためにも。



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2013.10.13(Sun):介護・福祉問題
福岡市の整形外科病院の火災で、
8名の入院患者が亡くなるという
痛ましい事故があった。

亡くなった患者さんの中には、
本当は退院できたのに、
日常生活には介護が必要で、しかし、
介護施設の不足や家庭の事情などで、
病院で面倒を見ざるを得ないという方も
いらしたらしい。

私の場合も、
父がある病気で入院すると、
自分が働いていたこともあり、
正直、なるべく長く入院してもらい、
病院に面倒をみていてほしかった、
というのが本音だ。

特に私がいた職場では、
介護の経験がない方がほとんどだったので。


しかし、東京など人口が多いところでは、
入院を必要とする方が後を絶たないので、
病院からは、
病気が治り次第すぐにでも退院してほしい、
といわれたものだ。

ただ、病院としては、
まっとうなことをいっているのであって、
決して冷たいというわけではない。

それでも、
入院前は、せっかく歩けるまでに回復したのに、
数週間入院すると、
また体が動かなくなってしまう。
つまり、振出しに戻ってしまうのである。

そうすると、
リハビリをしてもらえる別の療養型の病院を
ソーシャルワーカーさんと探すことになる。
そして、そのまた次の病院や施設など…


火災のあった福岡市の病院では、
先ほども述べたように、
退院して家に戻ったとしても、
仕事などで
日中面倒を見てくれる家族がいないため、
病院のほうで面倒を見ざるを得ず、
入院を継続していたという患者さんも
いらしたらしい。

自らの経験からしても、
一概にご家族・ご遺族の方を非難できない。

昔だったら大家族が多かったから、
家族で支え合うことはできたはず。
しかし、今は、
少子高齢化、核家族化がすすんでいる。

最近は、複数世代が住める住宅もあるが、
介護が必要になった場合のことも
念頭に入れておいたほうがいい気がする。



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2013.09.19(Thu):介護・福祉問題
『イクメン、国が育成』
という記事があった。

“男性も育児をすべき”
これを否定するつもりは毛頭ないが、
ちょっと、気になる言い方だ。

家事、育児・介護、そして外での仕事、
女性も男性もないと思う。
要は、これら全部ひっくるめて、
いかに夫婦間で公平に分担するか
それだけの問題だけのような気がする。

つまり、
夫婦の一方のみが外で仕事をしていたら、
もう一方のほうが、家事や育児などをする。
共働きなら、家事や育児なども公平に分担する。
一方の外での仕事が多く、
もう一方のほうの外での仕事のほうが少なければ、
家事や育児などの負担割合は逆にする。

性別関係なく、
これだけの話なんだと思う。
(すみません。
 結婚したことがない私が勝手なことをいって。)
 

でも、男性が育児をしようとする場合の、
より根本的な問題は、
会社や役所で働く周りの職員の理解のほうではないか。

例えば、
もし、“霞が関”の役所で、
特に男性職員が
育児を理由に有休をとろうとしようものなら、
間違いなく、
『なに、ふざけたこといっているんだ』
と周りのみんなから思われる。
人事評価もマイナスになる。

絶対。

要は、国がどう支援したところで、
こういった職員の性根を変えない限り、
“イクメン”は決して広まらない。

こうした性根のままだからこそ、
例えば、
私が介護を理由に在京勤務を希望したことが
マイナスに評価されたのである。


『イクメン、国が育成』は、
“問題解決のためには、
 まず、問題の原因を探し、
 (この場合、職員の性根)
 そして、その原因を解消する方策を考え、
 それを実施すること“
こうした至極当前のことが分かっていない
暇を持て余した役人が
机上で考えた施策にすぎない、と思う。

こうした性根を変えるような育成なら
話は別だが…



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2013.08.27(Tue):介護・福祉問題
数日前、横浜市で、88歳の男性が踏切横断中、
警報機が鳴り始めたが、渡り切れずに
電車にはねられ、亡くなられた。
いっしょに渡っていた奥様の眼の前での出来事、
本当に痛ましい。


私の生前の父は、寝たきり状態のときもあったが、
一番体調の良かったときで、
杖をついて外を散歩するくらいまで回復したときがあった。
その時は、休日になると、よく一緒に散歩に出かけていた。

大変なのが、横断歩道を渡るときである。
我々健常者は、信号が点滅したときくらいしか
渡りきるタイミングというか時間を気にしない。

しかし、老齢者が渡るときは、
信号が青になるときが勝負だ。
青になった瞬間に渡り始めないと、
間に合わないのだ。

私の父はチャレンジ精神旺盛だったので、
青に変わってから数秒経っても
渡ろうとしていたので、よく渡るのを制止したものだ。

それでも強引に渡ったときや、
青になったと同時に歩き始めても
歩くのが遅くて渡りきれなかったときは、
私はよく
待ってくれている車の運転手に向かって
頭を下げながら赤信号を渡ったものだ。


事故のあった踏切は、
1時間のうち15分しか開かない踏切で、
全長60m(避難スペースまででも22m)もあったらしい。
だから近くには歩道橋もあったということだが、
エレベーターがなかったらしい。

世間では子育てで苦労された方が大勢いらっしゃるので、
子育てや教育はあつく語られる。
子どもの未来は心配してくれる。

一方、高齢者といっしょに暮らしたことのある方は少ない。
そして、子育てをしている親御さんらとは異なり、
高齢者の方自らはなかなか声を上げることができない。

だから、高齢者のための政策は後回しになるというか、
そもそも高齢者といっしょに暮らしたことのない
政治家や役所の職員らは、
対策の必要性自体に気がつくことができない。

エレベーターが設置されていなかった原因は
そんなところにもあるのだろう。



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2013.08.04(Sun):介護・福祉問題

本日は、先月30日のつづきで、
江東区の行政評価制度の外部評価委員会
(外部の人が、行政の施策が計画どおりにいったか
チェックする場)
を傍聴したときのお話しのつづき。

今回は、福祉の施策の中でも、
民生委員問題について。

民生委員とは、かいつまんでいっちゃうと、
高齢、身体障害、家族の虐待などにより
生活に困っている地域住民の方々の実態を把握し、
相談・助言するなどして支援するボランティア。

住民の意識の変化で、
最近は、なり手がいないらしい。

お願いしても、
“行政のやることだろ”
といって断られるケースが多いとのこと。
この発想だと、民生委員制度は、
行政コスト削減のための
無料の外部委託ということになる。

対策として、
年齢制限を引きあげるなど
民生委員になるための要件緩和を検討しているらしい。

しかし、これだと
特定の人が民生委員を引き受け続けることになりかねない。
それに、問題の原因が住民の意識の変化にある以上、
行政評価委員の方が指摘されていたように、
民生委員制度そのものの在り方から検討すべきであろう。


それにしても、公務員は、一方で
“給料減らせ”、“人減らせ”
と言われている。

まさに公務員受難の時代だ。



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2013.07.30(Tue):介護・福祉問題

本日は、先日にもご紹介した
江東区の行政評価制度
(行政がある政策目標を立て、
 その目標を達成すべく政策を実施し、
 そして、目標どおりにいったか、
 施策者たる行政自身が分析するとともに、
 外部の人のチェックも入り、
 その結果を次の施策に活かしていくという制度)の、
外部評価委員会(外部の人が実際にチェックする場)を
傍聴したときのお話し。

今回は、福祉の施策について。

その中でも、まず、
特別養護老人ホームのお話し。
入所待機者が、江東区だけでも2千人以上もいるという。

世間では、待機児童の問題の方が脚光を浴びており、
そのためか、全国の市町村でも問題は解消しつつある。
江東区でも平成26年度には待機児童はゼロになる見通し。

他方、
特別養護老人ホームのほうの待機問題は解消しそうにもない。

なぜなら、
一人当たりに必要な面積が
児童の場合と比べようがないほど必要だからだ。
具体的には、特養ホーム一所に必要な面積は、3,000㎡。

都心部でこれだけ広い土地を見つけるのは容易でなく、
これが入所待機問題解消に見通しがたっていない主な理由らしい。

ご本人にとっても、ご家族にとっても、
なるべく自宅に近い特養ホームが望ましいのだから、
“地方の特養ホームに入ればいいじゃん”
というのは机上の空論。

土地確保という問題になると、地方分権の時代とはいえ、
東京都もしくは国のほうがもう少し積極的に
土地の確保・調整に関与したほうがいい気がする。


ただ、より問題なのは、
多くの区民や都民がこういう実態を知らないということ。

十年ほど前、父親を区内の特養ホームに入所させるべく、
特養ホームに訪れた際、数年待ちといわれた。

その時、どれくらいの方々が入所を待っているのか、
区や都、又は国は特養ホーム増設に努めているのか、
特養ホームが増設されない理由は何なのか、
いろいろ不思議に思った。

その時も、自ら努力すれば分かったのであろうが、
仕事も含め、他により重要な問題があったから、
そんな時間はなかった。

そして、行政のほうも、
私のように不思議に思っている区民や都民がいる
ということを実感できていないのではないか。

今回の外部評価委員における
委員の質問に対する区の職員の返答ぶりを聴いていても、
そう感じた。

行政が、もう少し現場に出れば、
区民や都民が感じていることが実感でき、
そうすれば、
もう少しうまい情報発信ができるのではなかろうか。

これは、私が何度も主張している
双方向の政治の形でもある。



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2013.05.21(Tue):介護・福祉問題
野球漫画『ドカベン』の主人公、
山田太郎、
“不言実行”の男として描かれていた。

以前は、このように、
寡黙こそが日本人としての美徳とされていた。
しかし最近は、
グローバル化社会を生き抜いていくためには、
日本人もアピールすべきはアピールすべき、
として、“有言実行”のほうが評価されつつある。

だからか、日本維新の会の
石原・橋下共同代表が人気があるのは、
(ごくごく最近は別として)
都政、府政、市政改革を、
完全ではないにせよ、一部でも実行してきたからだと思う。

一方、“不言実行”の本当の政治家が、
林横浜市長だ。
もちろん、みなさんご承知のとおり、
ごちゃごちゃ言わず、
全国最悪だった待機児童数をゼロにしたからである。
保育士の確保が課題として残っているとはいえ。

本当は、横浜市民にとっては
“有言”だったのかもしれない。

つまり、石原・橋下共同代表のように、
全国的知名度がなかったがために、
“待機児童数をゼロにする”というスローガンが
横浜市以外には聞こえてこなかっただけかもしれない。
あるいは、両共同代表とは違って、
控えめな性格だったからかもしれない。

それにしても、すごすぎる。
民間企業の参入や保育コンシェルジュの導入だけではない。

まず、設備計画の権限を
横浜市から区に委(移?)譲した。
プライドの高い中央官庁には
できない発想である。

次に、保育施設の場所を見つけるため、
職員が歩きまわり、
駅前の駐車場や大学などの一角をおさえた。

さらに、
“保育施設が増えればいいというだけではない。
 近くに子どもをあずけられる場所になければ意味がない。“
そういった住民のニーズをきちんと把握。

そして、お子さんをあずけられる場所をあちこちに設けた上で、
バスで子どもを郊外に設置した保育所に移動させる。
こうして知恵を出して工夫もした。

財源は、他の予算を少しずつ削ってねん出したという。
一言でいうと簡単にきこえるが、
さまざまな既得権益との戦いがあったにちがいない。

そして、ついに菅官房長官が、
横浜方式を全国に展開する
といった旨を発言。

“地方から国を変える”
と抽象的なことをいって当選したものの、
実際に何をやったのか見えてこない政治家は数多い。

そんな中、林横浜市長は、本当に、
横浜市から国を変えつつある。

一方でリコール運動もされているようではあるが、
私が生まれて初めて
すごいと感じた政治家である。



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新聞の読み方 | 日記
2013.04.01(Mon):介護・福祉問題
兵庫県の小野市で、生活保護費などについて、
パチンコ、ギャンブルなどの遊興費への浪費や不正受給を見つけた場合、
市民に通報を求める条例が可決され、
本日4月1日から施行される。

この条例については、
生活保護受給者などへの差別や偏見を助長する、
プライバシーの侵害だ、
といった反対意見がある。

しかし、生活保護費の出所は、われわれの税金であり、
そして、何よりも、”生活”を保護するためのお金である。

ギャンブルも、”生活”の一部と考える受給者もいるのかもしれないが、
税金を支払っているわれわれの大多数は、
”生活”といえば、やはり、衣食住のことをいうんだと思う。


それに、そもそも、普通の人は、誰が受給者だか知らない。

また、小野市には受給者が少ないらしく、
この条例には罰則もない。
だから、けん制の意味が強いと思う。


それなら、一層のこと、現物支給やチケット制にしてまえ、
という考え方もある。

しかし、現物支給については、
受給者が欲しいものとマッチするとは限らない。

チケット制にしても、アメリカとかでは、
結局、不正に売買されてしまうケースもあるらしい。

そうすると、
本人にしか使用できないようなチケット制というのが一番か。

そうすれば、受給者も、大手をふってギャンブルができる。
チケットでギャンブルができないということで、
ギャンブルの資金の出所は、
少なくとも税金でないことが明白になるからだ。

市民の ”監視”の必要もなくなる。


と、机上で思う。




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新聞の読み方 | 日記
2013.01.09(Wed):介護・福祉問題
自民、公明両党が、特例で1割に据え置かれている
70~74歳の医療費の病院窓口での負担を
本則の2割に引き上げる時期について、
2013年4月からの実施の見送りを決めた、

というニュースについて、
1月9日付のある新聞の社説が
以下のようなことをいっていた。


  この見送りは、若者より投票率の高い高齢者にかかわる改革は
  今夏の参院選後に先延ばしし、
  選挙への影響を抑えるのが狙いとみられる。
  しかし、将来世代への負担を減らすためにも、
  2006年に成立した法律どおりに
  全対象者の負担を一斉に2割にすべきだ。

といいつつ、社説の後半では

  窓口負担は年齢で区別するのでなく、生活が苦しい人は軽減し、
  余裕のある人には応分の負担を求める方向で改革を進めてはどうか。

ともいっている。

一瞬、矛盾していると思った。

しかし、こう解釈した。

  この論者にとっては、
  70代は、生活が苦しかろうが、
  負担割合は全員一律2割にすべきである
  ということが大前提。

そして、こう推測した。

  この論者、年金生活者の実態を知らない。

私も、亡くなった父の介護をし、かつ
自身が無職になって、年金生活者のご苦労が
なんなく分かったような気がした。

  収入が少ないから、出費は極力抑えたい。
  それなのに、介護費用や医療費などでお金がかかる。

介護費用や医療費などがかかることは、
父が存命中に実感した。

そして、
収入が少ないから、出費は極力抑えたいということは、
無職になって実感した。

選挙運動中、何人かの有権者から
悲痛ともいうべきお願いをされた。

”介護を受けているのに、
 なんで介護保険料を払わなければならないんだ!
 なんとかしてくれ!”

自身が無職であることを実感できなかったこのときは、

  介護保険料を払って、介護を受けるなんて
  当然じゃないか。

そう、思った。

しかし、無職になったことを実感した現在、
よく分かる。

私のばあい、健康で介護も受けていないが、
健康保険や年金の掛金にかかる出費は
無職の身にとってつらい。
これに介護費用や医療費がかかったら
確かにたまったものではない。


人は自分の体験にもとづいて語る。

当然のようだが、実は、これほど大切でかつ危険なことはない。

例えば、

私は、お酒が飲めない。

と、いうと、たいていの人は、
飲みが足りないからだ、という。

それは、たいていの人が飲酒を重ねてお酒に強くなったからである。

しかし、私も学生時代は運動部に所属していたので、
はじめのころは飲酒を ”すすめられていた”が、
何度吐いてもいっこうに強くならない。

アルコール分解酵素がないからである。
この酵素は、約2万年前の中国大陸で突然変異でできたらしい。
したがって、生まれつきお酒の飲めない人はアジアに多く、
欧米人は少ない。

だから、この酵素の存在を知らない人は、
飲酒を重ねれば、お酒に強くなる、
と判断しがちなのである。

私がOECD(経済協力開発機構)という国際機関に勤めていたとき、
周りの職員は欧米人ばかりだったので、
生まれつきお酒が飲めないという概念がない。
だから、お酒が飲めないというと、
宗教上の理由?
と、よくきかれた。

そこで、私も、アルコール分解酵素うんぬん
というのを英語でいうのが面倒くさかったので、
つい、

  仏教徒だから

とごまかしていた。

最近のお坊さんは、飲酒される方もいらっしゃるようだが…


ところで、
お酒を飲めない人が飲酒を強要されるということはどういうことか?

みなさん、自分の苦手な食べ物や飲み物は何ですか?
そう、まさに、その食べ物や飲み物を無理やり
食べさせられたり、飲まされたりするようなものなのである。

そして、食べられないのは、食べる量が少ないからだ、
といわれたら、どう思われるだろうか?

また、お酒の飲めない人にとってつらいのがお会計。
他人が飲んだ分まで支払う。
よく、結婚式の二次会で女性のほうが
会費が安いということがある。
本当は、お酒の飲めない人のほうを安くしてほしい。

OECDに勤めていたとき、よく出張先で、
他の職員とバーなどに行く機会があった。
そこでは、彼女ら、彼らは、
私にお酒をすすめるようなことは決してせず、
お会計もきちんと自分が飲食した分だけを払っていた。

しかし、ウーロン茶がなかったので、
コーラばかり飲んでいるのも、別の意味できつかった…

それにしても、欧米人は、本当にアルコールに強い。

OECD内の食堂内では昼間からワインが飲める。
昼ごはんを食べながらワインを飲んでも、
午後からふつに仕事ができてしまう。

街中でも、まっ昼からワインをたしなみ、
夜も、酔っぱらっている人やゲロをしている人は
ほとんど見かけたことがない。


日本では、お酒がコミュニケーションを円滑にする。
酔った勢いで舌はなめらかになり、本音も話せる。

他方、私がOECDで勤めていたときの狭い ”体験”から察するに、
ヨーロッパでは職員どうしのコミュニケーションの中心は昼ごはんである。
だから、食べるのが異常におそい。
昼休みは、食べるより、話すためにある。
しかも内容は、キリスト教関連の話や、徴兵制があるので拳銃の話とか
日本人の私にとってついていけないものも含め、多様。

日本のように、お昼ご飯を黙々とかきこむだけだと
コミュニケーション能力に欠けているとみなされてしまう。

勤務後は、職員どうしで飲みに行くということがない。
ただ、夏休み前とクリスマスの年二回ほどは
職員どうしの ”飲み会”はある。
ただ、彼女ら、彼らはアルコールに強いので、
酔った勢いでコミュニケーションをとっているようにはみえない。

本音は、昼休みだろが、勤務中だろうが、ガンガンくる。


日本とヨーロッパ(これも、かなりざっくりとした括りだが)
どちらが正しいというわけではない。
ただ、お酒を飲めない私にとっては、
後者でのコミュニケーションのとり方のほうが
ありがたい。

私は、時おり、酒の席になるとおとなしくなるね、
と指摘されることがある。
ただ、みなさんも、嫌いなものがコミュニケーションの
手段だったら、つらいですよね。


さて、お話がお酒にそれてしまったので、
体験が重要でかつ危険であるという話にもどらさせていただきたい。

私の父は、母が亡くなって十年以上経って、亡くなった。
母が亡くなったころは寝たきり状態であったが、
ヘルパーさんなどのおかげで、
かなりヨロヨロではあるが、杖をついて歩けるようになり、
そして、また動けなくなった。

この十年の間で、父が一番元気だった頃の話である。
その頃は、70歳以上は都営交通が無料だったので、
父が地下鉄に乗るといった。
そして、私は父に付き添い、いっしょに階段を
ゆっくり、ゆっくり下りていた。
そのとき、あるご婦人が、

『むこうのほうに、エレベーターがありますよ。』

と、親切に教えてくださった。
ただ、エレベーターのあるところまでが、
あまりにも遠かったので、
そこまで行くよりは、階段を下りてしまったほうが
楽だったのである。

バリアフリー、バリアフリーといわれているが、
駅のエレベーターは改札口前にないと、
あまり意味がない。
工事の関係で、設置場所に制限があるのはたしかだが、
こうしたことは、体の不自由な方が身近にいないと
なかなか分からないことではないのだろうか。


大阪市では、高齢者より子どもの教育に力を入れている。
したがって、高齢者にとっては、
病院に通う交通が不便になるなど影響が出はじめている。
ここから推測できることは、
橋下市長は子どもの教育でご苦労はされているものの、
おそらく高齢者介護の経験はないのであろう、
ということである。


高齢者は真冬でもサンダルをはく
という一見不思議な光景も、
高齢者が身近にいたことがあれば分かる。
高齢者にとっては、腰をかがめるのがつらいので、
靴をはくのも難儀なこととなる、
ということは、正月のブログでも紹介した。


TVのニュース番組で、
保育園児の声が騒音になっているという
問題を取り上げていたとき、キャスターは、
子どもが大声を出すのは本能的なところがあるので、
寛容であってほしいですね、
と、まさに他人ごととして、のんきにしめくくっていた。
正論だが、自ら現場にいき、
その騒音なるものを体験していたならば、
もっと厚みのあるコメントができたはずである。


在沖縄米軍駐留基地の問題が、
あれだけ長年、沖縄の方々が基地反対の声を上げているのに、
いっこうに解決しないのは、
私も含め沖縄以外のほとんどの住民が、
このキャスターと同じだからかもしれない。

国会から遠いという問題はあるが、
総理大臣、防衛相、外相、そして防衛省や外務省の役人が
沖縄に居住すれば、問題は解決するのかもしれない。


原発問題にも同様のことがいえそうである。


いろいろ述べさせていただいたが、
体験をしないと分からないという経験の重要さ、
そして、自らの体験だけで判断することの危うさ
この両方を理解してくださると幸いである。



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