2017.07.03(Mon):わたしの信条

都議選の選挙活動中、
控えていた駅頭挨拶を
今朝、久しぶりに行った。

すると、通勤客のお一人から
“おめでとうございます!”
と声をかけられた。

私は『都民ファースト』ができる
二年近く前から
“緑”をイメージカラーに
『政治の透明化』
を地元で訴えかけ続けてきたので、
おそらく、年齢も近いこともあり
『都民ファースト』の当選者と
間違えたのであろう。

それにしても、
当選した『都民ファースト』の人たちが
正直うらやましい。
地元での活動が皆無なのに、
いきなり当選できたのだから…

たしかに、4,000人近くの
“希望の塾”の塾生から選ばれた
55人なのだから、
選ばれるための努力はあったのだろう。
しかし、この選考過程も不透明なので、
コネで選ばれたと思われても仕方あるまい。

小池ブランドの力も相当なものだが、
国会議員とはいえ、多くの自民党議員の
資質のなさに呆れかえった
都民の票の受け皿になったからこそ
これだけ大勝できたのであろう。

これで、
知事と議会の二大権力を握った小池氏。

昨晩、テレビ各局キャスターらも
この点を指摘していたのに対し、
小池氏は
『各当選者は専門性を有しているので
 専門家として知事を指摘してくれるので
 問題ない。
 むしろ、今までが議会のドンと
 なーなーでやって来たのが問題』
と形式論を実質論にすり変えながら
うまくかわしていた。

しかし、実質的な点からいっても、
専門的な点から知事をサポートするのは
本来、都庁の役人であり、または
これまで小池知事が
いくつも作ってきた専門家会合が
指摘する役割を担っているのであって、
議会が知事をチェックするのは
予算や政策といった大きな方向性のはず
なんですれけれど…

それに、石原氏はまだしも、
猪瀬氏や舛添氏がドンと密接な関係にあった
というイメージはなかったんですけど
と独りテレビを前につっこんでいた。

ただ、都民が
小池氏への権力集中を選択した以上、
この利点を活かしてほしい。

すなわち、
これまでの市場移転問題や
オリパラの予算問題のように
“決められない知事”
と周りから揶揄される前に、
スピード感をもってやってほしい。

また、これまでのように、
あわてた感じで、いきなり
結論だけを発表するのではなく、
その過程を関係者や私たち都民に
明らかにしながら結論を出してほしい。

それが、
都民の期待するところであり、
そうしなければ、
今回の落下傘当選者らは、
次回の都議選では、
以前の民主党のように間違いなく
惨敗する。


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2017.07.01(Sat):わたしの信条

先日、安倍首相が、
獣医学部新設の全国展開を
突如表明したのを受け
日本獣医学会らが反対会見をした。

自民党の改憲案やその時期を
国会という場でなく、
新聞社関連の会合で突如発表した際も
同じ自民党の議員でさえ
驚いた人は少なくなかったようだ。

突如表明して、関係者を困惑させる。
小池都知事もそうだ。

会社などの組織で
働いたことのある方なら
すでにお気づきのことと思うが、
関係者と調整し、同意を得た上で
物事を進めるというプロセスを
とばしているのである。

自分のやりたいことを
関係者を無視して
自分の都合・タイミングで表明し、
しかも、それがある程度許される
こうした環境にある点でも共通している。

安倍首相は三年間民間企業に勤め、
小池都知事も十年以上キャスターを
務めた経験はあるようだが、あまり
調整を図り同意を得ながら事を進める
という仕事をしたことがないのだろう。

特に小池都知事は
“根回し”をしないという。

しかし、
否定的な“根回し”とは、
本来の議論の場が想定されているのに
事前に
一定の結論に誘導すべく裏で画策し、
本来の議論の場をセレモニー化し、
台無しにしてしまうことをいう。

小池都知事の
豊洲・築地の両市場を活かす
という案の場合は、
数ある会合で議論がなされてきたことの
どの部分を、どういった理由で
どの程度考慮して、
上述のような案に至ったのか、まず
市場関係者らに説明し、同意を得ながら
一つの結論に至る、
同時に、こうした過程をすべて
私たち消費者・都民に公にすること、
これこそが、彼女が常日頃いっている
“根回し”を避け、“見える化”する
ことではなかったのか。

たしかに、これでは時間がかかり
決まるものも決まらないかもしれない。

しかし、だからこそ、
豊洲移転問題には
時間が与えられていたのではないか。

また、関係者の意向を無視して
迅速に物事を進めるのも一つの方法で、
実際、小池氏も都知事でありながら、
地域政党の代表として
議会の多数派を掌握し、
知事と議会の二大権力を
自身の手一つに集約させようとしている。

それならば、
自分は独裁的な手法でやりますと
正直に言うべきであろう。

上の市場問題の決着の仕方のみならず
“希望の塾”の収入の使途についても
“都民ファースト”の公認候補選定
についても、
自分に都合の悪いところは
決して透明にしないところがある。

森友・加計問題も同様のことがいえる。

安倍首相にしても、
小池都知事にしても、
“説明責任”という言葉を
安易に口にしてほしくない。

むしろ
“自分は独裁的手法で進めます”
と潔く認めてほしい。


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2017.06.27(Tue):わたしの信条

豊田議員の暴言・暴行問題
中川議員の二重婚問題
大西議員の数々の発言問題
宮崎元議員のゲス不倫問題
武藤元議員の未公開株・買春問題
“自民党の魔の二回生”といわれ、
大西議員を除くと
みんな公募で選ばれた者たちだ。
(中川議員は事実上の世襲)

それにしても、
公募で候補者を選定する側に
人を見る眼がなさすぎる。

当の本人たちも、
議員としての資質もないのに
当選できたのは
“自民党”という看板のおかげである。
なのに、自分の力で当選したと
勘違いをしていたのであろう。

議会は、数が力である。
そして政党には党議拘束がある。
だから、党の方針を決められる
党の要人以外のその他の議員は、
数合わせのための
政党の“駒”ともいえる。

著名人なら候補者になれるのも
そのためだ。

しかし、
たとえ“駒”だとしても、
誰でもいいというわけではない。

29連勝という記録をうちたてた
藤井四段にしても、
割れた駒、汚れた駒を使ったら
勝てまい。

東京都民にとっては、
まもなく都議選である。

投票先を選ぶ際には、
公約を参考にしたいところだが、
あまり当てにならない。

人の本性も見えづらい。

しかし、
公募で候補者を選定する者よりは
確かな眼をもって、
“駒”を選びたい。


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2017.06.03(Sat):わたしの信条
今からおよそ400年前、
ガリレイが望遠鏡を発明した際、
誰も望遠鏡を覗こうとしなかったらしい。

『私は、全天の星の数を1,027個とした
 アリストテレスの絶対無誤謬を信じてきた。
 望遠鏡をのぞかなければ、
 その無誤謬を信じる力が残される。』

今からおよそ50年前、
日本の新幹線の話を聞いた中国の鉄道関係者は

『時速200キロを超えることは不可能だ。
 アメリカの従属国の日本の技術者に
 そんなことができるはずがない。
 万が一可能にしても、
 アメリカが自国にまさる列車を
 被支配国で運行することを許すはずがない。』

という理屈で信じようとしなかったらしい。


そして、現在。
①森友学園問題、
②加計学園疑惑、
③ジャーナリストの準強姦疑惑、
④取手市のいじめ問題、
いずれも一方当事者は、
本名と顔を公然にさらけ出し、
相当の覚悟をもって主張している。

しかし、他方当事者らは、
①については、
証人喚問証言に対するFB上での反論、
②については、
公の場での個人への人格攻撃、
③については、
『不起訴処分になってすぐに
 不服申立てをしなかったのは変』
という中学生でも論破できる理屈での
FB上での反論、
④については、
亡くなった生徒の日記に
『いじめられたくない』と
明記してあったにもかかわらず、
『いじめによる重大事態に不該当』
との結論、

といった具合である。

もちろん、現時点で
真実は分からない。

しかし、私たちは
望遠鏡をのぞきたいし、
新幹線も実際に見てみたい。

だから、
一方当事者が相当の覚悟をもって
主張している以上、
他方当事者にも、
もっと誠実な態度で応じてもらいたい。

それとも、
400年前の人たちや50年前の中国人と
変わらないのであろうか。

yjimage[9]新幹線


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2017.03.13(Mon):わたしの信条
三月に入ると
来年卒業予定の学生にとっては、
就活が本格化する時期だ。
先日、仕事について
旧友と話をしていたとき、
はっとさせられた一言があった。

それは、
わくわく感があるから働ける
という一言だった。

わが身を振り返ってみると、
国家公務員として働いているとき、
わくわく感をもって
仕事のできた職場は限られていた。

現場や国際機関など
自己裁量の余地のある職場もあったが、
ほとんどの職場では、
自分の意見・考えは押し殺された。
まさに組織の歯車。

少なくとも私はそう感じていた。

もちろん、
世の中のみんながみんな、
本来自分のやりたい仕事に
つけているわけではない。

比較的安定した収入が期待される組織の中で
自分を抑えながら働いている人、
たまたまついた仕事の中で
働きがいを見い出そうと頑張っている人、
家族を養うために働いている人、
リスクを伴いながら
フリーランスもしくは経営者として働く人、
様々なのであろう。

自分はというと、
悔いのない人生にしたい
と考えたとき、
養うべき家族がいない境遇にあるからこそ
リスクを伴っても
自分のしたいことをすることにした。

この年齢になって
大学で勉強しているのもそうなのだが、
今、自分がどこの政党にも属さず
政治活動をしているのも、
思う存分自己表現のできる場、
自己実現のできる場、
そして、
わくわく感をもって活動できる場を
求めていたからかもしれない。

が、
覚悟も必要だ。


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2016.09.08(Thu):わたしの信条

築地市場の豊洲移転問題について、
昨日、東京魚市場卸協同組合が記者会見し、
正式な通知もなく、大変ショックである旨
述べていた。

ちなみに、豊洲を抱える江東区にも
移転延期の事前連絡はなかったらしい。

小池都知事は、移転延期の理由として、
都民ファーストの視点から、
安全性への懸念、巨額かつ不透明な費用、
そして情報公開の不足
三つの疑問があるこをこと挙げていた。

東京五輪・パラリンピック用の
環状2号線の建設問題や
移転延期に伴う巨額な損失問題
こうした問題があるにもかかわらず
11月7日に移転するという
既定の路線を覆す
その英断と勇気は尊敬に値する。

しかし、都知事は、普段から、
移転延期の理由にもあったように、
都民目線や情報公開の大切さを
訴えている。
が、だからといって、
利害関係者の目線や
利害関係者への情報公開・説明責任を
ないがしろにしていい
ということにはならない。

事前に説明すると決定しづらくなる
ということもあるのだろうが、
彼女の周囲を気にしなさすぎる態度は、
これが人気の理由であるにせよ、
行政や政治を担う者の姿勢としては、
疑問が残る。

都知事選に出馬した際も
自民党の方針を無視した。
かといって、
自民党を離党したわけではない。
組織人としては失格である。
(小池都知事や若狭議員を処分できない
 自民党も組織の体をなしていない?)

都知事もトップとはいえ、
都庁という組織の一員である。

英断をするにしても、
利害関係者や議会などに
おもねたりする必要はないが、
こうした者たちや組織の規律を
無視し続けていると、
人気は続いても、
都政が滞るときがいつかくる気がする。



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2016.07.14(Thu):わたしの信条
参院選も終わり、
都民に限っていえば、
次はいよいよ都知事選です。

選挙のある度に、
どこに、誰に投票したらいいか、
多くの方が
迷われるのではないでしょうか。

それは、なぜか?

私の場合、
公約が今一つ信用できないからです。

これは、今までの当選議員にも
責任の一端があるようにも思えます。
彼ら、彼女らが、
公約実現に向けて普段、
どのような努力をしているのか、
われわれには見えづらい、
そんなふうに感じています。

たしかに、人間である以上、
結果として公約は果たせないことのほうが
多いのかもしれません。

しかし、
その過程や経過についての説明が
われわれに対して、
普段から十分になされていない、
ここが問題なのではないでしょうか。

だから、私なんかは、
次に選挙になったとき、
各候補者が訴える公約が、
どうしても、そらぞらしく
聞こえてしまうのです。

普段から説明責任を果たしてくれれば、
いろいろ情報をきちんと示してくれれば、
公約が守られなかったとしても、
私なんかは納得できますし、
有権者としても、次の選挙のとき
判断しやすくなるのではないでしょうか。

のみならず、
政治に関心をもつ人も増え、
投票率も上がるんだと思います。
すなわち、
投票率低下の原因や理由は、
有権者だけでなく、
政治家らが
普段何をしているのか、
お金をどのように使っているのか、
こうしたことを
きちんと説明してこなかったこと
この辺りにもあるんだと思います。

例えば、舛添前知事や号泣議員、
いわゆる公費の使いみちを
きちんと普段から示してくれれば、
公私混同といった問題は
起きなかったはずです。

また、普段の行動にしても、
日ごろから公開していれば、
視察先が美術館や博物館ばかりで、
保育園や介護施設などはゼロ、
こういうことにも
ならなかったんだろうと思います、

つまり、
説明責任と政治の透明化、
これが今の政治に求められている
のではないでしょうか。

だから、私は、選挙の度、
自らの活動やお金の使いみちだけでなく、
他の議員や政党の動きも含め
きちんとみなさんに
情報を提供すること、
これを公約に掲げてきのです。

そして、政治ではないですが、
生前退位でニュースになっている
天皇陛下に
不信感を抱く人が皆無に等しいのは、
そのお人柄はもちろん、
普段のご公務や行事などが
報道されているからではないでしょうか。
私はそう思います。


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2016.06.18(Sat):わたしの信条

一昨日、イチロー選手が
日米通算4257本目の安打を放ち、
ピート・ローズ氏の大リーグ記録を上回った。

イチロー選手のインタビューで
もっとも心に残ったのは、
ご存知の方も多いとは思うが、
あのイチロー選手も昔は、二度も
笑われたことがあるということだ。

一度目は、少年時、近所で、
プロ野球選手にでもなるのか
と笑われたとき、
二度目は、渡米の際、
大リーグで首位打者をとりたい
といって笑われたとき。

そして、ご本人述べられたように、
常に人に笑われ悔しい思いをしながら
笑われたことを常に達成してきたからこそ、
こうした話も美談になり、
みんなからも称賛される。
しかし、結果が出なければ、
笑いもので終わる。

私の場合も、
地盤も看板も鞄もなく、
どこの組織の力にも頼らず、
政治家を目指していることに、
知人や見ず知らずの人から
よく笑われるし、
笑わない人でも、
心の中で笑っていることが
ことばの端々から感じ取ることができる。

私は、これを非難するつもりは毛頭ないし、
むしろ当然の反応だと思っている。

単に当選するという目的なら、
勢いのある政党に属するか、
著名人になるのが近道・早道である。

もちろん、
こうしたことを達成するだけでも
かなりの努力を要するが、
努力の方向が何か違う気がするし、
実際そうして当選した人たちが、
果たして立派な政治家といえるか、
疑問の残る者は数多い。

私は私なりに考えながら
日々努力を続けている。
真似すべきことは真似るが、
他人と同じことばかりしていても、
他人を超えられない。

努力は必ず報われるわけではないが、
努力しなければ結果も出ない。
ただ、努力の内容次第で、
結果に近づくこともできる。
それを自分の責任と思考で行う。
だからこそ、人生おもしろい。

そして、私のまわりには、
笑う人がいる一方で、
応援してくださる方々もいらっしゃる。
それが間違いなく
自分のエネルギーになっている。
もう、感謝しかない。

また、世の中には、
生きていくだけで大変な思いをされている
そんな方々もたくさんいらっしゃる。

そんな中、
挑戦できる環境にある自分が
いかに恵まれ、幸せなことか、
両親含めた祖先にも感謝である。

そして、
笑いもので終わらないことが
本当に感謝を示すことだということも
忘れないようにしたい。



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2015.09.10(Thu):わたしの信条

維新の党を離党したM知事とH市長が
新たな国政政党を立ち上げることで、
同党の大阪系と東京系との分裂は必至といわれ
安保関連法案の国会審議も佳境を迎えている中
多数派工作が繰り広げられている
と報じられている。
これはまるで、
暴力団Y組の分裂のようだ。

そして、維新の党の東京系議員は
民主党などと連携して
野党再編を図っているともいわれている。

しかし、維新の党のM野代表は
そもそも民主党から除名されており、
K沢幹事長も過去、
酒気帯び運転で同党を離党している。
彼にとっては
維新の会が四つ目の所属政党となり、
今度新党ができれば、五つ目となる。


こうした離合集散は
今に始まったことではないが、
国会議員らは、なぜ、
これほどまでに
融通無碍な動きができるのか?

それは当選するためである。
すなわち、小選挙区で敗けたとしても
比例代表で復活当選できるような政党に
属したいからである。

そして、
所属政党については融通無碍な分
我は通そうとするから、
つまり政党の一員になり切れないから、
こうした離合集散が繰り返される。


私が現在、無所属なのは、
政党政治を否定しているからではない。

そもそも政党の役割・機能は、
何千万もの有権者の意見をいくつかに集約し
国政に反映させることにある。
しかし、共産党などを除く野党には
一貫した主義・主張が見受けられない。
つまり、政党として機能していない。
政党が当選のための単なる道具と化している。

先日、民主党の若手議員らが
野党第一党にもかかわらず
代表に解党をせまったのも、
“民主党”という看板では
選挙に勝てないからであろう。
維新の党が解党を考えているのも同様、
そこには理念も何もないわけだから、
新党ができたとしても、
今までにも数多くみられたように、
選挙直前になって、慌てて
公約をつくることになるのであろう。

こうした離合集散が繰り返されるから
有権者も困惑してしまうのではないか。

そして、今回、
M知事の事前の制止を振り切って
Y市長選の特定候補者を応援した
K沢氏のように、
政党の一員で要職にありながら、
自我を通そうとして、
政党の思惑から外れた行動をとる
そんな議員も少なくない。

組織を知らないのに、組織に属したがる。

たしかに、所属政党については
融通無碍でなければ、
芸能人などの著名人でない限り、
当選は困難を極める。

しかし、
今の政党本位の選挙で当選するのが
スキャンダルで自民党を離党した
M議員のような政治家であり、
そして、そうした政治家による
今の政治である。


なぜ、九か月前の解散総選挙にときに
争点とはいえなかった安保関連法案の
成立をこれほどまでに急ぐのか?
民主党政権下の消費税率引上げ決定も然り
政治はどうして、
これほどまでに不透明なのか?
また、米国への事前説明は丁寧にしながら
自国の有権者はないがしろにするのか?

沖縄の基地問題にしても、
放射性廃棄物の処分場問題にしても、
あるいはもっと小さな問題でも、
決定過程から普段の活動まで、
政治を透明にし
常に有権者の監視の下におかれた
緊張感ある政治。

これが実現すれば、
国民が政治に失望することもなくなり、
さらに政治に関心をもつことができ
そして、投票率も上がる。

投票率低下は有権者だけの責任ではない。



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2015.06.05(Fri):わたしの信条

18歳以上の未成年者にも選挙権を与える法案が
衆議院を通過し、
このまま参議院で可決・成立すれば、
来年夏の参院選から、
18歳以上の未成年者も投票できるとのこと。

私も、朝の駅頭の挨拶などで、
学生さんをないがしろにしていたつもりはなかったが、
無意識にOLやサラリーマンのほうに意識がいっていた、
このことに改めて気がついた。

つまり、
18歳以上の未成年者も投票できるこということが
現実味を帯びるようになって、
私の学生さんを見る眼も変わっていたのだ。


実は、私は、この法案に期待している。
すなわち、今の選挙では、
組織票やしがらみによる票も多く、
だから政治がいつまでも変わらない、
そう思っているからである。

しかし、18歳以上の未成年者なら、
純粋な動機で投票してくれそうな気がする。

ただ、本当に純粋すぎて、
私の知る区内の18歳を過ぎている未成年者からは、
私のことを知っているというだけで
私に投票するとは限らないと、
宣言されてしまった。

まー、全うといえば全うで、
このくらいでないと政治は変わらないのかもしれない。


今、民主党や維新の党など野党のなかで、
自民党に対抗できる野党を再編する動きが活発化している。
これは来年夏の参院選対策のためである
ということもいわれている。

が、そもそも政党とは、
数千万もの有権者の数限りない意見を、
そのままでは収拾がつかなくなるから、
意見をある程度集約させ、
それを国政に反映させるためにある。

しかし、いつもそうだが、
政策云々の前に、
自分が所属しておけば楽に当選できるような、
そんな政党を立ち上げることに
みなさん腐心なさる。

国民が野党に失望しているのは、
人数が少ないからということではなく、
民主党が政権を獲ったとき、
議員定数削減とか、天下り廃止とか、
金権政治をなくすとか、こうした
国民が期待したことを何一つできなかったからである
(と私は思っている。)。

そこを忘れて、
数だけそろえればいいという発想。

今の若者なら、
そのへんを冷静に見抜いてくれそうな
そんな気がする。

でも、そうすると
投票先がなくなってしまうかもしれない。

だから、私は、半年前、
そうした方たちの受け皿になれればいいと思い、
無所属で衆院選に立候補したのだった。



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2015.05.06(Wed):わたしの信条
先日、東大での英語の授業について、
軽く紹介させてもらったが、
ある授業で、“白熱教室”という
NHKの番組を日本語の字幕なしで聴いて、
感じたことをレポートにまとめる宿題がでた。

その内容の概略は以下のとおりである。

ある事故で負傷した者が五人いたと仮定して、
そのうち、ひん死の重傷者が一人で、
その者の命を助けようとする時間があれば、
残りの四人の命は助かるが、
その重傷者にかかりきりでいると四人の命は助からない
という設定で、あなただったら、
このひん死の重傷者の命を助けるか?
という質問が聴講者らに投げかけられた。

そして、
『このひん死の重傷者を助けずに、
残りの四人の命のほうを助ける。』
と答えた者が多数派だった。

そう答えた理由を問われると、
『多数のほうの命のほうを救うべきだ。』
という答えが多かった。
(一種の“トリアージュ”)

そして、話は続いた。

ある事故で負傷した四人が病院にかつぎこまれたとき、
そこに風邪気味なので診察してほしいという者があらわれ、
この者の臓器を四人に移植すれば、四人の命は助かる
という設定で、あなただったら、
この診察に来た者の命を奪って
事故で負傷した四人の命を助けようとするか?

という質問が聴講者らに投げかけられた。

そして、今度は、
『四人の命が助からないとしても、
診察に来た者の命を奪うことはできない。』
と答えた者が多数派だった。

先ほどの“多数の命を救うべき”
という答えとの矛盾をつかれると
『無実の者(innocent)の命を奪うのは正義に反する。』とか
『自ら手を下して人の命を奪うと罪悪感が生じる。』
という答えが多かった。


ここで私は、
“無意識のダブルスタンダード”
というものを感じとった。

それは、広島と長崎への原爆投下である。

私の狭い経験からあえていうと、
『原爆投下で数十万人の市民の命を奪っておかないと、
もっと大勢の日本人の命が奪われたはず。』
という米国がいう原爆投下の正当性を信じている者は、
特に日本以外では、想像以上に多い。

しかし、原爆で命を奪われた市民は、
上の後者の例え話でいう“無実の者(innocent)”、
つまり、死ぬ運命にある者ではなかったはずである。

にもかかわらず、
“多数の命を救うべき”という
前者の例え話の理由を引っ張りだしてくる。
つまり、原爆投下の正当性は、
『仮想上でも、多数の命を救うためであれば、
自ら手を下して無実の者の命を奪っても正義に反しない。』
ということになる。

それとも、
敵国の市民はもはや“無実の者”ではない、
ということになるのか。

もちろん、
私が見た白熱教室の聴講者の多数派が
米国のいう原爆投下の正当性を信じているとは限らないが、
おそらく、この矛盾には気がついてはいない。

世の中には、こうした類の人は以外に多い。
つまり、
自分の価値観だけが正しいと思いつつも、
そう思っていることにさえ気がついていないから、
それと矛盾した考え・行動をとることもある。
しかも、無意識に。


私もそうなのかもしれない。
自分で気がつくことは難しいから。



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2015.01.01(Thu):わたしの信条
みなさん、
あけましておめでとうございます。

今年も、もしよろしければ、
このブログにお付き合いください。

さて、昨年末、
友人どうしの忘年会みたいなものに参加したのですが、
今回の選挙で、私が無所属で出馬したことで
こっぴどく叱られてしまいました。

それは、
私のことを本気で心配してくれたからで、
私の亡くなった両親が
のりうつったかのようでした。

だから、ある意味、
本当にうれしかったのですが、
自分が説明責任を果たす政治家を目指すと
遊説中あれだけいっていたのに、
身近な友人に
自分の考えをきちんと説明していなかったことに
気付かされました。

要は、どこぞの党にも所属しないというのは、
武器も持たずに戦争に勝とうとするようなもので、
あまりにも無謀すぎると。

それは、そのとおりですし、
自分が納得のいく武器なら
それで戦争にのぞんでもいいのですが、
自分の主義主張を曲げ、
勝つために手段を選ばないというやり方は
私にはできません。

間違った武器を選んだり、
手段を選ばないことが
マイナスになることもありますし、
あくまで自分の力で勝たないと
私にとっては意味がないのです。

たしかに、今回も、
自分が立候補した選挙区では、
勝つために手段を選ばず、
三度ほど武器を持ち替えた候補者が
三回連続して当選しました。

勝たなければ意味がなく、
私のやっていることは
自己満足にすぎないともいわれました。

しかし、自分の人生、
生きざまは自分で選びます。

たしかに、
今回の選挙だけ見れば、
私のやっていることは余りにも無謀です。

しかし、今回の出馬は、
今後の生活のことも踏まえた上で、
私なりに熟慮した上でとった行動です。

それに、現在のところ、
これからやろうとしていることの
1%も実行していません。

たしかに100%実行したところで、
勝つ保障もありませんが、
とにかく自分の納得いく形で
何年かけてもいいから挑戦し続けないと、
死ねないのです。

ただ、それだけです。



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2014.08.03(Sun):わたしの信条
AERAという雑誌に
サッカーの長谷部選手の記事があった。

W杯後、所属するドイツのチームから
3週間の休みをもらったのだが、
その間に、
できるだけマスコミに出るようにした
とあった。

日本チームの散々な結果で、
出演したがらない選手が多い中、
長谷部選手は、
努めて出るようにしたらしい。


説明責任を果たすために。


私は、正直、
サッカーファンではないので、
長谷部選手が
本当に説明責任を果たしたかは
分からないが、
この姿勢、
今の政治家に見習ってほしい。



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2014.07.18(Fri):わたしの信条
かなり前のことだが、
あるテレビ番組で、
複数の国会議員が
『バイトの時給が上がっているの
気がついてますか?
景気回復の兆しが見られるんですよ』
とドヤ顔でコメントしていた。

それに対し、芸能人が、
『それはバイトの数を大幅に減らして、
一人の時給を1.5倍にしても、
今までの2~3人分働かせて
それで人件費をトータルで削っているんだよ』
と切り返していた。

『そんなこと、
居酒屋とか牛丼屋に行ってれば、
なかなか注文できないとか、
注文してもすぐ出てこないとかで
すぐに分かるでしょうよ』と。

庶民の暮らしを知っていることを
アピールしたかった国会議員は
鼻をへし折られた格好だった。


こき使われるとすぐ辞めてしまう人もいるから、
雇うほうも、ずっと高い時給で募集し続ける。

たしかに、
私も牛丼屋に行くことが多いが、
今まで3人いたバイトが2人に減っていて、
客が多い時は注文するのを待つことが多く、
出てくる時間も
以前よりかかっている気はする。

もちろん
全てのお店にあてはまる話ではないが、
政治家という人種がいかに世間に疎いか
という印象を植え付けられた。

まさに、私は、
テレビ番組の演出の狙いどおりに
まんまとはまってしまったのだが、
だからといって、
あながち間違ってはいないと思う。


また、その国会議員は、
『消費税率をさらに引き上げなければならないほど
国家財政は窮迫している、
こういう現状をきちんと国民に説明するために
私は政治家になったんです』と
これまたドヤ顔でいう。

呵呵大笑。
そんなことは、マスコミなどを通じて
みんなタコができるほど聞かされている。

政治家が説明しなければならないのは、
そんな中学生でも知っていることでははく、
財政を窮迫化させた責任の所在や、
号泣元県議で問題となった
領収書の要らない月数十万円の政務活動費や
月百万円の国会議員の文書交通費の使途など
我々が知りたくても知ることができないことだ。


ちなみに、
兵庫県議会が号泣元県議を
詐欺罪ではなく、
虚偽公文書作成・同行使罪で告発したのは、
詐欺罪だと他の県議にも
容疑があてはまってしまうからだ
といわれている。



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2014.07.04(Fri):わたしの信条
カラ出張が疑われる中、
号泣しながら正当性を訴える
兵庫県議の号泣シーンが
今や国内のみならず海外でも
有名になっている。

ただ、聞いた話によると、
イギリスでは、
号泣しながら誠実に謝罪する模範的な議員
として紹介され、
これだけ誠実な政治家がイギリスにもほしい
みたいな、どこでどう間違ったのか
誤解された形で報道されていたようだ。

こんな議員でも
一万票以上も集めることができたのは、
大阪維新の会とはまったく関係ないのに、
『西宮維新の会』を掲げた
彼のクレバーな戦術によるところが大きいのだろうが、
地元有権者の目はふし穴か、
という声もあるらしい。

しかし、それは仕方がないことだと思う。
いかんせん、
有権者には十分な情報が与えられていない。
この議員の本性も
こうした問題が起きない限り、
一般有権者には
未来永劫分からなかったことであろう。

どの候補者のホームページをみても、
きれいごとだけが
抽象的に書いてあるだけである。


だから、私はブログを続けている。

次回、選挙に立候補した際、
私がどういう人間なのかを
有権者の知っていただくには、
行動などを客観的に記したり、
きれいごとをならべるのではなく、
感じたことをありのままつづることが
最善の方法だと思うからである。



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2014.06.29(Sun):わたしの信条
都議会でセクハラ野次が問題になっているが、
普通の社会では
あのような発言をしてならない
と事前に制約がかかるはずである。

というのも、
セクハラ問題というものが
社内研修とかで周知されているからである。

思うに、
政治の世界にどっぷりつかった人は
こうした世間の常識というものが
分からなくなるのだろう。

今回、発言した元自民党議員も
公式プロフィールによると、
一時家業を継いだことで
経営の経験はあるようだが、
政治家としての経歴のほうが
断然長いようだ。

普通の社会では事前に歯止めがかかるが、
政治の世界では、
今回の問題に限らず、問題が起きてから、
社会的なものも含め、
事後的に制裁を受けるだけである。


また、
野次は「議会の華」ともいわれるが、
それは、本来盛り上がるべき
議場での議論がつまないからであって、
野次は種類によって許されるというのも
なかなか合点がいかない。

都議会中継なんかを、
たまにMXテレビで観るが、
みんな原稿棒読み状態で、
パフォーマンスなんかも
国会議員よりつたない気がする。

備忘のために、
箇条書き程度のメモはあってもいいが、
本来は、
自分の言葉で自分の思いを語るべきではないか。
それができないというのは、
自分で思うところがないからであろう。

今回のセクハラ野次問題で、
さらなる野次発言者探しも
軽視していいことでないが、
そもそも
政治、政治家、議会のあり方を
根本から正すことのほうが、
そうしない限り
今後も同様の問題が起きかねないという点で
重要ではないかと
改めて考えさせられた。



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2014.06.13(Fri):わたしの信条

先日、維新の会が分党し、
昨日、いわゆる石原グループの代表に
平沼元経産相が就くことになった
とのニュースがあった。

この分党について
ちょっとだけ自分なりに分析したいと思う。

そもそも政策の合わないはずの
旧太陽の党と維新の会がくっついたのも、
石原元代表と橋下代表の個人的な想いからだと
ご本人たちもメディアで何回か述べていた。

すなわち、
私自身の選挙のときも演説の中で述べたが、
二人とも、
東京都知事として、
大阪府知事として
いろいろと改革を試みたけど
国の規制とかが邪魔になってできなかった。

このように
地方分権を阻害する国の規制を撤廃する必要性を
身をもって痛感したところに
お互いが共感を覚え、
意気投合したからだと思う。

だからこそ、維新の会は、
かつて政策が近かった『みんなの党』とは合流せず、
政策が合わないはずの旧太陽の党とくっつき、
そして、
世間ではいつか分裂すると言われつつも
ずっと分裂せずにきたんだと思う。

ただ、そこに
結いの党の江田代表という
異分子が入り込んできた。

そうなると、
石原元代表と橋下代表とを結びつけてきた
個人的な絆よりも
政策的に一致するかどうかのほうが
重要になってきたんだけど、
そこで折り合いがつかない以上、
分党するしかない、
こんな感じだったんだと思いう。

どうやら、民主党の一部も
維新の会や結いの党と合流するみたいだけど、
国民・国家のために
自民党に対抗し得る野党勢力を結集しなければならない
ともっともらしいことをいっているけど、
要は、各野党、
支持率が数パーセントと伸び悩むなか、
所属さえすれば当選できそうな党をつくりたいだけ、
と勘ぐってしまうのは私だけであろうか。



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2014.02.16(Sun):わたしの信条
『結果が非常識を常識に変える。』

これは、元スピードスケート選手
清水宏保さんの言葉である。

『身長の低い人はスピードスケートでは大成しない。』
そうした周囲の常識にとらわれた言葉に負けず、
精進を重ね、長野五輪で見事金メダルを獲得した。

そして、今回のソチ五輪のラージヒルで、
41歳の葛西選手も銀メダルに輝いた。

30代で現役を続けることが珍しい
スキージャンプの世界。

現役を続ける葛西選手も
昨シーズンまでは
周囲から白い眼で見られたり、
笑われることもあったらしい。


英科学誌ネイチャーに投稿した際 、
『過去何百年の生物細胞学の歴史を愚弄している』
とまで酷評されながらも、研究を続け、
STAP細胞開発に成功した小保方さんも、
こうした常識にとらわれた言葉に負けず、
精進を重ね、結果を出して周囲を黙らせた。


私も、ある意味、
常識はずれなことに挑戦しているが、
日々努力を重ねることで
結果を出すしかない、

そう思い知らさせてくれた
葛西選手の見事な活躍であった。



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2014.02.05(Wed):わたしの信条

先月、拙著の本が9冊売れました。

出版してから半年以上経った今でも、
こうして細々とでも売れ続けているのは、
私の本をいろいろな方々に紹介してくださっている
みなさんのおかげです。


政治家になるためには、
自分という人間を有権者に知っていただき、
信頼してもらうしかない。

つまり、“自分”で勝負するしかない。

これが、一昨年末の衆院選を実際に戦って、
肌で感じたことである。

私は、今やマスコミによく登場する
下村文部科学大臣と戦ったわけだが、
大臣は、20年以上、地元で活動し続け、
地元の有権者から信頼を得ていた。

だからこそ、
次点であった私にダブルスコア―以上の得票数で
選挙戦に勝ったのである。

自民党候補だったから、だけではない。

だから、
私は、心底、大臣を尊敬している。


たしかに、
小泉旋風とか、民主党への追い風といった
特殊な風が吹いているときは、
政党の候補者になれさえすれば、
ブームに乗って当選できる。

ただ、それで当選し、
その後も勘違いし続けた人は、
次の選挙で落選している。

今の野党議員らの動きを見ていると、
次の選挙で勝てそうな党を探したり作ったりすることに
奔走しているようにしか見えない。

つまり、彼らは、
“自分”で勝負するのでなく、
勝てそうな政党の候補者になることを目指して
躍起になっているようにしか見えない。

そうした視点で、
政界再編とかいっている
野党議員らの行動を見れば、
非常に分かりやすい。

たしかに、
議員になることだけが目的であれば、
それが簡単で近道だから、
理解できないこともないが…


私が、本を出版し、
そしてこのブログを始めたのも、
自分という人間を
なるべく大勢の方に知っていただくためです。

だから、
みなさんへの感謝の気持ちでいっぱいなのです。



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2013.12.10(Tue):わたしの信条
江田憲司氏ら14人の国会議員が
“みんなの党”を離党し、
政党交付金がもらえるように、
年内にも新党を立ち上げるらしい。

江田氏は、渡辺代表が、
自民党寄りの姿勢を見せたことに反発、
自民党に対抗できる野党勢力を結集するため、
新党を立ち上げるといわれている。

また、渡辺代表の強権的な党運営も
離党者が相次いだ理由ともいわれている。

私も、渡辺喜美氏には、
衆議院調査局に出向していたとき、
何度か、“ご説明にうかがった”こともあるが、
かなり特異な人だったのは確かである。

だから、自分も、一年前の衆院選時に
“みんなの党”から推薦をいただいたものの、
渡辺氏が代表を務める政党だけは、
目指す政策内容が何であれ、
所属はしたくないと思っていた。


さて、この離党騒ぎからは、
組織というのはいかに人間関係が大切か
ということがうかがえる。

私は、今月4日付のブログで、
経験者が指導者になるべきである旨述べた。

ただ、これは、スポーツ界や職人界のように
技が求められる世界にいえることであって、
事務中心のサラリーマンの世界や
政治の世界でも、
やはり、人間関係のほうが大切なんだと思う。

上司も部下もみんな、
お互いがお互いを尊敬しながら、
目標に向かって一致団結し、
支えあいながら進めることができるか、
そこに尽きるのだと思う。

ただ、現実はなかなか難しい。

渡辺代表のように強権的は人もいれば、
最初から上から目線でものをいってくる人、
最初から反抗心むき出しの人、
自分の思いどおりにならないとふてくされる人、
自分のことしか見えていない人など、
組織としていかに仕事をうまく進めることができるか、
そんなことも考えられない人は多い。

学生時代と違って、
波長の合わない人と
仕事をせざるを得ないことも多い。

しかし、政治家の場合、
自分こそが大将になりたいと思っている人が多いので、
組織の中でうまくやっていくことが苦手で、
だから、政党組織に従属することへの抵抗感も
相当大きいはずである。

その一方で、政治家になるためには、
支持率の高い政党に所属することが一番の近道。

だから、支持率の伸びない政党からは離れたがる。

すべての離党騒ぎは、これだけで説明がつく。
単純といえば単純。

だから、政界再編は、
支持率の高い政党ができるまで永遠に続く。
多分、政治家の性根が変わらない限り、
支持政党なしが一番多いままで。


それにしても、ちょっと不思議なのが
維新の会の橋下代表のコメント。

江田氏のほうに大義があるといって擁護しているが、
維新の会は、是々非々で判断する政党で、
政策内容によっては、
自民党に賛同していたはずでは…



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2013.11.27(Wed):わたしの信条

昨日のブログでは、
自身の選挙のときには、
思ったほどはお金がかからなかった
というお話しをした。

よく、選挙も含め、
政治には金がかかるといわれている。
だから、
今回の猪瀬都知事の借入れの件のように、
政治とお金の問題というのは尽きない。

しかし、選挙活動にしても、
政治活動にしても、
本当にそんなにお金がかかるのだろうか?

立候補者も政治家も
先人達たちがやってきたことを、
自分の頭で考え、判断することなく、
ただ真似することだけに尽力しているふうにしか
私には見えない。

もちろん、伝統的な選挙運動の方法にも、
効果的なものはたくさんある。
しかし、すべてではないはずだ。

政治活動もきっとそうだ。
例えば、
事務所や人件費にお金がかかるといわれているが、
まさに今のように、選挙のない時期に、
賑わいを呈している政治家の事務所を
私は、見たことがない。
だいたい閉まっている。

ただ、もしかしたら、
私が想像できないところで
お金がかかるのかもしれない。

仮に、私が政治家になったら、
本当に政治にお金がかかるのか、
お金がかかるとしても
本当に有権者のためになっているのか、
一つ一つ、自分の頭で考え、判断し、
公開しながら検証していきたい。

11月17日付のブログで述べた、
政治献金の必要性もそうだが、
特にお金の面で、
今の政治家らが当然視しているようなことを、
一つ一つ、検証していきたい。

そこが、私が出版した本のオビにある、
「政治家を変える!」
の意味の一つでもある。

他の政治家らが、伊達や酔狂で
『日本を変える!』
とただ漠然といっているのとは、
わけが違う。



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2013.11.26(Tue):わたしの信条
猪瀬都知事が『徳洲会』グループから
無利子・無担保で借り入れた5,000万円が
選挙資金だったのかが問題となっている。

と、こんなことがあるから、私もよく誤解される。
つまり、私も選挙に何千万円も使ったのではないかと。

選挙にかかるお金は、ざっと、
事務所の賃料、光熱費、
机、いす、備品等の購入代金、
ポスターやチラシ、ハガキの印刷代、
選挙カーの賃料や装備にかかる費用、
ガス代、駐車料金、
運転手さんやポスター掲示などにかかる人件費、
たすき、のぼり、マイク、手袋、ジャンパー…
と、いったところだ。

しかも、このうち、
獲得した票数が法定得票数
(私が立候補した衆院選の場合は、
 有効総票数の10分の1)
を超えれば、
ポスターやチラシ、ハガキの印刷代、
選挙カーの賃料や装備にかかる費用、
運転手さんにかかる人件費などは、
公費から、上限はあるものの、出る。

だから、私の場合は、
公示日以降の10日ほどしか
選挙運動をしなかったこともあり、
維新の会への100万円の上納金を除けは、
おそらく、軽自動車一台分くらいのお金しか、
かからなかったと思う。

ただ、法定得票数を取らなければ、
供託金の300万円は没収されるは、
先に挙げた費用も公費から出ないはで、
悲惨なことになる。


また、都知事選の場合は、
参院選なんかもそうだが、
衆院選の小選挙区とは異なり、
選挙区が都内全域なので、
お金がかかるのは確かだ。

例えば、ポスター貼り。
私が立候補した板橋区の掲示場所は、
ざっと、500か所。

私の場合、
自民党や民主党、共産党などのように、
党職員らスタッフが貼ってくれるということはなく、
また、山本太郎参議院議員のように、
ボランティアが数え切れないほど集まった
ということもなかったので、
業者さんにお願いするしかなかった。

みなさんも、ご存知のとおり、
ポスターの掲示板はまばらにあるので、
貼るだけではなく、移動するのも大変である。

私がお願いした業者さんの料金は、
一か所400円(税抜き)だったから、
ポスター掲示にかかった費用は、
20万円(400×500)余りだった。

これが、都内全域となると、
おそらく、50倍にはなるだろうから、
ポスター掲示だけでも、業者に頼めば、
1,000万円近くはかかることになる。

そうだとしても、はたして
選挙に数千万円も必要なのだろうか?


つづきは、後日。



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2013.11.19(Tue):わたしの信条
横峯さくら選手は、日本女子プロゴルフ協会から、
12月15日に予定されている
“Hitachi 3Tours Championship”の出場意思を確認されたが、
当日はお姉さんの結婚式の日取りと重なっていたため、
同大会の出場辞退を申し出たらしい。

ところが、それを聞いた協会側は、
同大会への出場は義務とされており、
特別な理由でない限り欠場は許されず、
それでも欠場する場合は、
罰金100万円が科せられると言ったとのこと。

それを聞いた横峯選手はぶち切れ、
罰金を払うことに即決めたらしい。

この大会の出場資格は11月3日時点で
賞金ランキング上位3名らに与えられ、
2位の横峯選手は有資格選手となったらしい。

この問題については、
『家族の結婚式への出席は
 正当な理由にならないのか?』
『プロとしての自覚がない』
『お姉さんのほうが、大会出場を予想し、
 事前に日程を調整できなかったのか?』
など、いろいろ賛否両論あるみたいだ。


私は、横峯選手に同感だ。
私の場合も、昨年末の衆院選の選挙運動期間中、
亡くなった父の一回忌があった。

その日は、もちろん、
父の一回忌のほうを優先したため、
半日近く、選挙運動ができなかった。

しかし、維新の会のある人は、
そのことが信じられなかったらしく、
怒りのメールを私に寄こしてきた。

そこで、私も
「人として参列しました」という旨の返信をしたら、
この人は、後日、私が選挙で落選したとき、
この大事なフレーズを、違う場面で
しかも皮肉を込めて使ったメールを私に寄こしてきた。

私も、事前に
選挙運動期間中に一回忌があることは、
いろいろな人に知らせてはいたが、
さすがに全員には伝えきれていなかった。

事前に知っていた人も了解はしていない風で、
明らかに不満げな表情をしていた。

選挙事務所で、一回忌から戻ってくる私を待っていた
別の維新の会の人も、知っていたはずなのに、
やはり怒りの表情で待ちかまえていて、
“お疲れさま”の一言もなかった。


人それぞれいろいろな価値観があるのだろうが、
私は、横峯選手と同様、
家族の冠婚葬祭を最優先に考えたい。



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2013.11.17(Sun):わたしの信条
フィリピンを襲った台風30号の被害が甚大で、
あちこちで支援募金が行われている。

募金といえば、
政治家なども、ネット献金などで
寄付を募っていることが多い。

不特定多数の人に寄付を募る点で共通しているが、
性格がまったく異なる。

ここに、
私が寄付を募ることに躊躇する理由がある。

選挙に出ようとする人は、もちろん私も含め、
それだけ余裕がある。
たとえ、生活に困ることがあっても、
それは、自分の責任である。

ひるがえって、
地震・台風といった天災の被災者らは、
本当に生活に困っており、
しかも、自分の責任ではない。

だから、
被災者募金は納得できるが、
政治家らへの献金は、今一つ納得できない。

また、もちろん実名の公表は控えるが、
献金額のほうが選挙費用を上回り、
選挙で儲けたという話を、
実際、議員本人から聞いたことさえある。

さらに、ネット献金の場合、
薬の販売は対面よりネットのほうが安全だ
と主張する一方で、
77%オフという無謀なセールを強行しながら、
不正業者を事前に見抜けなかった業者などにも、
手数料がころがりこむ。


ただ、寄付する相手が個人的な知り合いとなると、
寄付の動機が異なってくるので、
いっしょくたに話すことはできない。

と、偉そうに話す私も、聖人ではない。
選挙に落ちてから、
いろいろな方々から食事をおごっていただき、
お一人だけだが、
金銭的に支援してもらったこともある。

私みたいなのを偽善者というのか…



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2013.11.12(Tue):わたしの信条
今日12日、東京地裁で、
リコー社員が
会社から希望退職を勧められたところ、
これを拒否したら、
子会社への出向命令が下ったが、
『その命令は、
 原告が自主退職に踏み切ることを
 期待して行われた出向命令とみられ、
 人事権の乱用があった』
として、出向命令を無効とする判決があった。

私も、国を相手に本人訴訟をしているというお話は、
このブログでも何度かお話しさせてもらったが、
訴訟内容は、人事権の乱用を訴えている点、似ている。

つまり、
問題とする人事命令は決して違法というわけではないが、
乱用という点で不当である旨訴えている点が同じで、
ただ、私の場合は公務員を退職をしているので、
国家賠償請求という形をとっている点が違う。


さて、選挙に勝つためには、
いろいろな団体に支援をしてもらうことが
必要であるといわれているので、
一応、私もその努力はしてみた。

しかし、どこもだいたい与党を支援しているみたいで、
私のようなどこの馬の骨だか知れないやつと会っても
仕方がないと思われているようなことは、
以前のブログでも述べた。
(9月10付のブログご参照)

そして、もう一つ分かったことは、
実は、国を相手に訴訟を起こしていることが
かなりネックになっているこということだ。

つまり、
国を相手にケンカをしているようなやつと会えるか、
ということである。
特に、国から施しを受けざるを得ない団体が。

しかし、だからといって、
訴訟を取り下げる気はまったくない。

不当な国の行為を黙って見過ごし、
自分の信念を曲げたり捨てたりしてまで、
こびへつらう気は毛頭ない。

そこまでして選挙に勝とうとはまったく思わない。
仮に、こびへつらって選挙に勝ったところで、
それこそ本末転倒である。

それに、しがらみに縛られることになる。
そんな政治は、ごめんこうむりたいものだ。


と、このニュースを見て、一人で興奮していた。



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2013.11.02(Sat):わたしの信条
大リーグのワールドシリーズで
チャンピオンとなったレッドソックスの
上原投手。

以下の話は、
本やテレビでも紹介されているので、
既にご存知の方も多いかもしれない。

高校球児時代、元々は外野手で、
投手変更後も控えに甘んじていた。
高校を卒業するも、大学受験に失敗したため
普通に予備校に通い、一浪している。

この19歳のときの一年間、
かなり苦労したらしい。
だから、背番号は巨人時代も今も19。

朝の9時から夕方6時まで
予備校で受験勉強。
夜は、学費を稼ぐために工事現場でバイト。
空いた時間にジムでトレーニング。

そして、一年後、大阪体育大学に合格。
一年間のウエイトトレーニングなどが奏功し、
投手として花開いたらしい。


世界陸上の400mハードルで
二度銅メダルを獲得した為末大さん。
『アスリートとして成功するためには、
 努力をしても無駄。才能が99%』
という旨の正論をツイッターで吐いて、
炎上したらしい。

しかし、上原投手も、
浪人時代の努力がなかったら、
今の活躍もなかったはず。

もちろん、才能ある人はほんの一握りなのだが、
自分の限界を知るためにも
やはり努力は必要なのだろう。

特に、スポーツ以外の分野だったら、
何歳になっても、年数をかけて努力すれば、
一流に近づけるチャンスはあるんだと思う。


これも、“情熱大陸”という
テレビ番組で放送されていたことだが、
AKBの大島優子さん。

誰よりも遅くまでダンスレッスンに励み、
切れのあるダンスが評判になって
総選挙で1,2位を得るまでになったらしい。

今や、握手会では7時間立ちっぱなし
ということもあるほどの人気っぷりだ。

インタビューで、
『努力すれば、
 誰でも大島さんのようになれますか?』
と聞かれた大島さん。

こう答えていた。
『誰でもなれますよ。
 でも、私がしてきた努力は、
 簡単にはできないと思いますけどね』



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2013.10.31(Thu):わたしの信条
まずは、暴力団関係者に融資をしながら
二年間放置していた“みずほ銀行”。

二年間も放置しながら
“隠ぺい”と認めない問題、そして、
『担当役員までしか把握していなかった』
との当初の説明を
『当時の頭取まで把握していた』
と一転させるという問題
こうした問題はあるが、
当初開かないといっていた記者会見を開き、
一応、謝罪もしている。


次は、メニューを“偽造”した阪急阪神ホテル。

開き直りの当初の記者会見はバッシングの嵐。
それを受けての次の記者会見でも、
“偽造”という言葉を都合よく定義したり、
仕入れ先の責任にしたり、
へ理屈をこねたり、
結局、謝罪していない。

そこには、相手、
つまり、お客への思いやりというものがなく、
“正しいことを言って何が悪い”
といった意識さえ、表情からも垣間見える。

こうした意識の持ち主は、
霞が関の役人などエリート意識の強い者に多い。

訴訟対策というのもあるのだろうが、
誠実さとか、道徳心といったものが
まるで感じられない。


みずほ銀行も、阪急阪神ホテルも、
どちらも数社が合併した企業。
冷遇されているサイドが
情報を漏らしたとも言われている。


“ほこ×たて”のやらせ問題でも、
フジテレビは制作会社の責任を強調し、
阪急阪神ホテルの問題が発覚してから、
ようやく、メニューの“誤表示”を
次々に明らかにした複数のホテルは、
“悪意”がなかったことを強調。


どうやら、役職ある人たちは、
“ばれなければいい”
“自分が荷担していなければ許される”
と思っているようだ。

何のための役職なのか。
相応の注意義務をきちんと果たしつつも、
部下や関係者などが不祥事を起こしたら、
説明責任や結果責任を果たす。
それが役職をもった者たちの役割ではなかろうか。

ふんぞり返っているだけで莫大な収入が転がりこんでくる、
そんなポストと勘違いしているのではないのだろうか。



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2013.10.14(Mon):わたしの信条
先日、NHK大河ドラマ
『八重の桜』の再放送を見ていたら、
次のような場面があった。

京都府知事が予算案を提出せず、
府議会を欠席。
そこで、八重の兄で
府議会の議長となった覚馬が、
議員たちに、
議会・府民を無視する知事の横暴を
各々地元に戻って訴えましょう、
と申し渡す場面である。

実は、この時代はまだ
議員が市民らの投票によって
選ばれていたわけではなかった。
なのに、ここには、
私が目指すところでもある民主主義の原点
というべきものがあると思う。

今の時代、
地方議員にせよ、国会議員にせよ、
地元で選出された人が、
具体的に何をしているのかまったく見えてこない。

これでは、次の選挙のときに、
投票しましょうといわれても、
少なくとも現職議員については
判断しかねる。

以前、6月3日付のブログでも述べたが、
投票率が低いというと、
有権者ばかりに責任があるようにも聞こえるが、
現職議員が普段何をしているか見えてこないのも
投票率の低さの一因ではなかろうか。

別に政府の横暴でなくていい。
議員たちは、各々の地元選挙区で、
今、議会で何か起きていて、
自分たちは何を訴えかけているのか、
マスコミレベルではなく、
議員個人レベルで具体的に教えてほしい。

自分も仮に将来当選したら、
例えば、まさにこのブログをツールの一つとして、
そうする。



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2013.10.11(Fri):わたしの信条
維新の会の綱領や“維新八策”なるものには、
“自立”や“責任”という考えが柱にある。
私は、この考えに賛同することもあって、
昨年末の衆院選時に公認をいただいた。

だからこそ、私も含め、
落選した候補者全員が支部長を解任されても、
つまり、見捨てられても、
選挙に敗けたのだから、
その責任を取るのは当然、
と納得がいった。

しかし、どうやら、橋下代表当の本人、
そして、創設時メンバー数人のチルドレンは
例外みたいだ。

この前の都議選や参院選で維新の会は惨敗し、
先日の堺市長選挙でも公認候補が敗れた。
にもかかわらず、
橋下代表はじめ幹部らは“責任”をとることはなく、
彼らの地位は安泰である。
とにかく、潔さがみられない。

ただ、維新の会の
国会議員から大阪府議・市議らまで、
みんな橋下人気に依存せざるを得ず、
彼から“自立”できないのだから、
やむを得ないところはある。

また、この件に限らず、
橋下代表は自らの批判に不寛容なところがある。
つまり、他人に責任を転嫁する傾向がみられる。
これは、エリート意識を持った者に多いらしい。

例えば、従軍慰安婦発言問題についても、
誤解された原因は、自らの表現の仕方ではなく、
聞くほうの国語力が欠如しているからだ
といっていた。

今回の堺市長選挙の敗北についても、
敗軍の将は兵を語り、
選挙民に大阪都構想を誤解されたのが
原因の一つであるとしている。

また、私が直接聞いた橋下代表の言葉や
(密室での会議によるものなので、この場で、
 具体的なことを明らかにすることは控えたい。)
報じられているところによると、
彼は人をだますことにあまり抵抗感がないようで、
だまされるほうが悪いという考さえもっているようだ。

また、自身も認めているようだが、
数年前のスッチー問題にも見受けられるように、
誠実さや道徳心といったものに欠け、
不遜なところも見られる。

他の大阪維新の会のメンバーも、
40歳代以下の比較的若い構成員は、
私が知る限りでは、
もれなく代表と同じところがある。

ただ、
“大阪都構想実現のためには、
 解党も含め手段を選ばない”
と考えれば、すべて合点がいく。

そして、頭のいい代表は、
自身の不遜な態度も、
選挙敗北の原因の一つであることは
承知しているようだ。
が、同時に、
そのスタイルは変えないともいっている。

しかし、選挙民の人心をつかまない限り
政策実現は難しいのではないか。
政策内容も、もちろん大事だが、
人格というか、人柄も重要だと思う。

自らのスタイルを変えないのであれば、
不遜な態度を気にしない選挙民がどれだけいるか、
そして、
文句をいわせないような実績を残せるか
(今までは、府政改革という実績があったからこそ、
 支持を得ていたものと思われる。)
こうしたところがキーとなるのであろう。


それにしても、
大阪都構想のそもそもの目的は、
大阪府と大阪市の二重行政をなくすことにあるのだから、
大阪都にするという手段に固執する必要は
そんなにないようにも思える。

たしかに、大阪都にしてしまったほうが
一刀両断的にできるのだろうが、
パフォーマンス的なところも見受けられるのは
どうしても否めない。



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2013.10.10(Thu):わたしの信条
もう二週間経とうとしているが、
先日、大阪で堺市長選挙があり、
大阪維新の会の候補が落選した。

現在も、
大阪維新の会の大阪市議会議長が、
政治資金パーティーに絡む問題で、
不信任決議があったにもかかわらず、
留任するかまえを見せ、
同市議会を空転させるなど
あいかわらずゴタゴタしているみたいだ。

最近、大阪維新の会の支持率が、
橋下市長の人気も含め、
下がっているといわれているが、
自らの経験にも基づいて、
その原因を分析してみたい。


個人的には、
ナポレオン皇帝時代のフランスと重なってみえる。

18世紀末のフランスでは、ジャコバン派没落後、
権力が集中しないよう、
国会では二院制が採用され、
政府も、5人の総裁からなる総裁政府が樹立された。

しかし、社会不安が続き、
それでも決められない政府に不満をもった国民は、
強い指導者の登場を待ち望んでいた。

そこに、ナポレオンが登場したというわけである。


当初、国民的人気を博していたナポレオンも
次第に勢力を失っていったのは、
みずからへの批判に対する不寛容さがあったから、
ともいわれている。
これが支持してきた者の離反をもたらしたらしい。

そして、19世紀初頭、
ナポレオンはロシア遠征に失敗した際、
自らを支えてくれた軍を見捨ててパリに戻る。
それでも、残ったフランス軍は、
彼の一身のみに依存するしかなかった。

そして、翌年、
ライプツィヒの戦いで
ロシア、プロイセンらの連合軍を前に
フランス軍は雲散霧消してしまい、
ナポレオンは敗れた、
というわけである。


それでは、今の大阪維新の会は
どんな状況であろうか?

後日、述べたい。



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2013.08.21(Wed):わたしの信条

一か月半前の7月7日の七夕の日、
江東区と板橋区に自分の本の宣伝のために
新聞折込みチラシを入れたことは
先日のブログで紹介させていただいた。

その反応の中に、意外ではあるが、
しかし、ごもっとも思える反応があった。

それは、山本〇郎氏のように、
スポンサーがついていると誤解されたこと。
つまり、紙質が良くカラフルな折込みチラシを入れる
それだけの資金を個人的に出す余裕はないはず、
ということ。

しかし、無名の私なんかにスポンサーがつくはずがない。

たしかに、今回の新聞折込みチラシ、
お金がかかっていないといえばウソになる。

しかし、紙質については、
両面印刷に必要な最低ライン。
表をカラフルにし、両面印刷にしたのは、
すぐに捨てられないように
できるだけ目に留めていただきたかったため、そして、
本を読んでいただきたいという
自分の思いを伝えたかったためであった。


お金は、それこそ数十年かけて節約して貯めてきた。
例えば、車はおろか、パソコンや携帯なども買わなかった。
もちろん、必要なかったからということもあったが…

今回の折込みチラシにかかった費用、
普及し始めたころからパソコンと携帯を使用し続けていたならば、
かかっていたであろう使用料くらいである。


あえて婚活をしなかったのも
少しでもお金を貯めたかったからでもあった。
(本当は、もてなかったことの言い訳にすぎませんが…)
結婚して子どもが一人いたとして、
出費は、専業か共働きかによって大きく異なるが、
今までの2~3倍近くにはなったはず。

それでなくても、両親の医療や介護の費用で、
それなりの出費はあったのだが…
その他のところでは、倹約につとめてきた。


そして、お金を使うべきときは、惜しみなく使う。
今は、自分の本をできるだけたくさんの方に読んでもらうために使う。
できるだけたくさんの方に自分という人間を知っていただくために。


ただ、それ以外のことについては、
今でも節約を続けている。
例えば、あまりブログで公表するようなことではないが、
食費は、一日三食、1,000円を超えないように努めている。


でも、何も知らない方が、私の折込みチラシを見て、
上のように誤解されるのも無理はない。

ただ、あのチラシは覚悟と数々の犠牲の上にある、
そうしたことを説明できないのも、
それはそれで、非常にはがゆい。


いずれにせよ、お金はあったほうがいい。
お金は幸福を保証してくれないが、
選択肢は増やしてくれるから。
(すみません、パクリです。)



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2013.07.22(Mon):わたしの信条
日本維新の会の橋下徹共同代表が、
参院選のあった21日夜の記者会見で、
慰安婦発言などについて問われるなか、
一部報道機関に対し、
『選挙に挑戦してみたらいいじゃないですか』
と挑発したらしい。

この気持ち、私にはよく分かる。

私も、選挙に関するご助言をいただくことがある。
みなさん、もちろん自ら立候補されたことがないので、
他の人の話やメディアなどを通じて得た知識を元に、
自分なりに判断されてご助言くださる。

だからこそ、“目からウロコ”
というご意見ももちろん多い。
しかし、
どうしても経験しなければ分かってもらえない部分もあり、
そこを抜きに上から目線で言われると
釈然としない気分になることもある。


また、橋下共同代表は、同記者会見で、
『投票率が低いのはメディアの責任だ』
という旨の発言もしたらしい。

これは、一概に間違っているとは言い切れないが、
投票率が低いのは、むしろ政治家の責任だと思う。

有権者の知らないところで、物事を決定し、
それを有権者に押し付けるような政治。
これでは、有権者が政治に愛想をつかし、
結果として投票率が低くなるのも無理はない。

ただ、これを実証しているのが、
実は、橋下大阪市長自身ではないだろうか。
府知事時代から、ぶらさがりや定例会見、
そして、ソーシャルメディアなどを通じて、
できるだけ府政や市政をオープンにしている。

だからであろうか、
大阪の政治に対する
大阪府民・市民の関心は比較的高く、
大阪市長選挙の投票率も、
それまで40%そこそこだったのが、
前回は40年ぶりに60%を超えた。

まー、これは、橋下徹という
タレント性によるところが大きいのも否めないが。


今一つ道徳心に欠けるところや、あの狡猾さは、
マネしようにもマネできないし、
そもそもマネしようとも思わない。
ただ、政治をできるだけオープンにして、
政治に興味をもってもらうように努めること、
これだけはマネしたい。



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2013.07.18(Thu):わたしの信条
とある選挙、
とある市区町村で、同じ某党から、
X氏とA氏の二人の候補者が出馬。

選挙公示日前なら、
候補者自身が写ったポスターを
民家などの塀に貼ることは可能。

もちろん、家主の了解を得なければならないのだが、
自分の経験からしても、これがえらく大変。
(5/17付のブログご参照)

X氏陣営が何日もかけ、やっとの思いで、
選挙区内数百か所にポスターを貼った。

数日後、何と、A氏が家主の許可を得ず、
X氏のポスターを次々と自分のポスターに貼り替える。
家主に対しては、
同じ某党で、貼る枚数も増えるわけではないので、
ギリOKだとしても、
人としてやってはならないこと。

X氏が同じ某党のB代議士に、この事実を訴える。
しかし、B代議士は、A氏を注意するどころか、
“これが選挙だ”
と、いって逆にX氏を一蹴。
AもBも、小学校で道徳の授業を受けなおした方がいい。


とある選挙で、候補者たちを支援するという名目で、
某党本部から派遣されたC氏。
酒やつまみをかっくらいながら、
メールなどで候補者たちをけしかけるだけで、
自らは決して汗をかこうとしない。

なのに、別の選挙で
某党の特定の重点候補者の支援責任者となった途端、
自らタスキとメガホンをかけ、
汗をかきながら、かいがいしく
有権者に訴えかけてまわる。


将来の公認候補となるべく、
自分にとって得となる候補者は一生懸命応援するが、
自分にとって得とならない候補者は応援しないか、
おざなりな応援しかしない。
そんな者は、D氏、E氏等々たくさんいる。

今の政治家には、C、D、Eのように
自分の当選につながるかどうかだけで判断して
行動する者が多い。

ただ、彼ら又は彼女らの場合、
自分が得るところがなければ、
他人に与えるようなことはしない
という人間の性に従っただけだから仕方がないか。


ともかく、
A~Eらのような者らがばっこする政治の世界、
そうした世界を変えてみたい。

本当は、私も、
他人のことを悪くいうようなことは書きたくないし、
書かないほうがいいと助言してくださる方もいらっしゃる。
それは、将来の私のことを慮ってのことであり、
結果的には、A~Eや某党を慮ることにもなる。

しかし、それよりも、
有権者に事実を知ってもらうことで
信頼される政治を実現することのほうが、
私は、もっと大切なことだと思う。



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2013.07.08(Mon):わたしの信条
数千万の有権者の意見は数千人数千色です。
これでは有権者の声を政治に反映させようとしても
収拾がつきません。

そこで、政党の存在が重要になってくるのです。
政党には、ある一定程度に有権者の考えをまとめる、
そういう機能があります。

しかし、実際は、選挙があるたびに、
そのときだけ、有権者の動向や関心事を気にしながら
慌てて選挙公約を考える政党がほとんどです。

TPPなどのように
比較的新しい問題は仕方がないにしても、
教育、医療・介護、財政・税制、外交、安保といった
中長期な問題は、
多少、最新事情を加味する必要はあるのでしょうが、
慌てて公約を考えるということ自体がおかしいはずです。

もちろん、各党に綱領といったものがありますが、
(民主党には以前ありませんでした)
そのほとんどがザックリしすぎていて、
抽象的なものです。
(だからこそ、綱領なんでしょうが…)

要は、
有権者の意見を定常的にまとめるという
政党本来の機能が果たされていないというのが現状です。
しかも悪いことに、
各政党の考えがぶれすぎている。

その主張内容はともかく、
ぶれていないのが共産党、
次に自民党や公明党とといった、
先日、体をなしていると申し上げた政党でしょう。

たしかに、他にも多少ぶれていない政党もありますが、
歴史が浅かったり、まだ成熟したとはいえない気がします。

これでは、自民、公明、共産党支持者以外の有権者が
選挙があるたびに投票先に迷ってしまうのも
仕方がありません。

しかも、各政党は、その各構成員も含め、
選挙に勝つことしか考えていない。
“選挙を恐れない”と代表が主張している維新の会でさえ、
今回の参院選の候補者は、
選挙を恐れ、選挙に勝てるかどうかという基準で選んでいます。
(当然といえば、当然かもしれませんが…)

『選挙に勝てなきゃ、意味ないじゃん』

もちろんそうなのですが、
問題は、候補者選定の基準や
具体的な選挙運動の方法も含め、
既成政党が『選挙に勝つ』と思っていることと、
有権者が思っていることとが、かけ離れていること。
そこに問題があると思います。

だから、
有権者から寄付までもらわなければならないほど
お金がかかるような選挙活動をせざるを得なくなる。
選挙にお金がかかるのではなく、
お金がかかる選挙に固執しているというほうが正確でしょう。
(じゃー、どういう選挙をすればいいの、
 という疑問に対するお答えは、
 宣伝になってしまいますが、拙著の本で示唆しています。)

有権者目線の候補者選定、
有権者目線の選挙運動をすれば、
選挙に勝てる、
私は、そう思いますし、
そういう選挙運動をしてみました。
だからこそ、政党名の力があったとはいえ、
知名度ゼロから十日余りの選挙運動で
5万票近くいただき次点になれたのかもしれません。

ただ、実際、
落選したことには変わりありませんので、
そう簡単なことではないことには違いありません。


本来あるべき、
ぶれない政党の確立と、党勢の拡大、
こうしたことも大事なのでしょうが、
その大前提として、
先のブログで申し上げた
有権者との双方向の政治の実現、
こちらのほうが先のような気がします。

みなさんの知らないところで、政治が動いてはならない。

有権者との双方向の政治を実現する政治家、
こうした政治家によって構成される健全な政党政治の確立。

これが、私が最終的に目指すところです。
日本や政治の中身を変えることではありません。
それを決めるのは、あくまで有権者です。
(強いて申し上げれば、私が変えたいのは、
 現状を当然の前提として活動している政治家ですが、
 それを決めるのも最終的には有権者です。)



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2013.07.07(Sun):わたしの信条
日本を変えるのも変えないのも、
政治を変えるのも変えないのも、
決めるのは有権者です。
政治家ではありません。

そこを勘違いしている政治家が多い気がします。
政治家もしくは政党は、
有権者と政治との媒介にすぎません。
(もちろん、政治家は有権者の代弁者ではなく、
 あくまで“全国民の代表”です。)

まず、
巨大企業から零細企業まで、
富裕層から貧困層まで、そして、
私的団体から公益団体まで、
様々な有権者の考えを政治に反映するよう
努めるのが政治家の役目です。

しかし、今の政治家は、政党の支持母体は別として、
有権者に耳を傾けることよりも、
官僚に耳を傾けることに努めているように思えます。
だから、官僚主導の政治と言われるのでしょう。

逆に、
はなから官僚に耳を傾けようとしない姿勢も問題でして、
無意味に霞が関に敵対心をむき出している政治家も、
自分の想いを政治に反映しようと躍起にはなりますが、
その自分の想いに対して、
有権者がどうみているのかを知ろうとする姿勢に
欠けているような気がします。

それは、最終的に決めるのは政治家ではなく、
有権者であるという意識が希薄だからでしょう。

だから、政治家は自らの経験だけで、
熱く想いを語ってしまいがちになる。

例えば、子育てには苦労したものの、
高齢者の苦労を知らない政治家は
財源難を理由に高齢者に痛みを伴う政策を訴えつつも、
子育てや教育には財源を充てるような政策を主張します。

これは、財源の問題のように聞こえますが、
実体は、高齢者のために使っていた財源を
子どものための政策に振り返るということにすぎません。

問題は、こうした政策の中身ではなく、
有権者、特に高齢者の方の意見に耳を傾けつつ、
その政策の必要性を説明して説得する、
こうした姿勢に欠けているということです。

そして、説明を受けた高齢者の方は、
その説明を判断材料として、
次の選挙で投票する先を決めることができるのです。

つまり、政治家は、
必ずしも有権者におもねる必要はありませんが、
(この点が、有権者の代弁者ではないということです。)
国民から政治を信託された者(憲法前文第一文)なのですから、
つまり、全国民の代表(憲法43条1項)なのですから、
有権者への説明責任はきちんと果たすべきです。
これも、政治家の役目です。

有権者の声を政治に反映させようと努めたのか、
努めた場合、どう努めたのか、
努めることさえできなかった場合、
どういう事情でできなかったのか、
時間がなかったのか、他に優先事項があったのか。

そして、努めた結果はどうだったのか、
公約を守れなかった場合、
どうして守れなかったのか、
公約と反対のことをやらざるを得なかった場合、
どういった事情があったのか、
こうしたことをきちんと有権者に説明する。

そして、説明を受けた有権者が、
その説明を判断材料として
次の選挙で投票する先を決める。
さらにまた政治家が有権者への説明責任を果たす。

こうした有権者と政治家との
双方向のコミュニケーションが図られていないから、
有権者は政治に関心を示さなくなり、
そして、投票率が下がってしまうのではないでしょうか。


次回は、政党について
“熱く”語ってみようと思います。



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2013.07.03(Wed):わたしの信条
維新の会のロゴと、
『日本維新の会国政対策委員』
という肩書きを削除しました。

理由は、昨年の衆院選で落選したことに伴い、
東京11区の支部長を解任されたこと、そして、
参議院選挙候補者の公募に応募したところ
選から漏れたことによります。

『国政対策委員』という肩書きは、
落選者全員が支部長を解任された時点で、
何の肩書きもないと政治活動ができなくなってしまうため、
“当分の間"、使用が許されていたものです。

この“当分の間”というのがはっきりしていないのですが、
本来は、今回の参議院選挙の公認をもらえないことが決定し、
維新の会とは形式的にはつながりがなくなった時点で、
その肩書きは使用できなくなったものと理解しています。

先の東京都議会選挙でも、
維新の会からは何ら連絡はなく、
候補者側から個人的にお願いされて
お手伝いをさせていただいた次第です。

私も、その候補者が維新の会公認だからというよりは、
候補者やそのスタッフの人間性に惹かれ、
お手伝いをさせていただいたわけです。

もちろん、昨年の衆院選のときに、
選挙カーの件でお世話になった分は
維新の会に恩返しはしなければならいと思っていたのも事実です。

なお、石原さんと橋下さんのお名前や顔を利用させていただいた分は、
維新の会に広報活動費として支払った100万円に含まれているものと
理解しています。

そして、この度の参議院選挙、
都議選で私が手伝っているのをたまたま知った
大阪維新の会の府議(私の本では“責任者”として登場)から、
手伝うよう依頼がありました。

当初は、お手伝いをしてもいいと思っていたのですが、
依頼の仕方が横柄なので、やめました。

具体的には、
衆院選のときは、大阪維新の会の人は、
私をけしかけて精神的に追い込むだけで、
選挙カー以外は、
何も手伝ってくれなかったにもかかわらず、
(詳細は、最近出版された拙著の本をご参照)
“あれだけ手伝ったのに”といいながら、
私のときは手伝ってくれなかったポスター貼りや
ハガキの宛名書きを平然と命じてきました。

“ポスター貼りを手伝ってくれないと、
 お金を払って業者に頼むしかなくなるじゃやないか”

私も、先の都議選の候補者もポスター貼りは
業者にお願いするしかありませんでした。
参院選候補者公募の面接時にも、
”ポスター貼りは党でお手伝いできないけれど、
 東京中の掲示板にポスターを貼るための資金はあるの?”
ときかれました。

衆院選のとき、
私が大阪維新の会に
ハガキの送り先となる名簿の入手方法を尋ねても、
“自分で探せ”と突き放したにもかかわらず、
今回は、都議選の候補者側が苦労して入手したものを
利用しようとしました。


私の知っている大阪維新の会の構成員は、
参議院選挙候補者公募時の面接官も含め、
高圧的・独善的な人が多すぎるのにも嫌気がさしました。

私の存じあげている、大阪維新の会以外の大阪の方は、
みなさんユーモアがあって思いやりのある方ばかりです。
逆に、私の知っている大阪維新の会の人は、
ユーモアも思いやりもない人ばかりです。

維新の会の政策と実行力には賛同します。
しかし、その高圧的・独善的な態度は、
たとえそれが実行力の原動力になっていたとしても
生理的に受けつけられません。

有権者の方も、そうした点はきちんと
見ているはずです。

昨年の衆院選で維新の会が東京で惨敗したにもかかわらず、
”責任者”は責任をとっていないようです。
参院選の候補者選定も、
しがらみによって行われた面もあります。

責任ある個人・社会・国家の樹立や
しがらみのない政治を謳っている政党だけに
矛盾が感じられます。


有権者の投票基準は、党か、候補者個人の二つです。
なかには、党名で当選したにもかかわらず、
自分の力で当選したと勘違いしている人も多くいます。

そういう私も、知名度ゼロから
10日あまりの選挙活動で5万票近くもいただけたのは、
個人の力というよりも、当時は支持率の高かった
“日本維新の会”という政党名のおかげであることは
自覚しています。

ただ、実際に行った選挙活動は完全無所属と同様だったので、
その点だけは自信がつきました。

あとは、自分という人間を有権者に知ってもらうこと
これが勝負になると思っています。


現在、党としての体をなしているのは、
自民党、公明党、共産党くらいなものでしょう。
これらの政党支持者以外の有権者の方は、おそらく
どの政党や候補者に投票したらいいのか、
選挙があるたびに、
迷われているのではないでしょうか。

本来は、政党政治というものがあるべき姿なのでしょうが、
当面は、個人の力が勝負になる時代が続きそうな気がしています。




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2013.05.15(Wed):わたしの信条
橋下代表の発言について、触れないわけにはいきませんね。

性欲は、食欲、睡眠欲に並ぶ三大欲求といわれてます。
ただ、もちろん相手の合意がない場合、犯罪になります。

そして、戦時中に行われたであろう軍人による
自分らの性欲を満たすためにした行為については、
もし、あったとすれば、ほとんどすべての場合、
女性側に心底合意があったとは思えません。
つまり、犯罪といえます。

だから、戦時中という特殊な事情があったにせよ、
容認されるべきものではありません。

それは、沖縄上陸、東京や大阪などへの大空襲、
そして、原爆投下等々に共通するところがあると思います。

民間人に対する無差別の大殺りく。
これ以上の人権侵害、犯罪はないはずなのに、
敗戦したという理由だけで、何も言えない。


だから、橋下代表の気持ちも分からないわけではありません。
旧日本軍だけではなく、米軍をはじめとする他国の軍人も
同じような行為をしたはずなのに、
旧日本軍だけが世界中から批判されなければいけないのか、
多分、そんな思いがあったんだと思います。

だからといって、繰り返しになりますが、
容認されるものではありません。
たとえ、戦時中だったとしても。

しかも、被害にあったと強く訴えかける女性の方々がいらっしゃり、
そうした女性の方々と同じように気持ちを共有されている方々が
大勢いらっしゃるのだから、
そうした方々の気持ちを考えたとき、
ああいう誤解を招くような発言の仕方はできないはずです。
(ご本人は、聞く側の国語力に問題があるといっています。)

本音を言うにしても、それを聞かされる側の気持ちも考える。
普段の橋下代表のツイートを見ていても、
あの方の発言は、計算されているとしても、
そこが欠けているような気がします。

橋下代表自身は、
いつもギリギリのところで発言しているといっていますが、
今回はさすがに、アウトでしょう。


話は完全にそれますが、
私の出版予定の書籍の原稿も、
事前に、維新の会にみてもらいました。

その結果、維新の会にとって都合の悪いところは、
全てではないにしても、
削除したり、オブラートに包んだ表現にしました。
お世話になったわけですから。

ただ、橋下代表の発言に比べれば、
私の当初原稿なんか、かわいいものです。

そのまま載せておけばよかった…



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2013.05.01(Wed):わたしの信条
昨日のニュースの中で一番目を引いたのは、
やはり、17歳の高校生が
100Mで10秒01を出したことだろう。

本人は『ボルトと走って、何が違うのかを知りたい』ということだが、
これは、体感したいということであろう。

ボルトの速さの秘密は、専門家の方によると、
あのストライドで、日本人並みのピッチを刻むことができること
にあるらしい。

日本人としては、お手上げである。
もう、神がかり的なピッチをあげるしかない。

いかに速く走るかは、
いかにストライドを大きくして、
いかにピッチを上げるかにつきる。
ある意味、科学だから、単純明快である。

腰の位置とか、上体の起こし方とか、
細かいことはすべてこのためにある。


かなり強引だが、
政治家になるためには、どうすればいいか?

科学じゃないから、単純明快な答えはない。
ただ、カリスマ性は必要なのだと思う。

問題は、カリスマ性の内容。

小泉新次郎氏やタレント候補のようなアイドル性
麻生副総理のような親分肌等々…
いろいろ考えられる。

私がよく周りの方から指摘されるのは、
親分肌が身についてないということ。
みなさん、本当に私のことを想って指摘してくださるのであり、
私もそのことは自覚している。

ただ、私は、無理するつもりはないし、
そもそも人間性をころころ変えることはできない。
演じたところで、すぐに見透かされる。

それに、
今のような政治家を目指すつもりは毛頭ない。

なぜなら、今のような政治家が集まっても、
政治はしょせん一流にならないからである。

ある新聞の投書によると、
麻生副総理は、ある参議院議員の政治パーティーで
 『70歳以上で、年に一度も病院に通わなかった人には
  10万円をあげる』
と、のたまわったそうである。


では、私が目指す政治家とは、何か。

それは、誠実な政治家である。

選挙時の公約を平気で忘れるようなことはしない。
現状や経過などをきちんと説明する。
公約と違うことを実行せざるを得ない場合は、
きちんと説明して納得してもらう。

沖縄県名護市の辺野古沿岸部埋立て問題のように
当事者の頭ごなしに決めるようなことはしない。
決める前に、まず当事者の意見や実情などをきいて知る。
それに反するようなことをせざるを得ない場合は、
きちんと説明して納得してもらう。

外交においては、空手形を切るようなことはしない。
誠実な態度で交渉に向き合う。

ただ、それだけである。



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2013.04.24(Wed):わたしの信条
最近、国政選挙にせよ、地方選挙にせよ、
投票率が低いようである。

こういう場合、
有権者のほうが悪いような言いかたをされることが多い。

しかし、必ずしも、そうとうはいいきれないのではないだろうか。
それだけ、こいつに投票したいと思わせるような魅力ある候補者が
私も含め、いない、という見方もできる。

”魅力”という言いかたは、曖昧だが、
要は、有権者に、政治に興味をもってもらえるように
惹きつけることができる力と考えている。

じゃーお前は?
ということになると思うが、とりあえず、
私が政治家を目指した動機について、
昨日のブログでご紹介したチラシの裏面、
そして、この夏出版する本の冒頭にも書いた文章を、
以下にご紹介。

ちょっと、くどくて長くて、読みづらいです。
すみません。


「 国民・国家のために政治家になりたい。日本を変えるために政治家になる。いかにも上から目線の、鼻につく考え方ではありませんか。
  みなさん、自分たちが選んだ議員さんたちが、普段何をし、そして、それが政治にどのように反映されているのか、ご存知ですか?そして、なぜ、プロスポーツ選手や芸能人らが何億円稼ごうが非難もされないのに、数千万円の政治家の歳費・年収は減らせ、といわれるのでしょうか?
  ここに、私が政治家を目指した理由があります。

  第一に、私は、平成24年11月まで、国家公務員をしていましたが、そこで、いろいろ考えるところがありました。これって、本当はみなさんに知らせなきゃいけないことなんじゃない?こんな不公平なこと、許してていい?でも、今の政治家は、こうした現状をきちんとみなさんにお知らせしているのだろうか?
  仕事以外でも、思うところがありました。今の政治家の中で、実際に介護で苦労された方、ヘルパーさんらのお仕事が、精神的にも肉体的にも、どんなにきついかご存知の方、はたしてどれくらいおられるのだろうか?
(実際、重度の要介護者の増加にともない、介護職員の8割の方が腰痛に悩まされ、そのことが人手不足に拍車をかけ、さらに職員一人一人の負担が増しているという悪循環に陥っている。)
子育てにお金がかかることはご存知のようだけど、年金生活者も、医療費などでいろいろ出費がかさばるという実態はご存知なのだろうか?
  自分が政治家になって、みなさんがきちんと判断できるように、きちんとお知らせしたい。お忙しいみなさんのために。みなさんは、お忙しいはずです。家事、子育て、介護、夜遅くまでのお仕事、夜中のお仕事、休日のお仕事、バイト等々、生きていくのに、子どもを育てるのに、親御さんの面倒を見るのに精一杯のことと思います。選挙に出る余裕などないはずです。だからこそ、余裕のある人が選挙に出ているのですけど、それだと、日々の生活に追われている人たちの意見はきちんと政治に反映されているといえるのでしょうか?
  私には、両親がいません。そして、独身です。どちらも望んだ結果ではありませんが、だからこそ、みなさんのことを本当に尊敬できます。そんな私も日々の生活に追われていました。だから、政治家になろうと思っていても、実際に選挙に出ることはできませんでした。が、両親を亡くし、独身で、何のしがらみもなくなった今、お忙しいみなさんのために、きちんと政治の現状をお知らせしたい、そして、みなさんの暮らしぶりをきちんと政治に反映させたいと思い、選挙に出ることを決めました。私も、みなさんと同じように家族をもっていたら、とてもじゃありませんが、選挙に出る余裕なんかありませんでした。

  第二に、みなさんから信頼される政治を実現したいのです。政治が信頼されていないから、そして、今の政治家がプロスポーツ選手や芸能人らのようにみなさんが納得のいく結果を出していないから、歳費・年収が高いといわれる。誤解していただきたくないのですが、歳費欲しさに申し上げているわけではないのです。みなさんから、歳費云々いわれないような信頼される政治、そんな政治を実現したいだけなのです。

  そこに、既得権益を否定し、現場を知る政治、実行する政治を掲げる日本維新の会が、衆議院議員総選挙の候補者を公募していたので、応募してみました。
  そして、平成24年11月16日、当時の野田総理大臣が衆議院を解散しました。
  この物語は、その十日後から始まります。
  多くの方がいだく選挙運動のイメージはというと、選挙カーがうるさいとか、駅前で何かしゃべっている人がいるというくらいではないでしょうか?そして、政策の中身については、マニフェストとか、政策集とかといわれているものを読まれたり、新聞を読まれたりしてお知りになることが多いのではないでしょうか。
  私の場合、解散後の総選挙の公示日一週間前まで公務員をしていて、いきなり公認されるという特異な体験をしました。だからこそ、仮に皆さんがいきなり選挙に出たらこうなる、というお話しができたと思います。これ をお読みになれば、少しでも選挙の舞台裏を知っていただくことができ、そして、みなさんの選挙運動に対する 見方も変わるのでなないかと思います。

  さて、その総選挙ですが、私は、みごとに落選してしまいました。それは、みなさんから信用を得ることができなかったからだと思っています。無理もありません。みなさんは、私のことをご存知ないわけですから。
  政治家のなかには、何年もかけて地元で活動をされ、信用を得られてきた方もおります。一方、私は、最近まで公務員をしていました。みなさんから信用を得ることは容易なことではありません。若くはないので、時間もありません。
  そこで、みなさんに私という人間を知っていただこうと、出版を考えました。ですから、政治家を志すきっかけともなった私のこれまでの体験談もお読みになっていただくことで、私の考えや人間性といったものを知っていただき、また、私が、典型的な政治家ではなく、真の政治家としてふさわしい人物かどうかも、ご判断いただけると幸いです。もちろん、どうご判断されるかは、みなさんのご自由です。酒の肴や日常会話のネタにしていただいてもかまいません。

  それでは、衆議院の解散から十日後のお話しから始めさせていただきたいと思います。」



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2013.04.23(Tue):わたしの信条
ところで、選挙活動ってしているの?

私は今、宙ぶらりんの状態である。

来る参議院議員選挙で維新の会から公認をいただくべく、
公募には応募したものの、
第一次公認、そして第二次公認からは漏れた。
今の状態で、辻立ち、つまり、駅前とかで何かしゃべろうにも、
どこに立ったらいいか分からない。

選挙カーで、自分の名前を連呼したところで、

こいつ誰?
何のためにやってるの?

ということになりかねない。
特に東京の場合、この6月に都議選もあるので、
有権者の方にとっては、ごちゃごちゃになってしまう。

しかも、選挙期間中ではないので、
タスキをかけちゃいけないとか、
いろいろと規制がある。

無意味にお金と時間は使いたくない。


ただ、何もしていないわけではなかった。
どの選挙に出るにしても、知名度を上げることが大切。
だから、このブログも立ち上げたわけではあるが、
ブログなんていうのは、五万とある。

そこで、友人・知人にこのブログの存在をお知らせした結果、
おかげさまで、たくさんの方々にご覧になっていただいている。

ただ、それでも全国的な知名度というと限界がある。
フェースブックにも、更新情報は載せているが、
閉じられた世界なので、限界があるようだ。


そこで、私は、二つの方策を考えた。

一つめは、このブログの書籍化である。
書籍化については先日も申し上げたが、
文芸社に訪れ、原稿を持ち込み、
結果、この夏に出版する運びとなった。


そして、二つめは新聞折り込みのチラシ。
出版をお知らせするためのチラシである。

配付先は、まず、昨年12月の選挙時にお世話になった板橋区。

昨晩の ”SMAP×SMAP”というTV番組でゲスト出演していた
石破茂自民党幹事長もおっしゃっていたが、
休日に、あるいは期日前投票でわざわざ投票所まで足を運んでくださって、
自分の名前を書いていただいた票は非常に重たいというか、
非常に大切にしなければならないというか、
本当に感謝すべきことである旨おっしゃっていた。

私も、そんな想いで
板橋区のことを決して忘れてはならないと思った。


次に、45年以上もお世話になっている地元で、
出身小学校、中学校、そして
わが母校・都立城東高校がある江東区である。

が、お金をかけてチラシを配布したわりには、
ブログのアクセス数は伸びなかった。
やはりあまくない。


でも、本当に必要なのは、知名度うんぬんよりは、
有権者の方から信用してもらうということ。

政治家のみなさんの中には、地元で何年も活動されて
有権者の信用を得られた方もおられる。
しかし、私は、最近まで公務員をしていたのだから、
みなさんから信用していただくのは容易なことではない。

しかも、決して若くはないので、時間もない。

このブログを立ち上げた、もう一つの理由はここにもある。
つまり、このブログを通じて、
私がどういう人間かを知っていただきたい、ということ。
だから、半ば、自分史という様相を呈している。

最後に、今度出版されることになる本の冒頭部分で、
先ほど申し上げたチラシの裏面にも書いた文書を
ご紹介しようとも思いましたが、
ちょっと、くどくて長いので、後日にさせてください。



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