2017.09.09(Sat):政治活動

街中の自分のポスターが
色あせてきたので
新しいものに貼りかえるため、
また、
はがされていないのか点検すべく、
先日、自転車をこいでいたところ、
突然、集団下校中の小学生らから
指をさされた。

『あっ、いのたかし だ!!
 いのたかし、いのたかし』

完全、ばかにされているのではあるが
こちらが手をふると、
少年たちも手をふってくれた。

さらに先に進むと、
やはり小学生の女の子が二人
こちらに近づいて来た。

『あっ、いのたかし?』

一人の女の子が私を見ていった。

「そうだよ。」

『えっ、本物?』

「そうだよ。よろしくね。」
といって、
小学生二人に名刺を渡した。

「お母さんに渡してね。」

なぜか、こういうときは、
お父さんに渡してねとは言わない。

『ね~ね~、
 いのたかしって有名人なの?』

もう一人の女の子がきいてきた。

「そうだよ。」

私は、うそをついた。

すると、名刺をもらった女の子らは
『やった~』
と私の名刺を受け取ったことに
あらためて喜んでくれた。

なんか、良心の呵責が…

そして、数時間後、
親子が私には気がつかないまま、
私のすぐそばをとおった。

『…と、いのたかし
 どっちが偉いの?』

と少年がお母さんにきいていた。

比較対象は聞き取れなかった。

「いや、偉くないというか、
 その質問自体がおかしい!」

私は心の中でつぶやいた。

お母さんも
返答に困っているようだった。

なんとなくばつが悪かったので
そのまま通りすぎた。


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2017.09.04(Mon):政治活動

一週間前の事故現場を
緊張感をもって通りすぎ
駅に到着した。

いつものとおり、
通勤・通学するみなさんに
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
と、挨拶を始めた。

すると、
大きなランドセルをしょった
6~7才の女の子が
『行ってきます』と
礼儀正しくお辞儀をしてくれた。
ここまで丁寧な反応は初めてだ。

しばらくすると、今度は
ご婦人が私に近寄って来て
『朝からこんな頑張らなくてもいいのに。
 でも、気持ちは分かるわよ。』
とおっしゃり、
温かい手で握手をしてくださった。

今朝は風が冷たい。

天気予報では曇りだったはずなのに、
雨が降り出してきた。
傘を持ってこなかった私は、
濡れながら挨拶するしかなかった。

とにかく雨風が冷たく、
つらい。

すると、
若い女性が傘をさし出してくれた。

『これ使ってください』

「でも、」

『私、折りたたみ傘ありますし。』

「後日、お返しします。
 ここに私のメルアドが…」
といって、名刺を差し出した。

『ビニール傘ですから大丈夫ですよ。』

ナンパと間違われたかもしれない。

今度は、傘をさしながら挨拶を始めた。

正直、救われた。

時間も経ち、声もかすれ始めたころ、
近所に住んでいるものと思われる
おばあちゃんが私に近づいてきた。

『これでもなめなさい。』

といって、
一個のあめをさしだしてくださった。

「あっ、ありがとうございます。」

傘をさしながらそそくさと戻られた
おばあちゃんの背中に向かって、
私も傘をさしながら一礼をした。

ビニール傘とあめ

今でも自宅にある。


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2017.08.30(Wed):政治活動

北朝鮮のミサイルが発射された頃
私は、先日にもお伝えした
不思議な街の駅に向かっていた。

そして、いつもどおり
通勤・通学する方々に挨拶を始めた。

ここでは相変わらず
みなさん愛想よく反応してくださる。

いつの間にか、
小さなキャリーバックをもった
一人のおばあちゃんが
階段の前にたたずんでいた。

気がつくと、私は
キャリーバックに手を伸ばしていた。

「よろしかったら、
お持ちしましょうか。」

『あら、すいませね。』

ヒョイと持ち上げた
そのバックは思いのほか軽かった。

『みなさんに挨拶しなくて
いいんですか。』

「たいして時間はかかりませんから
大丈夫ですよ。」

「どこかへお出かけですか。」

『私はもう八十になるんですけど
息子が旅行に連れていって
くれるんですよ。』

「それは、
おやさしい息子さんですね。」

『ええ。』

そのおばあちゃんは
ものすごくうれしそうな表情をしながら
私にいろいろお話してくださる。

私も、母が亡くなって
一人になった父と生前、
ふたりで温泉旅行に行ったことを
思い出した。

着実に一歩一歩降りる二人の横を
通勤客が黙々と、そして
次々と追い抜いていった。

思いのほか長い階段も終わりかけた頃、
そのおばあちゃんは
先のほうにある自販機を見ながら
こうおっしゃってくださった。

『お礼に
お茶でもごちそうさせてください。』

「いやいや、お気遣いなく。」

『私もお茶を飲みたいので、
是非、お礼をさせてください。』

そういって、
お財布の中から取り出した千円札を
私に渡してくれた。

『これでお好きなものを
選んでください。』

私は、そのお札を自販機に入れ、
少しだけ遠慮して
小さめのペットボトルのお茶を選んだ。

『あら、
もっと大きいのでもよかったのよ。』
 でも、それもおいしそうね。
私もそれにしようかしら。』

私は同じボタンを押した。

そして、お釣りと
私と同じペットボトルのお茶を
おばあちゃんに手渡した。

『本当にありがとうございました。』

「こちらこそお茶
ありがとうございました。
お気をつけて、よいご旅行を。」

そういって
おばあちゃんと別れた。

そのペットボトルのお茶は、
今でも飲めないでいる。


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2017.08.28(Mon):政治活動

今朝、駅頭挨拶のため、
とある駅に自転車で向かっていました。

車道を走る運送トラックを右手に見ながら
先に見える歩行者用の信号が青だったので
横断歩道を渡ろうとしました。

そして、そのトラックも
その信号を左折しようと
スピードを緩めました。

私とはちょうど横断歩道で
ぶつかるタイミングでしたが、
トラックがそのままスピードを緩め
止まってくれるものと思い、
横断歩道に突入‼

すると、トラックも
スピードを緩めずそのまま左折。

そして、ドーン‼

が、スタントマン張り(?)の受け身で
左肘のかすり傷だけで私は無事。

ただ、後遺症も心配されるので、
相手の連絡先やナンバーは控えています。

一部の事故は、運転手も歩行者も
お互い止まってくれると思いながら、
自分は止まらないことで
起きるのかもしれません。

みなさんも、くれぐれも
事故にはお気をつけ下さいませ。

201708281258295bc.jpg

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2017.08.23(Wed):政治活動

私は朝、駅頭で
通勤・通学されるみなさんに
ご挨拶申し上げているのですが、
みなさんから
挨拶を返していただいたり、
声をかけていただくことも
あります。

ただ、ここまでたどり着くには
1~2年かかりました。

当初は、当然のごとく
みなさんから無視されます。

また、年月が経っても
みなさんの反応は
駅によって区々です。

苦情や文句をいわれるなど
否定的な反応をされることも
少なくありません。

が、最近、
いったことのない駅で、初めて
みなさんに挨拶申し上げてみました。

すると、どうでしょう、
多くの方々が好意的な反応を
示してくださいました。

原因は分かりません。
自宅から近い駅ではないので、
通勤・通学される方がご近所さん
というわけでもありませんし、
自分の出身の区内の小中高校とも
関係なさそうです。

こうした朝の挨拶は、
自分の名前を知っていただくことに
目的があるのは間違いないのですが、
みなさんになるべく気持ちよく
会社や学校に行っていただきたい
そんなボランティア的な気持ちが
あるのも確かです。
(が、私の挨拶で不愉快な想いを
 される方がいるのも確かです…)

しかし、
この駅で挨拶申し上げると、逆に
私が元気をいただくというか、
気持ちよく
一日を始めることができるのです。

そんなみなさんに今朝も感謝です。


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2017.07.26(Wed):政治活動

朝の駅頭挨拶時、
駅前にある地図を眺めている方々を
よく見かけます。

当初、私は、必ず
「どこかお探しですか?」
と声をかけるようにしていたのですが、
実は、反応の仕方には色んなパターンが
あることが分かってきました。

反応は、ざっくりと、
以下のように分けることができます。

まず、私の助けは無用と、
ご自身で探し続けるパターンでして
これが全体の約4割と
一番多いでしょうか。

理由は様々のようです。
スマホもあるのですぐに分かる場合、
私に気を使ってくださる場合、
ご自身のプライドが許さない場合
等々です。

次に、
これが本来想定していた場合でして、
地図を見ても
場所が分からずに困っていたので
私に声をかけられて助かった
とおっしゃってくださるパターンです。
これは全体の約3割
といったところでしょうか。

次は、時間をつぶすために
地図を眺めていただけ
というパターンでして、
これは全体の約2割
といったところです。

そうすると、残り1割は?

その前に、
4割、3割、2割、1割、
これ、何かに似ていませんか?

そう、
日本人の血液型の比率です。
つまり、
A型、О型、B型、AB型です。

そこで、あくまで便宜的に
上述の4割の方々をAタイプ
同じく3割の方々をОタイプ、
2割の方々をBタイプ、
そして残り1割の方々を
ABタイプとします。

では、ABタイプとは?

それは、私が声をかけたこと自体に
怒る、というパターンです。
理由はよく分かりませんが、
Aタイプなのか、Bタイプなのか…
とにかく想定外です。

そこで最近は、
地図を眺めている方々を見かけても、
まず、その方の雰囲気を
みるようにしています。

そうすると、
地図を眺めながら時間をつぶしている
という場合が、何となくですが
分かるようになってきました。

また、
明らかに探しているという場合も、
しばらく様子を見るようにしています。

そうすると多くの場合、
スマホもあってか、
すぐに地図から立ち去って
目的地に向かっていきます。

そして、いつのまにか、
私はОタイプを探すようになり、
よって、私から声をかけることは
めっきり少なくなりました。

逆に、地図を見ずにいきなり
私に道を尋ねてくる方もおります。

ただ、この場合の多くは
東洋系の外国人の方でして、
いきなり私に道を尋ねてくる
日本人の方は多くありません。

私の場合、道を尋ねられて迷惑
ということは全くないのですが、
とにかく、世の中、
いろいろな方がいるものです。

あなたは、どのタイプですか?

あっ、以上のお話は、
人数割合の点を除いては、
血液型とは全く無関係ですので、
念のため。


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2017.02.03(Fri):政治活動
○時○分
今朝もおじいさんが
自転車に乗ってやって来た。

しばらくすると、
娘さんがお孫さんといっしょに
駅から出て来た。

そして、娘さんは、
迎えに来たおじいちゃんの
自転車の“後部座席”にお孫さんを乗せ、
三人が消えていった。

この光景は変わらない。
お孫さんの登場の仕方以外は。

はじめの頃は、娘さんが
眠っているお孫さんを抱えたまま
駅の階段を降りて来た。

そのうち、
お孫さんがよちよち歩きするようになり、
目を覚まして登場するようになった。

はじめは手すりにつかみながら
一歩一歩確実に階段を降りていたのが、
そのうち手すりにつかまらないで
スタスタと階段を降りられるようになっていた。

当初は私に興味を示さなかったお孫さんも、
通勤・通学する方々に挨拶している姿が珍しいのか、
私のところにいったん寄ってから、
おじいちゃんのところに行くようになった。

しかも、最初は、
私に近寄ってくるだけだったのが、
そのうち挨拶をしてくれるようになった。

そして、先日、私が
通勤客のお一人であるご婦人と
おしゃべりをしていると、
そのお孫さんがいつものように登場したのだが、
何と、
私とそのご婦人とのおしゃべりに気を使って、
立ち止まっているではないか!

ご婦人もそのお孫さんに気がつき、
駅の中に入っていった。

そして、それを見届けたお孫さんが、
今度はいつものように、
私に近づき挨拶をしてくれた。

お孫さんの成長はつづく。



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2017.01.14(Sat):政治活動
私がある駅前で
通勤・通学するみなさんに
朝の挨拶をしていると、
いつからか、
4~5歳の女の子が
『あっ、いた!』
といって、私を指さすようになった。

私はそんな女の子にきまって手をふり、
女の子はお母さんに手をひかれながらも
私のほうを見ていてくれる。
そしてしばらくすると、きまって
お母さんに笑顔で何かを語っていた。

女の子と私の間の無言の交流のうちに
その親子は数メートル進んでしまうので、
何を語っているのか私には聞こえない。

そんなある朝、いつもと違って、
親子が私のほうに近寄ってきた。
初めてである。

『おはようございます。
 娘がいつも猪野さんにお会いできるのを
 楽しみにしているんです。
 この娘、猪野さんのファンなんですよ。
 いっしょにいるところの写真を
 撮ってもいいですか?』
といってお母さんはスマホを取り出した。

ずっと独身の私は、
子どものだっこの仕方が
よく分からなかったので、
とりあえず女の子と身長を合わせるため、
しゃがんだ。

すると、
女の子がピースサインをしたので
私もつられてピースサインをした。

『○○ちゃん、マスクとって。』

写真を撮り終えると、
お母さんは
『いつも出かけるとき、
 きょうは、おにいちゃんいるかな?
 って、きいてくるんですよ。』
といってくれた。

もちろん
“おにいちゃん”というのは
社交辞令なのだが、
どう返したらいいかとまどった私は
『おにいちゃんじゃないよ。
 おじちゃんだよ。
 しかも、かなりの…』
と女の子に返した。

そして、
お母さんがお礼をいってくれると
私は女の子に手を振った。

女の子はお母さんに手をひかれながらも
私のほうを見ていてくれる。
そしてしばらくすると、いつものように
お母さんに笑顔で何かを語っていた。


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2016.06.27(Mon):政治活動
最近まで知らなかったのだが、
参院選公示日以降、投票日まで、
候補者以外のための政治的活動は、
公職選挙法上、著しく制限される。

これは、
参院選の選挙活動との混同を防いだり、
選挙活動の邪魔にならないようにするため
だと思われる。

だから、私も、
最近の朝の駅頭挨拶では、
のぼりも立てず、
政治的発言も一切せず、
朝の挨拶をするだけの
ボランティアの
おっさんと化している。

それでも、
いつもお会いする男性の方が
『微風ながら、
 追い風が吹いております。』
と微妙な声援をおくってくださり、
そして、握手も求めてくださった。


それからしばらくすると、
普段は見かけない、
リックを背負った男性が
一言も発せず、突然、
私にほほ笑みかけてきた。

私は、怪しい人だなと
心の中で思いながらも、
ぎこちないほほ笑み返しをしておいた。

そして、その男性は
その場を離れるどころか、
少し離れたところで、
しゃがみはじめた。

私は、正直、
その怪しい感じの男性の存在が
気になって仕方なかったのだが、
一向にその場を離れようとはしなかった。

それから30分ほど経ったころ
私は、大学の授業もあるので、
朝の挨拶を止めると、
そのしゃがんでいた男性は
すくっと立ちあがって、
私に近づいて来た。

ドキドキした。

すると、その男性は
『応援しています。
 頑張ってください。』
と声をかけてくださり、やはり、
手を差しのべてくださった。

そして、
しずかに去って行った。

つまり、その男性は、
私の邪魔にならないよう、
声をかけるためだけに、
いつ終わるかも分からない挨拶が終わるまで
30分以上も待ってくださったのである。
こんな方ははじめてである。

よく、人は外見で判断してはならない
とは言われるものの、
つい、外見で判断してしまった自分が
恥ずかしくなった朝だった。


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2016.06.09(Thu):政治活動
朝の駅頭挨拶をしているとき、
決まった時間になると、
小さなお子さんを抱いたお母さんが
駅から出てくる。
そして、
お迎えにきたおじいちゃんが
そのお子さんを自転車に乗せて、
親子三代・三人で去っていく。

このお話は、以前、
3月10日付の投稿でも紹介した。

そして、やがて、
そのお子さんが大きくなって、
自分で歩いて
駅から出てくるようになった、
というお話も紹介した。

その子は、いつしか、
駅頭に立っている私が珍しいのか、
きまって私のほうに近寄ってから、
おじいちゃんのところに向かようになった。

私は、その子が近寄ってくるたびに、
しゃがんで
「おはようございます。」
と声をかけてきたが、
無視され続けていた。

しかし、ある日、
その子が初めて

『おはようございます』

と私にいってくれた。

非常にたどたどしいことばだったが、
確かにそういってくれた。

なにか、自分の子どもが
初めてことばをしゃべったような感じで、
ものすごく、うれしかった。

そして、しばらく月日が経つと、
ついに、その子は、私に
お辞儀までしてくれるようになった。
しかも、今度は、はっきりと

『おはようございます』

と聞き取れることばで。

しかし、その子は、
私の気持ちを知るよしもなく、
いつものように、小走りで
おじいちゃんのほうに近寄っていった。

私は、子どものことが
可愛くてしかたがなく思うのだが、
それは、
子育ての苦労や責任を知らないからか。

手塩にかけて育てている
我が子に対する愛情がいかなるものか、
私には一生分からないか…


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2016.05.14(Sat):政治活動
籠いっぱいにポスターの入った自転車を
のんびりこいでいると、
突然、
向こうのほうから歩いて来た一組の親子が
私に一声かけてくれた。

『こんにちは』

まったく見ず知らずの親子だったが、
自分のことを
選挙やポスターで知っているのかと思い、
自転車を降りて声をかけてみた。

すると、私のことはまったく知らず、
ただ何気なく
挨拶をしてくださったということだった。
私は、名刺を父親のほうにわたして

「無所属の“いのたかし”と申します。
 よろしくお願いいたします。」

といいながら頭を下げると、
横にいた男の子のほうも、

『○○といいます。
 よろしくお願いします。』

と私にお辞儀してくれた。
そして、私に

『名刺をください。』

といってきた。

後ろにいたお父さんが

『もう名刺はもらったから
 大丈夫だよ。』

とはおっしゃていたが、
私はかがんで、
男の子のほうにも名刺をわたして

「よろしくお願いします。」

といって、お辞儀した。

すると、その男の子は
また、私に頭を下げてくれた。


その親子と別れた後、幸運にも、
ポスターを貼ってもいいよ、
とおっしゃってくださった
お宅にめぐりあえた。

そこで私がポスターを貼っていると、
おもむろに
7~8才くらいの一人の女の子が
私に近づいてきた。

その女の子は、
私のほうを見ているだけで、
一言も発しなかった。

私が

『こんにちは。』

と声をかけても黙ったままだ。

一瞬、気まずい空気が流れた。

なぜか私の頭は、
“仕事”モードになった。

「これ、お母さんにわたしてね。」

そう言って自分の名刺をわたすと、
その女の子は、黙って、
肩からかけていた
かわいらしい黄色いカバンに
受け取った名刺を大事そうに
そっとしまってくれた。

そして、女の子は
やはり何も言わず、去って行った。

私は、
彼女が無事帰宅できるのを願いつつ
小さな背中に向かって
小さく手を振った。


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2016.05.03(Tue):政治活動
X党のポスターが貼ってある
お宅が見えてきた。
その隣に
自分のポスターも貼らさせてもらおうと
インターホンを押してみた。

すると、認知症の方が出てこられた。
正直、これはまいった、と思った。
すぐに、失礼します、とも言えない。

すると、娘さんと思われる方が
後から出てこられた。
助かった…
と思ったのと同時に、恐縮した。
取り込み中にやって来たのだから
怒られると思った。

しかし、その娘さんは、ご親切にも、
X党のポスターを貼ることになった経緯を
私に詳しく説明してくださった。

認知症のお父さまを
お世話している最中にもかかわらず
突然訪れてきた
見ず知らずの私のために、
時間をとって、
誠実に対応してくださったのだ。

要は、知人に頼まれて
X党のポスターを貼ったということだった。
そこで私は、自分のポスターを貼ることを
遠慮申し上げた。

このように、ポスターを貼ることを
断れらることがほとんどなのだが、
それでも、下町は親切な方が多い。
もちろん、
冷たくあしらわれることもあるが、
同じ断られるにしても、
すまなそうに言ってくださったり、
励ましのお言葉をいただくこともある。


私が、生前
身体の不自由な父と暮らしていたとき、
もし、突然の訪問者がやって来たら、
『このくそ忙しいときに…』
とか思いながら、
冷たく追い返していただろう。


その娘さんからお話をうかがった後、
お父さまのお世話をしている最中に、
突然、訪れてきてしまったことを
一言お詫び申し上げ、
そして、
それにもかかわらず、
きちんと対応してくださったことに
感謝申し上げ、
お別れをした。



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2016.03.31(Thu):政治活動
ある朝、駅頭挨拶をしていたとき、
突然、見ず知らずの方から、
色紙とマジックペンをさしだされた。

『あのー、サインお願いします。』

実は、これまでにも
拙著の本を購入してくれた
友人や知人にお願いされ、
表紙裏などにサインをしたことはあった。

しかし、見ず知らずの方から、
しかも色紙まで用意してくださって
サインをお願いされたのは
これが初めてのような気がした。

「ふつうに名前しか書けないですけど、
 それでもいいですか?」

当然のごとく、
私は、著名人のように
独自のサインなんか考えていなかった。

『かまいません。
 それから何か一言と、
 今日の日付もお願いします。』

自分の名前を色紙に書いている途中、
これまた見ず知らずの方から、
しかし、いつものように
道をきかれた。

私が道を伝えるため
サインを中断せざるをえなくなると、
サインをお願いしてくれた方は、
ペンをもってくれた。

『いのさんに道をきかなくても…』

「いやいや、
 よくきかれんるんですよ。」

このとき、ふと、
一年以上前のことを思い出した。

2014年暮れ、
衆議院総選挙時にかまえた小さな選挙事務所に
私の地元出身小学校の小学生が訪れてきた。

『サインお願いします。』

その少年は学習張を差し出した。

少年がもっていた鉛筆か、
事務所にあった筆記用具か、
今となっては忘れてしまったが、
どこに書こうか迷って、
サインをしたことは覚えている。

学習張を受け取ると
その少年は、
本当にうれしそうに一言放った。

『やったー』

これで私は、
選挙結果がどうであろうと、
地元の江東区で活動を続けることを
決めた。



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2016.03.10(Thu):政治活動
明日で東日本大震災が発生してから五年。
その十四倍以上の年月が経っているからだろうか、
71年前の今日3月10日、
東京大空襲があったことは、
皆無ではないが、あまり報道されていない。

戦禍をくぐり抜けてきた思われるおじいちゃんが
今朝も、いつもの時刻に、
自転車に乗ってやって来た。
駅前に立つ私から少し離れたところに
決まって自転車を止めるそのおじいちゃんに
初めて気がついたのはいつだったか
今となっては思い出せない。

しばらくすると、
お孫さんをかかえたお母さんが
その駅から出てくる。
最初は何気ない光景だったが、
お孫さんが大きくなってきたからであろうか、
見かけるたびに、そのお母さんは、
だっこするのがだんだん苦しくなってくるようだ。
眠っている子どもはバランスをとらないので、
ものすごく重いと
友だちからきいたことがある。

お母さんが駅から出てくると、
おじいちゃんはうれしそうな表情で近寄ってきて
眠ったままのお孫さんをうけとる。
お母さんのほうは少しほっとするようだ。

お孫さんをかかえたおじいちゃんは
おこさないようにして
乗って来た自転車の後部座席に
そっと乗せ、
そして、
その三人は去っていく。

ただ、今朝は少し違っていた。

駅の出口から
子どもの声がだんだん近寄ってきた
かと思うと、
ポンと女の子が飛び出てきた。

そして、走りだした。

あわてたお母さんとおじいちゃんは、
はしゃぎまわる女の子をおっかける。
たしかに、
すぐにでも転びそうで、ひやひやする。

ようやく、
おじいちゃんがお孫さんをつかまえると
抱えこんだままおしこむようにして
自転車の後部座席に乗せた。

そして、
いつものように
その三人は去っていった。

ただ、いつもと違うのは、
戦争を経験されたであろうおじいちゃんと、
戦争の話はきいたであろうお母さんと、
そして、無邪気な女の子、
この子のためにも
戦争は絶対起こさせてはならない、
そう、心の中で感じたことだ。



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2016.02.28(Sun):政治活動
朝の駅頭などで
議員や立候補予定者がお互い
演説や挨拶のための場所が重なった場合、
後から来た者が先に来た者に対し
一声かけて、
少しでも離れた場所に移動することが多い。

しかし中には、後からやって来て、
先に来ていた私のそばで
挨拶などをしだす者もいる。
しかし、これは、
早くから来て挨拶をしている自分の邪魔になるので、
本当は止めてほしい。
ただ、規則があるわけではないので、
違法とかということではなく、
早く来た者が優先するという、
あくまでもマナーの問題だと個人的には思う。

駅近くで商売をしている者が
後からやって来て、
ティッシュやチラシを配りだすこともあるのだが、
私が先にいても、
声をかけられることはめったにない。
ただ、この場合は、
彼女ら彼らが配るときに出す声は、
会話程度の音量なので、
先ほどの議員などの場合よりは気にならない。

しかし、
先日の朝の駅頭でバッティングした
憲法9条改正の阻止を訴える集団には困った。

私が挨拶を始めて一時間ほどして
やって来たその集団は、
私に一声もかけることなく、近くで
マイクを使い大音量で話始めた。

私の肉声は完全にかき消された。

この集団を見かけるのは初めてだ。

演説をするといっても原稿の棒読み。
しかも、私より年上のせいか、
10分もするとお疲れになるようで、
他の人と交代したがる。

一年ほど前、
とある労組の団体が同じように、
先にいた私の近くで、突然、
大音量のマイクで話始めたことがある。
そのときは、私も文句をいったのだが、
完全に無視されたので、
私も精いっぱいの大声を張り上げるという
不毛の争いをした覚えがある。

もう、ストレスがたまるだけだった。

だから今回は、
みんな私より年上だったこともあり、
何も言わなかった。

ただ、30分もすると、
彼らはさっさと引き上げた。

あの人たちは、
おそらく雇われなのであろう。
だからであろうか、
先ほどの商売の宣伝の場合と同様、
私に対して、
何ら悪びれることはなく、
また、原稿棒読みの演説にも
感情はまるでこもっていない。

あの集団は、私がいないときに、
この駅に来ているのかもしれないが、
年に一回ほど来て、
感情のこもってない演説をして
どれだけの意味があるのだろうか。

というか、
憲法九条を守るという
高邁なことをうったえかけることは結構なことだが、
せめて先にいた者に一声かけるという
最低限のマナーは身に着けていただきたい。

そうしないと、
高邁な訴えもみんなの心には届かない
と思うのだが…


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2016.02.14(Sun):政治活動
『K党』ときいて、多くの方が
二つの政党を思い浮かべるものと思います。

この二つの政党、
ポスターを貼る上で対照的な様相を呈しています。
ここで、便宜的に
一つをK1党、もう一つをK2党とします。

私が自分のポスターを
貼らせていただけるようお願いするのは、
既に他のポスターが貼ってあるところが
ほとんどであることは以前も申し上げました。

二つのK党は
どちらも組織がしっかりしている政党ですが、
K1党の貼ってあるお宅は大らかなのか、
自分のも貼らさせてもらえることが意外に多いのです。

かたや、K2党の貼ってあるお宅で、
自分のも貼らさせてもらえるところは
めったにありません。

普段、お店などにお願いしても、
『お客さんの支持政党が様々だから』
といった理由で断られることが多いのですが、
その後、K2党のポスターが
しれっと、貼ってあることが多いのも特徴的です。

また、ある別のお宅の壁に、
K1党でもK2党でもない
X党のポスターが貼ってあったのですが、
そのポスターを隠すように板が立てられていて、
その板にK2党ポスターがはってあるのを
見かけたこともあり、
これにはさすがに唖然としました。

さらに、ある日、
うら寂しい感じのお宅の柵に
K2党のポスターが貼ってあったので、
自分のも貼らさせてもらおうと
インターホンを押してしばらくすと、
向かいのお店の方から
『そこは誰も住んでないよ』といわれたので
「でも、K2党のポスターが…」ときくと、
『あ~それは勝手に貼っていったんだ。
 あんたも貼っちゃえば。』
とはいわれたものの、
さすがに貼ることはできませんでした。

そして何より、
K2党のポスターで特筆すべきは、
私のポスターがはがされたあとの
まさにその場所に貼ってあることもあり、
こうした点は、
K1党のポスターの場合にはみられない特徴です。

さらに、こんなこともありました。
昨年の九月下旬、
あるご隠居されたおじいさまの了解を得て
ポスターを貼らさせていただいたのですが、
それから三ヶ月後の昨年末、
新たにK2党のポスターも見かけるようになったところ、
突然、年明けではありますが、
息子さんのほうから、
『自分は了承した覚えがないから、はがしてくれ』
と言われてしまいました。

他にも
『個人的にはポスターを貼らせてあげたいけど、
 あとでK2党関係者がうるさいから』
という理由で断わられたことも何度かありました。

ちなみに、K1党でもK2党でもなく、
別のY党が貼ってあったところではありますが、
いったん私のポスターも貼らさせていただいたお宅が
後日、町内会からはがすよう言われたため、
はがさざるをえなくなった
ということもありました。

町内会がどこを支持しようと構いませんが、
支持する選択の自由は個人にもあるはずですから、
K2党含め、組織力をもって
ご近所づきあいを利用しながら
個人に圧力をかけるようなことは、
控えてほしいものです。

なお、そのY党に関するお話しですが、
私が家主さんの了承を得た上で、
よれよれのY党のポスターの横に
自分のポスターを貼ったその数日後、
ま新しいY党のポスターの横に
私のポスターが丸めて捨てられていたのを
見つけたこともありました。

でも安心して下さい。
こうしたことをされればされるほど、
私は燃えてきますので。

それにしても、
こうしたなりふりかまわない裏の実態を隠しつつ、
表では綺麗ごとをいいながら
組織力や政党名に頼った選挙で当選者を出す。

だから個人的に資質に問題のある議員も
当選してしまうのではないのでしょうか。

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2016.02.03(Wed):政治活動
みなさんは、
清原容疑者逮捕のニュース、
どのようにお知りになったでしょうか?

私は、今朝の駅頭挨拶時でした。
通勤客のお一人がいきなり私の目の前で
バッティングポーズをとりながら
『これ、分かる?』
と私にきいてきて、
「野球ですか?」
とこたえると、
『そう、それが覚せい剤で捕まったんだ!』
といいながら
スマホで清原容疑者逮捕の写真を見せてくれた。

と、驚く暇もなく、
他の男性が私に地図をみせながら
道を尋ねてきた。
そう、私はよく道をきかれる。
おかげで、
近所以外の駅周辺の地理も多少詳しくなった。

それから数分後、
しかめっつらをしたご婦人が
つかつかっと、私に近寄って来て、
『あんた、うっとうしいんだよ!』
と、怒鳴ってきた。

通勤・通学者の方から激励を受けることもあるが、
このようにののしられることもたまにはある。

なんか、
せわしない今朝の駅頭挨拶でした。


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2016.01.29(Fri):政治活動
新年早々、幸運なことに
大通り沿いに
ポスターを貼ることができた。
すでにK党のポスターがはってあったので、
自分のポスターもはっていいか
うかがってみたら
快諾してくださったからだ。

ただ、
貼った瞬間から不安がよぎった。
こうしたいい場所に貼ったポスターは
はがされやすい。

先日、その場所にいってみたら、
案の定、私のポスターはなかった。
側のK党ポスターは泰然としていたのに。

家主さんうかがってみるも、
やはり、
はがされたことに気がつかなかったらしい。
家主さんからはがすことは決してない
とおっしゃってくださったので、
改めてはりなおした。

その日は、そのまま
ポスターをはらさせていただける
別の場所を探すことにした。

しばらく行くと、
すでに数枚のポスターがはってある
八百屋さんを発見。
こぢんまりとした個人経営のお店だが、
午後2時すぎにもかかわらず
店内には多くのお客さんがみえた。

自分も店内に入ってみると
なんと、マイタケ1パックが
60円台(税抜き)!

私は、祖父母・父母とも
直接の死因ではないにせよ、
ガンで亡くしているガン家系。
トマトで抗酸化を
マイタケで免疫力アップを図っている。

自宅近くでは、
100円はするマイタケ、
どうしてこんなに安いのか
店主さんにうかがってみると、
仕入れ時の値決め交渉で
かなり頑張った結果とのこと。

私がいつも利用しているお店はどこも、
いわゆる大手チェーン店なので、
仕入れ量からすると、
こちらのほうが安くてよさそうなもの。
いかにあぐらをかいているのかが分かる。

一方、その八百屋さんは
他の野菜ももちろん安い。
販路の開拓などで経営努力をしている
他のお店もいろいろ
テレビなどで紹介されているが、
実際にお店の経営努力の成果を
実感することができた。

しかし、
そこはテナントだったこともあり、
自分のポスターを貼ることはできなかった。


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2016.01.23(Sat):政治活動
次の選挙に向けて、
自分のポスターを貼り始めて
四か月が経とうとしています。

いくつかのエピソードは
既にブログなどでも紹介しましたが、
それ以外にも、
某政党所属の区議会議員のお宅に
お願いしてしまったり、
お寺の住職さんとの禅問答をクリアし、
ポスターを貼らさせてもらったりと、
いろいろありました。

一人でお願いしていることが多いので
まだ、区内の半分も
回り切れていないのですが、
今、本当に困っているのは、
自分のポスターだけが
はがされていることが多いことです。
既に20枚近くもはがされています。
しかも、時期や場所も一定ではありません。

それ以外にも、
強風などではがれていることもあるのですが、
その場合、
他のポスターも同様にはがれているので、
分かります。

私のシール付きのポスターより
かなり以前に貼られた
シールなしの他のポスターが何でもないのに、
私のだけが無理やりはがされた痕跡があるのです。

もちろん、
許諾してくださった家主さんが
気がつかない間にです。

政党所属の現職議員のポスターを
はがすのは怖いから、
無所属の私のだけを狙い打ちしているのでしょうか。

こうした行為は軽犯罪に当たるので
被害届を出すべく派出所に行きました。
警察官の方も、
事情聴取をしてくださったり、
防犯カメラに犯人が映っていないか、
調べてみるとおっしゃってくれました。

本当は、
他人の行為を非難するような内容は、
書き手にはストレス発散となっても、
読み手にはストレスを与えるので、
つづりたくはありません。

しかし、あまりにもひどいので、
私のポスターをはがした者らが
この私の記事をチェックしていることを想定し、
そうした者らを牽制する意味でも、
後日、具体的な状況を
紹介していこうと思います。




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2015.11.14(Sat):政治活動
カゴにたくさんのポスターを入れ
自転車に乗っていた私は、
日も傾きかけたころ、
ある小道に入った。

そこには
小さな自転車に乗った
女の子がいた。

その女の子は
私を見かけると、
ほほ笑みかけてきた。

『こんにちは』

子どもが犯罪にあうことが多い昨今、
見知らぬ大人に声をかけて大丈夫か?
と要らぬ心配をしながらも
「こんちには」
と、こちらも微笑みかかけた。

すると女の子は、
自転車をこぐのではなく、
小さな足で地面を蹴りながら
必死に自転車をすすめ
私について来た。

私はしばらく
この女の子とつき合うことに決め、
自転車のスピードをゆるめた。

「おっ、速いね」
と声をかけると、
その女の子はうれしそうな顔をしながらも
私におくれまいと
必死について来る。


小道の出口はすぐきた。

すると女の子は
「さようなら」
と不意に
別れのことばをかけてきた。

なぜか切なくなった。

「さようなら」

とこちらもお別れをいった。


街には
子どもに帰宅をうながす
音楽が流れていた。



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2015.11.08(Sun):政治活動
ポスター貼をお願いする際、
ごくまれにではあるが、
家主さんらによる
数分間の面接を受けることがある。
私の考えが家主さんらのと一致すると、
ようやくポスター貼のお許しがでる。

こうした方々を始め、
いろいろな方々とお話する機会が
ときにはある。
先日は、
15歳のときゼロ戦の操縦士となり、
実際に米軍と空中戦を繰り広げたという
強者のおじいちゃんから
(とお呼びするは失礼か…)
貴重なお話をうかがうことができた。

毎日の訓練も厳しかったらしく、
何をしても、上官から
『精神がたるんどる!』
といわれ、
精神注入棒で腰から下を、
歩行するのも座るもの辛くなるほど
叩かれたという。

今だったら大きな社会問題になるが、
私が二十代のときはまだ、
某有名大学の応援団で
同様のしごきがあったのを
紹介したTV番組を視た覚えがある。

このおじいちゃんは、
時おり靖国神社を訪れ、
戦死した仲間に
自分だけ生き残ったことを
謝罪されているらしい。

いまの日本の平和は
こうした方々の犠牲の上にある。

また、
日本が戦後一度も戦争をしたことがない
世界にもまれな国家であるのは、
憲法9条を理由に、
日米同盟やアメリカの核の傘の下、
自衛隊を派兵してこなかったからであろう。

今の中国による
南沙諸島での横暴を食い止めるのも、
本来は、
南シナ海を通ってくる中東の原油に
未だ大きく頼っているアジアの大国
日本なのであろうが、
遠く離れたアメリカに
頼らざるを得ない現状にある。

こうした現状を踏まえると、
日米同盟の強化は必要なのであろうが、
一方で、
唯一の被爆国である日本の役目は、
被爆の具体的な恐ろしさを世界に、
特に指導者らに伝えることである。
被爆の恐ろしさを具体的に知れば、
世界は核軍縮に向かうことであろう。

だからこそ、先日も、
日本の主導で、
世界の指導者や若者らに
被爆地訪問を奨励する国連決議案が
採択されたのであるが、これに対し
歴史を歪曲するといって反発するなど
自国のことしか考えない今の中国の姿勢は
本当に残念である。


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2015.10.28(Wed):政治活動
今回は、先日お話しした
ポスター貼りの際に起きた
ハプニングを一つご紹介。

ほとんどの国政政党のポスターが
何枚も貼ってあった
あるお店に、
自分のポスターも貼らせてもらうよう
お願いすると、了承をいただけた。

ただ、そのお店は民家に接しており、
お店の壁に貼るには、
その民家の一台分の駐車スペースに
立ち入る必要があった。

そこで私は、その民家の方に
5分ほど立ち入っていいか
インターホンを押して尋ねてみると、
お許しいただけなかった。

しかし、
ポスター貼の許諾をなかなか得られない中、
このチャンスは絶対逃したくない
と思った私は、
このお宅の敷地に立ち入らずに
ポスターを貼る方法を思案した。

公道から手を伸ばして貼れる場所にも
すでにポスターが貼ってあったが、
その上のほうには貼るスペースがあった。
ただ、とても手の届く高さではなかったので、
乗っていた自転車を
民家ぎりぎりの公道上に置き、
その荷台の上に立って、
腕を伸ばしながら貼っていると、
民家から住民の方が飛び出してきた。

『何やってるんだ!』
「いや、お宅には、お尋ねした後は
 一歩も踏み入れておりませんが…」
『手と腕が空中を侵害した!』
「でも、境界からは出てないですよね。」
『不動産屋によると、うちの境界は
 お店の壁いっぱいのところだ!』
「そこまでおっしゃるなら、
 裁判で争ってもかまいませんが。」

売り言葉に買い言葉である。

私がポスターをはがして引き下がれば
事は済んだのであろうが、
めったにない機会を
絶対逃したくないという思いで
感情的になっていた私も、
引くに引けないという状態だった。

埒が明きそうもないと思った私は、
大学の授業を2時間後に控えていたことから
違法なことはしていないという自信もあり、

「それでしたら、110番してください。」

と言った。
ポスターを貼るという目的のための
問題解決策はこれしかないと思った。

案の定、その住民の方は110番通報し、
しばらくすると、警察官がやって来た。

事情を説明すると、
その警官は最寄り署の刑事を呼んだ。

「えっ、本物の刑事が来るの?
 “太陽にほえろ”の山さんみたいな?」

ちょっと楽しみにしていたのだが、
登場して来られたのは、
がっちり系で明るい感じの
真逆のイメージの刑事さんだった。

その刑事さんが住民の方のお話を聞くと、
他の政党の人たちが、知らぬ間に、
無断で敷地に入って貼っていたことに
普段からストレスをためていたところ、
私の「裁判で争っても構わない」
という言葉にカチンときた、
ということだった。

いつの間にか、
近所の方々が集まっていた。

刑事さんから、
私が違法なことをしたわけではないものの
住民の方に言いすぎた面もあるので、
一言謝っていただけませんかとお願いされた。

刑事さんも
困った表情をされていたこともあり、
言いすぎたことを
住民の方に謝罪した。

住民の方も、
私が敷地に立ち入っていいかをきいてきた
初めての人物だったこともあり、
ポスターを貼ったことに
納得していただいた。


私は、
ポスター貼りをお願いする際は、
スーツを着用しているのだが、
このときは、
着替える時間もなく、
そのままの姿で大学へ向かった。



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2015.10.10(Sat):政治活動
街頭ポスター

いよいよ、私も、次の選挙に向け、
(ただ、どの選挙かは、
 具体的には未定です。)
ポスター貼りを始めました。

そのポスターに
「中高年東大生」
という六文字を入れてみました。
『なんか、鼻につく』
というご批判を受けることもありますが、
少しでも、目立つようにするためには、
なりふり構ってはいられません。
また、この六文字を入れるために
(もちろんそれだけではありませんが)
この年齢で東大受験したわけですし。

とはいうものの、
どこでも自由に貼れるというわけではなく、
民家などを訪問して、
家主さまの了解を得た上で
ようやく、貼れるのです。
もちろん、
江東区内の何十万軒ものお宅を
一軒、一軒訪問するわけではなく、
既に他のポスターが貼ってあるところに、
お願いをするわけです。

しかし、これがなかなか大変!
地元の方々であったり、
なじみのお店であったりしても、
おおよそ、次のような理由で
断われることが多いのです。
・既に貼ってあるポスターは、
 町内会のおつきあい・支援で、
 もしくは、
 お父様の代からのおつきあい・支援で、
(この点、世襲議員は有利)
 貼ってあるので、
 他の人のを貼らせるわけにはいかない!
・これ以上貼られると、見苦しくなる!
・現職国会議員しかダメ!
 もっと、力をつけてから来い!
といった具合です。

最後の理由はごもっともで、
スポーツ選手でも芸能人でも、
活躍しているからこそ、
応援してくれる人も大勢いるのであって、
地元の人であっても活躍しなければ、
応援してくれる人が少ないのは
ある意味、当然です。

それでも、ここは下町。
みなさん、断る場合でも
こちらが恐縮してしまうくらい、
丁寧に対応してくださいます。

もちろん、まれにですが、
貼らせてくださるところもあります。
特に、地元以外の町や、
訪れたことのないお店で
貼らせていただいたときは、
もう感激ものです。

ただ、これから、
得票数を伸ばしていかないと、
こうした方々からも見放される
と思うと、
逆にプレッシャーだったりします。

まー、実は、
いろいろハプニングもあったのですが、
それは次回のお楽しみ、
ということで。

なお、東京江東区にお住みの方で
ご自宅やお店に貼ってもいいよ、
という奇特(?)な方がいらしたら、
メッセージなどいただけると
幸いです。


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2015.08.15(Sat):政治活動
朝の駅頭挨拶で、
2時間~3時間立っていることは
体力的にはほとんど問題ない。
なぜなら、若かりし頃、
これと同じ時間、走っていたからである。

問題は、気持ちである。
自分のためだけに挨拶をしていると、
時間が経つのが遅く感じられる。
そこで、
駅前を歩く方々に
気持ちよく出勤・通学をしていただこう、
そう思いながら挨拶するようにした。

「水分を十分に補給くださいますよう、
よろしくお願い申し上げます。」

これは最近の駅頭挨拶の言葉の一部だが、
最初から決めたセリフではなく、
自然と発せられたものである。
気持ちを切り替えたからこそ
出た言葉なんだと思う。

そしたら
『あんたこそ、水分を摂りなさい』
と水を差しだされたこともあった。

たしかにこの時期、日差しがきつい。
場所によっては、直射日光を浴び続ける。
日焼けがいけていると思う若者には
実感がわかないかもしれないが、
中高年にもなると
日差しはシミやしわの原因にもなり、
とにかくお肌によくない。

また、脱水症状の危険もある。
下着やワイシャツはもちろん、
スーツのズボン・パンツまで
汗でびっしょりになる。
25年間の社会人生活の中でも、
外回り営業の経験もない私にとっては、
一度も経験したことがないことだ。

先ほどの方に注意されてからは、
水分を摂りながら挨拶することもあり、
最高で一リットルの水を飲み干したこともあった。


先日、小学校の同級生が
突然、亡くなった。
『猪野くんの本読んだよ。応援してるからね。』
小学生のとき、
ホウキをもって私を追いかけまわしていた彼女が、
最近、私にかけてくれた最後の言葉である。

与えられた命に感謝しつつ、
残りの人生を悔いのないよう、
一日一日を一生懸命に生きよう。

「だから、こんなことで挫けるわけにはいかないよね。」

周りに幸せを与え、
みんなから愛されていた彼女に伝えるため
高く見上げた空は、

青かった。



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2015.06.19(Fri):政治活動
何の日かご存知でしょうか?
そう、父の日です。
母の日に比べるとマイナー。

毎朝の駅頭の挨拶がマンネリ化すると、
通勤・通学のみなさんの耳には届かない。
だから、今週の挨拶では、
こんなことばを入れてみました。

「今度の6月21日の日曜日は父の日です。
みなさん、お忘れなきよう、
よろしくお願い申し上げます。」


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2015.05.30(Sat):政治活動
ある朝の駅前に着くと、
ヤンチャ風な若者数人がたむろしていた。

私が、
通勤・通学のみなさんに挨拶を始めて数分経つと、
そのうちの一人が私に近づき、

『そんなことしても、意味ねーよ』

と低い声でいってきた。

私は、以前テレビで、
“こんなときは無視するのが一番”
と芸能人らがいっていたのをきいていたので、
無視を決めこんだ。

その若者はいったん私から離れ、
他の若者とおしゃべりを始め、
しばらくすると再び私に近づいて来て

『だから、そんなことしても、
意味ねーって』

といってきた。

それでも私が無視し続けると、
その若者は再び戻って
他の若者とまたおしゃべりを始めた。

すると、他の若者がどこかに行き、
一人になった先ほどの若者が
三度私に近づいて来た。

ただ、これまでと違うのは、
私に手をさしのばしてきたことである。

私は、本能的に彼と固い握手を交わした。

すると、彼は話を始めた。

『もう少し、
自分のしたいことを言ったほうがいいっすよ。』

「でも、私は知名度がないんで、
まずは、みなさんに名前を知っていただかないと。
それに、みなさん足早に会社や学校に急いでいるから、
私が政策を訴えたところで、
みなさんの耳には届かないですよ。」

『でも、意味ないね。
ダンボールとかに政策書いて、
みんなの目の前までもっていって
それ見せるくらいなことしないと。
それに、俺なんか他の区だけど、
投票するときは名前なんか見ちゃいないし、
何をしたいかを見て決めるし…』

私は、自分が恥ずかしくなった。

まず、外見から、
この若者は政治なんかに興味はもっていないと
勝手に判断していたこと。

そして、
彼は、私をからかうのではなく、
他の若者とおしゃべりをしながらも、
私のことを気にかけてくれていたこと。

自分のことしか考えないことが多い私は
反省をした。


そして、他の若者が戻ってくると、
彼らは去って行った。

彼と私だけが、
右手を軽く挙げて別れの挨拶を交わした。


それから私は、
駅前の挨拶のことばの中に、

「政治の透明化」

というキーワードだけでも入れるようにした。



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2015.04.29(Wed):政治活動
選挙後の早朝、早速、ある駅前で
通勤・通学のみなさんに挨拶申し上げていると、
“う~”と、ずっとうめいている中年男性がいた。

私は「どうせ酔っ払いだろう」と思い、
30分ほど無視していた。

しかし、その男性は這いつくばりながらも、
私のほうへ近づいて来た。
私は当初「からまれたくないな~」と思いつつも、
その男性の様子が尋常でないことにも
徐々に気がつき始めていた。

近づいて来たその男性はついに私に話しかけてきた。
『ここは、北口ですか?南口ですか?』

よくよく聞いてみると、その男性は、
その駅の出口を知りたかったのではなく、
私に救急車を呼んでほしかったようだ。

その男性は、
急に脚が痛くなって歩けなくなったらしい。
そして、確かに片方の脚だけが膨れ上がっていた。

私は、携帯で119番にかけ、救急車を呼んだ。

その後、私は冷たく、
その男性から少し離れたところで
通勤・通学のみなさんに挨拶を続けた。

その間、その男性はしきりに私に
『救急車はまだか、まだか』
と訴えかけてくる。

救急隊員から私の携帯に連絡が入り、
その男性がその隊員と携帯で話をした後も、
私への催促は止まない。

たしかに、待つ側としては、
救急車の到着は遅く感じた。

そして、
若干道に迷っていたらしい救急車が到着。
その男性は救急車に乗せられ、
去っていった。


それから、さらに30分ほど経つと、
先日の区議会議員選挙で当選した方が現れた。

その方は、毎週、その曜日に
この駅前でみなさんに挨拶をしているとのこと。

以前も同じようなことを
別の候補者から言われたことがあったが、
特定の曜日に、決まった駅で、
通勤・通学のみなさんに挨拶をしている方も少なくないようだ。

その方は、みなさんに当選の挨拶をしたいと、
私から少し離れたところで、
控えめな声で挨拶を始めた。

私の挨拶の声も自然と小さくなった。

私にねぎらいの声をかけてくださった方も
数人いらしたが、
それを大きく上回る数十人の方が、
未成年者も含め、
その当選された方に祝福の声をかけていた。

当選と落選の差。
通勤・通学の方々との関係の深さの差。


騒がしくも、
ちょっとだけ、寂しい朝だった。



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2015.03.28(Sat):政治活動
とある朝の駅頭にて


「おはようございます。
“いの たかし”、”いの たかし”と申します。
お気を付けて、いってらっしゃいませ。」

おばあちゃん
『“いの”っていう人を探しているのかい?』


「いえ、私が“いの”でして…
みなさんに朝のご挨拶ということで…」

おばあちゃん
『あ~、選挙ね。
頑張ってちょうだいね。』


「あっ、ありがとうございます。」

と握手をさせていただいた
おばあちゃんの手もあたたかった。



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2015.03.26(Thu):政治活動
先日、江東区のある地区で、
区議会議員選挙の立候補予定者から
その地区についての政策を聞くための
説明会があった。

私は立候補するつもりはないので、
その地区の住民の方といっしょに
立候補予定者の話をうかがった。

その地区は、
5年後のオリンピック・パラリンピック会場の
中心となる地域であり、
しかも、この少子高齢化の時代、
子どもの数が急増し、
次々に小学校や中学校が新・増設されている。

江東区全体でも、
ここ10年で10万人人口が増え、
全国でも珍しい多子高齢化の地域となっている。

しかも、この
オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる
地区には、比較的裕福な方々が住んでおり、
よって、その地域の方々は多くの税金を払っている。

それなのに、道路が十分に舗装されていなかったり、
公園や図書館などの施設がなかったりで、
払った税金分の恩恵を受けていないという声もあった。

ここで、霞が関あたりの役人だったら、
したり顔で
『そもそも所得課税には所得再分配機能があって…』
とか
『公共財には非排除性があって…』とか
小難しいことを言い出すのであろう。

しかし、こうした有権者の想いに応えるのが
政治家の役目ではなかろうか。

すなわち、
理屈よりも住民の想いを優先すべきと判断したならば、
役人を説得して住民の想いを実現させるようにする。
住民の想いよりも理屈を通すべきと判断したならば、
住民にそのことをきちんと説明する。

しかし、
こうしたことが全く果たされていないと、
説明会に参加していて感じた。


すなわち、この地域には、
オリンピック・パラリンピック会場予定地以外にも、
外見的には広大な空き地があるので、
きっと、まちづくり計画がなされているのだろうと思ったら、
まるでなされていない。

住民の方がいろいろなところに
さまざまな要望を出されていたようだが、
この説明会で初めて、現職の議員が、
然るべき要望の提出先、
すでに出された住民の要望の顛末、
計画がなかなか進まない理由
そうしたことを説明する、といった具合である。

この地域では投票率がいつも低いということだが、
議員が普段からきちんと説明責任を果たしていない、
そのことも、投票率が低い一因ではなかろうか。


365日のうち、
50日ほどしか議会は開かれていないのだから、
税金を使って
有権者に還元されない視察をするのではなく、
有権者・住民の知りたいことを丁寧に説明することは
普段からいろいろなところでできたはずである。

国政レベルでいうと、
沖縄の米軍基地移設問題に関しても
同じことがいえるのではないだろうか。


こんなことを個人的に感じた説明会であった。





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2015.03.24(Tue):政治活動

「おはようございます。
桜は開花しましたが、
まだまだ風が冷たいです。」

若者ら
『本当に風冷て~な』


「くれぐれも、おから…
お身体にはお気を付けください。」

若者ら
『あっ、噛んだ』

私(笑いながら)
「いの たかし、いの たかし、と申します。
お気を付けていってらっしゃいませ。」



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2015.03.22(Sun):政治活動
八年前に見かけた
通勤客のマバラな早朝から、
タスキもせずに駅頭挨拶をしている若者。

これは現在の私でもある。
(「若者」は除く。)

統一地方選の公示日まで一か月を切り、
駅頭挨拶の場所取り合戦が
ますます熱くなってきた。

そして、人気のある駅では、
他の立候補予定者より早く場所を確保するため、
通勤客のマバラな時間帯から赴く必要もでてきた。

また、公示日前は選挙運動は禁止、
ということで、
個人名のたすきやのぼりを立てることは、
選挙運動にあたるという理由で、
これらも禁止。
(政党など団体名はOK)

以上が
八年前に私が疑問に思ったことの答えである。


先日、私も、朝早い時間から
とある駅前で挨拶を始めた。

ここで驚いたのは、
いつもの通勤客との反応の違いである。

全員とまではいわないが、
ほとんどの方が
お辞儀をしてくださるなり、
声をかけてくださるなり、
何らかの形で
私の小さな声での挨拶に応えてくださったのである。

なぜなら、
この時間帯に通勤される方々はまだ少ないので、
私との関係が一対一となり、また
めったに駅頭挨拶にでくわすこともないので、
私の挨拶が新鮮に感じられたのであろう。


そして、私が挨拶を始めてから一時間後、
ある人が私のところに近づいて来て、
苦情をいってきた。

毎週その曜日は、数年前からこの立候補予定者が
この駅で『○○通信』を通勤客らに配っていて、
それを楽しみにしている方々もいるし、
そもそも私が区議会議員選挙に出ないんだったら、
邪魔しないでくれ、
ということだった。

たしかに、言われたことにも一理あったが、
私もせっかく眠い目をこすって早起きをしたのだし、
また、
こういうことは今まで何度もあったのだが、
私が先にいたということで、
みなさん素直に引き下がってくださったのだが、
この人はかなり強引な感じであった。

私が区議会議員選挙に出ないとしても、
一か月間も駅頭挨拶を休んでしまうと
ただでさえ個人名のタスキをかけられないのだから、
すぐに名前を忘れられてしまうし、
通勤・通学される方との関係も希薄になってしまう。


結局、みなさんに
いつまでも言い争う見苦しい姿を見せたくなかったので、
私が声を出して挨拶をし、
後からやって来た立候補予定者が、
少し離れた所で『○○通信』を配るだけ、
という折衷案で、
二人が同時に同じ駅の出入口に立つことになった。


そこで、私はある種の敗北感を抱いた。
数年間も『○○通信』を配ってきた甲斐あってか、
この立候補予定者に声をかける通勤客の方は
たしかに少なくなかった。

数か月間しか挨拶を続けていない
私の完全な敗けである。


八年前の謎が解けたと同時に、
継続の大切さを痛感したある朝の出来事であった。



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2015.03.21(Sat):政治活動
八年前、私は、
衆議院調査局というところに出向していた。

そこでの主な仕事は、
代議士や秘書さんからの調査依頼に
お応えするということで、時には
野党の国会質問案を作成することもあった。

元みんなの党代表の渡辺喜美氏にも
何度か“ご説明”にうかがったこともあったが、
私が口を開くたびに脈絡なく怒鳴られ、
だから、私も
なぜ怒られているのかが分からず、困惑した。

「この人の下では、絶対働きたくない!」
と私も思っていたが、
彼がどういう結末を迎えたかは、
みなさんご存知のとおりである。


さて、ここでの仕事は、
特に国会開会中が忙しく、
徹夜せざるを得ない時もあった。
しかし、ある日から、
徹夜は禁止!
ということになってしまった。

が、やるべき仕事が減るわけでもなく、
資料を自宅に持ち帰るわけにもいかない。

そこで、私がとったのは
始発電車で出勤して早朝から仕事をする
という方法であった。


当時も、統一地方選が近く、
ある若い立候補予定者が
始発電車の時間から、
駅頭で通勤客に挨拶をしていた。

私は、正直、誰に投票したらいいか
判断しかねていて、
「この早朝から頑張っている若者に投票するか」
と思い、その若者に目を向けるが、
夜も明けきらない時間帯で顔がよく分からず、
タスキもしていないし、のぼりもない。
しかも、声は小さめ。
(この点は、早朝という理由)

結局私は、耳を澄まして、
この若者の名前をようやく知ることができたのだが、
このとき私が思ったのが、
「なんで、こんな時間から挨拶してるんだ?」
「っていうか、タスキくらいしろよ!
名前が分からないじゃん!」
ということであった。

そして、これらの謎は、
八年後にようやく解けたのであった。
(後編につづく)



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2015.03.16(Mon):政治活動
もう、一か月以上前のことだが、
昨年の選挙時に事務所をたてた商店街や
選挙期間中に練り歩いた商店街などを
お騒がせしてしまったということで、
謝罪にうかがった。

二年前の選挙で、
東京の板橋区から立候補した際も、
当時の選挙事務所近くの商店街に
お騒がせしてしまったということで
謝罪申し上げたが、
前回の板橋区でも、今回の江東区でも、
お店の反応はまちまちである。

親しく会話をしてくださるところ、
会話にまでは及ばないが、
親切に応えてくださるところ、
表面上は丁寧に対応してくださるところ、
ぶっきらぼうな態度をされるところ、
本当にいろいろである。


なかでも、江東区には、
テレビにも時おりでる有名な商店街がある。

値段が安く、しかも良質ということで、
いつ行っても買い物客でいっぱいである。
そして、実際に、
100軒以上のお店の方々と会って
驚いたことは、
どこも、親切丁寧に接してくれたということである。
表面上の対応でないことは
直に接していて分かった。

こうした商店街は初めてである。

全国で多くの商店街が苦戦している今日、
この商店街に、
いつ行っても多くのお客さんを見かける理由が、
値段や品質以外のところにもあることが
分かった気がする。



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2015.03.13(Fri):政治活動
ここ江東区では、
区議会議員選挙の公示日まで40日を切り、
立候補予定者の朝の駅頭挨拶の場所取り競争が
ますます熱くなってきている。

こうなると大きな組織ほど有利である。
どういうことかというと、
早朝は、立候補予定者本人よりも早く、
スタッフを場所取りに
立たせておくことができるからである。

場所取りスタッフの人数は一人のこともあれば、
複数のこともある。

ただ、通勤・通学客がまばらとはいえ、
スタッフ同士がおしゃべりをしていることもあり、
それは、ちょっとマズイんじゃないかと
勝手に思ってしまう。

スタッフが場所取りをしている場合、
私は人気のない駅に移動して挨拶をする。

そして、私は挨拶を終えると、
駅の改札口近くの売店で、
『サンデー毎日』と『週刊朝日』を購入。
東大合格者の出身高校が載っているからだ。

が、私の母校である
都立城東高校が載っていなかった。

どうやら、
合格実績のある高校だけに問い合わせをして、
そこで判明した分だけを載せているようだ。

判明率は、両誌とも92.6%
ということは、情報源は一つに違いない。

そして、都立城東高校は数年に一人しか
東大合格者が出ないので、
問い合わせをしなかったのだろう。


私が昔、大蔵省(現財務省)の主税局調査課
というところで勤務していたお話しは
拙著でも紹介させてもらったが、
そこだったら、この程度の調査しかしなかったら
怒鳴られたものだ。
つまり、100%の調査が至上命令だった。

今回のケースに当てはまれば、
全国の高校に問い合わせなければ
許されなかっただろう。

ま~、高校側が回答しないこともあるし、
効率性や速報性ということも考えると、
この程度の取材になるのも、
仕方のないことなのかもしれない。

それでも、せっかく東大に合格したのに、
母校の名前がなかったのは、
ちょっと寂しかった。



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2015.03.07(Sat):政治活動
ご存知でない方も多いと思うが、
選挙期間以外は、
実は、個人名ののぼりなどを立てることは
禁止されている。

政党などの団体名が入り、かつ
その団体に属している者、
最低二人の名前・写真を
同面積で載せたものでなければ、
のぼりなどを設置してはならないのである。

私のような無所属はもちろん、
政党などに所属している者も、
選挙期間以外は、
個人名ののぼりなどを立てることが
禁止されている。

だから、私としては、
落選したにせよ、
昨年末に選挙で出たことが、
今、非常に役立っている。

それは
「昨年の選挙で、お世話になった
“いのたかし”です。」
と言えるからである。

これが、選挙にでていなかったら、
ただ、
「いのたかしです。」
と叫んでも、
通勤通学のみなさんからは
『っていうか、お前誰?』
と思われるだけで、
自分のことを認識してもらうことは
なかなか難しい。


私の選挙区で当選したのは、
維新の会の候補者で、
比例で自民党の候補者も当選した。

前者に至っては、都議時代も含め、
十五年近くも政治活動をしている。
それにもかかわらず、先日、
ご本人はいなかったものの
朝の駅頭で
しれっと、個人名ののぼりなどを
あちこちに立てていた。

これは、もう確信犯である。

このお方、
実は、元々は民主党に所属していたが、
酒気帯び運転事故を起こして、離党。
その後、
みんなの党→無所属→結いの党→維新の会
と転々としてきた。

人にはもちろん
過去の過ちを許す心があっていいし、
そこから這い上がってくる姿は、
美しいうか、たくましいというか、
称賛の対象になることが多い。

逆に、
ずっと真面目に生きてきた人が、
称賛されることは滅多にない。

私の選挙区ではないが、
過去にとんでもない不良だった者が
その更生ぶりなどで人気を博し、
また、悪くいうと、
過去の非行ぶりを武器にして
有名になった政治家もいる。

他にも、
奥さんがいながら、
某元美人キャスターと一夜(?)をともにした
民主党の某重鎮も、
今や人気政治家の一人だ。

こうみると、
過去に過ちを犯したほうが、
みんなの関心を集めることができ、
得なこともあるようだ。
もちろん、これも
本人の努力次第なのではあるが、
何か、腑に落ちない。


政治とお金の問題で疑惑の対象となった
数多くの自民党議員も、
大量得票で当選できるなど、
どうやら多くの選挙民の方の選択基準は、
規範意識とは別のところにある、
そこも意識して闘う必要があるようだ。
(別に、私も何か悪いことをしよう、
と思っているわけではありません。
念のため…)



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2015.03.03(Tue):政治活動
最近の駅頭では、
以前のブログでも述べたが、
来たる4月の統一地方選を控え、
現職含め、立候補予定者と競合してしまう。

そんなときは、早い者勝ちである。
だから、
お互い、だんだん早起きになる。

二年前に板橋区から立候補した際、
下村博文文科大臣と
朝の駅頭の場所取りの件で
ちょっとしたいざこざがあったお話しは、
私の拙著でも紹介させていただいた。

あの時は、
下村陣営のスタッフさえおらず、
選挙カー1台だけを隅に置いて、
それで駅前全体をおさえたことにした、
その根性が気に食わなかったのである。

しかも、
朝7時になってようやくスタッフが現れ、
ご本人は朝8時になって悠々とご到着、
という具合いであった。

そんな大臣も、
今や献金がらみでいろいろ追及されている。

このように、
政治とお金の問題はつきないが、
多くの選挙民が選ぶ基準は
別のところにあるようで、
そんな自民党議員らも
多くの得票数で当選してしまうところに
問題のつきない原因があるのではないだろうか。


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2015.03.02(Mon):政治活動

今も、朝の駅頭挨拶を続けているが、
昨年末の選挙後は、
冬至の季節でもあったので、
朝起きても真っ暗で、
しばらくは
寒くて寒くてしょうがなかった。

氷点下に近い気温の中、
手袋を二重につけ、
厚手の靴下を履いていても、
二時間近く立っていると、
手足の指先の感覚がなくなり、
正直つらかった。

しかし、最近は暖かくなり、
朝起きても明るくなってきている。
日が当たる場所では、
手袋をしなくてもすむようになってきた。

しかも、朝の駅頭をしていると、
小さなお子さんが、じっと
私を見つめてくれることがある。

そんなときは、私も
微笑みかけながら
その子に向かって手をふる。
そうすると、
その子も微笑みかけてくれるので、
私もうれしくなって、
しばらく手をふり続ける。

と同時に、
私は、通勤・通学中のみなさんにも
声だけはかけ続ける。
そんなときは、
『こっち向いてちゃんと言えよ!』
というみなさんからの無言の圧力を
勝手に感じる。


しかし、最近、
良いことばかりがあるわけでもない。
それは、後日…



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2015.02.15(Sun):政治活動
昨年の選挙運動中、
30年ほど前に家庭教師先として
お世話になったお母さまが、
私の遊説演説中、雨の中、
わざわざ自転車でご自宅からかけつけて来られ、
声をかけてくださったことは、
先々月のブログでも紹介させていただいた。

そして、選挙後まもなく、
お世話になった方々へお礼にまわった際、
このお母さまにもご挨拶申し上げようと、
ご自宅を探してみた。

場所は私の住んでいる隣町ではあるが、
その地域を訪れるのは30年ぶりである。

もちろん、お名前は覚えている。
そして、30年前の記憶を頼りに訪れてみると、
案の定、表札を発見!

そして、インターホンを押す。
声が聞こえてきた。

『どちらさまですか?』

「30年前ほど前、
家庭教師でお世話になった猪野です。」

『あー!
ちょっとお待ちください。』

玄関のドアが開いた。

「んっ?」

心の中で思った。

しかし、
とりあえずお礼の一言を…

「あの~、選挙のときは、
雨の中、ありがとうございました。」

『えっ?』

「30年ほど前に家庭教師でお世話になり、
この前の選挙に立候補した猪野ですが…」

『たしかに、その頃、
うちの娘がお世話になりましたけど…』

ここで人違いであることが判明した。
私は男の子(とはいっても、今や四十代)
の勉強をみてあげていたからである。

よくよくお話しを聞くと、
その方の名字は、
私が探していた方とたまたま同姓で、
しかも、お子さんどうしが同級生らしい。

しかし、そのお母さまも、
私がお世話になった方の
家の正確な位置まではご存知なかった。

その後、30分ほど、
かすかな記憶を頼りに自転車で探し回ってみたが、
結局、見つけることができなかった。

なんかお礼を伝えることができず残念…


あと、分かったことが、
二週間弱も選挙運動をしたにもかかわらず、
顔と名前をまったく
知っていただいていなかったこと。

知名度を上げるのがいかに大変なことか、
改めて実感した次第である。



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2015.01.19(Mon):政治活動
来たる4月に統一地方選があるので、
最近は、朝の駅頭で
立候補予定者とよくぶつかる。

国政選挙と違って、
候補者の数が多いので、
いろんな方がいらっしゃる。

みなさん、
きちんと私に一言挨拶をしてくださり、
別の駅に移動してくれるか、
同じ駅でも、
私の邪魔にならないよう
配慮をしてやってくださる。

そんなときは、私も
帰り際、一言挨拶をさせていただく。

みなさん本当に礼儀正しい方々で
気持ちがいい。


そして、
周辺にお店がならぶ駅だと、
宣伝のためのチラシやティッシュペーパー
こうしたものを配るバイトの人たちとも
ぶつかる。

私の近くで配ると
私のために配っているように見えてしまうので、
ちょっと遠くで配っている。

こうしたものも
案外、朝早くから配っているものだと
あらためて気がつく。


朝の駅では、
駅にいそぐ乗客のかたわら、
こうした気配りが交わされている。



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2015.01.05(Mon):政治活動
「みなさん、
新年明けましておめでとうございます。
今年も、みなさまにとりまして
良い年となりますよう、
お祈り申し上げております。
お気をつけて
いってらっしゃいませ。」

新年明けてからの朝の挨拶。

毎朝、
数人の方に声をかけていただくが、
今朝、声をかけてくださった方は、
ちょっと変わっていた。

その男性は、昨年、マラソンを走って
3時間台の記録を出したと
報告してくださった。
私の記録の2時間台ほどではないけどね、
とおっしゃっていたが、
今、その人と競ったら間違いなく敗ける。


私のほかに、
タバコの吸い殻を拾って清掃する方、
自転車を整理する方、
いろいろな方が社会のために働いている。

そんな方々からも
ご挨拶いただくようになった。

私の挨拶も、
こうした方々と比べれば
直接社会のためになっているわけではないが、
スピーカーでどなっているわけでもなく、
私の言葉を聞いて、
気分よく通勤・通学に出かける方も
中にはいらっしゃるはず。

私の無所属での活動は自己満足かもしれないが、
それで、少しでも
他人様のためにもなっているのであれば、
それでもいいのかもしれない。



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