私が若かりし頃、
紫外線対策の必要性が
今ほどさけばれていなかった時代、
私は大学の陸上競技部に所属し、
真夏の炎天下、
毎日走り回っていたのですが、
お肌の手入れは
まったくしていませんでした。

だからでしょうか、
それから十年近く経ち、
オフィス内で働くことが
ほとんどだったのに、
顔、特に側面に、突然、
シミが次々と出始めました。

しばらくほっといたのですが、
五十歳を過ぎ、しかも
紫外線に当たることも多くなったので
ますますシミやシワが増えるのは
マズい、と感じ始めました。

そこで、たまたま近所の方から
エステマシンを紹介されました。

ここで詳細な説明は省きますが、
これは、肌が本来もっている力、
つまり皮膚の生理機能を活かし
肌年齢を若く保つというものでした。

私は、こうした説明に納得し、
数回の無料体験を経て、
このマシンを購入したのですが、
使用して一か月も経たないうちに
肌つや、はりがでてきました。

頭皮もケアをしているので、
髪の毛も、増えはしませんが(笑)
コシが出てきた感じはします。

実際、マシンを使用して
半年経った頃にあった
中学校の同窓会で、
同級生だった女子から、
『猪野君、何かやってるでしょ』
といわれました。
(さすが女子!男子は誰も気づかず)

肝心のシミのほうは、正直、
二年続けても
完全には消えていませんが、
薄くなってきているのは確かです。

また、
購入者どうしのコミュニケーションの
場が用意されているのも嬉しい点です。

年に数回、ランチや
ハロウィン、クリスマス会など
みんなで集まっておしゃべりします。

美容ということで女性が多いのですが、
ほとんどの方が
肌に悩みをもっていたときは
内向的だったのが、
肌が改善されたことによって
何ごとにも前向きになれ、
人生が楽しくなったということです。

たしかにみなさん、
いい表情をされていますね。

サキナ

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今回も前回に続いて
漢文に関するお話です。

さて、みなさんは
『唯々諾々』ということばの
意味と読み方をご存知ですか?

意味は
“何も考えずに言うことをきく”
ということのようでして、
読み方は
“いいだくだく”
だそうです。

私も漢文の授業で教わるまで
知りませんでした。

これを一文字ずつみてみますと、
『唯(い)』は目上の者への返事、
『諾(だく)』は同等以下の者への返事
だそうです。

だから、
仮面ライダーのショッカー戦闘員も、
“ダク”と返事すると、
怪人や死神博士、地獄大使など
大幹部から怒られるので
“イー”と返事するそうです。

信じるか信じないかは
あなた次第です。


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今、自分が学生として通っている
大学で漢文の授業を受けている旨
申し上げたことがありますが、
教授は、若い学生に対し
『論語』を読むことを勧めています。

『論語』とは、
孔子とそのお弟子さんとの対話を
お弟子さんらがまとめたもので、
道徳的なことが記されている
とされています。

しかし、その教授によると、
十代、二十代の若者が
『論語』を読んでも、
“今のグローバル化・競争社会を
 これで生き残っていけるのか“
“なに、甘っちょろいこと
 いっているんだ!”
と感じるであろうということです。

しかし、四十代、五十代になって
『論語』を読むと、
そのよさが理解できるそうです。

ですから、教授は、今の学生に、
現段階で読んだあと、
もう二~三十年経ってから
もう一度読むことを勧めています。

私の場合、若いときに
『論語』を読んだことがないので、
五十過ぎていきなり読み始めました。

まだ、一部しか読んでいないのですが
たしかに、
社会人になって経験したことに照らし
うなずけるようなことが
少なからず書かれています。

二千年以上経っても
人間って変わらないんだな、
というのが大ざっぱな感想です。

しかし、
自分一人で読んでいても、
なかなか身に付きません。

そこで、先日、上野御徒町で
“Rongo塾”という論語の勉強会に
初めて参加してみました。

そこでは、
単なる知識の伝達ではなく、
孔子が言わんとしたことを
参加者どうしで話す
ということがなされています。

案外、
みなさんの考えのほうが
孔子より深かったりして(?)
おもしろかったです。

それにしても『論語』って、
中国の古典のはずですよね。

中国では、今から五十年ほど前、
つまり文化大革命時、
毛沢東を信奉し暴走化した若者ら
(“紅衛兵”というやつ)が
毛沢東により農村に強制移送され
結果、当時の若者らが
道徳・倫理含め十分な教育を
受けられなかったそうです。
したがって、
当時の若者が指導者層になってから
中国が横柄・横暴化した
ともいわれています。

今の、特に中国の指導者らにこそ
『論語』を読んでほしいものです。

rongo塾

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先日、大学教授のつてで、
イラン大使館・大使公邸を
訪れてきました。

イフタールとよばれる
断食明けの食事会に参加するためです。

その食事会は
大使公邸で行われたのですが、
その前に、つまり日没までの時間
大使館で、
大使、ウラマー(学者)、留学生ら
のお話をうかがいました。

イランはイスラム教(シーア派)の
国なのですが、
アラブでなくペルシアの国であること、
日本のように四季があり、
米や茶も栽培されていること、
ラマダン(断食)は、
健康に配慮しながら行われていること、
そして、テロ行為は
イスラム教の教えに反すること
といったことが強調されていました。

また、イランの成人年齢は
女性が9歳、男性が15歳で、
この年齢から本格的な断食を
始めるそうです。
また、婚姻可能な年齢でもあり、
幼児婚もあるようです。

サウジアラビアをはじめとする
中東湾岸諸国がカタールと断交した
というニュースが最近ありましたが、
イランはこのサウジアラビアと
宗派の対立上の事件を機に
一年半ほど前から断交しています。

ですから、ムスリムなら一度は
巡礼しなければならないとされる
メッカ(マッカ)に行きづらくなり、
むっちゃ困っているそうです。

また、最近の日本は、
ハラール食や礼拝場所という点で
ムスリムにとってフレンドリー
になったとも言っていました。

イラン料理はスイーツ含め
美味しかったのですが、
ムスリムの食事ですから
アルコールはありませんでした。

お酒好きの方には
物足りないかもです。

イラン大使館4イラン大使館1

イラン大使館3

イラン大使館2




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先日、大学の授業の一環で、
東京の渋谷にあるモスクを訪れた。

礼拝所まで入ったのは初めてだ。

オスマン朝のモスクを再現したものらしいが
何度か訪れたことのあった
キリスト教会と比べると
あまりにも質素であることに驚いた。

神と人間を仲介するキリスト教会は
信者にその威厳を示す必要があるからか、
内外とも荘厳な印象が強い。

ひるがえって、
各々の信者が直接アッラーと向かう
イスラム教では、個々の信者が
お祈りさえできればよいからか、
偶像崇拝禁止と相まって、
少なくとも訪れた礼拝所では
一種の合理性を感じた。

その合理性は、
質素であることだけでなく、
後付けの感はあるが、
異性に気を取られず
お祈りに専念できるように
礼拝所が女性用と男性用とに
分けられていること、
そして、
各々の信者が平等の立場で
お祈りができるよう、
じゅうたんに横一線の模様が
施されていることにも
表れていたようにも思えた。

そして、
この“平等”に大きな矛盾を感じた。
すなわち、
イスラム教を国教としながら、
アラブ諸国、特に湾岸諸国では、
石油マネーの恩恵にあずかる
裕福なアラブ人と
貧国に苦しむ外国人労働者との間に
歴然とした格差がある。

たしかに、
礼拝所における横一線の模様は
信者どうしのアッラーの前における
平等を示すとはいえ、
信仰の理想と現実とのギャップを
このモスクを訪れたことで感じた。
(写真は許諾を得て載せています)

モスク2
モスク1


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先日、あるビストロで
皿洗いや給仕のバイトをしました。

若いころ、パン屋で
ドーナツなどを揚げたり
レジ打ちはしたことはありましたが、
料理屋の厨房に入ったバイトは
初めてでした。

厨房内はこんなにも慌しいものなのかと
初めて知りました。

皿洗いは自炊した際にはしますが、
大量の皿洗いは初めてでした。
つい、普段どおり洗ったら、
完全にきれいになっていないと
やり直しをすることに…

しかし、お客さんは待ってくれません。
次から次へとお皿はやってきます。
スピーディーにかつきれいに洗う必要があります。

それでいて、料理も運ばなければなりません。
皿洗いばかりしているわけにもいかないのです。

シェフのほうはというと、
お客さんの食事の進み具合を気にしながら
料理をします。

マダムは私といっしょに
料理を運びますが、加えて
飲み物の注文もとって提供します。

私にはとてもそんな余裕はなく、
そこまでできませんでした。
もう緊張の連続でした。

私も何度か
フランス料理を堪能したことはありましたが、
まさか厨房内がこんなにも慌しく、
そして、シェフが気配りをしながら
料理をしていることは知りませんでした。

こうした厨房の動きがあって初めて
お客さんは落ち着いて食事をできるのだと
実感することができました。

こうした機会を提供してくれた
このビストロには感謝の限りです。

ここのシェフは、
料理・前菜を運ぶ前に
前菜からデザートまですべて
一通りお客さんに説明します。

よく、料理を運ぶごとに
そのつど説明をすることがありますが、
お客さんの会話を邪魔することになり、
衛生的にもよくないとされています。

しかし、このビストロでは
この点をよく承知されているようでした。

また、賄いにも感動させられました。
お客さんに提供されるものと
同じものをいただくことができたのです。
もちろん、量は
お客さんに提供されるものよりは
少ないのですが…

また、時給もきっちり
15分刻みでいただくことができました。

よく、塾のバイトなどでは、
決められた時間を
一時間以上オーバーしても
そこはサービス残業となってしまう
というブラックな話を聞きますが、
この点、このビストロはホワイトです。

そのビストロとは、
東京江東区の森下にある
『アンカシェット』さんです。

みなさんも、是非一度、お試しあれ。



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先日、近所の病院で
人間ドッグを受けてきました。

病院内には
人生の先輩方がたくさんおられたのですが、
検査着を着て院内を移動していた私は、
まわりの方々と比べると若いこともあり、
目立っていたようです。

検査の翌日、街を歩いていると、
次々に、
ご近所の方々が私を見るなり、
ビックリして
『入院したんじゃなかったの?』
『お見舞いに行こうと思ってたのよ。』
と声をかけてくださいました。

どうやら、ご近所のお一人が
検査着を着て院内を歩いている私を見て、
入院したものと勘違いされ、
それがウワサとなって広まったようです。

それにしても、たった一日で
ウワサというのは結構広まるんだなと
実感するとともに、
ご近所のみなさんがこれだけ
私のことを心配してくださった優しさに
改めて感激した次第です。


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閉幕したリオ・パラリンピック。

自分が若かりし頃、
陸上競技をしていたこともあり、
特にトラック種目に注目して
観ていたのだが、そのとき
すぐに気がついたことがあった。

オリンピックで
あれだけメダルを量産した
アフリカ系選手がいない…

アフリカでは障がい者が少ない
というわけではなかろう。
内戦などでむしろ多いのでは…

おそらくは、経済的理由か。
すなわち、
競技用の義手・義足や車いすなどは、
相当の技術やコストがいるはずである。
しかし、
アフリカではその余裕がない。

同じようなことは、
オリンピックでも、
体操や卓球、水泳などでも
いえることではなかろうか。

パラリンピックは先進国有利、
そんな気がした。


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先日『シン・ゴジラ』を観てきた。
【以下、ネタバレ注意!】

この映画は3.11を、
特にゴジラは原発を彷彿させる
ともいわれている。
一方、総監督が『エヴァンゲリオン』の
庵野秀明氏ということで、
ネット上でも、エヴァとの共通点について
盛り上がっている。

例えば、そもそも観る者に
まったく理解させる気のない
高度で大量な情報の波状攻撃、
ゴジラの第一形態=第六使徒ガギエル、
石原さとみ=惣流・アスカ・ラングレー
市川実日子=綾波レイ、
長谷川博己=葛城ミサト、
ゴジラvs自衛隊≑第三使徒サキエルvs国連軍(自衛隊)
ヤシオリ作戦≑ヤシマ作戦
(BGMが”Decisive Battle”で共通。
 なお、これに似たBGMは
 『踊る大捜査線』
 でも使われていた気がする。
 また、ヤシオリは
 『ヤマタノオロチを酔わせるための酒』
 という意味だが、
 『屋島』又は『八島(洲)』とされている
 ヤシマとは意味が異なる。)
等々である。

ここでは、ネット上ではあまり見かけなかった
類似点を独断と偏見で綴ってみたい。

まず、
ヤシオリ作戦≑ヤシマ作戦の点を補充すると、
対ゴジラ戦でも、対第五使徒ラミエル戦でも、
陽動作戦がとられている点が共通しているし、
また、ゴジラが活動を停止している間に
作戦を練って進める点は、
対第七使徒イスラファエル戦と似ている。

次に、
ゴジラvs自衛隊≑第三使徒サキエルvs国連軍(自衛隊)
という点だが、私には、むしろ、
戦闘ヘリの背後からゴジラを正面にとらえたカットは、
戦闘ヘリの背後からEVA弐号機を正面にとらえた
『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』
でのEVA弐号機vs戦略自衛隊のシーンを
思い起こさせた。

ただ、大きく違う点が一つだけある。
使徒もEVA弐号機も自衛隊機を破壊しているが、
ゴジラは米軍の戦略爆撃機は破壊しても、
自衛隊機は一機も破壊していない(多分)。

また、ゴジラが米軍の大型貫通爆弾の攻撃で
ダメージを受けてからあたかも進化したように、
口や背びれから熱線・ビームを出し点は、
サキエルやラミエルといった使徒と似ている。

そして、このシーンは、
『巨神兵東京に現わる』をも彷彿とさせた。
すなわち、それまでの被害は
ゴジラや巨神兵が通った所に限られていたのが、
口から出された熱線により広範囲が一気に焼け、
人類に絶望感を与えたというところが、
個人的にはものすごく似ていると感じた。

さらに、ゴジラの眼についてだが、、
庵野総監督は、
人間の眼が一番怖いとして、
ゴジラの眼に人間の眼を使ったとされる。
それが如実に現れているのが、
あの気味の悪いゴジラ第二形態である。

そして、EVAの眼だが、
通常は人間の眼とはまったく違うのだが、
TV版の第弐話で、
初号機がサキエルの自爆攻撃にあって
頭部が胴体からポトリと落ちたとき、
初号機がシンジをギョロと見る
そうしたシーンがあるのだが、
そのときだけ突如人間の眼に変わり、
気味悪く感じたのを覚えている。

最後に、牧博士だが、
シンジの母親がEVA初号機に
アスカの母親が同弐号機に
取り込まれたように、
牧博士も
ゴジラに取り込まれているように
思えた。
ゴジラの第一形態が
博士のボート近くから出現したのは、
そのことを示唆しているのではないか。

ただ、最後に出てくる
有名な尻尾のシーンは、
複数の人間が閉じ込められているようにも
見えるとの噂だが、
ネット上では、
これが牧博士であるとの説には
否定的である。

以上、勝手気ままに
オタク的に綴ってみました。


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『あら、いらっしゃい。』

「こんにちは。」

すでに店内には、二人の客が、
向かい合うように置いてある
二つのソファーに
一人ずつ座っていた。

一つには、私より年上の男性が
こちらに背を向けて、
もう一つには、女の子の小学生が
こちらから見えるほうに
座っていた。

「小学生だったら
 女子でも理髪店はありか」

と納得した。

『お次の方』

と呼ばれると、
男性のほうがすくっと立った。

「そっか、俺は、
 この女の子の次か。」

と思い、しばらく待っていると
女の子が突然、
冷えた理髪店から熱い外に出て行った。

不思議に思いながらも、
しばらく待っていると

『お次の方』

と呼ばれた。

女の子が戻って来ていなかったので
私が座り続けていると、
この理髪店の女性主人が、

『どうそ。』

といってくれた。

「でも、私の前に女の子が…」

と私がいうと、

『あー、あの子は○○塾の子よ。
 あの子が来たときは
 まだ塾が開いてなかったから、
 暑いなか外で待っているのも
 気の毒だと思い、
 ここに入れてあげたのよ。』

このとき、
この理髪店の隣に
小さな塾の小さな入口があったのを
ふいに思い出した。

お客でもない子を
当然のように理髪店に入れる
粋な計らい。

これをきっかけに
他の子どもも理髪店に
いりびたるようになったら困る、
なんて野暮なことは考えない。

いや、万が一
そうなったとしても、
隣に座っている男性も
文句は言わないであろうし、
むしろ私は大歓迎である。

こう思いながら、
私は、女の子の代わりに
椅子に座った。



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五十歳前後の方なら
覚えておられるかもしれませんが、
1970年代の教育テレビで
『働くおじさん』
というタイトルの番組がありました。
今だったら、
性差別だ、セクハラだ、
との批判は免れないでしょう。

さて、私の今の大学のクラスメートや
昨年通っていた予備校の同級生らは、
塾講師や家庭教師など
教育系のバイトをしている子が多いのですが、
中にはコンビニや披露宴会場など
それ以外の分野でバイトをしている子もいます。

私も二十代のときは、
パン屋のバイトでドーナツなどを
揚げたりしていまいしたが、
お店の方は早朝3~4時頃の起床で
夜遅くまで立ちづくめ、
会計や仕入れ・販売個数、
諸設備の整備・点検のことなど
考えなければいけないことも
盛りだくさん、
私には飲食系の仕事は務まらない
と悟ったものでした。

そして、この年末、
私のクラスメートの女子の一人が
ラーメン屋でバイトをしていました。

「年末に大変なこった」
と思った私は、
彼女の働きぶりでも見てみようと
他のクラスメートも誘って、
そのラーメン屋に行ってみました。

いつもはっちゃけている彼女も、
働いているときは、
いつもより大人しめ。
お店の方は、
友人・知人がお店に来たときだけ
いつもこんな感じだと
おっしゃっていました。

そこで、私は、彼女の働く姿や
いっしょに来てくれた
男子のラーメンをすする姿を
無性にスマホ写真に収めたくなりました。

そのとき、みんなから指摘されて
気が付かされたのですが、
まるで、
わが子をビデオや写真に収めたがる
父親のようだと。

たしかに、特に女子は、
何だか、わが娘のような気がして、
悪い男にでも引っかからないか心配です。
実の親御さんの代わりに
看視しておきたいくらいの気持ちです。

もしかして、
彼女の働く姿を見たくなったのも、
わが娘のような感情からきたのかもしれません。

一方、男子に対しては、
わが子というより、後輩のような感覚です。
これはもう、理屈ではありません。

私は、
実際に父親になったことはないのですが、
親の気持ちになれたような一時でした。

そして、
みんなの将来が楽しみで仕方がありません。


それでは、みなさんも、
良いお年をお迎えください!


ラーメン屋ラーメン店



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今回の東京オリンピック・パラリンピックの
エンブレム問題も、
新国立競技場問題も、
原因はいたって単純明快。

特権意識をもった少数の者たちが、
競技当時者や国民らの意見や感覚を無視して
密室で決めながら、
誰も責任をとろうとしなかったことにある。

政治や官僚の世界でもよくあることだけど…



【Read More...】

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(その1)
今から7~8年前、
当時の社会保険庁のずさんな年金記録管理、
いわゆる『消えた年金記録』が
社会問題となったころ、
各人宛に年金記録が、確認のため
郵送されてきたことと思う。

当時、ある人のもとにも
年金記録が送られてきたのだが、
中を開けて見るとビックリ!
過去に、まったく覚えのない
国会議員秘書になっていたことになっている。

ただ、心当たりはあったらしい。
当時の知人に国会議員がいたからである。
しかし、身に覚えのないことだから、
当然、秘書給与を受け取ったこともない。

そのお金はどこにいったことやら…


(その2)
私の知人が、先日、
通勤電車のグリーン車に乗った。

グリーン券購入記録のあるSuicaなどを
座席上方にかざせばランプが赤から緑に変わり、
これにより検札が省略されるとのこと。
だから、ランプが赤なのに座っていると
乗務員から声をかけられるらしい。

グリーン車に乗っていた知人の近くに
男性二人が座っていたのだが、
ランプが赤だったので、
乗務員がやって来た。

すると、男性の一人が、
『あー、議員だから』
と乗務員を𠮟咤するように言ったらしい。

国会議員には電車(しかもグリーン車)
無料乗り放題パスが支給されるので、
別に違法なことではない。

しかし、この議員が仮に、
『国民のため…』とか
『庶民の暮らしは…』とか
普段からいっているのであれば、
こうした特権意識はいかがなものか。

できれば、こうした議員には
満員すし詰めの一般車両に乗って
通勤地獄を味わってほしいし、
グリーン車に乗るなら、
他の国民や庶民と同様、
きちんと追加料金を
別途支払ってほしいと
個人的には思う。

税金節約のためにも、
そして、
公務であることを明確にするためにも、
無料パスの支給をやめて、
多くのサラリーマンなどと同様、
普通乗車券料金のみの
実費精算後払いにしてほしい。



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東京江東区の朝には、
区から委託を受け、
放置自転車をチェックする方々、
ゴミを拾ってくれる方々、そして
タバコの吸い殻を拾ってくれる方々がいらっしゃいます。
それぞれ異なる色のベストを着用されているので、
一目で分かります。
先日、タバコの吸い殻を拾ってくださる方と
ちょこっとだけ会話をする機会がありました。

多くの地方自治体などと同様、江東区でも
全域で歩きタバコが、一定区域では立ち止まっての喫煙も、
禁止されています(もちろんポイ捨ても)。
お話したこの方によると、
違反して喫煙する人を見つけて注意すると、
たいていの大人はなかなかいうことを聞いてくれないが、
多くの若者は素直に喫煙を止めてくれるということでした。

『最近の若者は立派だよ。』

私も同感です。
もちろん、私が出会った限りのはなしで、
しかも全員当てはまるというわけではなく、
あくまで割合というか、印象というはなしです。

私は結婚をしたことがなく、よって子どももおらず、
以前の職場でも新人と接する機会はめったになかったので、
実は、今どきの若者の実態というのは分かりませんでした。
しかし、仕事を辞めて、
数十年ぶりに予備校や大学に通うようになってから、
多くの若者と接するようになって、
私自身も見習うべき点が多々あることに気がつかされました。

まず、今の若者はきちんと
挨拶やお礼のことばをいってくれます。
私が経験した数々の職場では、
挨拶をしても無視する大人が一定数いました。
自分が若いときに所属していた野球部や陸上部などでは
挨拶が徹底していただけに、これは衝撃でした。
また、仕事上のこととはいえ、
“ありがとう”と言われた記憶もあまりありません。

次に、今の若者はコミュニケーションを図るのが上手く、
適切な距離感というのも分かっているような気がします。
私がいた職場のほとんどでは、
お酒を飲まないというだけで
コミュニケーション力が欠如している
と思われがちでした。

そして、今の若者は私の感情を察しながら話をしてくれます。
一方で、私の感情おかまいなしに
自分の主張だけをしてくる大人が少なからずいました。

また、これに関連して、
今の若者は会話の行間を読むことができる、
と感じています。

例えば、私がAをしているという発言をすると、
私が接した大人の中には、
『どうしてBをしないんだ』と
多くの人が当然と思うようなことを
時には感情的になって言ってくる方もいました。
つまり、こうした方々は、
自身の理解や価値観の範囲で話をしてくるのです。

しかし、今の若者は
『通常ならBをするところ、Aをしているということは、
 きっと、自分とは何か違う考え方がある、あるいは、
 自分には理解できない何らかのわけがあるはず。』
と心中で思って会話をすすめてくれます。
言葉として明言されなくとも、話をしていて分かります。

思い返してみると、
私が25年間経験した職場の中で、
以上のような若者に近い職員が最も多かったのは、
奇しくもOECD(経済協力開発機構)、
つまり日本人以外の方々だったような気もします。

こうした話をすると誤解されがちなので、
繰り返し申し上げますと、もちろん、
私が出会った大人全員、そして若者全員に当てはまる
というわけではありません。
職場での付き合い方とそれ以外の付き合い方との違いや
年齢差という違いなどもあります。

そして、もちろん、
尊敬すべき立派な大人もたくさんいらっしゃいますし、
今の若者にも子どもの面が見受けられるのも確かです。
また、今の予備校や大学で、
授業中に先生に断りなく平然と教室を自由に出入りする姿は
私には驚きです。
先生のほうも昔よりは受け入れているように見えます。


いろいろ勝手なことを申し上げましたが、
私がお伝えしたかったのは、
“今どきの若者は…”と思う場面が、
私にはあまりなかったということです。



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私は、とある団地に住んでいる。
隣は一年半空室だったが、
最近、外国人家族が引っ越してきた。

親子5人の東洋人だが、
話していることばは中国語でも朝鮮語でもなく、
結局どこのお国の家族なのか、
いまだに分からない。

いつも夜中の12時ごろから、
食事をしながらの一家団らんが始まる。
本人らに悪気はないのだが、
料理の音や話し声などがとにかく大きい。
そして、寝静まるのが夜中の3時すぎ。

これでは私も眠れない。
夜中だから静かにしてほしいと、
何度もお願いした。
簡単な日本語は通じ、
最初は了解してくれたような感じだった。

が、夜中の料理と家族団らんは一向におさまらず、
最後に苦情を言ったときは逆切れされる始末。

そこで、困った私は、
団地の管理事務所に相談しに行った。
しかし、ここは、
近隣トラブルには関わらない方針で、
過去にも
『自分で訴訟でもして解決してください』とか、
『民事には介入できません』とか
とても貸主側の発言とは思えないことを
何度か言われたことがあったので、
今回も期待していたわけではなかった。

が、今回は、
私とは逆側のお隣の方からも相談があったらしく、
『そんなときは110番通報してください』
とのアドバイスを受けた。
が、安易に119番通報しないように言われている昨今、
そんなことで警察が来てくれるとは
信じられなかった。

そして、その数日後、
今度は知人らも交えての宴会みたいなものが
やはり夜中の12時ごろから始まった。

私も当初は我慢していたが、
夜中の2時ごろ、
ついに、生まれて初めての110番通報。

『事故ですか?緊急ですか?』
「事故でもなく、緊急というほどでもないんですが、
ちょっとご相談が…」
『事故ですか?緊急ですか?』
「騒音で困ってまして…」
『緊急ですね。』
どうやら、
事故以外のことを緊急というらしい。

それから、20分後、
二人の警察官が来てくれた。
隣の主人は、
帰宅が遅いんだからしょうがないと
警察官に主張する。

警察官は、
朝が早くで寝ている人もいるから
夜中は静かにするようにと
言ってくれた。


「夜中は静かにすべき。
だから、夜中の家族団らんは控えるべき。」
これは、多くの日本人の常識といってもよい。
だからこそ、
夜遅くに帰宅したお父さんが、
子どもたちを起こさないよう寝顔を見て
一人だけで静かに食事、
こうした旧来の光景がうかんでくる。

『家族団らんの時間は絶対に必要。
だから、他人に邪魔されるいわれはない。』
これが彼らの常識なのかもしれない。

こんな『常識』の違いは
身近なところでは夫婦間や友人間にもあり、
極端に高じると
紛争や戦争の種にもなるのであろうか。

でも、私も含め、周りの多くの居住者が
夜中は静かにしてほしいと思っているのだから、
やはり静かにしてほしい。



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現在、私は大学で、
“世界文学研究入門”なるゼミをとっている。
これは、文献の調べ方、議論・発表の方法、
そして論文の引用の仕方といった
(これには最近の事件と関係しているのか、
大学側もかなり神経をとがらせている。)
研究やプレゼンの方法の基礎を学ぶための
一年生用のゼミである。

こうしたゼミには、
私がとっている文学のみならず、
哲学、歴史、芸術、政治、経済、開発、外交安保など
様々なものがあり、
自分が希望するものを
ある程度選択できるようになっている。

私の場合、
これまで文学にまるで興味がなかったので、
少しでも教養を広げるべく、
あえて、このゼミを選択した。

そして、私は、
夏目漱石の『倫敦塔』について調べているのだが、
同じゼミ生の中には、
『星の王子さま』について調べた者もいた。

文学にまるで疎い私は、当初、
「なんで絵本を?」
と、思ったのだが、
これも立派なフランスの文芸作品である。

しかも、
この第二次大戦のときに書かれた作品は、
当時の子どもたちに、
当時の大人たちのようにはなってはほしくない、
ということを伝えるためにつくられた教訓本
という説もあるらしい。

私がこれまで50年間生きてきて、
たしかにこういう大人は、私自身も含め、
今の時代にもたくさんいるな、
と感じたものを、
他のゼミ生の研究成果ではあるが、
ここで紹介させていただきたい。
(ご本人らからは了承を得ております。)

「大人は数字が好きだ。新しい友だちができたよと言っても、大人は大事なことは何も聞かない。『どんな声の子?』とか、『どんな遊びが好き?』…などとは聞かない。聞くのは『その子はいくつ?』とか、『兄弟は何人?』…などということばかりだ。こういう数字を知るだけで、大人はその子のことをすっかり知ったつもりになる。」
(サンテグジュペリ 池澤夏樹・新訳『星の王子さま』集英社文庫、2005年)

「王さまにとっては…他者(との)支配関係を維持することによって自己の存在価値を満足させる形式を守ることのほうが大切なのである。」
(生越達、おごせとおる『『星の王子さま』におけるおとな性』
茨城大学教育学部紀要、2010年)



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最近、二つの同窓会があった。

一つめは昨年度通っていた
予備校のクラスの同窓会である。
卒業(?)してまだ半年も経っていないので、
懐かしいというより、久しぶり、という感じで、
場所は、お好み焼き・もんじゃ食べ放題のお店。

私のほかは、ほとんどが未成年者なので、
ピッチャーでお水を頼んで、
ひたすら食べまくる、という具合である。

話題は、今どんなことをしているのかとか、
留学したいとか、資格を取得したいとか、
これからやりたいことが中心で、
みんなの見つめる先は2015-2017年。
私もつい、十代であるという錯覚に陥ってしまう。

ある男子の叔母が、
私が二十年以上前に通っていた
英会話学校で知り合った女性であることが判明、
といったおまけもあった。


そして、二つめが中学時代の同窓会。
こちらは35年ぶりの再会で、
懐かしいというより、誰?という場合も…

みんなの振り返る先は1979-1980年。

いうことを聞かない生徒をボコボコにする先生、
制服着たままの女子をプールに落とす男子、
胸の小さい女子をからかって
黒板に『ぺちゃパイ』と書いたまま、
授業開始のチャイムが鳴ってしまい、
教室に入って来て、黒板のその文字を見るやいなや
突然泣きだして教室を出て行ってしまった
やはりお胸の小さい先生。

今だったら社会問題となるハプニング満載の
なかなかお茶目な学校だった。

当時のいじめの謝罪や、
当時好きだったことの告白や、
今さら言われても、といった
そんな会話も繰り広げられていた。

そんな中、今だから笑える話をご紹介。
携帯電話さえない、
当時ならではのエピソードです。


Aさんに電話で告白すべく、
台本をつくった甲くん。
ふるえる指で
ためらいながらも勇気をふりしぼって
ダイヤルを回してAさん宅に電話。

『もしもし』
女子の声である。
お母さんの声ではない。
そこで甲くんは。
緊張しながら台本を読み始めた。

台本を読み終えると、
電話の声の主が突然笑い出した。
『今、Aに変わるね!』

そう、彼女こそは、
たまたまAさん宅に遊びに来ていたBさん。
ひととおり
一世一代の甲くんの告白を聞いてからの
先の発言だった。


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昨年度通っていた予備校のクラスメートの一人が
慶應大学に進学した。

彼は、ちょっとだらしないところはあるが、
世話好きで気づかいのできる
イケメンの好青年である。

彼はオーケストラ部に入り、
入学して間もないというのに、
早速コンサートで演奏することになった。

たまたまコンサート会場が、
自宅から自転車で行ける距離だったので、
また、無料ということもあり、
聴きに行った。

オーケストラとかに疎い私は、
彼をなるべく近くで見ようと、
最前列に座った。

が、
彼はステージ中央付近にいたので、
舞台の手前のほうで演奏している方々に隠れ、
彼を直接見ることができなかった…。

という私の間抜けな話はさて置き、
演奏曲もそうだが、
演奏している学生さんの姿を見て、
輝いているというか、美しいというか、
とにかく感動してしまった。

曲は、アンコールも含めると4曲(多分…)
演奏時間は2時間近く。

彼は入学して間もないこともあり、
すべての曲を演奏したわけではなかった。
が、それでも2曲演奏したわけだが、
中にはすべての曲を演奏していた学生さんもいて、
その場合、半年近く練習したとのこと。

この演奏のために、
すべての学生さんが数か月間、必死に努力をし、
そして、
その成果がいかんなく発揮されたからこそ、
自然と美しいオーラが出ていたのか…

彼も、勉強を多少犠牲にしてまで、
この日のために練習を続けてきたらしい。

もちろん、お金云々ということでないが、
こんな素晴らしい演奏を無料で聴けたというのは
本当に贅沢というか、
感謝、感謝の気持ちでいっぱいである。



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PCでこのブログをご覧の方にお知らせです。

従来のテンプレート(背景)は星空でした。

それは、私が小学生のときに、
同級生がガチャガチャで天体望遠鏡を当て、
(もちろん、望遠鏡が入ってたわけではなく、
望遠鏡を入手するために郵送すべき紙片が
入っていました。)
その望遠鏡を公園の中央にある
すべり台のてっぺんに置いて、
寒い冬にもかかわらず
毎夜、友だちと順番にレンズを通して
星空を眺めていました。

土星の輪っかや木星のしま模様が
何とか分かるくらいの倍率で、
オリオン座の三ツ星の下にある
オリオン大星雲も見えました。

寒空の下、星を眺めながら、
みんなと食べた
当時発売されたばかりのカップラーメン
このおいしさは今でも忘れません。

それから、星を眺めるのが好きになり、
今はなくなってしまった渋谷のプラネタリウムには
よく通っていました。

小学生のときの卒業文集に書いた
将来なりたい職業は天文学者でした。

そんな思い出があったので、
文字が見づらいなど不評だったにもかかわらず、
星空のテンプレートを続けていました。

しかし、最近、
オカルト的で怪しい感じがするとか、
ダークなイメージがある、
といった指摘を受け、
グリーンの明るい感じのテンプレートに変更しました。

今後とも引き続き、
このブログを読んでいただけると幸いです。



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私が昔勤務していた職場の仲間の一人が、
同じ江東区に住んでいるということで、
昨年の衆院選の慰労会として
食事会を開いてくれた。

他の仲間ももう二人よび、
私も含め、
40~50代のおばはん、おっさん四名様が
ちょっとオシャレな感じのお店で
食事をした。

話の内容は、
昔の思い出話と同時に、
私が土仏の水遊びをしているなど、
毒舌トークが繰り広げられた。


すると、店内が急に薄暗くなり、
ロウソクが1本立った手作りのババロアケーキを手にした
料理人さんが厨房から登場。

私は思わず
「あれっ、今日誰かの誕生日だったっけ?」
と大声を出した。
みんな40歳過ぎているからロウソクが立ちきらず、
1本だけ立っているんだな~と思った。

すると、その料理人さんは
そのケーキをそっと私の前に置いてくれた。

そして、そのお皿のはじには
『合格・入学おめでとう』
というチョコレート文字が書かれていた。

私は涙が出そうになったが、
それよりも恥ずかしいという思いが上回り、
涙が出る幕はなかった。

なぜなら、
いかにも中高校生の入学
それを祝ってくれているかのようだったからだ。

他の三人の仲間は
私の先日の東大合格を知っていたものの、
ケーキを作ってくださった料理人さんは、
もちろん、そんなことは知るよしもない。

きっと、不思議に思いながら
『合格・入学おめでとう』
という文字を書いてくださったに違いない。

あるいは
『自分にだけ5人目の子どもが見えていないのかも』
と怯えながら作ってくださっていたのかもしれない。

しかし、
事情を知って驚いた料理人さんも
いっしょに私の合格を祝ってくださった。


お昼にはさくらが一斉に咲き始め、
でも、上着がまだ必要な、
ここちよい春風が感じられる夜だった。



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急な坂道を上っていると、
私の前を
女学生が歩いているのが見えてきた。

歩くスピードが
非常にゆっくりとしている。

私は、腰を高くして、
スタスタと歩き、
軽く追い抜いた。

すると、後ろから
自転車の後ろに子どもを乗せた
若いお母さんが、
スイスイ坂道を上ってきた。

あの女学生も、
数年後にはあんな風に
たくましくなるのだろうかと、
勝手に想像していると、
今度は、
えっちらおっちら坂道を上っている
おばあちゃんの姿が見えてきた。


日本では、昨日から、
三人の日本人がノーベル物理学賞をとった
というニュースでもちきりだ。

その中のお一人である赤崎教授は
インタビューの中で
奥様への感謝の気持ちを述べられ、
奥様も夫に尊敬の念を抱いている旨
おっしゃっていた。

そして、もう一つ、
このご夫婦が共通して述べられていのは、
教授は家のことは一切しない、
ということ。

もちろん、照れ隠しのために
おっしゃったのであろうが、
このご夫婦の年代では、
それが当たり前のことなのかもしれない。

そういえば、
ノーベル賞受賞者は男性が圧倒的に多い。
日本人にいたっては
女性受賞者はゼロである。


小さな子どもを自転車の後ろに乗せ、
たくましく坂道をかけ上がる女性が
夫のノーベル賞受賞を支えるのか。

それとも、今度は、
ゆっくりとしたスピードで
坂道を上っていた
あの女学生がノーベル賞を受賞するのか。



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皆さんも、中学で学んだと思いますが、
"interest"には『興味をわかせる』
という意味があります。

そして、みなさんも、
利子・利息には興味ありますよね。

だから、"interest"には、
『利子』という意味もあるのです。


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人間を一番殺してきた動物は蚊。

二番目が人間。


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三ヶ月前、
ベランダにド鳩が巣をつくり、
気がついたときには、
ヒナまで生まれてしまい、
駆除しようと思ったが、
とりあえずヒナが巣立つまで
そのままにしておくことにした。

それ以降、ヒナの鳴き声で
朝の4時台に目が覚めてしまう、
というところまでお話しをした。

そして、そのヒナがどうなったのか、
今回はその報告を。


その後、一か月ほどして、
羽も立派になった小鳩が
ベランダから飛び立とうとするが、
なかなか飛べない。

親鳩が飛ぶように促すものの
なかなか飛べない。

飛んだか!
と思うと
すぐベランダに戻って来てしまう。

十日ほどたってからだろうか、
気がついたら
いつの間にか巣だっていた。

私は、マスクと軍手で完全防備の上、
糞やほこりや小枝や卵のカラ
(これがうずらの卵みたいで意外に小さい!)
を掃いて、
巣となっていたテーブル火鉢をそうじした。

その後数日間、
二羽のド鳩が
しきりにベランダに飛んできた。

親鳩か、小鳩のほうか、
分からない。

ただ、知らぬ間に
数本の小枝がベランダの片隅に置いてあり
その上に二個の小さな卵があったので、
親鳩のほうだったのかもしれない。

私は、また巣を作られては
とにかく不衛生で、掃除も大変なので、
たまらん、と思い、
卵と小枝を処分し、
ド鳩を見かけるたびに追い払った。

テーブル火鉢にもふたをした。

そして、極めつけは磁石だ。

鳥の頭には
方位を知るための磁石があるので、
磁場のある所を避けたがる
という話を聞き、磁石を置いてみた。

が、平気で磁石の上に止まったりする。

それでも、
以前よりは来なくなったが、
ド鳩と格闘する日々は続く。



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度々、人から聞いた話で恐縮です。

今、サッカーW杯で日本中が盛り上がっているが、
日本が初戦のコートジボワール戦で敗けた直後、
本田圭佑選手が海外メディア向けに
英語でインタビューに応えていた。

その映像があるテレビ番組で流された後、
キャスターが
「本田選手は“believe myself”
『自分を信じる』と言ってましたね。」
と言ったらしい。

私も動画で確認したが、
本田選手は
“believe myself”ではなく、
“believe in myself”と
言っていたようにも聞こえる。

ご存知の方も多いと思うが、
“believe in”は神の存在を“信じる”
というようなときに使い、
“自分を信じる”とか、他人でも
人(の存在)を信頼するというときにも用いる。

“in”をつけずに
“believe myself”とはあまりいわないらしい。
たしかに“believe me”とは言うが、
それは
『私の言うことを信じる』というように、
一時的なものを信じるときに使うのであって、
存在そのものを信じるときは、
やはり“in”が必要らしい。

もしそうなら、
本田選手の英語力は相当なものである。


私も、海外で二年間暮らしていたことがあるが、
言葉の不自由さも含め、
ものの考え方や文化、生活習慣が違う異国の地で
生活するだけでも相当きつい。

ましてや、私のように家族がいない状態で、
日本の世界に戻れるところがないと、
心休まることがまったくなく、
精神的にも相当つらい。

もちろん、個人差はあるが、
そんな状況にありながら、
海外で活躍しているスポーツ選手、
もちろん、スポーツ選手以外の方でも、
活躍している日本人は
本当にすごいと思う。


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いきなりですが、
みなさんに問題です。
以下の文の(  )の中に
適当な接続詞を入れてみてください。

ぼくは命がけで彼女を愛した。
(  )、彼女は去っていった。

みなさん、どんな接続詞を入れましたか?
別に正解があるわけではありませんが、
男性の場合、ほとんどの人が
『しかし』と入れるようでして、
女性の場合は、
『だから』と入れる人が多いそうです。
人によっては
『そして』と考える人もいるそうです。

接続詞とは、
性別、年齢・人生経験、
生まれ育った環境などによって
影響されるもので、
客観的なものに思われがちだが、
実は、個性が反映されるものだ、
というお話しを
人生の先輩から伺ったことがあります。

私も、公務員時代、
よく接続詞を直されましたが、
正直、ものすごく違和感というか
抵抗感みたいなものがありました。

もちろん、役人の文章は
先ほどの例文より理屈っぽいものですが、
私が抵抗感を抱いた理由が
分かったような気がしました。




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今朝も
朝定食を食べお店を出ると、
小さな女の子と
手をつないだおじいちゃんに
出くわした。


衣替えをしたのか、
二人とも白を基調とした半袖シャツだった。

お孫さんは、
先日、指さした草木に向けて、
今日も同じところを指さし、
おじいちゃんに話かける。

あたかも、
初めてその草木に気がついたかのように。

「この前といっしょやろ」

と、おじいちゃんの代わりに
つっこんでおいた。

心の中で。



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二羽の子鳩はまだ跳べない。

が、私の留守中
両親鳩とベランダを歩き回っているようで、
ベランダは糞だらけ。

私の姿を見ると、
二羽の親鳩は飛んで逃げていき、
二羽の小鳩はトコトコと歩いて
巣(テーブル火鉢)に戻る。

そして、私は今日も
糞の掃除。



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(この前のブログのつづきです。)

私は、またド鳩が
テーブル火鉢のくぼんだ所に隠れないよう、
今度はしっかりとテープでとめて
ダンボールで塞いだ。

しかし、翌朝、
テーブル火鉢の中から
“ポーポー”という鳴き声とともに
羽でダンボールを叩く音が聞こえてきた。

「イリュージョンか?」
とダンボールをはがして
中をよく見ると、
一羽のド鳩が隠れるように隅にいたのだ、
だけでなく、
ななななんと、鳩のヒナが
まさに卵からかえろうとしている。
しかも、二羽…

私は、正直、
やられた、と思った。

私は、早速、ネットで
近くの鳥獣駆除業者を探した。


しかし、その時、
ふと、昨日のことを思い出した。

普段なら私の姿を見るなり、
逃げ出す鳩が
ほうきの柄の部分でしつこくつつかれても、
なかなか逃げようとしなかったのを。

つまり、子どもを守るために。

そして、
舞い戻って来た鳩は、
私に見つからないよう、
私がダンボールで塞いだときに、
隅に隠れていたのだった。


数時間後、
ピーピーというかわいい声が聞こえてきた。

二羽の小鳩が一生懸命
お母さん(?)に甘えている。


私は、すでに
この二羽が旅たつまで
見守ることに決めていた。

よく考えれば、
有害な糞をするという理由で
ド鳩を毛嫌いしていたのだが、
鳩にしてみれば、
そんなことは関係ないのである。

子どもを産み育てるため
一生懸命になっていただけなのだ。
しかも、
普段なら人の姿を見るや逃げ出すのに、
必死に子どもを守ろうと
簡単に逃げるようなことはしなかったのだ。


今や、帰宅後、
ヒナの成長を確認するのが
毎日の楽しみになった。


二羽のうち、白い色のほうが、
小さくて成長も遅いのが
ちょっと気にかかる。

そして、親鳩は
いつも一羽しかいない。

片親なのか、
お母さんとお父さんが
代わる代わる来ているのか
よく分からない。

それにしても、
ピーピーという鳴き声がすると
本当に安心する。



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私は、東京は下町の江東区にある
とある団地に住んでいるのだが、
たまにド鳩がベランダに飛んでくる。

その度に糞をされるので、
招かれざる客だ。

私は、やって来たド鳩を見つけると
すぐにベランダに出て
追い払うことにしている。

もちろん留守のときもあるので、
いろいろな物を置いたりして、
ベランダに飛んで来ないよう
工夫してみるのだが、
ド鳩はすぐに慣れてしまうようだ。


ここ1~2ヶ月、
ド鳩が頻繁に飛んでくるようになった。
しかも、飛んできたド鳩は
決まって右端による。

こんなことは
今までになかったことなのだが、
どうやら
ベランダの隅っこに立てかけてある
テーブル火鉢が気に入ったようだ。

これはヒノキでできていて、
20年以上も前になるのだが、
生前父親が貴重なものだといって
どこからか持ってきたものだ。

しかし、邪魔になるので、
とりあえずベランダの隅に
立てかけておいたのだ。


ある日、ド鳩が
そのヒノキ製テーブルの
まさに火鉢を置くくぼんだところに
隠れていた。

私は、ほうきの柄の部分で
そのド鳩をつつくようにして
追い払おうとするのだが、
なかなか逃げない。

いつもだったら、
こんなことをしなくても、
私の姿を見るやいなや逃げ出すのだが、
この日だけは、
頑として逃げようとはしない。


しかし、私がしつこくつついていると、
そのド鳩は観念したのか
ようやく飛び去っていった。

私は、またド鳩が隠れないよう、
そのテーブル火鉢のくぼんだ所を
ダンボールで軽くふさいでおいた。


翌日、帰宅すると
そのダンボールがはがされていた。

しかし、ド鳩の姿はなかった。
(次回につづく)



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昨日の小保方氏の会見については、
テレビやネットなどあちこちで批評を見かけ、
もう辟易されている方もおられるかもしれない。

私は、ちょっと視点を変えて、
先日、8億円の借入問題で、
みんなの党の代表を辞任した
渡辺喜美氏の態度との違いについて触れてみたい。

研究者としてはあるまじき行為ではあるが、
画像の切り貼りについては、
『ネイチャー』という雑誌の限られた紙面の中では、
掲載される画像がどうしても小さくなるため、
読み手が見て分かるようにするためだとか、
画像の使い回しにしても、
パワーポイントを何度も更新しているうちに紛れてしまい、
論文に掲載するときに
元データまでたどって確認する作業を怠ったとか、
一応、悪意がなかったことの説明としては、
成り立っていると感じた。
(ただ、この『悪意』の解釈が問題となっているのであって、
 すみません、専門的なことも含め、よく分かりません。)

STAP細胞の存在を示す物的証拠を提示すべきだった、
という論者もたくさんおられるみたいだが、
あの会見は、予定されていた時間からしても、
STAP細胞の存在を証明するための会見ではなく、
改ざんやねつ造がなかったことに対する
説明のための会見であったと思う。

だから、仕方がないという面もあったのではないか。
(しかし、STAP細胞の存在が証明されれば、
 改ざんやねつ造がなかったことの証明にもなるという点で
 この二つの問題は関連しているともいえる。)


ひるがえって、渡辺氏の会見。

8億円の大部分は熊手の購入などに使った、
という前言を平然と撤回し、
8億円は『保守的に管理するため』
妻の口座に移しておいたという
わけの分からないことばを織り交ぜながら、
まったく説明になっていないことを
言ってのけた。

しかも、同じ党の浅尾『幹事長』のことを、
何度も『政調会長』と言い間違えていたのは、
理研の幹部や他の研究者のことを
気づかいながら発言をしていた
小保方氏とは対照的である。


だから、
いろいろ賛否両論はあるだろうが、
少なくとも、
小保方氏の会見時の態度は、
渡辺氏のそれと比べると
誠実だったと思う。



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“今でしょ”
という昨年の流行語も
今では発するのが恥ずかしくなるくらいになった。

一発屋芸人だったらここで消えている。
しかし、林修先生は
芸人ではないが、消えていない。

いや、消えるどころか、
冠番組まで持つようになっている。

それは、なぜか?

それは、林修先生が
気取らないからだと思う。

それは、同じ番組内で、
元官僚の解説者らと出演しているときに
際立つ。

元官僚の解説者や政治家はみなさん、
私が見る限り、
基本、上から目線である。
だから、
何をいっても鼻についてしまう。

本人らはおそらく意識していないのだろうが、
それは言葉遣いからもうかがえる。
林修先生の発言と比べても
敬語や丁寧語が極端に少ない。

林修先生はとにかく謙虚である。
だから、林修先生の発言から
ご自身は見識が高くいろいろご存知であることは、
視る側にもよく伝わってくるのだが、
それでいて嫌みがない。


ご本人いわく、
予備校内では他の先生からは
好かれていないみたいだが、
だからこそ、
マスメディアでは受けているのかもしれない。



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多くの方もされたと思うが、
消費税増税前に、
駆け込みの買い物をしてきた。

買おうとした商品は、
米、カップ麺、レトルト食品、
缶詰、栄養補助機能食品、
ペットボトル飲料、石鹸、シャンプー、
トイレクリーナー等々…

しかし、買いたい商品に限って
品切れ状態。

つまり、同じ種類の商品の中でも
安いのが売り切れていて、
高いのが売れ残っているのだ。

また、ちょっと困ったのが値段表示。
増税後の値段表示と、
増税前の税込みのみの値段表示とが
混然一体となっていたので、
いろんなところで店員さんに確認してしまった。

さらに驚いたのが、
価格自体しれっと上がっている商品が
いくつかあったことだ。


買い物以外で決心したのが、
とある金融商品の購入。

金融商品の購入手数料は、
不動産や家電製品などと異なり、
消費税増税後も
まず価格自体下がることはない。


牛乳とか納豆とか野菜とか
生鮮食料品以外は、
何か、当分、買い物をしない気がする。



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特に消費税増税を意識したわけではなかった。
たまたま髪の毛が伸びたから
その散髪屋に行こうと思った。

「平日のお昼だったらすいているだろう」
そう思って行ってみたら
4人もの男性客が待っていた。

私は待つことにした。

その後も何人ものお客が訪れて来るが
4~5人の待ち人を見て引き返す。


この散髪屋には十年以上通っている。

ここ下町には高齢者が多い。
だから、この散髪屋のお客も高齢者が多い。
特に平日は。

一人のお客の散髪が終わった。
すると、
『お金持ってこなかったよ』
という信じられないことばが聞こえてきた。

しかし、もっと信じられないことばが
店主さんの口から自然とでてきた。

『いいわよ、今度、倍払ってくれれば』

このお店は常連客でいっぱいだ。


数か月前に置いていただくようお願いした
私の本が一番すみっこにあった。
私はそれを読むふりをしてから、
すぐに目立つ場所に置きなおした。

私の眼の前に座っていた一人の男性客が
順番が来てソファーから立ち上がった。

そして、その開いたスペースに、
隣で待っていたもう一人の男性客が
頭をおもむろに下ろしはじめた。

別に具合が悪くなったわけではないようだ。


私の順番がきた。

隣で髪を切ってもらっているお客が、
散髪が終わりかけたとき
『髪を染めてくれ』
と急につぶやきだした。

店主さんが
『なんで、もっと早く言ってくれなかったの』
と聞くと、
『だって、聞いてくれなかったでしょ』

『色は黒にします?』

『まっ黒っていうのもいやだな』

しかし、そのお客は結局、
はっきりと染めてもらいたい色をいわなかった。

それでも、店主さんは準備を始めた。


私の散髪が終わった。

聞くと4月以降も値段は据え置きらしい。
わけを店主さんにうかがうと

『年金が減るお年寄りから、
 これ以上とれないでしょ』

と小声で言った。


この散髪屋は、
今日も常連客でいっぱいである。



【Read More...】

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上野動物園で、
発情の兆候が見られたため
しばらく中止されていたパンダの展示が、
その兆候が見られなくなったため、
19日、二週間ぶりに再開された。

ある民放のニュース番組で、
現場のインタビュアーがわざわざ女子高生に
『今年はもう妊娠しないということですが…』
と質問していた。

案の定、その女子高生は、
うつむきかげんで、
『頑張ってほしいです。』
と一生懸命インタビューに応じていた。

大勢いたはずの見物客の中で、
そのインタビュアーは、
なんで、わざわざ彼女を選び
その質問をしたのか?


ちなみに、20日(木)は開園記念日で、
上野動物園の入園料がタダです。



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もう15年ほど前になるが、
夏に札幌に赴任したとき、
東京と違い、みんな道を譲りあうのを見て、
ちょっと、びっくりした。

冬になると、その理由が分かった。

雪が積もると、歩ける場所が狭くなるため、
歩行者がお互い道を譲りあわないと
進めないのである。

以上のお話しは、
拙著の本でも紹介させていただいた。


関東・東京でも、昨日、
記録的な大雪に見舞われた。

本日、東京では、
東京都知事選挙があり、
私も、先ほど、投票に行ってきたのだが、
道に積もった雪で、
非常に歩きにくかった。

私の個人的な経験からすると、
都心では、道を譲る人は少なく、
肩がぶつかっても平気なくらいの勢いなので、
ここ東京の下町でも、
積もった雪で通れる場所が狭くても、
みんな、譲り合ったりしないんだろうな、
と思っていた。


が、である。
みんな道を譲ってくれるのである。

しかも、人生経験がある方ほど、
お互いすれ違うときに、
頭を下げて挨拶してくれる。

勝手な偏見を抱いていた自分が
恥ずかしくなった。


投票所に入ると、
案の定、人が少ない。

高齢者ほど投票率が高いといわれているが、
(ただ、あまり高齢だと、身体的理由から、
逆に、投票率が低くなるともいわれている。)
その方たちが、
積雪での歩行は危険と判断し、
投票所に来るのを控えているからか…


が、投票所の出口のところで、
杖をついてやっと歩けるか歩けないか
それくらいの高齢者が、お一人で、
必死に前に進もうとしていた。

係りの職員の方が、
『本当に、大丈夫ですか?』
心配そうに高齢者の方に付き添っていたが、
まさか、自宅まで
ついていったとは思えないのだが…


危険を冒して、決死の覚悟で、
(本当にそんな感じでした)
投票しに来た高齢者の方も
いらっしゃるのだから、
若者にも是非、投票に来てもらいたい。

そう、思った光景だった。



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私は、学生時代、
上智大学陸上競技部に所属していた。

みんなお酒が大好きで、
卒業して四半世紀経った今でも、
何の名目がなくとも、年に数回集まる。

しかも、その度ごとに、
同輩・先輩・後輩とメンバーが微妙に異なる。


先日の飲み会には、現役部員まで参加していた。
もう、同輩らの子どもより若いのである。

今、部員は約70名もいるという。
高跳びを2M以上跳ぶ選手や
1500mを3分台で走る選手がいたり、
何か、すごいことになっている。

上智大学は、
神父さんの反対で(と聞いている)、
スポーツ推薦入学制をとっていないから、
なおさら、すごい。


私の同輩にも、中学・高校時代、
ジュニアオリンピックやインターハイに出場し、
上智大学在学時も、
関東インカレで入賞したやつとか、
全日本インカレの決勝まで進出したやつとか、
結構すごいやつらがいた。

先日の飲み会に参加していた私の同輩Aは、
『百獣の王・武井壮』ほどではないが、
現役時代、十種競技で、
関東インカレで入賞したすごいやつだ。

もう、二十年近く前になるが、
私がパリにあるOECD(経済協力開発機構)に
勤めていたとき、
休みを利用して日本に一時帰国をするという話をしたら、
Aは、わざわざ私のために
北海道の鮭を丸ごと一匹もってきれくれたらしい。

『らしい』というのは、
私が、結局、一時帰国しなかったからだ。
帰国しなかった理由は忘れてしまったが…

Aにすまないことをしたと思いつつ、
それから十五年ほど経っとき、
今度は、Aが南米に赴任することになった。

もちろん、壮行会が催された。
私は、鮭のことで、
どうしてもAに謝りたかったのだが、
その日は、出張で、大阪にいた。

だが、何とか夜の11時過ぎ東京駅に着き、
二次会(三次会?)の場所を聞こうと
同輩の携帯に連絡を入れたのだが、
『ば~』とか『うえ~』とか
『猪野~早く来~い』とか、
みんな酔っぱらっていて、
結局、場所が分からなかった。

だから、Aに会えずじまいだった。


そして、先日、ようやくAに会い、
二十年前の鮭のことと、
五年前の壮行会に参加できなかったこと、
これらを謝ることができた。

二十年近くつっかかっていたものが、
ようやく取れたような気がした。



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『受験頑張ってください。』

銀行で、受験料を払ったときに、
行員さんにかけられた言葉である。

もしかしたら、
頭に『お子さんの』が
省略されていたのかもしれないが、
何か、恥ずかしかった。

足切りされる可能性がかなり高いので、
17,000円も払って出願するのに、
かなり迷ったが、
出願しないと後悔しそうだったので、
出願することに決めた。

そのあと、郵便局に行って、
願書を書留速達で送ったのだが、
そのときも、
申込用紙に書いた私の名前を見た局員さんから、
『いつも、ありがとうございます。』
と言われ、
何か、恥ずかしかった。


そのあと、
狭い路地を歩いていると、
私の足元に豆が当たった。

そのとき初めて、
とある一軒家の前を歩いていたのに
気がついた。

女の子が、お母さんといっしょに、
玄関から外に向かって
豆をまいていたのである。

お母さんがしきりに、
私に向かって
『ごめんなさい、ごめんなさい』
と謝ってくれていた。

でも、
そのときの女の子のかけ声が
『福は内』
だったので、悪い気はしなかった。



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その日、彼は仕事が忙しかった。

ようやく帰宅できるとき、
終電はもうなくなっていた。

だから、
タクシーで帰るしかなかった。


彼が住んでいるのは、
閑静な住宅街。

タクシーの止まる音、
そして、
タクシーのドアが閉まる音が、
寝静まった街の中で
少しだけ響いた。


すると、少しだけ離れた豪邸から、
見たことはあるが
決して親しくはないご婦人が、
鬼の形相で飛び出してきた。

『うちの〇〇ちゃんは、
 アナウンサーをしていて、
 毎朝、テレビ番組に出ているの、
 あなたも知っているでしょ。
 〇〇ちゃんの大切な睡眠、
 邪魔しないでちょうだい。』


彼は、唖然とするしかなかった。

なぜなら、
テレビ局に向かう
〇〇ちゃんを待つ一台のハイヤーが、
毎朝4時に出すエンジン音、
彼は、その音で
いつも睡眠を邪魔されていたからである。



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昨日と一昨日、
”最後のゆとり世代”に混じって、
センター試験を受験してきた。

受験した理由やその結果は、
後日お伝えするとして、
今日は、
受験した際に感じたことを述べたい。


試験室に入ると、
周りは子どもばかり。

当然だが。

私は完全に浮いていた。
試験監督も入れて、私が室内で一番年上。


それはともかく、
改めて気がついたのは、
みんな遅刻しないこと。

遅刻は、ニュースになるくらい
例外的なことである。
しかも理由は交通機関の乱れなど
不可抗力によるもの。


なのに、普段、
私的な待ち合わせでは、
寝坊したり、身支度に時間がかかったりで、
約束の時間に遅れることは、
よくある。

利害関係がないからである。

きつい言い方をすると、
遅刻をしても
自分が損することはないからである。

言い方を変えると、
まさに利害関係がないからである。
つまり、
待ち合わせた者どうし、
遅れても許す許される、
甘え甘えられる関係があるからである。

それでも限度というものはあるが。


私の場合、
待たされることのほうが多い。
あまり待たされると、
時間を無駄使いして損した気分になってしまう。

気のせいか、
携帯電話が普及して、
世間が
約束の時間というものに
だんだんルーズになってきたような気がする。


この前受験したときは、
携帯電話はまだそんな普及していなかったが、
試験時間に遅刻する人はほとんどいない、
この点は変わっていなかった。



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これから述べる二つのお話しは、
最近、テレビ番組で紹介されていたものである。


まずは、正月特番で紹介されていたお話し。

一昨年に亡くなられた将棋の米長名人。
ご自身がスランプに陥ったとき、
自分に何が足りないのかを知るため、
あえて若手に聞いてみることにしたらしい。

しかし、名人に面と向かって
欠点を指摘できる若手はそういない。

そこで、名人は、
若手にお酒を飲ませ酔わせてまで、
言わせしめたというから、
驚きである。

中には
『名人は、自分の愚かさに気づいていません。』
と、説教した若手もいたとか。

その甲斐あってか、
米長名人はスランプを脱し、
さらに実力をつけ、最強になっていったらしい。


もう一つのお話しは、お昼の番組で、
先日、紅白を引退された
サブちゃんこと北島三郎さん
ご本人がおっしゃっていたこと。

サブちゃんも、
若手から学ぼうという姿勢を常に持ち、
それだけにとどまらず、
素人から学ぶこともあったという。

実際、カラオケで、
ある素人さんがサブちゃんの歌を唄っているのを聞いて、
『こんな歌い方もあるのか、いいなあ~』
と感心して、以降、
その歌い方をまねて唄うようにしたこともあったらしい。


ずっと昔に、
あるロシアのバレリーナで、
既に一流といわれていたのだが、
格下とされる他のバレリーナの長所も素直に認め、
心底『すごい』と思い、
それを取り入れていったからこそ、
超一流になれた、
という話も聞いたことがある。


米長名人しても、
北島三郎さんにしても、
ロシアのバレリーナにしても、
ここまで来たら、
『悟り』の境地といってもいい。

私も含め、凡人なら、
つまらないプライドが邪魔してできない。


ひるがえって、
私が役人をしていたとき、周りには、
特にキャリアといわれる人や弁護士出身者らに、
米長名人やサブちゃん、バレリーナとは、
まったく正反対の人が多かった。

彼ら彼女らは、
常に自分のほうが優れていると信じて疑わず、
他人が言うことには耳をかさないどころか、
むきになって否定しにかかる。


どちらのタイプが進歩できるか、
結果はおのずと知れている。

しかし、
謙虚さを持つことは難しい。

だからこそ、
謙虚さを身につけることができた人だけが、
超一流になれるのかもしれない。



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この前のブログは、
「独り」というセンチな言葉でしめくくってしまったが、
私は、本当に「独り」なのだろうか?

拙著の本のことで恐縮だが、
発売開始当初の2~3か月間は、
友人・知人らに案内のハガキを数百枚出したり、
メールを送ったり、
チラシを配ったりしていたので、
月に100冊以上売れていた。

さすがに、最近はそこまで売れていないが、
本を宣伝してくれている友人らがいるおかげで、
発売開始から半年経った今でも、
一定数売れている。

持つべきは友である。

もちろん、
自分でも広告宣伝活動は続けているが、
その活動自体も、
いろいろな人にお世話になって初めてできている。

本のことだけではない。
物資面、精神面、いろいろなことで、
いろんな方々から支えられているからこそ、
今の私がある。

ここまで育ててくれた両親然り。


一方、私自身はどうか?

私の友人・知人の中には、
私と同世代の人が多いためか、
健康のこととか家族のこと、
そして、生活していく上で、
悩んでおられる方々がいる。

しかし、私は、
そうした方々に、
ほとんど何もできていない。


この前のブログを読み返していて、
自分は、決して「独り」ではないということ、
同時に、
自分が友人らを『独り』にさせていないか、
反省をしてみた次第である。



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幼なじみの従妹夫婦らは、
大型のショッピングセンターに入ると、
次々と、お子さんの同級生のご家族と会い、
せわしなく新年のあいさつをしていた。

丁寧に、しかし説明しづらそうに、
『親せきの友達です。』
と、私のことまで紹介してくれた。

そして、
おそらくは親せきと勘違いしているご家族らも、
丁寧に、私にも新年のあいさつをしてくれた。


レジに行くと、セルフレジなるものがあった。
私が知る範囲では、通常、お店の人が
商品のバーコードを読取り機にかけるところ、
ここでは、お客さん自身がやる。
たしかに、慣れれば、このほうが速そうだし、
人件費もうきそうだ。


レジを通過すると、旦那さんが、
目の前に並ぶ数多くの大小様々なダンボール箱から
適当なものを一つ選んでとってきた。

何をしているのかと見ていたが、
その箱に購入した大量の商品を入れるのである。
私はレジ袋しか知らなかったのだが、
たしかに、大量に商品を購入した場合、
袋を使っていては運べない。


こうしたショッピング風景は、
東京はおろか、大阪、大宮、札幌でも
見たことはなかったが、
買い物をするのに車で行かざるを得ない地域では、
当たり前のことなのかもしれない。


家に戻ると、
今日合流した“おばちん”に、
“あんかけパスタ”
なる初めて耳にする名古屋名物を作っていただき、
ご馳走になった。

ちょうど食べ終わったころ、
いよいよ東京に出発する時間となった。


みんなが、
最寄り駅まで私といっしょに来てくれた。

すると、突然、
“おばちん”と子どもらが
かけっこを始めた。

3人が5~6mくらい走ったところで、
「今からでも抜かせるかな」
と、思い、
私も急きょ、そのかけっこに参加した。

簡単に抜かせるかと思ったが、
50m8秒台の上の男の子を追い抜くには、
全力疾走する必要があった。


下の女の子が、
『たかし先生、はや~い』
とほめてくれた。

どうやら、旦那さんのほうが、
私のことを時おり、半分からかって
“たかし先生”
と呼んでいたのを聞いていたみたいだ。

でも、女の子のほうは、きっと、
学校の先生と勘違いしていることだろう。


そして、また、
子どもらがリベンジをするべく、
再び、私とかけっこをした。

また、私が勝った。
これで昨晩の将棋のお返しができた。


いよいよお別れのとき。
本当につらかった…

家族を持つことの幸せを、
疑似とはいえ、初めて実感できたからだ。


そして、みんなに手を振って、
電車に乗り込むと、
独り身である現実世界に戻った。



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到着したその日の夜、
すき焼きをご馳走していただいた。
20年ぶりのすき焼きである。

そして、ひとっ風呂浴びて部屋に戻ると、
到着した時あれだけなついていたはずの
飼い犬に吠えられた。

どうやら、私が風呂を浴びている間に、
私の存在を忘れてしまい、
家の中で私が突如現れたかっこうになったので、
不審者と思ったらしい。

その後、3~4年ぶりの年越しそばまでいただき、
夜中の12時に近づくと、
除夜の鐘をつくべく、
幼なじみの従妹のご家族と
私の存在を思い出した犬とで、
近くのお寺に行った。

お寺に着いて、
生まれて初めて除夜の鐘をつくと、
先着108名様にプレゼントされるという
お守りをいただいた。

こんなんで、
本当に御利益があるのか…


年が明けると同時に、
タイミングよく、
たき火の中の薪が割れる音が
“パチン”
と大きく鳴った。


元旦の日の朝は、10年以上ぶりに
一家だんらんに混じって、
おせちやお雑煮といったお正月料理をいただき、
そして、お子さんの小学校の宿題にまで混じって、
35年以上ぶりの書き初めに私も挑戦した。

自分が選んで書いた文字は、
なぜか“誠”

私が選挙に当選したら、
部屋に飾ってくれるという。


お昼を過ぎて、今度は、
20年以上ぶりにバッティングセンターに行った。

玄人と思われる人たちが、
元旦から、プリペイドカードで
快音を何発も鳴らしていた。

その後、やはり20年以上ぶりの
ピンポン、ビリヤード、UFOキャッチャー
等々に興じ、
家に戻ってからは、
上の男の子と35年以上ぶりに将棋をさした。

私の二連敗である。


翌朝、また犬に吠えられた後、
お世話になっている従妹さんの
お姉さんも合流して、
みんなで滋賀県の温泉に。
滋賀県上陸は生まれて初めてだ。

二人のお子さんは、このお姉さんに、
“おばちん、おばちん”
と言って、
かなりなついているようだ。

実の母親である妹さんのほうが
少しだけやきもちを焼いているようだった。

下の女の子が、
『シカが欲しい』とか、
『ヤクルトの工場に行きたい』とか、
ちょっと変わったおねだりをする。


そして、二日目にしてさっそく
おせちに飽きた子どもたちのために、
その日の夕食の食材を購入すべく、
ある大型のショッピングセンターに入った。

そこで、私は、また
東京では見ることがなかった光景にでくわした。



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昨年の大みそか、
幼なじみの親戚のご自宅へ一人で伺うべく、
新幹線に乗って名古屋駅を降り、
在来線に乗り換えた。

その電車に乗ると、
東京とは違う光景にでくわした。

座席がかなり空いているのに、
座っている人と同じくらい、
乗客が立っているのである。

東京の車内だったら、
立っている乗客がいるということは、
満席であることを意味する。
つまり、立っている人は、
席にすわれなかったから立っているのである。

もちろん、降りる駅が近いから、
あえて立っているという人もいる。

だらか、私も、
その在来線に乗ったとき、
「次の駅で降りる人がやけに多いな。」
と、思ったほどだ。

しかし、二駅、三駅と過ぎても、
もちろん降りる人もいるが、
多くの人がずっと立っている。

座っている乗客も、
乗ってきた乗客が席に近づくと、
座りやすいように、少し横にずれる。

この当たり前の光景、
東京の車内ではめったに見たことがない。

座っているほとんどの人が知らんぷりをし、
座ろうとする人が一声かけたり、
ペコリと頭を下げて初めて、横にずれる。

時には、
座っている人が最後まで知らんぷりを貫き、
座るスペースが狭くて
座るのをあきらめる乗客もいる。

これが、少なくとも、
45年以上東京で暮らしてきた私の印象だ。


札幌に赴任していたとき、
歩道を歩くほとんどの通行人が
お互い道を譲りあうという、
当然ではあるが、
東京ではめったにみない光景にでくわしたことを
ふと思い出した。


ある駅に降りると、
そこには、わたしが三日間お世話になる
幼なじみの従妹夫婦が、
飼い犬とともに迎えにきてくれていた。
犬が早速、私になついてきた。

犬以外は、三ヶ月ぶりの再会である。

そして、数分後、
やはり三ヶ月前に会った
小学生のお子さん二人も表れた。

『こんにちは』

「こんにちは、お世話になりますね。」



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みなさんは、年末年始を
どのように過ごされますか。

私は、名古屋のほうで過ごします。

なぜ名古屋かというと、
9月29日・30日のグログで、
私の幼なじみの親戚で、
名古屋近郊在住の美人姉妹と
そのご家族が東京に来て、
いっしょに浅草めぐりをしたことを紹介しましたが、
今度は、私が、年末年始に
その幼なじみの親戚のご自宅へ
25年以上ぶりにうかがうことになったからです。

しかも、私の幼なじみは、
『俺は忙しいから、たかし一人で行ってこいよ』
ということで、
私一人で行くことになりました。

また、あの自称エビアレルギーで、
料理人を目指す小学生のお子さんらと
遊べます。
本当に楽しみです。

他人の親戚のご自宅へ、
しかも一人でおじゃまするというのも
考えものですが、
一人でマクドで過ごす正月も、正直、寂しく、
(その詳細は、拙著の本をご覧ください)
家族のぬくもりも味わいたかったので、
おじゃますることに決めた
という次第です。

みなさんも、
良いお年をお迎えください。


この一年間、
この文字だらけのブログをご覧くださり、
誠にありがとうございました。

来年も、もしよろしければ、
引き続きご覧くださいませ。



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『お父さんといっしょにパン取るの。』

10月20日付のブログで、
フランスパンやクロワッサンの
おいしいパン屋が近所にあること、
そして、そこには、
子ども用のトングがあることを
紹介した。

そして、先日、そのパン屋で、
子どもが、実際、
その小さなトングを使っている
そんな光景に出くわした。

この前は、気がつかなかったのだが、
実は、このパン屋、
トングだけではく、
子どもがパンを入れるための
専用のカゴも置いてあった。
おそらく、
百円ショップで購入したものだ。

たしかに、子どもが
パンを平らなトレイに乗せるのは危険だ。

私も5~6歳の頃、とあるパン屋で、
いったんトレイに乗せたパンを落としてしまい、
そっと元に戻しておいたという記憶がある。
(本当にすみませんでした!)


だから、
子ども用のトングやカゴが置いてある
このパン屋のパンは美味しいのだろう。

つまり、
まごころのあるお店が作るものは
美味しいということ。

私は、もう一つ、
東京から遠く離れた四国の地に、
おいしいパン屋があるのを知っている。

その作り手にお会いしたことはないのだが、
そこのパンを食べてみて、
作り手のまごころが込められているのが
すぐに分かった。

パンだけではない。
やはり9月4日付のブログでも紹介した、
私がお世話になっている方のご家族が栽培された
野菜などの食べ物、
さらに、食べ物に限らず、
芸術・芸能、スポーツ、仕事など何でも、
心がこもったものは、すごい。

たとえ、
外見や数字だけがすごくても、
心がこもっていないものには
時間が経てば化けの皮がはがれるのである。


今の政治は信用・信頼できない、
と言われることがある。

理屈をこねる政治家は多いが、
まごころをもった政治家が少ない。
だからではないだろうか。



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以下は、マクドでの奥様どうしの会話。

『うちの長男が、
“ねー、サンタってお父さんでしょう。”
 って突然言うから、
“○○(弟)には内緒よ。”
 って言ったんだけど、
 ○○にばらしちゃったのよ。

そしたら、○○がお父さんに、
“サンタはパパなの?”
 って聞くから、お父さんは、
“パパはサンタにお手紙を書いただけだよ。”
 って必死になってるのよ。』


みなさんは、
いくつまでサンタを信じていましたか?

お子さんには、
なるべく長く信じてもらいたいですか?

私は、小学校1年生のときに、
父親に“だまされて”
イブの夜空に向かって
欲しかったプレゼントを大声で
サンタにお願いした記憶がありますが、
サンタの正体を知った瞬間が
思い出せません。



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年賀状は、
書くのに時間と費用がかかり、
面倒ではある。

しかし、みんなの近況、
特にご家族のことが分かって
助かる。

さすがに、知人が百人を超えると、
正直、すべて家族構成まで
覚えていることができない。

毎年、年賀状を見るたびに、
知人のようすや
お子さんの成長ぶりも確認できる


また、各々の方の関心事も分かって
おもしろい。

ご自身の近況について一言書く方、
ご家族の近況について一言書く方、
私のことについて一言書いてくれる方、
何も書かない方等々

自分自身も振り返ってみると、
今、こんな仕事をしています
といった内容を
一言だけ書くことが多かったが、
無職になった今、何を書こうか。


年賀状が来なくなった方もいる。

年賀状自体を止めてしまう方、
引越しなどで住所が分からなくなり、
来なくなる方もいる。

でも、年賀状をくださる方については、
少なくとも年に二回は、
(年初に受け取るときと、
 年末に年賀状を書くとき)
思いをはせることができる。

だから、年賀状は、
面倒でも続けようと思う。



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”結いの党”

真ん中のひらがな二文字が
私としては、
どうしても目立つ。

私の党みたい。


それにしても、
”みんなの党”を離党した議員は、
この前も申し上げたように、
江田代表を除いて比例代表である。

だから、彼らが国会議員を辞めれば、
”みんなの党”の比例で次点だった方々が
繰上げ当選するので、
”みんなの党”は議席を減らさずにすむ。

例えば、
東国原氏は議員辞職したので、
”維新の会”は繰上げ当選者が出て、
議席を減らさずにすんだ。


離党者が議員辞職しない理由として、
江田代表は
『離党ではなく、分党だ。』
といっていたが、
元官僚ならではの屁理屈ともいえよう。

ちょっと、”みんなの党”が
可哀そうな気もする。


ちなみに、脱官僚を唱える
”結いの党”は、
江田代表だけでなく、
小野幹事長も元官僚だ。



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