2013.03.31(Sun):2013 都議選・参院選
昨日30日、大阪市内で、
日本維新の会の第一回党大会が開かれ、
そこで、次期参院選の第一次公認候補者が発表された。

実は、私も公募に応募していたのだが
そこに、私の名前はない。
自分自身は、前々から承知はしていたが…

私は、東京選挙区を第一希望、
比例を第二希望としていた。

第一次公認候補者の中には、
先の衆院選で、私と同様、
東京の小選挙区から立候補した方も数名いらっしゃるが、
みなさん、私より得票数が少ない。
しかも、うち二人は、得票数も得票率もかなり低い。
(ただし、ほかの一人は、得票率が私より1%ほど高い。)

ただ、肩書きとかを見ると、大人の事情が透けて見える。

私も、公認されるべく、できるだけのことはしてきた。
このブログの立ち上げも、その一環ではあったのだが、
その他のことについても、後日、紹介はさせていただきたい。

この後、公認されるかどうか分からない。
しかし、衆院選のときと同様、
いろいろと働きかけてみて、
もう少し、頑張ってみようと思う。

ただ、媚びるようなことはしない。


みなさんには、お忙しいところ、
このブログをご覧いただいております。
この場をお借りして、お礼申し上げます。
本当に、ありがとうございます。

せっかく、みなんさんにご覧いただいているので、
みなさんの貴重なお時間を無駄にしないためにも、
アクセス数とかもアピールの材料とさせていただきたいと思います。




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新聞の読み方 | 日記
2013.03.30(Sat):憲法・法律問題
司法試験の年間の合格者数を3千人にする
という政府の目標が撤回されるらしい。

そもそも、この目標は、
社会が多様化・グローバル化する現在、
社会人や理系出身者など多様な人材の確保、
法曹人口の少ない過疎地域の解消、
こうした司法制度改革の必要があって打ち出されたものである。

ただ、こうした一連の改革は、
訴訟が身近な社会を前提としていたはずである。

実際、弁護士会も、
訴訟にも医療と同様の保険制度の導入を図るなど、
政治への働きかけを以前にも増して強めてはいる。

しかし、医療との決定的な違いは、
人間、必ず、けがをしたり、病気になるが、
訴訟にかかわることは、めったにないというところである。

訴えるにしても、数十万円はかかるし、
そもそも弁護士に相談するだけで、最低、数千円はかかる。
今は、法テラスといった
無料相談ができるところもあるにはあるが。


だから、金銭的にも、慣習的にも、
庶民が気軽に訴えを起こすことができる世の中、
そんな世知辛い世の中にしない限り、
合格者数を増やす意味はない。




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おもろい話やで | 日記
この前の27日に仮釈放されたホリエモン、
獄中にいるときでも、
一つの記事につき840円でメルマガを発行していたらしい。
しかも、一万人もの読者がいたという。

これだけで、最低840万円の収入。
本当にチャッカリしている。

私のブログでそれをしたら、
誰ひとりとして見てくれなくなる。
そもそも、私のブログを見てくださっている方は、
千人もいないはず。

記事のおもしろさの違い
というのもあるのかもしれないが、
有名人というのは、得だ。

有名ということで、失うものも多いのだろうが…



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新聞の読み方 | 日記
一昨日のブログにおいて、
あるテレビ番組で、
都市圏とは逆に、過疎化が原因で児童が足りず、
保育所のほうが存亡の危機に立たされている地方も多いという
”待機保育所”の問題が紹介されていた、
と述べた。

その番組の中では、
児童が集団生活を学ぶためには、
やはり身近なところでの保育所の存在は不可欠である、
というご意見があった。

それはそれで、その通りなのだが、
このご意見は、保育士の方がしっかりされているということが前提になる。
そこは、その番組でも問題視していなかった。
その番組に出演されていた保育士の方々が、
みなさん立派な方々だったからだとは思うが。


保育所ではなく、幼稚園のほうの話になってしまうが、
私は、いわゆる年少組のとき、東京の三鷹市に住んでいたのだが、
年長組のときに、東京の江東区のほうに引っ越してきた。

私は、もともとの内気な性格も手伝って、
新しい幼稚園では、周りの友達と打ちとけることができなかった。
大きなコンクリート製のすべり台の上で、一人、ちょこんと座って、
先生やみんなの姿を遠巻きに見ていた記憶が今でも鮮明に残っている。

つまり、そのときの先生は、
その遠く離れたところで、他の園児たちを相手にしていて、
私のことは、ほったらかしだったのである。

自分で何とかしなさい、という意図だったのかもしれないが、
それは園児にとっては酷である。

そこは百歩譲っても、園児一人一人の性格を把握した上で、
それぞれ異なる対応をするというのが、
本来の先生の姿ではないだろうか。

また当時も、いじめっ子とういうのが、やはりいて、
運動会の練習のとき、楽器を演奏しながらの行進で、
私は、後ろにいたその子から、終始つつかれていた。
その後、幼稚園に戻ると、その先生は、
その子と同時に、というか、むしろ私のほうを ”怒る”。
”叱った”のではない。
(1/11付のブログご参照。)

学芸会の稽古でも、
舞台上でその子から何度も足をひっかけられ、
何度も転ぶも、その先生は全くの知らんぷり。

こんな状態では、集団生活を学ぶどころではない。
私はますます内気な性格を強め、
そのいじめっ子は、ますます横暴になるだけである。


現在でも、保育士のミスが原因で、亡くなる児童がいる。

保育士の方々もさまざまな試験を通って資格を取得されているのだろうから、
児童を預かるというだけではなく、
是非、育てるということもしていただきたい。

そうすれば、小学生や中学生の段階で、
いじめっ子という存在が、グーンと減るような気もする。


と、子どものいない私も考えさせられた番組であった。




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新聞の読み方 | 日記
2013.03.27(Wed):憲法・法律問題
一昨日の広島高裁や昨日の同岡山支部の衆院選無効判決、
この結論自体に疑問があるというのではなく、
その判決に関連して、以下のような疑問がわいてきたということ。

まず、国が上告して、最高裁判所でも無効判決が出された場合も、
無効となるのは、各地の高等裁判所で訴訟の対象となった選挙区だけ。

しかし、一票の最大格差2.43というのは、
そもそも千葉4区と高知3区との格差。
実は、この問題の選挙区、
各地の高等裁判所の訴訟の対象とはなっていない。

しかも、一昨日と昨日の無効判決の対象となった
広島1区と同2区、そして岡山2区の格差は、
どれも2倍未満。

問題の根源となっている選挙区の選挙は無効とならず、
訴訟の対象となっている選挙区が、格差がそんなにないのに、
無効となるのは、どういうこと?

この答えは、過去の最高裁判決にある。

1976年の最高裁大法廷判決は、
”定数配分は、相互に有機的に関連し、
 不可分一体をなすと考えられるから、配分規定は、
 単に憲法に違反する不平等を招来している部分のみでなく
 全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解すべきである。”
という旨を示している。

でも、この理屈なら、訴訟対象となった選挙区だけではなく、
全国すべての選挙区の選挙を無効とするのが筋だと思う。
訴訟の対象となっていない以上、仕方ないのかもしれないが…

この点からすると、みんなの党の渡辺代表が要求している
解散総選挙というのが一番しっくりくる。
ご本人が、以上のことまで意識されているかは分からないが。


次の疑問は、選挙が無効となった場合、
それまで国会を通った法律や予算などは、どうなるのか?

この問題ついては、定説がないらしい。

ただ、この答えは、従来の最高裁が無効判決ではなく、
事情判決を出してきたことにあると思う。

事情判決というのは、行政事件訴訟法31条を援用した、
公の利益に著しい障害を生ずるのを避けるためになされる判決である。

もし、法律や予算などに何ら影響がなく、
選挙のやり直しということだけであれば、
補選や総選挙の場合と変わらない。

公の利益に著しい障害という以上は、やはり、
法律や予算などもチャラになってしまうことなんだと思う。
だから、3/7付のブログでも、そのようなことを書いた。


更なる疑問は、裁判所は、
”司法に対する軽視”と、上から目線で
国会の怠まんを偉そうに糾弾しているけど、
最高裁自身も、1995年以降、三回にもわたって、
最大格差が3倍未満の場合、合憲という判決をだしてきた。

それが、2011年になって、一人別枠方式という特殊性はあるにせよ、
いきなり格差が2.3倍でも違憲状態だと断じている。
これは、裁判所にも、
自身の判断を棚に上げておいて、責任があるんじゃねー?
というものである。

この点については、実は、2011年の最高裁判決も詫びていて、
(もちろん、明確に詫びているわけではなく、
 実際は ”考慮”という言葉を使っている。)
だからこそ、国会に区割規定是正のための猶予期間を与え、
2009年の総選挙を ”違憲”とせず、”違憲状態”としたのである。


最後の疑問が、一昨日の広島高裁のほうにあった将来効判決の意味。
これは、区割りの是正のために与えられた猶予期間といわれているが、
区割りの是正がなされたとしても、
今年の11月26日が経過しさえすれば無効となるのかがよく分からない。
判決文を素直に読めば、そのようにも読める。

ただ、被告たる国の反論は、
区割りの是正がなされれば無効は回避されることを前提になされており、
これを前提に論説している新聞もある。

しかし、広島高等裁判所も、
そうした反論は、憲法の予定しているところではないとしていること、
そして、区割りの是正を条件に無効が回避されるのであれば、
無効判決のインパクトが軽減されてしまうことを考えれば、
判決文を素直に読んだとおりに、
つまり、是正の有無にかかわらず、
今年の11月26日を経過しさえすれば選挙は無効
と解するのが自然か。


なお、”0増5減”では
立法的措置としては不十分とする判決もあるようだが、
これは立法権の侵害、つまり三権分立に反すると思う。

なぜなら、まず、投票価値の平等の要請からすると、
格差がまったくないのが理想だが、
行政区画や面積、交通事情や地理的状況といった
非人口的要素を考慮できることは、
憲法47条も、最高裁大法廷判決も認めており、
一人二票とならないところまで、
つまり2倍未満の格差までなら認められていると
解されているからである。

そして、”0増5減”なら、
この基準をクリアしているからである。
これで十分かどうかは、
裁判所ではなく、国会が決めること。


自分が立候補した選挙区は、
今回の訴訟の対象とはなっていないものの、
問題となっている衆院選に立候補した身としては、
やはり、今後の最高裁の判決が非常に気になるところである。



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新聞の読み方 | 日記
東京の杉並区や足立区などで、
小さなお子さんをもつお母様で、
認可保育所の選考に漏れてしまった方々が、
区に対して集団で異議申立てを行ったりするなど
待機児童の問題が深刻化している。
この問題は、3/5付のブログでも触れた。

そして、昨日25日、さいたま市でも
同様の異議申立てがあった。

ニュース番組で紹介されるまで知らなかったのだが、
選考は点数によってなされているらしい。

だから、お母様方は、少しでも点数を上げようと、
育児休暇を取るのを止めて職場復帰し、
高いお金を払ってお子さんを認定外保育所に預けたり、
親と同居していたのを、無理に別居状態を作り上げるため、
不必要に引っ越しをしたり、涙ぐましい努力をしているということ。

かたや、そうした点数による選考を知らず、
何もしなかったお母様方が選考に漏れる。

点数による選考は、公平なようだが、
応募者の生活スタイルを変えたり、
点数化を知っている人とそうでない人との間に不公平も生む。

抽選のほうが、よほど公平だと思う。

多分、点数の内容とかは、
実態を知らない役人が、机上で考えている気がする。


介護保険でも、同居者がいる場合は、
掃除や洗濯などの家事が対象外になったり、
週末は、原則、サービスを受けられなくなることなども、
人間を機械的にとらえているからこそ。
(1/26付のブログご参照。)

介護の実態を知っている人なら、
家事こそヘルパーさんにやっていただきたいということや、
週末くらいは自分も休まないと精神的にまいってしまうということが
分かるはず。


さて、先日、あるテレビ番組で、
都市圏とは逆に、過疎化が原因で児童が足りず、
保育所のほうが存亡の危機に立たされている地方も多いという
”待機保育所”の問題が紹介されていた。

長くなりそうなので、そのお話は、また後日。



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おもろい話やで | 日記
地下鉄でも、携帯が使えるようになるらしいが、
そうなると、車内で携帯で話す乗客が増えるとも危惧されている。

たしかに、今までは、地下鉄だと、
マナーを気にせず、しゃべり続けようとする客も、
駅を出発して間もなく、
途中でつながらなくなって、あきらめる姿を見て、
しめしめと思うことは、しばしばあった。

が、そもそも、車内でのおしゃべりは許されているのに、
なんで、携帯で話すのはいけないんだろう?
たしかに、携帯だと大声になりやすい、ということはあるけれど、
普通の音量でも、おしゃべりはOKだが、携帯だと許されない。


電車の中で一番守られていないマナーが、
優先席付近で電源オフにすること。
こちらのマナーのほうは、心臓ペースメーカーとの関係で
理屈がとおっている。

優先席付近でメールとかゲームをしている乗客は、
あまりにも多い。
その姿があまりに自然で、
マナー違反だと気がつかないことも多いくらいである。
注意する勇気がないというのもあるけれど、
注意したとしても、きりがない。

その他、音漏れ、足の投げ出し、リックの背負い、化粧等々
マナー違反を注意するポスターもよく見かける。
しかし、それでも、そうしたマナー違反が減らないのは、
そもそもマナーを守らない人は、
そういうポスターを気にしていないからだと思う。

また、人によってマナー違反と感じるか、感じないか、
グレーな行為もある。

その一つが、車内での飲食。
これも、ボックス型のシートだと許されるが、
通勤型のシートになると、許さないという人もでてくる。
ラッシュ時はアウトだが、
そうでなければ、気にしないという人もいる。

私も気にしないほうなので、
高校生のとき、あまりにお腹が減ったので、
車内でパンを食べようとしたが、
周りの友達に注意され、やめた覚えがある。
もちろん、ラッシュ時ではない。


あと、個人的に今一つ腑に落ちないのが、
発車間際の駆け込み乗車。

車内放送で、
”発車の遅れの原因となるので、
 駆け込み乗車は止めてください。”
と、よく聞くが、逆だと思う。

最近は、地下鉄だと、
発車のチャイムが鳴らないので、
出発すると気がついて、反射的にあわてて駆け込むお客も多い。

そして、お客がドアに挟まれても、
車掌は、なかなか開けようとしない。
だから、発車が余計に遅れる。

これが大阪だと、
お客が駆け込み乗車をしようとしても、
ドアを開けて待っていてくれる。
だから、すぐに発車できる。

私は、大阪には、5か月足らずしか住んだことはないけれど、
駆け込み乗車を注意する車内放送を聞いたことがない。

東京で、特に納得できないのが、
若い女性が駆け込み乗車をしようとするときは、
ドアを開けて待ってくれること。
挟まれても、すぐに開けてくれる。
こうした光景を5~6回ほど見たことがある。

一方、それ以外のお客の場合は、容赦なく閉められる。
待ってくれたり、挟まれてもすぐに開けてくれる光景を、
私は、見たことがない。
少なくとも記憶にない。
だから、おそらく偶然ではない。

一番、信じられなかったのが、
私の前にいたおばあちゃんが電車に乗ろうとしているのに、
ドアが閉まりかけたこと。

”骨がグシャグシャになる!”

本気で、そう思って、
後ろからあわてて両手を伸ばして、
閉まろうとするドアを支えたことがあった。


おしゃべり、携帯の会話、音漏れ、足の投げ出し、
化粧、飲食、駆け込み乗車等々、
人によって、程度の差はあれ、感じ方が違う。
だから、”マナー”違反はなくならないし、
イライラもなくならない。



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おもろい話やで | 日記
育児休暇取得、プラス評価に=消費者庁の人事制度改正―森担当相


先月28日付のブログと今月2日付のブログでも
お伝えしたが、
弁護士に依頼せず、本人訴訟を起こした。
お金がもったいないので。

最近、ブログをご覧になったばかりの方は、
何のことやら、
と思われるかもしれない。

要は、公務員だったときの人事異動で、
事実上、降格扱いされたことに対し、
国家賠償請求などをしたということである。

お時間のある方は、是非、
2/28日付のブログをご覧になっていただきたい。

父の介護を理由に、十年間、
在京勤務というわがままを人事にお願いしていたところ、
一昨年末に父が亡くなった。

そして、その後の人事異動のときに、
自分が12年前に経験したポストより事実上下位のポスト、
14年後輩より事実上下位のポストにされたのだが、
それは、わがままなお願いの代償としては、
あまりにも酷すぎるんじゃない?
ということである。

介護を理由に休職をしたことはなく、
トラブルを起こしたわけでもなく、むしろ、
質・量とも周りの職員より勝る仕事をしてきた
(この部分については、客観的資料に基づいて示している)
のに、である。

だから、介護や育児で苦労されている職員を不当に差別してほしくない、
という想いでも、訴えを起こした。

といった状況下、冒頭にあるように、
それより進んだことが政府内でも検討されているというニュースがあった。
少子化対策ということであろうが、本当は、
育児休暇だけではなく、介護休暇もプラス評価してほしい。


そして、先日、東京地方裁判所の書記官の方から連絡がきた。

第一回公判期日が、
4月18日(木)の午前11時から開かれるということである。

私のような素人が、どこまで国という組織と闘えるのか、
不安なところもあるが、ちょっとだけ楽しみではある。


あと、ここからは、若干、専門的なことになるのだが、
この書記官の方から、
訴えの一部を取り下げるよう、示唆もされた。

どういうことかというと、私は、
自分を事実上降格扱いした処分について、
訴える前に、法律にしたがって、
人事院に審査請求をしていた。

が、人事院は、何ら調査とか面接などもせず、却下裁決を下した。
しかも、12月の衆院選投票日の翌日、
落選してへこんでいるときにである。

最後の部分は冗談として、
だから、私は、自分を事実上降格扱いした処分のみならず、
人事院の却下裁決も取り消すよう、
国家賠償請求の他に、請求していた。

が、連絡をくださった書記官の方によると、
上二つは、訴える意味がないという。

つまり、退職したのだから、
今さら、問題となっている人事異動を取り消したところで、
何にもならない、ということであった。

実は、そこは、自分でも、訴える前に承知していたので、
退職をしていても、人格的利益を回復させるために意味がある、
という旨を訴状にも書いておいた。

しかし、きっとそれは、いわゆる自己満足の世界であって、
法的な利益ではないということ、そして、そこは、
国家賠償請求の中でも処理されるということなのであろう。

結局、私は、国家賠償請求以外の二つの請求を取り下げた。
それは、今述べた推測の他に、以下のような理由による。

すなわち、書記官の方からの連絡ではあるが、
それは、事実上、裁判官の方の判断である。

だから、この二つの請求については、
取り下げずに頑張ったところで、
間違いなく、私が訴状に書いた主張は通らない。

  ひょっとしたら、主張が通るかもしれないから、
  一応、取り下げずに、そのままにしておいたら?

私も、そう考えたのだが、取り下げないと、
21,000円もかかるらしい。

つまり、一つの行政処分を取り消すのに、
10,500円かかるというのである。

ほぼ主張が通らないことが分かっているのに、
無駄遣いはできない。

したがって、10万円の国家賠償請求だけをしたことになるので、
訴えにかかる費用は、1,000円ですむ。

この点、3月2日付のブログで、誤解した書き方をしてしまった。

つまり、賠償請求額をいくらにするのかは、裁判官の判断による、
みたいなことを書いてしまったが、
そうした請求額は、あくまで本人が決めることである。

ただ、訴えるのに、いくら費用がかかるのかという点については、
規則にしたがって裁判所が判断するということであった。


国税庁の人事体制も、人事異動で、
昨年の7月に、私を処分したときとはガラリと変わっている。
だから、今の体制にある方には、本当は迷惑をかけたくない。
しかし、結果的には、ただでさえ年度末でくそ忙しいときに
迷惑をかけることになってしまう。

だから、せめてもの気持ちとして、
事前に以下にあるような文書を国税庁のほうに送っておいた。

直接お会いしようともしたが、
忙しいので文書で渡してもらえるとありがたい、
みたいなことを言われた。

言葉の調子から、
私が訴えを起こした事実は、本当に知らないようだった。
この時点で、私の訴状は、
被告たる国にまだ送られていなかったからだ。

それでは、最後に、
私が、事前に国税庁に送っておいた文書を、
ご参考までに。

「平素より、お世話になっております。
さて、私、先日、東京地方裁判所に、平成24年7月10日付の私に対する転任処分等を起因とする国家賠償請求をしてまいりました。
その主な理由につきましては、相当の理由なく事実上降格扱いされたことや、職員の任用については適正な評価が求められているにもかかわらずその評価基準が不透明であることに対する不服、そして、何よりも介護や育児で苦労されている職員を不当に扱ってほしくないという想いです。
決して、現体制の幹部のみなさまを非難申し上げるつもりは毛頭ございません。ただ、結果的に、特にこのお忙しい時期、みなさまにご迷惑をおかけしてしまうことには違いございませんので、本当はみなさまにご迷惑をおかしたくないとう、私のお気持ちを示すため、事前に訴状等の写しをお渡しさせていただきました。
是非、ご高覧下さい。
それでは、失礼申し上げます。」



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2013.03.23(Sat):経済・税金問題
元税務職員としては、
やはり、この話題に触れないわけにはいかない。

そもそも、”臨時特例企業税”って、何?

まず、国の税金の ”法人税”があり、
その地方税版ともいうべき
”法人事業税”という別の税がある。

これらの税金、ある年に、法人が黒字になっても、
過去5年(現在は7年)の間に赤字があれば、
その赤字と相殺して、その年の黒字がチャラになれば、
払わなくてもいい。

しかし、神奈川県は
”神奈川の行政サービスを受けて利益を出しながら、
 神奈川に法人事業税を払わないのは、おかしいじゃん。”
と考え、
”その年だけみれば黒字だったら、その黒字分に税金かけちゃえ”
といって、かけた税金が、”臨時特例企業税”である。

しかし、最高裁は、
”こんなんだったら、
 法人事業税が、黒字と過去の赤字とを相殺できるようにした意味が、
 なくなっちゃうじゃん”
という理由で、違憲判決を下した。

なお、”臨時特例企業税”は、
平成16年に、赤字企業にも課税する ”外形標準課税”なるものが導入されたこともあり、
現在はない。


さて、いろいろ疑問がわいてくるが、まず、

  なぜ憲法が関係するの?

というところか。

神奈川県のような地方公共団体が税金をかけようとする場合、
憲法84条の租税法律主義と地方税法3条により、
条例で定める必要がある。

さて、その条例だが、
憲法94条は、”地方公共団体は、…法律の範囲内で条例を制定することができる。”
と定めている。

すなわち、憲法でも、
地方自治制度というものが保障されているといわれてはいるが、
法律は全国民の代表が決めたものだから、
一地方の議会は、その全国民の代表が決めた”法律の範囲内”でしか
条例を定められないということ。

ただ、この ”法律の範囲内”というのがくせもの。
こんな曖昧な表現じゃ、意味が分からない。

この法律と条例との関係について、
税金に限らず一般的なお話しとして、最高裁は、

  法律や条例の文言だけじゃなく、
  それぞれの趣旨や目的、内容、効果とかも総合的に考えて、
  条例が、”法律の範囲内”かどうかを判断すべき。

という旨の判決を出したことがある。
要は、最高裁も、
”法律の範囲内”とは何か、という疑問に直接答えようもなく、
判断基準を示したのである。

裁判所も、こうした過去の最高裁の判決(判例)にしばられ、
よほどの理由がない限り、判例を覆すことはできない。

だから、今回の件についても、
裁判所は、この過去の最高裁の判決に従って、
地方税法と ”臨時特例事業税”を定めた条例、
それぞれの目的や効果をみたのである。

最高裁判所の前の東京高等裁判所は、
この条例は、地方税法とは目的が異なるから、
”法律の範囲内”と判断した。

しかし、最高裁判所は、この条例は、
”各事業年度の損益を平準化して税負担をできるだけ均等にし、
 公平な課税をする地方税法の趣旨や目的に反する”
と判断し、”法律の範囲内”ではないとして、
憲法94条に違反するという旨の判決をしたのである。

ちなみに、最高裁が、過去の判例と異なる判決をする場合は、
大法廷で行われるのだが、
今回の場合は、過去の判例に従った判断をしたので、
小法廷で行われた。


さて、この最高裁の判断をどう考えるか?

そもそも、ある年の黒字を、過去の赤字と相殺できるようにした直接の目的は、
不良債権処理や創業・新規事業を支援するところにあったので、
最高裁のいう目的は、あまりに広く抽象的にとらえすぎた観はある。

しかし、実際は、どの企業も相殺できるので、
最高裁のいう目的でもおかしくはない。
つまり、最高裁の判断は、
本来の制度目的と制度設計が完全に合致していないことに起因する。

次に、引っかかったのは、
”公平な課税をする地方税法の趣旨や目的”という部分である。

企業努力をして事業に成功し、毎年黒字を出している企業が税金を払い、
企業努力を怠り事業に失敗し、赤字を出したことがある企業が税金を払わない
というのが、本当に公平といえるのか、

また、企業努力の結果だとしても、
事業の失敗のツケを税金免除という形で払う
というのが、本当に公平といえるのか、
という疑問はある。

しかし、地方税法で決まっているのだから仕方がない。

裁判所としても、今回問題となっているのは、
条例のほうであって、地方税法のほうではないから、
そこまで判断することはできない。
そこまで踏み込んだら、立法権の侵害にもなるのであろう。


さらに、”臨時特例企業税”が、”法人事業税”の趣旨に反するのなら、
赤字企業にも課税する ”外形標準課税”なるものも違憲になるではないか、
という疑問もでてくる。

この点については、
”外形標準課税”と ”法人事業税”の対象となる企業は完全には一致せず、
一方、”臨時特例企業税”の場合は完全に一致している。

さらに、”臨時特例企業税”がよくなかったのは、
露骨に、ストレートな形で、
黒字が過去の赤字でチャラになれば税金を払わなくていいといった、
”法人事業税”の効果を台無しにしちゃった点であろう。


そして、神奈川県がいっていた

”神奈川の行政サービスを受けて利益を出しながら、
 神奈川に法人事業税を払わないのは、おかしいじゃん。”

という部分については、
すでに、神奈川県がいっているような理由で、
”法人県民税”なるものが別に課されている。


なお、”臨時特例企業税”は総務大臣の同意を得た上で創設されたものなので、
最高裁は、この行政判断をも否定した形になる。

全国の高等裁判所でも、最近、
先の衆院選は一票の重みに格差があったとして違憲であったとするなど、
三権分立に反するようにも思える判決が続いている。
(3/7付のブログご参照)
しかし、逆にいえば、それだけ、最近の立法(国会)や行政はひどい、
ということがいえるのかもしれない。


最後に、今回の最高裁判決を受け、神奈川県知事は、
課税自主権や地方分権に反する、
と憤っていた。
しかし、この点は、一人の裁判官の補足意見にもあったように、
そして、識者の方々もおっしゃっているように、
地方税法のほうを改正するしかないのであろう。

この点、この地方税法も、
地方分権を拒む規制ともいえそうである。




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両親の思い出 | 日記
2013.03.22(Fri):両親の思い出
春分の日とか、みんなも墓参りするであろう日は、
わざと、遅い時間にお参りをする。
混んでいると、桶とか柄杓とかブラシが全部使用されてしまい、
せっかく来ても、すぐには使えないからだ。

ただ、お寺さんの事務所は夕方5時に閉まってしまうので、
夕方4時ごろに到着するようにはしている。

一昨日の20日も、ちょうど夕方4時ごろに墓地に到着。
その時、お墓参りをしていたのは、見える範囲では、
私のほかに、一組だけであった。

ただ、車は、5~6台止まっていたので、
私の見えないところで、数組がお墓参りをしているはずだった。

母方の祖父母のお墓参りを終えた時点で、残り20分余り。
急いで、猪野家の墓へ移動。
今にも雨が降りそうな空模様で、既に暗くなり始めていたこともあり。

猪野家の墓には、両親を含め、十二名のご先祖さまが眠っている。
十か月前までは、両親だけだったのが…


東日本大震災の一周年の日は、ちょうど
亡くなった父の百か日に当たっていたので、
父の故郷である愛媛県南宇和郡にあるお寺さんで
法要をあげていただいた。

が、同時に、"友引"の日だったので、
地元のご親戚の方は誰も来ず、
 ”東京にお墓を建てたのだから、
  ここにある猪野家(ただし分家)の墓の性根を断って、
  先祖代々の魂を東京のお墓を移してほしい。”
と、ご住職さんを介して言われたことは、
1/29付のブログでも述べた。

母が亡くなったときは、お墓の知識がまるでなく、
何も深く考えずに、東京にお墓を建ててしまったのだが、
しょっちゅう宇和島まで行く余裕はないので、
いずれにせよ、東京に建てていたとは思う。

また、父方の祖母が亡くなったとき(2/1のブログご参照)、
母の分骨だけは、宇和島のお墓にも納めてはいた。


地方の方は、ご先祖さまを大切にする。
その宇和島の猪野家の墓には、
ご先祖さま代々、両親を除くと、十名眠っていた。

だから、私が東京などにいる間は、
ご近所の親戚の方が、お参りをしてくださっていた。
そうしたご親戚の方にこれ以上迷惑をかけることもできなかったので、
お墓を移すことに決めた。

一言でお墓を移すとといっても、やることはたくさんある。

まずは、お墓や位牌から仏像などすべて
ご先祖さまの魂を抜くためのお経。
だから、そのためのお経は、一か所ではすまなかった。

次に、そのご先祖さま一人につき一枚ずつ、
役所に届ける用紙に、氏名と自分との間柄、
そして没年月日まで書くことになっている。

  そんなの分かるか!

と、思っていたが、お寺さんのほうできちんと記録してある。

記録に残っているなかで、最も昔のご先祖さまは、
江戸時代の安政時代のときに亡くなった(生まれたではない)方で、
祖父母どちらかの祖母である。
祖父母のどちらかまでは分からない。

ご先祖さまの中には、正妻でない女性の方もいらっしゃる。

また、昔の人は、お家を絶やさないことに必死だったので、
養子の方々も以外に多い。

父も養子で、元々の血筋は、猪野家ではない。
だから、私も、三十代のころまでは、
お前が結婚しないと、猪野家が途絶えてしまう、
と、時おり父から言われていた。


父が元々いた家は、曹洞宗、
養子先の猪野家は、浄土宗。

そして、東京や大阪周辺の親戚は、元々いたほうの親戚が多く、
宇和島には、養子先の親戚が多い。

だから、母も父も亡くなったときは、
東京のほうでは、曹洞宗のお経、
宇和島のほうでは、浄土宗のお経で葬儀をした。

そうでもしないと、
それぞれの親戚の方が納得しそうもなかったからだ。

だから、母の位牌は、曹洞宗のものと浄土宗のものと二つある。

祖母が亡くなったとき、宇和島に行って、母の分骨も納めたとき、
母の位牌はすでにあるといったのに、
周りの親戚の方から、祖母の位牌といっしょにつくってもらえ、
と強くいわれつくったからだ。

だから、父の位牌も二つめをつくってもらうとも思ったが、
先ほど述べたように、親戚は葬儀に参列しておらず、
お寺さんからも、なぜか拒否されてしまった。

十年ほど前は、母のはつくってくれたのにである。
理由はご住職から聞いたはずなのだが、よく分からなかった。
やはり、位牌二つは、さすがにまずいということか…

こちらのお寺は、ご住職といっても、
私より若い女性の方なので、十年前は、私と同様、
位牌づくりを拒否できなかったのかもしれない。


次に、遺骨などを東京に移さなければならない。
十二名分の遺骨など東京のお墓に入るのかと心配していたら、
両親と祖母以外のご先祖さまの分は、
小さな骨壺に入った霊土という土に魂がまとめて込められていた。


そして、魂を抜かれたほうの宇和島のお墓はただの石と化し、
その横の墓碑とともに単純に破壊されるだけ。
元の位牌や仏像も無造作にダンボール箱にまとめて入れられ、
焼却される。


東京のお墓のほうでは、
宇和島から届いた遺骨と霊土を納め、
浄土宗のご住職にお経をあげてもらう。
普段は、曹洞宗のご住職にお世話になっているのだが…

そのお経の途中、
浄土宗のご住職がご先祖さまの名前を一名一名呼ぶのだが、
『このご先祖さまは、何とお呼びするのですか?』
と、不意に聞かれる。

ちなみに、東京の墓地のお寺さんは、真言宗。
そのお寺さんの事務所にも、宇和島の役所でもらった書類を渡し、
永代使用許諾書なるものに、やはり、ご先祖さま一人につき、
氏名と自分との間柄、そして没年月日まで書く。


以上、お墓を移すための費用、40万円也。


そんな東京のお墓も、
今までは、ブラシをかける必要もないほどきれいだったが、
だんだん汚れてきた。

母の戒名の刻銘と父の戒名の刻銘との汚れ方も
明らかに違う。


夕方5時の時を知らせる鐘が鳴った。
それまで、両親のことを想っていたが、
宇和島からはるばるいらした十名のご先祖さまを想うのを
忘れていたのを思い出し、
あわてて、また合掌。


夕方5時を5分余りすぎたところで、
事務所にご挨拶申し上げ、墓地を去る。
こうして、総勢15名分のお参りがすんだ。

今にも雨が振り出しそうだった。


そして、帰りのバスに乗ると、雨が降り出した。




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両親の思い出 | 日記
2013.03.21(Thu):両親の思い出
自宅近くの桜は三分咲きであったが、
ここでは、まだ一部咲きだった。

どんよりした雲の下、
そのソメイヨシノの木の上を
私が、かつて10,000mで35分台の自己ベストを出した
法政大学の陸上競技用のトラックに通ずる陸橋が走っている。
(1/3付のブログご参照。)

バスの車窓から見上げると、
そんな光景がみえてきた。
何度もみるはずなのに、いつも懐かしい。


ご先祖さまが眠る墓地に行くには、バスを降りて、
さらに、歩くと長いトンネルを抜ける必要があった。

トンネルを抜けると、そこは緑が一面が広がるはずである。
春になれば。

その墓地に着いて、いつものようにお寺さんにご挨拶。

「こんにちは。
 ここで、お世話になっています猪野です。」

『あっ、猪野さん。
 選挙お疲れさまでした。』

「ありがとうございます。
 落ちちゃいましたけど。」

この前の衆院選のときに、わざわざお寺さんまで行って、
自分を売り込みにいったわけではない。
そもそも選挙区ではない。

たまたま、父の一回忌が選挙期間中にあり、
お寺さんまで、騒がしてしまったということである。
(昨年12/5付のブログご参照。)


この墓地では、両親含め総勢15名のご先祖さまが眠っている。
ただ、お参りするお墓は二つ。

一つは、母方の祖父母とおじが眠るお墓。
だから、猪野家の墓ではない。
もう一つは、猪野家の墓である。

ただ、同じ墓地にあり、
と、いうか、母が亡くなったときに
どこに猪野家の墓を建てたらいいか皆目見当がつかなかったので、
この墓地に決めたということである。


祖父母らのお墓のほうがお寺の本堂に近いので、
いつもこちらのほうからお参り。

母方のご親戚の方々はご高齢というとこもあり、
こちらのお墓は汚れていることが多い。

この前は選挙期間中にお寺さんに来たものだから、
というか、早く選挙活動に戻れと急かされたものだから、
祖父母のお墓までお参りしている時間がなかった。

したがって、昨年の秋分の日以来、
半年ぶりのお参りということになる。
だから、汚れはひどかった。

ただ、数年に一度、
そのご親戚の方が業者さんに依頼しているのか、
異様にきれいになっていることがある。

それ以外のときは、猪野家の墓より丁寧にブラシでこする。
だから、お墓にいる時間も、こちらの方が長い。

祖父母がくすぐったいと言っている気がいつもする。
祖父母から受けたご恩は、
こんなことくらいで返せないことは分かってはいても、
せめて、と想いながらブラシでこする。


せっかちなおじいちゃんとの思い出は、
小さいときに明治神宮に初もうでに行ったときのが鮮明に残っている。

初もうで客でごった返しているから、
緊急用の通路を確保するためのロープが脇に張ってある。

そして、おじいちゃんに手を引っ張られながら、
その狭い緊急用の砂利道をスイスイと行く。

長い列を待つ周りの初もうで客も、
じい様と幼子という組み合わせなので、
何もいわずに、むしろ見守ってくれる。

私はというと、

「なんで、みんなもココを通らないんだろう?」

と、あたたかいみなさんの神経を逆なでするようなことを思っていた。


そのあと、もうすぐ撤去されるといわれている
原宿駅前の横断歩道橋の足もとにあるそば屋さんに入った。

初もうで客で混んでいるので、
注文したかつ丼がなかんかこない。

『ねーちゃん、ねーちゃん、かつ丼まだか。』

なぜか、この場面だけ覚えている。
その、”ねーちゃん”も、
今はお孫さんがいらっしゃるにちがいない。


そんな、おじいちゃんのおかげで、
今の私がある。

東京大空襲のときに、防空壕に避難していたらしいが、
なぜか、ふとここにいては危ないと感じたらしい。

そして、おじいちゃんは、
その防空壕でのん気に歌を唄っていた私の母の手を引っ張って、
家族ともどもその防空壕を出たらしい。

そして、直後ではないんだろうけど、その後、
その防空壕はB29の爆撃にあったらしい。

その後、おじいちゃんは、はたまた何かを感じたのか、
みんな、はぐれたら、国会議事堂に集まろうといったらしい。
国会議事堂なら、B29も爆弾を落とさないだろうと判断して。

で、実際にはぐれたらしいが、
国会議事堂前で再会したのではなく、
偶然に、別の場所で再会できたらしい。

もちろん、今の私があるのは、
このおじいちゃんだけのおかげではない。
そのまた前のご先祖さまたちが各々、
自分の子どもらや孫を大事に育ててきたからこそ。

そして、母方のご先祖さまだけでなく、父方のご先祖さまも。

学生時代に、ご先祖さまは大切にしろ、
とは聞かされていたが、本当の意味が理解できなかった。
でも、今は分かる。


ところで、そんな死者・行方不明者10万人以上、
被災者100万人以上も出した東京大空襲、
そして、広島、長崎への原爆投下等々、
それでも、アメリカに敵意を抱く日本人は少ない。

かたや、中国や朝鮮半島の人々の日本に対する感情は、
決していいものではなく、未来永劫変わりそうもない。
(その理由についての私見は、1/5付のブログご参照。)


話がそれてしまったが、
そんなおじいちゃんを見た最後の姿は、
私がこれからパリに赴任すると挨拶にいったとき、
帰宅しようと立ちあがった瞬間に見えた
見事に光っている頭だった。

私が物心ついたときから、この頭だった。

ウソのように聞こえるかもしれないが、
これが最後の姿かもしれないなー、と感じた。


その時のおばあちゃんはというと、
私のために、いつものように、ご近所の和菓子屋さんから
甘い物を買ってきてくれた。

もう、私は、二十代後半だったのに。
もう、おばあちゃんは、腰が曲がっていて、
近くに出かけるだけでもしんどかったはずなのに。

私が来たら、甘いものを買ってきてくれるというのは、
私が幼児のときから続いていた。
いつも甘いものだけど、同じものは買ってこない。

でも、その時は、もう耳が聞こえない状態で、
おばあちゃんとの会話はなかった。
ただ、私がこれから外国に行ってしまうというのは、
分かってくれたらしい。


こうして私や両親が来て、帰るときは、いつも決まって
おばあちゃんが見送ってくれた。

普通は、姿が見えなくなるまで見送るということだが、
おばあちゃんの場合は、私らが見えなくなると、
さらに、見えなくなるところまで来て、見送ってくれた。

昔の私は、小さいながら、正直、
しつこいなー、と思ったこともあった。
が、その時のおばあちゃんは、もう元気がなく、
見送ることさえできない状態だった。

人間、勝手なもので、それはそれで寂しかった。


おばあちゃんとの思い出は、
私が眠ったらいつも毛布をかけてくれたこと、
私が見事に蚊をつぶしたのに、
隆にできるはずがないと信じてくれなかったこと、

そして、小さいとき、
テンションが高くなった私は、
おばあちゃんのところに自分一人で泊まるといい、
それならと、実際、両親が出ていくやいなや、
私は、寂しくなって、泣き叫び、
あわてて、両親を呼び戻してくれたとか、いろいろある。


母方の祖父母らのお墓参りがすみ、
次は、猪野家の墓へ。

”安政の眠りから覚めたご先祖さま”とは、
父方のほうのご先祖さまのほうのお話しなのだが、
長くなったので、つづきは後日に。




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実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
交番に着くと、なぜかお巡りさんは、扉を閉じて奥の部屋に。
しばらく出てこない。

5分ほどして、今度は、
先ほどのお巡りさんより大柄な警察官が出てきた。

  警察官がもう一人奥にいたんだ。

どうやら、その警察官は、遺失物法の専門家らしい。

その警察官いわく、
マクドのような施設内の落とし物は速やかに、
その施設の管理者に預けなければならいと
法令で規定されているらしい。

なぜなら、施設内で落とし物を拾った人が
勝手に施設外から落とし物を持ち出すと、
今度は、その拾った人が窃盗犯になりかねないからだ。

窃盗とは、他人の意思に反して占有を侵害することをいう。

だから、そのカバンの占有が誰にあったかが問題となる。
私なのか? その男性なのか? 店長なのか?
私に占有があれば、その男性は窃盗。
その男性にあれば、そのカバンは遺失物等々…

だから、今度は、その占有が問題となるのだが、
占有とは、財物を事実上支配している状態をいう。

ただ、物理的に持っているという意味ではなく、
客観的事実や当事者らの意思などを総合的に判断して、
社会通念上、排他的な支配が及んでいるかどうかで決まる。

例えば、自分の部屋にある物なら、外出中でも占有が及んでいる。
だから、空き巣は窃盗犯になる。


さて、交番で私といっしょにいた、その男性だが、
警察官から、本来は、マクドの店長にカバンを預けなければならなかった
という説明を受け、納得。

納得したのは意外だった。

そして、警察官は、その男性が納得した以上、
後は本人たちどうしの問題となるので、
これ以上は、警察は関わらず、
私のカバンも落とし物扱いはしないと、おっしゃってくださった。


そして、二人で交番を出て交渉。

カバンをトイレに忘れた私にも責任があり、
この男性が見つけてくれなかったら、
他の人がカバンもしくは小切手をくすねた可能性もあった。

そこで、三千円の謝礼ですますことに。

が、財布の中には、二千円と小銭しかなかった。

不憫に思ったその男性は、
『二千円でいいよ。』
といって、その二千円を鷲づかみにして去って行った。


ところで、カバンは誰の占有にあったか?

その男性は、カバンのチャックをわざわざ開け、
小切手と通帳が入っていることを知ったからこそ、
60万円欲しさに、マクドの店長の言葉を無視してまでも
お店から出て行ったこと。

私が、お店から数十メートル離れたところで、
その男性を見つけたこと。

こうしたことなどから判断すると、
その時点でも、そのカバンの占有は、依然私にあったと思う。


それにしても、マクドの店長には、
強制的にでもカバンを預かっておいて欲しかった。

でも、一番悪いのは私。
すみませんでした。




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実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
選挙に立候補したときに預けた
300万円の供託金を返してもらうためには、
”持参人払式小切手”をもらい、
これを銀行に持っていかなければならない、
と3/15付のブログでお話しした。

その後日、大変なことが起きた。

小切手をもらった時点で、
銀行に行っても間に合いそうもなかったので、
翌朝、銀行に行くことに。

そして、その日の朝、まだ銀行が開くまで時間があったので、
マクドに寄って、二階で朝マックをしながらくつろぐ。

そして、トイレに入るとき、
300万円の小切手の入ったカバンも
いっしょに持って入った。

  そして、そのカバンをトイレに忘れた。

普段、カバンをもってトイレに入ることがないので、
出るときもカバンがない状態が自然だった。

習慣というのは恐ろしい。

その後、しばらく私はそのことに気がつかずにいたが、
不意にカバンをトイレに忘れたことに気がついた。

あわててトイレにダッシュ。

が、トイレは使用中。

そうとは分かっていても、今までしたことがないほど、
激しくドンドンとドアを叩く。

すると、トイレの中からは、
冷静な音がしてきた。

今度は血相を変えて一階に駆け下り、
レジと厨房との間くらいにいた店長らしき方に、
カバンの落とし物がないか尋ねた。

そしたら、

”ある男性客がトイレでカバンを見つけたといってきたので、
 お店のほうで預かって、あとで警察に届けますよ、
 といったら、そのお客さんは、自分が警察に届けるといって、
 今しがた出て行きましたよ。”

と言われた。

  なんで、お店で預かってくれなかったんだ!

と思いつつ、すぐにマクドを飛び出る。

幸いなことに、
20~30m先に私のカバンをもった男性がいた。

  助かった

と、思った。

が、その男性、一筋縄ではいかなかった。

近くに、違法駐車を注意しているお巡りさんがいたのだが、
その男性は、そのお巡りさんに寄りそうようにして、
私のカバンを放そうとしない。

『お前、本当にカバンの持ち主か?』

「そうですよ。
 中に通帳も入ってますから、運転免許証と合わせれば分かります。」

『あー知ってるよ。300万円の小切手も入ってるよな。
 だから、このカバンを拾った俺が2割もらえるんだ。
 お巡りさん、このカバンを落とし物として届けたいんだ。
 早く交番に行こう。』

「お巡りさん、何とかして下さいよ。
 本当は、このカバン、お店の人から預かるといわれたんだから、
 預けなきゃいけないのに、この人がもってきちゃったんですよ。」

違法駐車していた運転手さんと話を終えたお巡りさんは、
その男性に

”だんな、すぐに、2割もらえる権利が発生するとは限りませんよ。”

とおっしゃってくださり、三人でマクドに戻る。

そして、お巡りさんは、
マクドの店長が、その男性に
カバンを預かりましょうかといったら、
その男性が自分で交番に届けるといって店を出て行った、
ということを確認。

そして、今度は、数百メートル離れた交番に。

  2割といったら、60万円だぞ。
  冗談じゃない。

と思いつつ、
さっさと歩くお巡りさん先頭に、
私は、ちんたら歩く男性について、やはり、ちんたら歩く。
その男性は、私のカバンをつかんで放そうとしなかったから。

つづきは、後日。



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新聞の読み方 | 日記
2013.03.17(Sun):経済・税金問題
TPP交渉参加。

農者や工業に従事する方々だけでなく、
消費者も変わらなければならない。

だからこそ、
価格や原産地など
購入の選択・判断基準だけはきちんと示してほしい。

だからこそ、
安全基準の規格が貿易の障害になっているからといって、
残留農薬や遺伝子組み換え作物などの表示義務だけは
緩和してほしくない。


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新聞の読み方 | 日記
2013.03.17(Sun):外交・安保問題
266代ローマ法王に、
初の中南米出身のフランシスコ一世が選出された。

16世紀、キリスト教徒に征服され、
文明を破壊され、人口も十分の一以上減らされた
中南米の原住民の方々は、どういう想いで見たか…




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新聞の読み方 | 日記
2013.03.16(Sat):憲法・法律問題
先日、後見人が付いたら選挙権がなくなる旨定めた
公職選挙法の規定が違憲である、
との東京地裁の判決がでた。

そもそも後見人とは、
成人でありながら、障がいや病気、高齢などの理由で、
自分の財産をきちんと管理したり処分できない方のために、
その本人に代わって、預貯金を引き出したり、契約を結ぶ人のことをいう。

だから、後見人は誰でもなれるわけではなく、
家庭裁判所のお墨付きが必要となる。

以上のようなことは、民法に書いてある。


そこで、今回問題となったのは、
本来、こうした本人の財産を守るための規定を無理やりもってきて、
後見人が付いたというだけで選挙権まで奪うのは、筋違いやろ、
ということである。

被告である国は、どういう主張をしていたかというと、
一つには、こういうことである。

すなわち、選挙のときは、
どの人に投票したらいいのかとか、
どの政党に投票したらいいのかとか、
そういう判断する能力が必要なんだけど、
一人一人、そういった判断能力があるのかを
いちいちチェックするのは現実的ではない。

だから、民法の規定をもってきて、
後見人が付いた人は選挙権を行使できない、
そう規定するしかなかったと。

しかし、東京地裁は、
選挙権は議会制民主主義の根幹といえるし、
憲法で保障された超重要な権利であるから、
現実的かどうかは理由にならない、という判断をした。

ただ、成人たりとも、選挙も一種の公務であるから、
選挙権を行使するだけの能力や資格がない場合があることまでは、
否定しなかった。
例えば、今でも、受刑者には選挙権が認められていない。

ここで、じゃー未成年者はどうなるの?
という疑問がでてくる。
未成年者にだって、きちんと判断できるやつもおるやろ、と。

これに対する答えは、まずは人数の違いにあると思う。
後見人が付いている方は、13万6千人以上といわれている。
一方、未成年者は、赤ちゃんまで入れると数千万人。
さすがに、個別に判断するわけにはいかない。
だから、憲法(15条3項)もそこは認めていて、
選挙権は成年者に限って保障している。

 赤ちゃんは、極端やろ!

そこで、憲法でいうところの ”成年者”とは、
何歳以上のことをいうのかが、問題となる。

今の民法とかの法律では、二十歳以上ということになっているが、
十八歳以上でもええやん、とも考えられる。

だから、憲法を改正する際には、国民の意見もきく必要があるんだけど、
その国民の意見をきくための ”国民投票法”では、
十八歳以上の者に投票権が認められている。
ただ、今の民法とかの法律が変わったらね、
という条件付きではある。

ちなみに、この ”国民投票法”でも、
後見人が付いた方に投票権は認められていない。


もう一つ、国側が主張していたのは、
第三者が、後見人が付いた人をそそのかしたりすると、
不正な選挙が高い頻度で行われ、選挙の公正が阻がいされてしまうと。

たしかに、過去には、こういった不正も実際にあったらしい。
裁判所も、
これがなければ、公正な選挙が実現できなくなるような
”やむを得ない”理由がある場合に限って、
選挙権行使の制限を例外的に認めている。

ただ、国がいっている因果関係、
特に ”高い頻度”というところが証明されていないとして、
国の主張を認めなかった。

国の法律や政策だけではないが、
起こりそうもないことを針小棒大にいって、
つまり大げさにいって既得権益を守ろうとすることが多い。

そして、厄介なのは、
自分を守ろうという方向だけにベクトルが向くものだから、
起こりそうもないことを考えなければいけない場合に限って、
考えない。

それが、福島の原発事故を招いた。


こうした東京地裁の判決を受け、マスメディアは、
公職選挙法を所管している総務省にコメントを求めている。
これは、今の国会が単なる ”通法府”に堕ちたことを示している。
法律の改正については、本来は立法府・国会が考えるべきこと。

法律をつくったり変えたりするのは、本来国会のお仕事だから、
裁判所が国会に法律改正をせまるような違憲判決は
控える方向で判断しなければならいともされている。


あと、気になったのは、
原告の方が、選挙権を失うまで、毎回投票していたということ。
一方で、選挙権がありながら、選挙に行かない人もいる。

あえて、今の憲法とか法律とか実現性とかを無視していうと、
後見人が付いていよういまいが、未成年者だろうが成年者だろうが、
投票する意思のある人にだけ選挙権を与えればいいような気がするのは
私だけか。

 
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実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
昨日は、供託金のお話しをしたが、
本日は、それをどうやって返してもらうのか、
といったお話しと、
そして、東京にも、
心温まる方がたくさんいらっしゃるというお話しも。

一昨日の13日、風が異常に強かったので、
本当は外に出たくなかった。

しかし、先日、維新の会から必要書類とともに、
供託金を返してもらえるという連絡があったので、
一日でもや早く返してもらいたいという思いで、
意を決して、外出。

まず、東京都の選挙管理委員会事務局に行くため、
新宿の都庁に向かう。

が、早速、電車に遅れが。
いきなり20分ほど待たされた。

都庁では、
供託原因が消滅したことを証明する書類などを受け取る。
つまり、昨日、申し上げたように、
有効投票総数の10%以上を獲得したことを証明するものである。

このときの職員の対応は、当初、
決して丁寧とはいえない感じだったのだが、
自分が立候補した本人だと知ると、
若干、丁寧になったような気がした。

ここでも、選挙時と同様、
わざわざ立候補した本人が来る必要がない旨
繰り返しいわれた。

ただ、落選した私にスタッフを雇う余裕などあるはずない。


そして、次は、九段下にある東京法務局に。
今度の移動手段は地下鉄なので、遅れはないと思っていたが、
やはり地上部分も走っているので、遅れがでていた。

東京法務局には、都庁でいただいた書類を持って、
実際に供託金を返してもらうための手続きに行く。

この法務局がある建物には、
私が一年前に勤めていた東京国税不服審判所もある。

ここには、私と同様、
供託金を返してもらうために来た人の姿が目立った。
ただ、見るからに、立候補した本人ではなく、
代理人のようだった。

実際に300万円を供託したのは私だったので、
形式的にも供託の主体は私かと勘違いしていたのだが、
それは、”日本維新の会”ということだった。

だから、300万円が、直接、私の口座に振り込まれるわけではなく、
供託官が振り出して、”日本維新の会”に渡すという形の
”持参人払式小切手”を渡された。

聞いたことがあっても、
実物を見て手にするのは初めて。
思わず、職員の方に
「これ、どうすればいいんですか?」
と聞いてしまった。

これを銀行に持参すれば、自分の口座に振り込んでくれる
といわれた。

ちょっとだけ嬉しかったのは、
180円の利息がついていたこと。
予想外の収入である。


そして、東京法務局のある建物を出ると、
相変わらず強風が吹き荒れている。

風に飛ばされそうになって、
思わずガードレールにつかまった。
生まれて初めてである。
それくらいすごかった。

今までだったら、デスクワーク中心の仕事だったので、
こうした外の様子を知る機会は少なかった。

赤ちゃんを抱っこするお母さんが、
風で倒れた自転車を片手で起こそうとしていたので、
手助けしようと思ったら、
私の先を歩くご婦人が手助けを。

別のところでは、
スーパーの前の路上に散乱する
カップラーメンを拾うご婦人の姿も。

駅のプラットホームで、遅れがでている電車を待っていると、
向かい側にあるプラットホーム上では、
"駅ナカ"(小型のコンビニのような施設)
に入ろうとするも、ベビーカー片手に、
風で扉がうまく開かずに困っているお母さんの姿が見えた。

すると、ある紳士の方が、扉を抑えて、
お母さんが ”駅ナカ”に入るのを手助けする。


東京の人の人情が垣間見えた一日であった。



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実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
供託金とは、選挙に立候補しようとする者が
国に預けるお金のことをいう。

これが、えらく高く、300万円。
ただ、これは、みなさんが投票所で個人名を書く分。
いわゆる小選挙区分のみ。

さらに、みなさんが政党名を書く分に
300万円が必要になる。

この政党名を書くことによって
どうやって当選者が決められるかというと、
まず、各政党の得票数に比例して、各政党の当選人数が決められる。

次に、その各党に割りふられた人数分、
具体的に誰が選ばれていくかというと、
各政党が提出した名簿に掲載された者から選ばれるのだが、
各々の政党がつけた順位にしたがって選ばれる。

学校の出席簿とかだと、五十音順ということになるが、
各党がどうやって順番を決めているのかというと、
そこは各党のまったくの自由であって、
不透明なところもある。

そして、この名簿に掲載してもらおうという者も、
300万円を国に預ける必要があるということである。

したがって、小選挙区から立候補する者が、
いっしょに、各政党の名簿にも掲載してもらおうとすれば、
合計600万円の供託金が必要となる。

選挙区で落ちたはずの候補者が
ゾンビのようによみがえってくるのは、
600万円を払っているからである。

だからこそ、議員定数削減の話になると、
この政党から当選するという部分、いらねんじゃねー
という意見がでてくる。

が、小選挙区ではなかなか当選できそうもない
中小の政党がこうした意見に反対するのである。

一昔前のような、選挙区が若干広めの中選挙区制だったら、
複数の者が当選するので、中小の政党にも当選のチャンスはあった。

しかし、現在のように、
小さな選挙区からは一人しか当選しないという仕組みだと、
最も得票数の多かった政党からしか当選者が出なくなってしまう。
これが、小選挙区制の短所である。

今回の場合は、近畿は格別、
自民党が一人勝ちしたような結果になった。

その前の選挙では民主党、
そのまた前の選挙では、小泉旋風にのった自民党と、
議席数が大きくぶれるのも、この小選挙区制の特徴である。


さて、私も、ゾンビによる復活も狙っていたのだが、
他の小選挙区からの候補者と同列の4位だったので、
ゾンビになれなかった。

東京ブロックでは、維新の会は今一つ票を伸ばすことができず、
3位までの者しか当選できなかったからである。
このうち上位2位の者は名簿に掲載されていただけで、
そのうち1位が石原代表だった。

そして、近畿ブロックでの1位は、
あの東国原前宮崎県知事だった。

ちなみに、同順位の候補者どうしの場合は、
どれだけ惜しく敗けたかによって決まる。


と、偉そうに縷々ご説明申し上げたが、
まことに恥ずかしながら、
私は300万円だけ供託すればいいと勘違いしていた。
そこで慌ててしまったというお話しは、
昨年11月30日付のブログをご参照いただきたい。


ところで、
なぜ、これだけ莫大な供託金が必要になるかというと、
供託金制度がないと、立候補する者があまりにも多くでてきてしまい、
収拾がつかなくなるからである。

つまり、
有効投票数の10%未満しか得票できなかった者は、
供託金を国に没収されてしまうので、
ある程度の得票を見込める者だけしか
立候補できないようになっているのである。

ただ、立候補する自由は、
憲法でも保障されているといわれているので、
300万円なんか没収されても構わない、
と思えば、誰でも立候補はできる。


そして、昨日13日、
小選挙区分の300万円分だけ、
預けてから100日以上経って、ようやく返してもらえることになった。

私の得票率は約20%だったので、没収は免れたのである。

これも、選挙スタッフの努力の賜物。
そして、”維新の会”というネームバリューのおかげ。
どちらかが欠けても、供託金は没収されていたと思う。


どうやって供託金を返してもらうかの具体的なお話しは、
また後日に。



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2013.03.13(Wed):復興・原発問題
昨日は、東京からみた被災地について述べてみたので、
今回は、被災地の現状について、
というと、非常に偉そうなので、
単にテレビでどういう報道がなされていたのかについて、
お伝えしたい。

だから、本日のは、
あー、それテレビで観たよ、
と思われる内容なので、ご了承いただきたい。

当初の復興予算19兆円のほとんどが使われようとしているのに、
テレビ画面を見る限りでも、
復興が進んでないのは、明らか。

なぜ、復興が進まないのか?

復興庁が、省庁の縦割りを解消するために与えらた、
その大きな権限を使わないから?

政治がリーダーシップをとらないから?

私もそう思っていた。
しかし、ちょっと違う原因もあるようだ。

復興の段階として、大ざっぱにいうと、
計画段階と、それを実行する事業段階とがある。
そして、それぞれの市町村によって、事情が異なっているようだ。

まず、計画が難航しているところ。

住み慣れた海沿いに住むのか、
安全な高台に移住にするのか、
といった住民のみなさんどうしで意見が合わない。
一つの市だけでも
10以上のグループに分かれているところもあるという。

  それぞれが、好きな所に住んだらいいやん。

と、無責任に思ったとたん、
それでは、水道や電気、ガスなどのインフラ整備が行き届かず、
インフラを拡充するにも莫大な予算が必要になるとの解説が。

また、住民どうしの意見がまとまったとしても、
今度は、行政との調整がうまくいかないところも。
さらに、雇用問題と絡んで、産業地域との調整もある。


次に、計画段階をクリアしたところでも、
事業段階でつまづいているところもあるらしい。

区画整理をしようと決めたのはいいけれど、
数人の職員で、数百人の地権者の合意を得る必要がある。
だから、なかなか進まない。

あるところでは、
入札にかけても業者が見向きもしなかったというケースも。
そんなところでは、
企画立案の段階から民間に委託して、
業者にとって魅力ある計画をたててもらって、
多くの業者に参加してもらう、
といった工夫をしているところもあるという。

まさに、民間の知恵の活用。
プライドの高い中央省庁なら、絶対にしない工夫。


以上のようなことは、主にNHKで紹介されていた。

午前0時を過ぎると、NHKで、”NEWS WEB 24”という、
一般視聴者のツイートを紹介しながら、
ニュースを解説する番組をやっている。

ちなみに、橋本菜穂子アナは私のタイプ。
(すみません…)

そこで、一番目にしたツイートは、
”なぜ、復興は進まないのでしょうか?”


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新聞の読み方 | 日記
2013.03.12(Tue):復興・原発問題
『もらった第二ボタン、土手に捨てちゃった。』

と話す、高校を卒業したばかりの女の子たちの大きな声を聞きながら、
渋谷公会堂を目指していた。

選挙公示日前日の公開討論会を、
板橋フォーラム(2/21付のブログご参照。)
と共催してくださった東京青年会議所の方から、
3月11日「東京から発信する被災地復興への道」と題するイベントがある
とfacebookを通じてご案内をいただいたので、
参加させていただいた。

と、いうのも、丁度一年前は、亡くなった父の百か日騒動で、
(1/29付のブログご参照。)
14時46分に、南宇和郡愛南町で鳴るサイレンと、
お寺さんの鐘に合わせて、黙とうするくらいしかできなかったので、
今年は、せめて被災地に想いを寄せようと思ったからである。

そのイベントの趣旨は、
福島の農産物をはじめとする風評被害を無くしていこう、
被災の記憶の風化を防ごう、そして、
個人個人が、被災者のために何ができるかを考えよう
ということだった。

被災地でご活躍されている方々のお話しをうかがっていると、
みなさん、大げさにいうと、
それこそ人生をかけて行動されている、
それ相当の覚悟をもって臨んでいらっしゃると感じた。

猪瀬都知事もビデオの中でおっしゃっていたが、
福島を観光して(東京では、一泊あたり3千円の補助あり。)
福島の現状を知る、
福島県の特産物を購入するなどして、風評被害をなくしていく
こうしたことだけでも、被災地のためになるということであった。

私は、だんだん後ろめたくなってきた。
自分は、被災地や被災者のために覚悟をもって行動をおこすことができない、
観光や農産物の購入さえ、一円でもおしくなってためらってしまう。

それも、選挙活動のためという利己的な理由で…
被災地復興のための政治を実現しようとは思うものの、
ダイレクトに行動を起こすほどの気持ちもわいてこない…

『被災地や被災者に想いを寄せるだけでもいいんです。』
という主催者のお言葉を慰めにして、会場を出る。


すると『被災者の方々へのメッセージをお願いします。』といわれ、
不意にペンとハガキを渡された。

頑張ってください、といったおざなりな言葉は絶対書けないと思い、
しばらく考えた。

  自分も福島の原発や農産物の恩恵にあずかってきたかもしれない。

  燃料プールにある使用済み燃料がむき出しになっていたなら、
  首都圏を含め3千万人以上の人が避難生活を余儀なくされていたかもしれない
  ともいわれている。

そう思い
「みなさんのご苦労の上に、今の私の生活が成り立っていると思っています。
 本当に感謝申し上げます。」
と書いておいた。

これを被災地の方が実際にご覧になったら、どう思われるか、
私には、すぐに、そこまで想像する能力はなかった。



”公益社団法人青年会議所”
聞いたことはあっても、何をしている団体なのか知らなかったし、
知ろうともしなかった。

若い人が集まって、何かイベントを開催している、
その程度の理解であった。

が、公開討論会を開いて各候補者の考えをみんなに知ってもらう、
東日本大震災の日にイベントを開催して
風評被害をなくし、被災の記憶の風化を防ぐ、
こうした ”公益社団法人”の名のとおりの活動をされていることを
改めて知った一日であった。



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マラソンのお話 | 日記
昨日10日、世界選手権の代表選考も兼ねた
名古屋ウィメンズマラソンが行われていた。

優勝した木崎選手や3位の野口選手のような
エリートランナーはともかく、
その他大勢の市民ランナーの場合、
少しでも前にスタートラインにつくことに一苦労。

今でこそ、チップというものを靴につけ、
スタートラインを踏んだ時から
タイムを計測してもらえるようになったが、
それでも、周りにランナーが多いと、
その分なかなか前に走れなくなる。

私も、ヨーロッパ滞在中は、
様々な都市のマラソン大会に出場したが、
(1/12付のブログご参照。)
だいたい、持ちタイムごとのグループに分けられるものの、
少しでも前に並ぼうと苦労した。

私が在住していたパリマラソンのスタートラインの並び方は、
当時は、招待選手以外は、早い者勝ち、
という大雑把なものだった。

だから、私も、正確な時刻は忘れてしまったが、
四月上旬の日の出の時刻ごろにスタートラインに立った。
それでも、招待選手以外で、前から五番目くらいだった。

四月に入っていたとはいえ、まだ寒かったので、
ランニングシャツの上から、
捨ててもいいボロボロの服を着て立っていた。

そのうち、前から小便が流れてきた。

  汚ね!何しやがる。

そう思ってから、1~2時間。
自分も小便がしたくてしたくてしょうがなくなってきた。

ここに着いたときは前から五番目くらいのはずだったが、
いつの間にか周りのランナーが増え、
身動きができないような状態になっていた。
そして、そのランナーの多くがその場でしゃがんで
小便をし始めた。

そして、私もついに…

日本だったら、絶対にしなかった。

走り始めたらトイレに行く時間がもったいない、
そんなことを思うほど、タイムにこだわっていた。

が、そのわりに、結果は、3時間かかってしまった。

そして、スタート時に脱ぎ捨てた服を回収するために
スタート地点に戻ったが、もはやそこに服はなかった。

そこで、ランニングシャツの姿のまま、
自宅に戻るため、地下鉄の駅へ。

そして、地下鉄に乗ると、
乗客の一人で、眼鏡をかけたご婦人が
私を見つけ、突然、拍手をし出した。
そして、他のお客さんも。

タイムは決して満足いくものではなかったが、
うれしいやら、恥ずかしいやら…

こうした経験も、日本ではできなかった。



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両親の思い出 | 日記
2013.03.10(Sun):両親の思い出
先日、部屋の掃除をしていると、
B4版かA3版の大きな封筒が出てきた。

ほこりがかぶっていたので、ベランダに出て払い、
中を開けてみると、大量の領収書が。

それこそ、平成の一桁代から母が亡くなった年までの
両親の医療費の領収書である。
きれいにそろえてあった。
母がそろえたに違いないことは一目で分かった。

今さら金額を計算するようなことはしなかったが、
おそらく、かなりの額にのぼる。

これらの年は、毎年、医療費控除のため、
つまり、税金を返してもらうため確定申告をしていた。
だから分かるのだが、毎年、両親二人合わせて170~180万円と、
200万円という上限に近い額がかっていた。

しかも、医療費が高額になると一部払い戻しされるのだが、
その額を差し引いた上での額である。

だから、見つかった領収書の存在が分かっていれば、
上限額いっぱい医療費控除を受けられたはずなのだが、
十年以上経った今、
確定申告の計算が誤っていたから税金返しくれとはいえない。
ちなみに、5年以内なら大丈夫。


実は、その他に、十数年前に
父が入院した際に病院に支払った保証金の受領書が出てきた。

途中からブログを見ていただいた方は、ここまでのお話し、
何のことやら、と思われるかもしれない。
十数年前、父の体がいつ入院してもおかしくない状態で、かつ母もガンを患い、
私は札幌勤めで、既婚の弟も電車の運転手をしていて、
なかなか自宅に帰れないような時期があった(1/17付のブログご参照)。

そうした状況下、母のストレスを和らげるためにも、
父を入院させてもらった、というときのことである。


その受領書には、母が書いたと思われる父の名があった。
その受領書をとっておきたい気持ちもあったが、
一円でもおしかった私は、病院に行って、その保証金を返金してもらった。

そのとき、今度は私が、受領書の裏面に
亡くなったはずの父の名を領収人として書いた。


両親からの贈り物だと、自分に言い聞かせながら。



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おもろい話やで | 日記
昨日8日、日本テレビ系列で、
日本アカデミー賞というのが放映されていたが、
本日は、その中でも、最優秀アニメ作品賞の候補にも
挙がっていた ”ヱヴァンゲリオン”について。


私がアニメ ”ヱヴァンゲリオン”にはまり出したのは、
大蔵省に勤めていたときである。

どういうことかというと、深夜に帰宅してテレビをつけると、
たまたま、テレビ東京で再放送されていたのを観たのがきっかけ、
ということである。

私が、最初に観たのは、第八話 ”アスカ、来日”であった。
この物語が、海に沈んだ横浜の上を舞台にしたものであることを知ったのは、
それから、十五年以上も経ってからだ。
つまり、それだけ長い間、興味を持ち続けていたということである。

何という斬新で、謎めいたストーリー。
バックに流れるクラシック音楽が映像にマッチしていて、
これがまた美しいのである。
私は、一晩でとりこになってしまった。

実は、このアニメ、
いろいろな過去の作品の影響を受けたものであるとはいわれているが、
私には、そんなことは感じられなかった。

ヱヴァンゲリオンは、この再放送で人気が出て、すぐに映画化された。
私も観に行ったが、このストーリーというか、内容がまるで分からず、
評判はかなり悪かった。

作品は、キリスト教や新旧約聖書などの世界をベースに描かれているので、
これらの知識がないと、わけが分からない。
主要人物の名前や風ぼうは、キリスト教の三位一体、ミサ、聖母を由来としたものだが、
その他の登場人物の名前には軍艦名が用いられている。
その実際の軍艦がたどった運命と登場人物の運命とが重なっており、
かなり凝っているというか、こだわりが感じられる作品でもある。

さらに、登場人物の謎めいた行動や、物語りに登場してくる施設の形状までが
心理学に基づいている。
また、分子生物学や遺伝子工学の専門用語まで飛び交うなど、
多方面の専門家も関わっているようにも思える作品である。

ただ、時代的なものはどうしようもなく、当初放映されたのは、
1995年という、携帯電話やネットが普及し始めた時代で、
スマホやiPad、iPodはもちろん、
MDプレーヤーさえそれほど普及していなかった時代だったと思う。

だから、作品の中は、2015年という設定であるにもかかわらず、
公衆電話が目立ち、主人公はカセットテープを聴いている
という状態である。
ただ、カセットテープの部分は、2009年の映画で、
父親が愛用していたものを聴いているという設定になっている。

原作者ご本人は、このアニメは衒学的なもの、
つまり、知識を見せびらかせたようなものにすぎないと
おっしゃっている。


先ほども述べたが、映画は1997年に公開され、
その後、新たな展開の映画として2007年、2009年、
そして、昨年11月にも公開されている。

私の一番のお気に入りのシーンは、1997年の映画の中で、
タイトル名にもなっているバッハのG線上のアリアをBGMに、
母から自立したアスカが、EVA弐号機で、
9体のヱヴァシリーズを相手に戦うシーンである。
あのBGMが、アスカの悲壮感にマッチしていてたまらない。


原作者でもある庵野秀明という監督さんが変わった方らしく、
観る者の現実逃避を嫌って、
わざと観客を失望感におとしいれるような作品をつくることがある。

先ほど述べた1997年に公開された映画もそうだが、
昨年公開された最新作も、
このアニメにいつまでも逃避し続ける観客を突き放す
そうした意図でつくったとおっしゃっている。

それは、映画の中では、時代が十四年経ったにもかかわらず、
主人公たちが、”ヱヴァの呪縛”によって14歳のままでいる
という設定によって暗示されているらしい。


もちろん、商売上の戦略というのも考えた上でのことではあろうが、
ちょっと、耳が痛い。




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おもろい話やで | 日記
2013.03.08(Fri):未分類
本日8日も、対台湾戦があるが、
ワールド・ベースボール・クラシックが盛り上がっている。

なぜ、盛り上がっているといえるかというと、
対ブラジル戦や中国戦でさえ、
NHKドラマや笑点、そして、あのサザエさんより
視聴率がよかったからである。

そこで、本日は、若干強引であるが、野球関連の話題を。


みなさんの母校が突然、高校野球で夏の甲子園に出場、
なんてことになったら、ビックリしますよね。
常連校でない限り、

1999年夏、そんなことが自分自身にあった。
わが母校、都立城東高校が、
東東京代表で甲子園出場を果たしたのである。
1980年夏に、西東京から都立国立高校が出場して以来、
都立高校として2番目の出場であった。

私も高校一年のときだけ野球部に所属していたが、
その頃は、一、二回戦で敗退が当たり前の状態。

卒業後もやはり、夏になると東東京予選が気になり、
予選のどこまで勝ち進んでいるのか時おりチェックしていたが、
ベスト16まで勝ちすすむなど、
着実に力をつけてきたというのは分かっていた。

が、1999年の夏は、
わが母校が、東東京予選でどこまで勝ち上がっているのか
まったくチェックしていなかった。

と、いきなり、都立城東高校が甲子園初出場、
というニュースが飛び込んできた。

私も、野球部が着実に力をつけてきたことを知ってはいたものの、
そこは帝京や関東一高など140校近くがひしめく激戦区東東京、
まさか甲子園に出場できるとは考えたこともなかった。
そんな私でさえ、驚いたのであるから、
いわんや、野球部が強くなっていたのをまったく知らなかった卒業生をや、である。

地元は江東区大島も、お祭り騒ぎ。

準決勝の相手は、当時は東東京にあった、あの早稲田実業高校だった。
スタンドは、ほとんどが早実ファンで埋め尽くされ、
早実は、相手が都立校だったということで、エースを決勝のため温存。
が、城東高校打線が、早実のピッチャーをボコボコにする。
エースが出てきたときは、時すでに遅し、ということだったらしい。

勢いそのまま、決勝では強豪、駒大高を降し、
甲子園初出場、ということだった。

が、甲子園では、智弁和歌山に2-5で初戦敗退。


都立城東高校の野球部が強くなったのは、
ある名物監督さんによるところが大きかったらしい。
一番でなければ意味がない、
二番では初戦敗退と同じである、
という蓮舫先生にもお聞かせしたいような思いで、
部員を指導していたらしい。

その監督さんが城東高校から異動された後も、
その指導の下で育った選手がもう一度夏の甲子園出場を果たす。
2001年の夏であった。

このときは、甲子園に行く前の野球部の打撃練習を見たが、
スイングスピード、打球音、打球のスピード、
久しぶりに見て聞いたというのもあるが、
自分が現役時代とは次元が違うと感じた。

この夏は、私も甲子園まで応援に行った。
東京から、夜行バスで、休憩も入れてだが、十時間ほどかかった。

甲子園に到着したときは、もうヘトヘトである。

第1試合にもかかわらず、地獄のような暑さ。
想像以上である。しかし、
『都立城東高校のスターティングメンバーを発表します。』
とのアナウンスがあったときだけは、
自分の母校が甲子園に出場したんだ、という実感で鳥肌がたった。

元来、恐怖で鳥肌がたつ、といったように、
イメージのよくない場面で使用することばらしいが、
鳥肌がたったのは事実である。

用意した2ℓボトルの水はあっという間になくなる。
かち割氷がとぶように売れるのもうなずける。
第2試合、第3試合だったらと思うと、おそろしい。

前にいる女子高生たちも汗でブラジャーが透けて見えてしまっている。
応援の仕方も、二度目の甲子園出場だったとはいえ、どこかぎこちない。

試合は、佐賀の神崎高校に2-4で、またもや初戦敗退。

しかし、甲子園に二度も出場ということになると、
グランドの様子が変わる。
今までは見たこともないスタンドやナイター設備が現れた。


先ほども述べたが、私は一年間だけ野球部に所属していたが、
受験勉強に専念したく、退部してしまった。
それで確かに勉強時間は増えたが、
当時は予備校にも通わず、というのは言い訳だが、
間違った勉強方法で決して学力は上がらなかった。

だから、野球部退部については後悔した。
その一方で、体は鍛える必要があると思って、
ジョギングを始めるきっかけになったということでは、
よかったのかもしれないが、それも心理学でいうところの合理化か…

当時の練習も、私には勉強との両立ができないほどの厳しさがあった。
チームの強さと練習の厳しさとがそのまま正比例するとは限らないが、
甲子園出場を果たした当時の練習は、質量とも、
おそらく想像を絶するものであったに違いない。

だから、すべてのスポーツの強豪高校の部員にもいえることだが、
失礼、強豪校部員に限らないが、
ベンチ入りできなかった三年生の補欠選手も胸を張っていい。
三年間、厳しい練習を耐え抜いたというだけで、すごいことである。
高校生当時は、自分のすごさに気がつかないものであるが、
きっと、社会に出ても活躍されるはずである。




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新聞の読み方 | 日記
2013.03.07(Thu):憲法・法律問題
昨日6日、東京高裁は、
昨年12月の衆院総選挙が、
一票の価値に格差があったとして、
(正確には、区割りを定めた公職選挙法の規定が)
憲法14粂(法の下の平等)違反である旨の判決を下した。

それまでも、最高裁が、
2009年に民主党が圧勝した総選挙は ”違憲状態”という判決を出していた。
”違憲状態”と ”違憲”が具体的にどう違うかというと、
本当は違憲なんだけど、国会も法律とかを改正するのに年数がかかるだろうからと、
裁判所が、具体的にではないけれど、猶予期間を与え、
その猶予期間内なら、”違憲状態”
その猶予期間を経過したら、”違憲”ということになる。

ただ、昨日の東京高裁は選挙は違憲としながらも、
総選挙の直前に成立した”0増5減”の法律が実施されれば、
一票の格差は2倍未満になるということを考慮して、
選挙自体は有効とした。

これは、”事情判決”とよばれるもの。
もともとは行政事件訴訟法に規定されているものだが、
この規定を援用した判決が、選挙無効訴訟でよくなされる。

この事情判決、
これ、無効にしたら、さすがにアカンやろ、
とういう場合になされる。

選挙の場合だと、選挙のやり直しはもちろん、
それまでなされた国会での審議のみならず、
成立した法律や予算まで無効となってしまう。
だから、裁判所もなかなか無効判決までは出せない。

ただ、裁判所も、そろそろ堪忍袋の緒が切れるだろうといわれており、
今回の判決や、他の高裁などに提訴されたものの判決が注目されている。

だからこそ、国会は、この前の総選挙直前になって
慌てて、”0増5減”の法案を通したのである。

弁護側は、選挙無効判決がなされなかったことを不服として、
最高裁に即日上告。

それにしても、あの三人の弁護士たち、
単に自分たちが目立ちたいだけ、というのが、
ありありである。
さすがに、あれだけ露骨だと、鼻についてしまう。

他の原告の方たちも、
モザイクがかかっていなかったことからすると、
顔が露出するのを避けてはいなかったはず。
あんなに他の原告の方たちを押しのけて、自分たちが前面に出なくとも…

ところで、最高裁が、もし、あの選挙を無効としたら、
やっぱり、選挙はやり直し?


どうでもいいけど、3ヶ月が経とうとしているのに、
数百万円の供託金、まだ戻ってきていないんですけど…



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新聞の読み方 | 日記
2013.03.06(Wed):外交・安保問題
オスプレイの低空飛行訓練前日に
突如、四国-紀伊半島ルートに変更


オスプレイについては、その安全性が懸念されることが多く、
地元の方たちにとっても、その点が最も心配されるところである。

ただ、今回のルートとは無関係なところで暮らしている
のんきな私は、主権についても考えさせられた。

今回のルート変更は、
当初の九州ルートでは陸上自衛隊の射撃訓練があるので、
という米軍側の ”お心遣い”によるものらしいが、
前日に通告するだけで、何者にも邪魔されず、どうどうと飛行できてしまう。
日本人だったら絶対許されない。
日本の上空なのに…

しかも、防衛省幹部によると、
事前に飛行の日時やルートの通告があることだけでも
異例なことらしい。
たしかに、軍事機密の一つなのであろうが…

2004年8月、米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落した際、
日本の警察、行政、そして大学関係者が現場に立ち入ることを
米軍に拒まれたということがあった。

日本の領土なのにである。

米軍の機密やら放射能漏れのおそれやら、
拒まれた理由も分からないではないが、
これで、日本の主権があるといえるのであろうか…

ちなみに、主権、もしくは、国家の統治権とは、
『他国の意思に左右されず、自らの意思で国民および領土を統治する権利』
というらしい。


私の年代の方は、覚えていらっしゃる方もおられると思うが、
飛行機に乗っていて、羽田空港に着陸するのに、
偉く迂回していた時代があった。

それは、横田空域というものの存在による。
横田基地の周辺、
周辺とはいっても、関東甲信越地方の1都8県を含み、
高さも約7,000メートルもある巨大な空間である。

日本の飛行機は、米軍の管制を受けない限り、
この空域を飛べない。

その後、高さ制限が緩和されたりして、
飛行機も離陸する際、
急上昇せずにすむようにはなってきているようであるが…


今日も、日米安保条約と関連協定に基づいて、
日本の ”主権”を守るべく、
米軍と自衛隊は、訓練をしている。



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新聞の読み方 | 日記
昨日4日の衆議院本会議で、
安倍首相の所信表明演説に対する各党の代表質問があった。

自民党の小池百合子代議士は、
国会議員に占める女性の割合が低くなったことをあげながら、
女性の社会進出促進を訴えかけていた。

人間も動物の一種と考えると、つまり、体の作りからすると、
実際に子どもを産み、おっぱいを出す女性のほうが、
子育てむきにできている。

子どももゴツゴツした体の男性に抱っこされるよりは、
女性に抱っこされたほうが気持ちいいはず。

だから女性が育児、というのは昔の話。

人間は、動物といっても、そこは人間。
体の作りがそうだとしても、社会で活躍したい女性もいれば、
家事や育児をしたい男性もいるはず。

女性も男性も社会で活躍したい場合に問題なるのが育児。
保育所に預けたくとも、保育所が足りないという待機児童の問題。

しかも、無理に保育所に入れてもらうと、
こんどは、定員オーバーによる幼児の事故死
という痛ましい事故も実際に起きている。

だから、保育所や保育士の数を増やすことのみならず、
保育士の質の向上も求められている。

このように、子育てでご苦労されている方が多いので、
みなさん、子ども問題にはご熱心のようである。

それは、それで結構なのだが、
私が気になるのは、お年寄りへの対応。

あたかも、お年寄りのみんながみんな
巨額の資産や富を持っていると思われ、
国や地方の財政が厳しいからと、最近、
お年寄りに冷たい政策が増えているような気がする。

ただでさえ医療費がかかるというのに、窓口負担が増えるとか、
何年も前の話だが、税金の老齢者控除が廃止されるとか。


ママたちは、認可保育所の選考に落ちたことで
東京は杉並区に対して集団で異議申立てを行ったり、
放射能の問題などで、子どもたちのことで一生懸命になる。

かたや、お年寄りたちのほうは遠慮しているように見える。

私もそうだが、200円弁当や
スーパーでの賞味期限・時間切れまじかの割引弁当を買う人に
お年寄りの姿がすごく目立つ。
ご婦人方がセールで衣服の取り合い、というのはよくある光景だが、
お年寄りどうしの割引弁当の静かな取り合いもある。


子どもの問題でも、お年寄りの問題でも、
社会、もっと特定してしまうと会社の理解も必要。
育児や介護で苦労されている職員を差別してほしくない。
利益に影響してしまうのは、分からないわけでもないが、
そこは人間なのだから、数字とかで機械的にみてほしくない。


しつこいようだが、だから、私は本人訴訟を起こした。



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さて、昨日述べた、
脱税取締まりにご協力いただいた警察を表彰するという式典、
その式典では、当時の大蔵大臣のご挨拶というものがあった。

が、実際は、大蔵大臣がこの式典に出席されるわけではなく、
政務次官という、今でいうと政務官に当たり、
当時は大臣の次に偉い方が代理で挨拶をすることになっていた。

ただ、政務次官ご自身がイチからご挨拶をお考えになるわけではなく、
私のほうから、式典の日程と合わせて、こんな感じでご挨拶くださいと、
ご説明にうかがったのである。

そのお相手が、今の谷垣法務大臣だっということである。

その谷垣大臣は京都のご出身なので、
地元のお酒をお持ちしたところ、
非常に喜んでくださった。

ご本人は、このときのことはお忘れになっていることとは思うが、
まさか、その十数年後、形式的にはこの方を被告として
自分が訴訟を起こすことになろうとは、夢にも思わなかった。


そして、当日、会場に谷垣政務次官がご到着。
ご挨拶も無事にすみ、お帰りになる際、
私以外の酒税課の課長補佐に一言、

『京都のお酒っておいしんだよね。』

聞かれた、その課長補佐も一言、

”いや、そんなことはないですよ。”


後日、その課長補佐から、怒られた。



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おもろい話やで | 日記
谷垣大臣が、当時の大蔵省の政務次官だったころ、
ノーパンしゃぶしゃぶなど大蔵パッシングがなければ、
晴れて税務署長になれたはずの年、
私は、国税庁の酒税課というところで、課長補佐を勤めていた。

酒が一滴も飲めないのにである。
まー、飲めないほうが中立的な行政ができるというものである。

それはさておき、具体的に何をしていたかというと、
主に、取締功労賞という年に一度の式典の準備だった。
ちなみに、今はやってないようである。

何それ?

その式典というのは、
国税職員が脱税犯を取り締まる際などに
警察にご協力いただくことがあり、
そのご協力くださった警察署や警察官を
感謝の意を込めて表彰する、というものである。

なんで、酒税課?

それは、戦後、脱税といえば酒の密造によるものが
ほとんどだったので、その名残りである。

密造のケースがほとんどなくなっても、
その式典は酒税課の所管のままだったので、
霞が関にある国税庁の酒税課職員のみならず、
全国の主要都市にある各国税局の酒税課職員も含め、
いまだに酒税課が式典の準備をするのに不満を抱いていた。

と、いうのも、全国の各国税局でも、
中央官庁の国税庁が行っていたのと同じような式典を
それぞれで行っていたからである。

そこで、私は、当時の国税庁次長(長官の次に偉い方)に泣きついて、
式典の所管を酒税課から移すようにお願いしたら、
なんと、総務課に移った。

各国税局の酒税課職員のみなさんは非常に喜んでくれてはいたのだが、
ちょっとさみしかったのは、
誰ひとりからも、お礼を言われなかったこと。

おそらく、酒税課がそうした式典を実施しないのが当然、
という思いが先行していて、
所管が移った経緯を知ろうとしなかったからだと思う。

しかし、役所で所管を移すというのは、大変なことで、
非常に苦労したのだが、誰からも感謝はされなかった。
もちろん、感謝されることを目当てに
他の課に移管することに努めたわけではなかったのだが…

特に、同じ国税庁の酒税課職員の方からも、
後日、職員を一人減らされてしまったので、
感謝というよりも、恨みをかってしまったような気がする。


ところで、谷垣大臣との思い出はどうしたの?

すみません、また後日にさせて下さい。



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本日は、一昨日のブログのつづき。


東京地方裁判所の14階にある民事部に行って、
訴状を正式に提出する前にご相談。

建物は、自分が三年前まで勤めていたところだから、
緊張はまるでない。

私が国税庁の同期と同じように部長に昇任したところで、
給与の額とかは、月に数千円の違いしかなく、
退職金に反映されたところで数万円の違いにすぎない。
慰謝料も含めたところで、10万円程度だろうと思い、
10万円の請求にしていおいた。

ただ、本当の理由は、訴状に貼る印紙代を節約するため。
印紙代の最低額が1,000円で、
それに相当する請求額が10万円だったからである。

繰返し、きれいごとを言うが、
この裁判の真の目的は、お金うんぬんよりも、
介護や育児でご苦労されるであろう職員のため、
人事当局をけん制することにあるからである。


と、思いきや、裁判所の職員から言われてしまった。

『請求額は裁判官が決めます。』

と、いうことで、印紙代は、
後日、裁判官が決めた請求額に基づいて支払うことに。
訴状を提出する段階で、必ずしも印紙を貼る必要がないことは、
ここで初めて知った。

『訴状は、きちんと書けてるようですね。』

とお褒めのことばをいただいた。

三年前までは、仕事で、
刑事事件の訴状はいくつも目にしてきたから、馴染みはあったものの、
実際、ゼロから自分で書いてみるのは大変だった。
行政法や訴状の書き方の本も何冊も読んだし。

この職員の方、非常に親切な方で、
本人訴訟と知って、書類の添付の仕方やホチキスの止め方など、
いろいろ丁寧に教えてくださった。
自分も役所に勤めていたので、想像はしていたが、
こうした細かいところから、決まりがある。


そして、ようやく正式に訴状を提出。
と、思いきや、一時間近く待つ。

  日々、民事訴訟だけでも、こんなに訴えが起こされているのか…

さすがは、東京地方裁判所。

私の場合、行政訴訟で、被告は国になるので、
管轄は東京地方裁判所となる。
そして、被告の代表が谷垣法務大臣。

この谷垣大臣とは、ちょっとした思い出がある。
それは、谷垣大臣が当時の大蔵省の政務次官だったときである。
そのときのお話しをしだすと長くなるので、また、後日に。

さて、自分が訴状を提出する番になって、
職員の方に行政訴訟であることを申し伝える。
すると、職員の方が、一瞬、たじろいたというか、困惑したというか、
そんな反応ぶりだった。

  行政訴訟って、めったにないのか?

そこで、職員の方が二人がかりで、
訴状や添付書類をチェック。

10分ほど経って、

『三つの事件をいっしょに提起されてますが、
 事件名は、”等”を入れて一つにしていいですか?』

とだけ言われた。

私も、2/4付のブログで、
わいせつ系事件は、興味本位で傍聴する不届きな輩が多いので、
窃盗とか傷害とか他の事件といっしょになっている場合は、
”等”ということばで、
わいせつ系のほうの事件名が隠されることがある
と述べたが、この訴状の提出の段階でも、”等”が入ることを知った。

ちなみに、私の場合、行政訴訟だから、
もちろん、わいせつ系事件ではない。

正式には、
転任処分取消請求事件、
却下裁決取消請求事件、そして、
国家賠償請求事件の三つである。

さらに、郵便切手代がかかるので、
6千円の予納が必要だと言われた。

予納は、9階にある出納第二課という別の場所で行うのだが、
受付締切りの午後5時の1分前に滑り込みセーフで、
6千円を納める。

訴状を提出するだけで半日かかった。

だから、14階の入口には、
”午後は混雑しますので、なるべく午前にお越しくださるよう、
 ご協力のほど、よろしくお願いします。”
と、いった看板が置いてあった。


あとは、国、実際は、国税庁や人事院からの反論、
そして、裁判所からの呼び出しを待つのみ。

ちょっとだけ、楽しみである。



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新聞の読み方 | 日記
2013.03.01(Fri):外交・安保問題
本日は、自分が東京地方裁判所に行って、
訴状を提出したときの具体的な様子について
ご紹介しようと思っていたが、
昨日28日の衆議院予算委員会で気になる質疑があったので、
そこについて述べさせていただきたい。

と、いうのも、そもそも私が立候補したのも、
忙しいみなさんが、選挙のときなどにきちんと判断していただけるよう、
自らが国会などで見聞きした議論のようすなどを
なるべく分かりやすくお伝えしたいということもあったからである。

それは、選挙期間中、演説の中でも訴えてきた。

私は、落選してしまったので、何もしていないわけではないが、
みなさんよりは時間があると思う。
だから、できる範囲で、お伝えしたい。


TVで国会中継とかしてるけど、質疑が、新聞とかTVを見ていれば
誰でもできそうなフワッとしたものが多いので、
私も、聞き流していることが多い。

昨日の民主党の前原代議士の質問にしても、
1月に報じられた、政府の防衛大綱の見直しについて、
民主党が決めたものだから見直す、
というような言い方はやめてくれとか…

一方、自分が公認をいただいた政党だからよいしょするわけではないが、
維新の会の山田代議士の質問は、わが意を得たり、というものであった。

ちなみに、この山田代議士、東京選挙区で比例復活された方で、
私が、選挙期間中、さばききれなかった政党チラシを
一部引き受けて下さった方でもある。

さて、たいていの国会議員は、その時々に旬なものを取り上げて、
追及しっ放しで終わり、ということがほとんど。

だから、私も当選して質問する機会を与えられたならば、
過去に他の国会議員が追及したものが、その後どうなったのか、
貴重な税金がきちんと効果的に使われたのか、
といったような質問を中心にしてみようと考えていた。

昨日の山田代議士の質問も、そんな類のものだった。

TPP交渉参加が事実上決まり、おそらく、将来的には、
関税の撤廃・引下げにより国内の農産品が打撃を受けるので、
国内農業の対策費として大幅な予算計上があるであろうと。

ただ、同じようなことが20年ほど前にもあった。
ウルグアイラウンド交渉の結果、コメの輸入・関税化が始まり、
その際、八年で6兆円を超える農業対策費が計上されたと。

しかし、その多くが、
農道整備や娯楽施設の建設などの箱ものに使用され、
国内農業の競争力を高めるために使われなかったのではないかと。

それに対し、
評価はいろいろあると思うが、農業対策費を計上するにしても、
その中身をきちんと検討してまいりたい、そんな答弁だったと思う。

6兆円も超える税金である。
納税者数を6千万人だとしても、一人当たり10万円を超える税金である。
一概に農道整備がいけないというわけではないが、
もっと真剣に使い道を考えてもらわないと困る。

次に、安全保障の問題に関し、恥ずかしながら知らなかったのが、
集団的自衛権の解釈である。
それは、政府が、
わが国は、集団的自衛権はもっているが、憲法上行使はできない、
そんな解釈をとっているということ。
菅官房長官がそう答えていた。

行使ができない権利は、もはや権利とはいえない、
そんな権利があるか?

山田代議士は、至極当然の質問をされた。

一般論として質問されたのに、
答弁は、安全保障の問題に限ってお答えしますと、
わざわざ個別の問題にすり替えたことを前置きしつつ、
安全保障有識者懇談会などでしっかり議論してまいりたい、
と、的をはずしたものであった。

個別の質問を一般論にすり替える答弁はよくあるが…

いずれにしても、試験だったら、×である。

そもそも集団的自衛権とは、ざっくり申し上げると、
米国などの同盟国が攻撃を受けたときでも、
わが国が自衛権を行使できる権利のことである。

だから、これが行使できない権利ということになると
論理矛盾をおこす。
そして、具体的には、自衛隊は、攻撃を受けたら反撃できるが、
近くにいる米軍が攻撃を受けても手出しはできない、
こんなことになる。

実際問題として、そんな峻別ができるのか、
ということである。

あと、集団的自衛権の解釈権はどこにあるのか、
という問題もある。

”一般論として申し上げれば” 最終的には裁判所にあるのだが、
何か個別具体的な事件にでもならないと、裁判所は判断を示さない。
そんな事件が訴訟となっても、高度に政治的なものだから、
という理由で判断を示さないことが多い。

この問題を日米安保条約という条約の延長の問題ととらえると、
条約の交渉・締結権は、内閣にあるのだから、
政府と考えられないこともない。

ただ、安全保障という全国民的な話になると、
やはり、全国民の代表から成る国会にあるべきだろう。


山田代議士の最後の質問も、なるほどと思われるもの。

日銀総裁候補者についての審議が
まさにこれから議院運営委員会で行われるのだが、
これは、秘密裡に行われ、
国会議員でさえ傍聴出きる者が制限されている。
こんな重要な問題は、オープンにして審議すべきだと。

現在の国会法では、委員会は原則非公開となっているので、
法的には何ら問題ないのだが、
山田代議士のおっしゃるとおりである。

自分も早く、こうした質問もしてみたい。
特に、論理をすり替えた答弁を許すような風潮のある
国会・委員会の雰囲気を変えたい。

そして、最終的には、木で鼻を括るような答弁をしてればいい
大臣になりたい。



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