2013.10.31(Thu):わたしの信条
まずは、暴力団関係者に融資をしながら
二年間放置していた“みずほ銀行”。

二年間も放置しながら
“隠ぺい”と認めない問題、そして、
『担当役員までしか把握していなかった』
との当初の説明を
『当時の頭取まで把握していた』
と一転させるという問題
こうした問題はあるが、
当初開かないといっていた記者会見を開き、
一応、謝罪もしている。


次は、メニューを“偽造”した阪急阪神ホテル。

開き直りの当初の記者会見はバッシングの嵐。
それを受けての次の記者会見でも、
“偽造”という言葉を都合よく定義したり、
仕入れ先の責任にしたり、
へ理屈をこねたり、
結局、謝罪していない。

そこには、相手、
つまり、お客への思いやりというものがなく、
“正しいことを言って何が悪い”
といった意識さえ、表情からも垣間見える。

こうした意識の持ち主は、
霞が関の役人などエリート意識の強い者に多い。

訴訟対策というのもあるのだろうが、
誠実さとか、道徳心といったものが
まるで感じられない。


みずほ銀行も、阪急阪神ホテルも、
どちらも数社が合併した企業。
冷遇されているサイドが
情報を漏らしたとも言われている。


“ほこ×たて”のやらせ問題でも、
フジテレビは制作会社の責任を強調し、
阪急阪神ホテルの問題が発覚してから、
ようやく、メニューの“誤表示”を
次々に明らかにした複数のホテルは、
“悪意”がなかったことを強調。


どうやら、役職ある人たちは、
“ばれなければいい”
“自分が荷担していなければ許される”
と思っているようだ。

何のための役職なのか。
相応の注意義務をきちんと果たしつつも、
部下や関係者などが不祥事を起こしたら、
説明責任や結果責任を果たす。
それが役職をもった者たちの役割ではなかろうか。

ふんぞり返っているだけで莫大な収入が転がりこんでくる、
そんなポストと勘違いしているのではないのだろうか。



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先日、自転車を購入した。

そこの自転車屋には、
自転車を乗るときに罰せられる行為について
イラストで紹介した張り紙があった。

酔っ払い運転はもちろん、
携帯や傘を持ちながらの運転、
二人乗り、
(ただし、専用のいすに座らせるときは
 幼児であれば一人まではOK)
そして、二人以上が並走しても罰せられるみたいだ。

自転車屋のご主人によると、
携帯や傘を持ちながらの運転は、
片手で運転するのがいけないということなのだが、
ならばと、傘を自転車につけて
両手で運転する人もいるらしい。

が、その傘も大きさが自転車の幅を超えると
やはり条例で罰せられる
という地方自治体もあるようだ。

私は、中学生時代、
よく自転車を乗りまわしていたのだが、
最近は自転車による事故も多くなり、
当時と比べ、
いろいろ規則も厳しくなったようだ。

ただ、二人乗り、片手運転などは
たくさん見かける。
その日の午前中も雨が降っていたのだが、
傘をさしながらの自転車は
バンバン走っていた。

要は、取り締まる人がいなければ
どんな規則も絵に描いた餅である。

その顕著な例が、
歩きながらの喫煙。

条例で禁止している地方自治体は多いが、
取り締まっているところを
私は見たことがない。

だから、禁止区域でも
歩きながら平気でタバコを吸っている人は多い。

私はタバコの煙が大の苦手。

喫煙者は好きでタバコを吸っているのだから、
吸うほうではなく、
周りの歩行者が吸わされることになる副煙が出るほうに
フィルターをつけてもらいたものだ。



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2013.10.29(Tue):外交・安保問題
最近のニュースを見ていると、
日本の政治は、この一言ですむ、
とあらためて思う。

例えば、特定秘密保護法案。
政府が指定した秘密は開示しないどころか、
開示した者や、そそのかした者も罰する。
国民になるべく情報を与えない、
そんな姿勢がうかがえる。

かたや、
米国の国家安全保障局(NSA)の元局員スノーデン氏、
米国政府は
35か国の首脳の携帯などでの会話を盗聴していたと暴露し、
盗聴が明らかになったドイツのメルケル首相なんかは激怒、
オバマ大統領にきちんと抗議。

それにもかかわらず、日本政府は、
安倍首相の携帯は絶対大丈夫だから、
アメリカ政府には注意するどころか、
確認さえしない、という。

なんと寛大な姿勢であろうか。
日本国民に対しても同じように寛大であってほしい。

安倍首相とも個人的に連絡をとっている
ある政治評論家によると、
役人は、同じ日本人には情報を秘密にしたがるが、
在日アメリカ大使館には、
その点おおらかでベラベラしゃべるらしい。

だから、アメリカ大使館員のほうが、
日本人より日本の情報を持っていることが多く、
取材対象としては最適、ということ。

オスプレイをはじめとする米軍基地問題にしも、
肝心の地元住民への説明は全部後回し、
すべてが決まってから行われる。

まー、これは米軍基地問題だけでなく、
ゴミ処理施設問題など地方自治政府にも
いえることではあるが。

こうした、
日本人に対する態度とアメリカに対する態度との違い、
安全保障や外交秘密ということを考慮したとしても、
あまりにも露骨すぎる。
姿勢としては本来は逆であるべきだということを
日本政府が自覚していない点が厄介である。



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ある日、
東京は御茶ノ水駅のホームで
電車の到着を待っていると、
小さな女の子を抱っこしたお父さんがいた。


先に、向かいのホームの電車がやって来た。

お父さんに抱っこされた女の子は、
急にうれしそう顔になって、
電車に向かって、
一生けん命、拍手をし始めた。


そして、ついに、
待っているホームに電車がすべりこんできた。

が、その女の子は、
近づいて来る電車に気がつかない。

すると、お父さんは、
“電車が来たよ”
と、その子に知らせるかのように、
女の子を電車のほうに向ける。

女の子は、あわてて、
笑顔になって、
一生けんめい、小さな手をたたきだした。


昨年の夏休みシーズン、
大阪で仕事をしていたとき、
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)
方面にある会社に行くため、
西九条駅で『ゆめ咲線』の到着を待っていた。
(このネーミングがまたいい!)

周りには、USJに行くため電車を待っている
家族連れがたくさんいた。

ホームに、ゆめ咲線が入ってきた。

私の眼の前にいた小さな子どもたちは、
車体中キャラクターで彩られた電車を見て、
一気にテンションが上がり、
はしゃぎ出した。


子どもは本当にかわいい。

しかし、それは育てるという責任が、
自分にはないからであろう。

多分、私の感覚は、
おじいさんが孫をみる気持ちに
近いのかもしれない。



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先日、NHKで『うつ病』についての番組が
放送されていた。

その番組によると、
うつ病の原因は、以下のとおりらしい。

脳のもっとも古い部分にある偏桃体というのが、
ストレスを感じると活動し、
ストレスホルモンが分泌され緊張状態になる。

ただ、こうしたストレス状態がずっと続くと、
たとえ、そうした環境から抜け出しても
ホルモンの分泌が止まらず、脳が委縮してしまう。

その結果、意欲や行動の低下、
恐怖・不安・悲しみといった感情が生じるらしい。

偏桃体というのは、数億年前、
脊椎動物(魚類)が神経を集中させる器官、
つまり、脳をもったときに、
天敵から身を守るためにできた組織らしい。

そして、チンパンジーといった霊長類が
社会を形成し始めると、孤独を感じるようになり、
原始人の段階になると、
ストレス状態を記憶できてしまうようになった。

さらに、人類が言語をもったときには、
実体験をしなくとも、他人から話を聞くことで、
ストレス状態を疑似体験できるようになってしまった。

このように、魚でも『うつ病』になるのだが、
生物の進化とともに『うつ病』発症のリスクが高まった、
ということらしい。

現代はストレス社会といわれているが、
特に、不公平に扱われていると感じると、
偏桃体が活動し、
ストレスホルモンも分泌されやすくなるらしい。

だから、自己裁量の範囲が広い
医師や弁護士といった専門職、
あるいは、社会的立場の強い人は、
『うつ病』にかかることが比較的少なく、
他方、自己裁量の少ない職種、
あるいは、社会的立場の弱い人は、
『うつ病』にかかりやすいらしい。


そこで、大企業に勤める方やキャリア官僚の方が、
出向先やノンキャリアの部下に対し注意をする際は、
是非、気をつけていただきたい。

同じ採用者どうしの出世争いは実力によるのだろうが、
それ以外の場合は、
仕事で何か成果を収めたから上司の立場にあるのではなく、
単に、採用形態の違いによって、
そうした強い立場にあるにすきないからである。


部下を怒鳴り散らすことで、
自分のストレスは発散できるのかもしれないが、
ただでさえ不公平感を感じている部下の場合、
ますます強いストレスを受け、
『うつ病』になる可能性も高まるからだ。

教師と生徒との間、
政治家と秘書・職員との間も、
似たようなことがいえるのかもしれない。


外国かぶれと言われるかもしれないが、
私が25年近く勤めていた間、
『うつ病』まで意識しなくとも、
部下のことを思って注意できた上司は、
日本の行政の職場には少なく、
OECD(経済協力開発機構)時代の上司が
一番意識されていたと思う。

もしかしたら、彼女ら彼らは、
管理者としての教育を受けてきたのかもしれない。

日本の行政の職場の場合、
自分のストレスがたまったから叱る上司、
部下の行動を逐一把握しなければ自分の気がすまない上司、
そして、部下の主観的・生理的事情まで
自分で判断できると勘違いした上司、
そんな上司のほうが多かったような気がする。

すみません。
また、愚痴を言ってしまいました。



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先日、本人訴訟のため、
東京地方裁判所に行ってきた。

今までの数か月間、
弁論準備手続きという、
裁判官、原告の私、被告の国とだけで、
争点や証拠などについて話し合う
打ち合せのようなことを
密室の場で行ってきた。

先月、この弁論準備手続きというのが終わった
(9/27付のブログご参照)のだが、
このまま判決というわけにはいかない。

裁判というのは、
審判が公平に行われているか、
誰でもみられるよう、公開が原則である。
憲法82条にも規定されている。

(これに関連して、
 口頭主義や直接主義の要請
 といったオタク的な理由もあるのだが、
 そこは、割愛する。)

だから、弁論準備手続きのまま判決をしてしまうと、
公開の原則に反することになってしまう。

そこで、いったん、
弁論準備手続きでどのような話し合いが行われたのか、
公開の法廷で陳述して明らかにする必要がある。

そのための裁判が、先日、
数か月ぶりに、
公開の法廷で行われたということである。

ただ、弁論準備手続きの結果陳述というのは建前で、
実際は、裁判長の
『弁論準備手続の結果を陳述します』
(といったような言葉だったと思います。
 すみません。正確には覚えていません。)
という一言で終わった。

裁判の内容にもよるが、
効率性や実効性といったことから、
いちいち陳述していられないということである。

実際、その日も、傍聴席には、
国税庁の職員と思われる人が一人だけしかいなかった。


そして、
判決の期日は来年の1月下旬、
ということを言い渡されて、閉廷した。



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最近、といっても数年前だが、
近所に手作りパン屋ができた。

鼻につく言い方をさせてもらうと、
パリで暮らしていたときに食べた
フランスパンとクロワッサンの
おいしさが忘れられない。

日本では絶対に出会えない。

小麦粉やバター、牛乳、水といった原料、
湿度といった気候・風土の違いで
これは、どうしようもないことなのかもしれない。

しかし、この近所のパン屋は、
北海道産の小麦粉を使用していることもあり、
フランスパンやクロワッサンは、
本場のものにかなわないものの、
かなり近い。


ただ、このパン屋には
もっとすごいところがある。

小さなトングがあるのである。
お子様用の。

おそらく、
トングを使って自分でパンを取りたがる
そんな小さなお子さんが多いのであろう。

しかし、子どもにとっては、
ふつうのトングでは、
大きすぎて、挟む力もいる。
だから、
うまくつかめなかったのであろうか。

小さなトングが置いてあるお店を
私は、初めて見た。


多少コストをかけても、
ちょっとした気遣いができる。
そこが、私はすごいと思う。



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昨日のブログで、
本来、政府与党や衆院の暴走を止める
衆参のねじれが悪者扱いをされるのは、
ねじれ自体に問題があるのではなく、
むしろ、政治家の妥協する能力の欠如にある
ということを述べた。

しかし、妥協する力を身に着けるのは難しい。

気の合った者どうししだけが付き合う環境、
また、力関係がはっきりしている環境では、
妥協する力は、身につきづらいといわれている。
例えば、学生には難しいといわれている。

逆に、
反対意見の持ち主と妥協せざるを得ない状況で
妥協する力は身につくといわれている。
想像するに、夫婦の間では妥協の連続であろうから、
独身の私は、既婚者と比べ、
妥協する力は劣っているのかもしれない。


今の政治や役人の世界では、
比較的力関係がはっきりしているから、
力のある者は、妥協をする必要がない。

だから、
日本の政治家や役人は、国内では威張れるので、
妥協する力がなくても、どうにかやっていける。

しかし、
自分が上位になれない外交となると、
めっきり弱くなってしまう。

衆参のねじれも克服できない。


力関係という点で、自らの経験をいえば、
OECD(経済協力開発機構)や裁判所、
衆議院の調査局など
国際機関、司法、立法の職場では、
職制という理由もあったが、
上の方でも、
比較的自分の意見を聞いてくださった。
だから、働きがいがあった。

逆に、
国税庁や旧大蔵省といった行政の職場では、
上の人に自分の意見を聞いてもらった記憶がない。
とにかく上は、聞く耳をもっていなかった。
途中であきらめて、
自ら意見を言わなくなったというものある。

だから、
働きがいを見出せなくなった。


すみません。
最後のは愚痴です。



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2013.10.18(Fri):憲法・法律問題
最近、ニュースになっている
『特定秘密保護法案』。
本来、国民が知るべき情報まで
秘密にされてしまうのではないか
危惧されている。

だから、与党内でも
公明党は、この法案に消極的だった。
が、『知る権利』や『報道・取材の自由』などの
文言が明記され、担保されることで、
この法案を了承することになった


もともと昔は、王様独裁の世の中だった。
例えば、王様が自分勝手に税金をつくることができた。

しかし、こうした独裁をやめさせるために、
権力を王様一人に集中させることから
多くの機関に分散させる
という方法がとられるようになった。

例えば、立法権は国会、行政権は内閣、
そして司法権は裁判所という三権分立も、
権力を分散させる手段の一つである。

そして、同じ国会でも、
衆議院と参議院とに分けることで、
権力の分散が図られている。
だから、衆参のねじれというのは、
決して悪いことではない。

むしろ問題は、妥協力の欠如にある。
“妥協”とは、一方的に譲るという意味ではなく、
お互いが譲り合って一致点を見出すという意味だ。

ねじれ結構、
そのねじれ状態から妥協点を見出すこと、
しかも、素早く妥協することこそが、
独裁政治を防ぐための、
政府与党の独善を防ぐための、
本来のあるべき姿なのである。

それなのに、
衆参のねじれは、
決められない政治を生むから悪い、
参議院は不要、あるいは、
ねじれが解消してよかった、
というような言われ方をされる。

それまでは、
参議院は衆議院のカーボンコピー
と揶揄されていたのに…

そうではなく、
今回の特定秘密法案の与党内合意でみられたような
素早く妥協する力があればいいのである
(ただ、集団的自衛権や消費税の軽減税率など
 自民党・公明党間で懸案事項は多い)。

その力が政治家にないから、
政府与党や衆院の暴走を防ぐための
“ねじれ”が悪者扱いにされるのである。

最近の米国議会にも
同様の状態が見受けられる。

ただ、
妥協する力を身に着けるのは難しい。

長くなりそうなので、つづきは後日。



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数か月前、
私は、自分が出版した本を
近所の喫茶店、そして
床屋や美容院に手当たり次第訪れ、
本を置いていただくようお願いしたものの、
ほとんどの美容院は受け取ってくれなかった。

喫茶店の場合、本を受け取ってくれたものの、
後日覗いてみると、
ほとんどのところで店内に置いてくれていない。

聞いてみると、本部のお達しで、
”置くな”
と言われたということ。

しかし、床屋のほうは、
受け取ってくれたところは、
いまだに置いてくれているみたいだ。

ただ、一軒だけ、
『場合によっては、読んだら捨ててもいい?』
といわれたところがあった。
その後どうなったか気になったので、先日、
その床屋に散髪に行ってみた。

なんと、店内に置いてあった。

が、髪を切ってもらいながら
店主さんとお話しをしていると、
理容組合はやはり自民党支持であるということ、
そして、あなたには入り込む余地はない
みたいなことを言われてしまった。

そして、私にとってよりショックだったのは、
私の本を読んでくれていなかったということ。

この他にも、
本を読んでくださった方々に、
お話しをきく機会は何度かあった。

自分が書いたことを忘れたことまで覚えていてくれて、
こちらのほうが驚いてしまうこともあれば、
この店主さんのように、
あまり読んでくれていないと分かってしまうこともある。

私の本の評価は、概して悪くはないのだが、
流し読みをされている場合があることも分かり、
改めて、読む人によって
評価はまちまちであるという
至極当然なことを痛感させられた散髪だった。



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みみっちい話で恐縮ですが、
普段、私が買い物で工夫していることを
一つ紹介します。

最近、スーパーなどでは、
レジ袋を利用すると2円かかる
というところが増えていますが、
逆に、
レジ袋を利用しなければ2円、
買い物代金から引いてくれるところもあります。

そこで、私は、
一か所のスーパーで一度に買い物をすますのではなく、
買い物場所、買うものをできるだけ分散させて、
その度ごとに2円割り引いてもらっています。

そうすれば、例えば、100円の買い物をするときは、
2%もの割引となって、ばかにはできないのです。


と、いうように、
生活するのが大変だ!
みたいなことを書きすぎたためか、
お知り合いのご家族の方々から、
ご自身のところでつくられたものを
いただくことがありました。

感謝の気持ちでいっぱいになるのと同時に、
独身で、両親のいない私にとっては、
何か、家族の一員になれた感じがして、
本当に嬉しくなります。

それが錯覚だと分かっていても。

もちろん、何かいただこうと思って
ブログを書いたわけでは決してありません。

ただ、今後は、
あまり生活に困っているような
そんな印象を与えるようなことを書くのは、
控えるようにします。

ご心配をおかけして、本当にすみません。



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2013.10.14(Mon):わたしの信条
先日、NHK大河ドラマ
『八重の桜』の再放送を見ていたら、
次のような場面があった。

京都府知事が予算案を提出せず、
府議会を欠席。
そこで、八重の兄で
府議会の議長となった覚馬が、
議員たちに、
議会・府民を無視する知事の横暴を
各々地元に戻って訴えましょう、
と申し渡す場面である。

実は、この時代はまだ
議員が市民らの投票によって
選ばれていたわけではなかった。
なのに、ここには、
私が目指すところでもある民主主義の原点
というべきものがあると思う。

今の時代、
地方議員にせよ、国会議員にせよ、
地元で選出された人が、
具体的に何をしているのかまったく見えてこない。

これでは、次の選挙のときに、
投票しましょうといわれても、
少なくとも現職議員については
判断しかねる。

以前、6月3日付のブログでも述べたが、
投票率が低いというと、
有権者ばかりに責任があるようにも聞こえるが、
現職議員が普段何をしているか見えてこないのも
投票率の低さの一因ではなかろうか。

別に政府の横暴でなくていい。
議員たちは、各々の地元選挙区で、
今、議会で何か起きていて、
自分たちは何を訴えかけているのか、
マスコミレベルではなく、
議員個人レベルで具体的に教えてほしい。

自分も仮に将来当選したら、
例えば、まさにこのブログをツールの一つとして、
そうする。



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2013.10.13(Sun):介護・福祉問題
福岡市の整形外科病院の火災で、
8名の入院患者が亡くなるという
痛ましい事故があった。

亡くなった患者さんの中には、
本当は退院できたのに、
日常生活には介護が必要で、しかし、
介護施設の不足や家庭の事情などで、
病院で面倒を見ざるを得ないという方も
いらしたらしい。

私の場合も、
父がある病気で入院すると、
自分が働いていたこともあり、
正直、なるべく長く入院してもらい、
病院に面倒をみていてほしかった、
というのが本音だ。

特に私がいた職場では、
介護の経験がない方がほとんどだったので。


しかし、東京など人口が多いところでは、
入院を必要とする方が後を絶たないので、
病院からは、
病気が治り次第すぐにでも退院してほしい、
といわれたものだ。

ただ、病院としては、
まっとうなことをいっているのであって、
決して冷たいというわけではない。

それでも、
入院前は、せっかく歩けるまでに回復したのに、
数週間入院すると、
また体が動かなくなってしまう。
つまり、振出しに戻ってしまうのである。

そうすると、
リハビリをしてもらえる別の療養型の病院を
ソーシャルワーカーさんと探すことになる。
そして、そのまた次の病院や施設など…


火災のあった福岡市の病院では、
先ほども述べたように、
退院して家に戻ったとしても、
仕事などで
日中面倒を見てくれる家族がいないため、
病院のほうで面倒を見ざるを得ず、
入院を継続していたという患者さんも
いらしたらしい。

自らの経験からしても、
一概にご家族・ご遺族の方を非難できない。

昔だったら大家族が多かったから、
家族で支え合うことはできたはず。
しかし、今は、
少子高齢化、核家族化がすすんでいる。

最近は、複数世代が住める住宅もあるが、
介護が必要になった場合のことも
念頭に入れておいたほうがいい気がする。



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2013.10.11(Fri):わたしの信条
維新の会の綱領や“維新八策”なるものには、
“自立”や“責任”という考えが柱にある。
私は、この考えに賛同することもあって、
昨年末の衆院選時に公認をいただいた。

だからこそ、私も含め、
落選した候補者全員が支部長を解任されても、
つまり、見捨てられても、
選挙に敗けたのだから、
その責任を取るのは当然、
と納得がいった。

しかし、どうやら、橋下代表当の本人、
そして、創設時メンバー数人のチルドレンは
例外みたいだ。

この前の都議選や参院選で維新の会は惨敗し、
先日の堺市長選挙でも公認候補が敗れた。
にもかかわらず、
橋下代表はじめ幹部らは“責任”をとることはなく、
彼らの地位は安泰である。
とにかく、潔さがみられない。

ただ、維新の会の
国会議員から大阪府議・市議らまで、
みんな橋下人気に依存せざるを得ず、
彼から“自立”できないのだから、
やむを得ないところはある。

また、この件に限らず、
橋下代表は自らの批判に不寛容なところがある。
つまり、他人に責任を転嫁する傾向がみられる。
これは、エリート意識を持った者に多いらしい。

例えば、従軍慰安婦発言問題についても、
誤解された原因は、自らの表現の仕方ではなく、
聞くほうの国語力が欠如しているからだ
といっていた。

今回の堺市長選挙の敗北についても、
敗軍の将は兵を語り、
選挙民に大阪都構想を誤解されたのが
原因の一つであるとしている。

また、私が直接聞いた橋下代表の言葉や
(密室での会議によるものなので、この場で、
 具体的なことを明らかにすることは控えたい。)
報じられているところによると、
彼は人をだますことにあまり抵抗感がないようで、
だまされるほうが悪いという考さえもっているようだ。

また、自身も認めているようだが、
数年前のスッチー問題にも見受けられるように、
誠実さや道徳心といったものに欠け、
不遜なところも見られる。

他の大阪維新の会のメンバーも、
40歳代以下の比較的若い構成員は、
私が知る限りでは、
もれなく代表と同じところがある。

ただ、
“大阪都構想実現のためには、
 解党も含め手段を選ばない”
と考えれば、すべて合点がいく。

そして、頭のいい代表は、
自身の不遜な態度も、
選挙敗北の原因の一つであることは
承知しているようだ。
が、同時に、
そのスタイルは変えないともいっている。

しかし、選挙民の人心をつかまない限り
政策実現は難しいのではないか。
政策内容も、もちろん大事だが、
人格というか、人柄も重要だと思う。

自らのスタイルを変えないのであれば、
不遜な態度を気にしない選挙民がどれだけいるか、
そして、
文句をいわせないような実績を残せるか
(今までは、府政改革という実績があったからこそ、
 支持を得ていたものと思われる。)
こうしたところがキーとなるのであろう。


それにしても、
大阪都構想のそもそもの目的は、
大阪府と大阪市の二重行政をなくすことにあるのだから、
大阪都にするという手段に固執する必要は
そんなにないようにも思える。

たしかに、大阪都にしてしまったほうが
一刀両断的にできるのだろうが、
パフォーマンス的なところも見受けられるのは
どうしても否めない。



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2013.10.10(Thu):わたしの信条
もう二週間経とうとしているが、
先日、大阪で堺市長選挙があり、
大阪維新の会の候補が落選した。

現在も、
大阪維新の会の大阪市議会議長が、
政治資金パーティーに絡む問題で、
不信任決議があったにもかかわらず、
留任するかまえを見せ、
同市議会を空転させるなど
あいかわらずゴタゴタしているみたいだ。

最近、大阪維新の会の支持率が、
橋下市長の人気も含め、
下がっているといわれているが、
自らの経験にも基づいて、
その原因を分析してみたい。


個人的には、
ナポレオン皇帝時代のフランスと重なってみえる。

18世紀末のフランスでは、ジャコバン派没落後、
権力が集中しないよう、
国会では二院制が採用され、
政府も、5人の総裁からなる総裁政府が樹立された。

しかし、社会不安が続き、
それでも決められない政府に不満をもった国民は、
強い指導者の登場を待ち望んでいた。

そこに、ナポレオンが登場したというわけである。


当初、国民的人気を博していたナポレオンも
次第に勢力を失っていったのは、
みずからへの批判に対する不寛容さがあったから、
ともいわれている。
これが支持してきた者の離反をもたらしたらしい。

そして、19世紀初頭、
ナポレオンはロシア遠征に失敗した際、
自らを支えてくれた軍を見捨ててパリに戻る。
それでも、残ったフランス軍は、
彼の一身のみに依存するしかなかった。

そして、翌年、
ライプツィヒの戦いで
ロシア、プロイセンらの連合軍を前に
フランス軍は雲散霧消してしまい、
ナポレオンは敗れた、
というわけである。


それでは、今の大阪維新の会は
どんな状況であろうか?

後日、述べたい。



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2013.10.09(Wed):経済・税金問題
最近、地下鉄の駅や郵便局、
そして派出所などで
なでしこジャパンの
佐々木則夫監督の顔がでかでかと写った
巨大ポスターが目につく。

ポスターには、
“国土強靭化”という文字がある。

“国土強靭化”とは、
改めてネットで調べてみると、
東日本大震災の復興推進に加え、
首都直下型地震や南海トラフ地震などの大災害に備え、
老朽化した道路や港湾・空港、下水道、公共施設
といったものの改修を進めることをいうらしい。

昨年の民主党政権時代から、
自民党が掲げていた主要政策の一つである。

特に、最近は、
7年後の東京オリンピック開催も決まり、
社会インフラ整備には追い風が吹いている。
実現は無理みたいだが、
オリンピック開催までに
リニアモーターカーの開通や
高速道路や電柱の地下化が実現すれば、
世界の日本を見る眼は変わるだろう。

しかし、
“国土強靭化”には、
10年間で200兆円もの巨額投資が必要らしい。

たしかに、
人の生命や財産の保護にかかわる問題なので、
“国土強靭化”は必要だ。

ただ、一方で、
国と地方を合わせた借金額は
1,000兆円を超えていることも忘れてはならない。

そのために消費税を引き上げるのだから、
無駄遣いは決して許されない。

安倍総理は、
消費税の8%への引上げを決めた先日の記者会見で、
増税分は、すべて社会保障にあてると明言していたが、
いわゆる『消費税増税法』の付則18条
(いわゆる『景気条項』)では、
増税分を公共事業にも回せることになっている。

ブームにのっかった、
ゼネコンのためだけの不要な公共事業、
オリンピック後に不要となりそうな設備の建設
こういった公共事業がないか
目を光らせる必要があろう。


それにしても、
“国土強靭化”のポスターなのに、
なぜ、佐々木則夫監督?

これもネットで調べてみると、
どうやら、
『強くて、しなやかなニッポンへ』
というのがスローガンになっていて、
それが、なでしこジャパンと通ずるところがある
ということみたいだ。

でも、佐々木監督のお顔だけからは、
つまり、あのポスターからは、
防災・減災などのためのインフラ整備というのは
微塵のかけらもイメージできない。

佐々木監督がいけないというわけではないが、
他に起用すべき人やデザインはなかったのか。

この広報費だけでも
無駄遣いといえるのではなかろうか。



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2013.10.08(Tue):経済・税金問題

先日、国民年金基金連合会というところから、
”国民年基金加入のお知らせ”
というものが届いた。

文字からお察しのとおり、
厚生年金基金などと同様、
“上乗せ部分”というやつである。

封筒を手にしたときは、
無職になった今、
老後が非常に不安なので、
加入しようかとも思った。

しかし、である。
封を切って、
中にある掛金と給付金を見てビックリ。

掛金を取り戻すだけでも、
平均寿命より3~4年長生きする必要がある。
終身型とはいえ、
そんな長生きするとも限らない。

こんな期待値の低いもの
つまり、割に合わないものはない。
銀行の普通預金にでも預けているほうがまだマシだ。

どうせ、厚生労働省の年金局あたりが
年金財源確保のため、
多くの受給者が“損する”ように設計したのだろうが、
私はだまされない。



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先月、公益社団法人東京青年会議所から
9月例会の案内をいただいたので、
会場の日比谷公会堂に行ってみた。

『心に火をつけろ』というタイトルで、
識者二名の講演、そして、
タレントの杉村太蔵氏(元代議士)と
東京青年会議所のメンバーとの討論会
で構成されていた。

最初の講演は、国際ジャーナリストの
モーリー・ロバートソン氏のお話し。

講演内容の趣旨ではなかったが、
”肩書きなんか関係ない”
というようなことをおっしゃっていた。

彼は、ハーバード大学出身。
『ハーバード大学を出ても、
 今までレギュラー出演していた番組は
 間もなく降板させられる。
 ハーバード大学を出たからといって、
 ずっと、番組に出られるわけではない。』
という話をされていた。

それは、その通りなのだが、
ハーバード大学出身という肩書きは
強力な武器になっているはず。

多分、番組出演依頼の
きっかけの一つにはなっている。
その証拠に、彼は、
別の局の番組のレギュラー出演は決まっているけど、
とも話されていた。

就職でも、有名大学出身者は、
芸能界でも、タレント二世は、
その肩書きだけで、スタートは断然に有利だ。
ただ、実力がなければ消えていくだけ。

タレント二世でもなければ、
芸人にしても、女優・俳優にしても、
アーティストにしても、
テレビとかに出るまでがどんなに大変なことか。

テレビでも、最近、
消費税増税に関連して、
租税法の専門ではない学者や
弁護士らが税金の話をしているのだが、
なんか、にわか勉強のにおいがし、
その内容も、税務大学校を卒業した
たいがいの税務職員なら話せるものだ。

手前みそだが、私なら
もっと内容のある話を
もっと分かりやすく話せる。

ただ、彼らがテレビによばれるのは、
”教授”とか”弁護士”という
肩書きがあるからだ。


最後は、”実力”勝負なのだが、
チャンスには恵まれるという点で、
”肩書き”の威力は大いに発揮される。

恋愛における
”性格”と”外見”みたいなものか。


そうそう、杉村太蔵氏のお話し、
彼からは、
シンプルであることの大切さ、そして、
眼の前のやらなければならないことに
全力を尽くすことの大切さを
学ばさせてもらった。


ところで、杉村太蔵氏、
先日、夜中のTV番組でも、
選挙に立候補したときの話をされていたが、
自民党の場合、
手続きは、戸籍謄本と住民票さえ党に提出すれば、
後はすべて党職員の方がやってくれるということらしい。

自民党や民主党の場合、
一人当たり、百万円~数百万円の軍資金ももらえるし…

手続きはすべて自分一人でやり、
反対に、党に100万円を上納した私としては、
何ともうらやましい…



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数学は、いずれ勉強しておこうと、
中古の『月刊 大学への数学』を
ヤフーオークションで手に入れていた。

センター試験を受けることに決め、
最近、問題を解き始めた。

これが、おもしろい!

数学のいいところは、文系科目と違って、
答えがはっきりしているのに、
その答えを導く過程がいくつもあることだ。

難解な式だらけの解説を見て理解できなくとも、
解説にはない、
図やグラフで視覚にうったえた方法で
解けたときの快感はこの上ない。
私は、右脳人間なのか?

20年近く前、北野武さんが、
フライデー襲撃事件で数か月間謹慎中、
数学の問題を解いて時間をつぶしていた
というのもよく分かる。


ただ、私は、
数学の専門家や学者には
向いていないみたいだ。

大学以上の数学になると、
図やグラフで表せないレベルになり、
式だけでしか表せない
複雑な世界に入ってくるからである。


でも、高校生以下の生徒に教えるという話になると、
私のような解き方のほうがいいのかもしれない。



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とりあえず、
センター試験を受験することにしたので、
本屋に行って、最新の歴史の教科書を購入した。

世界史の教科書をめくってみると、
中国は“明”の時代(室町時代から江戸初期)の
代表的な小説に、
“三国志演義”、“水滸伝”、“西遊記”に並んで
“金瓶梅”というのがあった。

文部科学省お墨付きの
教科書に載っているくらいだから、
さぞや、高尚な小説なんだろうと思い、
専門書をひも解いてみると、

『(明の衰退期、)善とされたものは偽善と見なされ、
 恥と見られたものは人間の至情とされた。
 そして本能を肯定し、悪の華を賛美した。
 そのことを物語るものに、…
 風俗長編小説“金瓶梅”がある。…
 片いなかに住んで薬屋を営むやくざの主人公が、
 官吏(公務員)に賄賂を送ってコネを求め、
 悪のかぎりを尽くして巨富を築き、
 いっぽう、女色に耽っては多くの妾をおき、
 人妻と姦通するなど、
 ただれた放蕩生活をおくったのち死に、
 やがて一家は離散する、
 という筋だが、
 新興商人の破廉恥な蓄財の経過、
 あるいは性的行為の克明な写実描写などが、
 その麗筆とあいまって天下に宣伝された。
 そこには、勧善懲悪といった倫理的な主張はなく、
 逆に人間生活の恥部とされるものに真実を認め、
 大胆に描いたところに、
 (退廃主義という)時代の精神がうかがわれる。
  ……
 “金瓶梅”に説かれた人間本能の肯定は、
 ここでは人間の純粋性の形で理論づけられた。
 そこに万暦時代(明の衰退期)の精神を見られよう。』

とあった。

現在、大英博物館に展示されている日本の春画も、
これまで、あまりにヒワイで
展示を拒否されるほど描写が露骨らしいが、
この”金瓶梅”の挿絵も、“えぐい”。
R〇指定の小説といっていいみたいだ。


さらに、明代末期について、
こんな記述もあった。
『派閥形成の目的は主義主張ではなくて、
 権力や富貴を得るためにある。
 ここに、…明末の風潮が見られる。』


まさに、現代は、
明の時代の衰退期と同じか?



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経済産業省のキャリア官僚(51)が
匿名をいいことにブログで暴言、誹謗中傷、
金融庁出向中の財務省のキャリア官僚(38)が、
20代女性のスカート内を盗撮。

こうした人たちは、
何ら不自由することなくお勉強ばかりしてきて、
人格形成に問題があったのではないか、
と指摘する識者もいる。

たしかに、私の実体験からしても、
世間よりは、そういう人が多い気がした。

しかし、こうした犯罪めいたことをする輩は、
何もキャリア官僚に限ったことではない。
なのに、キャリア官僚というだけで、
なぜ、大きく取り上げられるのか。

“こんな腐った人間でも、
 人事の目がふし穴だけに、
 キャリアという理由だけで、
 まじめな人より出世できてしまう。
 あるいは、
 育児や介護といったのっぴきならない
 訳あり職員より出世できてしまう。
 こんな不条理がまかり通っていいのか“

という問題が提起されている
と、個人的には思う。



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2013.10.03(Thu):経済・税金問題
昨日のブログで、
消費税が8%に引き上げられた場合、
景気を悪化させないためには賃上げが重要、
ということを述べた。

しかし、給料が上がる保証はないし、
しかも、給料が上がったとしても、
年金受給者などサラリーマン以外の者は、
給料をもらわないので収入が上がらない。

年金受給者に至っては、
これから物価が上がろうとしているのに、
今まで、物価下落分、
年金受給額に反映されていなかったのが、
来年4月からは反映されることになり、
1%ほど受給額が減らされるのである。

そうすると、
消費税を増税する一方で、
法人税を減税するよりは、
所得税を減税してもらったほうが
一個人にとっては、
財布の中身がそんなに減らずにすみ、助かる。

しかし、政府は、
こうした一個人の事情よりマクロの数値を大事にする。
すなわち、
一個人の財布の中身が減るのを抑えようとするよりは、
あるいは、消費の減少を極力抑えようとするよりは、
法人税減税で投資を促したほうが、
景気の効果が大きいとみたのであろう。

ただ、一個人の購買力をなめないほうがいい。

最近、買い物をしていても、
“おもしろいのは”、といったら語弊があるが、
価格が上がったとたん、みんな買わなくなり、
そのうち、“セール”と称して
元の値段に戻る。
そうすると、みんな買いだす。
そして、また価格が上がる…
こうした、消費者とお店とのかけひきが
展開されているのである。

以前にも同じようなことをブログで書いたが、
こうした我々消費者をなめてはいけない。

私も、“牛乳”を飲むのを止め、
ミネラル豊富で低脂肪で、
より安価な“乳飲料”に切り替えるなどして
倹約に努めている。


それにしも、
安倍総理が
景気の回復の兆しが見えるといっても、
消費税率引上げの判断材料としたのは、
大企業の製造業の指標である。
中小企業の同じ指標のほうは、
あいかわらず悪い。


それに、街ゆく人たちも、
“これだけ財政がひっ迫しているのだから、
 消費税率引上げやむなし“
という声も多い。
それは、その通りなのだが、
財政をひっ迫させた原因や責任の所在を
明らかにできるような仕組みをつくらない限り、
“仕方がない”
“やむを得ない”
が未来永劫続いてしまうような気がする。


中小企業はいまだに苦しいのに
“景気は回復した”といえるのか、
財政をひっ迫させた責任の所在を
あいまいにしたままでいいのか、
こうした点について、
政府には説明責任を果たしてほしいし、
我々消費者も今後目を光らせる必要がある。



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2013.10.02(Wed):経済・税金問題
昨日、安倍総理より、
来年4月からの消費税8%引上げが発表され、
各局で生中継されていた。

ただ、
東京オリンピック決定時と同様、
テレビ東京だけがアニメを放映していた。

それはともかく、
話を税金にもどすと、
個人の税負担が増えるのに、
法人税減税(決まっているのは投資減税)、
これいかに?

こうした記者の質問に対し、
安倍総理は、
“法人も個人も区別していない”
と答えていた。

しかし、この答え、
賃金引上げの話と合わせて、
実は、非常に深い。

課税上、法人を個人と区別しない
という考え方はある。
法人税は所得税の前倒しといわれることもある。

すなわち、こういうことである。

まず、企業が利益を出し、
その利益の中から、
従業員に給料を支払う。

そして、給料をもらった個人は、
その給料を使ってお買い物をする。

以上のお金の流れの中で、
企業が出した利益に課すのが法人税、
個人がもらう給料に課すのが所得税、
そして、
お買い物の段階で課すのが消費税である。

税金は、
国庫という場所一か所に集められるのだから、
企業の段階で税金を課そうが、
個人の段階で税金を課そうが、
集まる税金の額が変わらなければいい、
という考え方である。

だから、
買い物をする段階での税金を増やせば、
企業の利益に課す税金を減らしてもいい、
ということである。

一方、景気という点から考えてみよう。

そもそも景気とは、
外国との取引を無視すれば、
個人がどれだけ消費するのか、
そして、
企業がどれだけ投資するのか、
この二つの要素で決まる。

消費税を引き上げる以上、
個人の消費のほうの伸びは期待できない。
そうすると、もう一つの
企業の投資のほうを伸ばすしかない。

そしたら、答えは、
消費の段階での税金を増やす以上、
その分は、企業の段階での税金を減らすしかない。

ただ、ここまではマクロのお話。
そこで、今度は、
一個人に焦点を当ててみよう。

個人としては、消費の段階で増税となれば、
消費する量を減らさなければ、
もらった給料から手元に残るお金は減ってしまう。
これで法人税を減税しても意味ないじゃん、
ということは先日のブログでも述べた。

そこで、消費税を増税しても、
もらった給料から
手元に残るお金が減らないようにするには、
給料を上げるしかない、
ということである。

言い方を変えれば、
消費という面からも景気が下がらないようにするためには、
賃上げが大前提となるのである。

だから、安倍総理が強調されていたように、
給料が上がるということが重要になってくるのである。


なんか、話が長くなりそうなので、
続きは後日。



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9月26日、お墓参りの後、
地元に戻って、
母校、都立城東高校に寄る。

東大を退学してから十数年、
公務員を辞めたので復学できるかと思い、
衆院選後の昨年末、
駒場にある東大の事務所に尋ねたら、

『2013年4月からの入学は無理だが、
 2014年からの入学は可能。
 ただ、手続きはまだ早いので、
 夏ごろにもう一度来てください』

というようなことを言われた。
(拙著の本ご参照。)

そして、この夏、再度、尋ねたら、
退学に至った経緯と再入学希望の理由を
書面で提出するよう、言われた。

そして、書面を提出してから三週間後、

『先生に聞いたら、
 退学して10年以上経っているので、
 再入学は認められない。
 入学したかったら、再受験して下さい。』

という返事がきた。

昨年末といっていることが違うし、
それなら、なぜ書面を提出させたのか?
そもそも”先生”って誰だ?

とぼやいても仕方がない。
センター試験受験の申込は10月から始まる。
とりあえず、申し込んでおくしかない。

そのためには出身高校の卒業証明書が必要だった。

証明書を発行してくださった
城東高校の事務員の方、
どう見ても自分より人生の後輩だが、
『なんか、その年齢で大変そうですけど、
 頑張ってください』
という表情をされたように見えた。


と、いっても、世界史と古文は、
家庭教師とか塾講師をしようと思って、
多少、勉強していたのだが、
現代文はともかく、
日本史か地理、数学、理科(物理か生物)は、
今から勉強して間に合うか?
英語は、仕事をしていたときの蓄積に頼るしかない。

でも、何の肩書きもない今のままだったら、
家庭教師とか塾講師とかになるのも難しいし…
とにかく、チャレンジするしかない。


ただ、十数年前の合格は
母校が認めてくれなかったところ、
(これも拙著の本ご参照。)
今度こそ認めさせるチャンスかもしれない。



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