裁判所で判決があった後、
東大の入学試験出願のため、
提出する書類を入手すべく、
出身校の城東高校に寄った。

“調査書”という
高校の成績とか当時の担任の先生の
私に対する人物評価とかが記載されている
書類である。

しかし、高校を卒業して30年、
保存年限が過ぎていたので、
調査書は発行できないといわれた。

ただ、実は、
入学試験募集要項にも、
こうした事態は想定されていて、
発行不可の場合は、
その旨の証明書を提出することになっている。

それでは、大学側は、
何のために調査書を提出させるのだろうか?

得点には関係なさそうだが、
変人を排除するためなのか。

入学試験の出願用紙には、
もちろん、
生年月日を記載する欄があるのだが、
そこには『平成』と並んで、
未だに『昭和』もある。
(さすがに『大正』『明治』はない。)

大学側は、明らかに
昭和生まれの人の入学も想定している。

この前の箱根駅伝でも、
“最後(?)の昭和生まれのランナー”
といわれた東農大の選手がいた。

ということであれば、
調査書の保存年限も
半永久的にすべきようにも思えるが、
そんな例外的な者のために、
他の全卒業生の調査書を保存するのも、
費用がかかってしまう。

そうすると、
十代、二十代の受験生にだけ、
調査書を提出させる意味は一体何なのか、
と考えてしまう。

大学側が受験生のプライバシーをのぞいて、
楽しむためなのか。



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私が、在職中の自身の人事異動のことで、
本人訴訟をしていることは、
このブログで何度もお話ししたが、
その判決が昨日あった。

結論からいうと敗訴である。

実は、敗訴するだろうなということは、
裁判官の言動などから
ある程度予想はできていた。

だからこそ、
私の主張が認められないにしても、
裁判所がどう判断してくれるのかが
楽しみ(?)だった。

が、である。
私の主張・反論に対し何ら判断を示さない、
被告である国の主張をそのままコピペした
そんな判決であった。

思考停止した判決。
あまりにお粗末。

このままでは、
少なくとも、国税の職場では、
子育てや介護を理由として
人事上便宜を図ってもらう代わりに、
その間の働きぶりが、
まったく評価されなくなってしまう。

しかも、事前説明なしに。

これでは、
育児休暇制度や介護休暇制度の意味が
なくなってしまう。


さらに、その働きぶりについては、
被告である国(国税)は、
人事評価とはまったく関係ないと、
裁判所に提出した文書ではっきり示した。

では、いったい、
何を基準に人事を決めているというのだろうか?

明らかに国家公務員法違反である。

裁判所は、私の働きぶりについては、
判決で認めてくれたものの、
人事評価との関係については、
何ら判断を示していない。

私は、判決で、
納得いく説明がなされていれば、
控訴するつもりはなかった。

しかし、
原告の主張をコピペしたような判決である以上、
控訴しないわけにはいかない。

しかも、判決は、
私を異動させた動機については、
証拠が不十分といっている。

たしかに、人の内心については、
外形的事実から合理的に推認するしかない。
だからこそ、私は、
その事実を主張したつもりだったのだが、
裁判所には認めてもらえなかった。

これは、もう、控訴審で、
当時の人事課長に証人として出頭してもらい、
裁判で直接聞くしかない。

判決が証拠不十分といっているのだから、
仕方がない。


何か、楽しみになってきた。



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2014.01.26(Sun):2013 都議選・参院選
来る都知事選の候補者たちである。

以前にもブログで述べたが、
一定の年齢に達している国民であれば、
誰でも選挙に出ることができる。

ただ、それだと候補者が乱立してしまい、
収拾がつかなくなるので、
立候補するにあたっては、
一定の金額を国や地方自治体に預ける必要がある。

その額は、
国政選挙や知事・市区長選挙で数百万円、
都道府県・市区議会選挙で数十万円で、
(なお、町村議会選挙の場合はゼロ)、
都知事選の場合は300万円ということ。

もし、有効投票数の十分の一といった
一定以上の票を集めることができなければ、
預けたお金は没収されてしまう。

一昨年末に行われた都知事選では、
猪瀬前都知事に票が集中したこともあり、
供託金を没収されずにすんだのは、
他には、次点だった宇都宮候補のみだった
と記憶している。

今度の都知事選の候補者たちの場合は、
ドクター中松以下の泡沫候補は、
供託金没収覚悟で立候補しているはずである。

だから、彼らは資産家といえる。

ただ、中には、
他の者から供託金分の資金供与を受けたり、
自分の事業の広告・宣伝のために
立候補している候補者もいるらしい。


ちなみに、
どうでもいいことだが、
宇都宮候補は、
拙著の本を読んでくださった
唯一の候補である。



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2014.01.24(Fri):経済・税金問題
本日、安倍首相が、
国会の施政方針演説で、
『経済の好循環の実現』
ということをうたっていた。

好循環とは、
物価上昇→企業収益増→賃金引上げ→消費増
といわれている。

そして、巷では、
賃金引上げが実現されるかどうかが
もっぱら話題になっている。

また、賃金が上がったとしても、
老後などの不安から、
消費にまわらず貯蓄されるのではないか
という問題もある。

ただ、最近買い物をしていて、
物価上昇→企業収益増というところも、
個人的には疑問に感じ始めている。

たしかに、ここ数か月間、
物の値段は上がっている。

しかし、その値段では買わない。
安売りのときに、
つまり、
数か月前の値段にもどった、
その一瞬を逃さずに買うのである。

私だけではない。
周りを見ていても、
普段のときの客の数は
数か月前に比べて減っている。
ただ、安売りの日には
お客がたくさんいる。


ところで、
小売物価の調査方法というのは、
案外アナログで、
一般の人から選ばれた調査員という方が、
店舗をまわったりして調べている。

おそらく、調査員が調べているのは、
通常時の価格であって、
安売りの時の価格ではないはず。

だから、統計上は、物価が上がっても、
安売りの日をねらってきているお客さんが多ければ、
そのまま企業収益につながるとは限らない。


テレビを見ていても、
たしかに、高額商品なんかは売れてはじめていて、
お金持ちにとっては景気がよくなってきている。
ただ、庶民はまだ実感できていない、
といったコメントを芸能人らがすると、
“識者”は決まってこういう。

景気がよくなるときというのは、
まず、高額所得者からお金を使い始めるもので、
景気というのは、
“上から下に”ひろがっていくものだと。

“識者”の潜在意識が垣間見れて、
腹立たしい。



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その日、彼は仕事が忙しかった。

ようやく帰宅できるとき、
終電はもうなくなっていた。

だから、
タクシーで帰るしかなかった。


彼が住んでいるのは、
閑静な住宅街。

タクシーの止まる音、
そして、
タクシーのドアが閉まる音が、
寝静まった街の中で
少しだけ響いた。


すると、少しだけ離れた豪邸から、
見たことはあるが
決して親しくはないご婦人が、
鬼の形相で飛び出してきた。

『うちの〇〇ちゃんは、
 アナウンサーをしていて、
 毎朝、テレビ番組に出ているの、
 あなたも知っているでしょ。
 〇〇ちゃんの大切な睡眠、
 邪魔しないでちょうだい。』


彼は、唖然とするしかなかった。

なぜなら、
テレビ局に向かう
〇〇ちゃんを待つ一台のハイヤーが、
毎朝4時に出すエンジン音、
彼は、その音で
いつも睡眠を邪魔されていたからである。



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拙著の本にもあるように、
退学した東大に復学しようと、
衆院選後の一昨年末、
東大の駒場にある窓口を訪れた。

そのときは、
今年の4月から復学できる
という話だった。

そこで、昨年の夏、
復学の手続きをしようと、
再び東大を訪れたのだが、
そこでは保留扱いされた。

そして、昨年の9月下旬、東大側から、
退学から10年以上経っているので、
復学できないとの連絡があった。
入学したかったら、
もう一度センター試験から受けなおしてほしい、
そう、言われた。

今さら、なんで?
と思って確認してみると、
どうやら、一昨年末に対応した職員が、
規則をきちんと確認していなかったのが
原因だったというのが分かった。

規則で再入学できない以上、
文句をいっても仕方がないので、
昨年9月末、慌てて現行の教科書などを購入して、
受験勉強を始めた。

そして、先日、
実際、センター試験を受験してきたのである。

一度、東大に合格しているので、
三ヶ月あまりの勉強でも何とかなるかと思ったが、
甘かった。
結果は散々たるもので、7割5分。


そう、まるで
昔はスポーツが得意だったおっさんが、
若いころのように走ったりプレーできると思っても、
身体がついていかない。

それと同じことが、頭の中でも起こったのである。
解けそうで解けない…


東大側から、
もう一度センター試験から受験し直してほしい、
そう、言われたことに納得してしまった。

昔活躍した選手でも、
今、実力がなければ試合に出場できない、
そんな感じである。


それにしても、
足切りはくらわないよう、
8割は取りたかったのだが…

7割5分では、おそらく足切りをくらう。
でも、一応、
出願だけはしてみようと思う。

やはり、東大できちんと勉強してみたいし、
食いぶちとして塾講師などをするにしても、
今のままでは無理。

それに、受験に関していえば、
教育にお金にかけることのできる
そんな家庭に生まれた子どものほうが有利。
こうした不公平な現実を少しでも解消すべく、
自分は、地元の公立の学校に通っている子どもたちに
教えてあげたい。

“今でしょ”の先生みたいに、
教育のプロとして大成することが目的ではないので、
正直、報酬の額は気にしない。
とにかく落選状態でも
生きていければいいのである。

さらに、その選挙との関連でいえば、
自分の支援者を増やすにしても、
既存の団体には相手にされなくとも、
あちこちで教育活動をすれば、
未来の有権者やその親御さんたちに
自分のことを知ってもらう絶好の機会となる。

もともと子どもに教えることは好きだし。

だから教育活動は一石三鳥。

そのためにも、
やはり東大に入学しておきたい。

ただ、そのためには、
もっと本気で勉強する必要がある。

センター試験を受験して、
そう痛感した。



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昨日と一昨日、
”最後のゆとり世代”に混じって、
センター試験を受験してきた。

受験した理由やその結果は、
後日お伝えするとして、
今日は、
受験した際に感じたことを述べたい。


試験室に入ると、
周りは子どもばかり。

当然だが。

私は完全に浮いていた。
試験監督も入れて、私が室内で一番年上。


それはともかく、
改めて気がついたのは、
みんな遅刻しないこと。

遅刻は、ニュースになるくらい
例外的なことである。
しかも理由は交通機関の乱れなど
不可抗力によるもの。


なのに、普段、
私的な待ち合わせでは、
寝坊したり、身支度に時間がかかったりで、
約束の時間に遅れることは、
よくある。

利害関係がないからである。

きつい言い方をすると、
遅刻をしても
自分が損することはないからである。

言い方を変えると、
まさに利害関係がないからである。
つまり、
待ち合わせた者どうし、
遅れても許す許される、
甘え甘えられる関係があるからである。

それでも限度というものはあるが。


私の場合、
待たされることのほうが多い。
あまり待たされると、
時間を無駄使いして損した気分になってしまう。

気のせいか、
携帯電話が普及して、
世間が
約束の時間というものに
だんだんルーズになってきたような気がする。


この前受験したときは、
携帯電話はまだそんな普及していなかったが、
試験時間に遅刻する人はほとんどいない、
この点は変わっていなかった。



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2014.01.15(Wed):経済・税金問題
またまた、テレビ番組ネタで、
しかも先週の事件に関する話で恐縮だが、
川崎であった容疑者逃走事件について、
昨日のTOKYO MXの番組での
タレント岡本夏生さんのコメントに
いたく賛同したので、
紹介させていただきたい。

それは、
逃亡した杉本容疑者の捜索に、
警察官4000人を動員し、
パトカーなどおよそ900台、
ヘリコプター2機、船舶4隻を出したことについて、
神奈川県警の失態の尻拭いに
なんであれだけの税金をかけたんだ、
ということである。

誤解していただきたくないのは、
大規模捜索をしたことへの批判ではなく、
公務員の失敗の穴埋めに
なんで税金を使うんだ、
ということである。

ここまで具体的に
岡本夏生さんは言及していなかったが、
捜索にかかった費用は、
税金ではなく、
県警本部長を始めとする警察官の減給をもって
充てるべきであるということである。

他にも、
利用者の少ない建物や道路をつくったり、
費用対効果の低いシステムを導入したりして
税金を無駄使いしても、
関わった公務員は減給されずにすむ。

それどころか、
財源が足りなくなったんだから当然だとばかりに、
消費税などの増税で賄おうとする。

税金の無駄使いにかかわった公務員は
減給にすることで結果責任を問う、
こうすれば、
公務員は緊張感をもって仕事をするはずである。



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これから述べる二つのお話しは、
最近、テレビ番組で紹介されていたものである。


まずは、正月特番で紹介されていたお話し。

一昨年に亡くなられた将棋の米長名人。
ご自身がスランプに陥ったとき、
自分に何が足りないのかを知るため、
あえて若手に聞いてみることにしたらしい。

しかし、名人に面と向かって
欠点を指摘できる若手はそういない。

そこで、名人は、
若手にお酒を飲ませ酔わせてまで、
言わせしめたというから、
驚きである。

中には
『名人は、自分の愚かさに気づいていません。』
と、説教した若手もいたとか。

その甲斐あってか、
米長名人はスランプを脱し、
さらに実力をつけ、最強になっていったらしい。


もう一つのお話しは、お昼の番組で、
先日、紅白を引退された
サブちゃんこと北島三郎さん
ご本人がおっしゃっていたこと。

サブちゃんも、
若手から学ぼうという姿勢を常に持ち、
それだけにとどまらず、
素人から学ぶこともあったという。

実際、カラオケで、
ある素人さんがサブちゃんの歌を唄っているのを聞いて、
『こんな歌い方もあるのか、いいなあ~』
と感心して、以降、
その歌い方をまねて唄うようにしたこともあったらしい。


ずっと昔に、
あるロシアのバレリーナで、
既に一流といわれていたのだが、
格下とされる他のバレリーナの長所も素直に認め、
心底『すごい』と思い、
それを取り入れていったからこそ、
超一流になれた、
という話も聞いたことがある。


米長名人しても、
北島三郎さんにしても、
ロシアのバレリーナにしても、
ここまで来たら、
『悟り』の境地といってもいい。

私も含め、凡人なら、
つまらないプライドが邪魔してできない。


ひるがえって、
私が役人をしていたとき、周りには、
特にキャリアといわれる人や弁護士出身者らに、
米長名人やサブちゃん、バレリーナとは、
まったく正反対の人が多かった。

彼ら彼女らは、
常に自分のほうが優れていると信じて疑わず、
他人が言うことには耳をかさないどころか、
むきになって否定しにかかる。


どちらのタイプが進歩できるか、
結果はおのずと知れている。

しかし、
謙虚さを持つことは難しい。

だからこそ、
謙虚さを身につけることができた人だけが、
超一流になれるのかもしれない。



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この前のブログは、
「独り」というセンチな言葉でしめくくってしまったが、
私は、本当に「独り」なのだろうか?

拙著の本のことで恐縮だが、
発売開始当初の2~3か月間は、
友人・知人らに案内のハガキを数百枚出したり、
メールを送ったり、
チラシを配ったりしていたので、
月に100冊以上売れていた。

さすがに、最近はそこまで売れていないが、
本を宣伝してくれている友人らがいるおかげで、
発売開始から半年経った今でも、
一定数売れている。

持つべきは友である。

もちろん、
自分でも広告宣伝活動は続けているが、
その活動自体も、
いろいろな人にお世話になって初めてできている。

本のことだけではない。
物資面、精神面、いろいろなことで、
いろんな方々から支えられているからこそ、
今の私がある。

ここまで育ててくれた両親然り。


一方、私自身はどうか?

私の友人・知人の中には、
私と同世代の人が多いためか、
健康のこととか家族のこと、
そして、生活していく上で、
悩んでおられる方々がいる。

しかし、私は、
そうした方々に、
ほとんど何もできていない。


この前のブログを読み返していて、
自分は、決して「独り」ではないということ、
同時に、
自分が友人らを『独り』にさせていないか、
反省をしてみた次第である。



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幼なじみの従妹夫婦らは、
大型のショッピングセンターに入ると、
次々と、お子さんの同級生のご家族と会い、
せわしなく新年のあいさつをしていた。

丁寧に、しかし説明しづらそうに、
『親せきの友達です。』
と、私のことまで紹介してくれた。

そして、
おそらくは親せきと勘違いしているご家族らも、
丁寧に、私にも新年のあいさつをしてくれた。


レジに行くと、セルフレジなるものがあった。
私が知る範囲では、通常、お店の人が
商品のバーコードを読取り機にかけるところ、
ここでは、お客さん自身がやる。
たしかに、慣れれば、このほうが速そうだし、
人件費もうきそうだ。


レジを通過すると、旦那さんが、
目の前に並ぶ数多くの大小様々なダンボール箱から
適当なものを一つ選んでとってきた。

何をしているのかと見ていたが、
その箱に購入した大量の商品を入れるのである。
私はレジ袋しか知らなかったのだが、
たしかに、大量に商品を購入した場合、
袋を使っていては運べない。


こうしたショッピング風景は、
東京はおろか、大阪、大宮、札幌でも
見たことはなかったが、
買い物をするのに車で行かざるを得ない地域では、
当たり前のことなのかもしれない。


家に戻ると、
今日合流した“おばちん”に、
“あんかけパスタ”
なる初めて耳にする名古屋名物を作っていただき、
ご馳走になった。

ちょうど食べ終わったころ、
いよいよ東京に出発する時間となった。


みんなが、
最寄り駅まで私といっしょに来てくれた。

すると、突然、
“おばちん”と子どもらが
かけっこを始めた。

3人が5~6mくらい走ったところで、
「今からでも抜かせるかな」
と、思い、
私も急きょ、そのかけっこに参加した。

簡単に抜かせるかと思ったが、
50m8秒台の上の男の子を追い抜くには、
全力疾走する必要があった。


下の女の子が、
『たかし先生、はや~い』
とほめてくれた。

どうやら、旦那さんのほうが、
私のことを時おり、半分からかって
“たかし先生”
と呼んでいたのを聞いていたみたいだ。

でも、女の子のほうは、きっと、
学校の先生と勘違いしていることだろう。


そして、また、
子どもらがリベンジをするべく、
再び、私とかけっこをした。

また、私が勝った。
これで昨晩の将棋のお返しができた。


いよいよお別れのとき。
本当につらかった…

家族を持つことの幸せを、
疑似とはいえ、初めて実感できたからだ。


そして、みんなに手を振って、
電車に乗り込むと、
独り身である現実世界に戻った。



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到着したその日の夜、
すき焼きをご馳走していただいた。
20年ぶりのすき焼きである。

そして、ひとっ風呂浴びて部屋に戻ると、
到着した時あれだけなついていたはずの
飼い犬に吠えられた。

どうやら、私が風呂を浴びている間に、
私の存在を忘れてしまい、
家の中で私が突如現れたかっこうになったので、
不審者と思ったらしい。

その後、3~4年ぶりの年越しそばまでいただき、
夜中の12時に近づくと、
除夜の鐘をつくべく、
幼なじみの従妹のご家族と
私の存在を思い出した犬とで、
近くのお寺に行った。

お寺に着いて、
生まれて初めて除夜の鐘をつくと、
先着108名様にプレゼントされるという
お守りをいただいた。

こんなんで、
本当に御利益があるのか…


年が明けると同時に、
タイミングよく、
たき火の中の薪が割れる音が
“パチン”
と大きく鳴った。


元旦の日の朝は、10年以上ぶりに
一家だんらんに混じって、
おせちやお雑煮といったお正月料理をいただき、
そして、お子さんの小学校の宿題にまで混じって、
35年以上ぶりの書き初めに私も挑戦した。

自分が選んで書いた文字は、
なぜか“誠”

私が選挙に当選したら、
部屋に飾ってくれるという。


お昼を過ぎて、今度は、
20年以上ぶりにバッティングセンターに行った。

玄人と思われる人たちが、
元旦から、プリペイドカードで
快音を何発も鳴らしていた。

その後、やはり20年以上ぶりの
ピンポン、ビリヤード、UFOキャッチャー
等々に興じ、
家に戻ってからは、
上の男の子と35年以上ぶりに将棋をさした。

私の二連敗である。


翌朝、また犬に吠えられた後、
お世話になっている従妹さんの
お姉さんも合流して、
みんなで滋賀県の温泉に。
滋賀県上陸は生まれて初めてだ。

二人のお子さんは、このお姉さんに、
“おばちん、おばちん”
と言って、
かなりなついているようだ。

実の母親である妹さんのほうが
少しだけやきもちを焼いているようだった。

下の女の子が、
『シカが欲しい』とか、
『ヤクルトの工場に行きたい』とか、
ちょっと変わったおねだりをする。


そして、二日目にしてさっそく
おせちに飽きた子どもたちのために、
その日の夕食の食材を購入すべく、
ある大型のショッピングセンターに入った。

そこで、私は、また
東京では見ることがなかった光景にでくわした。



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昨年の大みそか、
幼なじみの親戚のご自宅へ一人で伺うべく、
新幹線に乗って名古屋駅を降り、
在来線に乗り換えた。

その電車に乗ると、
東京とは違う光景にでくわした。

座席がかなり空いているのに、
座っている人と同じくらい、
乗客が立っているのである。

東京の車内だったら、
立っている乗客がいるということは、
満席であることを意味する。
つまり、立っている人は、
席にすわれなかったから立っているのである。

もちろん、降りる駅が近いから、
あえて立っているという人もいる。

だらか、私も、
その在来線に乗ったとき、
「次の駅で降りる人がやけに多いな。」
と、思ったほどだ。

しかし、二駅、三駅と過ぎても、
もちろん降りる人もいるが、
多くの人がずっと立っている。

座っている乗客も、
乗ってきた乗客が席に近づくと、
座りやすいように、少し横にずれる。

この当たり前の光景、
東京の車内ではめったに見たことがない。

座っているほとんどの人が知らんぷりをし、
座ろうとする人が一声かけたり、
ペコリと頭を下げて初めて、横にずれる。

時には、
座っている人が最後まで知らんぷりを貫き、
座るスペースが狭くて
座るのをあきらめる乗客もいる。

これが、少なくとも、
45年以上東京で暮らしてきた私の印象だ。


札幌に赴任していたとき、
歩道を歩くほとんどの通行人が
お互い道を譲りあうという、
当然ではあるが、
東京ではめったにみない光景にでくわしたことを
ふと思い出した。


ある駅に降りると、
そこには、わたしが三日間お世話になる
幼なじみの従妹夫婦が、
飼い犬とともに迎えにきてくれていた。
犬が早速、私になついてきた。

犬以外は、三ヶ月ぶりの再会である。

そして、数分後、
やはり三ヶ月前に会った
小学生のお子さん二人も表れた。

『こんにちは』

「こんにちは、お世話になりますね。」



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