先日、東大を受験してきたが、
昔受験したときと、
えらく雰囲気が違っていたので、
今回はその違いを紹介させていただきたい。

まず、駅を降りて見たときの光景。

東大駒場キャンパスは、
駅を降りてすぐそこにあるのだが、
駅と校舎の間の空間に埋め尽くされた
予備校関係者の数、そして予備校ののぼりの数が、
尋常でない。

そう、あの正月の箱根駅伝の
スタート地点やゴール地点のような
あの賑々しい雰囲気なのである。

昔は、受験生と
数人の父兄の方くらいしかいなかった。


教室に入ると、
木のにおいがまるでしない。
昔の椅子や机をつぶさに思い出すことはできないが、
こんなに無機質な感じではなかった。

ただ、今の椅子のほうが機能的で
座りやすい。

暖房も、昔はパイプむき出しの
スチーム製のやつだったような気がしたが、
今はもちろん、どこにでもあるエアコンである。

教室の上のほうに数台のテレビもあったが、
これも昔はなかった。


試験監督官も、昔は、白髪まじりの、
どう見ても今の私よりも年齢を重ねている
教授らしい方々だったが、
今回の試験監督官は、30代くらいの方々だった。

よって、センター試験のときと同様、
今回も、私が試験室の中で一番の年輩者となった。


試験開始30分前になると、
携帯やスマホを机の上に出し、
そして、目の前で電源をオフにして
カバンにしまうよう言われた。

ここまでするのは、数年前の京大入試で、
携帯によるカンニング事件があったからだろう。


そして、試験が始まる10~20分前くらいに
トイレに行ける再チャンスをもらえるサービスも
新しい。


地震が起きたときの注意事項は、
きっと東日本大震災以降のことだ。


休憩時間も、昔は、
科目終了ごとに教室から追い出され、
それでいながら
キャンパスから出ることも許されなかったので、
休憩時間になると、一時間以上、
ひたすら校内をぐるぐる歩き回っていた。

が、今は、休憩時間になっても、
教室にいてもいいし、校外にも出られる。


試験終了後は、
昔は解答用紙が集められたら
すぐに教室から出られたが、
今は30分くらい待たされる。

しかも、駅が混雑しないように、
教室のある建物ごとに時間差で退出するのだが、
これも昔はなかった。


さて、肝心の試験のできだが、
結論からいうと、散々なものだった。

この前のブログで、
全力を出し切りたい旨ほざいたが、
そもそも実力がなければ、
全力を出そうにも、出せない。

また、真央ちゃんの例も挙げたが、
実力のある彼女に例えたこと自体、
おかしかった。

多くの方から
応援メッセージをいただいていたのに、
本当に情けない…

ここ数か月の努力で得たのは、
実力のなさを痛感できる能力だった。


ショックのあまり、
帰りの電車で乗り過ごしてしまった。



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さて、いよいよ明日から、東大受験です。
私の1月のセンター試験の結果は、
真央ちゃんでいうSPみたいなものでした。

ただ、違うところは、明日からの二次試験で、
真央ちゃんのフリーように全力を出し切れたとしても、
合格という結果が伴わなければ、
まったく意味のないところです。

ま~、そもそも比べること自体
ナンセンスですが…

メダリストの椅子は世界に三つしかない。
他方、東大合格者は、毎年、数千人もいる。

真央ちゃんは20年近く、
血のにじむような努力をしてきて、
国民もいっしょにそれを見守ってきた。
だからこそ、あの全力を出し切ったフリー演技が
みんなの感動を呼んだ。

真央ちゃんに近い人物ほど、
真央ちゃんと同様、毎日精進を積み重ね、
緊張感ある修羅場を経験してきた人ほど、
あのフリー演技の重みが理解できたはず。

方や、私の努力は5か月足らずの、
しかも、誰からも見守られることのなかった
つまらないもの。


それでも、真央ちゃんのように、
全力だけは出し切れるように頑張ってきます。



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先月28日のブログでお話ししたとおり、
本人訴訟の第一審で敗訴したので、
先日、控訴するため、
東京地方裁判所に行った。

控訴なのに、なぜ、
高等裁判所ではなく、地方裁判所なのかは、
後ほど説明させていただきたい。
(ただ、地裁も高裁も同じ建物にある。)


さて、裁判所に行く前に、
東京江東区の東陽町という所にある
運転免許試験所に寄った。
免許の更新のためである。

最近、さらに眼が悪くなったので、
視力検査でひっかかるかと思ったが、
検査の際、カンで返事してみたら、
連ちゃんで当たったらしく、見事クリア。

更新された免許の写真を見て、
がく然。
自分の顔がお年寄りになっていた。


江東区の自宅から同区の東陽町、
そして、裁判所がある日比谷方面に行くのに、
交通の便がえらく悪いので、
自転車で移動した。

自転車で約30分、裁判所に着くと、
すぐに控訴状を提出できた。

およそ一年前、
最初に訴状を提出したときは、
午後だったのだが、一時間以上もかかった。
(昨年3月2日付のブログご参照)

が、午前中はびっくりするくらい
すいている。

職員どうしのおしゃべりを聞いていると、
普段からこんなかんじのようである。


控訴状を提出する際、
職員の方に本人訴訟である旨告げると、
いろいろなことを
えらく親切丁寧に説明してくれた。

私は、東京地裁の刑事部で
調査官という仕事をしていたこともあるので、
控訴は高裁ではなく地裁に提出するということだけは
知っていたのだが、
その理由が、この職員の説明のおかげで
はっきりわかった。


なんかすごい理屈があるわけではなく、
要は、事務作業を効率よくするためである。

地裁で敗訴したとしても、
みんなが控訴するわけではないので、
裁判が終わっても、
提出された訴状や証拠など
関連書類はとりあえず地裁にある。

そして、控訴状が提出されて初めて、
地裁にある関連書類も控訴状といっしょに
高裁に送られるからみたいだ。

たしかに、控訴状を高裁に提出し、
担当となった高裁の部署が、地裁に対して、
書類をよこせ、と命ずる方法も考えられるが、
訴状も含めたすべての書類は
常に一か所にあったほうが効率がいいみたいだ。


裁判所を出て、自宅近くまで戻り、
近所のスーパーでお買い物。

数か月まえ、
レジ袋が有料化されたばかりだったのだが、
最近、売上が落ちたためか、
また、無料に戻っていた。

私は、有料化以降、買った商品を
自転車で運ぶようにしていたのだが、
消費者は厳しいようである。

環境保護が営利主義に負けた、
そう感じた。



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2014.02.16(Sun):わたしの信条
『結果が非常識を常識に変える。』

これは、元スピードスケート選手
清水宏保さんの言葉である。

『身長の低い人はスピードスケートでは大成しない。』
そうした周囲の常識にとらわれた言葉に負けず、
精進を重ね、長野五輪で見事金メダルを獲得した。

そして、今回のソチ五輪のラージヒルで、
41歳の葛西選手も銀メダルに輝いた。

30代で現役を続けることが珍しい
スキージャンプの世界。

現役を続ける葛西選手も
昨シーズンまでは
周囲から白い眼で見られたり、
笑われることもあったらしい。


英科学誌ネイチャーに投稿した際 、
『過去何百年の生物細胞学の歴史を愚弄している』
とまで酷評されながらも、研究を続け、
STAP細胞開発に成功した小保方さんも、
こうした常識にとらわれた言葉に負けず、
精進を重ね、結果を出して周囲を黙らせた。


私も、ある意味、
常識はずれなことに挑戦しているが、
日々努力を重ねることで
結果を出すしかない、

そう思い知らさせてくれた
葛西選手の見事な活躍であった。



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先月、センター試験を受け、
結果は7割5分。

足切りの可能性はあったものの、
とりあえず東大を受験すべく出願しておいた、
ということは、今月4日のグログでお話した。

そして先日、東大の第一次合格発表があった。

心配していた足切りは免れた。

と、いうより驚いたのは、
足切りを免れた受験生の平均点が
8割を切っていたことである。
昔なら足切りのボーダーラインである。

これは、
『ゆとり世代だから、点数が低かった?』

いや、そうではないみたいだ。

出題する側としては、
ゆとり世代の問題はやさしい
と思われるのが嫌だったみたいで、
ここ数年、国語と数学が難化しているのである。

それで、平均点も
ここ数年下がっているようだ。

特に、国語がひどく、昨年の平均点は、
35年前に始まった共通一次時代も含め、
史上最低だったのだが、
今年はさらにそれを下回り、5割を切った。
50万人以上も受験して、
満点が一人もいなかったのである。

たしかに、私も古文の問題を見た時、
「センターで源氏物語とか出すなよ!」
と思いつつ、一応、読んでみたが、
不倫した夫に愛想をつかした妻が、
子どもを連れて実家に帰るという
相変わらず不らちな内容の作品で、
こんなの、うぶな高校生に読ませるなよ、
と思ったくらいで、
詳細はまるで分からなかった。

国語の試験が終了したとき、
周りでもどよめきが起きていた。


私が感じたのは、
問題作成者を指摘できる者がいなかったんだな、
ということ。

私も昔、
ある公務員試験を作成したことがあるが、
「こんなすごい問題、君たち解ける?」
という感覚で、最初、作ってしまった。

そしたら、人事院の担当者から、
『もっと試験問題であるということを
 意識したものにしてください。』
と言われてしまい、
何度も手直しをした記憶がある。


公務員試験の後、
出題した問題の評価も行われた。

問題の良し悪しは、
選択式問題の場合、正答率だけでなく、
成績上位者の正答率と
下位者の正答率との差で測られる。

例えば、
ある5択問題の正答率が20%であったとしても、
成績上位者の正答率が30%で、
成績下位者の正答率が10%なら、
その問題は良問ということになる。
逆に、
上位者も下位者も正答率が同じ20%だったら、
受験生の能力を測ることができなかった
駄問と評価される。


今年のセンター試験の場合、
国語の古典と数学の確率は、
記述式問題でじっくり考えさせるような問題で、
短時間に基礎学力の到達度を測るための
問題ではなかったような気がした。

学者か誰だか知らないが、
問題作成者に対して指摘できる者が
おそらくいなかったのであろう。



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2014.02.12(Wed):経済・税金問題
ソチ五輪の女子モーグルで、上村愛子選手が、
3位だったカーニー選手よりミスが少なく、
しかもタイムは一番速かったにもかかわらず、
4位に終わった。

その理由は、
アメリカやカナダの選手の間で主流となっている
上体のぶれない滑りのほうが
『基準点』が高くなるよう
採点基準が変更されたかららしい。

その他、フィギュアスケートの団体戦でも、
浅田真央選手が3位に終わったのも、
その前に見事な滑りを見せた
ロシアの選手を称える場内の声が鳴りやまず、
浅田選手が滑走前に集中できなかったからだ
ともいわれている。

ゴルフのように、
選手がアドレスに入ったら、
静かにするようなルールがあってもいい。


以上のようなことをいうと、
何か言い訳がましくて潔くない印象がある。
私自身もそう感じる。


しかし、
92年のアルベールビルと94年のリレハンメルの
ノルディック複合で日本が団体で金を取ると、
日本が得意としていた
ジャンプの比重を下げるルール変更がなされた。

98年の長野大会のスキージャンプで
日本が団体で金を取ると、
身長の低い選手のスキー板を短くするような
ルール変更がやはりなされた。

しかし、今回のスノボー・ハーフパイプでは、
日本人選手は惜しくも金は取れなかったので、
ルール変更はないだろう。


さて、グローバル化時代といわれて久しいが、
グローバル化に適応できる人材や企業が
求められている。

『グローバル化』とは何であろうか?

私は、事実上、
欧米の基準に合わせることだと思っている。


スポーツだけでなく、経済・貿易でも、
欧米人や欧米企業がかんばしくないと、
自分らのことを顧みようとはせず、
とりあえず原因を他に求める。

オリンピック以外の例だと、
懐かしいところで日米構造協議やスーパー301条。
今、日本の貿易赤字は膨らむ一方だが、
どこか特定の国のせいにしようとする動きは
まったくみられない。
(原油の輸入増、円安、生産拠点の海外移転など
 原因が明らかだからということもあるが…)

ここ一年の間だと、アメリカが、
かんぽ生命のネットワークを非関税障壁だとして、
アフラックの郵政での窓口販売を強要させている。


もし、グローバル化をいうのであれば、
日本のスポーツ競技団体は、
日本人に不利なルール変更にもっと抵抗してもいいし、
なんなら、欧米諸国のように、
日本人に有利なルール変更を提言する
これくらいのことをしてもいい。


それが、見苦しくても。



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2014.02.10(Mon):外交・安保問題
欧米主要国の首脳が、
同性愛者などの人権問題を理由に
ソチ五輪の開会式を欠席する中、
安倍総理は開会式に出席し、
総理就任以降5度目の首脳会談も果たした。

安倍総理は、
プーチン大統領との個人的な信頼関係を深め、
大統領の今年秋の来日も決まったと報じられている。


外交は理屈ではなく、
つまるところ人間関係だと思う。
首脳どうしが信頼関係で結ばれれば、
外交はうまくいく。

ただ、通常は、
一朝一夕に信頼関係を築くことは難しい。

だから、私は、
税金の無駄使いと非難されることもあるが、
安倍総理が外遊に力を入れる姿勢は、
各国首脳との信頼関係を築く上でも、
非常にいいことだと思っている。


中国・韓国の場合は、
相手が拒否反応を示しているのだから、
上手くいかないのは仕方がない。

特に韓国のパク・クネ大統領の場合、
感情的になっているような気がする。

日本の総理が、相手の機嫌をうかがって、
自身の信念を曲げてまで靖国参拝を控えるのも、
信頼関係を築くということとは違うと思う。


信頼関係を築くことや
誠実な態度で接することは、
外交や政治だけでなく、
仕事をする上でも、商売をする上でも、
いろんな場面で重要になってくる。

ただ、外交の場合、
難しいのは継続性との関係である。

相手国といったん交わした約束を、
首脳など担当者が交代したからといって、
反故にしたりすると、
せっかく築いた信頼関係が壊れてしまう。

その例が民主党政権時の日米関係である。


55年体制下の昔の自民党が築いてきた
当時の中国要人との信頼関係も
時代の流れとともに消えていった。

ロシアについても、
橋本元総理とエリツィン元大統領との間で交わされた
領土問題解決の約束も、今や忘れ去られた格好だ。

だから、
安倍総理が精力的な外交で各国要人と信頼関係を築いても、
また総理が代わったら、どうなってしまうのか、
今から、ちょっと心配である。



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もう15年ほど前になるが、
夏に札幌に赴任したとき、
東京と違い、みんな道を譲りあうのを見て、
ちょっと、びっくりした。

冬になると、その理由が分かった。

雪が積もると、歩ける場所が狭くなるため、
歩行者がお互い道を譲りあわないと
進めないのである。

以上のお話しは、
拙著の本でも紹介させていただいた。


関東・東京でも、昨日、
記録的な大雪に見舞われた。

本日、東京では、
東京都知事選挙があり、
私も、先ほど、投票に行ってきたのだが、
道に積もった雪で、
非常に歩きにくかった。

私の個人的な経験からすると、
都心では、道を譲る人は少なく、
肩がぶつかっても平気なくらいの勢いなので、
ここ東京の下町でも、
積もった雪で通れる場所が狭くても、
みんな、譲り合ったりしないんだろうな、
と思っていた。


が、である。
みんな道を譲ってくれるのである。

しかも、人生経験がある方ほど、
お互いすれ違うときに、
頭を下げて挨拶してくれる。

勝手な偏見を抱いていた自分が
恥ずかしくなった。


投票所に入ると、
案の定、人が少ない。

高齢者ほど投票率が高いといわれているが、
(ただ、あまり高齢だと、身体的理由から、
逆に、投票率が低くなるともいわれている。)
その方たちが、
積雪での歩行は危険と判断し、
投票所に来るのを控えているからか…


が、投票所の出口のところで、
杖をついてやっと歩けるか歩けないか
それくらいの高齢者が、お一人で、
必死に前に進もうとしていた。

係りの職員の方が、
『本当に、大丈夫ですか?』
心配そうに高齢者の方に付き添っていたが、
まさか、自宅まで
ついていったとは思えないのだが…


危険を冒して、決死の覚悟で、
(本当にそんな感じでした)
投票しに来た高齢者の方も
いらっしゃるのだから、
若者にも是非、投票に来てもらいたい。

そう、思った光景だった。



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私は、学生時代、
上智大学陸上競技部に所属していた。

みんなお酒が大好きで、
卒業して四半世紀経った今でも、
何の名目がなくとも、年に数回集まる。

しかも、その度ごとに、
同輩・先輩・後輩とメンバーが微妙に異なる。


先日の飲み会には、現役部員まで参加していた。
もう、同輩らの子どもより若いのである。

今、部員は約70名もいるという。
高跳びを2M以上跳ぶ選手や
1500mを3分台で走る選手がいたり、
何か、すごいことになっている。

上智大学は、
神父さんの反対で(と聞いている)、
スポーツ推薦入学制をとっていないから、
なおさら、すごい。


私の同輩にも、中学・高校時代、
ジュニアオリンピックやインターハイに出場し、
上智大学在学時も、
関東インカレで入賞したやつとか、
全日本インカレの決勝まで進出したやつとか、
結構すごいやつらがいた。

先日の飲み会に参加していた私の同輩Aは、
『百獣の王・武井壮』ほどではないが、
現役時代、十種競技で、
関東インカレで入賞したすごいやつだ。

もう、二十年近く前になるが、
私がパリにあるOECD(経済協力開発機構)に
勤めていたとき、
休みを利用して日本に一時帰国をするという話をしたら、
Aは、わざわざ私のために
北海道の鮭を丸ごと一匹もってきれくれたらしい。

『らしい』というのは、
私が、結局、一時帰国しなかったからだ。
帰国しなかった理由は忘れてしまったが…

Aにすまないことをしたと思いつつ、
それから十五年ほど経っとき、
今度は、Aが南米に赴任することになった。

もちろん、壮行会が催された。
私は、鮭のことで、
どうしてもAに謝りたかったのだが、
その日は、出張で、大阪にいた。

だが、何とか夜の11時過ぎ東京駅に着き、
二次会(三次会?)の場所を聞こうと
同輩の携帯に連絡を入れたのだが、
『ば~』とか『うえ~』とか
『猪野~早く来~い』とか、
みんな酔っぱらっていて、
結局、場所が分からなかった。

だから、Aに会えずじまいだった。


そして、先日、ようやくAに会い、
二十年前の鮭のことと、
五年前の壮行会に参加できなかったこと、
これらを謝ることができた。

二十年近くつっかかっていたものが、
ようやく取れたような気がした。



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2014.02.05(Wed):わたしの信条

先月、拙著の本が9冊売れました。

出版してから半年以上経った今でも、
こうして細々とでも売れ続けているのは、
私の本をいろいろな方々に紹介してくださっている
みなさんのおかげです。


政治家になるためには、
自分という人間を有権者に知っていただき、
信頼してもらうしかない。

つまり、“自分”で勝負するしかない。

これが、一昨年末の衆院選を実際に戦って、
肌で感じたことである。

私は、今やマスコミによく登場する
下村文部科学大臣と戦ったわけだが、
大臣は、20年以上、地元で活動し続け、
地元の有権者から信頼を得ていた。

だからこそ、
次点であった私にダブルスコア―以上の得票数で
選挙戦に勝ったのである。

自民党候補だったから、だけではない。

だから、
私は、心底、大臣を尊敬している。


たしかに、
小泉旋風とか、民主党への追い風といった
特殊な風が吹いているときは、
政党の候補者になれさえすれば、
ブームに乗って当選できる。

ただ、それで当選し、
その後も勘違いし続けた人は、
次の選挙で落選している。

今の野党議員らの動きを見ていると、
次の選挙で勝てそうな党を探したり作ったりすることに
奔走しているようにしか見えない。

つまり、彼らは、
“自分”で勝負するのでなく、
勝てそうな政党の候補者になることを目指して
躍起になっているようにしか見えない。

そうした視点で、
政界再編とかいっている
野党議員らの行動を見れば、
非常に分かりやすい。

たしかに、
議員になることだけが目的であれば、
それが簡単で近道だから、
理解できないこともないが…


私が、本を出版し、
そしてこのブログを始めたのも、
自分という人間を
なるべく大勢の方に知っていただくためです。

だから、
みなさんへの感謝の気持ちでいっぱいなのです。



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『受験頑張ってください。』

銀行で、受験料を払ったときに、
行員さんにかけられた言葉である。

もしかしたら、
頭に『お子さんの』が
省略されていたのかもしれないが、
何か、恥ずかしかった。

足切りされる可能性がかなり高いので、
17,000円も払って出願するのに、
かなり迷ったが、
出願しないと後悔しそうだったので、
出願することに決めた。

そのあと、郵便局に行って、
願書を書留速達で送ったのだが、
そのときも、
申込用紙に書いた私の名前を見た局員さんから、
『いつも、ありがとうございます。』
と言われ、
何か、恥ずかしかった。


そのあと、
狭い路地を歩いていると、
私の足元に豆が当たった。

そのとき初めて、
とある一軒家の前を歩いていたのに
気がついた。

女の子が、お母さんといっしょに、
玄関から外に向かって
豆をまいていたのである。

お母さんがしきりに、
私に向かって
『ごめんなさい、ごめんなさい』
と謝ってくれていた。

でも、
そのときの女の子のかけ声が
『福は内』
だったので、悪い気はしなかった。



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制度上の違いを述べるわけではない。

おもしろさの違いである。

先日、国会が始まり、本会議で、
安倍首相の所信表明演説と、
各党・会派の代表質問があったが、
つまらなかった。

一部の議員が居眠りを始めるのも、
分からないわけではない。

演説も質問も答弁も、
用意された原稿を
一字一句違わずに読むことに一生懸命だから、
迫力がまるでない。

例え、表面上の語気が強くても。

内容も、
ワイドショーで取り上げられている程度のもので
陳腐。

また、
自分と同じ党や会派の人が
質問や答弁をしているときに、
みんなで一斉に拍手しているのは、
北朝鮮みたいで、
不気味だ。


他方、
昨日も衆議院予算委員会があったが、
こちらの方は、まだおもしろい。

一応、
質問や答弁は前もって用意されているものの、
原稿はあまり見ず、
なるべく自分の言葉で喋ろうとしている。

質問するほうは、
自分の聞きたいことを
独自の調査に基づき質問しているので、
迫力がある。

内容も、
マスコミが忘れ去ったようなものもあり、
多様だ。

答弁する安倍首相も、
感情的になることもある。

特に、予算員会は、
TV中継があるからかもしれないが、
私が7~8年前に
衆議院調査局に勤めていたときに見た
TV中継のない財務金融委員会も
結構、おもしろかった。

一昔前の委員会は、
大臣や国会議員ではなく、
役人が代わりに答弁していて、
しかも用意された原稿を読んでいただけだったので、
くそつまらなかった。

それが、国会活性化の一環として、
なるべく大臣や国会議員が答弁するようになってからは、
委員会質疑の様子が変わったのだと思う。



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