2015.01.19(Mon):政治活動
来たる4月に統一地方選があるので、
最近は、朝の駅頭で
立候補予定者とよくぶつかる。

国政選挙と違って、
候補者の数が多いので、
いろんな方がいらっしゃる。

みなさん、
きちんと私に一言挨拶をしてくださり、
別の駅に移動してくれるか、
同じ駅でも、
私の邪魔にならないよう
配慮をしてやってくださる。

そんなときは、私も
帰り際、一言挨拶をさせていただく。

みなさん本当に礼儀正しい方々で
気持ちがいい。


そして、
周辺にお店がならぶ駅だと、
宣伝のためのチラシやティッシュペーパー
こうしたものを配るバイトの人たちとも
ぶつかる。

私の近くで配ると
私のために配っているように見えてしまうので、
ちょっと遠くで配っている。

こうしたものも
案外、朝早くから配っているものだと
あらためて気がつく。


朝の駅では、
駅にいそぐ乗客のかたわら、
こうした気配りが交わされている。



スポンサーサイト
Tag:
| TrackBack:0
2015.01.14(Wed):外交・安保問題
フランスでは、
イスラム教の風刺画をきっかけに、
過激派テロによる複数の犠牲者が出、
表現の自由を擁護する
大規模なデモ行進が行われた。

一方、日本は、
在日朝鮮人らを挑発する
ヘイトスピーチをきっかけに、
ヘイトスピーチを規制する法整備を行うよう、
国連から勧告を受けた。

イスラム教を風刺することも、
在日朝鮮人を挑発することも、
表現の自由ともいえるし、
ヘイトスピーチともいえる。

もちろん、
風刺画は機知に富んでいるが
挑発行為は内容がない。

風刺画は行動を伴っていないが、
挑発行為は行動を伴っている。

こうした大きな違いはある。

しかし、イスラム教徒にとって、
アッラー(絶対唯一神)やムハンマド(予言者)の
偶像化はご法度である。

だから、
問題となっているフランスでの風刺画は、
日本でのヘイトスピーチなみに
見る者に嫌悪感を与えているのかもしれない。

しかし、
かたや表現の自由だと擁護され、
かたやヘイトスピーチだと規制されるのは、
なぜであろう?

フランスの場合、
テロによる犠牲者・死者が出た。
これは、
絶対に許されないことである。

ただ、中東における米軍の空爆で
無数の民間人の命が奪われているのに、
今回、フランスで亡くなられた方たちのように、
世界的に追討・哀悼されることはない。

今回のテロの首謀者も、
犯行声明の中で
テロの動機がこうしたことにあることを述べていた。

そもそも、
移民問題、中東問題、各地の内乱などは
19世紀末ごろから始まった
列強による帝国主義政策が
大きなきっかけとなっている。

もしかしたら、
中国人や韓国人らの中には
過去の日本の行為を決して忘れない者がいるように、
イスラム教徒の中にも、
過去の欧米列強の行為を決して忘れない者が
いるのかもしれない。

ここら辺まで根が深い問題であることを
欧米諸国がまず認識しなければ、
どんなに今回のパリでのデモ行進のようなことをしても、
テロは決してなくならない。

そう、個人的には思います。



Tag:
| TrackBack:0
2015.01.05(Mon):政治活動
「みなさん、
新年明けましておめでとうございます。
今年も、みなさまにとりまして
良い年となりますよう、
お祈り申し上げております。
お気をつけて
いってらっしゃいませ。」

新年明けてからの朝の挨拶。

毎朝、
数人の方に声をかけていただくが、
今朝、声をかけてくださった方は、
ちょっと変わっていた。

その男性は、昨年、マラソンを走って
3時間台の記録を出したと
報告してくださった。
私の記録の2時間台ほどではないけどね、
とおっしゃっていたが、
今、その人と競ったら間違いなく敗ける。


私のほかに、
タバコの吸い殻を拾って清掃する方、
自転車を整理する方、
いろいろな方が社会のために働いている。

そんな方々からも
ご挨拶いただくようになった。

私の挨拶も、
こうした方々と比べれば
直接社会のためになっているわけではないが、
スピーカーでどなっているわけでもなく、
私の言葉を聞いて、
気分よく通勤・通学に出かける方も
中にはいらっしゃるはず。

私の無所属での活動は自己満足かもしれないが、
それで、少しでも
他人様のためにもなっているのであれば、
それでもいいのかもしれない。



Tag:
| TrackBack:0
2015.01.01(Thu):わたしの信条
みなさん、
あけましておめでとうございます。

今年も、もしよろしければ、
このブログにお付き合いください。

さて、昨年末、
友人どうしの忘年会みたいなものに参加したのですが、
今回の選挙で、私が無所属で出馬したことで
こっぴどく叱られてしまいました。

それは、
私のことを本気で心配してくれたからで、
私の亡くなった両親が
のりうつったかのようでした。

だから、ある意味、
本当にうれしかったのですが、
自分が説明責任を果たす政治家を目指すと
遊説中あれだけいっていたのに、
身近な友人に
自分の考えをきちんと説明していなかったことに
気付かされました。

要は、どこぞの党にも所属しないというのは、
武器も持たずに戦争に勝とうとするようなもので、
あまりにも無謀すぎると。

それは、そのとおりですし、
自分が納得のいく武器なら
それで戦争にのぞんでもいいのですが、
自分の主義主張を曲げ、
勝つために手段を選ばないというやり方は
私にはできません。

間違った武器を選んだり、
手段を選ばないことが
マイナスになることもありますし、
あくまで自分の力で勝たないと
私にとっては意味がないのです。

たしかに、今回も、
自分が立候補した選挙区では、
勝つために手段を選ばず、
三度ほど武器を持ち替えた候補者が
三回連続して当選しました。

勝たなければ意味がなく、
私のやっていることは
自己満足にすぎないともいわれました。

しかし、自分の人生、
生きざまは自分で選びます。

たしかに、
今回の選挙だけ見れば、
私のやっていることは余りにも無謀です。

しかし、今回の出馬は、
今後の生活のことも踏まえた上で、
私なりに熟慮した上でとった行動です。

それに、現在のところ、
これからやろうとしていることの
1%も実行していません。

たしかに100%実行したところで、
勝つ保障もありませんが、
とにかく自分の納得いく形で
何年かけてもいいから挑戦し続けないと、
死ねないのです。

ただ、それだけです。



Tag:
| TrackBack:0