最近、二つの同窓会があった。

一つめは昨年度通っていた
予備校のクラスの同窓会である。
卒業(?)してまだ半年も経っていないので、
懐かしいというより、久しぶり、という感じで、
場所は、お好み焼き・もんじゃ食べ放題のお店。

私のほかは、ほとんどが未成年者なので、
ピッチャーでお水を頼んで、
ひたすら食べまくる、という具合である。

話題は、今どんなことをしているのかとか、
留学したいとか、資格を取得したいとか、
これからやりたいことが中心で、
みんなの見つめる先は2015-2017年。
私もつい、十代であるという錯覚に陥ってしまう。

ある男子の叔母が、
私が二十年以上前に通っていた
英会話学校で知り合った女性であることが判明、
といったおまけもあった。


そして、二つめが中学時代の同窓会。
こちらは35年ぶりの再会で、
懐かしいというより、誰?という場合も…

みんなの振り返る先は1979-1980年。

いうことを聞かない生徒をボコボコにする先生、
制服着たままの女子をプールに落とす男子、
胸の小さい女子をからかって
黒板に『ぺちゃパイ』と書いたまま、
授業開始のチャイムが鳴ってしまい、
教室に入って来て、黒板のその文字を見るやいなや
突然泣きだして教室を出て行ってしまった
やはりお胸の小さい先生。

今だったら社会問題となるハプニング満載の
なかなかお茶目な学校だった。

当時のいじめの謝罪や、
当時好きだったことの告白や、
今さら言われても、といった
そんな会話も繰り広げられていた。

そんな中、今だから笑える話をご紹介。
携帯電話さえない、
当時ならではのエピソードです。


Aさんに電話で告白すべく、
台本をつくった甲くん。
ふるえる指で
ためらいながらも勇気をふりしぼって
ダイヤルを回してAさん宅に電話。

『もしもし』
女子の声である。
お母さんの声ではない。
そこで甲くんは。
緊張しながら台本を読み始めた。

台本を読み終えると、
電話の声の主が突然笑い出した。
『今、Aに変わるね!』

そう、彼女こそは、
たまたまAさん宅に遊びに来ていたBさん。
ひととおり
一世一代の甲くんの告白を聞いてからの
先の発言だった。


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2015.06.19(Fri):政治活動
何の日かご存知でしょうか?
そう、父の日です。
母の日に比べるとマイナー。

毎朝の駅頭の挨拶がマンネリ化すると、
通勤・通学のみなさんの耳には届かない。
だから、今週の挨拶では、
こんなことばを入れてみました。

「今度の6月21日の日曜日は父の日です。
みなさん、お忘れなきよう、
よろしくお願い申し上げます。」


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昨年、東大受験に失敗した後、
独学で合格するのは難しいと判断した私は、
予備校に通うことに決めた。

多くの予備校が年齢制限を設けている中、
K塾だけが年齢不問としていたので、
この懐が深い予備校に通学することに決めた。

が、予備校の授業料も安くはない。

しかし、私は、
今の政治家らの言動を見聞きしてきて、
本物の政治家になるためには、
法律や政治をきちんと勉強する必要があると感じていた。

そして、過去の海外勤務時を含め、
社会人として自分の教養のなさを痛感していたため
できるだけ高いレベルのところで、
つまり、東京大学で、
学部から勉強しなおしたい、
そんな想いも強くなっていた。

残りの人生も長くないところで、
独学を続けて東大入学に年数をかけるよりは、
お金を遺すべき家族もいないことだし、
人生悔いが残らないようにするためにも、
お金をかけるところはかけようと決心した。

果たして、K塾に通って正解だった。

まず、すべての先生が
生徒の個別の質問に親切丁寧に答えてくださった。

そして、一クラスは五十人ほどなのだが、
クラスメートはお互い
足の引っ張り合いをするようなことは決してせず、
分からないところを教え合ったり、
欠席した子には、
他のみんなが進んでノートやプリントを見せたりした。

私の場合、昨年の11月~12月、
選挙のため予備校を休んでしまったのだが、
選挙後、クラスメートにはかなり助けられた。

そして、先生の他に、
個別に進学指導や相談にのってくださる
専門の職員の方も数人いらっしゃるのだが、
私が、選挙準備のため、
事情を説明せずに予備校を欠席し始めると、
担当の職員の方が私のことを心配してくれて
何度も連絡をくださった。

このときに限らず、そして私に限らず、
こうした職員の方々は生徒のことを本気で心配してくれる。

自分のことを
こんなにも心配してくれたことに感激した私は、
いつの間にか、
職員の方々やクラスメートのためにも、
絶対合格しなければならないという想いが強くなった。

そして、今年の3月、
みんなに助けられたおかげで、
何とか東大に合格できた。

が、この時期、予備校では授業がないため、
職員の方々にはお礼をいうことはできても、
先生方にはお礼をいうことができなかった。

そこで私は、この4月~6月に、
大学で授業のない日にK塾を訪れては、
お世話になった先生方にお礼を申し上げた。
通常はここまでする必要はないのだろうが、
私の場合、年齢が年齢だけに
先生方にかなり心配をかけてしまっていたので、
どうしてもお礼を直接いいたかったのである。

そして、二ヶ月かけて
すべての先生にお礼を伝え終わり、
K塾を出ようとしたところ、
警備員の方をお見かけした。

そして、その警備員の方にもお礼を申し上げると、
なんと、
その方も私の合格を知っておられたのである。

K塾では、本人承諾の下、合格者の写真が
氏名・出身校・コメントとともに貼り出されるのだが、
警備員の方々も私のことを心配してくださっていて、
私の写真を見て喜んでくださっていたとのこと。


こうした素晴らしい方々と出会う機会を与えてくれた
K塾には感謝の限りである。

そして、ここでのすべての出会いが
私にとっては一生の宝である。



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2015.06.10(Wed):外交・安保問題
安全保障関連法案について、
ほとんどの学識経験者らが違憲であるとの認識を示す中、
政府は“砂川事件最高裁判決”を合憲の根拠として挙げているが、
この判決は駐留米軍や日米安保条約の合憲性が争われたものであって、
集団的自衛権とは何ら関係のない判決であるともいわれている。

また、この判決は、日米安保条約改定を控えるなか、
一審で駐留米軍が違憲とされてしまったものだから、
あわてた米国が日本に対し、
高裁を飛ばす飛躍上告をして
1959年内には最高裁で合憲判決を出すよう、
圧力をかけたともされる。

その証左とされているのが米国務省の秘密文書である。
この秘密文書は2013年1月に開示されていたのだが、同年4月、
たまたま私もこのことについてブログで綴っていたので、
ここに二年以上ぶりに再掲させていただきます。


昨日8日のニュースで、
円安・株高や北朝鮮のニュースの陰に隠れ、
あんまり大きく取り上げられていなかったが、
次のニュースが非常に気になった。

それは、1957年夏、米軍の旧立川基地にデモ隊が侵入した砂川事件で、
駐留米軍を違憲とした一審判決後、
田中最高裁長官(当時)が上告審公判前に、
駐日アメリカ首席公使に会い

『判決はおそらく(1959年)12月』

『結審後の評議は、実質的な全員一致を生み出し、
 世論を揺さぶるもとになる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っている』

などと、公判日程や見通しを漏らしていたことが、
米国立公文書館に保管された秘密文書(情報源は、自民党・外務省)
でバレちゃったというニュース。

ここから、自民党と裁判所との間で
こんなやり取りがあったんだと推測できてしまう。

当時の自民党いわく
”駐留米軍が違憲だなんて、一審判決がでちゃったんだけど、
 日米安保条約の改定(1960年)も控えているし、
 こんな判決出されると困っちゃうんだよね。
 アメリカ様がお怒りだから、
 最高裁では違憲にしないって、
 アメリカ大使館に行ってちゃんと説明してきてくれる。”

当時の田中最高裁長官いわく
『じゃー、駐日アメリカ大使に説明してきます。』

”アメリカ様のほうが日本より格上だから、
 たとえ、あなたが最高裁判所の長官であっても、
 トップの駐日アメリカ大使は直接会ってくれないよ。
 それより格下の首席公使なら、話を聞いてくれるかも。”

とやりとりがあった後、冒頭のような、
田中最高裁長官による駐日アメリカ首席公使への説明がなされたのか否か、
定かではない。


その後、最高裁判所に戻った田中長官が、
他の最高裁の裁判官に対し

”っていうことだから、一審判決のように駐留米軍が違憲だなんて、
 みんな口が裂けても言わないように。”

とお願いしたかどうかも定かではない。

ただ、実際の最高裁大法廷判決は、全員一致で、
駐留米軍は、外国の軍隊である以上、
憲法9条2項で保持を禁止している『戦力』に当たらないので、
合憲、とした。


この問題となっている秘密書簡を
開示請求により入手した大学教授によると、
裁判長が裁判の情報を利害関係のある外国政府に伝えており、
評議の秘密を定めた裁判所法に違反する、としている。

ただ、私は、さらに、
①立法(自民党)と行政(外務省)が司法に介入したのではないか、そして
②最高裁長官が他の裁判官の独立を脅かしたのではないか、
と懸念されてしまうのも問題だと思う。

裁判官の独立を規定した憲法76条3項に違反するからである。

特に②は、冒頭の田中最高裁長官の下線部分の発言から、
強く疑われてしまう。

ここで思い出されるのが、120年以上前の大津事件。
それは、当時のロシア皇太子が、現在の大津市で
警衛中の巡査に斬りつけられ負傷した、という事件。

ロシアとの関係悪化を恐れた政府は、この巡査を死刑にするよう
当時の大審院長の児島惟謙に申し入れたが、
児島惟謙は、こうした政府による干渉を退け、
”司法権の独立”を守ったと評価されている。

しかし、一方で、
児島自身が、他の大審院の裁判官の独立に干渉したとして、
問題視もされている。


もちろん、田中裁判長が、他の裁判官に
駐留米軍を違憲としないように、と
働きかけたかどうかは不明である。

しかし、少なくとも、公開された文書からは、
そのように疑われても仕方がない発言をしたことは確か。

”李下に冠を正さず”
である。



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2015.06.07(Sun):介護・福祉問題

先日、民間の有識者などで作る“日本創成会議”が
“東京を中心とした地域では今後10年で急激に高齢化が進み
医療・介護施設の不足が深刻化する“として、
“高齢者の地方への移住を支援するなどの対応が必要である”
との提言をまとめた。

しかし、私の亡くなった父は、私が
「都内の特養ホームはいっぱいなので、
北関東の特養ホームに入らないか」
ときいたところ、
『長年暮らしてきた都内を離れたくないし、
そんな体力や気力もない』
といっていた。

この提言、
介護などの経験がなく実態を知らない有識者が
机上で機械的に考えて出されたものではないか、
という印象を受けた。


また、別の先日のニュースであるが、
安全保障関連法案について、
衆議院憲法審査会で参考人質疑が行われたところ、
与党推薦も含めた3人の学識経験者全員が
違憲であるとの認識を示した。

これに対し、
法学士ではあるが修士でもない菅官房長官が、
政府の見解としながらも、
憲法学者の大家らの指摘を否定していたのには、
参考人質疑の意義も含め、
ものすごく違和感をおぼえた。



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2015.06.05(Fri):わたしの信条

18歳以上の未成年者にも選挙権を与える法案が
衆議院を通過し、
このまま参議院で可決・成立すれば、
来年夏の参院選から、
18歳以上の未成年者も投票できるとのこと。

私も、朝の駅頭の挨拶などで、
学生さんをないがしろにしていたつもりはなかったが、
無意識にOLやサラリーマンのほうに意識がいっていた、
このことに改めて気がついた。

つまり、
18歳以上の未成年者も投票できるこということが
現実味を帯びるようになって、
私の学生さんを見る眼も変わっていたのだ。


実は、私は、この法案に期待している。
すなわち、今の選挙では、
組織票やしがらみによる票も多く、
だから政治がいつまでも変わらない、
そう思っているからである。

しかし、18歳以上の未成年者なら、
純粋な動機で投票してくれそうな気がする。

ただ、本当に純粋すぎて、
私の知る区内の18歳を過ぎている未成年者からは、
私のことを知っているというだけで
私に投票するとは限らないと、
宣言されてしまった。

まー、全うといえば全うで、
このくらいでないと政治は変わらないのかもしれない。


今、民主党や維新の党など野党のなかで、
自民党に対抗できる野党を再編する動きが活発化している。
これは来年夏の参院選対策のためである
ということもいわれている。

が、そもそも政党とは、
数千万もの有権者の数限りない意見を、
そのままでは収拾がつかなくなるから、
意見をある程度集約させ、
それを国政に反映させるためにある。

しかし、いつもそうだが、
政策云々の前に、
自分が所属しておけば楽に当選できるような、
そんな政党を立ち上げることに
みなさん腐心なさる。

国民が野党に失望しているのは、
人数が少ないからということではなく、
民主党が政権を獲ったとき、
議員定数削減とか、天下り廃止とか、
金権政治をなくすとか、こうした
国民が期待したことを何一つできなかったからである
(と私は思っている。)。

そこを忘れて、
数だけそろえればいいという発想。

今の若者なら、
そのへんを冷静に見抜いてくれそうな
そんな気がする。

でも、そうすると
投票先がなくなってしまうかもしれない。

だから、私は、半年前、
そうした方たちの受け皿になれればいいと思い、
無所属で衆院選に立候補したのだった。



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昨年度通っていた予備校のクラスメートの一人が
慶應大学に進学した。

彼は、ちょっとだらしないところはあるが、
世話好きで気づかいのできる
イケメンの好青年である。

彼はオーケストラ部に入り、
入学して間もないというのに、
早速コンサートで演奏することになった。

たまたまコンサート会場が、
自宅から自転車で行ける距離だったので、
また、無料ということもあり、
聴きに行った。

オーケストラとかに疎い私は、
彼をなるべく近くで見ようと、
最前列に座った。

が、
彼はステージ中央付近にいたので、
舞台の手前のほうで演奏している方々に隠れ、
彼を直接見ることができなかった…。

という私の間抜けな話はさて置き、
演奏曲もそうだが、
演奏している学生さんの姿を見て、
輝いているというか、美しいというか、
とにかく感動してしまった。

曲は、アンコールも含めると4曲(多分…)
演奏時間は2時間近く。

彼は入学して間もないこともあり、
すべての曲を演奏したわけではなかった。
が、それでも2曲演奏したわけだが、
中にはすべての曲を演奏していた学生さんもいて、
その場合、半年近く練習したとのこと。

この演奏のために、
すべての学生さんが数か月間、必死に努力をし、
そして、
その成果がいかんなく発揮されたからこそ、
自然と美しいオーラが出ていたのか…

彼も、勉強を多少犠牲にしてまで、
この日のために練習を続けてきたらしい。

もちろん、お金云々ということでないが、
こんな素晴らしい演奏を無料で聴けたというのは
本当に贅沢というか、
感謝、感謝の気持ちでいっぱいである。



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