2016.03.31(Thu):政治活動
ある朝、駅頭挨拶をしていたとき、
突然、見ず知らずの方から、
色紙とマジックペンをさしだされた。

『あのー、サインお願いします。』

実は、これまでにも
拙著の本を購入してくれた
友人や知人にお願いされ、
表紙裏などにサインをしたことはあった。

しかし、見ず知らずの方から、
しかも色紙まで用意してくださって
サインをお願いされたのは
これが初めてのような気がした。

「ふつうに名前しか書けないですけど、
 それでもいいですか?」

当然のごとく、
私は、著名人のように
独自のサインなんか考えていなかった。

『かまいません。
 それから何か一言と、
 今日の日付もお願いします。』

自分の名前を色紙に書いている途中、
これまた見ず知らずの方から、
しかし、いつものように
道をきかれた。

私が道を伝えるため
サインを中断せざるをえなくなると、
サインをお願いしてくれた方は、
ペンをもってくれた。

『いのさんに道をきかなくても…』

「いやいや、
 よくきかれんるんですよ。」

このとき、ふと、
一年以上前のことを思い出した。

2014年暮れ、
衆議院総選挙時にかまえた小さな選挙事務所に
私の地元出身小学校の小学生が訪れてきた。

『サインお願いします。』

その少年は学習張を差し出した。

少年がもっていた鉛筆か、
事務所にあった筆記用具か、
今となっては忘れてしまったが、
どこに書こうか迷って、
サインをしたことは覚えている。

学習張を受け取ると
その少年は、
本当にうれしそうに一言放った。

『やったー』

これで私は、
選挙結果がどうであろうと、
地元の江東区で活動を続けることを
決めた。



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2016.03.27(Sun):介護・福祉問題

こんな衝撃的なネットの書きこみを機に
待機児童の緊急対策が決まりそうだ。

国会での野党の質問に対する
“匿名の投稿にいちいちコメントできない”
という旨の首相答弁や自民党議員の野次が
きっかけとなったといってもいいのだが、
こうした突発的な出来事がない限り、
個人の訴えが直接、政府・与党を動かすことは
めったにないのではないか。

待機児童の緊急対策がうたれる一方、
待機児童数の十数倍もいるとされている
特養ホームなどの待機老人対策が
緊急にうたれないのも、その証左である。

他方、法人の要望は、
こうした突発的な出来事がなくとも、
与党・自民党によって
常に考慮されているように思われる。

原発を廃止しようとしないのもそうだが、
(労組を支持母体とする民進党も同じ)
個人と法人への考慮が対照的であることの
もっとも分かりやすい例は、
消費税増税と法人税減税であろう。

消費税増税の理由として
よく財源不足があげられるが、
それなのに、なぜ、
法人税のほうは減税していいのか?

それは、法人税減税によって
企業の国際競争力が高まり、
ひいては経済全体の成長につながるから
税収も増える、
おそらく、こうした建前なのであろう。

しかし、
日本より法人税が高い米国の企業に
国際競争力はないのであろうか。
また、日本の法人税率は昭和62年から
下がり続けているが、
それにちょうど反比例するかのように、
日本の経済成長のほうは頭打ちだ。

こうした実効性や説得力のない理由で
法人税を減税し続けるのは、やはり、
巨額な企業献金を受けているからだ、
とつい考えてしまう。

もちろん個人献金もあるが、
まさか、
献金してくれた個人個人を念頭に
政策をうつことはないであろうし、
額も億単位の業界団体とは違うのであろう。

また、企業献金も、
政治活動を支えている面もあるので、
一概に、悪だ、ともいいきれない。

それでも、私が引っかかるのは、
金が政治を動かす面をぬぐえないのは
民主主義という点から健全とはいえない
と考えるからで、実際、
フランスやカナダのように
企業献金を原則禁止している国もある。

ところで、待機児童問題に戻ると、
先ほどあげた介護の分野では、
特養ホーム、在宅介護、ショートステイなど
高齢者本人やその家族の事情によって
きめ細かくなっているのを考えると、
ベビーシッターなど保育園以外の選択しを
利用しやすくするのも一考ではないか。

あと、子育て世代以外の反対などで
実現困難かもしれないが、
介護保険制度のように、
育児保険制度のようなものをつくり
薄く広く育児のための財源を集める
こんな方法もあるのかもしれない。



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2016.03.24(Thu):両親の思い出
『明日から寒くなるから、
 お花もつわよ。』

桜のお話しではない。

彼岸明けの昨日、
母方の祖父母のお墓参りと、
両親のお墓参りにいった。
墓地が同じだから都合はいい。

私は、お墓参りのときはいつも
駅前のこのお花屋さんで
供花を四束購入することにしている。

彼岸中日の春分の日にお墓参り、
それがふつうなのかもしれないが、
桶や杓子、たわしが限られている中、
落ち着いてお墓参りをしたかった私は、
暖かったこともあり、昨日にした。

が、人間、考えることは同じ。
予想以上にお墓参りをする方々がいらした。

『こんにちは』

私よりは若いと思われるその娘さんは、
お母さまと二人で、お墓そうじをしていた。
お父さんのほうはというと、
そばでじっと見守っているだけだった。

今どき
『ぼけっとしてないで、
 あんたも手伝いなさいよ!』
とでもいわれるのであろうが、結局、
そのお父さんは何もいわれなかった。
私からは、その方の下半身が
お墓がちょうどじゃまして見えなかった。

私のほうはというと、
墓地が東京の多摩地方だからか、
花粉がひどく、鼻水がとまらない。
個人的には今年の症状は最悪で、
鼻をかみながらのお墓そうじは
初めてである。

そして、あのお三方(?)が去ったころ、
私のほうもそうじを終え、
お線香に火をつける。
が、百円ショップで購入した
チャッカマンの調子がよろしくない。

念のためにもってきたライターを取り出し、
それで火をつけて、合掌。

ここは祖父母のお墓である。

親孝行をされる方は多いと思う。

肩をたたいたり、食事にさそったり、
旅行につれていったり等々。
しかし、私はというと、
結局何もできず、
先に逝かなかったことが
せめてもの親孝行だったか…

一方、祖父母孝行のほうは、
(こんな言葉はないかもしれないが)
年齢差もあって、
なかなかできない方のほうが
多いのではないだろうか。

ほとんどの方が、幼いころ、
おばあちゃん、おじいちゃんに
かわいがられたことと思う。

私もそうだった。
しかし、
祖父母にも何もしてあげられなかった。

だから、私は、せめて
このお墓参りに来たときだけでも、
墓前で手を合わせて、
じっくりお礼をする。

落ち着きたかった理由はここにもあった。


お墓参りに来た他の方の声が、
私を現在に戻してくれた。

そして、父方の祖父母も眠る
両親のお墓のほうへ向かった。



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懐かしい自販機の前に立った。
その間、
消費税は8%に引き上げられたはずだが、
値段は変わっていないようにも思えた。

ちょっとふんぱつして、
天ぷら・カレーセットの食券を買って、
お店の人に差し出してみた。

『そばにします?うどんにします?』

「うでんでお願いします。
 あのー、ごぶさたしてます。」

『ですよね。』

その数十分前、私は池袋駅前にいた。
2012年の暮れ、
衆議院解散総選挙があったとき、
私はここで、
当時“日本維新の会”の
石原慎太郎共同代表による演説の
前座を勤めていた。

このとき、私は
”日本維新の会”公認候補として、
東京板橋区から立候補し、
下村前文科大臣と戦っていたのである。

板橋区とは縁もゆかりなかった。
が、選挙戦のときにかまえた
小さな事務所のすぐそばの商店街で
何名かの方々と仲よくさせていただいた。

無性に懐かしくなった私は、
いつの間にか東武東上線に乗っていた。

『もう、三年も経つんですね。』

しばらくすると、もう一人の女性が、
コップに入った水を
私の前にやさしく置いてくれた。

「かな子ちゃん(仮名)、元気?
 おじさんのこと、覚えてる?」

『うん、選挙カーで
 名前呼んでくれたよね!』

そう、選挙が初めてで、
つい、マイクを使って、
個人名をいってしまったのである。

当時、お手伝いもおぼつかなった彼女が、
今は、テキパキと仕事をこなしていた。

私が板橋区に足を踏み入れたのは、
選挙公示日の数日前である。

下村前文科大臣に敗れたとはいえ、
こんな状態にもかかわらず、
五万票近くもいただくことができ、
次点となれたのも
“日本維新の会”の力のおかげである。

当時の“日本維新の会”は、
石原・橋下のツートップ体制で
東京でも多少の勢いはあった。

政党の力とはすごいものである。

選挙後、
落選者全員が大阪に集められた。
そして、そこで
選挙に弱いやつは要らないと
当時の橋下共同代表から
クビを言い渡された。

クビになった私は、
幼稚園、小学校、中学校、そして高校と、
ずっとお世話になっている
愛着のある我がふるさと江東区で
無所属で活動することに決めた。

下村前文科大臣が強いのは自民党だから
というだけでなく、
同区で、都議時代から
数十年活動してきたからだと感じていた。

また、私は、中高校生のとき、
政党の代表や著名人らと
二人並んで写っている
地元政治家らのポスターを見て、
「有名人に頼ってなんて情けない連中だ。
 自分で勝負してみろよ!」
と思ったことがある。

実は、このポスターについては、
選挙の半年前から、
個人ポスターを貼ることは
禁止されているからなのであるが、
当時、そんなことは知るよしもなかった。

下村前文科大臣は
私より一世代前の方である。
板橋区では、私含め、野党候補が
選挙のたびにころころ変わる。

一方、江東区には
自民党比例選出の代議士のみならず
父親から地盤を引き継ぎ、
連続トップ当選を果たしている
強力な野党代議士もおり、
二人とも、若干だが、私より若い。

おそらく、
板橋区で活動を続けていた方が、将来、
当選する可能性は高かったかもしれない。

それでも、やはり
ふるさとで選ばれたい。

それに、イチロー選手いわく
合理的な手段ばかりおっていると
深みのない人間になってしまう。
たしかに、
要領よく立派な肩書きを手にいれても、
M議員のような政治家はじめ
深みのない人間は多い。

だから私は、
自分という人間で勝負して、
深みのある政治家をめざす。

二年後の2014年の暮れ、
衆議院解散総選挙があった。

その前の選挙活動時に、
昼下がりのある駅前で
一度だけお話しをしたことのあるご婦人から、
『今回は板橋から出ないの?』
と、携帯に連絡があった。

この他にも、選挙期間中、
毎朝、私に激励のことばをかけてくれた
いく人かの通勤客の方々がいらした。
こうした方々の顔は今でも覚えている。

そして、顔は分からないが、
私に投票してくれた
五万近くの板橋区民がいらっしゃった。

後ろ髪を引かれる思いだったが、
それでも、ふるさとから出たい、
その思いが勝り、
無所属で江東区から立候補した。

しかし、自分で勝負した結果、
深みのない私は9千票弱で惨敗。

それでも、
ここ江東区で続けよう、
と思った出来事があった。

そのお話は、後日。



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私は、およそ十年前、
衆議院調査局というところに勤めていた。
ここでは、
代議士や秘書さんから調査依頼があったら、
それを調べて答えるということをしていた。

だから、ここでは、
何人かの代議士や秘書さんと
知り合いになることもある。

先日、
その際お世話になった代議士と秘書さんとで
ランチをとる機会があった。

ここで久しぶりに
心地よい会話ができた。

私の限られた経験からすると、
相手と異なる意見をいうと、
その相手は怒った口調で、
自身の意見こそが
唯一無二で正しいとばかりに
上から目線で
一方的にいってこられることが多かった。
会話にならない。
こちらとしては気分が害されるだけで、
話を続ける気もなくなる。

このタイプは官僚に多く、
意外に思われるかもしれないが、
代議士に少ない。
ちなみに、
三年間の裁判所勤務の経験でいうと、
裁判官にこのタイプは皆無といってもいい。

この世の中には
自分とは異なる様々な考えがあることを
きちんと承知している人は、
自分と異なる意見でも
それを尊重してきちんと耳を傾けながら、
相手の気分を害することなく、
理路整然と自分の意見を述べてくれる。
だから、感情的にも説得力があり、
話もしやすくなる。
そうするとお互い視野も広くなる。

先の代議士は野党でありながら、
小選挙区でも自民党候補を破り
トップ当選してきている方である。

むべなるかな、
である。

もちろん官僚にも、
きちんと話をきいてくれる人もいれば、
代議士でも、
一方的に上から目線で
感情的に自分の意見をいってくる人もいるが、
それでもやはり、
選挙という洗礼を受けた人と
そうでない人との差というものを
個人的には感じている。



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2016.03.10(Thu):政治活動
明日で東日本大震災が発生してから五年。
その十四倍以上の年月が経っているからだろうか、
71年前の今日3月10日、
東京大空襲があったことは、
皆無ではないが、あまり報道されていない。

戦禍をくぐり抜けてきた思われるおじいちゃんが
今朝も、いつもの時刻に、
自転車に乗ってやって来た。
駅前に立つ私から少し離れたところに
決まって自転車を止めるそのおじいちゃんに
初めて気がついたのはいつだったか
今となっては思い出せない。

しばらくすると、
お孫さんをかかえたお母さんが
その駅から出てくる。
最初は何気ない光景だったが、
お孫さんが大きくなってきたからであろうか、
見かけるたびに、そのお母さんは、
だっこするのがだんだん苦しくなってくるようだ。
眠っている子どもはバランスをとらないので、
ものすごく重いと
友だちからきいたことがある。

お母さんが駅から出てくると、
おじいちゃんはうれしそうな表情で近寄ってきて
眠ったままのお孫さんをうけとる。
お母さんのほうは少しほっとするようだ。

お孫さんをかかえたおじいちゃんは
おこさないようにして
乗って来た自転車の後部座席に
そっと乗せ、
そして、
その三人は去っていく。

ただ、今朝は少し違っていた。

駅の出口から
子どもの声がだんだん近寄ってきた
かと思うと、
ポンと女の子が飛び出てきた。

そして、走りだした。

あわてたお母さんとおじいちゃんは、
はしゃぎまわる女の子をおっかける。
たしかに、
すぐにでも転びそうで、ひやひやする。

ようやく、
おじいちゃんがお孫さんをつかまえると
抱えこんだままおしこむようにして
自転車の後部座席に乗せた。

そして、
いつものように
その三人は去っていった。

ただ、いつもと違うのは、
戦争を経験されたであろうおじいちゃんと、
戦争の話はきいたであろうお母さんと、
そして、無邪気な女の子、
この子のためにも
戦争は絶対起こさせてはならない、
そう、心の中で感じたことだ。



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2016.03.04(Fri):憲法・法律問題

私の最近の記事は
批判めいたものばかりで恐縮なのだが、
今回も、あまりに唖然とさせられたので、
あえて述べさせていただきたい。
維新の党が民主党に合流してできる
新しい政党名の公募について。

そもそも民主主義の本質は
国民の意見を国政に反映させることにある。
ただ、一人一人の意見を反映させることは
現実には不可能なので、
多種多様な国民の意見をある程度集約した上で
国民の代表者による国会での審議を経て
国政に反映させる、
という形がとられている。

政党は、このうち、
多種多様な意見の集約という点で
重要な役割を果たす。
だから、政党にとって、
政策や綱領というものが命になる。
そして、その政策といったものを
表わしたものが政党名になるはずである。

なのに、
合流してできる政党の政策や綱領を決めないまま、
政党名を決める、
しかも公募で決めるというのは、
あまりにナンセンスである。
政策とかではなく、
有権者に人気のありそうな
目新しい政党名で当選者増を図るというのが
あまりに露骨すぎて、
むしろ、すがすがしささえ感じる。

新しい政党についてはっきりしているのは、
『政治の流れの転換点をつくり、
 野党結集の大きな核となる』
(民主党と維新の党のHP)
ことなのだが、これは政策とはいえない。

もちろん、
これに賛同して票を投じてもいいし、
新しくできた政党の政策や綱領に賛同して
票を投じるということもあろう。

ただ、先に政策なども決めずに、
有権者に人気のありそうな
目新しい政党名で
有権者の関心をひこうという態度が
民主主義を理解していないというか、
われわれ有権者を
あまりにバカにしているように思えて
しかたがない。

われわれ有権者の見識が
試されているのかもしれないが、
この政党名の公募が
世間ではあまり盛り上がっていないというのは、
当然といえば当然なのかもしれない。



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