2016.06.27(Mon):政治活動
最近まで知らなかったのだが、
参院選公示日以降、投票日まで、
候補者以外のための政治的活動は、
公職選挙法上、著しく制限される。

これは、
参院選の選挙活動との混同を防いだり、
選挙活動の邪魔にならないようにするため
だと思われる。

だから、私も、
最近の朝の駅頭挨拶では、
のぼりも立てず、
政治的発言も一切せず、
朝の挨拶をするだけの
ボランティアの
おっさんと化している。

それでも、
いつもお会いする男性の方が
『微風ながら、
 追い風が吹いております。』
と微妙な声援をおくってくださり、
そして、握手も求めてくださった。


それからしばらくすると、
普段は見かけない、
リックを背負った男性が
一言も発せず、突然、
私にほほ笑みかけてきた。

私は、怪しい人だなと
心の中で思いながらも、
ぎこちないほほ笑み返しをしておいた。

そして、その男性は
その場を離れるどころか、
少し離れたところで、
しゃがみはじめた。

私は、正直、
その怪しい感じの男性の存在が
気になって仕方なかったのだが、
一向にその場を離れようとはしなかった。

それから30分ほど経ったころ
私は、大学の授業もあるので、
朝の挨拶を止めると、
そのしゃがんでいた男性は
すくっと立ちあがって、
私に近づいて来た。

ドキドキした。

すると、その男性は
『応援しています。
 頑張ってください。』
と声をかけてくださり、やはり、
手を差しのべてくださった。

そして、
しずかに去って行った。

つまり、その男性は、
私の邪魔にならないよう、
声をかけるためだけに、
いつ終わるかも分からない挨拶が終わるまで
30分以上も待ってくださったのである。
こんな方ははじめてである。

よく、人は外見で判断してはならない
とは言われるものの、
つい、外見で判断してしまった自分が
恥ずかしくなった朝だった。


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2016.06.23(Thu):ボランティア活動
私の近所には、
人生の先輩方がお茶を飲みながら
おしゃべりをする会がある。

人数はいつも十数名で、
六十代の方はほんの数名で、
あとは七十以上の方々。
中には九十代の方もいらっしゃる。

そこで、私は、
会場の準備や後片付け、そして、
お茶やコーヒーをいれるという
お手伝いをさせてもらっている。
五十を超えた私も、
この中では完全な若造である。
男性は、私以外は皆無に等しい。

私がお茶やコーヒーをさし出すたびに、
みなさん本当に恐縮され、
『殿方にお茶をいれてもらえるなんて、
 もうしわけないですね。』
といった言葉を“若造”にかけてくださる。

こうした方々の時代は、
お茶をいれるのは女性の役目
だったのであろう。

「今の時代は、
 女性も男性も関係ないですから。」

と私はお応えしているが、毎回、
先ほどのようなお言葉をいただく。

さて、この会では、
私は完全に聞き役なのだが、
中でもやはり、
戦中のお話しが印象に残る。

二ヶ月おつきあいした彼が出兵し、
まもなく、その彼のお母さまから、
ミンダナオ島で戦死した
という知らせを聞いたというお話。

東京大空襲の際、焼夷弾が落ちて、
“ドーン”という爆音が聞こえると、
ひと安心するというお話。
これは、自分が隠れている防空壕に
当たらなかったことが分かるからだ。

その代わり、
“ヒュー”という落ちている最中の音を
聞いているときがもっとも恐ろしく、
お腹の内臓をえぐられるような
そんな恐怖を感じていたという。

こうしたお話しは、日本人であれば、
どこかで聞いたことがあるかもしれない。
ただ、当事者から体験談を直接うかがうと、
その切ないお気持ちや恐怖心といったものが、
ひしひしと伝わってくる。


オバマ大統領が広島の被爆地を訪ずれてから
一か月が経とうとしている。
世界の指導者がこうした現地を訪れることは、
だから、ものすごく有意義なことなのだと
改めて感じた。

オバマ大統領自身も認めていたように、
世界から核兵器を今すぐ廃絶することは
現実的ではない。
日本も米国の核の傘で守られている。

しかし、世界の指導者らが
核兵器の配備をやめないしても、
戦争の恐ろしさや被爆のおそろしさを
自分が目の当たりにし、
矛盾や葛藤を抱きながらするのと、
こうした恐ろしさを伝えきいているだけで、
観念的に分かったつもりでいるだけとでは、
今後、世界の進む方向が
かなり違ってくるのではないか。

だからこそ、
日本も、昨年の12月、国連総会で、
世界の指導者や若者の被爆地訪問を奨励する
文言を初めて入れた核兵器廃絶決議案を出し、
その案は賛成多数で採択された。
なお、中国、ロシア、北朝政が反対し、
米英仏などの核保有国も棄権したらしい。

昨年の8月6日付の投稿でも、
こうしたお話しをさせてもらったが、
先日、人生の先輩方から
直接お話しをうかがったことで、
改めて感じた次第である。


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2016.06.18(Sat):わたしの信条

一昨日、イチロー選手が
日米通算4257本目の安打を放ち、
ピート・ローズ氏の大リーグ記録を上回った。

イチロー選手のインタビューで
もっとも心に残ったのは、
ご存知の方も多いとは思うが、
あのイチロー選手も昔は、二度も
笑われたことがあるということだ。

一度目は、少年時、近所で、
プロ野球選手にでもなるのか
と笑われたとき、
二度目は、渡米の際、
大リーグで首位打者をとりたい
といって笑われたとき。

そして、ご本人述べられたように、
常に人に笑われ悔しい思いをしながら
笑われたことを常に達成してきたからこそ、
こうした話も美談になり、
みんなからも称賛される。
しかし、結果が出なければ、
笑いもので終わる。

私の場合も、
地盤も看板も鞄もなく、
どこの組織の力にも頼らず、
政治家を目指していることに、
知人や見ず知らずの人から
よく笑われるし、
笑わない人でも、
心の中で笑っていることが
ことばの端々から感じ取ることができる。

私は、これを非難するつもりは毛頭ないし、
むしろ当然の反応だと思っている。

単に当選するという目的なら、
勢いのある政党に属するか、
著名人になるのが近道・早道である。

もちろん、
こうしたことを達成するだけでも
かなりの努力を要するが、
努力の方向が何か違う気がするし、
実際そうして当選した人たちが、
果たして立派な政治家といえるか、
疑問の残る者は数多い。

私は私なりに考えながら
日々努力を続けている。
真似すべきことは真似るが、
他人と同じことばかりしていても、
他人を超えられない。

努力は必ず報われるわけではないが、
努力しなければ結果も出ない。
ただ、努力の内容次第で、
結果に近づくこともできる。
それを自分の責任と思考で行う。
だからこそ、人生おもしろい。

そして、私のまわりには、
笑う人がいる一方で、
応援してくださる方々もいらっしゃる。
それが間違いなく
自分のエネルギーになっている。
もう、感謝しかない。

また、世の中には、
生きていくだけで大変な思いをされている
そんな方々もたくさんいらっしゃる。

そんな中、
挑戦できる環境にある自分が
いかに恵まれ、幸せなことか、
両親含めた祖先にも感謝である。

そして、
笑いもので終わらないことが
本当に感謝を示すことだということも
忘れないようにしたい。



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2016.06.09(Thu):政治活動
朝の駅頭挨拶をしているとき、
決まった時間になると、
小さなお子さんを抱いたお母さんが
駅から出てくる。
そして、
お迎えにきたおじいちゃんが
そのお子さんを自転車に乗せて、
親子三代・三人で去っていく。

このお話は、以前、
3月10日付の投稿でも紹介した。

そして、やがて、
そのお子さんが大きくなって、
自分で歩いて
駅から出てくるようになった、
というお話も紹介した。

その子は、いつしか、
駅頭に立っている私が珍しいのか、
きまって私のほうに近寄ってから、
おじいちゃんのところに向かようになった。

私は、その子が近寄ってくるたびに、
しゃがんで
「おはようございます。」
と声をかけてきたが、
無視され続けていた。

しかし、ある日、
その子が初めて

『おはようございます』

と私にいってくれた。

非常にたどたどしいことばだったが、
確かにそういってくれた。

なにか、自分の子どもが
初めてことばをしゃべったような感じで、
ものすごく、うれしかった。

そして、しばらく月日が経つと、
ついに、その子は、私に
お辞儀までしてくれるようになった。
しかも、今度は、はっきりと

『おはようございます』

と聞き取れることばで。

しかし、その子は、
私の気持ちを知るよしもなく、
いつものように、小走りで
おじいちゃんのほうに近寄っていった。

私は、子どものことが
可愛くてしかたがなく思うのだが、
それは、
子育ての苦労や責任を知らないからか。

手塩にかけて育てている
我が子に対する愛情がいかなるものか、
私には一生分からないか…


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