2016.11.26(Sat):ボランティア活動
 先日、夏休みを利用して、
熊本で学習支援ボランティアなどを
してきたお話しをしてきましたが、
昨日から、東大の駒場祭で、
そのときの様子を紹介しております。

 場所は、駒場キャンパスの11号館
一階の1105教室です。

 明日27日の午後五時までですので、
お時間のある方は是非!

 フジテレビの『とくダネ!』の取材も
予定されています。

 最寄り駅は井の頭線の駒場東大前駅で、
渋谷寄りの出口です。

 あと、900番講堂という建物近くで、
私のクラスで、昨年に引き続き
オムチーズ焼きそばを販売しておりますので、
そちらもご賞味くださいませ。

161126 駒場祭2
161126 駒場祭
161124 駒場祭

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2016.11.21(Mon):他政党のやり口
今、ある政党の立候補予定者から
ひどい目にあわされている。

その政党とは、おおさかI新の会改め、
日本I新の会である。

ここ数か月、東京都江東区では、
I新の会のM山氏が
区内中にI新の会のポスターを貼り始めた。

そして、ここ一週間は、数か所だが、
既に貼ってあったはずの私のポスターがなくなり、
代わってその場所には
I新の会のM山氏のポスターが
しれっと貼ってあるのである。

もちろん、私のポスターが自然とはがれ、
そのすきにM山陣営が
I新の会のポスターを貼った可能性はある。

しかし、問題の場所は、
砂町銀座で1件、東砂町で2件、
東陽町で1件、大島で1件、
一週間で、私が発見した限りで計5件である。

以上の所に貼ってあった私のポスターは、
ここ半年~一年の間、
まったく問題なかった。
それが、風雨の強い日がまったくなかった
この一週間でいっせいにはがれるわけがない。

しかも、
私のポスターは全面シールタイプなので、
簡単にははがれない。

現に、一か所では、M山陣営のスタッフが
『簡単にはがす方法知ってますよ』
と言いながら私のポスターをはがし、
代わりにI新の会のポスターを貼っていった、
という家主さんの証言も得ている。

家主さんが暗黙に了解していたとはいえ、
これは犯罪である。
ポスターの所有権は私にある。
だから、家主さんとはいえ、
ポスターを勝手に処分できない。
家主さんがはがしたいと思っても、
ポスターは所有者しかはがせない。

もちろん、実際は、
家主さんが自分の意思ではがされても、
私は何もいわない。

しかし、今回は、私の知らないところで、
少なくとも一か所は、
M山陣営のスタッフが勝手にはがし、
そしてI新の会のポスターを貼ったのである。

証言が得られた所については、
すでに警察署に被害届を出した。

本当は他人を非難するようなことは
投稿したくない。

しかし、以前、
KM党のポスターの近くに貼った
私のポスターが何枚もはがされたことを
投稿したら、
その後はピタリとやんだ。

それでもマシだったのは、
そのはがされたあとに、
KM党のポスターが貼られていたことは、
亀戸の一か所を除き、なかったことである。

しかし今回、より悪質なのは、
はがされたあとに
I新の会のM山氏のポスターが
はってあることである。

この一週間で少なくとも5枚
というペースからすると、
今現在も、江東区のどこかで
私のポスターがはがされ、
I新の会のM山氏のポスターが
貼られているかもしれない。

だから、けん制のためにも
緊急に投稿した。

大げさにいうと、
死活問題だからである。


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2016.11.19(Sat):ボランティア活動

 8月の一週間、私たち学生は熊本に滞在したわけだが、東京とは何かが違うと感じていた。それは自然環境とか人の多さとかとは異なる何かであったが、それが何だったのかは、ある学童保育施設でお世話になって初めて気がついた。
 私たちは、熊本の小学校で学習支援をさせていただいたわけだが、放課後は、この学童保育施設で同小学校に通う低学年の子どもたちと遊ばせてもらった。そこで子どもたちは、宿題をしてもいいことになっているのだが、ほとんどの子どもはすぐに遊びはじめる。遊びといっても、ファミコンやスマホゲームといった類のものではなく、将棋やオセロといった盤上のゲームであった。そこで私は子どもたちと対戦をしたわけだが、みんな強かった。約四十年ぶりということもあってか、手を抜いたわけでもないのに、オセロでは小学一年生相手に一回敗けてしまった。将棋にいたっては、終始押されっぱなしで、「もっと攻めたほうがいいよ」と子どもから指摘される始末である。
 室内だけでなく、外で遊ぶ機会もあった。鬼ごっこ、かけっこ、ドッジボール、鉄棒、タイヤを使った跳び箱など、こちらも約四十年ぶりに遊んでみて、五十を過ぎた私には体にえらくこたえた。一方、子どもたちのほうはというと、疲れというものを知らないのか終始動きっぱなしで、笑顔も絶えなかった。
 そう、ここが東京の風景とは違うところであった。たまたまなのかもしれないが、東京では、私が小学生だった1970年代のころのように、外で元気に遊ぶ子供の姿をめったに見かけない。その代わり、大人も含め、スマホゲームなどに興じる姿をよく見かける。しかし、熊本では、人口の違いもあってか、スマホをいじっている人の姿は東京のようには目立たなかった。
 同じゲームでも、スマホゲームなどよりは盤上ゲームのほうが頭を使うであろうし、身体も、室内より外で遊んだほうが鍛えられることはいうまでもないであろう。知力も体力も、この学童保育施設の子どもは自然と向上している、そう感じた。

1611 いくせいクラブ

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2016.11.11(Fri):ボランティア活動

(かなりの長文です。)
 私たち学生は、夏休みを利用して、学習支援ボランティアという形で、ある熊本の小学校で一年生の児童といっしょに学校生活を送った。具体的には、私の場合、「こくご大会」、「さんすう大会」と称するテスト時に、児童が自分一人で解こうとしても分からないところがあったときはヒントを与えたりした。また、このテストが返されたときは、児童はその場で百点満点をとれるように問題を解きなおすのだが、この際も、児童にヒントを与えたり、正解した子には丸付けをしたりした。時には、私自身が教壇に立ち、勉強のコツなどを児童に伝えることもあり、その他、いっしょにプールで泳ぎ、給食をとり、掃除もした。そして、何より私が担任の先生から期待されていたであろうことは、落ち着きのない児童をきちんと席に落ち着かせることであったのではないかと思う。
 私たちの活動の目的は、今般の熊本地震で子どもが受けた心の影響などを調べ、こうした子どもやその親御さんらの様子や声を他の人たちにも知ってもらい、ひいては、今度私たちが災害にあったときに、今回熊本で得た知識・情報を少しでも活かすことができるようにすることである。そのため、当初は、熊本の小学校で学習支援をさせてもらいながら、児童の心の様子などを肌で感じるつもりでいた。ただ、先生らのご指摘にもあったように、今回の熊本地震が、入学・新学年開始日の3~4日後という、児童も学校になじむ前の環境下で起こったこと、そして、特に一年生については、子どもたちの行動が地震の影響によるものなのか、生来的なものなのかを判断することが難しいことから、子どもたちの様子を今回の地震と無理に結びつけようとすることは適切ではないと考えた。そこで、ここでは、あえて地震の影響ということから離れ、今日の学校教育の在り方という視点から、自身が小中学生だったころと大きく異なる点を中心に感じたことを述べてみたい。
 まず特筆すべきは、この小学校でも力を入れているという、いじめ根絶への徹底ぶりであった。今回、見聞きしたことの中で、私が小中学生だった1970年代頃との一番の違いは、先生が常時教室にいたという点である。少なくとも自分の経験の中では、教師は授業と授業の間の休み時間は職員室に戻り、その教師のいない間にいじめはおきていた。とくに中学校の場合は、教科ごとに担当教師が異なるため、どうしても教室に教師がいない時ができてしまう。数年前、学校公開で自身の出身中学校に訪れたときも、やはり授業と授業の間の休み時間に、プロレス技をかけて他の生徒をいじめている生徒がいたのを見かけ、それを止めたおぼえがある。この小学校では、いじめ対策のためだけに先生が常時教室にいるわけではないのであろうが、先生、もしくはその代わりとなる者が常時教室にいることでいじめはある程度抑えられるはずである。もちろん、これだけでいじめを根絶することはできない。今回、私が目を見張ったのは、担任の先生がとった以下のような二つの指導・行動である。まず、私がみんなといっしょに、隣の教室、ここは、体育館が被災して使用禁止となったため、剣道など本来体育館で行われることのために使われているのだが、その教室を児童といっしょにそうじをしていたとき、ある児童と児童が突然けんかを始めたのである。すると、担任の先生は、教室内にあったマットをひっぱり出し、そこで二人にすもうをさせ、一回勝負がついても二人が疲れるまで何度もとらせ、最後は、二人お互いに握手をさせたという話である。もう一つは、一日の授業が終わった反省会のときの話である。「今日、悲しいことがあった人」と司会進行役の児童が他の児童に問いかけると、ある女の子が、少しためらった後、しかし思い切って、ある男の子に握りこぶしでつつかれたことを発表した。すると先生は、事実確認をした後、その男の子に注意し、女の子に謝罪させたのである。私が小中学校生だったころは、このように積極的にいじめを見つけ出し、対処しようとした先生はあまりいなかったように思う。もっと、こうした先生がいたならば、いじめはきっと減っていったであろう。
 驚かされたことは他にもあった。それは、そのそうじのときに見かけた光景である。みんなが、まるでお寺のお坊さんのように、一心不乱にあちこちぞうきんがけをしていたのである。床をふくときは、最初、みんなできちんと並んで一定方向にぞうきんがけをしていたのだが、しばらくすると各自好き勝手な方向にふき始めてしまったのだが、そこは、小学一年生ということでご愛敬といえよう。このそうじの直前、担任の先生は、ぞうきんを四つに折った上で裏表八面をきちんと使ってぞうきんがけをするよう児童に指導していた。そのためか、ぞうきんがけをして八面を使った子どもたちが自慢げに私にぞうきんを見せにきてくれたのだが、その姿がとてもかわいらしかった。そして、私が八面使いきったことをほめてあげると、気をよくした子どもたちはそのぞうきんを洗って、さらに、他の子がすでにぞうきんがけしたところを再びふきはじめたのであるが、その姿も実に微笑ましかった。それにしても、このようにぞうきんがけのできる大人が、私含め、はたしてどのくらいいるのであろうか。私はここまでそうじの仕方を教わったおぼえがない。
 さらに、礼儀やあいさつが徹底していることにも感心させられた。私がこの子たちのように、礼儀やあいさつを教わったのは野球部や陸上部といった学校の運動部、しかも先輩方からであって、教室の中で教師から教わった記憶はない。私が今まで出会った社会人や学生の中でも、この小学生たちのようにきちんと挨拶のできる人はそう多くなかったのではないかと思う。ただ、今回も、授業中にうろうろしだす落ち着きのない子も例外的にはいた。ここが私の出番である。担任の先生はこうした子に注意する一方で、まじめにきいている児童のためにも授業を進行する必要がある。とても一人での対応は難しい。そこで、私がこうした子を追いかけて抑えようとすることになるのだが、これがまた加減が難しい。すなわち、あまり追いかけすぎると、子どものほうがかまってもらえると思い行動がエスカレートしてくるのである。時には無視することで子どものほうから近づいてくることもあるのだが、ただ、担任の先生の一喝でおとなしくなることのほうが多かった。このように、普段、先生が礼儀作法の指導に力を入れている一方で、落ち着かない子への対応にもいかに苦労されているのかを垣間見ることができた。
 そして、最後に、先にも述べたテストの様子にも大変驚かされた。一つは、テスト中、児童が自分で考えてもどうしても分からないときは、先生からヒントをもらってもよいという点である。たしかに、完全に自力で解こうとしても分からないと思ったら、途中で考えるのをあきらめてしまいがちになるが、ヒントをもらうことで自分の頭で考えようという姿勢が再びうまれてくる。また、テスト返却時にも、その場で児童が百点満点をとれるように解き直す時間をとっておられた。これもまた、実際には、自宅で解き直す子はあまりいないであろうと考えると、非常によいアイデアだと思った。児童が、テスト中に分からなくなると、あるいは返却された後に解きなおし終わると、「先生分かりません。」とか「先生できました。」と声をあげならが、われ先にと次々に手をあげる積極性には、ひっぱりだこ状態になった私もとてもうれしくなった。さらに特筆すべきは、返却後の解きなおし時に、できた児童ができない児童に教えはじめたことである。もちろん答えをいきなり教えるのではない。解き方などを教えることで自分の理解も深まるのだが、それよりも、自分さえよければそれでよいという自己中心的な考えをせずに、勉強という点でも助け合いの心をもってのぞんでいる姿には、まだ小学一年生ということからしても、目を見張るものがあった。たしかに自尊心が満たされるという面もあるのかもしれないが、無自覚にせよ、いや無自覚だからこそ、こうした高邁な精神には(といっては大げさなのかもしれないが)見習うべきところがあると感じた。これも、担任の先生の日ごろの指導の賜物なのであろう。私の経験の中では、テスト中にヒントをもらったり、返却されたその場で解き直したりしたということはなく、児童どうしで教え合うということもあまりしなかったように思う。
 ところで、まったくの余談ではあるが、私がこの三日間でもっとも困ったのは、プールの時間、泳げない子の指導を任されたことである。もちろん、私は水泳の指導などしたことがない。それでも、泳げない子どもを見ていると、不思議とだんだんその原因が分かってきて、実際、私の指導で泳げるようになった子が一人だけでもいたことは大きな喜びであった。人生、何ごともやってみなければ分からないものである。
 今回、私たちが熊本を訪れた目的は、先にも紹介したように、熊本地震が子どもの心に与えた影響や親子の様子などを調査し、その結果の周知を図り、ひいては今後の震災復興に活かせるようにすることにあったのだが、本校をはじめ訪問する先々で、自分たちの大学での専攻が教育関係なのかをたびたび問われた。たしかに、今回のように小学校で学習支援ボランティアという形でお世話になったことで、当初の目的からやや離れてしまった感はあるが、教育の在り方というものを深く考えさせられた。そして同時に、先生方が児童に対し、通常の授業の中で、礼儀や挨拶、そうじの仕方、思いやりといった、今の大人たちにも欠けているともいえることを身につけさせようと日々奮闘している実情をうかがい知ることもできた。なるほど、今後、教育関係の道に進もうと考えている若者にとっては、今回の経験が大いに役立ったであろうことには間違いない。ただ、自分自身にとってもこれからの人生の中でこの経験が活かされることはきっとあるであろうし、また、この記事が教育関係に進もうとしている者の目に触れ、少しでも参考になれば幸いである。
 最後に、今回、私たちがおじゃました際にいろいろご配慮くださった、小学校の校長先生、教頭先生、そして、一年生ご担任の先生をはじめとする教職員のみなさまがたには深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
そして、一年生のみんな、ありがとう。

1611 東町小学校給食
熊本小学校 3
1611 東町小学校プール


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2016.11.06(Sun):ボランティア活動
 私が小学生だった1970年代、放課後は友だちみんなで外で遊ぶことが多かった。この時代、両親が共働きである家庭は今ほど多くはなかったが、そうした家庭や母子・父子家庭の子どもは“カギっ子”と呼ばれ、家の鍵を持ちながらみんなと遊んでいた。ただし、保護者や学校の目の届かないところで子どもが放置されるという点では、カギっ子もその他の子どもにも違いはなかった。そして、この“空白”の時間帯に、子どもが犯罪に巻き込まれることが多かったため、特に共働きや母子・父子家庭から、保護者が安心して子どもを預けられる学童保育施設の設置が求められたとされている。
 私たち学生は、8月、熊本県の大津町立大津小学校に隣接する学童保育施設“NPOこどもサポート・みんなのおうち(つくしんぼ・四つ葉学童クラブ)”に訪れ、同法人の理事長と事務局長から様々なお話しをうかがった。
お話しをうかがって感じたことは、今般の熊本地震など震災にみまわれた際、子どもを安心して預けられる場所の必要性が増すのではないかということである。例えば、避難所で子どもが遊んだり、泣いたりすると、周囲の大人から怒鳴られ、その避難所から出ざるを得なかったという親御さんのお話は、今回の熊本訪問の際に何度かうかがった。遊ぶことは子どもの権利ともいえ、また、子どもは騒いだり泣いたりすることでストレスを発散する。しかし、その一方で、周囲の大人によってはそれがストレスになることも事実のようである。そして、今回の“NPOこどもサポート・みんなのおうち”のお話しにもあったように、被災した大人たちは災害復旧作業などに追われ、その後は、すぐにでも仕事に復帰したいという思いでいっぱいのようで、だからこそ、子どもを安心して預けられる学童保育施設の一日も早い再開を強く望まれていたということである。その結果、“つくしんぼ・四つ葉学童クラブ”としては、安全対策の必要性とのはざまで、再開に相当悩み苦労されたようである。
 もう一つ、今回のお話しの中で印象深かった点は、大津町といった地域の枠にとらわれず様々なところとのつながりや信頼関係を普段から構築しておくことの重要性を痛感したということである。これは、図らずも、別に訪れた“熊本こども・女性支援ネット”からも同様のお話しをうかがった。それだけ、被災した側としては、多方面からの支援をいただいたことで大いに助けられ、感謝の気持ちを深くいだいたということなのであろう。それと同時に、今度別のところで震災が起きた場合は、今回被災したことで学んだことを活かしていきたいという強い想いも伝わってきた。たしかに、完璧とはいえないまでも、震災時の教訓は震災があるごとに活かされ、震災対応という点では徐々に改善されてきてはいるようである。今回の私たちの調査結果も、その一助にでもなれば、これ以上よろこばしいことはない。
 最後に、ご多忙のなか、私どものために貴重なお時間をさいてくださった江口理事長、秋岡事務局長、そしてお世話になった学童保育の職員のみなさまがたにも深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

1611 子どもサポート

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2016.11.03(Thu):ボランティア活動

 私たち学生の活動の目的は、今般の熊本地震で子どもが受けたこころの影響などを調べ、こうした子どもやその親御さんらの様子や声を他の人たちにも知ってもらい、ひいては、今度私たちが災害にあったときに、今回熊本で得た知識・情報を少しでも活かすことができるようにすることである。そのため、8月の熊本訪問に当たり、事前にNPOやNGO、そして保育園など各種団体にヒアリングをお願いしてみたのだが、私たちが学生だけの大学非公認団体であることなどから、お会いする約束をいただける団体を見つけることは容易ではなかった。そんななか、今回、いくつかの団体がこころよくヒアリングを受け入れてくださったのだが、このうち、この度お世話になった“熊本こども・女性支援ネット(KCW)”も、そうした団体の一つである。
 KCWとは、清水菜保子さんらが、熊本地震後の5月、震災などの緊急時に見落とされがちな子どもや女性を支援するために立ち上げた非営利活動団体である。また、体感心理学がご専門の山本トースネスみゆき先生は、日ごろ、お子さんをもつ親御さんや保育士さんらを対象にカウンセリングなどをされている。そして、このお二方らが、KCWの活動の一環として、比較的簡単に緊張・ストレスを緩和させる方法を普及するために日々活動(ハグプロジェクトなど)されている。
 こうした団体が私たちの申入れを快諾してくださった動機は、いろいろ考えられるが、私たちの目的に賛同してくださったことの他に、私たちを通して何か世の中に訴えかけたいものがある、ということもあったのではなかろうか。
 今回のKCWへのヒアリングを通して目から鱗が落ちたように感じたことは、被災後の子どもや女性などの声に耳を傾けることがいかに重要であるかということであった。被災直後は、水や食糧、風雨をしのげる場所やトイレ、そしてお風呂や清潔な衣類などの確保が重要であることは、被災経験のない者でも容易に想像がつくし、実際もそうなのであろう。そんななか、子どもの遊び場を確保すること、女性を男性の視線などから守ること、そして被災者のストレスを解消することなどは後回しにされがちで、私などは、正直、その重要性にさえ気がついていなかった。しかし、子どもや女性にとっては切実な要望であり、それでいながら、今回のヒアリングの対象にはなっていない高齢者の方々も含め、周りの成人男性に遠慮してなかなか声を上げられないということがある。実際、私が熊本に訪問する前にヒアリングのため訪問したNPO法人から、以下のような逸話をうかがった。すなわち、このNPO法人のボランティアスタッフが熊本地震直後に現地に入り、ある避難所の男性責任者に子どもの遊び場の提供を申し入れたところ、そんな余裕はないということをいわれたそうである。しかし、強く説得した結果、遊び場を確保することができ、子どもからだけでなく、子どもの世話もしなければならない親御さんからも非常によろこばれ、感謝されたということであった。
こうした子どもや女性の要望、そして被災者のストレス解消の重要性を知ることができたのだが、KCWへのヒアリングを通して他にもう一つ教わったことがあった。それは、既存の枠組みを超えた様々な地域や団体・組織などと関係性を構築しておくことの重要性である。私たちは、普段、自らが所属する団体や地域といった枠組みを基準に行動し生活していることが多い。例えば、学校での勉強や部活動、仕事なんかもそうであろう。しかし、震災復興においては、被災地域を超えた様々な人や団体の支援に大いに助けられたというお話をきいたことで、容易なことではないのかもしれないが、普段から様々な人たちとのつながりを大切にしておくことの重要性を知ることができた。これと同様のことは、別に訪問したところでもうかがった。
 KCWが私たちの申入れを快諾してくださった理由の一つには、以上のようなことを私たちに訴え、そして、さらに他の多くの人たちにも知ってもらいたいという想いもあったからではなかろうか。KCWは普段いろいろな活動をされご多忙にもかかわらず、相当のお時間をさいてご準備くださった上、私たちの質問に一時間半以上にわたって丁寧にお答えくださった。本当に感謝の念にたえない。と同時に、このご恩に報いるためにも、KCWが訴えかけたかったことを私たちも多くの人に周知しなければならないという、使命みたいなものを感じた次第である。
 最後に、繰り返しになりますが、ご多忙のなか、私どものために貴重なお時間をさいてくださった清水KCW共同代表、山本先生、そして文書によってご回答くださったみなさまがたに深く感謝申し上げます。
 本当にありがとうございました。

ゆずり葉

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