2017.01.28(Sat):憲法・法律問題

一昨日、韓国の裁判所により、
2012年に韓国人窃盗団が
対馬の寺から盗んだ仏像について、
元の所有権を主張する韓国の寺に
引き渡すよう命じる判決が下された。

ただ、裁判所は、
韓国の寺がある地域に
倭寇が5回侵入したとの記録がある、
像内にあった記録物に
高麗時代を示す年号などが記されている、
これらだけを理由に
以上のような判決をしたらしい。
倭寇が強奪した証拠もないのにである。

仮に仏像の元の所有権が
韓国の寺にあったとしても、
自力救済禁止の原則や
時効の概念というものを知らないのだろうか。

あまりにお粗末な判決である。

これ以外にも、過去には、
日本の賠償問題についても、
日韓基本条約を無視した判決を出している。

司法だけではない。
法令の効力は施行前に遡及してはならない
という法の常識を無視した立法もしている。
日本の憲法でも韓国の憲法でも
遡及処罰の禁止や法の不遡及が明記されている。

それにもかかわらず、
韓国は、日本に併合されていた時代に
親日派が得た土地や利益を没収する
という法律を十年以上前に制定し、
祖父母や親から受け継がれた土地などを
遡及して没収した。

こうした事後法は他にもいくつかある。

韓国の司法、立法、行政は世論に左右される
という話を聞いたことがある。
もはや法治国家とはいえない。

一昨年末の慰安婦問題の合意についても、
十億円を受け取りながら、
慰安婦像の撤去については、
日本政府と韓国の市民団体とで
直接話合ってくれといいだす始末で、
もう滅茶苦茶である。

米国のトランプ大統領の発言が
いろいろ物議を醸しているが、
法令に抵触するようなことはしていない。

韓国は、トランプ大統領以上に
まともにつき合ってはならない相手なのか?


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2017.01.26(Thu):外交・安保問題

日本の自動車貿易は不公平だ、
といった旨のトランプ大統領発言が
大きな問題となっている。

実際は、
アメ車に関税はかかっておらず、
逆に米国が日本車に2.5%の関税をかけている。
関税以外でも、
アメ車を不公平に扱っているわけではないらしい。

日本政府は、
事実誤認である旨
トランプ大統領に理解を求めたい
とコメント。

しかし、個人的には
この答え方には違和感をおぼえる。

私なら、
大統領たる者が事実確認もせず
思いつきで発言すべきではない、
日本でもドイツ車は売れている、
アメ車が売れないのは
企業努力が足りないからだ、
逆に、
米国が日本車に対する関税を撤廃せよ、
と要求する。

日本政府の米国に対する態度は、
沖縄住民など国民に対するそれとは逆に
一貫して低姿勢である。

1980年代の日米構造協議の際も、
日本政府が何を主張しても、
それでは米国議会を納得させることはできない、
と米国政府にいわれ、
終始押されっぱなしだったらしい。
なぜ、日本政府が
米国議会の気をつかわなければならいのか。

日本政府だけでなく
各国の業界のトランプ大統領に対する態度も
然りである。
彼がツイッターでつぶやくたびに、
いちいち彼に気をつかった声明を出す。

彼が大統領たる立場をわきまえた
良識ある人間であれば、
以上のような反応も理解できる。
大統領の面目を保たせるような
落としどころを見つけることも必要となろう。

しかし、彼は、
大国の大統領でありながら、
事実確認もせず、
思いつきで発言するような人間である。

それにもかかわらず、
日本政府や各国の業界が、
これだけ彼に気をつかうのは、
彼が米国の大統領だからなのであろう。

それだけ、
米国大統領はスゴイのである。


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今朝の参議院本会議で、
民進党の蓮舫議員が代表質問の中で
アベノミクスが
大幅な金融緩和や財政出動を主体としているのに対し
ヒトへの投資を主張していた。

その文脈のなかで、
昨年末に電通の新入社員が
自殺したことをあげながら、
過労死を防ぐ必要性も訴えていた。

ところで、現在は知らないが、
かつては霞が関で働く官僚で、
自殺する者が少なくなかった。
約二十年前、話たことはなかったが、
私の後輩に当たる者も庁舎内で自殺した。

しかし、こうした自殺者が出ても、
大きく報道されることはなかった。
当時は庁舎の窓には網も張られていたが、
それは飛び降り防止のためだという
まことしやかなうわさもあった。

こうした自殺の原因は不明だが、
過労を苦にしたものだと推測される。
霞が関は不夜城と揶揄されることもあり、
残業時間が月に200時間というのも
珍しくなかった(もちろんフルに手当は出ない)。

その原因の一つが国会質問の待機である。
事前に議員から質問を通告してもらい、
官僚が答弁案を作成するのだが、
問題はその通告が来るタイミングである。

私が経験した中でもっとも遅かったのは、
質問される日当日の午前1~2時だったと
記憶している。
当日の明け方に
国会待機が解除されることもあった。

特に野党議員の通告が遅い。
もし、過労防止の必要性をいうなら、
隗より始めよで、
質問通告を早くすべきである。

東京の区議会の中には、
質問通告を前日の一定時刻に締め切っている
ところもあると聞いたことがある。

たしかに、
国政の場合は区政と異なりその範囲が広く、
国際情勢も含め、
直前まで何が起きるか分からないということはある。
しかし、議員にも当事者意識があれば、
つまり官僚をヒト扱いすれば、
事態は改善されるはずである。

上司の部下に対する態度も然りである。
過労の問題は労働時間だけの問題ではない。
働きがいが感じられれば、
時間を忘れて没頭することもできる。
しかし、
上司の都合だけで部下が職場にいるのであれば、
モノ扱いされる部下のほうはたまったものではない。

組織で動く以上、
不可避な面もあるのかもしれないが、
過労の問題は、
部下をパソコン扱いすることにもあると思う。



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2017.01.19(Thu):ボランティア活動

私が駅前で
通勤・通学するみなさんに
朝の挨拶をする際、
心がけているのは、
笑顔を絶やさないことである。

発する言葉の調子は、
表情によって左右される
という話を聞いたことがあるからだ。

ところが、
もともと表情が豊かなほうではない
私の“笑顔”は、
どうやらうまくつくれていないようである。

私は、週に一回、
ボランティアで中学生と勉強をしている。

ある晩、
その勉強会にやって来た生徒二人が、
開口一番、
相変わらずの敬称付きのタメ口で
私にこう言い放った。

『猪野さん、朝から
 何いやらしいこと考えてんだよ!』

「えっ?」

『今朝、
 俺らが猪野さんの前通ったの
 気がつかなかった?
 朝からにやけてるんだもん。』



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2017.01.14(Sat):政治活動
私がある駅前で
通勤・通学するみなさんに
朝の挨拶をしていると、
いつからか、
4~5歳の女の子が
『あっ、いた!』
といって、私を指さすようになった。

私はそんな女の子にきまって手をふり、
女の子はお母さんに手をひかれながらも
私のほうを見ていてくれる。
そしてしばらくすると、きまって
お母さんに笑顔で何かを語っていた。

女の子と私の間の無言の交流のうちに
その親子は数メートル進んでしまうので、
何を語っているのか私には聞こえない。

そんなある朝、いつもと違って、
親子が私のほうに近寄ってきた。
初めてである。

『おはようございます。
 娘がいつも猪野さんにお会いできるのを
 楽しみにしているんです。
 この娘、猪野さんのファンなんですよ。
 いっしょにいるところの写真を
 撮ってもいいですか?』
といってお母さんはスマホを取り出した。

ずっと独身の私は、
子どものだっこの仕方が
よく分からなかったので、
とりあえず女の子と身長を合わせるため、
しゃがんだ。

すると、
女の子がピースサインをしたので
私もつられてピースサインをした。

『○○ちゃん、マスクとって。』

写真を撮り終えると、
お母さんは
『いつも出かけるとき、
 きょうは、おにいちゃんいるかな?
 って、きいてくるんですよ。』
といってくれた。

もちろん
“おにいちゃん”というのは
社交辞令なのだが、
どう返したらいいかとまどった私は
『おにいちゃんじゃないよ。
 おじちゃんだよ。
 しかも、かなりの…』
と女の子に返した。

そして、
お母さんがお礼をいってくれると
私は女の子に手を振った。

女の子はお母さんに手をひかれながらも
私のほうを見ていてくれる。
そしてしばらくすると、いつものように
お母さんに笑顔で何かを語っていた。


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およそ一か月前にも申しましたが、
私は今、東京大学2年生の学生です。
この春、法学部に進学することが
決まっていたのですが、
自主的に留年することにしました。

東京大学では、
1~2年生全員が教養学部に属し、
かの有名な赤門のある本郷キャンパス
ではなく、
渋谷近くの駒場キャンパスで学びます。

そして、2年生の夏までの
教養科目の試験の平均点で
進学先の学部が決まり、
3年生になると本郷キャンパスで
専門科目を学ぶことになります。

私が自主的に留年して
駒場で引き続き勉強することにしたのは、
教養科目のラインナップが
非常に充実しているからです。
また、この二年間、実際に
教養科目の授業を受けてみて、
どれも素晴らしいものだったからです。

そもそも、五十過ぎの私が
大学に入り直した主たる目的は
卒業ではなく勉強することでした。

授業がつまらなかったら、
さっさと卒業しようとも
思っていたのですが、
というか、そうならないように
東京大学に入学したのですが、
私の期待どおりでした。

大学の外では受けることができない
知的好奇心をそそる教養科目が
目の前に数え切れないほどある。

この機会を活かさない手はありません。

本来の若い学生の場合は、
早めに卒業したほうが望ましいのでしょうが、
私にとって卒業はあまり意味がありません。

あっ、
こんな偉そうなことを言っていますが、
試験の点数は決してよくありません。
やはり、若い脳には勝てませんから…


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2017.01.01(Sun):両親の思い出

昨年の大みそか、
要は昨日のことなのだが、
団地に住んでいる私は、
出かけるため、
いつものようにエレベーターに乗った。

すると、
大きなマスクをしたご婦人がお一人
奥に立っていた。

『猪野さん!Kです。』

「あっ、ご無さたしてます。」

五年前に亡くなった父は、
十年以上、
寝たきりに近い状態だったのだが、
そのときにずっとお世話になっていた
ヘルパーさんだった。

この五年間、Kさんとは、
2、3回お会いしたことはあったのだが、
以前お会いしてから一年以上経っていた。

「大みそかもお仕事ですか?」

と自分で口にしたとたん、
心の中でハッと思ったことを
そのまま返された。

『こういうお仕事は、
 年末年始もないですからね。』

就業者数の約3割が
年末年始も働いている
との記事を見たおぼえがある。

警察や消防、報道関係、
交通機関や観光施設、サービス業が
すぐに思い浮かぶのだが、
介護といった福祉、医療関係も、
たしかに年末年始は関係ない。

特にお一人で暮らしている方々を
お世話をしなければならない場合や
介護、医療施設の現場などは。

一年、一月、一日、
ここまでは、
原始人はおろか他の動植物も
なんとなくは
体感しているはずである。

地球の公転と自転、月の公転が
生み出すものだからである。

しかし、時間、分、秒は
人間が造り出したものである。
そして、一年の区切りも。

年が明け、新年を迎える特別な感慨、
それは、他の動植物では
けっして味わうことのできない
人間の特権。

大みそかの昨日、
人間の作ったエレベーターの中で
ふと、そんなことを思った。

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