先日、私が学生として通っている
大学の試験が終わりました。

今回、最も印象に残ったのは、
次の“社会思想史”の問題です。

『通常マキャベリに帰せられる
 “権謀術数”“悪の教師”というような
 イメージは、どのような点で
 不十分であるかについて論じなさい。』

マキャベリといえば『君主論』の
イメージが強いのではないでしょうか。

すなわち、15~16世紀、
イタリアフがフランスやスペイン・ドイツ
など周辺諸国から圧力を受ける中、
イタリア統一を達成するためには、
手段を選ばず、権謀術数に長け、
民衆からも怖れられる
そんな君主が必要とされるのだと
マキャベリは主張したといわれます。

ただ、実は、同時期に執筆した
『ディスコルシ』という文献の中では
ローマ共和政が理想である旨
説いています。

マキャベリは、
メディチ家が事実上支配する
フィレンツェで、
フランス王がイタリアに侵攻した
15世紀末、同家が追放され
その約二十年後に同家が復活する間
ソデリーニ共和政下で
外交官として活躍していました。

ソデリーニは平民と貴族との間で
優柔不断な態度をとっていた点、
共和政でありながら
マキャベリにとっても
十分な政治体制とはいえず、
これが『君主論』の執筆、そして
同書のメディチ家への献上へと
導いたともいわれています。

ただ、この『君主論』と『ディスコルシ』とを
どのように整合的に説明するのか、
実は、定説はないとされています。

さて、話は一昨年度に戻りますが、
“歴史”の学部試験では

『ローマ帝国のキリスト教の国教化について
高校教科書の記述を正確に記載すれば
どのようになるか。』

といったように、やはり
教科書上常識とされている事柄につき
疑問を投げかけるような問題がありました。

そもそも大学とは、最高裁判例によると
『学術の中心として深く真理を探求し、
 専門の学芸を教授研究することを
 本質とする』場所とされています。

実際、教授らがよく口にされるのは、
教科書の常識に疑問を投げかける
学部レベルの学問は入口にすぎない
ということです。

もし、ある分野に興味を抱いたら、
その真理を探究・研究すべく、
大学院や博士課程に進学することを
勧めています。

さて、学部試験の成績ですが、
東大では以下のように評価されます。
100~80点→優
79~65点→良
64~50点→可
50点未満→不可

これは完全に個人的感想ですが、
授業をいくら真面目に聴いても
“優”をとるのは難しく、
せいぜい、70点台後半です。

ただ、自主的に図書館などで
教授のお薦め本なども含め
然るべき書物を探して読み、
それも答案に反映させることができて
初めて“優”を取れる気がします。

ここからも、学生には、
言われたことだけではなく、
自主的・積極的に学問に取り組む姿勢が
求められているといえそうです。


スポンサーサイト
Tag:
| TrackBack:0
2017.07.26(Wed):政治活動

朝の駅頭挨拶時、
駅前にある地図を眺めている方々を
よく見かけます。

当初、私は、必ず
「どこかお探しですか?」
と声をかけるようにしていたのですが、
実は、反応の仕方には色んなパターンが
あることが分かってきました。

反応は、ざっくりと、
以下のように分けることができます。

まず、私の助けは無用と、
ご自身で探し続けるパターンでして
これが全体の約4割と
一番多いでしょうか。

理由は様々のようです。
スマホもあるのですぐに分かる場合、
私に気を使ってくださる場合、
ご自身のプライドが許さない場合
等々です。

次に、
これが本来想定していた場合でして、
地図を見ても
場所が分からずに困っていたので
私に声をかけられて助かった
とおっしゃってくださるパターンです。
これは全体の約3割
といったところでしょうか。

次は、時間をつぶすために
地図を眺めていただけ
というパターンでして、
これは全体の約2割
といったところです。

そうすると、残り1割は?

その前に、
4割、3割、2割、1割、
これ、何かに似ていませんか?

そう、
日本人の血液型の比率です。
つまり、
A型、О型、B型、AB型です。

そこで、あくまで便宜的に
上述の4割の方々をAタイプ
同じく3割の方々をОタイプ、
2割の方々をBタイプ、
そして残り1割の方々を
ABタイプとします。

では、ABタイプとは?

それは、私が声をかけたこと自体に
怒る、というパターンです。
理由はよく分かりませんが、
Aタイプなのか、Bタイプなのか…
とにかく想定外です。

そこで最近は、
地図を眺めている方々を見かけても、
まず、その方の雰囲気を
みるようにしています。

そうすると、
地図を眺めながら時間をつぶしている
という場合が、何となくですが
分かるようになってきました。

また、
明らかに探しているという場合も、
しばらく様子を見るようにしています。

そうすると多くの場合、
スマホもあってか、
すぐに地図から立ち去って
目的地に向かっていきます。

そして、いつのまにか、
私はОタイプを探すようになり、
よって、私から声をかけることは
めっきり少なくなりました。

逆に、地図を見ずにいきなり
私に道を尋ねてくる方もおります。

ただ、この場合の多くは
東洋系の外国人の方でして、
いきなり私に道を尋ねてくる
日本人の方は多くありません。

私の場合、道を尋ねられて迷惑
ということは全くないのですが、
とにかく、世の中、
いろいろな方がいるものです。

あなたは、どのタイプですか?

あっ、以上のお話は、
人数割合の点を除いては、
血液型とは全く無関係ですので、
念のため。


Tag:
| TrackBack:0

私が若かりし頃、
紫外線対策の必要性が
今ほどさけばれていなかった時代、
私は大学の陸上競技部に所属し、
真夏の炎天下、
毎日走り回っていたのですが、
お肌の手入れは
まったくしていませんでした。

だからでしょうか、
それから十年近く経ち、
オフィス内で働くことが
ほとんどだったのに、
顔、特に側面に、突然、
シミが次々と出始めました。

しばらくほっといたのですが、
五十歳を過ぎ、しかも
紫外線に当たることも多くなったので
ますますシミやシワが増えるのは
マズい、と感じ始めました。

そこで、たまたま近所の方から
エステマシンを紹介されました。

ここで詳細な説明は省きますが、
これは、肌が本来もっている力、
つまり皮膚の生理機能を活かし
肌年齢を若く保つというものでした。

私は、こうした説明に納得し、
数回の無料体験を経て、
このマシンを購入したのですが、
使用して一か月も経たないうちに
肌つや、はりがでてきました。

頭皮もケアをしているので、
髪の毛も、増えはしませんが(笑)
コシが出てきた感じはします。

実際、マシンを使用して
半年経った頃にあった
中学校の同窓会で、
同級生だった女子から、
『猪野君、何かやってるでしょ』
といわれました。
(さすが女子!男子は誰も気づかず)

肝心のシミのほうは、正直、
二年続けても
完全には消えていませんが、
薄くなってきているのは確かです。

また、
購入者どうしのコミュニケーションの
場が用意されているのも嬉しい点です。

年に数回、ランチや
ハロウィン、クリスマス会など
みんなで集まっておしゃべりします。

美容ということで女性が多いのですが、
ほとんどの方が
肌に悩みをもっていたときは
内向的だったのが、
肌が改善されたことによって
何ごとにも前向きになれ、
人生が楽しくなったということです。

たしかにみなさん、
いい表情をされていますね。

サキナ

Tag:
| TrackBack:0
2017.07.17(Mon):ボランティア活動

以前にも何度か
お話ししたことはありますが、
現在、様々な家庭の事情で
塾などに通うことが難しい
中学生と勉強する会に
ボランティアで参加しています。

ここで私は、
子育ての苦労のほんの一端を
疑似体験しています。

つまり、中学一年のときは
出会って間もないということもあり、
総じて素直な子が多いのですが、
これが、二年生、三年生となると
身体が大人っぽくなるのに並行して
言うことをきかなくなってくるのです。

私はずっと独身で、よって
子育ての経験もないものですから、
これには正直戸惑っています。

私なんかは、
みんなと接する時間が限られていますが
実際お子さんを育てなければならない
親御さんがいかに苦労されているか
垣間見ることができた気がします。

さらに、もう一つ気になることが。

それは、学校で
昭和から戦後の時代を学んだり、
公民を学んだりしたあたりから、
少し偏った発言をする子が
でてくることです。

おそらく学校の先生としては
中立的に教えている
おつもりなのでしょうが、
教える内容や発言の際に
無意識にご自身の思うところが
反映されてしまっているのかもしれません。

ただ、こうした発言をする子は、
戦争や政治に関心をもっている
という点では、
非常にいいことだと思っています。

中学生の間は
様々な考え方があることを学び、
そして、いろいろな視点から
ものごとを見て考察した上で
自分なりの意見を構築するというのは、
まだ難しいのかもしれません。

今、この勉強会を“卒業”し、
高校生になった子に
たまに会うことがあります。

中学生のとき
“やんちゃ”だった彼は
今は私に礼儀正しく挨拶してくれます。

この子に限らず、
礼儀作法、思考など様々な面で
子どもは立派に成長するようです。

これも親御さんの
子育ての賜物なのでしょう。

子育ての苦労と成果、
そして醍醐味のいったんを
この勉強会を通じて
のぞけたような気がします。


Tag:
| TrackBack:0
2017.07.13(Thu):ボランティア活動
ここで問題です。
日本で一番偉いのは誰でしょう?
① 天皇
② 総理大臣
③ 国民みんな

建前としての答えは
“国民主権”ということから、
③でしょうか。

でも“偉い”といわれても、
自分の思い通りに
世の中が動くわけでもないし…

そうすると、
日本は立憲君主国で、
元首は天皇であることからすると、
答えは①?

でも、君主国といわれても、
天皇が王様って感じではないし…

実は“偉い”の意味がミソなんです。
“偉い”を“権力”ととらえるか、
“権威”ととらえるかで違ってきます。

“権力”とは、
人が嫌がっても従わせる力です。

例えば、
国会がつくった法律の力で、
消費税を払いたくないと思っても
払わなければなりません。
払わなかったら警察の力で逮捕され、
裁判所の力で有罪となります。
(これも法律の力によります)

次に“権威”ですが、これは
伝統、風習などにより畏敬させる力、
とでもいえるでしょうか。
“権力”との一番の違いは
“強制”という点がないところです。

多くの日本人が
天皇に対し畏敬の念を抱くのは、
(中にはそうでない方々もいますが)
天皇に“権威”があるからでしょう。

また、日本が君主国であっても、
天皇に“権力”はないので、
私たちがイメージしがちがちな王様、
というわけではありません。

かたや、少し前の安倍総理だったら、
消費税率を10%に引き上げる時期を
決められたことなどからすると、
実質的な“権力”は
安倍総理がもっていたかもしれません。
そうすると、②も答えとしては、
あながち間違えとは
いえないかもしれません。

国民が国会議員を選び、
総理大臣は国会議員から選ばれ、
その他の大臣も過半数は議員から
選ばれなければならないことからすると、
結局、議員を選ぶ国民に権力がある
というのが“国民主権”
ということでしょうか。

と、こんな話を
なぜしたかと申しますと、
中学生に“公務員”を
説明する必要があったからです。

すなわち、ある中学校の
放課後教室というところで、
私が25年間勤めてきた“公務員”を
説明する機会があったからです。

“公務員”といっても、
教師や医師のように
民間と変わらない職種もあるのですが、
とりあえず、
“権力”行使に関連するお仕事が
“公務員”の仕事の本質、
という説明をしてきました。

でも、眠そうにしていた生徒もいて
あまり伝わらなかったみたい…

分かりやすい話し方、かつ
興味をもって聞いてもらえるような話し方は
難しいと実感した次第です。


Tag:
| TrackBack:0

今回も前回に続いて
漢文に関するお話です。

さて、みなさんは
『唯々諾々』ということばの
意味と読み方をご存知ですか?

意味は
“何も考えずに言うことをきく”
ということのようでして、
読み方は
“いいだくだく”
だそうです。

私も漢文の授業で教わるまで
知りませんでした。

これを一文字ずつみてみますと、
『唯(い)』は目上の者への返事、
『諾(だく)』は同等以下の者への返事
だそうです。

だから、
仮面ライダーのショッカー戦闘員も、
“ダク”と返事すると、
怪人や死神博士、地獄大使など
大幹部から怒られるので
“イー”と返事するそうです。

信じるか信じないかは
あなた次第です。


Tag:
| TrackBack:0

今、自分が学生として通っている
大学で漢文の授業を受けている旨
申し上げたことがありますが、
教授は、若い学生に対し
『論語』を読むことを勧めています。

『論語』とは、
孔子とそのお弟子さんとの対話を
お弟子さんらがまとめたもので、
道徳的なことが記されている
とされています。

しかし、その教授によると、
十代、二十代の若者が
『論語』を読んでも、
“今のグローバル化・競争社会を
 これで生き残っていけるのか“
“なに、甘っちょろいこと
 いっているんだ!”
と感じるであろうということです。

しかし、四十代、五十代になって
『論語』を読むと、
そのよさが理解できるそうです。

ですから、教授は、今の学生に、
現段階で読んだあと、
もう二~三十年経ってから
もう一度読むことを勧めています。

私の場合、若いときに
『論語』を読んだことがないので、
五十過ぎていきなり読み始めました。

まだ、一部しか読んでいないのですが
たしかに、
社会人になって経験したことに照らし
うなずけるようなことが
少なからず書かれています。

二千年以上経っても
人間って変わらないんだな、
というのが大ざっぱな感想です。

しかし、
自分一人で読んでいても、
なかなか身に付きません。

そこで、先日、上野御徒町で
“Rongo塾”という論語の勉強会に
初めて参加してみました。

そこでは、
単なる知識の伝達ではなく、
孔子が言わんとしたことを
参加者どうしで話す
ということがなされています。

案外、
みなさんの考えのほうが
孔子より深かったりして(?)
おもしろかったです。

それにしても『論語』って、
中国の古典のはずですよね。

中国では、今から五十年ほど前、
つまり文化大革命時、
毛沢東を信奉し暴走化した若者ら
(“紅衛兵”というやつ)が
毛沢東により農村に強制移送され
結果、当時の若者らが
道徳・倫理含め十分な教育を
受けられなかったそうです。
したがって、
当時の若者が指導者層になってから
中国が横柄・横暴化した
ともいわれています。

今の、特に中国の指導者らにこそ
『論語』を読んでほしいものです。

rongo塾

Tag:
| TrackBack:0
2017.07.03(Mon):わたしの信条

都議選の選挙活動中、
控えていた駅頭挨拶を
今朝、久しぶりに行った。

すると、通勤客のお一人から
“おめでとうございます!”
と声をかけられた。

私は『都民ファースト』ができる
二年近く前から
“緑”をイメージカラーに
『政治の透明化』
を地元で訴えかけ続けてきたので、
おそらく、年齢も近いこともあり
『都民ファースト』の当選者と
間違えたのであろう。

それにしても、
当選した『都民ファースト』の人たちが
正直うらやましい。
地元での活動が皆無なのに、
いきなり当選できたのだから…

たしかに、4,000人近くの
“希望の塾”の塾生から選ばれた
55人なのだから、
選ばれるための努力はあったのだろう。
しかし、この選考過程も不透明なので、
コネで選ばれたと思われても仕方あるまい。

小池ブランドの力も相当なものだが、
国会議員とはいえ、多くの自民党議員の
資質のなさに呆れかえった
都民の票の受け皿になったからこそ
これだけ大勝できたのであろう。

これで、
知事と議会の二大権力を握った小池氏。

昨晩、テレビ各局キャスターらも
この点を指摘していたのに対し、
小池氏は
『各当選者は専門性を有しているので
 専門家として知事を指摘してくれるので
 問題ない。
 むしろ、今までが議会のドンと
 なーなーでやって来たのが問題』
と形式論を実質論にすり変えながら
うまくかわしていた。

しかし、実質的な点からいっても、
専門的な点から知事をサポートするのは
本来、都庁の役人であり、または
これまで小池知事が
いくつも作ってきた専門家会合が
指摘する役割を担っているのであって、
議会が知事をチェックするのは
予算や政策といった大きな方向性のはず
なんですれけれど…

それに、石原氏はまだしも、
猪瀬氏や舛添氏がドンと密接な関係にあった
というイメージはなかったんですけど
と独りテレビを前につっこんでいた。

ただ、都民が
小池氏への権力集中を選択した以上、
この利点を活かしてほしい。

すなわち、
これまでの市場移転問題や
オリパラの予算問題のように
“決められない知事”
と周りから揶揄される前に、
スピード感をもってやってほしい。

また、これまでのように、
あわてた感じで、いきなり
結論だけを発表するのではなく、
その過程を関係者や私たち都民に
明らかにしながら結論を出してほしい。

それが、
都民の期待するところであり、
そうしなければ、
今回の落下傘当選者らは、
次回の都議選では、
以前の民主党のように間違いなく
惨敗する。


Tag:
| TrackBack:0
2017.07.01(Sat):わたしの信条

先日、安倍首相が、
獣医学部新設の全国展開を
突如表明したのを受け
日本獣医学会らが反対会見をした。

自民党の改憲案やその時期を
国会という場でなく、
新聞社関連の会合で突如発表した際も
同じ自民党の議員でさえ
驚いた人は少なくなかったようだ。

突如表明して、関係者を困惑させる。
小池都知事もそうだ。

会社などの組織で
働いたことのある方なら
すでにお気づきのことと思うが、
関係者と調整し、同意を得た上で
物事を進めるというプロセスを
とばしているのである。

自分のやりたいことを
関係者を無視して
自分の都合・タイミングで表明し、
しかも、それがある程度許される
こうした環境にある点でも共通している。

安倍首相は三年間民間企業に勤め、
小池都知事も十年以上キャスターを
務めた経験はあるようだが、あまり
調整を図り同意を得ながら事を進める
という仕事をしたことがないのだろう。

特に小池都知事は
“根回し”をしないという。

しかし、
否定的な“根回し”とは、
本来の議論の場が想定されているのに
事前に
一定の結論に誘導すべく裏で画策し、
本来の議論の場をセレモニー化し、
台無しにしてしまうことをいう。

小池都知事の
豊洲・築地の両市場を活かす
という案の場合は、
数ある会合で議論がなされてきたことの
どの部分を、どういった理由で
どの程度考慮して、
上述のような案に至ったのか、まず
市場関係者らに説明し、同意を得ながら
一つの結論に至る、
同時に、こうした過程をすべて
私たち消費者・都民に公にすること、
これこそが、彼女が常日頃いっている
“根回し”を避け、“見える化”する
ことではなかったのか。

たしかに、これでは時間がかかり
決まるものも決まらないかもしれない。

しかし、だからこそ、
豊洲移転問題には
時間が与えられていたのではないか。

また、関係者の意向を無視して
迅速に物事を進めるのも一つの方法で、
実際、小池氏も都知事でありながら、
地域政党の代表として
議会の多数派を掌握し、
知事と議会の二大権力を
自身の手一つに集約させようとしている。

それならば、
自分は独裁的な手法でやりますと
正直に言うべきであろう。

上の市場問題の決着の仕方のみならず
“希望の塾”の収入の使途についても
“都民ファースト”の公認候補選定
についても、
自分に都合の悪いところは
決して透明にしないところがある。

森友・加計問題も同様のことがいえる。

安倍首相にしても、
小池都知事にしても、
“説明責任”という言葉を
安易に口にしてほしくない。

むしろ
“自分は独裁的手法で進めます”
と潔く認めてほしい。


Tag:
| TrackBack:0