2017.08.30(Wed):政治活動

北朝鮮のミサイルが発射された頃
私は、先日にもお伝えした
不思議な街の駅に向かっていた。

そして、いつもどおり
通勤・通学する方々に挨拶を始めた。

ここでは相変わらず
みなさん愛想よく反応してくださる。

いつの間にか、
小さなキャリーバックをもった
一人のおばあちゃんが
階段の前にたたずんでいた。

気がつくと、私は
キャリーバックに手を伸ばしていた。

「よろしかったら、
お持ちしましょうか。」

『あら、すいませね。』

ヒョイと持ち上げた
そのバックは思いのほか軽かった。

『みなさんに挨拶しなくて
いいんですか。』

「たいして時間はかかりませんから
大丈夫ですよ。」

「どこかへお出かけですか。」

『私はもう八十になるんですけど
息子が旅行に連れていって
くれるんですよ。』

「それは、
おやさしい息子さんですね。」

『ええ。』

そのおばあちゃんは
ものすごくうれしそうな表情をしながら
私にいろいろお話してくださる。

私も、母が亡くなって
一人になった父と生前、
ふたりで温泉旅行に行ったことを
思い出した。

着実に一歩一歩降りる二人の横を
通勤客が黙々と、そして
次々と追い抜いていった。

思いのほか長い階段も終わりかけた頃、
そのおばあちゃんは
先のほうにある自販機を見ながら
こうおっしゃってくださった。

『お礼に
お茶でもごちそうさせてください。』

「いやいや、お気遣いなく。」

『私もお茶を飲みたいので、
是非、お礼をさせてください。』

そういって、
お財布の中から取り出した千円札を
私に渡してくれた。

『これでお好きなものを
選んでください。』

私は、そのお札を自販機に入れ、
少しだけ遠慮して
小さめのペットボトルのお茶を選んだ。

『あら、
もっと大きいのでもよかったのよ。』
 でも、それもおいしそうね。
私もそれにしようかしら。』

私は同じボタンを押した。

そして、お釣りと
私と同じペットボトルのお茶を
おばあちゃんに手渡した。

『本当にありがとうございました。』

「こちらこそお茶
ありがとうございました。
お気をつけて、よいご旅行を。」

そういって
おばあちゃんと別れた。

そのペットボトルのお茶は、
今でも飲めないでいる。


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2017.08.28(Mon):政治活動

今朝、駅頭挨拶のため、
とある駅に自転車で向かっていました。

車道を走る運送トラックを右手に見ながら
先に見える歩行者用の信号が青だったので
横断歩道を渡ろうとしました。

そして、そのトラックも
その信号を左折しようと
スピードを緩めました。

私とはちょうど横断歩道で
ぶつかるタイミングでしたが、
トラックがそのままスピードを緩め
止まってくれるものと思い、
横断歩道に突入‼

すると、トラックも
スピードを緩めずそのまま左折。

そして、ドーン‼

が、スタントマン張り(?)の受け身で
左肘のかすり傷だけで私は無事。

ただ、後遺症も心配されるので、
相手の連絡先やナンバーは控えています。

一部の事故は、運転手も歩行者も
お互い止まってくれると思いながら、
自分は止まらないことで
起きるのかもしれません。

みなさんも、くれぐれも
事故にはお気をつけ下さいませ。

201708281258295bc.jpg

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佐川前理財局長・現国税庁長官の
罷免・辞任を求める
一万人を超える署名を
市民団体が財務省・国税庁に提出した
との記事があった。

しかも、現役の税務署職員まで、
業務に支障が出かねないという理由で
署名しているとのこと。

真偽のほどは私には分からないが、
税務職員だった私にしてみれば、
ものすごくうなずける。

森友学園への国有地売却問題について
佐川氏は国会で追及を受けた際
事実確認や記録提出を求められ
『確認することを控えさせていただく』
とか
『短期間で自動的に消去されて
 復元できないようなシステムに
 なってございます』
といった疑念を抱かせるような
不誠実な答弁をしている。

特に後者の答弁については、
実際に中にいた者としては信じがたい。

しかも、佐川氏は
国税庁長官に就任した際
『諸般の事情』というふざけた理由で
記者会見も行っていない。
だから、疑念もさらに深まる。

私は、二十年ほど前
滞納者のところに訪問し
税金を納めてもらうという仕事をしていた。

滞納者が相手なので一筋縄ではいかない。

“右翼”と称する人のところに行って
脅されたこともある。
(詳細は拙著をご参照)
その際、相手が滞納した理由として
繰り返し主張していたのが
税金の無駄遣いである。

もちろんこれは理由にならないのだが、
渦中の佐川氏が国税庁長官では、
現役の徴収職員が滞納者の抵抗にあい
いかに苦労するかが目に見える。

私は、また、
税務調査部門の課長だったこともある。
『マルサの女』のような
強制力のある査察と違い
税務調査はあくまで任意である。

だから、
職員がスムーズに調査できるよう、
調査対象の企業の重役さんと
世間話も交えながらお話をし、
調査に理解してもらうのが
課長としての役目だった。

こうした場面でも、
現役職員が苦労するであろうことも
想像に難くない。

今、役人幹部の人事は
官邸主導で行われているのだが、
佐川氏が国税庁長官になれば、
こうした事態になるであろうことが
分からなかったのであろうか。

今の政治がだらしないのは、
不倫や失言といった
スキャンダルだけでなく、
現場感覚のなさも一因なのであろう。



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2017.08.23(Wed):政治活動

私は朝、駅頭で
通勤・通学されるみなさんに
ご挨拶申し上げているのですが、
みなさんから
挨拶を返していただいたり、
声をかけていただくことも
あります。

ただ、ここまでたどり着くには
1~2年かかりました。

当初は、当然のごとく
みなさんから無視されます。

また、年月が経っても
みなさんの反応は
駅によって区々です。

苦情や文句をいわれるなど
否定的な反応をされることも
少なくありません。

が、最近、
いったことのない駅で、初めて
みなさんに挨拶申し上げてみました。

すると、どうでしょう、
多くの方々が好意的な反応を
示してくださいました。

原因は分かりません。
自宅から近い駅ではないので、
通勤・通学される方がご近所さん
というわけでもありませんし、
自分の出身の区内の小中高校とも
関係なさそうです。

こうした朝の挨拶は、
自分の名前を知っていただくことに
目的があるのは間違いないのですが、
みなさんになるべく気持ちよく
会社や学校に行っていただきたい
そんなボランティア的な気持ちが
あるのも確かです。
(が、私の挨拶で不愉快な想いを
 される方がいるのも確かです…)

しかし、
この駅で挨拶申し上げると、逆に
私が元気をいただくというか、
気持ちよく
一日を始めることができるのです。

そんなみなさんに今朝も感謝です。


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2017.08.20(Sun):外交・安保問題

餓死者が絶えない隣で、
日本の国家予算(の3分の1)で
優雅な暮らしをしていた
進駐軍とその家族、
進駐軍のため日本政府が設営した売春宿等々、
日本は西欧列強の植民地化を免れた
とよく言われるけど、
戦後は事実上植民地のような状況だったことを
改めて思い知らされた気がします。
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この前の投稿で、
塾講師のアルバイトに落ちた
ということ以外に、
さらに決定的に引け目を感じるような
そんな経験をしたというお話をしました。

今回はそのお話です。

先日、
私と同じ地元の小中学校出身の
幼なじみが一人で経営している
居酒屋にいく機会がありました。

私はお酒が飲めないのと、
詳しい場所が分からなかったので、
一度も訪れたことがなかったのですが、
FBのお友達のお誘いを機に
いってみました。

そのお店は
目立たない場所にあるのですが、
開店して二年余りなのに、
すでに常連仲間がたくさんいるのです。

私はそこの料理を食べてみて
その理由がすぐに分かりました。

料理は、
メニューが毎日変わるくらい
バラエティに富んでいて、
それでいて、どれも素材からこだわり
決して手を抜かず、
丁寧に仕上げられた一品・逸品です。

美味しいのはもちろんのこと、
一品一品、創意工夫が施されています。

これはもう、小料理屋です。

それでいて値段はリーズナブル。
ここからも、儲け主義に走らない
料理を愛するこころが
伝わってきます。

もう敬服・感服しかありません。

私の出身中学校は地元の公立校で
世間でいうところの名門校とは
決していえません。

おそらく今だったら、
社会問題になりかねない
そんな出来事も少なくなかった
ちょっとだけヤンチャな学校です(笑)

しかし、今、
私の同級生はみんな
社会で立派に活躍しています。

先ほどの料理人だけでなく
江戸切子の職人もいます。

エステを経営している
女子もいます。

子どもを立派な社会人にまで
育て上げた主婦もいます。

組織の中でも、
重役に出世した者もいます。

(元)公務員でも、
郵便局長になった者もいます。

後輩にも喫茶店を経営し、
誠実なつくりの
コーヒーや食事を提供し、
地元の人から
愛されている者もいます。

みんな、ここまでくるのに、長年
相当の努力をしてきたはずです。
そして、四~五十歳代になって
ようやく実を結んだ、
ということなのでしょう。

自分が公務員として働いている際は
なかなか小中学校の同級生らと
会う機会がなかったので
分からなかったのですが、
最近になってようやく、
みんなの活躍ぶりを知った
という次第です。

ひるがえって
わが身をふり返ってみたとき、
塾講師のアルバイトに落ちてる…。

だから、
自分は“負け組”であることを
自覚せざるを得なかったのです。

あっ、でも同級生たちが
社会で活躍していることは
私にっても物凄く誇らしい、
これだけは間違いないです。

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2017.08.16(Wed):外交・安保問題

毎年この時期になると
戦争に関する特番が
多く放送されますが、
今年、これらの番組を視て、
一つ気がついたことがあります。

それは、被爆された方々であれ、
元特攻隊隊員の方々を始め
戦争を経験された方々であれ、
自らの体験を語り始めたことです。

こうした方々は、
本当に辛い思いをされ、
だからこそ、
他人はおろか、親戚・親族にさえ
体験談を語ることは
できなかったそうです。

しかし、ここ数年、
こうした方々が自らの経験を
語り始めたということです。

戦争に反対する気持ち、
核兵器に反対する気持ち、
これらは戦争の悲惨さや
被爆の怖ろしさを
実際に体験した方々のほうが
一層強いのだと思います。

しかし、
こうした経験をされた方々も
もう二~三十年も経つと
いなくなるという現実があります。

そうすると、経験者と同様
戦争や被爆のおそろしさを
具体的に知っている人を
後世に残す必要性が
ますます高まってきます。

現在でも世界各地で
戦争や紛争によって多くの方々が
亡くなっています。

北朝鮮と米国との関係も
きな臭くなっています。

金正恩委員長も
トランプ大統領も
そして、
他の世界の為政者たちも
戦争の悲惨さや被爆のおそろしさを
観念的にではなく
具体的に分かっているのでしょうか。

ここに、
戦争を経験された方々や
被爆された方々が
日本の子どもたちにだけでなく
世界の人々に
自らの辛い過去を
勇気をふりしぼって
語り始めた理由があるのだと、
私は思います。


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親御さんがお子さんのために
塾や予備校に支払う授業料は
はんぱありません。

こうした親御さんの期待に応えるべく
生徒各人の習熟度をきちんと把握し
志望校に合格させるためには
何をどのように勉強させればいいのか
そんなこともきちんと伝える、
これが誠意ある教育だと思うのです。

先日、そんな想いで
ある塾講師に応募したのですが、
見事に落ちてしまいました。

この時点ではまだ
意識していなかったのですが、
最近、とある別の経験もあって
自分は“負け組”ではないかと
感じるようになってきました。

そもそも、五十過ぎで
大学生をしている時点で
負け組じゃん、
と思われている方も
いらっしゃるかもしれませんが、
私はそうは思いません。

数か月前、
キャンパス内を歩いていた際
昨年度お世話になった教授に
ばったりお会いしたときに
『あれ?猪野さん、ここ(駒場)で
 何しているんですか?』
ときかれたので
「もっと教養課程で勉強したくて
 わざと留年したんです。」
とこたえると
『あら、優雅でいいですね。』
といわれたのです。
(東京大学では三年生になって
 専門課程に進むとほとんどが
 駒場から本郷に移るのです。)

そう、
大学で勉強できるというのは
本当に優雅なことなのです。

私は25年近く、職場という
組織での理不尽さに耐え続け、
その後予備校で勉強した結果、
この優雅な状況を手に入れたのです。

だから、
これで引け目を感じることは
まったくなく、むしろ
不毛なストレスを抱え続けるよりは
(そんな職場ばかりでは
 ありませんでしたが…)
充実した生きがいのある人生を
送れていると思っています。

私が引け目を感じるようになった
出来事はもっと他のことです。

そのお話は後日。


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2017.08.11(Fri):ボランティア活動

突然ですが、
5から見ると、1と2は、
同じようなものなのでしょうか?

今まで二回にわたり、
地元の団地の夏祭りで
裏方としてお手伝いをした
お話をしてきました。

裏方として働くのは
自治会役員の方がほとんどで、
私以外は全員が七十歳以上です。

ただ、地元の中学生や
少年野球チームの小学生らも
いろいろ手伝ってくれました。

そして、中学生らの他にも
引率の若い先生が一人おりました。

自分が中学生の時は、若い先生も
かなりの大人に感じましたが、
今、若い先生をみると
ある意味当然ですが、若者です。

が、中学生らと引率の先生が
いっしょにいるところを見た
八十過ぎのご婦人が一言

『先生も中学生も同じに見えるわ』

中学生らの年齢、先生の年齢、
そしてご婦人の年齢の比率は
大ざっぱに1:2:5。

5から見ると、1と2は、
やはり同じようです。

そして、
野球チームの小学生らを見た
中学生らが一言

『かわいい』

私かれ見れば
中学生も小学生もかわいいものです。

すなわち、10から見ると
3と2は同じようにかわいいのですが
3から見る2もかわいいようです(笑)


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2017.08.04(Fri):ボランティア活動

みなさんは、足がビール臭くなる、
そんな経験がありますでしょうか。

先日、地元の団地で夏祭りがあり、
裏方としていろいろお手伝いを
させていただいたお話をしました。

今回はゴミ収集のお話です。
団地の数か所に
一般ごみ、缶、ビン、ペットボトル用
それぞれ大きなポリバケツを置き、
一時間おきくらいに回収して
新しい袋に替えるという仕事です。

一日目こそ
大雨で人手は多くはなかったのですが、
二日目は
団地の外からも大勢の方々が来られ、
小さなお子さんもはしゃいだりして
非常に賑やかでした。

が、その分ゴミはすぐにたまります。

ゴミを回収している際、
『ありがとうございます』
と一声かけてくださる方も
数名いらしたのですが、
そんなときは本当に嬉しくなります。

一声って大事だな、と実感しました。

逆に困るのは、
飲みかけのままの缶を
捨てられることです。

これが案外多く、
そのほとんどがアルコールで、
ジュースの飲みかけは
ほとんどありませんでした。

ということは、
子どもではなく、大人のほうが
飲みかけのまま捨てていくのです。

『日本もぜいたくになったものだ』

いっしょに回収している七十代の方が
つぶやいていました。

何が困るかというと、回収の際、
アルコールが大量にこぼれることです。
しかも、自分の足元に…

そうすると、
地面はもちろん、自分の足も、
アルコール、特に
ビール臭くなるのです。

昨年は運動靴でまわっていたのですが、
ビールでびしょ濡れの靴は
使い物にならなくなってしまったので、
今年はサンダルにしました。

回収の際、気をつければいいじゃん、
とお思いになるかもしれませんが、
気をつけたところで
避けられる量ではないのです。

一缶の残量が多くなくとも、
缶の数が半端ないので、
ネットの目からこぼれてくる量も
半端ないというわけです。

だから、
缶を捨てる際は中身は残さず
捨ててもらえると助かります。


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2017.08.02(Wed):ボランティア活動

高校野球西東京代表の
東海大菅生は、ここ三年連続
西東京予選の決勝に進出しながら
敗け続けていたところ、今年
四年目にして見事優勝し、
ようやく、甲子園出場という
四年越しの夢をかなえた。

今回は、
その11倍の45年越しの夢(?)が
叶った方のお話。

先日、地元の団地で夏祭りがあり、
私は、裏方としていろいろと
お手伝いをさせていただいた。

その日は、大雨に見舞われていた。

一週間ほど前、
お祭りのため寄附をした住民は、
抽選券付のパンフを受け取っていた。

そして、その日、
パンフから切り取った抽選券を
次々と会場の抽選箱に入れていった。

そして、この箱から
自分が入れた抽選券が取り出されると
賞品がもらえるということだった。

私は、
箱から取り出された抽選券の番号と
住民の方が持参したパンフの番号を
チェックしながら
賞品を渡す役だった。

傘をさそうとしたが
片手がふさがってはできまい。
カッパは用意していなかった。

というか。
この湿気ではカッパも着れまい。
ずぶ濡れになったほうがマシだ。

それよりも
周りの七十代の裏方さんたちも
みなさん、ずぶ濡れになりながら
各々の役目を果たしていた。

パンツまでびしょ濡れになったのは
いつぶりだったか思い出せない。

抽選を待つ住民の方はというと
もちろん傘をさしていた。

いくつもの傘が花畑のように見えた
というと陳腐な表現になるが、
大雨にもかかわらず
それだけ大勢の方が参加下さった。

賞品は一等賞から六等賞まで。
中には胡蝶蘭もあった。

なんで
こんな大きな賞品を用意したのか?

果たして、
八十過ぎのご婦人が当選。

当然傘をさしていたので、
いや、傘をさしていなくとも
お一人で運べるはずがなかった。

必然的に
私が胡蝶蘭をこのご婦人宅まで
運ぶことになった。

会場からご自宅まで、
そのご婦人は
既にずぶ濡れになった私を
傘で雨から守ってくれた。

お話をうかがうと、
このご婦人は私と同様、
四十五年以上この団地に住み、
この抽選会も毎年参加してきたが
一回も当たったことがないらしい。

そして、今年やっと当選できた、
ということだった。

私は、
ご婦人宅の玄関口に胡蝶蘭を置き、
そのご婦人から
感謝のお言葉をいただいた。

四十五年越しの夢の届け人になれた
私の身体は、
冷えきっていたはずなのに
なぜか中から
温かくなってきた。


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