私の出身中学校の後輩の一人は
格闘家である。

昨晩、彼の試合を観戦した。

私は写真を撮るのに夢中で、
気が付くと1R2分でKO勝利。

彼の圧倒的な強さと相まって
戦いぶりがよく分からなかった。

そこで、ここでは他の試合を観て
気が付いたことをつづりたい。

それは、インターバル時の
選手の息の切らせ方である。

テレビ観戦よりも、
その切らせ方が尋常ではないことが
目に見えて分かる。

そう、1R3分だから、
ちょうど1,000mを走り終わった
状態と同じである。

そして、ラウンド間の
インターバルが1分だから
まさに1,000mの
インターバルトレーニングと同じである。

今回の試合は3R制だったが、
ボクシングの世界タイトル戦だと
12Rだから、
まさに1,000m×12のトレーニング!!
(陸上経験者でないと分からないか…)

もちろん、
試合中の選手のリング内の
移動距離はそんなにないはずだが、
攻撃と防御の応酬に神経を研ぎ澄ませ
それでいながら相当なダメージも負う。

だから、選手の疲労度は
我々の想像をはるかに超えるのかも。

が、私の後輩は、
1R2分のKO勝利だから、
試合後もあっけらかんとしていた。

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2017.11.24(Fri):わたしの信条
みなさん、ご存知のとおり、
森友学園の国有地払下げ問題、
文書破棄などにより
約8億円の値引き価格の
十分な根拠が確認できないとの
会計検査院の報告がありました。

そうすると、
国会における安倍総理や
麻生財務大臣の
払下げの価格は適正だった、
問題はない、
といった旨の答弁は、
根拠のないいい加減なものだった
ということになります。

こうした無責任な答弁、
無責任な政治は絶対に許されません。

なぜなら、
無責任な政治のツケを払うのは
結局いつも我々国民だからです。

例えば、消費税率の引上げにしても、
財源不足だからとは言われてますが、
その財源不足を招いた責任の所在が
曖昧なままだから、
結局、消費税率引上げという形で
我々国民が負担をすることになる。

原発問題にしても、政府・与党は、
原発を推進しておきながら、実際、
福島第一原発事故のような事故が起きても
責任を取ろうとしない。
だから、被災者が
いろいろな形でいろいろな負担を
強いられることになった。

このように、無責任な政治は、
結局、国民がツケを払うことになるから
絶対に許されない。

だから、私は、
責任ある政治を、
責任ある政治をと、
三年前から主張し続けております。


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最近、三軒の料理屋に行きました。
一軒目は、
東京都江東区森下3丁目にある
ビストロ“アンカシェット”さん、
二軒目は、
同じ区内大島5丁目にある
和食“旬彩かわじり”さん、
そして、三軒目はXです。

これら三軒の料理に共通しているのは
素材から美味しくて、
創意工夫が施され独創的で
料理人のこだわりが感じられて
見た目も美しいということです。

そして、
最初の二軒に共通しているのは、
料理から
料理人の真心が伝わってくることです。

これは、
言葉でうまく表現できないのですが、
肌を通じてというか、
六感からというか、
なぜだか、料理から
料理人の真心が伝わってくるのです。

それこそ五感で、あるいは六感で、
今まで垣間見ることのできなかった
異次元の料理の世界に接し、
感動をおぼえることができたのです。

が、残念ながら三軒目のXでは
それが感じられませんでした。

料理の説明をしないばかりか、
お客の私に声をかけることは
一切ありませんでした。

他のお店なら話が広がる
私の問いかけにも沈黙、
もしくは突っかかってきます。
(料理の邪魔にならないよう
話しかけたつもりでしたが…)

だからでしょうか、
料理から真心が伝わってくることが
なかったのです。

逆に、
ビストロ“アンカシェット”さんと、
和食“旬彩かわじり”さんは、
料理はさることながら
料理人さんにも心があって、
本当にお薦めです。
(最初の三枚の写真は
“アンカシェット”さんの、
四枚目以降の写真は
“旬彩かわじり”さんのです。)

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2017.11.19(Sun):ボランティア活動
今朝、地元の清掃活動(ゴミ拾い)
に参加してきました。

写真では分かりづらいのですが、
タバコの吸い殻が最も多かったです。

気分は複雑です。
これではポイ捨てする人たちの
ゴミ拾い要員、召使い?

“どうせ拾ってくれる人がいる”
“見つからなければいい”
“街が汚れても気にならない”
“ゴミ箱はないし、
持って帰るのも面倒”
こう思って、
吸い殻やゴミをポイ捨てするのでしょう。

だから“ポイ捨て禁止”の貼り紙などが
いかにあろうと効果はほとんどありません。

おそらくは、監視する人が常時いて、
ポイ捨てした人たちに罰金でも科さないと
ポイ捨てはなくならないでしょう。
しかし、これでは人件費がかかります。

だから、ポイ捨ては見過ごされ、
ゴミを拾ってくれる人の善意に
いつまでも頼るしかないのでしょう。

吸い殻やゴミは
目立たない所にたくさんあります。
ゴミを拾う前は気にならなくとも、
実際、拾ってみると、やっぱり
街がきれいになった気がします。
気分もよくなります。

ただ、
ポイ捨てを根本的になくすには?
こんなことを考えると
複雑です。

ゴミ

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2017.11.15(Wed):外交・安保問題
先日のASEAN関連首脳会議で
北朝鮮の核問題も話し合われた。

この問題に対し、各国は
圧力と対話で応じているようだが、
圧力の果てにまっとうな対話は
あり得るのだろうか。

圧力によって相手は弱まる。
ただ、弱まるのは
北朝鮮の首脳陣でなく一般市民。

圧力は相手の怨みも増幅させる。
そして、その怨みは、
中韓の反日感情のように何十年も続く。
また、将来のテロを招くかもしれない。

だから、圧力あっての
まっとうな対話はあり得ない。

では、どうしたらいいのか?

問題解決に必要なことは、
問題の原因を探り、
それを除去すること。
だから、対話はそのためにある。

では、北朝鮮問題の場合、原因
すなわち北朝鮮の言い分は何か。

“米国が核兵器を持つなら、
北朝鮮も核兵器で守るだけ。
これこそが、お前らのいう
核の抑止力による平和ではないか。
ヘビースモーカーの米国に
禁煙しろといわれても説得力はない。
お前が何本もタバコを吸うんだったら
俺にだってタバコを吸わせろ。”

こういうことなんだろうと思う。

これに対し最悪のシナリオは
ヘビースモーカーの米国が
北朝鮮の喫煙を認めること。
つまり、核兵器の保有を認めること。

これはあってはならない。
核の抑止力による平和ほど
不確かなものはないからだ。

この抑止力は、
相手国が核による先制攻撃をしない
という妙な信頼関係があってはじめて
機能するといわれている。

かつての米ソ冷戦時代も、
キューバ危機という
人類滅亡の危機という局面を
かろうじて乗り越えたからこそ
お互い先制攻撃をしないという
ある種の確信が生まれ、結果、
核の抑止力が機能しただけだと
されている。

とるべき方向は逆である。

ヘビースモーカーの米国が
タバコを一気に止めるのは無理だが、
本数は減らしていく。
だから北朝鮮にも禁煙をよびかける。
すなわち、
米国を始めとする世界の核保有国が
核兵器を一気に廃絶することは無理でも
数は減らしていく。
だから北朝鮮にも
核兵器の開発をやめるよう説得する。

これこそが
北朝鮮問題の解決策であり、
そして、
対話もこのためにすべきなんだと思う。

そして、ここでとるべき
わが国の立ち振る舞いはこうだ。

それは、広島、長崎における
実際の生々しい具体的な
被爆のおそろしさ、怖さ、悲惨さを
世界の人々に、市民から指導者層含め
世界中の人々に知ってもらい、
世界に核縮減の流れをつくること。

これこそが、
唯一の被爆国である日本が
国際社会で果たすべき役割であり、
そして、
被爆された方々の思いを
生かすことではなかろうか。


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2017.11.11(Sat):2017 衆院総選挙

この前の選挙について、今まで
厳しい現実をつきつけられた
お話をしてきましたが、
今回は救われたお話しを一つ。

ある日、ゴミ出しをしていたとき、
見知らぬご高齢のご婦人から
声をかけられた。

『あら、猪野さん?』

「はい。そうですが…」

『当選したの?』

「いえ、残念ながら落選しました。」

『あら、残念だったわね。
 私、足腰が弱くて、
 その上、どしゃ降りだったでしょう。
 でも、
 猪野さんにどうしても一票入たくて
 投票所に行ったんだけどね。』

「そんな貴重な一票をムダにしてしまい
 すみませんでした。」

『実は、私、
 あなたのお父様と通勤電車が
 いつも同じだったのよ。』

亡父が退職したのは25年以上前だから
かなり昔の話である。

『いつも同じ時間の電車に乗るから
 よくお話ししてたのよ。
 次回も頑張ってちょうだいね。』

「そうだったんですね!
 父もよろこんでいると思います。
 次回は、一票がムダにならないよう
 頑張ります。」

雨の中、
去りゆくご婦人の背中を見ながら、
自由とはいえないお体をおして
投票してくださった貴重な一票、
どうしても活かさねばと思った。


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2017.11.08(Wed):2017 衆院総選挙

選挙の公示日以降、
ポスター掲示が認められているのは、
公平性を図る観点から、
よく見かける
板製の公設掲示板だけである。

ただ、政党所属の候補者のみは、
選挙区内1,000枚まで、
街中でのポスター掲示が認められている。
これは、最高裁判例によると、
政党政治をすすめる趣旨らしい。

だから、無所属の私の場合、
街中にある自分のポスターをはがすか、
自分を連想させないポスターで
隠すしかなかった。

ポスター掲示の場所を確保すべく、
私は後者の方法を採り、
よって、選挙後は
その“目隠しポスター”を
はがす作業をしていた。

その際、ポスター掲示で
日ごろお世話になっている
複数のお宅でこんなことを言われた。

『そもそも、いのさんって、
 何の選挙に出るの?』

「へっ?
 この前の選挙に出てましたが…」

『この前の選挙って、四人出てたわよね。』

「そのうちの一人だったんですよ。」

『あら、そうだったの。
 ごめんなさいね。で、何党なの?』

「無所属です。」

『私、無所属には
 入れないことにしているのよ。』

この二年間、この方とは数回お会いし
名刺も何度かお渡ししているが、
現実とは、こんなものである。

私と同じ中学校出身の後輩も、
しがらみで
他候補の手伝いをしていたのだが、
選挙終盤になってようやく、
私が立候補していたことに
気が付いたらしい。

大金はたいて、
七万枚のビラを配り、
選挙カーを連日走らせ、
そして、
全世帯に選挙公報が配られ、
公設の掲示板には
442枚のポスターが掲示されても、
私の主張や訴えはおろか、
名前さえ知れ渡らない。

これが現実である。


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2017.11.04(Sat):憲法・法律問題

今、衆院での質問時間の配分について
問題になっており、
自民党は議席配分どおりに
質問時間も配分するよう主張している。

この背景には、
特に自民党の新人議員から
質問の機会を与えてほしい、
という要望があるようだ。

それだけ他に
議員としての活動がないのであろう。
まさに、政党の駒であることの悲哀か。

ただ、形式的には、
自民党の主張が正しいようにも聞こえる。

しかし、マスコミなどでは、
そもそも自民党が野党時代に
野党の質問時間が増えたことを指摘するが、
むしろ問題は、
立憲民主党の枝野代表が指摘するように
民主主義という点である。

民主主義とは多数決ではない。
それなら、国会審議は要らないはず。
国会は、
与党の多数意見に野党の少数意見を
どのようにどれだけ反映させるかを
議論する場なのだと思う。
これが民主主義ではなかろうか。

そして、議院内閣制のわが国では、
国会審議の前に、与党は、政府から
法案などについての事前説明を受け、
既に了承済みである。
だから、ここで
与党の多数意見はできあがっている。

よって、
国会の場で与党が質問する意義は小さい。
それよりも、どのようにどれだけ
野党の少数意見をとりこむのか、
そこを国会で議論することが重要になる。

与党とはいえ、
政府ではなく立法府の一員なのだから、
国会での質疑のための時間も
議席配分どおりが当然、という主張は、
米国のように三権分立が徹底している
ところであればもっともなのであろう。
しかし、先述したとおり、
わが国は議院内閣制である。

だから、
質問の時間配分は現行のままでいいと
私は思う。


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