おもろい話やで | 日記
平成〇年12月24日(?)


イヴの朝に失恋することなど
そうそうない。

仕事が手につかなかった。

「佐藤さん、すみません。
 今日6時で退社します。」

『どうぞ。
 それにしても、今日、テンション
 めちゃくちゃ高かったですね。』

テンション高くしないとやってられなかった。

早めに帰れるときは、
きまって、このうどん屋に寄る。

「こんばんは」

元気な声で言ってみた。

『あら、いらっしゃい』

「今日、息子さんは?」

『町内会で、コレよ』

と、言って右手首をひねった。

「もう、そんな季節なんですね」

『何か、あったのかい?』

おかあさんが、お母さんに変わった。

彼が、この前、この店に来たのは
ちょうど一週間前だった。

彼は、そのとき、
明日、ついに、携帯を買うんだっ!
と、うどん屋のおかあさんに得意げに話していた。

そして、今日、
それを自慢するはずだった。

おかあさんも、あえて聞かなかった。

『はい、サービスよ』

おかあさん手作りのヒジキと
佃煮海苔だった。

意外に、しょっぱかった。



「お会計お願いします」

『いくらだったけ?』

「680円ですよ、間違いなく
 あっ、ヒジキ代とかいいんですか?」

『いいんだよ。
 そんなことより元気だしなさいよ』

「ごちそうさま。」

もう少し元気な声で言ってみた。




やっぱり、ジングルベルが鳴っていた。

親子や恋人どうし、
彼には決して許されない幸せが
すれ違う。

心身ともに冷たかった。

きっと、彼女は今ごろ、
働き盛りの男性から
猛アタックを受けてるにちがいない。

彼には許されなかった攻撃。
彼は指をくわえて見ているしかない。
いや、見ることさえ許されなかった。



彼は勘違いをしていた。

彼女を追いかけて会うことができた場所
そこは、まさに、数年前、彼が
最期にお母さんに愚痴をこぼした場所

「多慶屋、こっちじゃないじゃん」

そんな思い出の場所で出会えたから
すべてがうまくいくと思った。

しかし、彼には、一生でなく、
一日だけの幸せが与えられていた。

彼の本当のお母さんは、
彼ではなく、彼女のほうを
おもんばかったからである。

彼にとっては、
彼女とハンバーガーを分けあって食べたこと、
いっしょに上野公園を散歩したこと
すべてが幸せであった。

おそらく、彼の人生の中で
もっとも幸せなときだった。

しかし、その働き盛りの男性は
ハンバーガーより百倍はするオシャレな高級店で
彼女に猛アタックをしている…

そう想像するだけで
彼は、胸をしめつけられた。




『エ~ン、え~ん』

「お嬢ちゃん、どうしたの?」

彼は、身長を彼女に合わせた。

『エ~ン、え~ん』

「どこから来たの?」

『エ~ン、え~ん』

「じゃ~、もっと簡単な質問、
 お名前は?」

『エ~ン、え~ん』

「じゃ~、何歳かな?」

こどものいない彼は
本気できいた。

『エ~ン、え~ん』

「まいったな、
 俺が泣かしちゃったみたいじゃん」

「よいしょっと」

『おじちゃんの抱っこ、へ~ん』

「おじちゃん、チョンガーだから
 慣れてないんだよ」


『わかんな~い、エ~ン、え~ん』

1オクターブ上がったような気がした。

「まいったな、俺が誘拐したみたいじゃん」




「んっ?お嬢ちゃん、雪だよ、ほら」

粉雪がまっ暗な空から舞ってきた。

その一瞬の親子は
いっしょに空を見上げた。

その娘は、
ピタッと泣き止んだ。

そして、
小さな手のひらをいっぱいに広げて
粉雪をつかもうとした。

その娘は笑顔を初めて
「おとうさん」に見せた。

そして、
そのおとうさんをテコにして
飛び降りた。

「いてっ」

『わ~い、雪だ、雪、雪』

娘は、粉雪と逆方向に舞った。

「お前、迷子だろ…」

彼は、その舞う娘に
ついていくしかなかった。




『あっ、お母さん』

”あんた、どこにいってたの”

『あのおじちゃんが
 抱っこしてくれたの』

”こらっ、おにいさん、でしょ”

「いやっ、
 誘拐しようとしたわけじゃなくてですね…」

”分かってますよ”

お母さんの微笑みが美しかった。

”ありがとうございました”

『おじちゃん、わたしが大きくなったら
 お嫁さんになってあげる』

彼は、子どもが大好きだった。
だから、こんどは、本当の笑顔ができた。

「んっ?意味分かってるじゃん」

『じゃ~おじちゃん、ば~い、ば~い』

彼は、右手を軽くあげた。

「でもね、おじちゃんには無理みたい…」



イヴだから、一応、おやじと
ショートケーキでも食べるか。
また、まずい、
とか言うんだろうけど…

彼は、来た道を決心したかのように
戻っていった。

そして、暗く冷たい雪の中に
再び消えていった。


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