実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
平成24年11月28日(水) -公示日まであと6日-


翌朝、宿舎に洗濯物を干したまま、出勤した。


同じ部署の仲間には、まだ何も伝えていない。

みんなの目の前で、ここでも身辺整理をする。
これほど心苦しい身辺整理はない。

みんなは何も知らず、いつもどおり私と接してくる。
私もいつもどおりに接する。
でも、心は…

  表情は大丈夫か?

別室で退職のための手続きもする。
でも、早く東京に戻って、選挙管理委員会で書類ももらわないと…

このころから、東京選挙区の ”責任者”と称する維新の会の府議の先生から
しきりに私の携帯に連絡が入りはじめた。

自ら行動をおこしたもの、まさか公認されるとは思っていなかった。
もちろん、選挙ははじめてで何をしたらいいのか、まったく分からない。
だから、このときは "責任者”が頼もしく思えた。

ここでも、身辺整理は終わらなかった。
しかし、ついに職場を離れるときが来た。

部長からは、正式に退職するまでは、
他のみんなには黙っておくようにいわれた。

「父親の相続の関係でゴタゴタしているので、
 急きょ東京に戻ります。」

仲間たちへの最後のことば。
あまりに、さみしすぎる…裏切り…

人生、もっとも心が痛んだウソだった。

みんなにお別れだと気がつかれないように
わざと椅子にセータをかけたまま、
職場を去った。


供託金と広報活動費の400万円を指定の口座に振り込んで
新幹線に飛び乗った。

  都庁があいている時間に間にあうのか?

そう焦りながらも、知人という知人にメールをして
選挙活動に協力してくださりそうな知人を探す。
公務員は選挙活動ができないから、
公務員の知人には協力してくださりそうな方の紹介をお願いする。

さらに、党本部からもらった書類にも目をとおす。
でも、イメージがわかない。
つまり、分からない。

でも、さすがに、ポスターやチラシの印刷が必要なことは分かった。
が、そんなものを印刷している業者なんて知らない…

”責任者”にメールで問い合わせるも、まるで返信がない。
ああしろ、こうしろ、とけしかけるメールはしきりに来るのに…

メールを打ち続けているとき、突然、携帯が鳴った。
知らない番号。

  なんだ、このくそ忙しいときに!

そのままデッキに急ぐ。

別の部長からだった。

『この通知をもって正式に退職になります。
 お疲れさまでした。』

「お世話になりました。
 ありがとうございました。」

このことの重大さを痛感したのは一か月以上
経ってからだった。


メールの返信がきはじめていた。

  自分は無理なので、協力してくださりそうな人を探しておきます。

そういった、もっともな、でも、
ありがたい内容のものがほとんどだった。

と同時に、自分の人徳のなさにも気づかされていた。
 
  普段、自分は他人のために何もしていないのに、
  こんなときだけお願いするなんて、
  虫がよすぎるよな…


このころ、
維新の会の最後の公認のニュースが流れていた。


こんな短い旅は生まれて初めてだった。

東京駅から中央線に乗って新宿へ急ぐ。

  6時までに間にあうのか?

勝手に時間を設定した私は、
新宿駅から都庁に向かって走った。

これが結構、遠い…
背中には重いリックを負い、
片手には軽くはない荷物をもったまま走る。
これが、しんどい。

  よし、数分前、滑りこみセーフ

どころか、余裕でセーフだった。
と、いうのも、この時期、都知事選も重なって、
選挙管理委員会はてんやわんやの大忙し。

そんな中、私が候補者ということで、
担当の方が丁寧に対応してくださった。
でも、私の頭の中では丁寧ではなかった。

冊子四冊と、たくさんの書類が入った
大きな手さげの紙袋をいただいた。

  これも税金だよな。

荷物が増えた。


それから、秋葉原に行った。

「今すぐにでも、メールができるパソコンをください。」

実は、私はそれまでパソコンをもっていなかった。
不要だったから。

会計の途中、また、知らない番号から携帯がはいった。

もう、慣れた。

『あさって金曜夕方に、都庁で記者会見がありますから、
 絶対来てください。』

  芸能人でもないのに?

なかば公人になったことを自覚させられた瞬間だった。


  パソコンの使い方も分からない。

  人も集まりそうもない。

  書類の内容も、意味も、書き方も分からない。
  しかも、多い。

  事務所の開き方も分からない。

ここで初めて、選挙事務所の中はどうしたらいいのか
疑問をもつことができたが、事務所の外までは気がまわらなかった。

  ポスターに、チラシに、ハガキに、たすきに…
  制作を依頼すべき業者が分からない。

この時点で、選挙カーやウグイス嬢のことまで
気がまわっていなかった。
ポスター用の写真撮影のことも。

  これらを、公示日までに全て自分でやらなければならないのか…

ちょうどそのとき、”責任者”から
大阪の広告代理店を紹介するメールが入った。

押しつぶれそうになった。

  本当に、これで選挙活動ができるのか?

いつもおいしく食べていたはずの
丼ぶりものがおいしくない。

というより、のどを通らない。
というより、もどしそうだった。

  誰も助けてくれない…

体力的にも、
そして、
精神的にも限界が近づいていた。

スポンサーサイト

Tag:
| TrackBack:0
TrackBackURL
→http://inoino700.blog.fc2.com/tb.php/16-4d118bd7