実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
平成24年11月30日(金) -公示日まであと4日-


最近、寝覚めるのが怖い。

やらなければならないことが、
意識していないものまで含め、
頭の中にギューギューに詰まっていて、
しかも、減らない…

さっそく、ATMに駆け込む。

お金がおりない…

  今日中に供託金300万円を法務局にいれなければならないのに、
  このままでは立候補できない…

焦った私は、携帯をかける。

  どうなっているんだ、
  今日ならおろせるといっていたのに…

しかし、つながらない。

仕方なく、もう一度トライ。

おろせた。

  ほっ

としたことは、これ以上ない。

要は、8時がすぎたからだった。

300万円の現ナマをわしづかみに地下鉄に飛び乗った。

実は、半年前まで、法務局の上の階に勤めていたのだが、
お世話になった方々に挨拶をしている暇もない。

法務局で供託の手続きを待っている間にも、
選挙活動を協力していただけそうな知人に
メールや携帯で連絡しまくる。

が、またもや成果なし。

このあたりから、
大阪の党本部で教えてもらった書類の記載内容が、
東京では異なることが明らかになっていく。

この時点で、すでに二か所。
しかも、登記内容が微妙に違うぞ!

支援体制を含め、今さらながら、
維新の会が組織として成熟していないことを痛感させられた。


次は、印刷業者。

また、地下鉄を飛び乗り、道に迷いながらようやく到達。

本当に親切な社長さんだった。

非常にお忙しいなか、急なお願いにもかかわらず、
ポスター、チラシ、ハガキなどの印刷はもちろん、
本来業務ではないポスター撮影やタスキなどの手配もしてくださった。
そして、私が忘れかけていた
事務所の内外備品の調達まで心配してくださった。

やるべきことはもちろん自分でメモをしていたが、
あまりにも多すぎて、意識できてないことが多かった。

しかし、この時点で依頼してもポスターの仕上りは、
どんなに急いでも公示日をすぎて、つまり
選挙運動解禁日から4~5日後といわれた。
そもそもポスターやチラシなどをつくる前に
撮影が、まだすんでいない。

  なら、今すぐ撮影すればいいじゃん。

実はそんなに甘くないのが世の中。

まず、撮影の申込みをしても、順番というものがある。
撮影日は申し込んでから数日かかるのが通常。

写真館は、選挙用ポスターのためだけにあるわけではない。
人生の節目に立派な写真を記念に撮りたいという方々は
世の中にたくさんいらっしゃるのである。

しかも、撮影してから仕上がりまでも
10日ほどかかるのがふつうである。

それでも、その社長さんは、お忙しいなか、初対面の私のために、
写真館に顔がきくご友人をわざわざよんでくださって、
無理くり撮影日を本日の夜にねじ込んでくださった。
ただ、超特急料金がかかった。

世の中、やはり甘くなかった。

  四日前から、いったい何人の方に迷惑をかけているんだ…

ある意味、予想だにしていなかったことである。


またまた地下鉄に飛び乗って、いざ、板橋区へ。

二日前、都の選挙管理委員会から
板橋区の選挙管理委員会からも
必要書類を入手するようにいわれていたからだ。


本日あたりから、私の退職が、元いた職場に知れ渡ったのだろう。
多くの方が驚きと心配の携帯連絡をくださる。

ただ、本日は地下鉄に乗ることが多く、しかも急いでいる。
落ち着いて話ができない。
途中で話を切ることが多い。

せっかく、心配してくださっているのに、
申し訳ない…


公示日4日前にして、ようやく板橋区に足を踏み入れた。

今思えば、こんなやつが、
ここで二十年以上地盤を固めてきた先生に
選挙で勝てるわけがない。

だいたい、この時点で、私の名前を知っている
板橋区民はいない。

しかも、私はパソコンをもっていなかったのだから、
公務員だったこともあり、
HP、ブログ、Facebook、Twitter 何もしていない。
特に私がいた国税という職場では、不祥事と秘密漏えい防止のため、
こうしたのを立ち上げることにもうるさい。

しかし、こんな状態で、
どうやって自分を知ってもらうんだ?

冷静に考えればあまりに無謀。
全有効投票数の十分の一得票できなければ、供託金没収。
私の出馬を知った方のほとんどが、そう思ったにちがいない。

しかし、私にはそんなことを考えている余裕がなかった。


板橋区役所の受付で選挙管理委員会の場所を尋ねる。

私が事情を説明すると、

『候補者本人ですか?』

と驚かれる。

こちらが、驚いてしまう。

  ふつう、本人が来るんじゃないの?

教えてもらったとおりに、エレベーターで上がって
選挙管理委員会に。

ここでも、

  候補者本人が?

という反応をされた。

ここでは、選挙ポスターを掲示する場所を示した地図、
選挙カーの警察への届出用紙、
公示日当日についてのお知らせなどたくさんの書類をいただいた。

  掲示版は全部で495箇所。

ここでようやく、ポスター貼り要員が必要であることが
意識にのぼってきた。

が、区役所にいる時だけでも、
印刷業者の社長さんと詳細な打ち合わせのため、
いくどとなく携帯で連絡しあっていた。
その間、いつしか、ポスター貼りのことは頭から
吹っ飛んでいた。

先ほどお世話になった受付で
板橋区の地図と板橋の名所などを紹介した冊子とをいただく。

『選挙期間中、板橋区での催し物の宣伝もしてくださいね。』

とお願いされた。


次に、選挙事務所をすぐにでも探す必要があった。

しかし、区役所を出ても不動産屋さんが見当たらない。

薬局店が目の前にとびこんで来た。

何も買わずに道をきく勇気がなかった私は、
東京に戻って足りなかった日用品を購入して
不動産屋の場所をたずねた。


そして、教えてもらった不動産屋に飛び込む。

挨拶そこそこ、選挙用事務所が必要なことを伝え、
さっそく探してもらった。
その間にも、先ほどの印刷業者の社長さんやガス会社の人と携帯で連絡。

ガス会社のほうは、選挙とは関係がない。
自宅の風呂がまが調子悪かったからである。
もう、既に寒かったから、すぐにでも修理してほしかった。

公示日4日前ともなると、いい場所の事務所はすでに
他党におさえられていた。

しばらくして、川越街道という大通り沿いの
恰好な場所の事務所を見つけてくださった。
ただ、キッチンなし。
この期に及んで贅沢はいってられない。

そして、現地視察。
客観的には狭かったが、この時点で他に選挙運動員がいない状況下、
ちょうどいい広さだと思った。

ここから、さらに手続きに時間がかかった。
このとき、私は、無職。
無職の者には貸せないといわれた。
”責任者”からは、党としてではなく、
個人として契約してくれ、といわれる。
八方ふさがり…

選挙という事情でどうにかならないかと頼み込む。
ご担当の方が本社に連絡してくださり、何とかなった。
この承諾だけでも時間がかかった。

今日だけでも、何度目の無理なお願いだろう。


この後、都庁で生まれて初めての記者会見。

しかし、事務所探しに思いのほか時間がかかり、
もう、電車で行っては間に合わない。

タクシーに飛び乗った。
無職だが仕方がない。

タクシー内では、まず、弟に携帯で連絡し、
事務所の賃料の保証人になってもらうことを依頼。

そして、運転手さんに事情を説明して、急いでもらった。
私が疲れ切った表情をしていたからであろう。
運転手さんが元気づけてくれた。

『大丈夫、当選しますよ。
 私も板橋区民ですから、応援します。
 だから、元気出して!』

これまで精神的にクタクタだった私が、
初めて勇気がわいてきた瞬間であった。

私は、しっかり自分の名前を名乗り、
運転手さんのお名前もうかがった。
私の名前を覚えてくださった初めての板橋区民。
私の支援者第一号。
このお方のお名前は今でももちろん覚えている。
一生、忘れない。


都庁に到着し、若干迷って、開始数分前に記者会見場へ。
党の方が、待ってましたという表情。

各新聞社の記者の方々がよってくる。
名刺と調査票と称するアンケート用紙を次々といただく。
一度に持ちきれないほど。

ついに、生まれてはじめての記者会見開始。

私のほかに三人の東京選挙区の候補者がいらした。
”責任者”から私が紹介され、いよいよ私も自己紹介。
マイクのスイッチをいじってモタモタしていると、

『スイッチ入ってますから』

と、冷たくいわれる。

写真のフラッシュがパシャパシャとなると思いきや
そこは、芸能人の記者会見とは異なる。

「名前は ”いの たかし”と単純ですが、
 頭は単純ではありませんので、ご安心を」

芸人さんがスベることを恐れているのが理解できた。

どうやら、記者会見の様子はどうでもいいらしい。
記者会見自体もどうでもいいらしい。
質問はほとんどなく、私も、立候補の動機をきかれただけである。

本番は、そのあとだった。
各社の担当記者が私を囲み、いろいろと質問してくる。
写真も候補者ごとに、そして各社ごとに何枚も撮られた。

要は、候補者そろって、というのはどうでもよかったのである。

その後、”責任者”を含め党の方々が、
別部屋でちょっと飲みましょう
と候補者を誘ってくださった。
われわれ候補者の労をねぎらってくださる?

  この後、ポスター用の撮影があるのに…
  選挙準備のため一分一秒でも惜しいのに…

階下に降りて、その部屋に入った。
アルコールと中華の混ざった臭いがきた。
そして、食べかけの焼きそば、焼きうどん…

  この人たちは、本当に大阪から
  東京の候補者の選挙運動を助けに来てくれた方々なのか?

  こちらは、朝早くから一人で駆けずり回っていたのに、
  何余裕ぶっこいて、酒かっくらっているんだ…

ここで初めて "責任者”は各候補者の現状を知るべく
簡単なアンケートをとった。

私は、現在、選挙の準備を一人でやっている旨
アンケート用紙に書き、急いで部屋を出た。

  写真館が閉まってしまう。
  せっかく、社長さんがお忙しいなか、予約してくださったのに…
  せっかくのご好意を無駄にしてしまう…

とにかく、焦った。
 
  これ以上、他人様に迷惑はかけられない。


たどり着いた。

開いていた。

幸せそうなご家族の方々がいらっしゃった。
事情は分からない。
でも、きちんとした写真館で記念写真を撮っておくような
そんな幸せな人生の節目を迎えようとしているに違いなかった。

私の番が来た。

ポスター用の写真の他に選挙公報用の写真も
追加で撮影していただきたいことを伝えた。

こんなことも誰も教えてくれない。
都庁でもらった資料を先ほどの不動産屋で
たまたま読んでいたからこそ分かったこと。
読んでいなかったら、
私の選挙公報用の記事が危うく新聞に載らなかったところである。

いろんな角度から、いろんな表情で、何枚も撮られた。
笑った顔、すました顔、さっそうとした表情…
撮影をされる方は、本当に人をのせるのがうまい。
ちょっとした、モデル気分だった。

先ほどのタクシーの運転手さんにお会いしていなければ、
いい表情はできなかった。
あの運転手さんが元気づけてくださったから、
撮影は成功した。

撮影が終わってしばらく経ち、
パソコンの前に担当の女性の方と座った。
何枚もの写真から、私が気に入った奇跡の一枚の写真と
そして、その女性が気に入った一枚の写真とを選んだ。
女性目線も大事にしたかった。
と、突然、その女性から、

『修整しますか?』

と聞かれた。

「顔のシミを薄くしてください。」

ためらいがなかった。

『消すこともできますよ。』

「いや、それはウソになりますので結構です。」

「眉毛は黒くできますかね?」

もう、言っていることが無茶苦茶である。

『それは、無理です。』

久しぶりに楽しかった。


撮影が終わって、会計も終了。

仕上りは翌日。
これも、ポスターをできるだけ早くつくるため
無理にお願いしたこと。
通常は、10日ほどかかるらしい。
もちろん、超特急料金も支払った。

ようやく、帰宅。

先ほどの記者会見にいなかったマスコミからの
調査票のファックスが部屋に散乱していた。

  それより、明後日には
  都の選挙管理委員会に書類をチェックしてもらわなければ…
  そもそも立候補できなくなっちゃう。

でも、都の選挙管理委員会からもらった冊子を見ながら
何枚もの書類を作成する気力はもはや残っていなかった。

  もう、ダメだ。
  明日やろう。

長い一日、ようやく終わらせることができた。



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