新聞の読み方 | 日記
バスケ部顧問の体罰で大阪の高校2年生が自殺


報道によると、この顧問の体罰は常態化しており、
昨年9月にも、この教諭らによる体罰を指摘した通報があったという。

この通報を受け、学校は
この顧問教諭だけに聞き取り調査をし、
生徒には聞き取りを行わなかったという。

しかも、この顧問教諭は、体罰があったという通報に対し、
”えっ”とかいってとぼけ、体罰を否定したという。
それだけで、学校と大阪市教育委員会は、
体罰はなかったと結論づけたらしい。

実は、副顧問の教諭二人もそばにいて体罰を黙認していた
というから最悪だ。
顧問は副顧問二人にとって恩師だったから、
何もいえなかったらしい。
しかし、
恩師なら殺人、といいすぎなら犯罪を見過ごしていいのか。

そして、昨年末、
体罰を受けた生徒が自殺。

そこで、ようやく、市の教育長が再調査の意向を示した。

 自殺がないと、生徒にきかないの?


しかも、体罰でいったん停職処分を受けたバレー部顧問が
処分後再び体罰をし、
それにもかかわらず、校長は、
教育委員会に報告をしなかったことが、後日、発覚。
その理由は、この顧問教諭の将来を考えたためというから、
もう頭がどうかしている。
生徒のことは考えなくてもいいの?
と、誰でもすぐにつっこみたくなる。


これこそまさに、私が先の12月28日付のブログで指摘した

「学校、教育委員会は、いじめを否定するところから始める。
 自殺しない限り、警察もとりあわない。

 社会の犯罪は、警察が取り締まり、裁判所が裁いてくれる。
 学内の犯罪は、誰も取り締まってくれない。

 武道家の先生ではなく、
 警察官にいつもそばにいてほしい、
 でも、現実的でない?

 犯罪なら学校内が一番!

 だって、無法地帯だもん。」

の例である。

いじめっ子と教諭という違いはあるものの。


生徒を自殺に追い込んだほうのバスケ部顧問は、
大阪市教育委員会の再調査で、体罰につき

『選手の気持ちを発奮させたかった。
 試合でミスが続くと、たたくことで、良くなることがある』

と説明したという。


この言い訳の中で、指摘したい点が二つ。

一つ目は、
生徒さんのご遺体の唇は切れ、
頬は腫れていたらしい。

これが、気持ちを発奮させるレベル?

どうどうたる傷害罪である。


二つ目は、
仮に体罰が発奮をうながす程度だったとしても、
体罰を受けて発奮する子もいれば、
傷心するだけでやる気を失せる子もいる。

たしかに、この教諭がバスケ部の顧問になってから、
この高校は全国の常連校になったらしい。

だから、この顧問教諭に肩をもつ意見もある。

ただ、人間にはいろいろな性格の持ち主がいる
という至極当然なことを忘れているのではなかろうか。

教諭だけでなく、会社の上司とかもそうだが、
生徒や部下の性格によって叱りかたを変えたほうがいい。
そうしないと、叱る意味がない。
叱るというのは本当に難しいことなのである。

かくいう私も叱ることができない。
というか、叱りたくなる人物はたいがいもう立派な大人で、
叱ったところで、反発するだけの
もうどうしようもない人物ばかりだからである。

この顧問教諭の場合、生徒を一緒くたに考えていた節がある。
もし、そうなら、この教諭には生徒に体罰を加える資格はない。


また、叱ると怒るとを混同している人が多い。

相手に対する愛情なんかまるでなく、
たんに自分の気分が害されたから怒るという人ばかりだ。


私が生まれてはじめて ”叱られた”と感じた例を一つ。

私が、OECD(経済協力開発機構)という国際機関で勤めていたとき、
上司は、アメリカの女性弁護士だった。

私がはじめてある英語の報告書をまとめたとき、
彼女からえらくほめられた。

そして、また、別の報告書をまとめ、彼女に提出した。

しばらくして、電話が鳴った。

『タカシ、私の部屋に来なさい』

「O.K.!」

と、のんきな声でこたえた。


国際機関だから個室が原則であるが、
通常、部屋の扉は開いたままにしておく。

彼女の部屋に入ったとき、
扉を閉めろ、といわれた。

 やばい…

彼女から叱られた。

『なんだ、この英文は、
 この前は、あんなに立派な英文を書いていたのに、
 本当にがっかりだ。
 タカシならもっとしっかりした英文書けるでしょ!
 やり直し!』

たぶん、こんなことを言われた。
口調はえらく厳しかったが、
私への愛情がひしひしと伝わってきた。
だから、叱られてもすがすがしい。

要は、最初にほめられたもんだから、
私は慢心していたのである。

小学校の担任の先生に叱られて以来である。
ただ、小学生のときは愛情を感じる能力はなかった。


ちなみに、人を叱るときは、
相手の立場を考え、
他の人にはみられないようにするのが
グローバルスタンダード。

日本では、場所がないとうこともあるが、
人前で ”怒る”ことが多い。


その後、報告書を書き直して、再び提出したとき、
その上司は、内容を見ずにそのまま受け取った。


私を選挙で破った文部科学大臣は、
教育委員会への指導を強める意向を示した。

しかし、生徒への聞き取り調査をしない
高校の調査結果をそのまま認めるような
性根の腐った教育委員会、
このようなことを何度も繰り返すような
腐った教育委員会を指導しても仕方がない。

そんなことよりは、日本の学校でも、
この上司のような先生を増やすことのほうが
大切なのではなかろうか。


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