先日、丸の内線に乗っていたとき、
隣に座っていたカップルの会話が聞こえてきた。

お付き合いの初期なのだろうか、
男性のほうが自己紹介ふうに、
自分がいかに自己中心的でわがままであるようなことを
隣の女性に自慢げに話す。
こんな私でもいいですか、という意味も込めて。

それを一通り聞き終えた女性が一言
『自分に正直で、素直な方なんですね』
“恋は盲目”とはよくいったもの。

私は裁判所に勤めていたとき、
すべての脱税事件を傍聴していたが、
そのほとんどすべての事件で、
裁判官の心証が少しでもよくなるように、
脱税容疑者の奥さん(まれにだんなさん)が証人として、
その容疑者を擁護する証言をしていた。

脱税をするような人を好きになるのだろうか?
これも、恋は盲目の一例?
犯罪をしたこともなく、一応まじめに生きている私のほうが
なぜもてない。

日本語でも、英語でも、
恋に、“落ちる”という。
決して、“上がる”とはいわない。

そう、自然と重力に引かれるように、
自然と異性の魅力に惹かれるからだろうか。

丸の内線の男性にも、法廷の脱税容疑者にも、
男性としての魅力がきっとあるのだろう。
それはもしかして
ルックスだったり年収だったりするのかもしれない。

その魅力が他人には理解できないとき、
“恋は盲目”というのかもしれない。

私には、
女性を惹き、盲目にさせる男性としての魅力に欠ける。

二、三十代のとき、直接的な表現ではないが、
ふられるときによく言われた。

丸の内線で
そんな余計なことを思い出した。


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