実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
平成24年12月5日(水) -選挙運動2日目-


朝8時に目覚める。
こんなにゆっくりできたのは、十日ぶりである。
身はスッキリしたが、心は依然スッキリしない。

父が亡くなったのは、一年前の12月6日。

そして、本日は、父の一回忌。
朝11時から八王子のほうのお寺で法要。

選挙期間中ではあったが、
さすがに長男で喪主もつとめた私が欠席するわけにはいかない。

ここ数日、元職場からの事務手続き上の連絡、
風呂がま工事の業者からの日程の連絡、
友人・知人からの応援メッセージ等々
いろんな方からいろんなメールや留守電が入っていた。
しかし、返事をする時間がなかったので、ここぞとばかり、
八王子方面に向かう電車の中で返信メールを打ちまくる。

駅に降りると、地元候補者が演説中。
バス停でバスを待ちながら聴いていた。
ここで初めて、
同じ駅でもバス停のある駅で演説するほうが効果的である
とようやく気がつく。

バスで移動中、”府議の先生”からお叱りのメール。
もちろん、選挙期間中にもかかわらず、
事務所に私がいなかったからである。
”責任者”と”甲先生”には事情を説明していたが、
”府議の先生”には説明するのを忘れていた。

メールで事情を説明するも、
『なんで、選挙カーだけでも動かさないのか!』
とお叱りを受ける。

ウグイス嬢がいない旨伝えると、
『なぜ、業者に依頼しないのか!
 運転手も至急必要だ!』
とまたまたお叱りを受ける。

正直、そんな余裕はなかったのだが、
どうやら、私はあまりにものんびりしすぎていたようだ。

私は、常に、有権者目線ということを心がけていた。
ふつうの有権者は、私もそうだったが、公示日とか、選挙期間とか、
そもそも知らないし、どうでもいい。

数日間、選挙運動しなかったところで、たいして変わらない。
むしろ、選挙カーがしつこくくると、うるさいだけで、
かえって、こいつだけには投票しないでおこう、
と決めることさえある。

だが、選挙をする側の目線は違う。
一分一秒でも惜しい。

そんなことを思いつつ、かつ

  私の父の法要のことを聞いても何の一言もない ”先生”方は、
  まだ両親の面倒をみるということを知らない年代だしな…

と思いつつ、謝罪のメールを打つ。


お寺に到着したらしたで、ひと悶着。
法要開始30分前、選挙用品を扱う某有名業者の社長と言い争う。

昨日、その業者は事務所の外に掲げる巨大な横断幕を
私が住む団地の15階に送ってきていたのだ。
もちろん、私は自宅にはいなかったので、
運送業者は持ちかえっていたのだが、
これでは、特急料金を支払った意味がない。

社長は、事務所の住所を聞いていないというが、
そもそも同時に依頼した立看板のほうは、すでに事務所に届いていた。
社長は明らかに嘘をついていた。
百歩譲って、事務所の住所を聞いていなかったとしても、
プロとしてそんな姿勢が許されるはずがない。
そもそも団地の15階に巨大な横断幕が必要なのか、
ちょっと考えれば分かることである。

弟が、間もなく法要が始まるぞ、
という表情で、心配そうに近づいてくる。

そこで、私は、最後の手段にうってでた。

「訴えてやる!」

結局、その場は、後日、特急料金を返金するということで落ち着いた。

法要は時間どおりに行われ、
その後、墓前でもお経をあげていただき、無事終了。

選挙に出ていることは、弟には知らせていたが、
その他の親族の方には伝えていなかったし、その時間がなかった。

「実は、今、選挙に出ているんです。」

ご住職もいっしょに驚いてくださった。

本当は、法要前にきちんと説明したかったが、
先ほどの社長とのやりとりのせいで、できなかった。

でも、すぐに事務所に戻らなければならない。

通常は、ご住職を見送ってから自分らもお寺を離れる。
しかし、このときばかりは、ご住職より先に失礼してしまった。
ご住職とお寺の職員さんらにお礼を申し上げて、飛び出た。

帰りの電車の中で、”府議の先生”からメールを受け取る。
『これから、他の候補者の応援に行くので事務所を出るが、
 ウグイス嬢と運転手さんはきちんと依頼しておくように。』
との内容。

交渉力のある ”Sさん”にお願いした。


自宅で、父の位牌と写真を元の場所に戻し、
母の位牌にも手をあわせ、
喪服から戦闘服に着替え、板橋区へ急ぐ。


まぬけだった。

急がなければ、と思うあまり大山駅を降り過ごしてしまった。
次の中板橋駅で逆方向の電車を待つも、なかなか来ない。
何本かの急行が通りすぎていくだけ。


予定より20分ほど遅れて事務所に到着。

お疲れさまの一言もなく、
”甲先生”が鬼の形相で待ちかまえていた。
突っ立っているだけで、
選挙のお手伝いをしてくださっているわけではなかった。

チラシができていたので、それに貼る証紙を請求する必要があったが、
書類の書き方が依然分からない。
”法務担当”という肩書きをもつ ”甲先生”に伺うも、

  知らない

の素っ気ない一言。

予想はしていたが、実際に言われるとつらい…

結局、他の手続きも含め、行政書士の ”Mさん”にお願い。

実は、このころから ”Sさん”のおかげもあって、
私の知らないところでスタッフが集まりだしていた。
そして、今まで一人で全部やっていたのを、
スタッフに全面的にまかせることができるようになっていた。

”Sさん”の元同僚、
”Sさん”の40年以上の後輩、
その妹さん、
そのお友達、
知人弁護士さんの奥さま、
もう一人の旧友の奥さまと
そのお友達 等々

  これでようやく選挙活動に専念できる。

問題は、もはや、誰がいつ何時に事務所に来ていただけるのか
把握しきれなかったことである。

ただ、そのときの私にとっては、小さな問題であった。


事務所内の問題をひととおり片づけたところで、
いよいよ、”Kさん”の運転で、完全装備の選挙カーで出発。

”甲先生”は、
  やっとか、
という表情を黙ってする。

まだ、ウグイス嬢もいなかったので、昨日と同様、
”甲先生”がスピーカーでうったえかけ、私が手を振る。

そして、やはり昨日同様、駅前で ”甲先生”が降りる。
ただ、昨日と違っていたのは、
しばらく東京の選挙区には応援に来れないといわれたことだ。

私は、正直、これで自由に選挙運動ができる、と思った。


実は、このころ、
大阪でも、維新の会が意外に苦戦しているという情報があり、
大阪選挙区以外の候補者を ”支援”するはずの ”先生”方も
急きょ大阪に呼ばれたらしい。


日が暮れて、選挙カーが完全装備でないことが判明。
屋根の上がスピーカーだけなのは元々ではあるが、
暗くなると車体に貼ってあるステッカーが見えなくなる。
通行する有権者の方々が、こいつは誰だと
ワゴン車をのぞくような恰好をされていたので、気がついた。

他の候補者の選挙カーの屋根の上には、
名前のかいてある ”みこし”が乗っかっており、
それが夜になるとライトで照らしだされる仕組みになっていた。
と、その日にはじめて知った。

事務所に戻ると、”Sさん”から、
ウグイス嬢と運転手さんを探してくださった、とうかがった。
この時期、引っ張りだこで、なかなか見つからなかったところ、
非常にご苦労されて探してくださった。

ただ、ウグイス嬢については、
沖縄での仕事をキャンセルして
兵庫からはるばる東京に来てくださるということだった。
もちろん、東京までの交通費はこちらが支払う。


その後、最寄りの大山駅で、昨晩同様、帰宅される有権者の方々にご挨拶。
昨晩と異なるのは、
”Hくん”に、証紙を貼り終えたばかりのチラシを配ってもらったこと。

そして、もう一つ昨晩と異なることが。
  
  ご通行中のみなさんが私のほうを向いてくれない…

昨晩は、こいつは一体誰だ、という感じで
一生懸命、タスキをのぞきこんでくれた。
しかし、今晩は、チラシを配り、政治色をバンバン出していたので、
みんな本能的に避けて通る。
私のほうを振り向くどころか、避ける…

もちろん、チラシを受け取ってくださる方もいらしたが、
ごく少数であった。

  こんな方法でいいのか?

と思いつつ、事務所に戻る。

そして、明日の予定もたてず、
というか、予定のたてかたも分からなかったし、
分かる人がいなかった。


とりあえず、明日からは、
先ほどの大山駅で朝も挨拶することだけを決めて、
帰宅した。


「お疲れ様」

といってくれる父と母が待つ自宅へ。


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