“ピンポーン”

自分の部屋でくつろいでいたとき、
不意にインターホンが鳴った。

『警察です』
そのスピーカーから聞こえてくる声は、
もっと不意だった。

「何か事件が起きたのか?」

おそるおそるドアを開けてみると、
やはり、近くの派出所のお巡りさんだった。

お巡りさんは表札には何もないことを確認してから、
『どちらさまですか?』
と私に尋ねてきた。

そのときは、
その問いかけはこちらがするものだろ、
と、つっこむことができることにも気がつかず、
自分の名前を名乗った。

と同時に、
そのお巡りさんが
見慣れた、しかし何か懐かしい
黒い紐で綴じられた
分厚い紙の束をかかえていたのには気がついた。

お巡りさんが目を落とした
その一ページには、
28年前の私の家族構成が書かれていた。

私の名前を見つけたお巡りさんは、
ほっとした口調で、
『あっ、猪野隆さんですね。
 あと、どなたが住んでいますか?』

「両親は、もう亡くなっています。
 弟は、結婚して引っ越しました。」

『失礼しました。ご協力ありがとうございました。』

そのお巡りさんは丁寧にあいさつをしてくれた。


私の学生時代、
お巡りさんが時おり訪問してきては、
家族構成を確認し、
何か変わったことや困ったことがないか
尋ねてくれていた。

しかし、いつのころからか、
プライバシーが明らかになってしまうということで、
お巡りさんが訪ねてくることはなくなった。

28年ぶりの訪問だったのは、
名前の横に年齢が書かれていたので
分かった。

しかし、
なぜ、お宅訪問が再開されたのかは
分からない。

高齢者の熱中症による孤独死。
家族内のいざこざが原因の犯罪等々
そんなことが増えたからだろうか?


私が住んでいるのはUR賃貸住宅。
テレビのURのコマーシャルでは、
居住者どうしが明るく挨拶を交わす
そんなほほえましい映像が流れていた。

しかし、現実は厳しい。

ご近所さんも頻繁に引っ越すので、
顔も名前もよく分からない。

それでも、私はコミュニケーションを図り、
「こんにちは」
と、声をかけても、
顔はそむけられたままの
面倒くさそうな返事がかえってくるだけ。
だから、相手の顔を知ろうと思っても
分からない。

人相もプライバシーの一つなのだろうか。


それでも、
旧大蔵省(現財務省)や
東京地方裁判所の書記官室、そして
東京国税不服審判所などでは、
こちらが朝の挨拶をしても、
返事さえもらえなかったことが
何度もあったことを思えば、
まだマシなのかもしれない、

と自分に言い聞かせておいた。


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