両親の思い出 | 日記
2013.01.26(Sat):両親の思い出
退院直後の父の状態はというと、
当初はまったくの寝たきり状態。

病院でリハビリを受けたものの、
やはり自分一人になると
体を動かさなくなる。

しかし、私も弟も勤めている。

どこかの施設に入ってもらおうとも思ったが、
いろいろ問題があった。

まず、肝心の本人が嫌がった。
やはり、自宅がいいという。

また、ご存知の方も多いとは思うが、
施設が見つかったとしても都市部であれば
2~3年待ちといわれる。
あるいは、比較的すぐに入れるような所があったとしても、
数千万円もかかったりする。

そして、もっとも厄介だったのは、
医療と介護とは別であるという、至極、当然なこと。
介護を必要としている方が近くにいらっしゃる方には
分かっていただけると思う。

介護を必要としている方は、とにかく
いつ病気になってもおかしくないのである。
そして、問題なのは、
実際に病気になったときである。
寝たきりの方をどうやって病院に連れていくのか?

今日日、救急車を呼ぶのは気が引ける。
一万円近く払えば、専用のワゴン車で
寝たきりの方でも移動は可能だが、
救急の場合は利用できない。
タクシーかなんかで連れて行けたとしても、
病院の待合所でオムツを替えることなんか絶対無理!
赤ちゃんは小さいから、
専用の場所に連れていけばいい話なのだが…


そんな悩みを、当時の勤め先の関東信越国税局にいらした
医師の先生に打ち明けると、
病院に隣接し、かつ提携している介護施設を紹介してくださった。
しかも、比較的自宅から近い。

後日、その施設を訪問し、面接もしたが、
やはり、数年待ちと言われた。
そして、何よりも本人が嫌がった。

この頃になると、介護保険制度が実施されていたので、
利用することにした。
要介護度は、文句なしに最高重度の5。

ヘルパー派遣の会社の方と面接をして、
介護の内容や日程を相談し、契約。

ヘルパーの方々には、毎日、
朝6時、昼12時、夕方6時、そして夜中12時に
来ていただいた。
これだけ入っていただくと、
一社では、ヘルパーさんのやりくりができないということで、
複数の社と契約。

食事とかもそうだが、主な介護はオムツ交換。
しかも、ただのオムツ交換ではない。
下半身もしっかり拭いてくださる。
特に冬は手ぬぐいの温度調節が大変である。

さらに、赤ちゃんの場合と違うのは、
拭く面積が広いのみならず、一物が大きいこと。
もう見た目は風俗である。
一度、若い女性のヘルパーさんに来ていただいたが、
後日、自分が考えていたのとは違う、ということで
辞めるとの連絡が事務所にあったという。

もちろん、本人たちは、その気はまったくないので、
一物が大きくなることは決してない。

そんなわけだから、私には、正直できなかった。
早朝や深夜くらいは、
私自身がオムツ交換をできないということはなかったが、
父も嫌がったと思う。

お風呂は、別の機会に数日に一度の頻度で
専用の移動用の浴槽を持ってきてくださり、
体を洗っていただいたが、これも父は嫌がった。
オムツ交換とかもそうだが、
おそらくプライドが許さなかったんだと思う、


私はというと、買い物、洗濯、布団干し等々をしていた。
仕事から疲れて帰ると、後は風呂につかってくつろいだりして
そのまま寝たいというのが人情。
が、下手にコンビニとかがある時代、
買い物を頼まれたりするだけでも、正直、しんどい。

また、ヘルパーさんと常に仲良くできなかったらしい。
結構、些細なもめ事もあったようである。
そんな愚痴を、私は疲労困ぱいの状態で聞かされる。
これも、結構きつい。
ただ、父がストレスをさらにためこまないようにするためにも
必要なこと。


そして、何よりもきつかったのは、睡眠時間である。
自宅は元々公団住宅だったところなので、
父の部屋とはふすまで仕切られているだけである。
だから、ヘルパーさんが来られたときは、
自然と目が覚めてしまう。

つまり、就寝はヘルパーさんが帰られる夜中の1時以降、
そして、起床は自然と朝6時。
その間の夜中でも、
父が杖をついて数歩先のトイレに行こうとして倒れたときは、
抱きかかえるために起きることも。

中には、睡眠時間が4~5時間でも平気な方はいらっしゃるであろうが、
私は平気ではなかった。



さらに、こう申し上げては、大変失礼なのだが、
職場の理解が今ひとつなかったことも、つらかった。

小さなお子さんのいる職員への理解はみなさん非常にある。
帰宅後の子育てはさぞや大変だろう、
夜中は夜泣きをされるから睡眠もろくに取れないであろう等々
みなさんには子育ての経験があるので、
そこは理解でき、実際にことばもかけてあげることができる。

一方、働き盛りの世代で介護経験のある方は少ない。
だから、介護は大変だろうね、
ということばをかけられたことがほとんどないし、
おそらくそういう目で見られたこともなかったと思う。
それは、それで変に同情されなくて良かったのだが…

年に数回程度、早く帰宅しなくていいの、と
上司の方に声をかけていただいたくらいである。


介護の苦労は本当に理解されにくい。
かなり昔のことだが、
あるテレビ番組でこんな再現VTRを見たことがある。

近所の若い女の子が、親戚でもないのに、
体の不自由なおじいちゃんのために
手料理をもっていった。
そして、1~2時間程度おしゃべりをしたところで、
そのおじいちゃんに笑顔で挨拶して家を出る。
おじいちゃんも笑顔でこたえる。

しかし、実は、そのおじいちゃんには
同居の家族がいたのである。
家族のほうはというと、買ってきたお弁当を
これでも食べておいて、といって出かける。

この近所の女の子がすごくやさしくていい子である、
と評され、それはそれで異論はない。
その通りである。

かたや、この同居の家族はけしからんという体だった。
当時、その番組を見ていた私もそう思っていた。
ただ、そのときのゲストで女優の斉藤由貴さんが、
『でも、いっしょに暮らしているということだけでも
 大変なことなんですよね。』
といった旨のことをおっしゃっていた。

斉藤由貴さんが、自らの経験を踏まえていったことばなのか、
何気なくいったことばなのかは分からない。
そして、当時の私は、
  この人、なんてことを言うんだ、
と思ったくらいである。

しかし、今になって分かる。
その女の子は、とにかく1~2時間で
人の世話をするという環境・空間から抜け出せるのである。
同居の家族は逆である。
一時的に抜け出せるだけなのである。
むしろ、それが息抜きでさえある。

こういうことをおっしゃるヘルパーさんもいらした。
自分たちは、これで給料をもらってるからできる。
仕事だから介護ができると。
やっぱり、身内だと自分らもなかなかできないだろうと。

ヘルパーさんらのお給料が安いとはよくいわれているが、
本当にそう思う。
精神的にも肉体的にも
政治家なんかより重労働である。


こんな経験もある。

介護保険制度が厳格化され、
掃除や洗濯などの家事は家族が同居している場合は適用外、
そして、
家族が土日に勤めていない場合は、原則、週末の利用は不可、となった。

これ、介護で苦労したことがない者が考えたにちがいない。
なぜなら、保険制度の利用者は、
外の仕事で疲れたから、家でくつろぎたい、
家事で疲れたから、外出してリフレッシュしたい、
そういう思いで利用するからである。

財政が厳しい状況下、厳格化が必要なのは分かる。
しかし、この改正の仕方は、
人のことを機械かなんかとしかみなせない者の発想である。
これでは、ストレス発散の場が塞がれてしまう。
こんなことも理解できないのか…


一年前、職場でウトウトしてしまい、注意された。
のども乾いていないのにお茶を何杯もおかわりし、
尿意ももよおさないのに何度もトイレに行く、
そういう工夫をしていたにもかかわらずである。

仕事に身を入れず、眠いのを我慢することに傾注し続けるよりは、
数分でも目を閉じて頭をスッキリさせてから仕事にとりかかった方が
能率がぜんぜん違ってくるとの判断もあって。

悪いのは自分であり、注意されるのは当然である。
ただ、それでも若干、合点がいかない点もあった。

まず、父が亡くなって介護の必要がなくなったのに、
という点を強調されたことである。
人間、少なくとも私は、機械ではない。
起床時間、就寝時間を急に変えることはできなかった。
だから、父が亡くなって数か月後に異動した職場では、
居眠りをすることはなかった。

次に、注意をした方がヘビースモーカーだったということ。
この方は、私も含め非喫煙者が仕事をしている間に、
喫煙所でくつろぐことができる。
うらやましかった。


どうやら、形式を大切にする傾向がうかがえる。

税務大学校が新宿区にあった頃、
研修生のエレベーターの利用が禁止されていた。
教授ら先生方が利用されるためである。

私が研修生だったときのある夜、
研修課題を終わらせるために校舎に残っていたが、
帰る際、ついエレベーターを使用してしまった。
そして、一階に着いて降りると、
職員が待ちかまえていた。
こっぴどく叱られた。

が、注意されている内容を聞いていると、
この方、エレベーターの利用禁止の意味を
まったく理解されていないことが分かってくる。
禁止なものは禁止、
教授らが絶対利用するはずもない時間帯でも利用していけない、
というところの説明がまるでない。
つまり、説得力がなかったのである。

バスケットボールでも、3歩以上歩いてはいけないという
トラベリングを指導するにしても、
歩いちゃいけないものは、いけない、
と、指導するよりは、
オフサイドがない代わりに、トラベリングがある、
と、指導したほうが説得力がある。


すみません、
最後は、完全に話がそれてしまい、
言い訳とも愚痴ともつかないことを
こぼしてしまいました。



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