2015.06.10(Wed):外交・安保問題
安全保障関連法案について、
ほとんどの学識経験者らが違憲であるとの認識を示す中、
政府は“砂川事件最高裁判決”を合憲の根拠として挙げているが、
この判決は駐留米軍や日米安保条約の合憲性が争われたものであって、
集団的自衛権とは何ら関係のない判決であるともいわれている。

また、この判決は、日米安保条約改定を控えるなか、
一審で駐留米軍が違憲とされてしまったものだから、
あわてた米国が日本に対し、
高裁を飛ばす飛躍上告をして
1959年内には最高裁で合憲判決を出すよう、
圧力をかけたともされる。

その証左とされているのが米国務省の秘密文書である。
この秘密文書は2013年1月に開示されていたのだが、同年4月、
たまたま私もこのことについてブログで綴っていたので、
ここに二年以上ぶりに再掲させていただきます。


昨日8日のニュースで、
円安・株高や北朝鮮のニュースの陰に隠れ、
あんまり大きく取り上げられていなかったが、
次のニュースが非常に気になった。

それは、1957年夏、米軍の旧立川基地にデモ隊が侵入した砂川事件で、
駐留米軍を違憲とした一審判決後、
田中最高裁長官(当時)が上告審公判前に、
駐日アメリカ首席公使に会い

『判決はおそらく(1959年)12月』

『結審後の評議は、実質的な全員一致を生み出し、
 世論を揺さぶるもとになる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っている』

などと、公判日程や見通しを漏らしていたことが、
米国立公文書館に保管された秘密文書(情報源は、自民党・外務省)
でバレちゃったというニュース。

ここから、自民党と裁判所との間で
こんなやり取りがあったんだと推測できてしまう。

当時の自民党いわく
”駐留米軍が違憲だなんて、一審判決がでちゃったんだけど、
 日米安保条約の改定(1960年)も控えているし、
 こんな判決出されると困っちゃうんだよね。
 アメリカ様がお怒りだから、
 最高裁では違憲にしないって、
 アメリカ大使館に行ってちゃんと説明してきてくれる。”

当時の田中最高裁長官いわく
『じゃー、駐日アメリカ大使に説明してきます。』

”アメリカ様のほうが日本より格上だから、
 たとえ、あなたが最高裁判所の長官であっても、
 トップの駐日アメリカ大使は直接会ってくれないよ。
 それより格下の首席公使なら、話を聞いてくれるかも。”

とやりとりがあった後、冒頭のような、
田中最高裁長官による駐日アメリカ首席公使への説明がなされたのか否か、
定かではない。


その後、最高裁判所に戻った田中長官が、
他の最高裁の裁判官に対し

”っていうことだから、一審判決のように駐留米軍が違憲だなんて、
 みんな口が裂けても言わないように。”

とお願いしたかどうかも定かではない。

ただ、実際の最高裁大法廷判決は、全員一致で、
駐留米軍は、外国の軍隊である以上、
憲法9条2項で保持を禁止している『戦力』に当たらないので、
合憲、とした。


この問題となっている秘密書簡を
開示請求により入手した大学教授によると、
裁判長が裁判の情報を利害関係のある外国政府に伝えており、
評議の秘密を定めた裁判所法に違反する、としている。

ただ、私は、さらに、
①立法(自民党)と行政(外務省)が司法に介入したのではないか、そして
②最高裁長官が他の裁判官の独立を脅かしたのではないか、
と懸念されてしまうのも問題だと思う。

裁判官の独立を規定した憲法76条3項に違反するからである。

特に②は、冒頭の田中最高裁長官の下線部分の発言から、
強く疑われてしまう。

ここで思い出されるのが、120年以上前の大津事件。
それは、当時のロシア皇太子が、現在の大津市で
警衛中の巡査に斬りつけられ負傷した、という事件。

ロシアとの関係悪化を恐れた政府は、この巡査を死刑にするよう
当時の大審院長の児島惟謙に申し入れたが、
児島惟謙は、こうした政府による干渉を退け、
”司法権の独立”を守ったと評価されている。

しかし、一方で、
児島自身が、他の大審院の裁判官の独立に干渉したとして、
問題視もされている。


もちろん、田中裁判長が、他の裁判官に
駐留米軍を違憲としないように、と
働きかけたかどうかは不明である。

しかし、少なくとも、公開された文書からは、
そのように疑われても仕方がない発言をしたことは確か。

”李下に冠を正さず”
である。


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