東京江東区の朝には、
区から委託を受け、
放置自転車をチェックする方々、
ゴミを拾ってくれる方々、そして
タバコの吸い殻を拾ってくれる方々がいらっしゃいます。
それぞれ異なる色のベストを着用されているので、
一目で分かります。
先日、タバコの吸い殻を拾ってくださる方と
ちょこっとだけ会話をする機会がありました。

多くの地方自治体などと同様、江東区でも
全域で歩きタバコが、一定区域では立ち止まっての喫煙も、
禁止されています(もちろんポイ捨ても)。
お話したこの方によると、
違反して喫煙する人を見つけて注意すると、
たいていの大人はなかなかいうことを聞いてくれないが、
多くの若者は素直に喫煙を止めてくれるということでした。

『最近の若者は立派だよ。』

私も同感です。
もちろん、私が出会った限りのはなしで、
しかも全員当てはまるというわけではなく、
あくまで割合というか、印象というはなしです。

私は結婚をしたことがなく、よって子どももおらず、
以前の職場でも新人と接する機会はめったになかったので、
実は、今どきの若者の実態というのは分かりませんでした。
しかし、仕事を辞めて、
数十年ぶりに予備校や大学に通うようになってから、
多くの若者と接するようになって、
私自身も見習うべき点が多々あることに気がつかされました。

まず、今の若者はきちんと
挨拶やお礼のことばをいってくれます。
私が経験した数々の職場では、
挨拶をしても無視する大人が一定数いました。
自分が若いときに所属していた野球部や陸上部などでは
挨拶が徹底していただけに、これは衝撃でした。
また、仕事上のこととはいえ、
“ありがとう”と言われた記憶もあまりありません。

次に、今の若者はコミュニケーションを図るのが上手く、
適切な距離感というのも分かっているような気がします。
私がいた職場のほとんどでは、
お酒を飲まないというだけで
コミュニケーション力が欠如している
と思われがちでした。

そして、今の若者は私の感情を察しながら話をしてくれます。
一方で、私の感情おかまいなしに
自分の主張だけをしてくる大人が少なからずいました。

また、これに関連して、
今の若者は会話の行間を読むことができる、
と感じています。

例えば、私がAをしているという発言をすると、
私が接した大人の中には、
『どうしてBをしないんだ』と
多くの人が当然と思うようなことを
時には感情的になって言ってくる方もいました。
つまり、こうした方々は、
自身の理解や価値観の範囲で話をしてくるのです。

しかし、今の若者は
『通常ならBをするところ、Aをしているということは、
 きっと、自分とは何か違う考え方がある、あるいは、
 自分には理解できない何らかのわけがあるはず。』
と心中で思って会話をすすめてくれます。
言葉として明言されなくとも、話をしていて分かります。

思い返してみると、
私が25年間経験した職場の中で、
以上のような若者に近い職員が最も多かったのは、
奇しくもOECD(経済協力開発機構)、
つまり日本人以外の方々だったような気もします。

こうした話をすると誤解されがちなので、
繰り返し申し上げますと、もちろん、
私が出会った大人全員、そして若者全員に当てはまる
というわけではありません。
職場での付き合い方とそれ以外の付き合い方との違いや
年齢差という違いなどもあります。

そして、もちろん、
尊敬すべき立派な大人もたくさんいらっしゃいますし、
今の若者にも子どもの面が見受けられるのも確かです。
また、今の予備校や大学で、
授業中に先生に断りなく平然と教室を自由に出入りする姿は
私には驚きです。
先生のほうも昔よりは受け入れているように見えます。


いろいろ勝手なことを申し上げましたが、
私がお伝えしたかったのは、
“今どきの若者は…”と思う場面が、
私にはあまりなかったということです。


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