2017.01.01(Sun):両親の思い出

昨年の大みそか、
要は昨日のことなのだが、
団地に住んでいる私は、
出かけるため、
いつものようにエレベーターに乗った。

すると、
大きなマスクをしたご婦人がお一人
奥に立っていた。

『猪野さん!Kです。』

「あっ、ご無さたしてます。」

五年前に亡くなった父は、
十年以上、
寝たきりに近い状態だったのだが、
そのときにずっとお世話になっていた
ヘルパーさんだった。

この五年間、Kさんとは、
2、3回お会いしたことはあったのだが、
以前お会いしてから一年以上経っていた。

「大みそかもお仕事ですか?」

と自分で口にしたとたん、
心の中でハッと思ったことを
そのまま返された。

『こういうお仕事は、
 年末年始もないですからね。』

就業者数の約3割が
年末年始も働いている
との記事を見たおぼえがある。

警察や消防、報道関係、
交通機関や観光施設、サービス業が
すぐに思い浮かぶのだが、
介護といった福祉、医療関係も、
たしかに年末年始は関係ない。

特にお一人で暮らしている方々を
お世話をしなければならない場合や
介護、医療施設の現場などは。

一年、一月、一日、
ここまでは、
原始人はおろか他の動植物も
なんとなくは
体感しているはずである。

地球の公転と自転、月の公転が
生み出すものだからである。

しかし、時間、分、秒は
人間が造り出したものである。
そして、一年の区切りも。

年が明け、新年を迎える特別な感慨、
それは、他の動植物では
けっして味わうことのできない
人間の特権。

大みそかの昨日、
人間の作ったエレベーターの中で
ふと、そんなことを思った。

yjimage[2]
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