2017.05.05(Fri):復興・原発問題
先日、福島県のいわき市で
原発事故による避難者への支援について、
市民の方や県庁の方々から
お話しをうかがった翌日、
居住制限を指定解除されたばかりの富岡町と
未だ解除されていない大熊町を訪問しました。

居住制限を解除されたとはいえ、
放射線量が十分に下がっていないといわれ、
放射性廃棄物が目前で山積みになっている
ことなどから
帰還をためらっていらっしゃる避難者の方が
ほとんどのようでして、
いまだ町に生活感が戻っているようには
見受けられませんでした。

ただ、この四月に再開したばかりの
小学校の校庭では
体育の時間だったらしく、
数名の児童が元気に駆け回っていました。
私たちを案内してくださった
現地の“語り部”さんによると、
数学年まとめての授業とのことです。

耐久期限が切れそうなシートに覆われた
放射性廃棄物が山積みになっている場所も
何か所か寄りました。

入口にある看板によると
保管期限がこの前の三月末になっていたので、
“語り部”さんに
「保管期限切れているみたいですけど…」
とうかがうと
『あ、また延長でしょう。』
と当然のことのようにおっしゃっていました。

また、この“語り部”さんによると、
六年前の震災直後、役所からは、
原発の放射能漏れの可能性があるので、
西の川内村に避難するよう
指示があったそうです。

しかし、それ以上の情報は提供されず、
例えば、一号機建屋の爆発があった日、
前日からの指示に従い
川内村などに避難するため
素の姿のままで車を運転する町民らが
防護服を着ながら誘導する警察官らの姿に
驚いた、といったこともあったそうです。

大熊町の山のふもとの地域にいたっては、
当初の避難指示さえ届いておらず、
周囲の町民らの大移動の様子に驚き、
自分たちで計画をたてて避難したそうです。

また、避難所に落ち着いた後も、
全国から多くの支援物資が届きながら、
全員分にゆきわたる量に達しない限り、
支援物資が避難者に支給されることはなく
せっかくの救援物資がむだになった
ということもあったそうです。

これは、役所のほうで
全員分に達しない場合の配布基準について
マニュアルがなかったからだそうです。
(同様のお話は熊本でもうかがいました)

その後、仮設住宅ができると、
そこに住めた方と
自分で民間アパートを探して
住まざるを得なかった方との間で
ちょっとした対立もあったそうです。

例えば、金銭面については
民間アパートでも補助はあったので
大きな問題はなかったそうなのですが、
家電製品など支援物資のほうについては、
仮設住宅の方にしか
支給されなかったそうでして、よって
仮設に入れなかった方たちからは
『自分らは自費で買いそろえたのに…』
といった不満がでたそうです。

また、芸能人やスポーツ選手らの慰問でも
仮設住宅のほうにはあっても
アパートに移った方には
その機会さえ知らされず、後日、
有名人に会えていい思い出になったと
仮設住宅の方の話を聞いて、
嫉妬や不公平感が噴出した
ということもあったそうです。

さて、最後に、
食物など様々な物から人の体まで
放射線を測定する施設を訪問しました。

そこで、私は、
今回の訪問で一番衝撃的というか、
原発事故の問題の本質をついた
職員の方の一言をきくことになりました。

そのお話しは、後日。

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