前回、
私が今学生として通っている東大で
日本史に関する講義をとっている旨
申し上げました。

なぜ、この講義をとったのかと申しますと
二十年以上前に購入した文庫本を
ふと、引っ張り出して読み返したとき、
東大資料編纂所についての記載に
目がとまったからです。

よく、歴史の教科書に書かれていることは
事実とは限らないといわれることがあります。
特に、昔の物語などは
勝者によって書き換えられていることが多い
からだともいわれています。

しかし、そんな中でも、
日記や手紙に書かれていることは、
うわさ話も混在しているとはいえ、
比較的信憑性が高いとされています。

そこで、東大資料編纂所では
こうした手紙(古文書)を中心に
他の資料と照らしあわせながら解読し、
真偽を確認していく作業をしているのです。

まさに、
信ぴょう性の高い原文を解読することで
真の歴史を探求しているのです。

ですから、学生にも、
教科書や書籍の記載を
参考にはしてもうのみにはせず、
古文書などに直接当たることで
真の歴史を自主的に確立していく
そんな姿勢が求められています。

例えば、ある教授によると、
かの有名な『太閤検地』も、
学部学生の論文によって
明らかになったそうです。

しかし、現実的には
入学したばかりの十代の学生に
いきなり古文書を解読しろ
というのは無理な話です。

そこで、私がとった講義では、
すでに解読され冊子となって
きれいに印刷された古文書について
教授の解説も交えながら
自分たちで解読していくのです。

ですから、中には
本気で研究者を目指して学生もいるので、
私は、念のため
教養を身に着ける目的で講義を受けたい旨
教授に伝えたところ、
この教授も大学外のカルチャーセンターで
私のような年代の大人向けに
教えていらっしゃるということで
受講を快諾していただきました。

さて、教科書などではなく、
古文書といった原資料を読み解くことで
真の歴史を追究していくという姿勢は、
東大入試(日本史)でも求められています。

すなわち、東大の入試(日本史)では
些末な知識や用語が問われることはなく、
見やすく加工された資料を提示され、
そこから何を読み解くことができるかが
問われているのです。

ですから、そうした力さえあれば、
細かな知識はなくとも、
合格点に達することができますし、
逆に、思考停止に陥って
覚えた知識をそのまま吐き出しても
高得点は狙えないように問題ができています。

私も、実際に受験した際、
一番勉強時間が少なく
模試でも偏差値40台(平均以下)
をたたき出した日本史で、
他の科目と比べ最も高い得点率を
得ることができました。

こうした歴史に限らず、私たちは
常識や通説とされていることや
自分が与する組織・集団のいうことを
無意識に受け入れ、
思考停止に陥ることがよくあります。

しかし、今一度立ち止まって
常識や通説といわれていることや
自分が属する組織・集団の主張について
自分自身で思考をめぐらすことも
必要なのかもしれません。

ただ、独りよがりに
徒に“思考”しても意味がありません。
様々な考えや知識を修得した上で、
当然に正しいと思いこんでいることにつき、
必ずしも否定するのではなく、
改めて考察してみる必要もあることを
東京大学は入試や講義を通じて
学生に伝えようとしているようです。

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