2017.12.13(Wed):両親の思い出

先日、大谷翔平選手の
エンゼルス入団会見があったが、
彼のあるコメントには驚かされた。

それは、
彼と交渉した他球団を気づかうもの。

すなわち、
彼に入団してもらうべく費やした
費用や時間、労力を無にしてしまった
それに対して申し訳ないという気持ち。

心の中で思ったことのある選手は
今までにもいたであろう。
しかし、
その気持ちを公の場で
きちんと言葉として表したのは
彼が初めてではないか。

もちろん、
他球団がかけた労力は仕事の一環である。
しかし、
感謝というか、気遣いの一言。
これで相手も救われた気持ちになる。

かつて、私は仕事上、
上司から労いの言葉をもらった覚えは、
国際機関(OECD)以外ではほとんどない。

もちろん、
仕事として当然のことだから
わざわざ労いの言葉をかける必要もない
という考え方もあろう。

しかし、
労いの一言があるだけでも、
この上司に仕えて仕事してよかった、
今度も頑張ろう、
という気持ちになれる。

この点、国際機関の管理者は、
そうした教育を受けているのか、
よく心得ているようだった。

そして、さらに
以上のことは家族の間でもいえる
のではなかろうか。

親や配偶者への感謝の気持ち。
親が子育てをする上で当然のことでも、
配偶者として当然の行いでも、
一言でいい、
感謝の気持ちを表すことができれば、
きっと、
昨今の家族間の悲しい出来事も
減るのではなかろうか。

と偉そうに語った自分も
両親が存命のうちに
きちんと感謝の気持ちを伝えたかというと
誕生日プレゼントで表したことはあっても
気恥ずかしさで
言葉で表したことはない。

現在は、毎晩、
感謝の念をもって
仏壇の前で手を合わせてはいるが、
親孝行、したいときには親はいず。

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