おもろい話やで | 日記
今回は、ポーランドを訪れたときのお話しをさせていただきたい。

ポーランドと一口にいっても、首都ワルシャワ、
アウシュヴィッツ強制収容所から比較的近いカトヴィツェ、
そして、あと町名を忘れてしまったが、
日本人は絶対来たことがないであろうと思われる山奥の田舎町も訪れた。

そこは、ワルシャワから車で数時間もかけて行った所だが、
こんなところで、国際課税の話をしてどうするの?
と思ってしまうような所であった。

今でこそ中華料理屋というと世界中のどこにでもありそうだが、
当時、そこの町にはなかった。
だから、現地の職員の方々は漢字を初めて見たのだろうか?
非常に珍しがられていた。

私は、自己紹介のとき、つかみとして、
自分の名前を漢字で説明することにしていた。

すなわち、漢字一文字一文字に意味があって、
私の場合、”INO”というのは、”猪野”と書くのだが、
”猪”はイノシシとい意味であり、
”野”は野原という意味であり、
したがって、私の祖先は、
野原でイノシシを追っかけていたにちがいない、と。

すると、休憩時間になると、聴講されていたみなさんが
メモ用紙をもって私のところにやってくる。
漢字で名前を書いてくれと。
ちょっとした芸能人気取りだった。

中には、聴講された方ご自身の名前を漢字で書いてくれと
お願いされることもあったが、
”夜露死苦”とか、書くわけにもいかなかったので、
他の日本語で、と説明した上で、カタカナで書かせてもらった。
それでも、非常に喜んでくださった。


私は、当時、ヨーロッパ中のマラソン大会に出場していたので、
こうした出張時にも、朝のジョギングは欠かさなかった。
ジョギング中、現地の方々にも、アジア人が珍しいためか、
よく、声をかけていただいた。

他の国では、中国人と間違われることが多いのだが、
ここポーランドでは、まずベトナム人と勘違いされた。
これは、旧東ドイツに出稼ぎに来たものの、
同国の入管行政の厳格化にともない、
ポーランドに入国したベトナム人などが
たくさんいたことと関係があるのかもしれない、
ということは、1/5付と2/2付のブログでも述べさせていただいた。

ワルシャワで現地の若者に囲まれたヤバい話も、
これらのブログをご覧いただきたい。


ポーランドの人は、日本のことをどれだけご存知なのだろうかと思い、
お会いした現地の職員の方々に、
知っている日本の都市をあげていただくようにしていた。

一番ご存知だったのは、もちろん首都東京。
二番目は、大阪ではなく、広島、そして三番目が長崎。
四番目にようやく大阪か、と思いきや、札幌である。
なぜなら、昔(1972年)、冬季オリンピックがあったからである。

70メートル級ジャンプで、
笠谷選手ら日本人がワン、ツー、スリーフィニッシュは、有名。
ただ、ポーランドの方たちにとって印象が残っているのは、そこではない。

90メートル級ジャンプの金メダリストを覚えてますか?
そう、そのメダリストこそ、ポーランドの若者だったからである。

たしかに、我々も冬季オリンピックの開催地は覚えていることが多い。
ちなみに、当時は、長野オリンピックはまだ開催されていなかった。

結局、大阪は何番目だったか?
残念ながら、ご存知の方はほとんどいらっしゃらなかった。


夜が大変だった。
まず、踊りというか、社交ダンスである。
日本では、社交ダンスは非日常的であるが、
こちらというか、西洋社会では当たり前なのか、
税務職員だというのに、みなさんダンスがうまい。
いっしょに来ていた他のOECD職員まで…

要は、踊れないのは私だけであった。
ふくよかなご婦人が、
私が教えてあげる、とばかりにいっしょに踊ってくださる。

本当は、通訳の綺麗なお姉さんと踊りたかった…

なお、この後、ある男性が、このお姉さんの部屋に入っていくのを
私は目撃することになる。

さらに、なお、アンケートで私の英語にダメ出しをしたのは、
このお姉さんではなく、別のところの通訳さんである。
(詳細は、1/16付のブログ ”結果がすべて”を参照されたい。)


別の夜であるが、
みなさんとチェスをする。
私は、ルールを知らないので、
教わりながらチェスをしていたのだが、
ウオッカもすすめられ、飲む。
歓迎の気持ちが、言葉が通じなくとも十二分に伝わってきたので、
断りきれずに飲む。
飲めない私は、もちろん、チェスをしながら倒れる。

男女一組の職員が介抱してくださり、
ソファーの上に乗っけてもらったのは覚えている。
そして、私が倒れている目の前で、
この二人は、なななんと、熱い熱いキスをかわし始める。

  こ、こいつら、こんなところで、何てことしてやがる!

と思いつつも気を失う。

ポーランドの夜は何とも不らちだ。

気がついたときは、ベッドの上。
まさに、アニメ ”ヱヴァンゲリオン”第弐話
”見知らぬ、天井”
時期的にも、本当にこれが放映された頃だった。


でも、みなさん、ポーランドの方たちを誤解しないでくださいね。
あくまで、私の個人的な体験をつづっただけですから。



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