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私は今、東京大学の二年生として
駒場キャンパスに通っていますが、
ここでは、平日の昼休みに、
主にアジアからの留学生らと
英会話を楽しむ機会があります。

私が三十年前に通っていた
巷の英会話学校の生徒と比べると
どちらが大人なのか分からない
と感じることがあります。

どういうことかと申しますと、
今いっしょに英会話をしている
学生は他の学生が話す機会にも
気を配る余裕があり、
話題を提供することも忘れません。
一方、
昔通っていた英会話学校では、
有料ということも手伝って、
他の生徒のことはおかまいなく
できるだけ自分が
英語を話す時間をのばそうとする
大人も少なくありませんでした。

ただ、今もおつきあいがある
英会話学校時代の仲間に
そういう大人はいません。
というか、だからこそ
三十年経った今も
おつきあいをさせてもらっています。

さて、グローバル化の現在、
むしろあつかましいくらいでないと
世界では生き残っていけない
といわれることがあります。
他人に譲っていてはダメだと。

私がOECDという
国際機関に勤務していたとき、
当時、市場経済に移行しつつあった
東欧諸国で西側諸国の税務体系を
紹介するという仕事をしていました。

いつも、3~4人の職員で
各々担当と時間を決めて話すのですが
私はよく、
自分の割り当てられた時間になって
10~20分経っても、
私の番の前で話をしていた職員に
そのまま続けられたことがありました。

休憩時間になって、
その職員に苦情をいうのですが、
逆に切れられ、
『お前の“青色申告”の話なんか
 意味ないからやめろ』
といわれる始末です。
(なお、テーマに沿っている限り
 何を話しても自由だったので、
 この日本特有の制度を広めたい
 という想いがありました。)

しかし、
決められたことを守らず、
他人に迷惑をかけることは
“道”にはずれること
ではないでしょうか。

たしかに、
他人を思いやり、
決められたことは守る、
これでは“グローバル”化社会を
生き抜いていけないかもしれません。

しかし、今の学生には、
“道”をこれからの新たな
“グローバル”基準にしてほしい。

そんな思いで
英会話に参加しています。

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