おもろい話やで | 日記
谷垣大臣が、当時の大蔵省の政務次官だったころ、
ノーパンしゃぶしゃぶなど大蔵パッシングがなければ、
晴れて税務署長になれたはずの年、
私は、国税庁の酒税課というところで、課長補佐を勤めていた。

酒が一滴も飲めないのにである。
まー、飲めないほうが中立的な行政ができるというものである。

それはさておき、具体的に何をしていたかというと、
主に、取締功労賞という年に一度の式典の準備だった。
ちなみに、今はやってないようである。

何それ?

その式典というのは、
国税職員が脱税犯を取り締まる際などに
警察にご協力いただくことがあり、
そのご協力くださった警察署や警察官を
感謝の意を込めて表彰する、というものである。

なんで、酒税課?

それは、戦後、脱税といえば酒の密造によるものが
ほとんどだったので、その名残りである。

密造のケースがほとんどなくなっても、
その式典は酒税課の所管のままだったので、
霞が関にある国税庁の酒税課職員のみならず、
全国の主要都市にある各国税局の酒税課職員も含め、
いまだに酒税課が式典の準備をするのに不満を抱いていた。

と、いうのも、全国の各国税局でも、
中央官庁の国税庁が行っていたのと同じような式典を
それぞれで行っていたからである。

そこで、私は、当時の国税庁次長(長官の次に偉い方)に泣きついて、
式典の所管を酒税課から移すようにお願いしたら、
なんと、総務課に移った。

各国税局の酒税課職員のみなさんは非常に喜んでくれてはいたのだが、
ちょっとさみしかったのは、
誰ひとりからも、お礼を言われなかったこと。

おそらく、酒税課がそうした式典を実施しないのが当然、
という思いが先行していて、
所管が移った経緯を知ろうとしなかったからだと思う。

しかし、役所で所管を移すというのは、大変なことで、
非常に苦労したのだが、誰からも感謝はされなかった。
もちろん、感謝されることを目当てに
他の課に移管することに努めたわけではなかったのだが…

特に、同じ国税庁の酒税課職員の方からも、
後日、職員を一人減らされてしまったので、
感謝というよりも、恨みをかってしまったような気がする。


ところで、谷垣大臣との思い出はどうしたの?

すみません、また後日にさせて下さい。


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