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実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
平成24年11月29日(木) -公示日まであと5日-


『いよいよ来月2日は公示日前最後の日曜日、
 各候補者は演説の場所と時間を私に連絡すること。』

各候補者の事情をまったく無視した、
精神的に追い込むだけのメール

目覚め一発目のメールが、
この ”責任者”からのメールだった。

そういえば、党本部からも ”責任者”からも、
まず、供託金の関係で法務局に行くように、といわれていた。

供託金の300万円は、昨日、党が指定した口座に振り込んでいた。
だから、別途、手続きのためだけに
法務局に行く必要があるのかとばかり思っていた。

ただ、不安もあったので、さきほどのメールをあえて無視し、
”責任者”に法務局に行かなければならない理由をきいた。

不安は的中した。

昨日、払い込んだ供託金は、党の比例分であって、
個人の小選挙区分の供託金は別途300万円かかるということであった。

選挙に出ようと思った以上、
その程度は自分で調べておくべきだった。

ただ、党にも ”責任者”にも、
各候補者の置かれた状況を無視してけしかけるだけでなく、
供託金には二種類あって、合計で600万円必要であることを
きちんと説明しておいてほしかった…

しかも、その別途の供託金は明日までに
法務局にもっていかなければならない。

金融機関にあちこち電話しまくった。

中小企業の経営者とは、こういうものか。

なんとか、明日までに300万円を用意することができそうだ。


落ち着いたところで、もう一つ軽い難題。

私の戸籍は愛媛県宇和島であった。
そこで、昨日、これまた役場に無理をいい、
速達で謄本を東京の自宅のほうに本日の午前中にでも届くように
郵送してください、と電話でお願いしていた。
本来は、電話では受け付けてくださらないらしいが、
事情が特殊であることを説明申し上げ、ようやく納得していただいた。

が、これまで大阪で暮らしていたものだから、
東京の自宅に送られてきた郵便は、すべて
大阪のほうに自動的に転送されてしまう。

郵便局にかけこみ、
転送を至急止めていただくようお願いした。

が、

『手続きまで、3~4日かかりますね。』

といわれてしまった。

戸籍謄本も、今すぐにでも党の東京本部にもっていく必要があった。

ここも、郵便局に事情が特殊であることを説明申し上げ、無理をお願いした。

  もう何回目の無理なお願いになるんだろう。

郵便局から自宅に戻る途中、
神社前でふと思った。

  ポスターとかもそうだけど、選挙カーはどうするんだ?

そこで、何人もの元代議士とお友達で
もっとも頼りになる元上司で退職された ”Sさん”のお顔が浮かんだ。

  神のおかげか、

ただ、この期に及んでも
運転手やウグイス嬢のことまで気がまわらなかった。

それだけ、いろんなことで頭の中がパンパンだった。

いや、おそらく思い浮かんでいた。
しかし、それよりも先にやらなければならないことが
たくさんありすぎて、
故意に頭の中から排除したのかもしれない。

  さすがは、頼りになる ”Sさん”

この近くの印刷業者、そして選挙カーのレンタル方法まで教えてくださった。
ただ、”Sさん”ご自身は東北で暮らされていることもあり、また、
選挙運動期間中は、のっぴきならない御用もあるということで、
ご自身が東京まで行くことは無理である旨もおっしゃっていた。

自宅に戻って、早速、教えていただいた印刷業者に連絡。
社長さんと翌日お会いする約束をした。
この社長さんも
非常に親身になって相談にのっていただけそうな方だった。

しかし、戸籍謄本がまだ届かない。
宇和島の役場に、昨日、速達で送ってくださったか、確認。
本日の昼過ぎには届くはずだとのご回答。
発出する際、わざわざ郵便局に確認してくださったらしい。


さて、事務所そのものは、翌日、板橋区の不動産屋に飛び込むとして、
事務所の看板や備品、そして選挙カーのレンタルも頼まなければならない。

  レンタル先を探すためにはパソコン。

あわてて昨晩購入したばかりのパソコンを箱から出す。
説明書を読んでいる暇はない。
ヘルプサービスに電話して、何とか立ち上げる。

この間にも、昨日までお世話になった職場から携帯が入る。
共済組合員証と記章を書留めで至急郵送してくださいとの依頼。


パソコンのメルアドもようやくゲット。

が、肝心の選挙カーのレンタルは、今さら無理だった。

公示日まであと5日。

選挙カーをレンタルできたとしても
今からでは16日の投票日当日の数日前ということだった。


ようやく玄関のチャイムが鳴った。
愛媛県の宇和島からやって来た戸籍謄本だった。

さっそく、赤坂にある党の東京本部へ急いで届けに行く。
そこの看板がまだ ”太陽の党”となっていたのが
慌ただしさを物語る。

このとき、自分の苦労話や不安な気持ちを、
対応してくださった職員の方に、ぶつけた。
そうでもさせていただかないと、つぶれそうだった。
本当にありがたかった。

すでに日が暮れていた。

それから、何十年も前、私が中高校生のときに
お世話になった方々のお宅訪問がはじまった。

  とにかく、選挙活動に協力してくださる方を見つけなきゃ…

親身になってお話をきいてくださった方、
もしくは、
もう私のことを忘れ、門前払いにした方、

いろいろあって、数時間歩き回った結果、
中学時代に所属していた「大島クラブ」という
野球チームの元コーチに
ハガキを書いていただくことだけお願いできた。


立候補するためにしなければならないことが
頭の中で、優先順位をつけて並んでいたため、
もはや、不安で押しつぶされそうになる余裕はなかった。

夕方、私の愚痴をきいてくださった東京本部の職員の方のおかげもあって。



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