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新聞の読み方 | 日記
2013.01.09(Wed):介護・福祉問題
自民、公明両党が、特例で1割に据え置かれている
70~74歳の医療費の病院窓口での負担を
本則の2割に引き上げる時期について、
2013年4月からの実施の見送りを決めた、

というニュースについて、
1月9日付のある新聞の社説が
以下のようなことをいっていた。


  この見送りは、若者より投票率の高い高齢者にかかわる改革は
  今夏の参院選後に先延ばしし、
  選挙への影響を抑えるのが狙いとみられる。
  しかし、将来世代への負担を減らすためにも、
  2006年に成立した法律どおりに
  全対象者の負担を一斉に2割にすべきだ。

といいつつ、社説の後半では

  窓口負担は年齢で区別するのでなく、生活が苦しい人は軽減し、
  余裕のある人には応分の負担を求める方向で改革を進めてはどうか。

ともいっている。

一瞬、矛盾していると思った。

しかし、こう解釈した。

  この論者にとっては、
  70代は、生活が苦しかろうが、
  負担割合は全員一律2割にすべきである
  ということが大前提。

そして、こう推測した。

  この論者、年金生活者の実態を知らない。

私も、亡くなった父の介護をし、かつ
自身が無職になって、年金生活者のご苦労が
なんなく分かったような気がした。

  収入が少ないから、出費は極力抑えたい。
  それなのに、介護費用や医療費などでお金がかかる。

介護費用や医療費などがかかることは、
父が存命中に実感した。

そして、
収入が少ないから、出費は極力抑えたいということは、
無職になって実感した。

選挙運動中、何人かの有権者から
悲痛ともいうべきお願いをされた。

”介護を受けているのに、
 なんで介護保険料を払わなければならないんだ!
 なんとかしてくれ!”

自身が無職であることを実感できなかったこのときは、

  介護保険料を払って、介護を受けるなんて
  当然じゃないか。

そう、思った。

しかし、無職になったことを実感した現在、
よく分かる。

私のばあい、健康で介護も受けていないが、
健康保険や年金の掛金にかかる出費は
無職の身にとってつらい。
これに介護費用や医療費がかかったら
確かにたまったものではない。


人は自分の体験にもとづいて語る。

当然のようだが、実は、これほど大切でかつ危険なことはない。

例えば、

私は、お酒が飲めない。

と、いうと、たいていの人は、
飲みが足りないからだ、という。

それは、たいていの人が飲酒を重ねてお酒に強くなったからである。

しかし、私も学生時代は運動部に所属していたので、
はじめのころは飲酒を ”すすめられていた”が、
何度吐いてもいっこうに強くならない。

アルコール分解酵素がないからである。
この酵素は、約2万年前の中国大陸で突然変異でできたらしい。
したがって、生まれつきお酒の飲めない人はアジアに多く、
欧米人は少ない。

だから、この酵素の存在を知らない人は、
飲酒を重ねれば、お酒に強くなる、
と判断しがちなのである。

私がOECD(経済協力開発機構)という国際機関に勤めていたとき、
周りの職員は欧米人ばかりだったので、
生まれつきお酒が飲めないという概念がない。
だから、お酒が飲めないというと、
宗教上の理由?
と、よくきかれた。

そこで、私も、アルコール分解酵素うんぬん
というのを英語でいうのが面倒くさかったので、
つい、

  仏教徒だから

とごまかしていた。

最近のお坊さんは、飲酒される方もいらっしゃるようだが…


ところで、
お酒を飲めない人が飲酒を強要されるということはどういうことか?

みなさん、自分の苦手な食べ物や飲み物は何ですか?
そう、まさに、その食べ物や飲み物を無理やり
食べさせられたり、飲まされたりするようなものなのである。

そして、食べられないのは、食べる量が少ないからだ、
といわれたら、どう思われるだろうか?

また、お酒の飲めない人にとってつらいのがお会計。
他人が飲んだ分まで支払う。
よく、結婚式の二次会で女性のほうが
会費が安いということがある。
本当は、お酒の飲めない人のほうを安くしてほしい。

OECDに勤めていたとき、よく出張先で、
他の職員とバーなどに行く機会があった。
そこでは、彼女ら、彼らは、
私にお酒をすすめるようなことは決してせず、
お会計もきちんと自分が飲食した分だけを払っていた。

しかし、ウーロン茶がなかったので、
コーラばかり飲んでいるのも、別の意味できつかった…

それにしても、欧米人は、本当にアルコールに強い。

OECD内の食堂内では昼間からワインが飲める。
昼ごはんを食べながらワインを飲んでも、
午後からふつに仕事ができてしまう。

街中でも、まっ昼からワインをたしなみ、
夜も、酔っぱらっている人やゲロをしている人は
ほとんど見かけたことがない。


日本では、お酒がコミュニケーションを円滑にする。
酔った勢いで舌はなめらかになり、本音も話せる。

他方、私がOECDで勤めていたときの狭い ”体験”から察するに、
ヨーロッパでは職員どうしのコミュニケーションの中心は昼ごはんである。
だから、食べるのが異常におそい。
昼休みは、食べるより、話すためにある。
しかも内容は、キリスト教関連の話や、徴兵制があるので拳銃の話とか
日本人の私にとってついていけないものも含め、多様。

日本のように、お昼ご飯を黙々とかきこむだけだと
コミュニケーション能力に欠けているとみなされてしまう。

勤務後は、職員どうしで飲みに行くということがない。
ただ、夏休み前とクリスマスの年二回ほどは
職員どうしの ”飲み会”はある。
ただ、彼女ら、彼らはアルコールに強いので、
酔った勢いでコミュニケーションをとっているようにはみえない。

本音は、昼休みだろが、勤務中だろうが、ガンガンくる。


日本とヨーロッパ(これも、かなりざっくりとした括りだが)
どちらが正しいというわけではない。
ただ、お酒を飲めない私にとっては、
後者でのコミュニケーションのとり方のほうが
ありがたい。

私は、時おり、酒の席になるとおとなしくなるね、
と指摘されることがある。
ただ、みなさんも、嫌いなものがコミュニケーションの
手段だったら、つらいですよね。


さて、お話がお酒にそれてしまったので、
体験が重要でかつ危険であるという話にもどらさせていただきたい。

私の父は、母が亡くなって十年以上経って、亡くなった。
母が亡くなったころは寝たきり状態であったが、
ヘルパーさんなどのおかげで、
かなりヨロヨロではあるが、杖をついて歩けるようになり、
そして、また動けなくなった。

この十年の間で、父が一番元気だった頃の話である。
その頃は、70歳以上は都営交通が無料だったので、
父が地下鉄に乗るといった。
そして、私は父に付き添い、いっしょに階段を
ゆっくり、ゆっくり下りていた。
そのとき、あるご婦人が、

『むこうのほうに、エレベーターがありますよ。』

と、親切に教えてくださった。
ただ、エレベーターのあるところまでが、
あまりにも遠かったので、
そこまで行くよりは、階段を下りてしまったほうが
楽だったのである。

バリアフリー、バリアフリーといわれているが、
駅のエレベーターは改札口前にないと、
あまり意味がない。
工事の関係で、設置場所に制限があるのはたしかだが、
こうしたことは、体の不自由な方が身近にいないと
なかなか分からないことではないのだろうか。


大阪市では、高齢者より子どもの教育に力を入れている。
したがって、高齢者にとっては、
病院に通う交通が不便になるなど影響が出はじめている。
ここから推測できることは、
橋下市長は子どもの教育でご苦労はされているものの、
おそらく高齢者介護の経験はないのであろう、
ということである。


高齢者は真冬でもサンダルをはく
という一見不思議な光景も、
高齢者が身近にいたことがあれば分かる。
高齢者にとっては、腰をかがめるのがつらいので、
靴をはくのも難儀なこととなる、
ということは、正月のブログでも紹介した。


TVのニュース番組で、
保育園児の声が騒音になっているという
問題を取り上げていたとき、キャスターは、
子どもが大声を出すのは本能的なところがあるので、
寛容であってほしいですね、
と、まさに他人ごととして、のんきにしめくくっていた。
正論だが、自ら現場にいき、
その騒音なるものを体験していたならば、
もっと厚みのあるコメントができたはずである。


在沖縄米軍駐留基地の問題が、
あれだけ長年、沖縄の方々が基地反対の声を上げているのに、
いっこうに解決しないのは、
私も含め沖縄以外のほとんどの住民が、
このキャスターと同じだからかもしれない。

国会から遠いという問題はあるが、
総理大臣、防衛相、外相、そして防衛省や外務省の役人が
沖縄に居住すれば、問題は解決するのかもしれない。


原発問題にも同様のことがいえそうである。


いろいろ述べさせていただいたが、
体験をしないと分からないという経験の重要さ、
そして、自らの体験だけで判断することの危うさ
この両方を理解してくださると幸いである。


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