FC2ブログ
実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
平成24年12月3日(月) -公示日前日-


朝一番は、選挙公報の原稿やチラシの内容などについて
印刷業者の社長さんと打ち合わせ。

この打ち合わせの間にも、四日前に私の愚痴をきいてくださった
党の東京本部の職員の方が心配して連絡をくださった。

ポスター貼りの要員で困っている旨告げると、
業者にお願いする方法もある旨おっしゃってくださった。

  もう、それはお願いしました。
  それでも、無理だったので困っているんです。

とは、さすがに言えなかった。


思いのほか、打ち合わせに時間がかかった。

この後すぐ、板橋の不動産業者と
事務所賃貸の正式な契約を交わす約束もあった。

電車で行っては間にあわない。

再び、無職のくせにタクシーに飛び乗った。
痛い出費。

それでも、10分ほど遅れた。

事務所の賃貸契約は、初めて。

賃料、敷金・礼金はもちろん、保証、保険等々の説明、契約書の読み上げ、
契約終了後の話、電気・ガス・水道の契約、ゴミの出し方まで
いろいろあり、ここでも思いのほか時間がかかった。

私がそわそわしていたころ、携帯がなった。
”府議の先生”からだった。

『まだ、不動産屋?
 もう、到着したから、早く来て。』

近くの商店街で待ち合わせの約束をしていた。
わざわざ、”甲先生”からお借りした
選挙カーとなる車に乗ってきてくださっていた。

ようやく正式な契約が終わり、あわてて飛び出る。

「今、商店街ですが、どこにおられますか?」

『ローソンの前、早く。』

それしか告げたくないという機嫌であることが伝わってきた。

この商店街、結構長い。
とりあえず、視界にローソンがない。
三日前に板橋に足を踏み入れたばかりの私にとっては、
まるで、場所が分からない。

  もう、賭けだ!

とりあえず、右のほうに走った。
携帯片手に ”府議の先生”に実況生中継のように、
視界に入ってくる両サイドのお店の名前を告げながら…

自分の居場所を伝えるため、そして、免罪符のための情報ではあったが、
私と同様この商店街に不案内な ”府議の先生”にとっては、
どうでもいい情報であった。

しばらくすると、屋根にメガホンのついた車が見えてきた。

  賭けが当たった。

『なんで、契約するだけでそんなに時間がかかるの?』

  この方、選挙のプロみたいなこといってたけど、
  もしかして、事務所の契約は人まかせ?

「すみません。」

わざわざ、車をここまで運転して来てくださっただけに
こう返事するしかなかった。


その車で、党の東京本部へ。
演説用の拡声器とマイクを借用するためだった。
正直、ここまで頭が回っていなかった。


それから、再び、板橋の事務所近くまで行く。

『駐車場とかの契約は?』

正直、気づきもしなかった。

『まー、この期に及んだら、コインパーキングでも同じか…』

と、いってコインパーキングに車をとめてもらった。

『また、明後日に様子を見にきますから。』

と、おっしゃってくださり、そこでお別れした。


この ”明後日”ということばに気をつかっていなかったがために、
後日、ちょっとしたトラブルを招いてしまうはめになった。


それから、事務所に戻り、
事務所の机やいすを購入するため、数社の業者に連絡した。
もう公示日を翌日に控えていたので、
すぐにでも持ってきてくださる業者さんを探していた。

ようやく、いすと机一脚だけなら本日中に持ってきてくださる
という業者さんをみつけることができた。

  あとは、電話とFAXか…

秋葉原に向かった。

購入中にも、二件の連絡が入った。

一つは、選挙カーに装着するため
自分の名前と写真がのったステッカーを作成してくれた業者からだった。
見本の写真を送信してきてくださった。
自分が考えていた写真とは異なるほうの写真だったので、
奇跡の一枚のほうと変更するよう依頼。

また、このとき、印刷業者さんにタスキの作成を正式に依頼していたものと
勘違いしていたことが発覚したため、
タスキの作成も至急お願いした。

と同時に、印刷業者の社長さんにも、お知りあいの業者さんに
タスキの作成依頼をお願いしておいた。

もう一つは、党のチラシ7万枚を事務所にもっていきたいという運送業者から。
なんと、数日前、大阪の党本部の手違いで文京区にもっていってしまったらしい。
どうすれば、板橋区と文京区とを間違えるのか…
東京で暮らす者からすると不思議でたまらない。

一時間後に事務所で待ち合わせることにした。


そして、私は急に選挙運動を手伝ってくださるスタッフが
まるで足りていないことに気がついた。

いや、気がついていたが、
立候補するための手続きで頭がいっぱいだったので、
あえて、意識から排除していた。

公示日である明日は、元同僚の弟の ”Hくん”が朝8時から、
知人の弁護士の事務所に勤めている ”Mさん”が朝10時から、
旧友の奥さん ”Kさん”がお昼ごろから事務所に来てくださることにはなっていた。
あとは、週末だけ何名かの方が助けに来てくださることになっていたが、
他にスタッフはいなかった。

  このままでは、選挙運動ができない。

また、大きな不安が私の精神をむしばんでいった。

  まずい、本当に頭がおかしくなりそうだ…

このときは、もう、元上司で退職された、あの頼りになる”Sさん”
にSOSを発する以外になかった。

泣きついた。

”Sさん”は、
大学時代の将棋部の後輩などいろいろ探してくださるのみならず、
ご自身も、明日から数日間、
東北からわざわざお手伝いに来てくださる旨
おっしゃってくださった。

四日前におっしゃっていたように、
選挙期間中は、
のっぴきならない御用が本当におありだったらしいが、
数日間だけでも、私のほうを優先するとおっしゃってくださった。

  本当の恩人。

  選挙とは、いろんな人に甘え、
  迷惑をかけながらでないとできないものなのか?

  いや、心からこの候補者を支援したい、
  と他人に思わせるほどの人徳者になる必要があるのかもしれない。


と、思ったのもつかの間、
至急、タスキ代を振り込んで、板橋区の事務所に戻った。

運送業者の運転手さんが待っていた。

チラシ7万枚。

その運転手さんと二人で、空だった事務所に運び入れた。
7万枚ともなると、時間もかかる。
すでに12月だったが、コートはもちろん、
背広を脱ぎ、ワイシャツの袖もまくり上げながらでなければ
暑くてしょうがなかった。

このチラシ、石原代表と橋下代行のツートップがうつったものだが、
実は、公示日前までに配布するためのものであった。
あと数時間で公示日となるので、本来、不要なものだった。
実際、この後の選挙期間中も、これらを配布するだけの余裕がなかったので、
7万枚まるまる余るはめになってしまった。

選挙後に処分した費用も含めると40万円近くもかかった。
もちろん自腹だ。
これ以上虚しいことはないし、なんといっても環境に悪すぎる。


と、そこへタイミングよく、いすと机一脚が到着した。
料金は、選挙が終わり落ち着いてからでもいいと
業者の方がおっしゃってくださった。

残りの机は翌日持って来てくださるという。


その後、ペン、ノート、ガムテープ、ゴミ袋、ティッシュ、
トイレットペーパー、石鹸など、当面必要だと気がつくものを
近所のスーパーマーケットで購入。

事務所に戻り、すぐにでも、机といすを並べたかったが、
あと20分もすれば公開討論会が始まる時間だった。


歩いて10分ほど会場に到着。
楽屋のような所に案内された。

そこには、他の候補者が勢ぞろいしていた。
初めてお会いする戦う相手。

公開討論会の説明を受け、いざ本番。

政治信条、原発問題、消費税問題等々の
テーマごとに持論を制限時間内に披露。
〇×形式の質問にも何問か答えたが、
ポスターの写真に修整をいれたか、という質問で
私だけが、〇を上げたらしい。

後日、選挙運動をしている際、
この討論会に来てくださった方から
『猪野さんて、正直な方ですね。』
と声をかけられた。

緊張していたためか、終了するまでの二時間が
あっという間に思えた。

なお、討論会のようすは、
以下のアドレスからご覧になれます。

e-みらせん http:www.e-mirasen.jp

もしくは、”公開討論会 板橋 衆議院”の
検索であれば、一発でヒットします。


終了したあとも、
公開討論会中に携帯に数件連絡が入っていたので、
こうした方々に連絡。
すぐには帰宅できなかった。


この日から3~4週間後、
主催者をはじめ、この討論会を支えてくれた方々の集まる
忘年会に参加させていただいた。

自分の主張を披露する機会、そして名前をみなさんに知ってもらう機会を
くださったあの討論会を行うまでに、
どのような方々がどのようなご苦労があったのかを知るため、
そして、みなさんに感謝の気持ちを伝えるためであった。

衆議院の解散が急に決まったので、会場をおさえるのが大変だったこと、
人を集めるのにご苦労されたこと、等々を知った。

また、定年退職された方や大学生の方など
ボランティアの支えによって公開討論会が成り立っていた
ことも知った。

  党の方針に反して、公開討論会に出席して本当によかった。

改めて、ありがとうございました。


スポンサーサイト




Tag:
| TrackBack:0
TrackBackURL
→https://inoino700.blog.fc2.com/tb.php/23-d43a34f0