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この前のブログで、
代議士経験者や代議士にお仕えした方々と
お会いしたという話をしたが、
そこで、言われたことは、
生活費の工面の仕方については、
人それぞれであるということ。

私の場合、5/24付のブログでも述べたが、
学習塾講師や家庭教師を考えている。
そして、今、
世界史に関する本を読みまくっている。

世界史に限らないが、
社会人として身に着けておいた方がいい
教養の一つであることは、
学生時代には気がつかなかった。

特に、
共通のバックグラウンドが少ない外国人と話すときは、
日常会話から外交まで、必須といってもいい。

また、昨晩の ”ホンマでっか?TV”
というバラエティー番組で、
脳科学評論家の方がおっしゃっていたのは、
伝えるほうがおもしろいと思ってしゃべらないと、
聞く生徒のほうも
つまらないと感じてしまうということ。

たかしに、歴史の事象を機械的に覚えただけでは
興味をひくようなしゃべりはできないだろうし、
会話も含め、社会で活かすこともできないであろう。

だから、私も本を読むときは、
どうしたら、聞き手が興味をもってくれるか、
そんなことを意識しながら、本を読んでいる。


そして、先日、
中世の身分制社会について読んでいたところ、
『この時代に生きた人々は、社会集団に属し、
 その集団に与えられた権利以外のものは、
 個人として享受できなかった。
 個人よりも団体が優越する社会なのである。』
という記述があった。

もちろん、当時は、出自・身分といった
自分では変えることができないことで
制約されていたのであろうが、
(人種や肌の色については、
 “黒人奴隷”というものがあったように
 そもそも人間社会の土俵にさえ
 のっていなかったのであろう。)
上のような記述は、
現代にも当てはまるのではなかろうか。

会社や役所なんかまさしくそうだ。
単に糧などを稼ぐ手段ではなく、
自己実現の場と考えているときに感じるストレスは強い。
特に、私もそうだったが、
個人的に思っていることと真逆のことに
一生懸命にならなければならないときの
ストレスははんぱない。

まさに、アイデンティティの崩壊。


もちろん、小さな集団ではあるが、
家事、育児や介護、そして、
結婚生活全般にも当てはまるのだろう。
(私が婚活に積極的でなかった理由の一つでもある。)
社会における、
ペットを飼っている人や喫煙者の立場など、
趣味・嗜好までいったら、きりがない。

先ほどの自己実現もそうだが、
趣味・嗜好など
自分が価値を見出していることが制約されると、
感じるストレスは強く、
逆に、
自分の子がかわいくてしょうがない
と思って子育てをしている場合は、
感じるストレスはそれほど大きくないと想像する。

さらに、同じことでも、人によって
制約されても何とも思わない人もいれば、
苦痛で苦痛でしかたがないという人もいよう。

プロレス団体や
政治の世界の野党がすぐに分裂するのは、
この種の人たちは、
自分が集団に制約されることに
強いストレスを感じるからなのであろう。


いずれにせよ、いつの時代でも
人間社会が組織で成り立っている以上、
こうしたストレスがつきまとうのは仕方がないし、
逆に、この種のストレスの経験に乏しいと、
言動に社会性がともなわなくなるような気がする。



【More...】

ストレスについては、
4/10付のブログもご参照してみてください。


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