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実録!衆院選挙に立候補したときのお話 | 日記
平成24年12月12日(水)~14日(金) -選挙運動9~11日目-


選挙運動も終盤にさしかかると、
だんだん手ごたえを感じるようになった。

選挙カーを走らせても、声援をおくってくださる方々が増えた。
期日前投票で私の名前を書いてきた、
といってくださる方が何人もいらっしゃる。
選挙カーを下りて握手をさせていただく機会も増えた。

特に未成年の方からは人気があった。
ま~、学生さんだから、自らの経験からしても、
どの候補者にも同じような反応だったのかもしれないが…
小学生には ”いのっち” ”いのっち”と
からかわれる。

V6の井ノ原さん、すみません…

演説時も、寒いのにわざわざベランダまで出てきてくださり、
聴いてくださる方々も。
あるいは、さすがに寒かったのであろう、
演説が終わると、部屋から出てきてくださり、
手を振ってくださる方々も。
もちろん、演説終了後、こちらも飛び跳ねて声援にお応えする。

どうやら、私の演説は、部屋の中まで聞こえていたようだ。

路上でご声援をいただいたときも、握手をさせていただく。
白い手袋が血まみれになっていないことを確認して。

駅前演説でも、
わざわざ立ち止まって聴いてくださる方々の姿も目立ちはじめた。
最後まで聴いてくださった方々には、もちろん握手。

なかには、某有名塾のカバンをしょった小学生もいて、
演説終了後、パンフください、といってくる。
将来が楽しみというか、末おそろしいというか…

また、演説中に、元の職場でお知り合いになった方が、
握手を求めに近寄ってきてくださった。
急ぎの用があったのだろう。
演説を途中でやめるわけにもいかず、
そのまま握手を交わし、お互いなつかしむ。

別れるときも、演説をしながら頭を下げる。
頭を下げるような演説内容ではなかったので、
まわりの方々は、どう思ってみていたのだろうか。


選挙運動も残りあと二日となった日の午後、
第二のウグイス嬢さんが、
明日最終日には、”甲先生”にも是非応援に来ていただいて、
商店街を行進してフィナーレを迎えるのが理想的だと教えてくれた。

私は、そんないきなりなお願いをきいてくれるはずもない
と思っていたが、第二のウグイス嬢さんの強い押しで、
今どこにいらっしゃるか分からない ”甲先生”に連絡。

そうすると、意外にも、
間もなく石原代表がこの前の商店街を歩かれるから、
近くにいたら合流してくれ、
と ”甲先生”がおっしゃったように聞こえた。

ちょうど10分くらいで商店街に戻ることができる位置、
その場所でたまたま選挙カーを走らせていた。
そこで、私は、ゆっくり運転してくださっている運転手さんに
超特急でかつ安全運転で商店街に戻るようお願いした。

間もなくして、維新の会の街宣車が見えてきた。
選挙カーをあわてて下りると、携帯が鳴った。

二週間ほど前までいた職場からだった。
あれだけ退職時に迷惑をかけたこともあり、
信号待ちを利用して携帯で話す。

しかし、話が思いのほか長くなり、
信号が変わり横断歩道を渡りきったあたりで
ガチャ切り。
石原代表に失礼になると思ったからである。
携帯の相手にも失礼になることは承知で。

が、石原代表はいらっしゃらなかった。
どうやら、石原代表来る、の部分は、
私の聞き違いだった。

なお、ガチャ切りの件については、
選挙後、大阪に戻ったときに、
ご本人にお会いして謝罪した。


”甲先生”は、
九日ぶりにお会いするやいなや、
『頑張っているじゃないですか。
 雑誌とかの分析だと、
 自民党候補をかなり追い上げているらしいですよ。』
と、おっしゃってくださった。

私は、毎晩、早く眠りたいという気持ちが先行し、
雑誌の分析まで目を通そうという気もおこらなかった。
なんとなく、手ごたえを感じはじめてはいたが…
結果からすると、ちょっと大げさな分析ではあったが、
その大げさなお言葉をきいて、元気百倍になった。


そして、公示日以来、
”ハッピーロード大山”そして、”遊座大山商店街”を行進した。
この前と違うのは、党の職員の方や維新の会の塾生の方々と
大勢で縦一列になって行進し、賑やかにできたということである。

さらに違っていたのは、公示日に行進したときよりも、
ウケがよかったということ。
握手に応じてくださった方のほうが明らかに多かった。
そして、若い娘からは、
いっしょに写メを撮ってくださいと、
生まれて初めてお願いされた。
  
  これなら、いけるかもしれない。

そのときは、舞い上がっていたので、そう思った。


ただ、その後、現実に引き戻された時があった。

事務所に戻ると、昔、英会話学校でお知り合いになった
先輩でかつ親友でもある ”N先輩” が外で立って
私の到着を待っていてくださっていた。

私が何時に戻るのか分からないのに、
私をねぎらってくださるためだけにである。

その ”N先輩” は、
『猪野ちゃん、追い上げてるみたいじゃん。』
とおっしゃって、某新聞の分析を見せてくださった。

そこには、私については
”追い上げるも苦戦” とあった。
そして、民主党候補については、単に
”苦戦” とだけあった。
そして、
”無党派層の半分が自民に流れているもよう” ともあった。

  苦戦か…

この分析は、結果的にドンピシャだった。



それでは、最後に、この頃の私の演説内容を紹介します。

  私は、この選挙期間中、多くのみなさんから、
  なんで、石原代表と橋下代行がいっしょになったの、
  という疑問というか、ご意見をちょうだいしました。
  それに対するおこたえは、こういうことです。

  それは、二人とも東京、大阪の二大都市で実際に改革を行い、
  かつ国の規制という壁にぶち当たった。
  自らの経験を通じて、
  同じように国の規制を撤廃すべき必要性を痛感し、
  同じように苦い思いをした。
  実行した二人だけにしかわからないこうした思い、共感が、
  最後は二人に握手をさせたのではないでしょうか。

  理屈だけで人と人が手を結ぶというわけではありません。
  だから、維新の会は、主張する政策が近いはずのみんなの党とは
  いっしょにならず、選挙協力という形にとどまっているのだと
  思います。


  そして、これが、
  維新の会と、みんなの党も含む他党との間で
  大きく異なるところでもあります。
  つまり、維新の会は、
  実行力ある二人がツートップにいるということです。

  例えば、
  二人ともそれぞれ東京と大阪で、財政再建を成し遂げました。
  東京では、複式簿記という当たり前の方式を導入することで、
  財政赤字の原因や責任が明確になるようにしました。

  ですから、日本維新の会は実行力がある。
  これが他党と大きく異なるところです。


  さて、みなさん、先日、中国機が尖閣諸島の領空を侵犯しました。
  これは、そもそも石原代表が都知事のときに尖閣諸島を買う
  といったことから始まった問題ではあります。
  しかし、その後の民主党の外交政策の失敗によるところもあります。

  そこで、自らの経験も踏まえ、
  外交について考えるところを申し上げます。
  
  外交で重要な点は、二つあると思います。
  一つ目は、人脈です。

  そして、二つ目は、日本シンパを増やすことです。
  例えば、私がOECD・経済協力開発機構という
  国際機関に勤めていたときのお話です。

  その頃、私は、東欧諸国や発展途上国を訪れ、
  現地の方々に日本の税金のことについてお伝えする
  という仕事をしていました。
  そのとき、現地の方々からよく言われましたのが、
  
    日本ってすごい国ですね、
    尊敬できます。
    日本が好きになりました。

  と、いうことです。
  このような地道な活動によって、
  日本のことを好きになってくれる人、国を増やす。

  こうして日本に味方してくれる国々を増やすことで、
  中国や韓国、ロシアとの領土問題だけでなく、
  捕鯨の問題、国連安保理の常任理事国入りの問題などでも
  わが国は、外交を有利に展開できるはずです。

  したがいまして、日本維新の会は、
  首相は一年のうち100日は外国にいってこい、
  と主張しています。
  人脈をつくり、そして日本シンパを増やすためにも。

  (あとは、その場の雰囲気で、
   従来の演説内容の一部を取り入れたりして
   時間調整をしていました。)


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