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両親の思い出 | 日記
2013.01.20(Sun):両親の思い出
本日は、税務署長会議。
関東信越国税局管内の署長さんが
さいたま市に集う。

会議が始まる前、
先日、出張時にお世話になった署長さんに
ご挨拶。

そして、お昼
カレー好きの私は、ポパイカレー大盛りをほおばる。

仕事に戻り、
ちょっと食べ過ぎたかなと
のんきに思っていたとき

突然、机の上の電話が鳴った。


『猪野隆さんですか?』

「はい、そうですが。」

『今度、病院にはいつ来られますか?』

「今日、仕事が終わったら行くつもりですが。」

『午前中は何でもなかったんですが、
 今、肺専門の先生に診てもらっていまして…』

「はっ?」

『早く来てもらえると…』

「要は、危篤状態ということですか?」

『はい。』

慌てて職場を飛び出た。

さいたま新都心駅に向かう途中、
出張帰りの下の階の職員に会う。

なぜか「お疲れ様」という
余裕があった。
このとき無理に笑顔をつくったことを
今でもはっきり覚えている。

電車がなかなか来ない。

その間に叔父や叔母に連絡する。
叔父は仕事中で自宅にいないことは
ちょっと考えれば分かるはず。
しかし、なぜか、何回も電話して、そして
何回も同じ内容の留守電を残していた。

亀戸駅に着くと、普段は歩いて帰宅するところ、
タクシーに飛び乗る。
運転手さんには、とにかく急いでいることは
伝わった。


急いでもらったが、遅かった。


母は上半身が起きた状態だった。
その横に、車椅子に乗った父が
母の手を握っていた。

周りでは、看護師さんらがすすり泣いていた。
そこには弟もいたが、間に合わなかったらしい。

父は、同じ病院に入院していたので、
看護師さんが機転をきかして
この病室に連れてきてくださったらしい。

  せめて、お父さんだけでもいっしょにいてくれたか…


このとき、父も母もことばを発せられるような状態ではなかった。
しかし、後日、父からこんな話を聞いた。


「私が死んでも、悲しまないで」

「あ~、分かった、分かった」

と、心の中で最後の会話を交わしたらしい。

そして、
心臓の鼓動が止んだあと、
母の眼から一筋の涙が流れた。


後日、看護師さんからうかがった話である。


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