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以前、私についての記事が、
4月7日発売の『サンデー毎日』に掲載された旨
申し上げましたが、
読んでおられない方もいらっしゃるかと思いますので、
記者の方のご厚意により、
以下にその内容を紹介いたします。

ウェブサイトの合格発表で自分の番号を見つけた時、一人、部屋で思わず「やった!」と叫んだ。
猪野隆さん、50歳にして東京大学文科一類に合格。以前に一度合格しており、今回が二度目だ。
東京都立城東高校を卒業後、一浪して上智大学経済学部に入学。卒業後参議院事務局に入局した。
1990年、国家公務員Ⅰ種試験に合格し、国税庁に入った。
そこからOECD(経済協力開発機構)に出向したことが転機となった。
「日本だと上司から仕事をチェックされることが多いのですが、OECDでは自由にやらせてくれた。
国際会議での発言内容も、指示されることはありませんでした」
2年間の出向を終え帰国。職場に戻ると自分の裁量を振るう機会がほとんどない。
鬱積した思いが勉強へと向かう。
「OECDの勤務で、各国の職員と渡り合うには英語力だけでなく
世界の歴史、政治、文化を知ることが必要だと痛感しました。
もう一度勉強して教養を身につけたい、と」
どうせ学ぶなら最高の学府の最高の教授陣でと、東大受験を決意したのが今から約20年前だ。
土日は終日予備校、平日は仕事の後にZ会の通信講座。
一年間仕事と勉強に明け暮れ、見事一度目の東大合格。
しかし両親の病気が悪化し、介護の必要から仕事を続け通学を断念する。
せめて合格した証拠を残そうといったん入学し、前期授業料を支払って健康診断を受けた後、
後ろ髪を引かれながら大学を後にした。
猪野さんがもう一つ胸に秘めていたのが政治への決意だ。
2012年11月の衆院解散。
猪野さんは当時、大阪国税局に勤務し「維新の会」の隆盛を目の当たりにしていた。
立候補者公募に応募し、退職して東京11区から総選挙に出馬、約5万票を集めるも、
下村文部科学大臣に敗れ、次点で落選した。
仕事を辞め、選挙にも落選してやることもなくしてしまうと、またむくむくと東大へ行きたいという思いが湧き上がってきた。2回目は1年間、河合塾に通った。
「一度受かっていたので簡単に考えていましたが、2回目は甘くなかった。
英国数は頭が多少おぼえていたものの、暗記もの、特に歴史が覚えられない。
電車の行き帰りにテキストに目を通し、時間があればNHKの英語講座を聴いていました。
勉強することは好きだったので、つらいとは感じませんでしたね」
河合塾本郷校で猪野さんを担当していた進学アドバイザーの有賀直子さんは言う。
「親と同年代の猪野さんがアドバイスを聞いてくれるか心配でしたが、
こちらが指導したことを素直に受け入れ、すべてこなしてくれました。
教室に猪野さんがいることで、他の受験生にも頑張ろうというムードが生まれました」
貯金で食いつないできた猪野さんにとって、経済的にもぎりぎりだった。
「家族がいないからできた。
政治、法律の勉強をしっかりして、有権者に分かりやすく情報を発信する政治家になりたいですね」


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