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2015.07.09(Thu):ボランティア活動
私は今、東京大学に通っているが、
これもK塾という予備校のおかげである。
もちろん、なかには、
独学で合格したものもいる。

しかし、多くの学生にとっては、
予備校や塾に通うと通わないとでは
大きな違いがあるのではなかろうか。

それは、
高校生の時にどこにも通わず、
MARCHの一部も含め、
受験した大学すべてに落ちた自らの経験からしても、
いえることである。


しかし、世の中には、
いろいろな事情があって
塾に行きたくてもいけない子もいる。

そして、私は先の5月から、
そんな中学生の勉強をみるお手伝いを
ボランティアという形でさせてもらっている。

先の江東区長選で
“教育の経済格差解消”
を公約に掲げた以上は、
落選しても今の自分にできることはしよう、
とも思ったからである。

生徒のみんなは部活動などがあって
全員同じ時間に集まることが難しいことや、
学年や習熟度が区々であることなどから、
画一的な授業をするのではなく、
ある一定の場所にみんなに来てもらい、
学校の宿題含め、
各人が自発的に勉強していることについて、
私と同じような大人たちがその勉強をみる
というスタイルがとられている。


そこで気になったことがある。
学校の成績が伸びない子をみていると、
その原因が、例えば中2なのに
中1で習ったことが身についていないことにある
ということがすぐに分かった。

しかし、学校では、
ある意味当然なのかもしれないが、
そんな各人の習熟度おかまいなしに授業は進む。

これでは、こうした子らにとっては、
まるで授業の意味がなくなってしまう。
すなわち、
中1で教わったことが身についていないのだから、
中2の授業でいわれたことが理解できない。
それでも授業は進み、その一方で、
子どもたちはますます分からなくなる。

もちろん、
学校は個人指導の場ではないので、
ある程度仕方がないことなのかもしれないが、
もう少し各生徒の習熟度を
気にしてあげてもいいのでは、
と感じた。

自分がお世話になった先生方も含め、
いろいろな方々のお話をうかがっていると、
今の学校の先生方は、
とにかく、文科省や都道府県などに
提出するための書類が多すぎるため、
そのための事務作業に忙殺され、
その結果、
生徒へのきめ細かな指導ができにくい、
生徒一人一人までは眼が届きにくい、
という状況にあるとのこと。
いじめを苦にした自殺を予防できない
その原因の一つにもなっているのかもしれない。

しかも、
そうした役所への提出物の効果もみられず、
自分たちが学校を管理しているんだ、
という役所側の満足のための感じがぬぐえない。

また、
いわゆる“ゆとり世代”の子らにきくと、
大人たちが勝手に
ゆとり教育なるものを始めながら、
今になって、何かにつけ、
“これだから、ゆとり世代は…”
と言ってくるのには、
ものすごく納得がいかないらしい。


子どもたちの立場にたった教育行政が
まるでなされていないと感じている
今日この頃である。


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