FC2ブログ
おもろい話やで | 日記
スロバキア

ここでの思い出は、聴講した職員の中に、
我々が話をしている最中にも新聞を読んでいる者がいたこと。

他のOECD職員ら講師陣も、不快な思いをしていたことは確か。
しかし、私も含め、誰も注意しない。

そこで、私の頭の中で、発想の転換が起きた。

  聴くほうに責任はない。
  聴く者に興味をもってもらえるような
  そんな話ができない側にも責任がある。

この発想が自然にわいてきたのか、
他の講師陣の話から出てきたのか、今となっては思い出せない。
この時点から、私は、
聴く者の興味を惹くことができるような話し方をしようと心がけるようにした。

他の講師陣の中にも、そうしようという雰囲気が生まれた。

そうしたら、その職員は新聞を読むのをやめ、
積極的に質問をするまでになった。

学校で生徒が授業中居眠りをすると、
生徒のほうが一方的に悪いようにいわれる。
しかし、生徒に居眠りをされるような話しかできない、
そんな教師にも責任があるのではないか。

おそらく予備校教師にとっては常識。


日本のあちこちの成人式で、新成人が大暴れ、
そんなことがニュースになった時期もあったが、
そうした時期でも、著名人が式で話をするときは暴れない。

著名人だから、ということもあるが、
普通のお偉いさんよりは、著名人や芸能人のほうが場の空気をよむことに長けている。
聴く者にも興味をもってもらえるような話をしよう、
そんなことに神経を集中させることができるのではないか。

芸人にとっては、まさにそれが命。

そして、場の空気を読めない筆頭が政治家。


もちろん、聴く者にもマナーというものは求められる。
話の内容によっては、特に学術的なもののように、
おもしろおかしく話せないテーマもある。
しかし、学術的なものでも、
なるべく分かりやすく興味を惹くように話をする術というのもあるはず。


少なくとも、聴く者に全責任があるような発想は止めよう、
そう気づかさせてくれた、スロバキアの新聞おじさんだった。



スポンサーサイト




Tag:
| TrackBack:0
TrackBackURL
→https://inoino700.blog.fc2.com/tb.php/63-8b076f7d