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2020.08.02(Sun):政治活動

新型コロナウイルス、
東京、大阪、愛知、福岡、沖縄などで
新規陽性者数が最多を更新し、
感染が全国的な広がりを見せています。
第二波が来たといっても言いでしょう。

ただ、中には、
インフルエンザとどこが違うのか
という声もたしかにあります。

しかし、ワクチンがないため
季節問わず年中流行する兆しがある点、
ECMOという特殊な機器の使用をはじめ
一人の患者さんにかかる医療従事者の
数が通常の1.5倍必要とされ、
身体・心理的負担もより大きいため
医療体制をひっ迫させやすい点、
そして、
抗体や後遺症などでも不明な点が多く、
通常のインフルエンザとは
同視できないと考えます。

やはり未知のウイルスに対しては
素人判断せず、ある程度
おそれるに越したことはなさそうです。

さて、この新型コロナウイルスに
どう対処すべきでしょうか。

この点、東京医師会の会長が
感染源となる店舗に限り
法的拘束力のある休業要請と
補償とを可能にする法改正を
提言していました。

私もこれに同意いたししますが、
様々な問題もあります。

まず、そもそも法的拘束力を伴う
店舗の休業要請は可能でしょうか?

これは、憲法22条1項の営業の自由
が問題となるのですが、
新型コロナウイルスの感染を抑える
必要性があるという点で、
法的拘束力を伴う休業要請は
同条項の“公共の福祉”に当たり
正当化され得るものと考えます。

さらに、補償とセットとすることで
休業要請の憲法上の許容性は高まり、
また、いろいろ説はあるのですが、
財産権を制約した際に補償を要する
とした憲法29条3項の趣旨にも
適うものと考えます。

次の問題は補償の財源です。

この点、地方は独自の財源調達機能が
大きく制限されておりますが、
地方財政法に基づき、
国に財源を求めていくことができます。

そして、
国におかれましては、すでに予備費が
10兆円計上されていますので、
ここからの拠出が考えられます。

ただ、10兆円という異常な額の予備費の
使い途を完全に内閣の裁量に任せる
というのも三権分立上問題があります。

そこで、ここはやはり国会を開いて、
時間的制約があるものの、
議論という過程をきちんと経ることは
民主主義の点からも必要と考えます。

そして、野党も、憲法53条に基づき
内閣に国会を開くよう求めています。

この憲法の規定により、内閣には
国会を召集する法的義務が生じますが
召集期限が規定されていないため、
内閣は国会を開こうとしません。

この点、先の6月10日に出された
那覇地裁の判決によりますと、
召集時期の内閣の裁量は限定的で、
不当に招集を遅延させた場合も含め、
内閣が国会を召集しないと、
少数派の国会議員の意見を国会に反映
させるという憲法の趣旨が没却され、
議院内閣制の下での
国会と内閣との均衡・抑制、協調関係が
損なわれてしまうと判断されました。

安倍総理は
閉会中審査がなされているので
国会を召集する必要はない旨
発言していましたが、
休業要請と補償とのセットを可能にする
法改正も必要と考えていますので、
ここは、きちんと国会を開いて
議論をつくす必要があると考えます。

さて、今、Go Toトラベルキャンペーン
を進めアクセルを踏む国と
活動自粛を求めブレーキを踏む地方との間
に政策のソゴがあると指摘されています。

これは、
国と地方の関係の問題でもありますが
この点は、憲法92条で“地方自治の本旨”
というものが保障されています。

すなわち、この規定により
国から独立した団体に地方自治が
保障されていると考えられています。

もちろん、連邦制をとらない
わが国におかれましては、
国の施策と矛盾・衝突しない範囲で
地方自治の独立が認められている
ということなのですが、
ただ、感染症対策にいたっては、
地方によって人口、年齢構成比、
業種や業態、感染状況、そして
医療体制などが区々なはずですから、
国が統一基準を設けることの実効性は
低いと考えられます。

したがいまして、ここは、やはり
地方に権限を与えるべきと考えます。

ですから、地方が独自に
緊急事態宣言を出すことについて、
政府関係者が“好き勝手にすればいい”
と言い放ったとされていますが、
この発言は地方にとり幸いとなります。

なぜなら、これが公的なものとなれば、
感染症対策については国が地方に
委ねたことになり、あるいは、
国の施策と矛盾・衝突することはなくなり
地方自治の本旨が発揮されるからです。

最後に、政府の説明責任について
申し上げたいと思います。

国・地方にかかわらず、政府はよく
“専門家の意見をうかがった上で”
という枕詞をつけて説明します。

しかし例えば、尾身分科会会長による
Go Toトラベル開始の判断延期の提言を
政府が聞き入れなかったように、
専門家の意見を取り入れなかった
にもかかわらず、
“専門家の意見を踏まえて判断した”
という専門家に結果責任を転嫁する
という解釈の余地を残すような仕方
の説明はすべきではないと考えます。

そうではなく、感染症対策、経済
各々の専門家の意見を紹介した上、
その意見をどれだけ取り入れたのか
または取り入れなかったのか、
その理由も含め、
政府が結論に至った判断過程をきちんと
国民に説明すべきと考えます。

そして、責任は必ず政治がとるのです。

そうすれば、私たち国民も納得でき、
行動もしやすくなるのです。

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